Blog

2026.10.10

配合最適化AIの導入|試作回数を減らすMIのデータ設計とRFP

配合最適化AIの導入|試作回数を減らすMIのデータ設計とRFP

少ない試作で目標の物性に近い配合を探す「配合最適化AI」への関心が、素材・化学系メーカーの開発部門で高まっています。塗料、インキ、接着剤、シーリング材、ゴムコンパウンド、樹脂コンパウンド、潤滑油、洗浄剤。タイの技術開発部門には、客先からの物性要求、コスト低減の要求、代替原料への切り替え、規制物質の置き換えが次々に届きます。一方で、配合の試作はベテランの経験を頼りに一つずつ条件を変える進め方が中心で、試作の回数と期間が追いつかない。そこで検討に上がるのが、機械学習とベイズ最適化などの実験計画を使う配合最適化AI、いわゆるマテリアルズインフォマティクス(MI)の導入です。

この記事の主張は一つです。配合最適化AIの成否は、アルゴリズムの選択ではなく、次の三つを先に決めたかで決まります。①目的と制約の定義(何の物性を、どの範囲で、どの順で優先し、原料の上下限、合計100%、規制物質、コスト上限をどう縛るか)、②実験データの構造化(配合比、原料ロット、工程条件、評価条件、失敗実験までを同じ形で残すこと。過去データは「使える割合」を先に測る)、③実験ループの運用(AIが提案する次の試作を誰が承認し、何回で止め、結果をいつ戻すか)。 AIは「次に試す配合」を提案します。しかし「その配合を作ってよいか(安全、規制、設備)」と「どこで開発を止めるか」は決めません。

以下では、タイ(およびASEAN)の日系・地場の素材・化学系メーカーの技術開発・R&D部門長、品質保証、工場長、日本本社の研究所や技術企画の方が社内で判断材料をそろえられるよう、動向、手法の違い、試作回数が膨らむ理由、目的と制約の決め方、データの棚卸し、実験ループの回し方、製品と自社構築の選び方、既存システムとのつなぎ込み、タイで進めるときの注意、費用と効果のモデル試算、RFP、PoCを順に整理します。記事中のモデル工場の案件数、試作回数、単価、金額、回収年数は、すべてこの記事のために置いた仮の数字です。業界平均でも調査値でも、ベンダーや論文の数字でもありません。

なぜ今、配合最適化にAIなのか

マテリアルズインフォマティクスとは何を指すか

マテリアルズインフォマティクスという言葉は、使う人によって範囲が違います。MIプラットフォームを提供する Uncountable 社は、MIを「材料データを一元化・構造化し、そのうえでデータ分析と機械学習を適用して開発を加速する実践」と定義し、その土台としてデータの一元化、内容で検索できる構造化、R&Dと品質管理・製品ライフサイクル管理の接続を挙げています(ベンダーによる定義)。日立ハイテクは、MIを「過去に蓄積した実験データからAI技術を活用して物性予測や、製造条件・素材配合比の最適な条件を導き出す」ものと説明しています(同社リリース)。

どちらの説明も、アルゴリズムより先に「データをそろえること」を置いている点が共通しています。この記事でも、配合最適化AIを「配合比と結果のデータを構造化し、機械学習で物性を予測し、ベイズ最適化などで次に試す配合を提案する仕組み」として扱います。

公的プロジェクトが分野を形づくってきた

日本では、物質・材料研究機構(NIMS)の情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)が、科学技術振興機構(JST)の「イノベーションハブ構築支援事業」として2015年7月に始まり、2020年3月末に終了しました。データ駆動型材料科学研究に取り組み、マテリアルズ・インフォマティクスという新分野のコミュニティを形成したとされ、終了後もそのネットワークを使ってNIMS等で活動が続いています。NIMSのデータ中核拠点は、実験・計測・計算・文献など多様な由来の材料データを再利用しやすい形で集積するクラウドプラットフォーム「DICE」を提供しています(企業利用の可否や条件はページに明記がありません)。

配合の領域では、NEDO・ADMAT・産総研・昭和電工(現レゾナック)が2020年4月13日、「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」でAIを活用し、フレキシブル透明フィルムの開発において「実験回数を従来比25分の1以下に低減」したと発表しています。条件は、初期に27種類のフィルムを作って実測データをAIに学習させ、AIが換算透過率・破断応力・伸びの3項目を予測したというものです。AIが予測した配合のフィルムの物性値は、初期の27種を超え、比較実験で熟練研究員が作った25種類よりも優れていたとされています。ただし、これは特定の材料・特定のテーマの結果で、「25分の1」の算定の詳細は発表ページからは読み取れません。自社の配合開発で同じ比率が出るという意味ではありません。

企業の発表が増えている(ただし条件はさまざま)

企業の発表も続いています。いずれも発表企業やツール提供企業の自社発表で、第三者の検証を経たものではありません。比較対象と範囲を必ずセットで読む必要があります。

  • 三井化学と日立製作所(2021年6月28日):日立のAI活用MI技術を三井化学の新材料開発に適用する実証試験の開始を発表。三井化学が提供した過去の有機材料の開発データで検証したところ、実験の試行回数が「従来のMIと比較し約1/4に削減」されたとしています。比較対象は「従来のMI」で人手の試行錯誤ではなく、過去データによる検証です。
  • 日立ハイテクとNOFメタルコーティングス(2025年8月19日):防錆材などの高機能薄膜コーティングを手がけるNOFメタルコーティングスで、「特定のテーマの研究・開発業務において、MI活用前と比較して、50%以上の実験回数・期間の削減を実現した」と発表。社内にMIやデータ分析の専門人材がいない中、日立ハイテクのデータサイエンティスト等の伴走支援で進めたとしています。
  • Sika(2025年11月27日):建設化学品メーカーの Sika は投資家・メディア向け資料で、製品例「Nuage」について「機械学習で実験を75%削減」「市場投入までの期間を50%超短縮」と記載しています。これは Sika 自身の資料に載った同社の特定製品例の値です。
  • Advanced Polymer Coatings と Albert Invent(2026年6月23日):米国の防食用ポリマーコーティングメーカーが Albert Invent の「AIネイティブOS」を導入すると発表。リリースは、AIによる実験計画と配合最適化で同社の開発期間を50%短縮したことが示されている、と記載しています(ツール提供企業のリリース)。
  • SCG Chemicals:ASEAN最大級の総合石油化学会社である SCG Chemicals(SCGC)が Uncountable のR&Dプラットフォームを導入し、ExcelとPythonベースのツールを置き換えた事例が、Uncountable のケーススタディとして公開されています(詳しくは後述)。

数字が並ぶと「AIで試作が半分になる」と読みたくなりますが、比較対象(人手か、従来のMIか)、検証方法(実際の試作か、過去データでの再現か)、範囲(特定テーマか、全社か)がそれぞれ違います。自社の削減率は、自社の過去案件での後ろ向き検証とPoCで測るしかありません。

「試作が追いつかない」構造

配合の試作が追いつかなくなる背景は、どの工場でも似ています。客先(自動車、電機、包装など)からの物性要求は細かくなり、同時にコスト低減も求められる。原料の現地調達化や代替原料への切り替えでは、原料が一つ変わるたびに配合全体を合わせ直す必要がある。規制物質の置き換えでは期限が決まっている。Citrine 社のホワイトペーパーは、PFASなど問題成分の置換について、ベース配合で学習したモデルを製品群に当てはめて代替を提案できる、と主張しています(ベンダー主張)。どこまで当てはまるかは別として、置き換えの案件が増えるほど「一つずつ変える」試作では間に合わなくなる、という構造は多くの開発部門に共通する悩みです。

配合最適化AI(マテリアルズインフォマティクス)とは:DOE・機械学習・ベイズ最適化・生成モデルの違い

配合最適化AIと呼ばれるものには、性格の違う手法が混ざっています。社内で議論するときに、どの手法の話をしているのかをそろえておくと、ベンダーの説明も読みやすくなります。

手法何をするか得意なこと注意点
実験計画法(DOE)因子と水準を決め、少ない実験で効果と交互作用を調べる計画を事前に組む変数が少なく、範囲が分かっているときの効率的な実験。統計的な説明がしやすい計画は事前に固定。結果を見ながら次の実験を変える仕組みではない
機械学習による物性予測過去の配合比と結果から、新しい配合の物性を予測するモデルを作る試作前のふるい分け。重要な因子の把握過去データの質と量に強く依存。データの外側(外挿)では当たりにくい
ベイズ最適化予測モデルとその不確かさから、次に試すと最も得るものが大きい配合を提案し、結果でモデルを更新する試作1回が重い開発で、少ない回数で目標に近づける逐次的な実験目的と制約の定義が悪いと迷走する。提案の可否は人が判断する
生成モデル目標物性から、候補となる配合や分子構造を生成する候補の幅を広げるアイデア出し生成した候補が作れるか、安全か、規制に合うかは別途確認が要る

この表は、各手法の一般的な性格を整理したものです。生成モデルについては、配合最適化での具体的な成果をこの記事の調査範囲では確認していないため、手法の位置づけの紹介にとどめます。

ベイズ最適化の典型的な流れは、OSSの BoTorch の公式サイトが例示するように、ガウス過程モデルを当てはめ、獲得関数(Expected Improvement など)を作り、その獲得関数を最適化して次の候補を決める、という反復です。

配合には「各成分の比率が0以上で、合計が1(100%)になる」という独特の制約があります。この条件を数学的に扱うための研究も進んでおり、2026年3月に公開された arXiv のプレプリント(査読前)は、合計1の制約がある空間(確率単体)向けのベイズ最適化アルゴリズム「α-GaBO」を提案し、ベンチマーク関数と成分の混合を含む実問題で、制約付きのユークリッド空間上の手法より高い性能を示したとアブストラクトで主張しています。具体的な材料系や実験回数はアブストラクトには書かれていません。

実際の配合でも研究があります。Cell Reports Physical Science 誌に掲載された論文は、物理モデルが存在しない液体配合製品の設計に、機械学習の分類アルゴリズムと多目的最適化アルゴリズム TSEMO を組み合わせ、ロボットで半自動の実験を行いました。顧客が定めた基準を満たす9つのレシピを15営業日以内に見つけ、目標性能で「人間の直感を上回った」とアブストラクトに記載しています。ロボットによる実験環境での結果であり、人間側の実験数などの比較条件はこの記事の調査では本文まで確認できていません。

ベンダーの実務的な説明としては、Citrine 社の塗料・コーティング向けホワイトペーパーが、データが無い状態からの進め方を次のように示しています(ベンダー主張)。まず、DOEのマトリクスに似ているが探索空間を最少の実験数でカバーするよう絞った初期実験でAIモデルを「下塗り」する。その後は「逐次学習」として、約5件ずつの実験をAIが提案し、実施し、結果を入力し、モデルを再学習して次を提案する、を繰り返す。同社はこの方法論が試行錯誤やDOEより少ない実験で済むと主張しています。

つまり、DOEとベイズ最適化は対立するものではありません。初期の実験はDOE的に組み、そこから先をベイズ最適化で逐次的に進めるという組み合わせは、前述の Citrine 社の説明が示す進め方でもあります。

配合開発で試作回数が膨らむ5つの理由

AIを入れる前に、なぜ試作回数が膨らむのかを分けておくと、AIで減らせる部分と、AIでは減らない部分が見えてきます。

理由何が起きるかAIで変わることAIだけでは変わらないこと
①一つずつ変える試作1回に1因子だけ動かすため、因子が増えると回数が掛け算で増える複数の因子を同時に動かす候補を提案できるどの因子を動かすかの範囲決め
②変数の交互作用原料Aの最適量が原料Bの量で変わり、経験則が外れる交互作用を含めて予測できる交互作用を説明できるだけのデータ
③原料ロット差同じ配合でもロットで物性が変わり、配合の効果とロットの効果が混ざるロットの情報があれば変数として扱えるロット番号と原料の分析値を記録する運用
④評価のばらつき同じ試料でも測定者、装置、養生条件で結果が揺れる不確かさとして扱える評価方法の標準化、繰り返し測定
⑤失敗実験が残らないうまくいかなかった試作が記録されず、同じ失敗を繰り返す失敗もデータとして学習できる失敗を記録する文化と仕組み

この表の右端の列が、導入前に決めておくべきことです。特に③~⑤は、AIのアルゴリズムをどれだけ良くしても、データが残っていなければ効きません。ベテランの判断の根拠をデータとして残す取り組みは、技能伝承AIの記事で整理した暗黙知の残し方とも重なります。

なお、工程条件(射出成形の温度、圧力、保圧時間など)を最適化するテーマは、配合比の最適化とは別の問題として扱うほうが整理しやすくなります。工程条件の最適化は射出成形の条件最適化AIの記事を、量産での歩留まり改善は歩留まり改善AIの記事をご覧ください。本記事は、開発段階で「材料の配合比(レシピ)」を決める話に絞ります。

導入前に決める「目的と制約」:目的変数・許容範囲・上下限・合計100%・規制物質・コスト

配合最適化AIの準備で最も時間をかけるべきなのが、目的と制約の定義です。ここがあいまいなままだと、AIはもっともらしいが使えない配合を提案し続けます。

配合最適化AIの導入|試作回数を減らすMIのデータ設計とRFP - figure 1

上の図は、配合最適化AIを4つの層で捉えたものです。一番上に「目的と制約」、その下に「データ」、さらに「実験ループ」、最後に「測定と受入」があります。上の層が決まっていないと、下の層は設計できません。Citrine 社のホワイトペーパーも、知識を蓄える場所として、①システムにアップロードされたデータ、②入力と出力の関係を表すAIモデル、③「探索空間」=使用可能な原料や混合パラメータ等の配合上の制約の記述、の3つを挙げています(ベンダー主張)。③が、ここでいう目的と制約の層にあたります。

① 対象テーマを4条件で絞る

最初のテーマ選びで、配合最適化AIの成果はほぼ決まります。次の4条件を満たすテーマから始めるのが安全です。

  1. 物性目標が数値で測れる(粘度、硬度、引張強さ、密着性の等級など。官能評価だけのテーマは後回し)
  2. 試作1回のコストと期間が重い(原料が高い、評価試験に日数がかかる、外部試験が必要など)
  3. 変数が10前後に収まる(原料の種類と工程条件を合わせて、動かす変数が多すぎない)
  4. 評価方法が安定している(同じ試料を測り直したときのばらつきが、狙う改善幅より十分小さい)

② 目的変数と許容範囲

目的変数は「何を最大化するか」だけでなく、「どの範囲に入ればよいか」で書きます。たとえば「粘度は○~○の範囲、硬度は○以上、原料コストは○以下」のように、狙う値と許容範囲、そして優先順位を決めます。複数の物性がぶつかる場合(硬くすると伸びが落ちる、など)は、どちらを優先するか、あるいは両方の折り合いの候補を並べて人が選ぶのかを決めておきます。

③ 原料ごとの上下限と合計100%

原料ごとの上下限は、技術的な理由(分散しない、硬化しない)と、ビジネス上の理由(調達量、コスト)の両方から決めます。配合比の合計が100%になる制約は、AIの側で必ず守らせる必要があります。前述の α-GaBO の研究が対象にしているのも、この「合計1」の制約です。

④ 規制物質・禁止物質

使ってはいけない原料、含有量に上限のある成分、客先が指定する禁止物質のリストは、探索空間からあらかじめ外しておきます。AIの提案が出たあとに人が気づいて止める運用だけに頼ると、見落としが起きます。原料のSDSや規制情報との照合は、SDS管理AIの記事で整理した化学品マスタと連動させると、規制情報の更新を探索空間に反映しやすくなります。

⑤ 製造設備で作れる範囲

開発で最適な配合が見つかっても、量産設備で混ぜられない粘度や、投入できない量の原料では意味がありません。混練機や分散機の能力、投入の順番、温度の上限など、量産側の制約を開発の段階から入れておきます。

制約を増やしすぎない

一方で、知識を詰め込みすぎると逆効果になることもあります。Fraunhofer IAIS などの研究者による arXiv のプレプリント(査読前、2025年11月20日)は、再生材を含むプラスチックコンパウンド(バージンPP、再生プラスチック、フィラー、耐衝撃改質剤の4成分)の開発でベイズ最適化を使った事例を報告しています。目標は MFR 約10 g/10min、ヤング率1500 MPa以上、衝撃強さ8 kJ/m²以上で、配合上限はフィラー30%、改質剤20%でした。技術データシートから専門家の知見で特徴量を作ると「11次元の問題」になり、過去データ430件の中に2つの制約を同時に満たすものが無かったこともあって、最適化が悪化したといいます。4つの配合パラメータだけに簡素化して、初めて満足な結果が出ました。著者らの結論は「追加の知識やデータは、最適化の目的を複雑にしない場合にのみ有益」です。

この事例には大事な前提があります。25件の実験(10件、7件、8件の3バッチ)は、プロセス技術者が実施した実験キャンペーンで、技術者側の最良 MFR は 6.65 g/10min でした。簡素化したベイズ最適化の評価は、学習済みモデルの予測平均を「オラクル(答えを返す役)」として使ったシミュレーション上で行われ、物理的な試作ではありません。その結果は「制約を満たす10ラン、最良 MFR 6.13 g/10min(熟練技術者の結果に近い値)」でした。ベイズ最適化が技術者を上回ったわけでも、実際の試作で目標を達成したわけでもありません。 学べるのは、変数を絞ることの大切さと、データの中に目標を満たす例がない状態から始める難しさです。

データの棚卸し:過去の試作データは何割使えるか

目的と制約の次は、データです。多くの開発部門には、過去の試作データが実験ノート、Excel、個人のPCに散らばっています。SCG Chemicals のケーススタディでも、導入前の課題として、データが個人のPC、サーバー、各種システムに散在していること、ML/AIモデルの開発にPythonのスキルが必要だが研究者が持っていないこと、ポリマー配合開発の実験数が多いことが挙げられています(ベンダー主張)。

揃える項目

過去の試作を次の項目でそろえられるかを、テーマごとに確認します。

項目内容よくある欠け方
配合比原料ごとの量(質量%、部数など)。合計の基準単位が案件ごとに違う(部数と%が混在)
原料銘柄とロットメーカー、品番、ロット番号、必要なら分析値品番だけでロットが無い。代替品への切替が記録されていない
工程条件混練・分散の時間、温度、回転数、投入順、硬化条件「いつもどおり」で記録されていない
評価条件試験規格、試験片の作り方、養生日数、測定装置、測定者評価法の変更履歴が無く、前後で値が比べられない
結果物性値、繰り返し測定の値、外観平均値だけ。合格・不合格の判定だけ
失敗理由分離した、硬化しなかった、作れなかった、などの理由失敗した試作そのものが記録されていない
変更履歴単位、評価法、原料コードの変更時期担当者の記憶にしかない

「使える割合」を先に測る

棚卸しでは、過去データを「そのまま使える」「直せば使える」「使えない」に分け、件数で割合を出します。たとえば配合比と結果はあるが評価条件が不明なもの、ロットが分からないもの、失敗が記録されていないもの、を数えます。この割合が、モデルの初期精度と、データの構造化にかかる費用の両方を左右します。

Citrine 社のホワイトペーパーは、原料の商用情報はERP、レオロジー測定はLIMS、知財は手書きノート、というようにデータがサイロ化している例を挙げ、まず短期のAIプロジェクトを走らせ、どのデータがAIモデルに有用で電子化する価値があるかを見極めるよう勧めています(ベンダー主張)。すべてをデジタル化してから始めるのではなく、対象テーマに必要な項目から優先して構造化する、という順番です。

同じ資料は、配合の試料1点の作成・試験に「数百~数千ドル」かかるため化学分野のデータセットは小さくなり、ChatGPTのような「ビッグデータAI」とは別物の「スモールデータAI」が要るとしています。そのうえでスモールデータ対策として、専門家の知見でモデルを絞る「知識の統合」、分子構造から分子量や水素結合数などの特徴量を自動生成する「化学的フィーチャライゼーション」、目標達成の確率を計算する「不確実性の定量化」を挙げています(ベンダー主張)。前述の Fraunhofer らの事例は、知識の追加がかえって最適化を悪くした例でもあるので、知識を足すかどうかは検証しながら決めるのが無難です。

外れ値と特徴量の重要度を人が見る

データが入ったら、グラフにして外れ値を確認します。外れ値は入力の誤りであることがあります。また、AIモデルが重要とみなした特徴量(feature importance)をチームでレビューし、モデルが化学的に筋の通ったことを言っているかを確かめると、モデルの妥当性の確認と新しい気づきの両方に役立つ、と Citrine 社のホワイトペーパーは推奨しています(ベンダー主張)。

量産の品質データと開発データの結合キーの考え方は、品質データ管理システムの記事も参考になります。

実験ループの回し方:AIの提案→技術者の承認→試作→評価→データ戻し

目的と制約、データがそろったら、実験ループを設計します。配合最適化AIの運用でいちばん重要なのは、AIの提案と試作の間に、技術者の承認を必ず挟むことです。

配合最適化AIの導入|試作回数を減らすMIのデータ設計とRFP - figure 2

ループの流れ

  1. 初期実験計画:過去データが少ないテーマでは、DOE的に探索範囲を広くカバーする初期実験を組む
  2. モデルの学習:初期実験と使える過去データでモデルを作る
  3. 次の候補の提案:ベイズ最適化などで、次に試す配合を数件提案する。予測値と不確かさを一緒に示す
  4. 技術者の承認:提案された配合を、安全(発熱、有害ガス、取り扱い)、規制(禁止物質、含有上限)、設備(混ぜられるか、試作設備に載るか)、コスト、化学的な妥当性の観点で確認し、承認・修正・却下する。却下した理由も記録する
  5. 試作と評価:承認された配合を試作し、決めた評価方法で測る
  6. データ戻し:結果を、失敗も含めて同じ形式で登録し、モデルを更新する

1ループの日数と1回の提案数

1ループに何日かけるかは、評価試験の日数でほぼ決まります。養生に1週間かかる試験なら、ループは最短でも1週間強です。1回に何件提案させるかは、試作設備で同時に作れる数と評価の能力で決めます。Citrine 社の説明では約5件ずつが例として挙がっていますが(ベンダー主張)、これは一つの例で、自社の設備と評価能力に合わせます。

打ち切り基準を先に決める

AIのループは、止めないといつまでも続きます。開始前に、次のような打ち切り基準を決めておきます。

  • 目標の物性をすべて許容範囲に入れた配合が○件得られたら止める
  • ○ループ回しても予測の改善が止まったら、目的・制約・変数の見直しに戻る
  • 試作回数または期間の上限に達したら、それまでの最良の配合で判断する
  • 技術者の却下が続く場合(提案の採用率が低い場合)は、制約の書き方を見直す

どこで開発を止めるかは、AIではなく開発責任者が決めることです。 AIは「次に試す価値がありそうな配合」を出しますが、「もう十分か」は判断しません。

承認の記録を残す

技術者がどの提案を承認し、どれを却下し、なぜ却下したかの記録は、それ自体が貴重なデータです。却下の理由が「この組み合わせは分離する」なら、それは次から制約として探索空間に入れるべき知識です。こうして、ベテランの判断がデータとして残っていきます。

自社で作るか製品を使うか:商用MIプラットフォーム・OSS・共同研究

配合最適化AIを実現する方法は、大きく3つあります。

方式中身向いている組織注意点
商用MIプラットフォームデータ管理、予測モデル、次の実験の提案、可視化をまとめたSaaS。ノーコードの画面を持つものが多い研究者がプログラミングをしない。案件数が多く、部門で標準化したい価格は公開されておらず個別見積。データの保管場所と持ち出しの条件を確認
OSS+自社構築BoTorch、Ax、Optuna などのライブラリで最適化部分を作り、データ管理と画面を自社で用意社内にデータサイエンティストがいる。特殊な制約や既存システムとの深い連携が必要保守を誰が担うか。データ管理の仕組みは別途必要
研究機関・大学との共同研究大学や研究機関と共同でテーマを進め、手法とデータの扱いを学ぶ先端的なテーマ。社内の人材育成を兼ねたい成果の権利とデータの扱いの取り決め。期間が読みにくい

商用MIプラットフォームの例(いずれもベンダー主張)

以下は、この記事の調査で公式情報を確認できた製品の紹介で、推奨ではありません。いずれもベンダー自身の主張で、比較条件が示されていないものが多い点に注意してください。

  • Citrine Informatics:Citrine DataManager(社内知識の蓄積)、Citrine VirtualLab(仮想実験と有望候補の特定)、Citrine Catalyst(デジタルアシスタント・引用検索)とプロフェッショナルサービスで構成。APIもあるがノーコードの画面を優先し、配合技術者が自分で関係式などの知識をモデルに追加できる、とホワイトペーパーで説明しています。公式サイトは「5倍速い製品開発」を掲げていますが、比較条件の記載はありません。ホワイトペーパーには、自動車用の多層ポリマーコーティングで通常10週間かかるところ2週間で目標物性に到達した顧客事例、PFASを除去しつつ性能を維持した上市品の再配合を3か月未満で行った顧客事例などが載っています(顧客名や条件の詳細は非開示のものが多い)。
  • Uncountable:MI解説ページで導入企業の成果として、Repsol が20年分の配合作業の1万件超のデータポイントを一つの検索可能なプラットフォームに統合し、プロジェクトあたりの実験作業量を30~40%削減した、AGC Chemicals と Covestro が開発期間を最大6か月短縮した、などを挙げています。
  • Polymerize:データ管理の Polymerize Connect、35以上のドメイン特化AIモデルによる予測・最適化の Polymerize Labs、試作ネットワークを含むフルサービスの Polymerize One で構成。サイト上で「3か月以内に失敗実験を50%削減」「6か月以内にROI 3.1倍」と主張しています。
  • Albert Invent:前述の Advanced Polymer Coatings の導入発表で、AIによる実験計画と配合最適化を掲げています。
  • 日立ハイテク「材料開発ソリューション」:2021年から素材・化学メーカーを中心に国内・海外の顧客に提供してきたとし、NOFメタルコーティングスの事例ではデータサイエンティストによる伴走支援(カスタマーサクセス)を強調しています。

料金:この記事の調査で確認した Citrine、Uncountable、Albert Invent、Polymerize、日立ハイテクの公式ページ・リリースには、いずれも具体的な価格の表示がありませんでした。費用は個別見積で確認するしかありません。

OSSで組む場合

  • BoTorch:Meta が公開する「PyTorch上のベイズ最適化」ライブラリ(MITライセンス)。新しいモデルや獲得関数を差し込めるモジュール構造が特徴です。ただし README は、BoTorch を Ax 向けに新しいアルゴリズムを実装するための低レベルAPIとして使うよう勧めており(エンドユーザー向けの使いやすいプラットフォームは Ax と位置づけ)、研究者や上級者向けの位置づけです。
  • Ax:Meta 開発の適応的実験プラットフォーム。試行結果から学習して提案を改善するパラメータ最適化を例示し、MySQLストレージを含む実験管理を掲げています。
  • Optuna:Preferred Networks 開発のハイパーパラメータ最適化フレームワーク(MITライセンス)。公式サンプル集は多目的最適化や制約付き最適化をカバーしています。本来は機械学習のハイパーパラメータ探索用で、配合最適化への応用は使う側の設計次第です。
  • 保守が終わったライブラリ:GPyOpt はリポジトリが2023年2月23日にアーカイブされ、メンテナンス終了が宣言されています。scikit-optimize も2024年2月28日にアーカイブされました。古い解説記事やサンプルコードで紹介されていることがあるため、新規に採用するときは保守状況を確認してください。

OSSで組む場合でも、データ管理、承認の画面、ログ、既存システムとのつなぎ込みは自分たちで作る必要があります。最適化のライブラリはシステム全体の一部にすぎません。開発を外部に委託する場合の契約や受入の考え方は、AI開発を委託する実務の記事で整理しています。

どう選ぶか

案件数が少なく、研究者がプログラミングをしない部門が、いきなりライセンス型の製品を入れても使われないことがあります。Citrine 社のホワイトペーパーも、「AIを果物かごのように置いておくだけでは使われない」として、推進者(チャンピオン)のネットワーク作りと経営層の合意を変革管理の要点に挙げています(ベンダー主張)。逆に、データサイエンティストがいない部門がOSSで自社構築すると、作った人が異動した時点で止まりかねません。日立ハイテクの NOF メタルコーティングスの事例が、社内にMI人材がいない中で外部の伴走支援で進めたと強調しているのは、この点への一つの答えです。

既存システムとのつなぎ込み:ELN・LIMS・配合マスタ・品質データとの境界

配合最適化AIは、単独で動かすと「開発部門だけのデータの島」になります。どのシステムと、どこで境界を引くかを決めておきます。

  • 実験ノート(ELN):試作の記録の正本をどこに置くか。ELNを正本にしてMIプラットフォームに連携するのか、MIプラットフォームに直接入力するのかを決めます。二重入力は続きません。
  • LIMS(試験・分析の管理):評価結果を手で書き写すと転記ミスが入ります。測定結果を自動で取り込めるか、評価条件(規格、装置、測定者)も一緒に渡せるかを確認します。
  • 生産管理システムの配合マスタ:開発で決まった配合を量産に移すときは、生産管理システムの配合マスタに登録します。このとき、開発で使った原料コードと、量産の品目コードが一致していないとつながりません。化学工場の配合マスタやロット管理の要件は化学工場の生産管理システムの記事で、品目コードの整え方は製造業のマスタデータ管理の記事で解説しています。
  • 品質データ:量産で起きた品質問題を開発データに戻せると、次の開発で同じ問題を避けられます。量産の工程変動の監視はSPC異常検知AIの記事をご覧ください。
  • 購買・ERP:原料の価格や調達可能性はERPにあります。コスト上限を制約に入れるなら、どの時点の原料単価を使うかを決めます。

境界を決めるときの原則は、「原料コード、配合番号、試作番号、ロット番号の4つのキーで、開発から量産までがつながること」です。

タイ・ASEANの工場で進めるときの注意

ASEANでも事例と産学連携が出てきている

タイでは、SCG Chemicals が Uncountable のR&Dプラットフォームを導入した事例が公開されています。Uncountable のケーススタディ上の成果は「DOE(実験計画)の45%削減」「R&Dを10~20%加速」「最大3倍のROI」「複数ソースからのデータマッピング時間を50%削減」で、同社の Polymer Simulation チームのリーダーは「Uncountable 以前は、ポリマー配合の適切なモデルを開発できなかった」とコメントしています。導入時期の記載はなく、Uncountable の別ページでは「R&Dアウトプット20%増、DOE作業量45%減」と表現が異なります。いずれもツール提供企業による発表です。

産学連携では、Hitachi High-Tech (Thailand) がチュラロンコン大学の石油・石油化学カレッジ(PPC)と協業契約を結んだと、日立が2025年6月30日に英文リリースで発表しています。MIを中心としたインフォマティクスの知見を教育・研究の高度化に使い、データサイエンス教育、研究成果の社会実装、産学連携の強化などを目指すとしています(今後の取り組みとしての発表で、期間や金額の記載はありません)。また日立ハイテクは、NOFメタルコーティングスの海外拠点でのMI活用を今後支援するとしています(予定)。

BOIの研究開発の優遇(2022年版ガイドの記載)

タイ投資委員会(BOI)の「A Guide to The Board of Investment 2022」では、活動区分「7.11 Research and development」がA1(法人所得税免除8年・上限なし)に分類され、応用研究の定義に「formula development(配合・処方開発)」、製品設計、生産プロセス設計が明記されています。条件として、R&D人員の人件費が年150万バーツ以上(新規雇用)、または設備投資100万バーツ以上(土地・運転資金は含めない)などが挙げられ、メリットベースのインセンティブを申請すれば法人所得税免除は最長13年、BOI推進の科学技術パークに立地すれば免除期間終了後5年間の法人税50%減免、とされています。同ガイドの「8.1.3 Advanced Material Technology Development」はSection 8(法人所得税免除10年・上限なし)で、BOI承認の教育機関・研究機関との技術移転が条件とされています。

BOIは2021年6月30日、R&Dと人材育成の優遇強化も承認しており、R&Dに少なくとも2億バーツ、または最初の3年間の総売上の1%を投資・支出するプロジェクトは、より長い税制優遇(最長13年)を受けられるとしています。

これらは2022年版ガイドと2021年の発表の記載です。その後に改定されている可能性があるため、申請を考える場合は必ずBOIの最新の告示と窓口で現行の条件を確認してください。 配合最適化AIの導入そのものが優遇の対象になるという意味ではなく、配合開発を含むR&D活動の区分がある、という情報です。タイでのAI開発の進め方全般はタイでのAI開発の始め方の記事でも触れています。

データの持ち出しと機密

配合データは、素材メーカーにとって最も重要な機密の一つです。クラウド型のMIプラットフォームを使う場合は、データがどの国のサーバーに保存されるか、ベンダーがモデルの改善に自社データを使うか、契約終了時にデータとモデルをどの形式で取り出せるか、を確認します。日本本社の研究所とデータを共有する場合は、どの配合データをタイ側に置き、どれを日本側に置くか、アクセス権を誰が持つかを、本社の情報セキュリティ部門と先に決めておきます。

日本本社の研究所との役割分担

タイの拠点で配合最適化AIを進めるときは、日本本社の研究所との分担を決めておくと混乱が減ります。たとえば、新規の基礎配合や手法の開発は本社、客先対応の改良配合や原料の現地化は現地、という分け方です。現地の原料銘柄やロット差のデータは現地にしかないため、現地の開発部門がデータの登録と承認を担える体制にしておくことが大切です。

費用と効果のモデル試算(仮の数字)

ここからは、試算の「構造」を示すためのモデル計算です。以下の数字は、すべてこの記事のために置いた仮の数字です。業界平均でも、調査会社の数字でも、ベンダーの価格でも、論文の結果でもありません。 自社の数字に置き換えて使ってください。

モデル工場の前提

タイの日系塗料・接着剤メーカー1拠点の技術開発部門を想定します。通貨はタイバーツ(THB)です。

項目仮置きの値
年間の配合開発・改良案件 P15件
従来の1案件あたり試作回数 B24回(年間 360回)
試作1回あたりのコスト C8,000 THB(原料 3,000+評価試験 3,000+技術者工数 4時間×500 THB=2,000)
AI導入後の追加工数(データ入力、モデル確認、提案の承認)1案件あたり 8時間×500 THB=4,000 THB(年間 60,000 THB)
年間運用費 L(ライセンスまたはクラウド、保守、外部支援)600,000 THB/年(案件数によらず固定と仮定)
初期費用 I700,000 THB(過去試作データの構造化 400,000+目的・制約の定義と設定・PoC 300,000)
試作回数の削減率 r主ケース 30%

主ケース(削減率30%)

項目主ケース(r=30%)計算
削減される試作回数108回/年(360回→252回)15×24×0.30
試作コストの削減864,000 THB/年108×8,000
追加工数−60,000 THB/年15×4,000
年間運用費−600,000 THB/年仮置き
年間純効果204,000 THB/年864,000−60,000−600,000
単純回収年数約3.4年700,000÷204,000=3.43

一般式にすると、次のようになります。

年間純効果=2,880,000×r − 660,000

2,880,000は従来の年間試作コスト(15×24×8,000)、660,000は追加工数と年間運用費の合計(60,000+600,000)です。

削減率を変えると結果はどう動くか

削減率 r だけを変えてみます。

削減率 r削減される試作回数試作コストの削減年間純効果単純回収年数
20%72回/年576,000 THB−84,000 THB回収しない(年間費用を賄えない)
30%108回/年864,000 THB204,000 THB約3.4年(700,000÷204,000=3.43)
50%180回/年1,440,000 THB780,000 THB約0.9年(700,000÷780,000=0.897)
配合最適化AIの導入|試作回数を減らすMIのデータ設計とRFP - figure 3

年間純効果が0になる削減率は、2,880,000×r=660,000 から r≒22.9% です。この仮置きの前提では、試作回数の削減が約23%を下回ると、試作コストの削減だけでは年間の費用も賄えません。 初期費用の回収どころか、毎年の運用費と追加工数が試作コストの削減を上回ります。一方、削減率が50%なら回収は1年を切ります。結果は削減率に強く左右され、案件数が少ない部門ほど厳しくなります(年間運用費を案件数によらず固定と仮定しているため)。

現金の削減と工数の削減は分けて見る

試作1回あたり8,000 THBのうち、原料と評価試験の6,000 THBは現金の支出ですが、技術者工数の2,000 THBは、浮いた時間を他の開発に振り向けない限り現金の削減にはなりません。主ケースの試作コスト削減864,000 THBのうち、現金の削減は648,000 THB(108×6,000)、工数の削減は216,000 THB(108×2,000)です。現金の削減だけで見ると、年間運用費600,000 THBをわずかに上回る程度にとどまります。浮いた技術者の時間を、次の開発案件や客先対応に回せるかどうかが、投資の意味を大きく変えます。

この試算に入れていないもの

次の効果は、見積もりが難しいため金額にしていません。

  • 開発期間の短縮による受注や上市の前倒し
  • より安い原料構成の配合が見つかった場合の、量産の原価低減
  • 規制物質の置き換えを期限内に終えられる効果
  • ベテランの知見がデータとして残る効果

これらは、試作コストの削減とは別枠で評価してください。いずれも事前に金額を約束できるものではありません。

試算から言えること

削減率 r は、ベンダーの主張や論文の数字をそのまま入れてはいけません。前述のとおり、発表されている削減率は特定の材料系、特定のテーマ、特定の比較対象での値で、自社に当てはまる保証はありません。投資判断は、自社の過去案件での後ろ向き検証とPoCで削減率を測ってから行うのが筋です。

案件数が少ない部門は、ライセンス型の製品からではなく、まず実験データの構造化と実験計画法(DOE)から始め、案件数が増えてからライセンス型の製品を検討する、という選択肢もあります。データの構造化は、どの方式を選んでも無駄になりません。

配合最適化AIのRFPに書く項目

製品の選定や開発の委託でRFP(提案依頼書)を書くときは、次の項目を入れます。

No.項目書く内容
1対象テーマと目的対象とする製品群、目的変数と許容範囲、優先順位
2制約の扱い原料の上下限、合計100%、禁止・規制物質、コスト上限、設備の制約をどう設定・強制できるか
3過去データの移行移行対象の件数と形式(Excel、ELN、紙)、構造化の作業範囲と分担
4データモデル配合比、原料銘柄・ロット、工程条件、評価条件、結果、失敗理由を持てるか。項目の追加方法
5提案のロジックと説明予測値と不確かさの表示、外挿領域の警告、重要な特徴量の表示
6承認ワークフロー提案の承認・修正・却下と理由の記録、権限の設定
7実験ループの運用1回の提案数、打ち切り基準の設定、ループの履歴の可視化
8既存システム連携ELN、LIMS、生産管理の配合マスタ、ERPとの連携方式と原料コードの対応
9データの保管と機密保管国、暗号化、アクセス権、ベンダーによる自社データの利用可否、契約終了時のデータとモデルの返却形式
10利用者の想定プログラミングをしない研究者が使えるか。タイ語・英語・日本語の画面と教育
11支援体制導入時のデータサイエンティストの伴走、タイでの支援、問い合わせ対応
12費用の内訳初期費用、年間費用、費用が変動する条件、PoCの費用

PoCで確認すること:わざと試す5つのケース

PoCでは、きれいなデータで良い予測が出るかだけでなく、意地の悪い条件を渡したときに、AIが無理な提案をせず、不確かさを正直に示し、人の判断を求めるかを確かめます。

わざと試すケース

  1. 過去案件の後ろ向き再現:すでに完了した開発案件のデータを、時系列の途中までだけ渡し、AIが実際より少ない試作で同じ水準の配合にたどり着けたかを再現します。ここで測った削減率が、モデル試算の r を置き換える最初の材料になります。
  2. 制約違反の提案が出ないか:上下限、合計100%、禁止物質の制約を設定したうえで、制約に違反する提案が一件も出ないかを確認します。禁止物質を含む原料をわざと候補リストに入れておくと確かめやすくなります。
  3. 外挿領域での不確かさの表示:過去データの範囲から大きく外れた条件を目標にしたとき、AIが予測値だけでなく大きな不確かさを示すか、警告を出すかを確認します。
  4. 原料銘柄の切り替え:ある原料を別メーカーの同等品に切り替えたとき、データが少ない新しい銘柄をどう扱うか、既存のデータをどこまで流用できるかを確認します。
  5. 評価のばらつき:同じ配合の繰り返し測定の値を入れ、測定のばらつきを配合の効果と取り違えないかを確認します。

測るKPI

  • 目標達成までの試作回数と期間(従来の進め方との比較)
  • 予測誤差(予測値と実測値の差)
  • 提案の採用率(技術者が承認した提案の割合と、却下の理由の内訳)
  • データ登録にかかった時間(追加工数の実測)

PoCの結果、削減率が損益分岐の水準に届かなかった場合でも、データの構造化と制約の整理は次の取り組みの土台として残ります。結果を正直に評価できるよう、成功の基準をPoCの前に文書で決めておいてください。

よくある質問

マテリアルズインフォマティクスとは?

材料データを一元化・構造化し、データ分析や機械学習を使って材料開発を加速する取り組みです(Uncountable 社の定義による)。配合の分野では、過去の配合比と物性のデータから物性を予測し、ベイズ最適化などで次に試す配合を提案する使い方が代表的です。アルゴリズムよりも、データの構造化と目的・制約の定義が先に必要です。

配合最適化AIに必要なデータ量は?

一律の基準はありません。変数の数、物性のばらつき、目標が過去データの範囲内か外かで変わります。Citrine 社の資料は、化学分野では試料1点の作成・試験の費用が大きくデータセットが小さくなりやすいとして、少ないデータを前提にした手法の必要性を説いています(ベンダー主張)。過去データが少ないテーマでは、DOE的な初期実験から始めて逐次的にデータを増やす進め方がベンダーからも示されています。まずは対象テーマの過去データの「使える割合」を測ってください。

ベイズ最適化と実験計画法の違いは?

実験計画法(DOE)は、実験の組み合わせを事前に決めて一度に行う方法です。ベイズ最適化は、結果を見ながらモデルを更新し、次に試すと最も得るものが大きい条件を一つずつ(または数件ずつ)提案する逐次的な方法です。両者は対立するものではなく、初期実験をDOE的に組み、その後をベイズ最適化で進める組み合わせ方も、前述の Citrine 社の資料で示されています(ベンダー主張)。

配合最適化AIの費用は?

この記事の調査で確認した主要な商用MIプラットフォームの公式ページには、価格の表示がありませんでした。費用は個別見積です。費用の構造としては、初期費用(過去データの構造化、目的・制約の定義、PoC)と年間費用(ライセンスまたはクラウド、保守、外部支援)に分けて見積もりを取り、本記事のモデル試算のように削減率ごとの純効果を計算すると比較しやすくなります。

過去データが少なくても始められる?

始められます。ただし、過去データだけでモデルを作る前提ではなく、初期実験でデータを作りながら進める前提になります。また、過去データが多くても、評価条件やロットが分からないものは使えないことがあります。逆に、知識やデータを足しすぎて最適化が悪くなった事例も報告されているため、変数を絞った小さなテーマから始めるのが安全です。

配合設計AIの提案をそのまま試作してよい?

そのまま試作するのは避けてください。AIは安全、規制、設備の制約をすべて理解しているわけではありません。提案された配合は、技術者が安全、規制、設備、コスト、化学的な妥当性の観点で確認し、承認してから試作します。承認と却下の理由を記録しておくと、次の提案の質を上げる材料になります。

まとめ

配合最適化AIは、アルゴリズムを比べることから始めると、提案は出るのに使える配合にたどり着かない、という結果になりかねません。先に対象テーマを4条件(数値で測れる、試作が重い、変数が10前後、評価が安定)で絞り、目的変数と許容範囲、原料の上下限、合計100%、規制物質、コスト上限、設備の制約を定義する。過去の試作データを配合比、原料ロット、工程条件、評価条件、結果、失敗理由でそろえ、使える割合を測る。そして、AIの提案と試作の間に技術者の承認を置き、1ループの日数と打ち切り基準を決める。この順番で決めると、何を買い、何を自分たちで決めるべきかがはっきりします。

発表されている削減率は、特定の材料系、特定のテーマ、特定の比較対象での値です。モデル試算(仮置き)では、試作コストの削減だけで見ると、回収は削減率と案件数に強く依存し、削減率が約23%を下回ると年間の費用も賄えませんでした。だからこそ、投資判断は自社の過去案件での後ろ向き検証とPoCで削減率を測ってから行い、開発期間の短縮や原価低減は別枠で評価してください。案件数が少ないうちは、データの構造化とDOEから始める道もあります。

TOMAS TECH では、タイの工場の業務に合わせて、データの整備やAIの活用、既存システムとのつなぎ込みをお手伝いしています。製品や方式が決まっていない段階、たとえば対象テーマの絞り込みや、過去の試作データの棚卸しの段階でもご相談いただけます。お問い合わせはこちらのフォームからどうぞ。

参考情報