Blog

2026.08.07

棚卸の効率化2026|速く数えても在庫差異が減らない理由

棚卸の効率化2026|速く数えても在庫差異が減らない理由

棚卸の効率化と聞くと、多くの工場でまず検討されるのはハンディターミナルやRFIDの導入です。ところが、読み取り機を入れて数える速さが3倍になっても、翌期の在庫差異はほとんど同じ水準で出続ける——これは珍しい話ではありません。本稿では、タイの日系工場をモデルにした試算をもとに、棚卸コストの4分の3がどこに埋まっているのかを金額で分解し、効率化を「効く順序」で進めるための3層モデルを提示します。

「速く数える」だけでは在庫差異が減らない構造

棚卸の効率化には、投資対効果の順序があります。現場の実感としては「数える作業がいちばん大変」なので、そこから手を付けたくなる。しかし、コストの構造を金額で見ると、数える作業そのものは全体のごく一部にすぎません。

効く順序は、次の3層です。

第1層|数えなくてよい状態をつくる

ロケーション管理、現品票、入出庫のその場記録。帳簿在庫が現物に追いついていなければ、何回数え直しても差異は翌月また出ます。ここは「棚卸のための施策」ではなく「日常業務の設計」です。

第2層|数える範囲を減らす

ABC分類と循環棚卸(サイクルカウント)の組み合わせ。一斉棚卸のためにラインを止める日をなくすのは、この層の仕事です。

第3層|数える速さを上げる

ハンディターミナル、RFID。1品目あたりの読み取り時間を短縮する層です。

やること主に効くコスト代表的な施策
第1層数えなくてよい状態をつくる差異調査の工数、税務コストロケーション管理、現品票、即時記帳、カットオフ管理
第2層数える範囲を減らすライン停止の逸失利益ABC分類、循環棚卸、カウント頻度の文書化
第3層数える速さを上げる棚卸作業の人件費ハンディターミナル、RFID、バーコード整備

問題は、多くの現場が第1層と第2層を飛ばして第3層から入ることです。その結果、「速く数えられるようになっただけ」で在庫差異は減らず、投資対効果の説明がつかなくなります。

棚卸の効率化2026|速く数えても在庫差異が減らない理由 - figure 1

なぜそうなるのか。次章で、棚卸にかかっている費用を4つに分解して金額で示します。

棚卸のコストを4つに分解する|モデル工場Aの試算

議論を具体的にするため、タイ東部沿岸の日系部品加工・組立工場を想定したモデル工場Aを置きます。数字は個社によって変わりますが、構成比の「かたち」は多くの拠点で似た傾向になります。

前提条件

項目
月末平均在庫金額30,000,000 THB
SKU数4,000点
一斉棚卸の頻度年2回(半期ごと)
1回あたりの投入生産1日停止 + 棚卸要員30名 × 2日
棚卸要員の実効人件費520 THB/人日
停止1日の日産額1,200,000 THB(限界利益率25%)
差異調査生産管理・経理3名 × 5日 × 1,200 THB/人日
棚卸差異率帳簿比0.8%(うち不足側=マイナス差異を6割と置く)

棚卸要員の520 THB/人日は、タイの最低賃金が地域により概ね337〜400 THB/日の帯にあることを踏まえ、その上限帯にあたる400 THB/日を保守的に採用し、社会保険料や残業割増などの法定福利等を上乗せした想定値です。上限帯は一部の地域・業種に限られるため、実際にはこれより低くなる拠点もあります。実際の適用額は地域と職種によって異なるため、自社の給与データで置き換えてください。

4つの原価(年額)

棚卸にかかっている費用は、「数えた原価」だけではありません。止めた原価・数えた原価・直した原価・払った原価の4つに分けると、投資判断の材料が揃います。

原価計算式年額 THB構成比
止めた原価(ライン停止の逸失限界利益)1,200,000 × 25% × 2回600,00075.3%
数えた原価(棚卸作業の人件費)30名 × 2日 × 520 × 2回62,4007.8%
直した原価(差異調査の工数)3名 × 5日 × 1,200 × 2回36,0004.5%
払った原価(タイの税コスト)下記内訳97,92012.3%
合計796,320100%

電卓で追えるよう、順に検算します。

  • 止めた原価:日産額1,200,000 THB × 限界利益率25% = 1回あたり300,000 THB。年2回で 600,000 THB
  • 数えた原価:30名 × 2日 = 60人日。60人日 × 520 THB = 1回あたり31,200 THB。年2回で 62,400 THB
  • 直した原価:3名 × 5日 = 15人日。15人日 × 1,200 THB = 1回あたり18,000 THB。年2回で 36,000 THB
  • 払った原価:後述の内訳により年 97,920 THB

合計は 600,000 + 62,400 + 36,000 + 97,920 = 796,320 THB/年(端数処理のため構成比の単純合計は100%になりません)。構成比は 600,000 ÷ 796,320 = 75.3%、62,400 ÷ 796,320 = 7.8%、36,000 ÷ 796,320 = 4.5%、97,920 ÷ 796,320 = 12.3% です。

「払った原価」の内訳

タイ拠点では、在庫差異が見えないコストではなく、実際に支払う税金として顕在化します(詳細は後述の章で扱います)。

  • 差異額 = 30,000,000 THB × 0.8% = 240,000 THB/回。このうち不足側60% = 144,000 THB/回(年288,000 THB)
  • VATみなし売上分:144,000 × 7% = 10,080 THB/回 → 年 20,160 THB
  • 損金不算入による税効果の喪失:144,000 × 法人税率20% = 28,800 THB/回 → 年 57,600 THB
  • 加算税・附帯税:年 20,160 THB 相当を保守的に見込む(自主申告20%〜指摘時60%という水準の中位を想定)

合計 20,160 + 57,600 + 20,160 = 97,920 THB/年

棚卸の効率化2026|速く数えても在庫差異が減らない理由 - figure 2

この試算から読めること

ここが本稿の山場です。

RFIDやハンディターミナルで削れるのは「数えた原価」の62,400 THB、すなわち全体の8%弱にすぎません。 仮に読み取り作業を半減させても、削減額は年3万THB強。数百万THB規模の投資は回収できません。

一方、一斉棚卸から循環棚卸へ移行して「止めた原価」600,000 THBを消せば、それだけで全体の4分の3が消えます。 そして第1層(記録の即時化とロケーション管理)が効くのは「直した原価」36,000 THB +「払った原価」97,920 THB = 133,920 THB。第1層と第2層で、733,920 THB(全体の92%)に手が届く計算です。厳密には、循環棚卸に移せば日常のカウント工数が別途発生します。ただしライン停止を伴わないため、純額では大きく残ります。

だから第3層から入れると投資対効果が出ない。 これが、多くの棚卸効率化プロジェクトが「速くはなったが差異は減らなかった」で終わる理由です。

なお、この試算は限界利益率25%・年2回・差異率0.8%という前提の上に成り立っています。自社の数字を入れ替えて再計算すること自体が、効率化の最初の一歩になります。在庫金額そのものを下げる観点は 適正在庫の管理 で別途整理しています。

第1層|数えなくてよい状態をつくる — 在庫差異の原因5類型

「速く数えても差異が減らない」の中身を、原因の側から分解します。実地棚卸で出る差異は、おおむね次の5類型に整理できます。

#類型具体例棚卸当日に発見できるか
1入庫の未計上・後計上検収と受入記帳のズレ、月跨ぎの伝票滞留できない(記録側の問題)
2出庫の未計上ライン払い出しの記帳漏れ、現場先取り、サンプル持ち出しできない(記録側の問題)
3ロケーション誤りあるのに見つからない=実質的な欠品できる
4単位・入数の誤りバラ/箱/リールの換算ミス、端数の扱いできる
5現物の流出不良廃棄の未処理、返品、盗難できない(記録側の問題)

重要なのは、5類型のうち棚卸の当日に見つかるのは3と4だけだということです。1・2・5は記録側の問題なので、数え方を速くしても、数える回数を増やしても、翌期また同じ差異が出ます。ハンディターミナルは3と4の発見効率を上げますが、1・2・5には触れません。

第1層で押さえる4つの打ち手

(1) ロケーション管理を全SKUに入れる

棚番・段・間口まで含めた住所を全品目に振り、システム上の在庫にロケーションを持たせます。これは「探す時間を減らす」ためだけの施策ではありません。どこを数えたかを特定できることが、後述する循環棚卸の前提条件です。ロケーションがない状態で「一部だけ数える」を始めると、数えていない在庫の範囲を説明できず、監査上も税務上も成立しません。

(2) 現品票と入数表示を統一する

単位・入数の誤り(類型4)は、現品票のフォーマットが工程ごとにバラバラであることに起因するケースが大半です。バラ/箱/リール/パレットの換算係数をマスタで一元管理し、現品票にはバーコードと入数を必ず印字する。ここが揃っていないと、第3層でハンディを入れても読み取り後の数量計算で同じ誤りが再生産されます。

(3) 入出庫をその場で記録する

伝票を集めて事務所でまとめて入力する運用は、類型1・2の温床です。受入は検収の場で、払い出しはライン投入の場で記録する。ここが日次で締まって初めて、カットオフ(期間帰属の切れ目)が立ちます。カットオフが立たない在庫記録は、循環棚卸に移行しても監査人が依拠できません。

(4) 現物の流出を記録するルートを作る

不良廃棄、返品、サンプル持ち出しは「例外処理」として運用の外に置かれがちですが、金額としては無視できません。承認フローと記帳を1つの流れに載せ、現物が動いたら必ず記録が動く状態にします。廃棄については、タイでは税務上の手続き要件があるため、後述の章で別途扱います。

これらは在庫管理システム側の機能設計と直結します。既存システムで実現できるかどうかの見極めは 在庫管理システムの比較 の観点が参考になります。

第1層の到達判定

第1層ができたかどうかは、次の3つで判定できます。

  • 任意の品目について、システム上の在庫数量とロケーションを聞かれたら、その場で答えられる
  • 前日分の入出庫が、翌営業日の朝までに全件記帳されている
  • 直近の棚卸差異を類型別に集計でき、1・2・5の割合が把握できている

3つ目ができていない拠点が実は多いのです。差異の原因分類をせずに「差異率0.8%」とだけ報告していると、どの層に投資すべきかが永久に決まりません。

第2層|数える範囲を減らす — 一斉棚卸から循環棚卸へ

一斉棚卸の構造的なコスト

一斉棚卸(実地棚卸を全品目同時に行う方式)は、期末在庫の網羅性を示すうえで最も分かりやすい方法です。ただし構造上、次の3つを同時に発生させます。

  • 生産の停止:在庫が動いている状態では数えられないため、ラインを止める。モデル工場Aでは、これだけで年600,000 THB。
  • 人員の一時的な大量投入:30名を2日間、本来業務から引き剥がす。本来業務が止まる分の影響は試算に含めていないが、実務上は無視できない。
  • 差異の事後処理の集中:半期分の差異が一度に出るため、原因究明の追跡可能性が最も低い状態で調査することになる。6か月前の伝票を遡っても、もはや誰も覚えていません。

3つ目は見落とされがちですが、本質的です。一斉棚卸は「差異を最も調べにくいタイミングで、最も大量に発生させる」方式だと言えます。

循環棚卸へ移行するための条件

循環棚卸(サイクルカウント)は、品目を分割して年間を通じて継続的にカウントする方式です。ただし、単に「分けて数える」だけでは監査上も税務上も足りません。最低限、次の6項目が要件になります。

#条件確認のポイント
1ロケーション管理が全SKUに入っているどこを数えたかが特定できるか
2入出庫がその日のうちに記録されるカットオフが立つか
3品目ごとのカウント頻度が方針として文書化されているABC等の基準が承認されているか
4差異発生時の調査・承認・修正のフローが決まっている誰が承認し、いつまでに修正するか
5期末に「全品目が過去1年以内に最低1回はカウントされている」ことを示せるカウント履歴がシステムに残るか
6監査人が循環棚卸の結果に依拠できると判断すること事前に必ず相談すること

条件1と2は、そのまま第1層の内容です。第1層を飛ばして第2層に進めないというのは、精神論ではなく手続き要件の話です。

条件6は特に重要です。方式変更は監査人との事前合意が前提であり、拠点側の判断だけで進めると、期末になって「この結果には依拠できないので一斉棚卸をやり直してください」となりかねません。タイの財務報告基準(TFRS)はIFRSを基礎に整備されていますが、実地棚卸の手続をどう評価するかは監査人の判断領域です。移行を検討する段階で、監査法人に方針書を示して意見をもらうのが実務的な進め方です。

ABC分類とカウント頻度の設計

循環棚卸の設計は、全品目を同じ頻度で数えないことから始まります。金額・回転・欠品時のライン影響度で品目を分類し、頻度を変えます。

区分一般的な選定基準カウント頻度の目安
A金額構成比の上位(在庫金額の大半を占める少数品目)週次〜月次
B中位月次〜四半期
C下位(点数は多いが金額は小さい)四半期〜半期

ABC分類は金額基準が基本ですが、実務では「欠品するとラインが止まる品目」を金額に関わらずA扱いにする運用が効きます。単価が低くても、その1点がないと出荷できない部品は在庫精度の重要度が高いためです。

在庫記録精度(IRA:Inventory Record Accuracy)の一般的な目標水準は 95〜98%、ベストプラクティスとされる水準はA品目で 99%超 です。まずは現状のIRAを測るところから始め、区分別に目標を置きます。全社一律の目標値を置くと、点数の多いC品目に引きずられて改善の焦点がぼやけます。

もう一つ、ブラインドカウント(システム上の数量を見せずに数えさせる方式)は精度を守るうえで基本とされています。理論数量が見えている状態では、無意識に数量を合わせに行くバイアスが働くためです。ハンディターミナルの画面設計でも、カウント入力時に理論在庫を表示しない設定にできるかは確認しておくべき仕様です。

棚卸の効率化2026|速く数えても在庫差異が減らない理由 - figure 3

移行の現実的な進め方

一斉棚卸を即座に廃止するのではなく、並走期間を置くのが安全です。典型的には、1年目は年2回の一斉棚卸を年1回に減らし、循環棚卸を並走させて結果の整合を確認します。監査人に対して「循環棚卸の結果と一斉棚卸の結果が一致した」という実績を提示できれば、翌年の依拠判断が通りやすくなります。

第3層|数える速さを上げる — ハンディターミナルとRFIDの判断

第1層と第2層が動き始めたら、第3層の投資が意味を持ちます。順序が逆でないことが重要です。

事例の正しい読み方

RFIDによる棚卸自動化の事例として、長野FCLコンポーネント株式会社(電子部品・電子応用装置の製造)の導入事例が公開されています。チップリール約3万点の棚卸が、導入前は10名 × 約2日、導入後は6名 × 約2時間になったとされ、さらに実施頻度を年4回から月1回へ増やせたと報告されています。

ここで注目すべきは、作業時間の短縮そのものではありません。実施頻度を年4回から月1回に上げられた点です。頻度が3倍になれば、差異が発生してから発見されるまでの期間が3か月から1か月に縮まり、原因の追跡可能性が劇的に上がります。これは実質的に、循環棚卸に近い状態へ移行したということです。

つまり、第3層の投資が真に価値を持つのは、「速くなったから人が減る」のではなく「速くなったから頻度を上げられる=第2層に届く」 ときです。導入検討の際、この読み替えができているかどうかで、稟議の中身が変わります。ハンディターミナル側の具体的な運用設計は ハンディターミナル導入、RFIDの費用構造は RFID導入費用 にそれぞれ整理があります。

ハンディターミナルとRFIDの使い分け

観点バーコード+ハンディターミナルRFID
読み取り方式1点ずつ照準して読む複数タグを一括で読む
初期コスト端末とラベル運用が中心で相対的に低いタグ単価 × 点数 + リーダ + 貼付工数
向く在庫品目数が中程度、箱単位で管理できる点数が非常に多い、開梱せず数えたい
弱点点数が多いと読み取り回数がそのまま時間になる金属・液体・高密度収納で読み落とし/読み過ぎ
現品票との関係既存ラベルにバーコードを載せれば移行しやすいタグの貼付位置と個体紐付けの設計が必要

実務上の判断は、SKU数ではなく「1回のカウントで読む点数」で決まります。3万点のチップリールのように、開梱せずに一括で読めることの価値が大きい在庫ではRFIDが効きます。逆に、箱単位で数えられる在庫であれば、バーコードとハンディターミナルで十分に第2層に届きます。

RFIDで費用が跳ねる/失敗する3箇所

RFIDの投資判断では、次の3点が見積もりから漏れやすい箇所です。

(1) タグ単価 × 点数と、貼付作業そのものの工数

タグが1点あたり数バーツでも、数万点になれば金額として効いてきます。さらに見落とされやすいのが貼付作業の人件費です。既存在庫すべてにタグを貼る初期作業は、それ自体が一斉棚卸に匹敵する工数になることがあります。運用開始後も、入庫のたびに貼付工程が増えるため、定常コストとして人件費を織り込む必要があります。

(2) 現場の電波環境の検証

金属棚、液体を含む在庫、高密度収納の3条件は、いずれもRFIDの読み取り精度を下げます。読めない(読み落とし)だけでなく、隣の棚まで読んでしまう(読み過ぎ) も同様に深刻です。読み過ぎは、当該ロケーションで過剰、隣のロケーションで不足として相殺されるため、総量ベースの差異には現れないまま、誤ったロケーション情報を積み上げます。カタログ上の読み取り距離は、自社の棚環境では再現しないと考えておくのが安全です。

(3) 既存の在庫管理システム・WMSとの突き合わせ

読めた ≠ 計上できた、です。RFIDリーダが読んだタグIDを、システム上の品目コード・ロット・ロケーションに正しく紐付けられなければ、カウント結果は在庫記録に反映できません。ここは第1層のマスタ整備がそのまま前提条件になります。品目マスタの単位・入数が整っていない状態でRFIDを入れると、読み取り精度は高いのに在庫数量が合わないという状況が生まれます。

したがって、RFIDは段階検証(一部エリア → 全域)を前提に進めます。最も条件の悪いエリア(金属棚・高密度収納)を先に検証し、そこで読み取り率が出るかを確認してから全域展開の判断をする。逆順にすると、全域にタグを貼った後で読めないエリアが判明します。

タイ拠点の急所|在庫差異は「税金」として顕在化する

ここからは、タイに拠点を持つ製造業に固有の論点です。同じ在庫差異でも、日本とタイでは会計・税務上の扱いが異なるとされており、この違いが冒頭の試算における「払った原価」の根拠になります。

【注意】以下の内容は会計事務所等が公開している解説に基づく実務理解であり、条文の逐語引用ではありません。適用の可否は個社の状況によって変わるため、必ず自社の監査人・税務顧問に個別確認してください。

棚卸減耗は原則として損金にならないとされる

日本では、実地棚卸で判明した在庫の減少を棚卸減耗費として損金処理できる余地があります。一方タイでは、帳簿在庫より実在庫が少ない差異(棚卸減耗・紛失)は、原則として法人税の損金として認められないと説明されるのが一般的です。

さらに実務上、不足分は販売されたものとみなされ、VAT(7%)の申告納付が必要になるとされています。つまりタイでは、在庫差異が「見えないコスト」ではなく、実際に支払う税金として顕在化するわけです。

モデル工場Aの試算に戻ると、差異のうち不足側144,000 THB/回に対して、VAT分10,080 THB/回と、損金不算入による税効果の喪失28,800 THB/回が発生する計算でした。これが年2回で 57,600 + 20,160 = 77,760 THB。ここに加算税・附帯税の見込み20,160 THBを足して97,920 THBという数字が出ています。

在庫の廃棄には手続き要件があるとされる

在庫差異の原因の一つに「不良廃棄の未処理」(類型5)がありますが、タイでは在庫の廃棄も現場判断だけでは進められないとされています。実務上、次のように説明されることが多い区分です。

区分必要とされる手続き
保管可能な在庫社内承認 + 会計士の立会 + 税務署担当官の立会。30日以上前に歳入局へ通知が必要とされる
保管不可能な在庫(食品等)社内承認 + 会計士の立会で足りるとされる

根拠としては歳入局規則 ป.79/2541 が挙げられることが多いようです。加えて、紛失を損金にするには盗難届が必要とされます。

BOI奨励を受けている企業やIEAT工業団地内の企業は、それぞれの規定に従った手続き(会計士の立会と廃棄レポートの作成等)が別途求められます。免税措置や保税の枠組みと在庫の帳簿が直結しているため、通常の企業より要件が厳しくなる点は押さえておく必要があります。

加算税の水準

VATの自主申告時の加算税については、登録後2年以内で20%、2年超で40%、当局から指摘を受けた場合は60%という水準が示されています。ここで実務的に効いてくるのは、自主申告なら20〜40%で済むものが、指摘を受ければ60%になる——つまり1.5〜3倍の開きが出るという点です。

在庫差異を早く見つけて自主的に処理できる体制は、そのまま税務コストの差になります。半期に一度の一斉棚卸で差異がまとめて出てくる運用と、循環棚卸で月次に差異が把握できる運用とでは、この点でも差が出ます。循環棚卸は税務リスクの管理手段でもあるという読み方は、経営層向けの説明では有効です。

この章のまとめ方

タイ拠点における棚卸の効率化は、生産性の話であると同時に、税務コストの話です。ただし、上記の取扱いは実務解説に基づく理解であり、個社の状況(業種、BOIの有無、過去の税務調査の経緯等)によって適用は変わります。方針を決める前に、必ず自社の監査人および税務顧問に個別確認してください。 本稿の試算も、この確認を前提とした議論の出発点として使うことを想定しています。

3層を12か月で進める順序

実際にどう着手するか。優先順位を12か月のフェーズに落とすと、次のようになります。

フェーズ期間やること到達状態(KPI)
0. 現状把握1か月目4原価の自社版試算、直近の差異を5類型に分類「止めた原価」の金額が言える
1. 第1層2〜5か月目ロケーション付与、現品票と入数マスタ統一、日次記帳前日入出庫の翌朝までの記帳率100%
2. 第1層の定着6〜7か月目カットオフ運用、廃棄・返品の記録ルート整備IRAの測定開始、差異の類型別集計
3. 第2層の設計8〜9か月目ABC分類、頻度方針の文書化、監査人への事前相談循環棚卸の方針書に監査人の合意
4. 第2層の並走10〜12か月目循環棚卸を並走開始、一斉棚卸は年1回に縮小全品目の年1回カウント履歴が残る
5. 第3層翌年度ハンディ/RFIDを段階検証(一部エリアから)カウント頻度をさらに上げられる

順序を守ることの意味は、投資対効果だけではありません。第1層と第2層は、ほぼ運用設計とシステム設定の範囲で進められる——つまり大きな設備投資を伴わずに、全体の92%にあたるコストに手が届きます。第3層の投資は、その効果が測定できる土台ができてから判断するほうが、稟議も通りやすくなります。

なお、在庫精度が上がると出荷側の品質も連動して改善します。ロケーション管理と現品票の統一は 誤出荷防止 の基礎でもあるため、棚卸単独ではなく倉庫業務全体の投資として説明するほうが説得力が出ます。

よくある質問

循環棚卸に切り替える条件は?

最低限、6項目です。(1) 全SKUにロケーション管理が入っている、(2) 入出庫がその日のうちに記録されカットオフが立つ、(3) 品目ごとのカウント頻度が方針として文書化されている、(4) 差異発生時の調査・承認・修正フローが決まっている、(5) 期末に全品目が過去1年以内に1回以上カウントされたことを示せる、(6) 監査人が循環棚卸の結果に依拠できると判断すること。特に(6)は事前相談が必須で、拠点側だけで決められる話ではありません。

RFID棚卸の費用はどう見積もればよいですか?

タグ単価 × 点数だけで見積もると外します。実務上は、(1) タグ単価 × 点数、(2) 既存在庫への貼付工数と入庫時の貼付作業の定常人件費、(3) リーダ等のハードウェア、(4) 既存の在庫管理システム・WMSとの連携開発、(5) 電波環境の検証工数、の5項目を積み上げます。特に(2)と(5)は初期見積もりから漏れやすい箇所です。まずは一部エリアで段階検証し、読み取り率と単位あたりコストの実績値を得てから全域の判断をすることを推奨します。

棚卸の時間短縮だけを目的にしてはいけないのですか?

目的にすること自体は問題ありませんが、投資対効果は限定的です。モデル工場Aの試算では、棚卸作業の人件費(数えた原価)は年62,400 THBで全体の7.8%にすぎません。仮に読み取り作業を半減させても年3万THB強の削減です。一方、ライン停止の逸失利益(止めた原価)は年600,000 THBで全体の75.3%。時間短縮を頻度向上に転換し、循環棚卸へ移行して停止日をなくすところまで設計して初めて、投資が回収圏に入ります。

タイでは棚卸差異はどう扱われますか?

帳簿在庫より実在庫が少ない差異は、原則として法人税の損金として認められないとされ、さらに不足分は販売されたものとみなされてVAT(7%)の申告納付が必要になると説明されるのが一般的です。在庫の廃棄についても、保管可能な在庫は社内承認・会計士の立会・税務署担当官の立会が必要で、30日以上前に歳入局へ通知するとされています。いずれも実務解説に基づく理解であり、適用は個社の状況によって変わります。必ず自社の監査人・税務顧問に個別確認してください。

在庫差異の原因はどう特定すればよいですか?

差異を金額や率で集計するだけでは原因は分かりません。5類型(入庫の未計上、出庫の未計上、ロケーション誤り、単位・入数の誤り、現物の流出)に分類して集計します。このうち棚卸当日に発見できるのはロケーション誤りと単位・入数の誤りだけで、残る3類型は記録側の問題です。類型別の構成比が分かれば、第1層(記録の即時化)と第3層(読み取りの高速化)のどちらに投資すべきかが数字で判断できます。

在庫記録精度(IRA)はどのくらいを目標にすべきですか?

一般的な目標水準は95〜98%、ベストプラクティスとされる水準はA品目で99%超です。ただし全社一律の目標を置くと、点数の多いC品目に引きずられて改善の焦点がぼやけます。ABC区分ごとに目標値を分け、A品目から精度を上げるのが実務的です。測定にあたっては、システム上の理論数量を見せずに数えさせるブラインドカウントが基本とされています。

ハンディターミナルとRFID、どちらを先に検討すべきですか?

判断軸はSKU数ではなく「1回のカウントで読む点数」です。箱単位で数えられる在庫であれば、バーコードとハンディターミナルで循環棚卸に十分届きます。数万点規模を開梱せずに一括で読みたい在庫(チップリール等)ではRFIDの価値が出ます。いずれの場合も、品目マスタの単位・入数とロケーション管理が整っていることが前提です。マスタが整っていない状態で導入すると、読み取り精度は高いのに在庫数量が合わないという状況になります。

まとめ

棚卸の効率化は、「数える速さ」を上げる話に見えて、実際に効くのは逆の順序です。

  • 第1層|数えなくてよい状態をつくる:ロケーション管理、現品票と入数マスタの統一、入出庫の即時記録。在庫差異の5類型のうち、棚卸当日に見つかるのは2類型だけ。残り3類型は記録側の問題であり、数え方を変えても解決しない。
  • 第2層|数える範囲を減らす:ABC分類と循環棚卸。モデル工場Aでは、ライン停止の逸失利益600,000 THBが棚卸コスト全体の75.3%を占める。ここを消せるのはこの層だけ。ただし移行には6つの条件と監査人の事前合意が必要。
  • 第3層|数える速さを上げる:ハンディターミナル、RFID。削れるのは全体の7.8%にあたる62,400 THB。投資の価値は「人が減る」ことより「頻度を上げられる=第2層に届く」ことにある。

そしてタイ拠点では、在庫差異が損金不算入とVATのみなし売上という形で、実際に支払う税金として現れるとされています。モデル工場Aでは年97,920 THB、全体の12.3%。差異を早く見つけて自主的に処理できる体制は、それ自体が税務コストの管理手段になります。

まず着手すべきは、投資判断ではなく現状把握です。自社の数字で4原価を計算し、直近の差異を5類型に分類する。この2つができれば、どの層に投資すべきかは自ずと決まります。

棚卸の現状把握を自社の数字で行いたい、あるいは循環棚卸に移せる状態かどうかを判断したい、という段階でもご相談いただけます。TOMAS TECHはタイの日系工場で生産管理・在庫管理システムの導入と現場運用の設計を手がけており、まずは現行の棚卸プロセスと在庫記録の状態を整理し、3層のどこから着手するのが妥当かを一緒に見立てるところから対応しています。導入の可否を決める前の情報整理だけでも構いませんので、お問い合わせフォーム からお気軽にお声がけください。

参考情報