タイの工場から届く相談で最も多いもののひとつが、入出庫管理システムを導入したのに理論在庫と実在庫が合わない、という悩みです。原因の大半はソフトの機能不足ではありません。モノが実際に動いた瞬間と、データが更新される瞬間のあいだに生まれるタイムラグ、つまり記録タイミングの設計にあります。本記事では記録タイミングを3つの型に整理し、モデル工場の独自試算で損益分岐点を数値で示します。
在庫が合わない原因はソフトではなく記録タイミングにある
倉庫の在庫データは、入荷・工程への払出・工程からの受入・出荷・棚移動という「1回1回の移動イベント」の積み上げでできています。イベントが1件記録されるたびに理論在庫が1歩進む構造です。
ここで見落とされがちなのが、イベントが起きた時刻と、そのイベントがデータに反映された時刻が同じとは限らないという点です。パレットが荷受場からラックへ移動したのが午前9時、その事実がシステムに入力されたのが翌日の午前11時であれば、そのあいだの26時間、システムは「まだ荷受場にある」と答え続けます。
この状態でシステムの画面を見た購買担当が発注量を決め、生産管理が引当をかけ、出荷担当がピッキング指示を出します。判断そのものは正しくても、入力が正しくても、材料になったデータが古ければ結果は外れます。多くの工場が「システムを入れたのにずれる」と感じるのは、この時間差を誤差要因として数えていないからです。
在庫差異の原因と対策を考えるとき、まず切り分けるべきはこの3つです。
- 記録されなかった移動(伝票の紛失、スキャン漏れ)
- 記録されたが内容が違う移動(転記ミス、品番の取り違え)
- 記録は正しいが反映が遅い移動(タイムラグ)
3つ目だけは、担当者の注意力を上げても減りません。減らせるのは運用設計だけです。在庫水準そのものをどう決めるかは適正在庫管理の考え方で別途整理していますが、そこで決めた水準を守れるかどうかは、本記事で扱う記録タイミングの精度に依存します。
記録タイミングの3つの型

現場で観察できる記録タイミングの設計は、おおむね次の3つに分類できます。どれが正解ということではなく、規模と取引先の状況で選ぶものです。
型A 事後一括記録
現場は紙の伝票やホワイトボードのメモで動き、事務所の担当者が日次または週次でまとめてシステムに入力します。追加投資はほぼゼロで、現場の動線を変えずに済みます。反面、記録と実移動のあいだに半日から数日のタイムラグが生じ、そのあいだ理論在庫は参考値にしかなりません。週末をまたぐと最大で3日分の移動が未反映のまま積み上がります。
型B リアルタイムスキャン記録
入荷・出荷・棚移動のたびに、ハンディ端末やタブレットでバーコードやQRを読み取り、その場で在庫データを更新します。タイムラグはほぼ消え、リアルタイム在庫管理が成立します。ただし現場の作業動線にスキャンという行為を新しく組み込む必要があり、忙しい時間帯の読み忘れ、いわゆるスキャン漏れという別の誤差要因が生まれます。端末の選定と運用はハンディターミナル導入の実務に詳しくまとめています。
型C 事前登録と照合確定型
発注データやASN(事前出荷通知)を先にシステムへ投入しておき、入荷時はスキャンで「予定と現物が一致していること」を確認するだけで確定します。数量を打ち込む作業が消えるため現場負荷は3つの型で最も軽く、しかも発注と現物の差異、つまり数量不足・品目違い・破損をその場で検知できます。検知の仕組みそのものは入出荷検品システムの設計と地続きです。弱点は前提条件で、発注データの精度と仕入先側の協力がないと成立しません。
3つの型の性格を並べると次のようになります。
| 観点 | 型A 事後一括記録 | 型B リアルタイムスキャン | 型C 事前登録と照合確定 |
|---|---|---|---|
| 平均タイムラグ | 18営業時間 | 16分 | 16分 |
| 記録1件あたりの所要 | 24秒 | 12秒 | 8秒 |
| 主な誤差要因 | 伝票紛失と転記ミス | スキャン漏れ | スキャン漏れ |
| 誤差の発見タイミング | 棚卸まで判明しない | 当日中に突合できる | 未消込の予定行として翌朝残る |
| 初期投資 | 不要 | 端末と無線環境 | 端末と購買システム連携 |
| 仕入先との調整 | 不要 | 不要 | 必須 |
型Bと型Cは、タイムラグをほぼ消すという点では同じです。違うのは誤差の残り方で、型Bはスキャン漏れが1.2%残るのに対し、型Cは、数量を打ち込む作業そのものが消えて誤差の発生源が減るうえに、予定行との突合が漏れを可視化するため0.3%まで下がります。発見までの時間も三者三様で、型Aの誤差は棚卸まで眠り、型Bは当日中の突合で見つかり、型Cは翌朝の未消込リストに自動的に浮かび上がります。誤差をゼロにできる型は存在しません。選ぶべきは、誤差が表に出るまでの時間が自社の意思決定サイクルに収まる型です。
試算の前提となるモデル工場S社
議論を金額に落とすため、次の条件のモデル工場を設定します。既存記事で使っているモデルとは別に、本記事のために組んだ設定です。
| 項目 | 設定値 |
|---|---|
| 所在地と業種 | タイ・ラヨーン県の工業団地、産業機械向け金属加工部品 |
| 従業員数 | 220名(うち倉庫・出荷担当5名) |
| 管理SKU数 | 1,400 |
| 平均在庫金額 | 28,000,000 THB |
| 年間稼働日数 | 250日(1日8時間) |
| 入出庫トランザクション | 300件/日 |
| 内訳 | 入荷90件、工程払出と受入120件、出荷60件、棚移動その他30件 |
| 倉庫作業者の時間単価 | 135 THB |
| 管理職の時間単価 | 270 THB |
時間単価は、倉庫作業者の月額人件費22,500 THB(諸手当と法定福利込み)の年額270,000 THBを、年間2,000時間で割った値です。管理職は同じ計算で270 THBとしました。以降の試算はすべてこの単価を使います。
タイムラグはいくらの在庫を見えなくしているか
300件/日を8時間で割ると、1時間あたり37.5件の移動が起きている計算になります。ここに各型の平均タイムラグを掛けると、常時どれだけの移動が未反映のまま滞留しているかが出ます。
| 型 | 平均タイムラグ | 常時滞留している未反映件数 | 未反映在庫の金額 | 平均在庫に対する比率 |
|---|---|---|---|---|
| 型A | 18営業時間 | 675件 | 2,160,000 THB | 約7.7% |
| 型B | 16分 | 10件 | 32,000 THB | 約0.11% |
| 型C | 16分 | 10件 | 32,000 THB | 約0.11% |
1トランザクションが動かす在庫金額の平均を3,200 THBとして換算しました。型Aでは常に2,160,000 THB分、平均在庫のおよそ7.7%が「システム上は存在するが実際にはもう動いた後」の状態にあります。型Bと型Cではこれが32,000 THB、比率にして約0.11%まで下がります。倍率にして67.5倍の差です。
この差は棚卸の負担にも直結します。差異が出たときに遡る範囲が675件なのか10件なのかで、原因追跡の工数はまったく変わります。棚卸そのものの回し方は棚卸効率化の手順にまとめていますが、遡る母数を減らすのは記録タイミングの側の仕事です。
3つの型の年間コスト試算
300件/日のケースで、記録タイミングの設計が年間いくらのコストを生むかを費目別に積み上げます。誤差率と単価の前提は次のとおりです。
- 記録作業の所要時間は型A 24秒、型B 12秒、型C 8秒。時間単価135 THBで換算すると1件あたり0.90 THB、0.45 THB、0.30 THB
- 記録誤差率は型A 1.2%(伝票紛失0.4%と転記ミス0.8%)、型B 1.2%(スキャン漏れ)、型C 0.3%
- 差異1件あたりの調査工数は型A 60分、型B 20分、型C 12分。金額では135 THB、45 THB、27 THB
- 欠品によるライン停止は1回25,000 THB(停止2時間の逸失粗利20,000 THBと復旧工数5,000 THB)
- 誤出荷1件の是正費用は3,150 THB(再配送運賃1,800 THB、現場の再作業4時間で540 THB、管理職の顧客対応3時間で810 THB)。年間出荷15,000件に対する誤出荷率は型A 0.4%、型B 0.12%、型C 0.08%で、件数にすると60件、18件、12件
- 初期投資は5年で年額化。型Bは端末5台と無線環境と教育で300,000 THB、型Cはこれに購買システム連携とASN運用立ち上げを加えて800,000 THB
- 保守と端末更新は型Bが端末保守の30,000 THB、型Cが端末保守30,000 THBと連携インターフェース保守24,000 THBで54,000 THB
年間のライン停止回数は、型A 15回、型B 6回、型C 3回と置きました。型Aの15回は記録タイムラグ起因が9回、需要変動と仕入先遅延起因が6回という内訳です。型Bはリアルタイム在庫により前者が2回に減り、緊急手配の判断が早くなることで後者も4回に下がります。型CはASNで仕入先の遅延を事前に掴めるため、それぞれ1回と2回になります。欠品防止の効き方が型Bと型Cで質的に違う点がここに出ます。
| 費目 | 型A | 型B | 型C |
|---|---|---|---|
| 記録作業の人件費 | 67,500 | 33,750 | 22,500 |
| 初期投資の年額化 | 0 | 60,000 | 160,000 |
| 保守と端末更新 | 0 | 30,000 | 54,000 |
| 在庫差異の調査と修正 | 121,500 | 40,500 | 6,075 |
| 欠品によるライン停止 | 375,000 | 150,000 | 75,000 |
| 誤出荷の是正 | 189,000 | 56,700 | 37,800 |
| 年間合計 | 753,000 | 370,950 | 355,375 |
単位はTHBです。型Aから型Bへ移ると年間382,050 THB、型Cへ移ると年間397,625 THBの削減になります。ただしこの削減額は初期投資の年額化をすでに費用として引いた後の値なので、回収期間の計算にそのまま使うと投資を二重に数えることになります。年額化を戻したキャッシュベースの削減額は型Bが442,050 THB、型Cが557,625 THBで、初期投資をこれで割ると回収期間は型Bが約8か月、型Cが約1.4年です。
注目すべきは、型Bと型Cの差が15,575 THBしかないことです。300件/日という規模では、投資額が2.7倍近く違う2つの型がほぼ互角になります。損益分岐点はすでに超えているものの差はわずかで、仕入先との連携体制が整っていない段階では型Bで先に立ち上げ、体制が整い次第、型Cへ段階的に進む判断も合理的です。
スキャン漏れをどう管理するか
型Bに移っても、記録誤差の発生件数そのものは型Aと変わりません。試算でも型Bのスキャン漏れ率は型Aの記録誤差率と同じ1.2%と置いています。それでも年間コストが半分以下になるのは、漏れが当日中に見つかり、欠品や誤出荷に育つ前に潰せるからです。
漏れを当日中に見つける仕組みは3つあります。ひとつ目は、荷受場と出荷場の在庫を1日の終わりにゼロへ戻す運用です。棚に入ったはずの現物が荷受場に残っていれば、その場でスキャン漏れとわかります。ふたつ目は、端末ごとのスキャン件数を日次で並べ、極端に少ない端末を翌朝に確認することです。3つ目は、前日と当日の在庫増減が理論値と食い違うSKUを自動で抽出し、リストにすることです。
これらはいずれもシステムの追加開発ではなく、運用ルールと既存レポートの組み合わせで実現できます。試算で型Bの差異調査工数を1件20分と置いたのは、こうした仕組みが動いている前提です。仕組みがなければ調査工数は型Aと同じ60分に戻り、差異調査の費目は40,500 THBではなく121,500 THBに膨らみます。型Bの年間合計は451,950 THBとなり、型Aとの差は382,050 THBから301,050 THBへ縮みます。投資が無駄になるわけではありませんが、年間81,000 THB分の効果を取りこぼす計算です。端末を配って終わりにしてはいけない理由がここにあります。
何件/日でどの型が損益分岐するか
上の費目を、件数に比例する変動費と、件数によらない固定費に分解します。端末5台は500件/日まで対応できる前提とし、その範囲で固定費は一定としました。
| 型 | 年間固定費 | 変動費(1件あたり) |
|---|---|---|
| 型A | 0 | 10.04 THB |
| 型B | 90,000 THB | 3.746 THB |
| 型C | 214,000 THB | 1.885 THB |
この3本の直線が交わる点が損益分岐です。年間稼働250日で割り戻すと、型Aと型Bは約57件/日、型Aと型Cは約105件/日、型Bと型Cは約267件/日で入れ替わります。件数別に総額を出すと次のようになります。
| 入出庫件数 | 型A | 型B | 型C | 最も安い型 |
|---|---|---|---|---|
| 40件/日 | 100,400 | 127,460 | 232,850 | 型A |
| 100件/日 | 251,000 | 183,650 | 261,125 | 型B |
| 200件/日 | 502,000 | 277,300 | 308,250 | 型B |
| 300件/日 | 753,000 | 370,950 | 355,375 | 型C |
| 500件/日 | 1,255,000 | 558,250 | 449,625 | 型C |
単位はTHBです。結論を言葉にすると、1日57件を超えたあたりで紙の運用は割に合わなくなり、1日267件を超えたあたりで初めて仕入先を巻き込む価値が出てきます。逆に言えば、1日40件規模の工場が最初から型Cを目指すと、年間で132,450 THBを余計に払うことになります。なおこの表は、ライン停止回数と誤出荷件数も入出庫件数に比例して増減するという仮定の上に立っています。また端末5台という固定費は40件/日の工場には過大で、1台構成なら型Bの固定費はもっと小さくなります。57件/日という分岐点は、5台構成を前提にした保守的な値だとお考えください。
ここで示したのはあくまでモデル工場S社の設定に基づく試算です。誤差率や停止コストは業種と製品単価で動きますが、「件数が閾値を超えるまでは前の型のほうが安い」という構造そのものは変わりません。過剰在庫の削減も欠品の防止も、まずは自社が3本の直線のどこに乗っているかを確認してから議論すべきです。製品タイプの選び方は在庫管理システムの比較を、費用構造の全体像はWMS導入費用の内訳を併せてご覧ください。
ロケーション管理と先入先出を同時に設計する

記録タイミングを詰めると、次に効いてくるのが「どこに置いてあるか」の粒度です。倉庫のロケーション管理を細かくするほど探索時間は減りますが、棚移動のたびに記録が必要になるため、記録件数が増えます。つまりロケーションの粒度は、先ほどの変動費に直接跳ね返ります。
| 粒度 | 記録すべき棚移動 | 探索時間 | 向いている型 |
|---|---|---|---|
| エリア単位 | ほとんど発生しない | 長い | 型A |
| 棚列と段単位 | 中程度 | 中程度 | 型B、型C |
| 間口単位 | 多い | 短い | 型B、型C |
型Aのまま間口単位のロケーション管理を導入すると、記録件数だけが増えてタイムラグは縮まらないため、かえって在庫差異が悪化します。粒度を細かくするのは、記録が即時になってからです。
先入先出の管理システムも同じ順序です。入荷日やロット番号で払出順を制御する仕組みは、入荷の記録が即時であることを前提にしています。型Aでは入荷が反映される前に払出が起きるため、システムが指示する払出順と現物の並びが一致しません。先入先出を守りたいなら、まず入荷側の記録タイミングを型Bか型Cに寄せる必要があります。
なお出荷側では、古い在庫データに基づくピッキング指示が誤出荷の温床になります。対策の全体像は誤出荷防止の実務にまとめています。
タイの工場で追加的に効いてくる事情

タイで倉庫の入出庫管理を設計する場合、日本国内とは条件が少し違います。
第一に通関です。タイでは2007年からe-Customsによる電子申告が稼働しており、商業輸出入者はペーパーレスライセンスを取得したうえで輸出入申告をオンラインで行う体制が以前から整っています。輸入部品の入荷予定データを電子的に受け取れる素地はすでにあり、型Cが前提とする事前登録のデータソースは確保しやすい環境にあります。
第二に物流コストです。タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)は第13次国家経済社会開発計画で、物流コストの対GDP比を2021年の13.8%から2027年までに11%未満へ引き下げる目標を掲げていると報じられています。重点分野のひとつに輸出入通関手続きの円滑化が含まれており、荷主側にも在庫回転と滞留の削減が求められる流れです。
第三に自動化の普及度です。一部の市場調査では、タイの新規倉庫施設のうち約16%が自動化やリアルタイム在庫管理、WMSの導入を始めていると指摘されています。精度の高い一次統計ではないため参考値として扱うべきですが、裏を返せば大半の倉庫がまだ型Aの近辺にいるとも読めます。タイの貨物・物流市場規模は2025年に533.8億米ドル、2026年に565.6億米ドルと予測されており、市場そのものは拡大が続く見通しです。
第四に人材の流動性です。タイの製造現場では倉庫要員の入れ替わりが日本より速く、紙の伝票運用は属人的な暗黙知に依存しがちです。型Bや型Cのように手順が端末側に埋め込まれていると、引き継ぎの負担は目に見えて軽くなります。
ものづくり白書2025が示す規模による差
日本国内の状況も参考になります。ものづくり白書2025(MONOistによる報道)によれば、製造業でのデジタル技術の活用領域は事務処理が43.9%、生産管理が43.7%、製造が39.9%と報じられています。
同じ報道では、製造領域のDX導入率が従業員301名以上の企業で67.9%、50名以下の企業で31.5%と、36.4ポイントの差が示されています。現場でのAI活用は、製造工程をすでにデジタル化した企業に限れば12.2%にとどまるとされ、多くの企業がまだ記録と可視化の段階にあることがうかがえます。
規模が小さいほど導入率が下がるという傾向は、本記事の試算とも整合します。件数が少ない工場では型Aが合理的であり、無理に高度な仕組みを入れる必要はありません。問題は、件数が閾値を超えているのに型Aのまま放置されている工場です。
型Aから移行する90日の進め方
いきなり全品目を型Bや型Cに切り替えると、現場が混乱して記録漏れが急増します。段階を踏むのが安全です。
| 期間 | やること | 完了の判定基準 |
|---|---|---|
| 1日目から15日目 | 現在の入出庫件数を種類別に実測し、平均タイムラグを測る | 件数と滞留時間が数値で出ている |
| 16日目から40日目 | 出荷と入荷の2工程だけ型Bに切り替える | 対象工程のスキャン率が98%を超える |
| 41日目から65日目 | 工程払出と棚移動を型Bに広げ、ロケーション粒度を1段階細かくする | 週次の差異件数が移行前の半分以下 |
| 66日目から90日目 | 主要仕入先の上位品目に絞ってASN連携を試行する | 未消込の予定行が翌朝に自動で残る |
測定から始めるのが要点です。現在の平均タイムラグを測っていない状態で投資判断をすると、効果の検証ができません。上の表の1段目を飛ばした工場は、導入後に「前より良くなった気がする」以上のことを言えなくなります。
よくある3つの失敗
第一の失敗は、端末を配ったところで完了としてしまうことです。スキャン漏れ率を毎週見る仕組みがないと、半年後には型Aと変わらない状態に戻ります。
第二の失敗は、記録タイミングを変えないままロケーションだけを細分化することです。先に述べたとおり、記録件数が増えるだけで差異は悪化します。
第三の失敗は、仕入先の準備ができていないのに型Cを前提に設計することです。ASNのフォーマットに合わせられない仕入先が30%残ると、入荷は型Cと型Bの二重運用になり、現場の判断負荷はむしろ増えます。型Cへ進むときは、金額または件数で上位を占める仕入先から順に、対応可能な範囲を確認してから設計に入ってください。モデル工場S社の設定では、入荷90件/日のうち上位5社で約70%を占めるという前提を置いています。
3つに共通しているのは、記録タイミングという設計項目が誰の担当でもないまま進んでしまう点です。購買は発注データを、生産管理は引当を、倉庫は現物を見ていますが、その3者をつなぐ時間軸の設計は空白地帯になりがちです。プロジェクトの立ち上げ時に、平均タイムラグを毎月報告する担当者を1名決めておくだけで、この空白はかなり埋まります。
よくある質問
入出庫管理システムとは何ですか
入荷・出荷・工程間の払出・棚移動といった在庫の移動イベントを記録し、理論在庫を最新の状態に保つ仕組みのことです。単に数量を記録するだけでなく、いつ記録するかという設計まで含めて初めて機能します。
入出庫管理システムの費用はどれくらいですか
モデル工場S社の設定では、リアルタイムスキャン(型B)が端末5台と無線環境と教育で初期300,000 THB、年間保守30,000 THBです。事前登録と照合確定(型C)はこれに購買システム連携とASN運用の立ち上げを加えて初期800,000 THBとなります。件数と品目数で変わるため、あくまで目安としてご覧ください。
在庫差異の原因と対策はどこから手を付けるべきですか
まず差異を、記録されなかった移動・内容が違う移動・反映が遅い移動の3つに分けて数えてください。3つ目が多い場合は教育では解決しません。記録タイミングの設計を変えるのが唯一の対策です。
小規模な工場でもリアルタイム在庫管理は必要ですか
本記事の試算では、1日の入出庫件数が約57件を下回る工場では、事後一括記録のほうが年間コストは安くなります。件数を実測してから判断してください。
欠品防止のシステムを入れれば在庫は減らせますか
欠品防止と過剰在庫の削減は同じコインの裏表です。理論在庫が信用できないと安全在庫を厚めに積むしかなくなるため、記録タイミングを詰めることが結果的に在庫の圧縮につながります。モデル工場S社では、型Aから型Cへの移行でライン停止が年15回から3回に減る試算です。
まとめ
入出庫管理が崩れる原因は、システムを入れたかどうかではなく、モノが動いた瞬間とデータが動いた瞬間のあいだにあるタイムラグにあります。記録タイミングの型を事後一括・リアルタイムスキャン・事前登録と照合確定の3つに整理し、モデル工場S社で試算したところ、1日約57件で型Aから型Bへ、1日約267件で型Bから型Cへ最適解が移りました。300件/日のS社では年間コストが753,000 THBから355,375 THBまで下がる計算です。
最初にやるべきことは投資判断ではなく測定です。自社の入出庫件数と平均タイムラグを1週間測るだけで、どの型に乗るべきかはほぼ決まります。
タイでの倉庫運用や生産管理システムの見直しについて、自社の件数を当てはめた試算をご覧になりたい場合は、お問い合わせページからお気軽にご相談ください。現場の実測から一緒に整理いたします。
参考情報
- ものづくり白書2025の報道 MONOist 2026年8月時点で確認
- タイ国家経済社会開発委員会 第13次国家経済社会開発計画における物流コスト目標(業界レポート各社の報道による)
- タイの新規倉庫施設における自動化導入比率(Mobility Foresights市場レポートの二次報道による参考値)
- タイの貨物・物流市場規模の予測(市場調査各社の二次報道による参考値)
- タイのe-Customs電子申告制度(2007年運用開始、ペーパーレスライセンスによる輸出入申告)