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2026.10.11

ソフトセンサー AI導入|品質予測モデルのデータ設計とRFP

ソフトセンサー AI導入|品質予測モデルのデータ設計とRFP

ソフトセンサー AI導入で埋めたいのは「ラボ分析の間の見えない時間」

ソフトセンサー(推論センサー、仮想センサーとも呼ぶ)のAI導入を検討するプロセス工場が増えています。樹脂の流れやすさ、粘度、濃度、水分、反応率といった品質値はラボで分析しないと分からず、結果が出るまでの間に流れた製品の品質は見えません。銘柄切替でも、規格に入ったかの判断がラボ結果待ちになります。オンライン分析計は設備費も保守の手間も大きい。そこで日本本社から「AIで何とかならないか」と相談が来るわけです。

この記事の主張は一つです。ソフトセンサー導入は「AIモデルを作る」話ではなく、「どの品質値を、どのラボ値を正解として、どの時刻のプロセスデータと紐付けて、劣化したら誰がどう直すか」を先に決める話です。 最初の目的はラボ分析を減らすことではなく、ラボ分析の間の見えない時間を埋めることに置きます。モデルは時間とともに劣化するので、バイアス補正と再学習の運用を最初から設計に入れます。ラボ分析の頻度を減らすのは、並行運用で精度を確かめ、品質保証と客先の承認を得てからの、任意の最終段階です。そして、学習した範囲の外(新銘柄、新原料)では使えません。

最初に、似た言葉との違いを整理しておきます。設備の故障の予兆をつかむ設備の異常検知は「機械の状態」を見ます。SPC管理図のドリフト検知は、すでに測った値の並びから工程の変化を見つけます。配合最適化AIは、次に試す配合を提案する開発側の道具です。この記事で扱うソフトセンサーは、まだ測っていない(ラボでしか測れない)品質値を、温度・圧力・流量などの常時データから推定する仕組みで、上の三つとは目的も入力も違います。

対象読者は、タイの化学、樹脂コンパウンド、石化下流、ゴム、食品、製紙などのプロセス工場の工場長、製造課長、品質保証、生産技術、計装の担当者です。なお、この記事は特定製品の推奨やランキングではありません。後半の費用試算は、この記事のために置いた仮の数字です。

ソフトセンサーとは:定義と仕組み

富士電機は、計測と制御(2023年8月号)の製品紹介で、ソフトセンサを「リアルタイムで測定することが難しい値を,温度や圧力,流量等の容易に収集できるデータを使って推算する技術」と定義し、化学、鉄鋼、製薬などのプラントで使われると書いています。成分濃度や強度など品質に関わる値は分析に時間がかかり、基準を下回ったまま後工程に進むと、作り直しのために原料やエネルギーのムダが出る、というのが導入の背景です。

東亞合成の研究年報(TREND 2022)は、より構造的に説明しています。ソフトセンサーは、リアルタイムで測れる温度などのプロセス変数から、反応率のようにリアルタイムでは測りにくい変数を予測するセンサーで、検出部などの物理的な部品を持ちません。説明変数X(温度、圧力など)と目的変数y(反応率など)の関係を y = f(X) という関数で表し、過去の実測データの回帰分析で作ります。同時に、あくまで予測値なので、実測値との誤差が十分小さいことを確かめる必要がある、とも書いています。

似た言葉に「仮想計測(Virtual Metrology、VM)」があります。Dreyfusら(2022、International Journal of Production Research)は、VMを「製品の品質を物理的に測定せず、製造プロセスのデータから直接推定すること」と定義しています。199本の論文の系統的レビューで、半導体以外の製造業にも応用があること、枠組みの構成要素として品質推定器やドリフト検知器があることを示しています。呼び方は業界によって違いますが、「測らずに、プロセスデータから品質を推定する」という考え方は共通しています。

品質以外の用途もあります。ABBの技術者による2014年の論文は、推論センサーを排出ガスの監視(PEMS)に使った2事例を紹介し、欧州の製油所では連続排出監視装置のバックアップとして、監視システムの稼働率を97.5%を大きく上回る水準まで高めたとしています。品質ではなく排出ガスの推定で、数値はこの事例に限った値です。

ソフトセンサー AI導入|品質予測モデルのデータ設計とRFP - figure 1

図のように、押出機なら、バレル温度、溶融圧力、スクリュー回転数、モーター電流、フィード量といった常時データを入力にして、モデルが数分おき(図では1分ごと)に品質値を推定します。ラボ分析は今までどおり行い、その結果と推定値を比べ、ずれが出ればバイアスを補正し、劣化が見えたら再学習します。ラボ値は「正解」として残り続ける、というのがこの仕組みの前提です。

なぜ今、タイのプロセス工場で検討されるのか

一つ目の理由は、タイ投資委員会(BOI)の後押しです。BOIの投資奨励ガイド(2023年版)の「Smart and Sustainable Industry」措置では、既存事業の効率化として「デジタル技術導入」を挙げ、その対象の一つに「AI、機械学習、ビッグデータ・データ分析の活用」を明記しています。AI・機械学習への投資は効率化投資額に算入でき、恩典は3年間の法人所得税免除、上限は効率化投資額の50%です。機械・自動化の更新で、タイの自動化産業との連携など条件を満たす場合は、上限が100%になります。BOIの2026年8月4日付の説明資料でも同じ措置が続いていることが確認できます。ただし、AI関連の投資が投資額に満額で数えられるのか半額なのかは、公開資料からは確定できません。申請や適用の可否は、個別にBOIへ確認してください。

The Nation(2026年8月13日)によれば、この措置への申請は、2023年の導入から2026年上半期までに1,397件、投資額は合計1,460億バーツ超に達したと報じられています。

二つ目は、日系企業の投資計画です。MGR Online(2026年8月17日)とPattaya Mail(2026年8月18日)が報じた在タイ日系企業504社対象の景況調査(2026年上半期)では、投資計画の設問に答えた432社のうち、59%(256社)が既存機械の更新、31%(132社)が生産効率の改善、22%(96社)がデジタルトランスフォーメーションへの投資を計画しています。同じ報道はBOIの数字として、日系資本の企業が2023年〜2026年上半期に、この措置へ400件超、550億バーツ超を申請したと伝えています。

三つ目は、生産環境の厳しさです。The Nation(2026年7月27日)によれば、2026年6月のタイ製造業生産指数(MPI)は94.99で前年同月比3.10%の低下、設備稼働率は57.61%でした。業種別では基礎化学品が22.35%増(苛性ソーダと塩素の需要)と伸びた一方、石油精製は7.97%減でした。ただし、これは改定前の発表です。工業経済局(OIE)は2026年9月30日にMPIの算出方法を改定しており(The Nation、2026年10月8日)、改定後の系列と並べて比べることはできません。稼働率が6割に満たない中では、限られた生産量の中で規格外品や切替ロスを減らす意味が大きくなります。

タイの石化大手PTT Global Chemical(GC)も、2026年1月と7月のニュースで “Smart Plant” やAIとデジタルプラントモデルによるPlant-wide Optimizationを紹介しています(同社の発表。ソフトセンサーや品質推定への言及はありません)。

手法の種類:PLS・ニューラルネット・JITなど

Kadlec、Gabrys、Strandt(2009、Computers and Chemical Engineering)のレビューは、データ駆動型ソフトセンサーでよく使われる手法として、回帰と組み合わせた主成分分析(PCA)、PLS(部分最小二乗回帰)、人工ニューラルネットワーク、ニューロファジー、サポートベクターマシンを挙げています。中心の用途は、低い頻度かオフライン分析でしか得られないプロセス変数の予測です。

PLSがよく使われる理由は、プロセスデータの共線性です。隣り合う2本の温度計はほぼ同じ値を示します。こうしたデータには、PCAやPLSで相関の少ない低次元の空間に変換する方法がプロセス産業で最も一般的だ、と同レビューは書いています。東亞合成の事例も、PLSを「多重共線性を回避できるといったメリットがある」手法として選んでいます。

Lawrenceら(2024、査読前のプレプリントとしてarXivに掲載)は、ソフトセンサーを知識駆動(ホワイトボックス)、データ駆動(ブラックボックス)、ハイブリッド(グレーボックス)に分けています。2015〜2023年の論文の調査では、機械学習の中で人工ニューラルネットワークが最も注目され、適応型モデルの局所モデリングではPLSがよく選ばれていました。一方で、工業実装まで進んだと報告されている手法は、PLS、多層パーセプトロン、ウェーブレットNN、SVM、RVM、ガウス過程回帰、回帰木に限られます。研究で提案される手法の多さと、現場で使われる手法の数には差がある、ということです。

もう一つの系統が、JIT(Just-In-Time)モデル(予測のたびに近いデータで局所モデルを作る方式)です。これは劣化対策と関係が深いので、第11章で改めて触れます。

物理モデルとAIのハイブリッドもあります。Kubosawaら(2022、査読前のプレプリント)は、統計的なソフトセンサーは過去データにない状況に弱いとし、動的シミュレーターと強化学習で組成や粘度などを推定する方法を提案しています。

実務上の結論は、手法選びより、データと運用で精度が決まるということです。どの手法でも、時間合わせが崩れたデータで学習すれば精度は出ませんし、劣化に手当てしなければ使われなくなります。手法は、データを揃えてから比べれば十分です。

向いている品質値・向かない品質値

船津公人氏(東京大学、2016年の講演資料)は、ソフトセンサー開発の問題点を、データ収集から運用までの流れに沿って挙げています。データの信頼性、外れ値やノイズ、回帰手法の選び方、過学習、非線形性、変数選択、プロセスの動特性、モデルの解釈、検証、適用範囲と予測精度、モデルの劣化と保守、異常データの検出です。これを裏返すと、向いている対象と向かない対象が見えてきます。

判断の観点向いている(○)向かない(×)
正解となるラボ値定期的に分析していて、記録が残っている分析が年に数回しかない
入力データ品質に効く温度・圧力・流量などが常時記録されている品質に効く要因が計装されていない
運転範囲銘柄と運転条件がある程度安定している新銘柄が多く、毎回条件が違う
原料の影響原料のばらつきが小さいか、ロット情報を記録している原料ロットの影響が大きいのに測っていない
データ品質欠測や外れ値の原因が分かっている計器の故障や校正切れが放置されている

×が多いのに無理に進めると、学習範囲の外で推定することになります。Lawrenceらはデータ駆動モデルの妥当性は学習した条件から大きく外れると成り立たない可能性があると書き、東亞合成も、学習データが目標反応率の近くに偏っていたため反応初期の予測は信頼できず、ソフトセンサーが有効な範囲を適切に設定すべきだとしています。新銘柄や新原料の立ち上げに使うのは、そもそも筋が違います。

最初に決める3つ:対象の品質値、正解とするラボ値、使い方

モデルの話に入る前に、次の3つを紙に書いて関係者で合意します。

① 対象の品質値。 例として、押出ラインのMFI(メルトフローインデックス。樹脂の流れやすさ)を取り上げます。品質値を一つに絞り、どのライン、どの銘柄群で使うかを決めます。最初から複数の品質値、全ラインに広げると、時間合わせとデータ確認の手間が一気に膨らみます。

② 正解とするラボ値。 同じMFIでも、測定条件や担当者によって値がずれることがあります。どの分析法の、どの記録を正解とするか。分析の時刻(サンプル採取時刻か、結果が出た時刻か)をどう残しているか。正解の質がモデルの精度の上限を決めます。

③ 使い方。 推定値をオペレーター画面に表示するだけか、品質判定に使うか、制御に使うか。最初は「表示だけ」をお勧めします。判定に使うなら品質保証の手順書の改訂が要り、制御に使うならさらに安全側の設計が要ります。この記事の試算も「表示だけ」を前提にしています。

データ棚卸し:プロセスデータ・ラボデータ・運転記録

次に、手元のデータを棚卸しします。必要なのは三種類です。DCSやPLCが記録しているプロセスデータ、ラボの分析結果、そして銘柄切替や停止、原料ロット、保守作業などの運転記録です。

Kadlecらは、データによく見られる問題として、測定ノイズ、欠測値、外れ値、共線性、異なるサンプリングレートを挙げ、対処には大量の手作業が要るとしています。欠測の主な原因はセンサーの故障、保守、取り外しです。外れ値は3σ法、Hampel識別子、PCAとT²などで確認します。

同じレビューは、プラントの情報管理システムが値の変化が閾値を超えたときだけ記録することが多く、閾値が高すぎると重要な変化を取りこぼすとも指摘しています。ヒストリアンの圧縮設定も、ソフトセンサーの精度に影響します。

棚卸しの進め方は製造業のAIデータ整備で、データ収集の仕組みづくりは製造データ収集の記事で、ヒストリアンの選び方は産業用ヒストリアン導入の記事で詳しく扱っています。ラボ値がExcelや紙に分かれている工場では、配合やロットと品質データを結び付ける化学工場の生産管理システムの整備と一緒に考えると、二度手間を避けられます。

入力に使う計器の状態も確認します。東亞合成は実運用の課題として、説明変数になっているハードセンサーの劣化や異常で正しい予測値が得られないことを挙げています。入力計器の校正記録と測定値の記録方法は、計測器データの自動記録と校正管理システムの記事を参考に、ソフトセンサーの入力タグ一覧と紐付けておきます。

時間合わせが精度を決める

精度を最も大きく左右するのは時間合わせです。Kadlecらは、物質には反応器や蒸留塔などの滞留時間があるので、同時刻に別の場所で取った2つの測定値を結び付けるのは合理的でないと書いています。遅れを補償して同期させる必要があり、それにはプロセスについての深い知識が要ります。品質のラボ値は自動測定データと比べて頻度が大きく違う(マルチレート)点、バッチプロセスではバッチごとに運転時間が違うので長さを揃える処理が要る点も指摘しています。

実務の例として、東亞合成は1分ごとに保存された時系列データから、反応液をサンプリングした時点のデータを抜き出して表にまとめ、反応率の分析値と組み合わせて学習データを作りました。大事なのは「サンプリングした時刻」です。結果が出た時刻やラボの入力時刻で紐付けると、ずれた入力データで学習することになります。

ラボ分析の遅れと頻度は、出典ごとに想定する現場が違います。ABBの2014年の論文は、品質分析は通常1日1〜4回で、サンプル採取と処理で1時間以上の遅れが出るとしています。Lawrenceら(査読前のプレプリント)は、品質変数のサンプルは1シフト(8時間)に1回、または24時間に1回採取されると書き、ラベル付きデータの不足を主な課題としています。BASFの米国ガイスマー工場のデジタル化担当者は、LSUのニュース(2022年)で、12時間ラボサンプルを待つ代わりにデータとAIで予測したいと話しています。NTTドコモビジネス(2025年、マイナビニュース報道)は、手分析が1日1回程度しかできないことを課題に挙げています。いずれも各出典の現場の話で、業界標準の値ではありません。自社の頻度と遅れは、自社の記録で確かめてください。

時間合わせの前提として、DCS、PLC、ヒストリアン、ラボのPCの時計が揃っている必要があります。時計がずれていると、滞留時間をどれだけ丁寧に補償しても意味がありません。方式の選び方と受入試験は工場の時刻同期の記事にまとめています。あわせて、サンプル採取時刻を秒または分の単位で記録する運用(採取ラベルや入力画面の項目)をラボと決めておきます。

モデル構築とオフライン検証

データが揃ったら、過去データでモデルを作り、学習に使っていないデータで検証します。評価指標は何を使えばよいか。Kadlecらは数値による評価では平均二乗誤差(MSE)が最も一般的だとし、予測値と実測値のプロットなど目視の評価は開発者の主観に左右されると指摘しています。Lawrenceらは、ソフトセンサーの性能は相関係数と二乗平均平方根誤差(RMSE)で測るのが一般的だとしています。Renら(2019)はRMSE、MAE、最大誤差、相対誤差を使い、東亞合成はLeave-one-out法で平均誤差と最大誤差を見ています。平均だけでなく最大誤差を見る、という点は実務で特に大事です。品質判定では、たまに大きく外れることが問題になるからです。

東亞合成の事例を、範囲を明示して紹介します。対象は同社のアクリル酸エステル合成プロセス(バッチ)で、目標反応率77.8〜80.0%で反応を止める必要があります。従来は反応時間の実績を目安に分析しており、1バッチあたり2〜3回の分析が必要になることもありました。過去32バッチのデータを使い、説明変数は反応時間と1分ごとに自動取得した計器値、目的変数は反応率の分析値、手法はPLS、評価はLeave-one-out法です。目標は、目標反応率78.9±1.1%に対して誤差1.1%以下で予測できるかどうかでした。報告によれば、反応時間だけで予測すると最大誤差が1.1%以下に収まらず、ソフトセンサーなら目標反応率の範囲で誤差1.1%以下を達成できました。ただし、学習データが目標付近に偏っているため、反応初期の予測は信頼できないとしています。

もう一つ、Renら(2019、Sensors)は、ねずみ鋳鉄の工業生産サンプル188件(うちテスト31件)で、粒子群最適化を組み合わせた局所重み付きPLSを試しています。同じデータで、グローバルなPLSのRMSE 13.6に対し、提案手法は6.8でした。これは鋳鉄の一つのデータセットでの相対比較で、ほかの工程で同じ改善幅が出るとは限りません。

オフライン検証では、時間の順序を守って学習期間と検証期間を分けたかどうか、銘柄ごとの精度、大きく外れた運転の場面を記録し、並行運用に進むかの判断材料にします。

並行運用(シャドー運転)から現場表示へ

ソフトセンサー AI導入|品質予測モデルのデータ設計とRFP - figure 2

オフラインで精度が出ても、いきなり現場に見せてはいけません。まずはシャドー運転、つまりモデルを実際のデータで動かしつつ、推定値は現場に見せずに記録だけして、ラボ値と比べる期間を置きます。リアルタイムのデータは過去データより欠測や遅れが多く、オフラインで見えなかった問題がここで出ます。

シャドー運転で問題がなければ、オペレーター画面に表示します。このときもラボ分析の頻度は変えません。図のステップ4「ラボは今のまま」がこの段階です。

現場に受け入れてもらうには、見せ方が大事です。富士電機は、データ駆動の手法にはブラックボックスの面があり、産業界ではそれを嫌う傾向があるので、計算結果を出すだけでなく納得しやすい画面を作ったと書いています(ベンダー寄稿)。Lawrenceらも、純粋なデータ駆動手法の解釈性を共通の課題に挙げています。実務では、推定値のトレンドにラボ値を点で重ねて表示し、ずれの大きさが一目で分かるようにします。推定に効いている主な入力(温度や圧力)も並べて見せると、オペレーターが自分の運転と結び付けて理解しやすくなります。学習範囲の外に出たときは、推定値を灰色にするなど「今は信用しないで」と伝える表示も用意します。

劣化と再学習の運用設計

ソフトセンサーは、作った時点が一番よく、その後は劣化していくものとして設計します。Kadlecらは、導入後は定期的な保守と調整が必要で、ドリフトなどで性能が落ちるため、モデルの適応か作り直しで補うと書いています。Lawrenceらも、オンラインのソフトセンサーの性能は時間とともに劣化しうるとし、対処として直近のデータで再学習して再展開する方法と、出力をラボ値に近づけるバイアス更新を挙げています。船津氏は劣化の原因として触媒の性能低下や原料の変化を挙げています。

劣化には二種類あり、対処が違います。Kadlecらによれば、プロセスドリフトはポンプの摩耗、天候、原料の純度、触媒の失活などプロセス側の変化で、原因を突き止めて取り除くべきものです。センサードリフトは測定器側の変化なので、測定器の再校正かソフトセンサーの適応で対処し、プロセスには手を入れません。二つを見分けるのは難しく、専門知識が要ります。

バイアス補正の実装例として、ABBは次のような方法を紹介しています。ラボ値が得られたら予測との差を統計処理し(ノイズや外れ値の影響を抑え、急な変化が出ないように調整)、差が所定の閾値を超えたときだけ補正係数を出力に加える。モデルの更新は統計的に意味のある差が出たときだけにすべきだ、としています。ラボ値が一つずれただけで毎回補正すると、ラボ側のばらつきをそのままモデルに持ち込むことになるからです。

適応型のモデルにも種類があります。Kadlec、Grbić、Gabrys(2011)は適応の方法を移動窓法、再帰的適応法、アンサンブル法に分けています。Renら(2019)は、グローバルモデルは時間とともに劣化し頻繁な保守が難しいので、予測のたびに局所モデルを作って捨てるJITを使うと説明しています。船津氏は、新しいデータが情報として有用ならデータベースに加え、そうでなければ捨てる「データベース監視」も提案しています。ただし船津氏の結論は「万能な適応モデルはない」で、劣化の型に合ったモデルを選ぶべきだとしています。なお、Lawrenceらの調査(2015〜2023年の論文が対象で、工場での導入率ではない)では、適応型は3分の1未満でした。

運用設計として決めておくのは、次の点です。誰がラボ値とのずれを毎週見るか。どの閾値を超えたらバイアス補正するか。どの条件で再学習するか。再学習したモデルを誰が承認して入れ替えるか。旧モデルに戻す手順。モデルの監視と入れ替えの仕組みは工場AIモデル監視の導入ガイドで詳しく扱っています。

ラボ分析の頻度を減らすのは最後

「ラボ分析を減らせる」は、ソフトセンサーの効果として最も期待されやすい点です。しかし、最初の目的にすべきではありません。

東亞合成の論文は、分析を「確認のための1回の分析に減らすことは充分に可能だと考えられる」と書いています。これは論文上の見込みで、実際に運用で回数を減らしたという実績の報告ではありません。この区別は大事です。

頻度を変えるには、少なくとも次の段階が要ります。並行運用でラボ値との差を十分な期間記録する。品質保証部門が判定手順と記録の扱いを決める。客先に変更を説明して承認を得る。特に、検査成績書にラボの実測値を載せている場合、推定値で置き換えられるか、分析頻度を変えてよいかは客先との取り決め次第です。成績書の要件で頻度を変えられない客先もあります。成績書の発行と承認の流れは検査成績書の発行管理の記事を参照してください。

医薬品の分野には、米FDAが2004年10月に出したPAT(Process Analytical Technology)のガイダンスがあり、革新的な製造と品質保証を企業が自主的に進めるよう促しています。このガイダンス本文がソフトセンサーに触れているかは確認できていません。船津氏の講演資料(2016年)は、ソフトセンサーでリアルタイムリリース試験(RTRT)が可能になり、最終製品試験が不要になりうると説明していますが、これは研究者の講演資料での医薬品の話で、化学や樹脂の工場にそのまま当てはまるものではありません。

製品・事例の見方【ベンダー主張】

製品と事例を紹介します。いずれもメーカーまたは導入企業の発表、あるいはそれを伝える報道で、第三者の検証ではありません。価格はどの製品も公開情報では確認できませんでした(非公表)。以下は推奨や順位ではありません。

製品・事例発表元・時期発表内容(要約)
NTTドコモビジネス「AI Soft Sensor」導入支援パッケージ2025年11月12日発表(マイナビニュース報道)化学・水処理などのプラント向け。類似状況の過去履歴でモデルを自動再学習する仕組み。機械学習の知識が無くても開発方法を習得できるとする
富士電機「推算用モデル式構築/演算ツール」2023年(計測と制御 8月号)オフラインの構築ツールとオンラインの演算ツール。構築手順に自動機械学習を適用。PIサーバのI/Fを標準で備える
AspenTech「Aspen Inferential Qualities」製品ページ(© 2026表記)深層学習、線形PLS、ファジーPLS、ハイブリッドNNなどのモデル型。ラボ分析への依存を減らせると主張
Siemens「SITRANS Soft Sensor Engine IQ」製品ページ(掲載日記載なし)オンプレミスで動作し、Modbus TCPまたはOPCでDCSと接続。物理センサーのバックアップや置き換えになりうると主張
横河電機 AI製品ソリューション製品ページ(掲載日記載なし)試験前に品質を予測する品質推定を機能の一つに挙げる
Seeq 機械学習ツールナレッジベース組み込みのPLSと、外部モデルを取り込むExternal ML(ONNX)。入力は数値の時系列のみ

補足すると、富士電機は自社ツールで作業負荷および作業時間が大幅に改善(70%以上)できるとしていますが、何と比べたのか、測定条件は書かれていません。SeeqのExternal MLは別ライセンスとされています。

事例も見ておきます。Hydrocarbon Processing(2026年7月20日、プレスリリースに基づく記事)によれば、Hyperion Systems Engineeringはギリシャ・テッサロニキのHELLENiQ ENERGYのポリプロピレン工場で、メルトフローレート(MFR)とキシレン可溶分をリアルタイムで推定するソフトセンサーを稼働させました。DCS、リアルタイムDB、LIMSなどと連携し、分析計を新たに入れずに数分ごとに推定値を出します。HELLENiQ ENERGYによれば、オフスペック品が20%減り、グレード切替時間が25%短くなり、年間€350,000の利益改善(推定)とCO₂年10.5ktの削減につながったとしています。これは単一工場(ギリシャのPP工場)について、ベンダーと導入企業が発表した値で、業界の相場や自社の見込みとして使うものではありません。

Industria Química(2026年10月5日)によれば、BASFはベルギーのアントワープ工場の蒸留プロセスで、プロセスデータから品質パラメータをリアルタイムに推定する機械学習モデルを、Siemens Industrial Edge上のエッジアプリとして動かしています。限界に近い運転、分析時間とサンプリングコストの削減、APCへのデータ提供を利点に挙げていますが、効果の数値は報じられていません。

日本の例では、NTTコミュニケーションズ(当時)と三井化学が、ガス製品の製造で原料の温度・圧力・流量など51種類のプロセスデータから、深層学習で20分後の「Xガス濃度」を推定しました。精度は平均誤差3%FS以内(週刊アスキー報道、2016年9月)と報じられています。このほか、Shana(2025年2月8日)はイランのノウリ石化コンプレックスでのAI仮想センサーのお披露目を報じていますが、効果の数値はありません。

これらを見るときの物差しは三つです。どの工程の、どの品質値か。比較対象(導入前の何と比べたか)は書かれているか。劣化と再学習の仕組みが説明されているか。

RFPに書く要件

ベンダーに見積もりを依頼する前に、次の項目をRFPに書きます。曖昧なまま依頼すると、見積もりの前提がベンダーごとにばらばらになり、比べられません。

項目書く内容
対象の品質値と工程品質値(例: MFI)、ライン、銘柄群、使い方(表示だけ/判定/制御)
入力タグ一覧と周期タグ名、単位、記録周期、ヒストリアンの圧縮設定、計器の校正状態
ラボ値の取り込み方法LIMS、Excel、手入力のどれか。サンプル採取時刻の記録方法
時間合わせの方法滞留時間の補償方法、時計の同期方法、バッチの長さ揃え
評価指標と合格基準の持ち方平均誤差・RMSE・最大誤差など。合格基準は自社が決め、銘柄ごとに評価する
並行運用期間シャドー運転の期間と、表示へ移る判断の手順
表示画面推定値とラボ値の重ね表示、学習範囲外の表示、主な入力の表示
アラーム推定値の規格外、ラボ値とのずれ、入力の欠測や異常
バイアス補正・再学習補正の閾値と方法、再学習の条件、承認者、旧モデルへの戻し方
モデルの版管理と変更履歴版番号、学習期間、変更理由、承認記録の保存
実行環境エッジ、オンプレミスのサーバー、クラウドのどれか。停止時の挙動
既存システム連携DCS/PLC、ヒストリアン、LIMSとの接続方式と、制御系への書き込みの有無
教育・保守現場と品質保証への教育、保守の範囲と体制、タイ語・英語の資料
データの持ち出し可否工場外やクラウドへの持ち出しの可否、学習データの所有権

実行環境は、制御系ネットワークから外にデータを出せるかどうかで決まることが多い項目です。エッジで動かす場合の考え方はエッジAIの工場導入ガイドを参照してください。

PoCと受入基準

PoCは二段階で組みます。第一段階は過去データでのオフライン検証で、時間合わせをしたデータでモデルを作り、学習に使っていない期間で精度を確かめます。第二段階は一定期間の並行運用で、リアルタイムのデータで推定値を記録し、ラボ値と比べます。オフラインで合格しても、並行運用で欠測や遅れの影響が出ることがあるので、第二段階は省きません。

合格基準の数値は、業界で決まったものがありません。自社で決めます。たとえば「ラボ値との差が品質規格幅の何割以内に収まる比率」を置き、銘柄ごと、運転状態(定常、切替中)ごとに評価する方法があります。平均だけでなく、最大誤差や外れた場面も記録します。PoCの費用の読み方と、本番に進むかの判定の考え方はAI PoCの費用と成功判定の記事にまとめています。

銘柄切替の直後、原料ロットの切替直後、入力計器の欠測時、学習期間に無かった運転条件で、推定値と画面の警告がどう振る舞うかもPoCで確かめておきます。

費用と効果のモデル試算(仮の数字)

ここからの数字は、すべてこの記事のための仮の数字です。ソフトセンサーの公式価格は公開情報では確認できなかったので、費用も仮置きです。自社の数字に置き換えて使ってください。

想定工場: タイの日系樹脂コンパウンド工場。押出ライン3本、24時間・年330日稼働。品質値はMFI。ラボ分析は各ライン2時間ごと(1日12回)、サンプル採取から結果まで約40分(この記事の仮置き)。人の時間単価は300 THB。

現状(基準額、年):

費用の箱計算年額
① 定常運転中の規格外品(格下げ・再加工)仮置き(銘柄切替時のロスは含まない)3,600,000 THB
② 銘柄切替時の移行ロス年200回 × 500 kg × 40 THB/kg4,000,000 THB
③ MFIのラボ分析3ライン × 12回 × 330日 = 11,880回、1回0.5時間 × 300 THB = 150 THB1,782,000 THB

検算: ②は200 × 500 = 100,000 kg、× 40 = 4,000,000 THB。③は11,880 × 150 = 1,782,000 THB。

構成A(3ラインのMFIソフトセンサー): 既存のDCS/PLCとヒストリアンのデータを使い、オペレーター画面に表示します。ラボ分析の頻度は変えず、制御には使いません。初期費用2,000,000 THB、年間費用400,000 THB(モデル保守、再学習、ライセンス)。

項目計算年額
効果① 定常運転中の規格外品15%減3,600,000 × 15%540,000 THB
効果② 銘柄切替の移行ロス10%減(規格到達を早く判断できるため)4,000,000 × 10%400,000 THB
効果合計540,000 + 400,000940,000 THB
年間費用−400,000 THB
純効果940,000 − 400,000540,000 THB
回収年数2,000,000 ÷ 540,000約3.7年

構成Aでは、ラボ分析の削減は数えません。

感度(精度が足りず効果が半分の場合): 効果は470,000 THB、純効果は470,000 − 400,000 = 70,000 THB/年、回収は2,000,000 ÷ 70,000 ≈ 約28.6年で、実質的に回収しません。モデルの精度と、現場で推定値が実際に使われるかどうかが、投資判断を左右します。

構成B(Aの上に、ラボ分析の頻度を見直す): 6か月以上の並行運用で精度を確認し、品質保証と客先の承認を得て、ラボ分析を2時間ごとから4時間ごとに変えます。Aとの差分で評価します。追加初期費用500,000 THB(検証、文書化、承認手続き)、追加年間費用100,000 THB。

項目計算年額
追加効果 ③ラボ分析50%減1,782,000 × 50%891,000 THB
追加年間費用−100,000 THB
追加分の純効果891,000 − 100,000791,000 THB
追加分の回収500,000 ÷ 791,000約0.6年(約8か月)

構成Bの効果は、品質保証と客先の承認が無ければゼロです。 検査成績書の要件で頻度を変えられない客先もあります。承認が得られる前にこの効果を投資判断に入れてはいけません。

ソフトセンサー AI導入|品質予測モデルのデータ設計とRFP - figure 3

二重計上を避けるための約束(この試算の前提):

  • (a) ①定常運転中の規格外品と②銘柄切替時の移行ロスは別の費用の箱です。①は切替時のロスを含みません。
  • (b) ラボ分析の削減③は構成Bにだけ入れ、構成Aにも感度にも入れません。
  • (c) ラボ分析を減らしても、規格外品の削減効果は増やしません。構成Bでは①②の効果を追加していません。

この試算に入れていないもの: オンライン分析計の追加や削減、制御(クローズドループ)への利用、エネルギーの削減、BOIの税制恩典(適用の可否は個別確認)。

試算から言えること: 構成Aだけでは回収に約3.7年かかり、精度が足りなければ回収しません。効果を大きく左右するのは、並行運用で精度を確かめたうえでラボ分析の頻度を見直せるかどうか(構成B)です。ただし、それは品質保証と客先の承認が前提で、最初の目的にはしません。最初は構成Aで「見えない時間を埋める」ことに集中し、推定値が現場で使われ、精度の記録がたまってから構成Bを検討する、という順番をお勧めします。

よくある質問とまとめ

ソフトセンサーとは何ですか?

ラボ分析でしか測れない品質値(MFI、粘度、濃度、水分、反応率など)を、温度、圧力、流量など常時記録されているプロセスデータから推定する仕組みです。物理的な検出部を持たず、過去の実測データから y = f(X) の関係をモデルとして作ります。あくまで予測値なので、ラボ値との誤差を確かめながら使います。

品質予測AIの精度はどのくらい出る?

一般的な値はありません。工程、ラボ値の質、時間合わせ、運用で大きく変わり、発表されている精度は特定の工程と条件での値です。自社データでのオフライン検証と並行運用(PoC)で確かめてください。

仮想計測とソフトセンサーは違う?

考え方は共通しており、どちらも「物理的に測らずに、プロセスデータから品質を推定する」ものです。学術レビューでは、仮想計測(VM)の半導体以外の製造業への応用も示されています。

ラボ分析は削減できる?

可能性はありますが、最初の目的にはしません。並行運用で精度を確かめ、品質保証の手順を決め、客先の承認を得て初めて頻度を変えられます。検査成績書の要件で頻度を変えられない客先もあります。研究で示されている削減は見込みであって、運用実績とは区別して読んでください。

品質予測モデルはどのくらいで劣化する?

一般的な期間はありません。触媒の性能低下、原料の変化、入力計器のドリフトなど、劣化の原因と速さは工程次第です。ラボ値とのずれを継続して見て、補正と再学習の運用を最初から設計し、手当ての頻度はPoCの並行運用で確かめてください。

データが少なくても始められる?

正解となるラボ値が少ないと、モデルの精度も検証の確かさも落ちます。研究でもラベル付きデータの不足は主な課題とされています。まず、ラボ値とサンプル採取時刻、プロセスデータがどれだけ揃っているかを棚卸しし、足りなければ採取時刻の記録から始めるのが現実的です。

オンライン分析計とどちらを選ぶべき?

置き換えではなく、役割で考えます。ABBは推論センサーは分析計より初期投資も保守費も小さいと書いていますが、これはベンダー寄稿の定性的な主張です。分析計の設置が、コスト、測る液の性状、法規制の点で難しい場合もあります(東亞合成)。一方、ソフトセンサーは学習範囲の外では使えず、正解となるラボ値か分析計の値が必要です。新銘柄が多い工程や、実測値そのものが求められる用途では、分析計やラボ分析を残す前提で考えます。

まとめ

  • ソフトセンサーは、ラボでしか測れない品質値を常時データから推定する仕組みで、設備の異常検知やSPC、配合最適化とは別物
  • 導入は「AIモデルを作る」話ではなく、対象の品質値、正解とするラボ値、時刻の紐付け、劣化時の直し方を先に決める話
  • 精度を最も左右するのは時間合わせ。サンプル採取時刻の記録と、各システムの時計の同期が前提
  • モデルは劣化する。バイアス補正と再学習、承認者と版管理を最初から設計に入れる
  • 学習範囲の外(新銘柄、新原料)では使えない
  • 製品と事例の数値はベンダーや導入企業の発表。比較対象と条件を確かめる
  • 仮置きの試算では、表示だけの構成Aは回収に約3.7年、精度が足りなければ回収しない。ラボ分析の頻度見直し(構成B)は効果が大きいが、品質保証と客先の承認が無ければ効果はゼロ

TOMAS TECH では、タイの工場の業務に合わせて、データの整備やAIの活用、既存システムとのつなぎ込みをお手伝いしています。どの品質値から始めるか、手元のプロセスデータとラボ値で時間合わせができるかの棚卸しや、RFP要件の整理の段階でもご相談いただけます。お問い合わせはこちらのフォームからどうぞ。

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