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2026.10.10

SDS管理のAI導入|読み取り・版管理・購買連動の設計とRFP

SDS管理のAI導入|読み取り・版管理・購買連動の設計とRFP

塗料、溶剤、切削油、接着剤、洗浄剤、メッキ薬品。タイの日系工場では数百品目の化学品を使い、その安全データシート(SDS)が仕入先からメール、紙、ポータル、USB でばらばらに届きます。タイ語、英語、日本語が混ざり、どれが最新版か分からない。そこで検討に上がるのが、SDS管理にAIを使い、SDS を自動で読み取って台帳にする仕組みです。

この記事の主張は一つです。SDS 管理 AI の成否は、読み取り精度ではなく、次の三つを先に決めたかで決まります。①版の同定(同じ化学品の SDS が仕入先、言語、改訂日の違いで何枚もある中で、どれを有効版とするかのルール)、②人が確認する項目の線引き(危険有害性区分、成分と CAS 番号と含有量、応急措置、漏出時の措置など、誤ると人の安全に直結する項目は、AI の抽出値をそのまま確定させない)、③購買・入庫との連動(有効な SDS か採用審査のどちらかが欠けている化学品は、発注も入庫もできないゲート)。 AI は SDS を速く読みます。しかし「どれが正しい SDS か」と「この化学品を使ってよいか」は決めません。

以下では、化学品を「使う側」の工場の EHS(安全衛生・環境)担当、品質保証、購買、工場長、日本本社の環境安全部門の方が社内で判断材料をそろえられるよう、規制の動き、方式の違い、SDS 管理が破綻する場所、AI に任せる項目と人が確認する項目、更新管理、法規照合、購買連動、製品の選択肢、多言語の注意、費用と効果のモデル試算、RFP、PoC と受入試験を順に整理します。記事中のモデル工場の品目数、単価、時間、金額、回収年数は、すべてこの記事のために置いた仮の数字です。業界平均でも調査値でもベンダーの価格でもありません。また、法令に触れる部分は公開情報の紹介であり、法的助言ではありません。

なぜ今、SDS管理をAIで見直すのか

SDS は一度そろえれば終わり、という書類ではありません。規格と法令の側が動くたびに、仕入先は SDS を改訂し、使う側の台帳は古くなります。この数年の主な動きを、SDS を受け取る工場の立場から整理します。

国連GHSは改訂11版に

化学品の分類と表示の国際的な枠組みである国連 GHS は、改訂を重ねています。UNECE の GHS 公式ページ(2025年9月8日時点のアーカイブ)では、改訂8版(2019年)、改訂9版(2021年)、改訂10版(2023年)と並ぶ中で、改訂11版(2025年)が最新として掲載されています。改訂11版の元になる改正は、国連 GHS 専門家委員会が2024年12月6日の第12回会合で採択したもので、主な改正点として、エアゾール・加圧化学品の分類基準の明確化、非動物試験法による皮膚感作性分類の新しいガイダンス、地球温暖化に寄与する物質・混合物の分類、注意書きの合理化、単純窒息性ガスに関するガイダンスの追加が挙げられています。同ページには、改訂11版の電子版を2025年9月に公開する予定とも書かれていました。

GHS が改訂されても、各国の法令がすぐにその版を採り入れるわけではありません。各国がどの版を採用しているかがばらばらであることが、使う側にとっての難しさです。

タイのGHS告示は改訂3版に準拠

タイでは、有害物質法 B.E.2535(1992年)を根拠に、工業省告示「有害物質の危険有害性の分類及び情報伝達システム B.E.2555(2012年)」が GHS を制度化しています。2012年3月12日に官報に掲載され、翌日に施行されました。工業局(DIW)所管の有害物質が対象で、製造者と輸入者に分類、ラベル、SDS の作成を義務付け、完全実施の期限を施行日から「物質は1年、混合物は5年」以内と定めていました。SDS は16項目で構成すると定められています。

この告示が準拠しているのは、国連 GHS の改訂3版(2009年)です。最新の改訂11版とは版が大きく離れています。同告示をより新しい GHS 版に改めた後継の告示があるかは、本記事の調査では一次情報で確認できませんでした。タイの現地代理店から届く SDS と、日本や欧州のメーカーから届く SDS とで、準拠している GHS の版や分類が違うことは十分に起こりえます。

工場には化学物質管理の安全措置告示

工場法側では、工業省告示「工場における化学物質管理に関する安全措置 B.E.2565(2022年)」が、第3種工場に対して化学物質の台帳、報告、ラベル、SDS に関する義務を定めています。2022年4月25日に官報に掲載され、施行は掲載日の翌日から180日経過後とされました。ラベル(第8条)と SDS(第9条)は、単一物質が官報掲載の翌日から1年後、混合物が2年後に施行と定められています。官報掲載日(2022年4月25日)から数えると、最も遅い混合物の2年も2024年4月には満了しており、2026年10月の時点ではいずれの猶予期間も経過しています。中身は「法規照合」の章で詳しく扱います。

日本の安衛法SDS関係の改正は施行日が二つに分かれる

日本本社の環境安全部門や、日本向けに製品を出す工場にとっては、日本の労働安全衛生法(安衛法)の SDS 関係の改正も関係します。2022年5月の省令改正などによる SDS 関係の変更は、施行日が二つに分かれている点に注意が必要です。

施行日内容
2023年4月1日SDS の記載項目のうち「人体に及ぼす作用」について、5年以内ごとに定期確認することが義務になった。確認の結果、変更が要る場合は確認後1年以内に更新する
2024年4月1日SDS の記載項目に「想定される用途及び当該用途における使用上の注意」が追加された。含有量は、従来認められていた10%刻みの範囲表記に代えて、重量%の数値記載が原則になった

厚生労働省の Q&A によれば、5年ごとの確認で変更の必要がないと確認した場合、SDS を更新する義務も相手方へ通知する義務もありません。ただし確認した日を記録しておくことが望ましいとされています。つまり、SDS の改訂日が古いままでも、それだけでは「見直されていない」とは言い切れません。改訂日だけで新旧を判断する台帳の弱さがここにも表れます。

欧州と米国の様式改訂

EU では、REACH 附属書II(SDS の様式)を改めた規則(EU)2020/878 が2021年1月1日から適用され、改正前の様式の SDS は2022年12月31日まで提供を続けられる経過措置がありました。米国では、OSHA の危険有害性周知基準(HCS 2024)が2024年7月19日に発効し、物質・混合物ごとに SDS を見直す段階的な遵守期限が設けられています。欧米のメーカーから化学品を輸入している工場では、こうした様式改訂や期限に合わせて改訂された SDS が届くことがあります。

改訂のたびに台帳が古くなる構造

ここまでの動きをまとめると、構造は単純です。GHS の改訂、各国法令の改正、メーカー側の配合変更や再評価のたびに、仕入先は SDS を改訂します。改訂版は、メール添付で届くこともあれば、ポータルに置かれるだけのことも、次の納品に紙で同梱されることもあります。使う側の工場の Excel 台帳と共有フォルダは、届いたことに誰かが気づき、登録し直さない限り更新されません。数百品目、数社から数十社の仕入先、3言語という条件では、手作業の台帳はどこかで遅れがちです。

AI による読み取りは、この登録作業を速くします。ただし、遅れの原因が「読むのが遅い」ことではなく「届いたことに気づかない」「どれが有効版か決めていない」ことにあるなら、読み取りを速くしても台帳は正しくなりません。この記事が、読み取り精度より先に版の同定と購買連動を決めるべきだと主張するのは、そのためです。

なお、OSHA が公表している違反指摘件数の上位10基準(米国の連邦監督による指摘、2026会計年度速報、2025年10月1日〜2026年8月31日)では、危険有害性周知(Hazard Communication、一般産業)が2位でした。米国の数字であり、タイの工場にそのまま当てはまるものではありませんが、SDS とラベルによる周知が、監督の現場で指摘されやすい領域であることは読み取れます。

SDS管理AIとは:OCR・LLM抽出・SDS管理システム・化学物質管理システムの違い

「SDS をAIで管理する」という言葉には、性格の違う四つの仕組みが混ざっています。どれを指しているかをそろえないと、RFP も見積もりも比べられません。

方式何をするか得意なこと注意点
OCR(文字認識)紙やスキャン画像、画像化されたPDFから文字を読み取る紙で届くSDSのテキスト化文字は読めても、どの欄が何の項目かは分からない。表の崩れに弱い
LLMによる項目抽出SDSの本文から、製品名、改訂日、危険有害性区分、成分、CAS番号、含有量などを項目として取り出す様式が仕入先ごとに違うSDSからの抽出、多言語の読み取りもっともらしい誤り(後述)を出しうる。抽出値の確認手順が要る
SDS管理システム(SaaS)SDSの保管、版の管理、検索、現場への公開、更新の追跡をする台帳化、最新版の配布、改訂の追跡版の同定ルールと承認フローは自社で決める必要がある
化学物質管理システム(ERP・WMS連動)化学品マスタ、採用審査、法規照合、購買・入庫・在庫と連動させる未承認品の発注ブロック、使用量の集計、報告用データつなぎ込みの範囲が広く、立ち上げの手間が大きい

実務ではこれらを組み合わせます。たとえば、紙やスキャン画像の SDS は OCR でテキスト化し、LLM で項目を抽出し、SDS 管理システムに版として登録し、化学物質管理システムや ERP の化学品マスタと結び付けて、購買と入庫のゲートに使う、という組み合わせです。AI-OCR の方式や評価の進め方は「AI-OCR比較|タイ製造業のRFP・PoC評価ガイド」で扱いました。本記事は、帳票一般ではなく SDS に絞り、とくに「版」と「人の確認」と「購買連動」を中心に扱います。

化学品のロットを工程の中で追跡する仕組みは「化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流」で整理しています。ロット追跡が「どのロットがどこへ流れたか」を扱うのに対し、本記事の SDS 管理は「その化学品について、どの情報を正として現場に伝えるか」を扱います。

安全データシート管理が破綻する5つの場所

製品を選ぶ前に、今の SDS 管理がどこで崩れているかを確かめます。タイの日系工場でよく見られる崩れ方は、次の五つに分けられます。

破綻する場所起きること典型的な原因AIで解決するか
①受領経路の分散改訂版が届いたことに誰も気づかない購買宛てのメール、営業担当の個人アドレス、納品時の紙、仕入先ポータル、USBなど経路がばらばら読み取りは速くなるが、届いたことに気づく仕組みは別に要る
②版の同定同じ化学品のSDSが何枚もあり、どれが有効か分からない有効版の条件を決めていない。旧版を失効させていない解決しない。ルールを人が決める
③多言語タイ語版、英語版、日本語版で改訂日や内容が食い違う言語ごとに別の書類として保管し、紐付けていない読み取りは助けるが、同一版かどうかの判断は別
④成分表と含有量成分、CAS番号、含有量の転記を誤る。範囲表記の扱いが不統一表が複数ページにまたがる。範囲表記と数値表記が混在する速くなるが誤りもありうる。人の確認が要る
⑤現場掲示との不一致台帳は更新したのに、現場に貼ってあるSDSや要約が古いまま台帳と掲示物の更新が別の作業になっている解決しない。差し替えの手順と記録が要る

①受領経路の分散

SDS は、購買担当、EHS 担当、品質保証、現場の班長と、受け取る人がばらばらです。仕入先の営業担当が個人宛てのメールに添付して送ってきた改訂版は、その人が気づいて転送しない限り台帳には届きません。日本の厚生労働省の Q&A では、SDS の更新を、提供時に伝えた URL や QR コードから常に最新版を見られるようにする方法も認めています。日本の仕入先から届く SDS の中には、改訂版がメールで届くのではなく、ウェブ上の版だけが更新されるものもありうるということです。受領経路の棚卸しでは、「どこに届くか」だけでなく「どこを見に行けば最新版があるか」も記録します。

②版の同定

同じ塗料について、タイの現地代理店が出した SDS、日本の商社経由で届いた日本語の SDS、海外メーカーの英語の SDS が並んでいる。製品名は同じだが製品コードが少し違う。改訂日は3枚とも違う。この状態で「どれが今の正しい SDS か」を AI に聞いても、AI は判断の根拠を持っていません。有効版の条件を人が決めておく必要があります。次の「更新管理」の章で具体的なルールを示します。

③多言語

タイの工場では、同じ化学品の SDS がタイ語と英語の2言語、日本語を含めて3言語でそろうことがあります。言語ごとに改訂日が違う場合、それが同じ内容の翻訳なのか、別の改訂なのかを確かめないと、台帳上で「同じ版の別言語」として紐付けられません。

④成分表と含有量

SDS の項目3(組成及び成分情報)は、表の形で書かれ、複数ページにまたがることが多い部分です。成分名、CAS 番号、含有量の行がずれて読み取られると、別の物質の含有量が記録されます。含有量の書き方も一様ではありません。日本の安衛法の SDS では、2024年4月1日から重量%の数値記載が原則になりましたが、製品の特性上含有量に幅がある場合は合理的な濃度範囲で書いてよく、営業秘密に当たる場合はその旨を書いたうえで10%刻みで記載できるとされています。改正前の様式の SDS には「10-20%」のような範囲表記も残っています。台帳で数値と範囲をどう持つかを決めておかないと、集計や法規照合で食い違いが出ます。

⑤現場掲示との不一致

タイの B.E.2565 告示(工場法に基づき第3種工場が対象)の第9条は、関係する労働者がタイ語の SDS にアクセスでき、作業に必要な要点が伝わるようにすることを求めています。多くの工場では、SDS の要約や掲示物を現場に置いています。台帳の SDS を新しい版に替えても、現場の掲示物が旧版の内容のままなら、現場に伝わっているのは古い情報です。DIW のチェックリストにも「SDS が最新か」という確認項目があります。台帳の更新と現場掲示の差し替えを一つの作業として記録する設計が要ります。

文書全般の保管、版、承認の考え方は「文書管理システムを工場で選ぶ3つの軸|保管・版管理・承認」で整理しています。SDS も工場の文書の一つですが、仕入先が版を決める外部文書であり、自社で改訂できない点が、作業標準書のような内部文書と違います。

SDS読み取りAIに任せる項目と人が確認する項目:S0〜S3の4区分

SDS の読み取りに AI を使うときの最も大事な設計は、抽出した値のうち、どれをそのまま台帳に確定させ、どれを人が確認するかの線引きです。

生成 AI には固有のリスクがあります。米国立標準技術研究所(NIST)の生成 AI プロファイル(NIST AI 600-1、2024年7月)は、生成 AI 固有のリスクの一つとして「Confabulation」を挙げ、自信をもって述べられた誤った内容を生成することと定義しています。いわゆるハルシネーションです。同文書は、入力と食い違う出力もこれに含まれること、生成モデルの設計から自然に生じること、高度に文脈依存で専門知識を要する領域で特に問題になること、重大な意思決定を伴う用途に組み込む場合は特に監視が重要になることを指摘しています。SDS の項目抽出は、まさに「入力(SDS の原文)と食い違う出力」が問題になる用途です。

また、OWASP の「Top 10 for LLM Applications 2025」は、LLM の出力の検証や取扱いが不十分であること(LLM05:2025 Improper Output Handling)と、LLM が誤情報を生成し、それを過信するリスク(LLM09:2025 Misinformation)を挙げています。AI が抽出した値を、検証せずにそのまま台帳や現場掲示に流す設計は、この二つに当たります。

そこで、SDS の抽出項目を次の4区分に分けます。

SDS管理のAI導入|読み取り・版管理・購買連動の設計とRFP - figure 1
区分項目の例確定させる者理由
S0 そのまま使える書誌情報製品名、製品コード、仕入先名、改訂日、版番号、言語、ファイル名、受領日、受領経路AIが抽出し、システムが記録誤っても安全に直結せず、原本と照らせばすぐ直せる。版の同定の材料になるため、化学品マスタと一致しない値は版の同定の段階で人が見る
S1 AI抽出+差分チェック物理的及び化学的性質、保管条件、廃棄上の注意、輸送上の区分、16項目のそろいAIが抽出し、前の版との差分をシステムが確認。変更があれば人の確認へ回す変更がなければ確定してよいが、変更が出た項目は人が見る
S2 AI抽出+人の確認必須危険有害性区分(GHS絵表示、注意喚起語を含む)、成分名とCAS番号と含有量、応急措置、漏出時の措置、保護具、許容濃度AIが抽出し、人が原本と照合して確定誤ると人の安全に直結する。AIの抽出値をそのまま確定させない
S3 AIは判断も要約もしない法規照合の結論、使用可否の判断、代替品の要否人が判断判断であり、抽出ではない。根拠と判断者を記録する

線引きのポイントは三つあります。

一つ目は、S2 の項目は件数が少なくないことです。成分表の行数が多い混合物では、人の確認に時間がかかります。モデル試算で「AI 抽出+人の確認」に0.5時間を置いているのは、この確認を前提にしているからです。ベンダーが示す抽出精度や処理時間が高くても、S2 の人の確認を省いてよい理由にはなりません。

二つ目は、S1 の「差分チェック」をシステム側の機能として作ることです。前の版と比べて物性、保管条件、廃棄、輸送区分の値が変わっていないかを、AI の判断ではなく、確定済みのデータとの機械的な比較で行います。変更が出た項目は、S1 に属していても人へ回します。S0 の製品コードや仕入先名も、化学品マスタとの機械的な照合にかけ、一致しなければ人が版の同定を確かめます。

三つ目は、S3 を AI に判断させず、要約もさせないことです。「この化学品はタイの規制上使ってよいか」「客先の禁止物質に当たるか」を AI に文章で答えさせると、その答えがもっともらしい誤りであっても、判断の根拠のように扱われてしまいます。法規照合は、確定した S2 の成分と CAS 番号を、自社で管理する規制リストや客先の禁止物質リストと機械的に突き合わせ、その結果を見て人が判断する形にします。

AI-OCR の精度をどの単位(文字、項目、帳票)で測るかによって、同じ製品でも数字が大きく変わります。測り方の考え方は「AI-OCR精度の測り方|タイ4言語帳票のPoC・受入試験」で詳しく扱いました。SDS の場合は、S2 の項目に絞った項目単位の正解率と、誤りが S1 の差分チェックや人の確認で止まったかどうかを、別々に測るのが実務的です。

SDS更新管理の仕組み:版の同定、仕入先への更新依頼、旧版の失効

AI で読み取る前に決めておくべき二つ目が、SDS の版の扱いです。

有効版の条件を決める

有効版の条件は、少なくとも次の五つの組み合わせで決めます。

  • 製品名
  • 仕入先(誰から購入しているか)
  • 製品コード(メーカーの品番や、自社の化学品マスタのコード)
  • 改訂日(または版番号)
  • 言語

同じ製品名でも、仕入先が違えば別の行として持ちます。代理店ごとに SDS の作成者や改訂の時期が違うことがあるためです。言語違いは、同じ版の別言語として紐付けます。たとえば、英語版の改訂日が2026年3月、タイ語版の改訂日が2026年5月なら、タイ語版が英語版の翻訳なのか、別の改訂なのかを仕入先に確かめ、確かめた結果を台帳に残します。

旧版を失効させる

新しい版を有効にしたら、前の版は「失効」として残します。削除はしません。客先監査や当局の確認で、ある時点でどの版を現場に示していたかを説明する必要があるためです。失効の操作と同時に、次の作業を一つの手順として記録します。

  • 現場の掲示物や要約の差し替え(どこに何枚あるかを台帳に持つ)
  • 現場の端末やタブレットで閲覧している SDS の切り替え
  • 危険有害性区分、成分、保護具に変更があった場合の、関係部署への通知と、必要に応じた作業手順や保護具の見直し

社内の生成 AI 検索(RAG)で SDS を参照させている場合は、旧版が検索結果に残らないようにする必要があります。旧版の文書から回答してしまう問題とその防ぎ方は「工場RAGの文書版管理を導入する方法|旧版回答を防ぐ要件と検収」で整理しています。

仕入先へ更新を依頼する

改訂版が届くのを待つだけでは、台帳は遅れます。次のような運用を決めます。

  • 定期の確認依頼:年1回など、有効版の改訂日の一覧を仕入先に送り、それより新しい版がないかを確認してもらう。
  • 改訂日が古い SDS の確認:日本の安衛法の5年以内ごとの確認のように、改訂日が古くても内容を確認済みということはありえます。改訂日が古いことだけで失効させず、仕入先に確認した日と結果を記録する。
  • 新規採用時の取得:採用審査の時点で、タイ語の SDS がそろっているかを確認する(タイの B.E.2565 告示第9条の要件は次章で扱います)。
  • URL・QR で提供される SDS の扱い:ウェブ上の版が更新される形の SDS は、取得した日付とファイルを自社側に保存し、定期的に確認しに行く。

仕入先とのやり取りをポータルに集めている場合は、SDS の提出と更新依頼もその仕組みに乗せると、受領経路の分散を減らせます。発注や納期回答の連携の考え方は「サプライヤーポータル導入|タイ工場の発注・納期回答をつなぐ設計」をご覧ください。

GHS対応とタイの法規照合:タイ・日本・EU・米国・ベトナムで確認すること

ここでは、SDS 管理に関係する各国の法令と規格を、公開されている一次資料で確認できた範囲で紹介します。法的助言ではありません。自社への個別の適用は、専門家や当局に確認してください。 タイの法令の英訳は JETRO が掲載している非公式訳で、法的な拘束力はタイ語の原文にあります。

タイ:工場法側のB.E.2565告示(第3種工場)

工業省告示「工場における化学物質管理に関する安全措置 B.E.2565(2022年)」は、工場法に基づき、第3種工場を対象にしています。タイ語の原文から、SDS 管理に関係する主な義務を要約すると次のとおりです。

条内容(要約)SDS管理の仕組みで対応すること
第6条工場で保管・使用する化学物質のリスト(台帳)を作り、常に最新の状態に保つ化学品台帳と有効版SDSの紐付け、更新の記録
第7条有害化学物質1種類あたり年1トン以上を保管・使用する場合、年1回、翌年3月1日までにDIWへ報告する。報告はDIWの電子ネットワークで行うのが原則品目ごとの年間の保管・使用量を集計できるデータ
第8条容器にタイ語のラベル、またはタイ語の化学物質安全指示を付ける(GHS準拠)。移し替えた容器も同様ラベルの元になる危険有害性情報を有効版SDSから取る
第9条タイ語のSDS、またはタイ語の化学物質安全指示を備える。関係する労働者がアクセスでき、作業に必要な要点が伝わるようにする。SDSの内容はGHSに準拠するタイ語版の有無の管理、現場からの閲覧、掲示の差し替え

第8条と第9条は、他の法律で同等の対応をしていれば、本条を満たしたとみなされると定められています。

注意したいのは、タイ語の SDS を求める要件として本記事で確認できたのは、この工場法側の B.E.2565 告示第9条だけだという点です。有害物質法側の GHS 告示(B.E.2555)の英訳には、SDS の言語についての要件が見当たりませんでした。二つの告示は根拠法も対象も違うため、混同しないようにします。

DIW が公開している B.E.2565 告示用の「化学物質管理の安全性評価チェックリスト」には、「SDS に16項目すべてがそろっているか」「作業区域の有害化学物質すべての SDS があるか」「SDS が最新か」「SDS を紙と電子のどちらで保管しているか」といった確認項目があります。SDS 管理システムの要件を考えるときの手がかりになります。

タイ:有害物質法側の告示

有害物質法 B.E.2535 は、その後3回改正されています(第2号 B.E.2544、第3号 B.E.2551、第4号 B.E.2562)。SDS 管理と関係が深い工業省告示は次のとおりです。

  • GHS 告示 B.E.2555(2012年):前述のとおり、DIW 所管の有害物質の製造者・輸入者に分類、ラベル、SDS の作成を義務付けています。製造者、輸入者、輸出者、保有者には、ラベルと SDS で危険有害性を伝達する義務があります。
  • 申告の告示 B.E.2547(2004年)と第2号 B.E.2563(2020年):DIW 所管の有害物質の製造者、輸入者、輸出者、保有者による申告を定めています。輸入者・輸出者は通関前に所定の様式で申告し、指定物質の量などを半期ごとに申告します。第2号告示では、半期ごとに各物質100kgを超えて扱う場合の申告に改められました。
  • 保管の告示 B.E.2551(2008年):保管場所、保管のための分類、予防措置などの安全措置を義務付け、DIW の保管マニュアルか DIW が認める国際基準に従うこととしています。

自社がどの告示のどの立場(製造者、輸入者、保有者など)に当たるかは、扱う化学品と取引の形によって変わります。SDS 管理の仕組みでは、成分の CAS 番号と年間の取扱量を確定データとして持っておき、照合や集計に使える状態にしておくことが、判断の前提になります。

日本:本社・日本向けの観点

日本の安衛法上の SDS の記載項目は12項目です。2024年4月1日から「想定される用途及び当該用途における使用上の注意」が追加され、通達の改正により「貯蔵または取扱い上の注意」の保護具の欄に、想定用途での保護具の種類を必ず書くことになりました。JIS Z 7253 に沿って作成すれば、これらの項目は網羅されるとされています。5年以内ごとの確認(2023年4月1日施行)と、含有量の重量%表記(2024年4月1日施行)は、冒頭で整理したとおりです。変更内容を相手方に速やかに通知することは、安衛法第57条の2第2項に基づく努力義務とされています。

日本化学工業協会が編集し日本規格協会が発行する「GHS 対応ガイドライン ラベル及び表示・安全データシート作成指針」は2026年2月版で、2021年公表の国連 GHS 改訂9版を採用して改正された JIS Z 7253:2025 に対応しています。日本の仕入先から届く SDS は、今後この新しい JIS に沿った版に順次改訂されていく可能性があります。

なお、日本では経済産業省所管の化管法にも SDS の提供制度があります。本記事では一次資料を確認できなかったため、詳細は扱いません。

厚生労働省は2025年3月31日に「SDS データ交換フォーマット」の項目定義書と、システム開発者向けの利用マニュアルを公表し、このフォーマットに対応するシステムの導入・改修費用の一部を補助しています(SDS 電子化補助金)。2026年度の申請受付は7月1日から11月30日までで、予算の上限に達した場合は期日前でも受付を停止するとされています。補助額は補助対象経費の2分の1、年度内の上限は100万円です。対象システムの条件には、標準フォーマットの電子 SDS か「紙又は PDF の SDS を読み込む機能」を持ち、判読できる SDS として復元できること、標準フォーマットで出力でき、安衛法に準拠していない場合に記入を促す機能などがあることが挙げられています。対象者は日本の中小企業者で、在タイの法人や、その日本本社が対象になるかは本記事では確認できていません。日本本社側で SDS 管理の仕組みを見直す場合の情報として紹介します。

EU:SDS様式とCLP

EU では、REACH 附属書II(SDS の様式)を改めた規則(EU)2020/878 が2021年1月1日から適用され、旧様式の SDS を提供できる経過措置は2022年12月31日で終わりました。

分類・表示を定める CLP 規則は、規則(EU)2024/2865 で改正されました。2024年10月23日に採択、11月20日に官報に掲載され、官報掲載から20日目に発効しています。ラベルの書式(最小フォントなど)、分類変更時の再ラベルの期限、広告・通信販売での表示義務などが主な内容で、新たな危険有害性クラスの追加やより重い分類への変更があった場合はラベルを6か月以内に更新することになりました。当初の適用開始日は2026年7月1日と2027年1月1日でしたが、2025年12月3日に官報に掲載された規則(EU)2025/2439 により、ラベル書式、再ラベル、広告・通信販売などに関わる一部の条項の適用は2028年1月1日からに延期されました。2026年7月1日と2027年1月1日に適用される条項も一部は残っています。CLP の改正は主にラベルと分類に関するもので、SDS の様式の改正ではありません。ただし、分類が変われば SDS の危険有害性の項目も改訂されるため、EU から輸入している化学品では改訂版の到着に注意します。

米国:OSHA HCS 2024

OSHA の HCS 2024 は、2024年5月20日に最終規則が公布され、同年7月19日に発効しました。2026年1月15日には、遵守期限を4か月延ばす最終規則が出されています。

対象当初の期限延長後の期限
物質の製造者・輸入者・流通者2026年1月19日2026年5月19日(経過済み)
物質を使用する雇用主2026年7月20日2026年11月20日(予定)
混合物の製造者・輸入者・流通者2027年7月19日2027年11月19日(予定)
混合物を使用する雇用主2028年1月19日2028年5月19日(予定)

米国のメーカーから輸入している化学品では、これらの期限に合わせて改訂された SDS が届くことが考えられます。

ベトナム:新しい化学品法

ベトナムでは、化学品法(第69/2025/QH15号)が2026年1月1日に施行され、2007年の化学品法に代わりました。施行のための政令24/2026/NĐ-CP(化学品リスト)、25/2026/NĐ-CP(化学工業の発展と化学品の安全・保安)、26/2026/NĐ-CP(化学品活動の管理と、製品・商品中の危険化学品)と、商工省通達01/2026/TT-BCT、02/2026/TT-BCT が、いずれも2026年1月17日付で出され、同日から効力を持っています。新しい法令の下での SDS の様式や言語の要件は、本記事では確認できていません。タイとベトナムの両方に拠点を持つ企業は、ベトナム側の要件を別途確認してください。

法規照合を仕組みにするときの考え方

各国の要件は、本記事で紹介した範囲だけでも、根拠法、対象者、版、期限がそれぞれ違います。SDS 管理の仕組みでは、法規照合の「結論」を AI に出させるのではなく(S3)、照合に使う規制リスト(タイの有害物質の区分、日本向けの通知対象物質、客先の禁止物質リストなど)を自社で版管理し、確定した成分と CAS 番号を機械的に突き合わせ、ヒットした結果を人が確認して判断を記録する形にします。規制リストそのものも改正されるため、どの版のリストで照合したかを記録に残します。

化学物質管理システムと購買・入庫・ERPの連動:SDSがない化学品を入れないゲート

AI で読み取る前に決めておくべき三つ目が、購買と入庫との連動です。台帳がどれだけ正確でも、新しい化学品が採用審査を経ずに発注され、入庫してしまえば、その化学品の SDS は台帳にありません。

ゲートを置く場所

ゲートは、次の三か所に置きます。

ゲート条件止めるもの
発注化学品マスタに登録され、採用審査が承認済みで、有効版のSDSがある品目だけを発注できる未承認の化学品の購買、テスト用サンプルの無審査の持ち込み
入庫入荷した品目の仕入先と製品コードが、有効版SDSの仕入先と製品コードに一致する代替品や仕入先変更による、SDSのない品目の入庫
払い出し・現場配置現場の掲示とタイ語SDSの閲覧が準備済みの品目だけを、その作業区域に払い出す現場に情報が届いていない化学品の使用開始

化学品マスタとSDSの紐付け

ERP や購買システムでは、化学品は品目マスタの1行として登録されています。SDS 管理の仕組みとつなぐには、品目マスタの各行に「化学品であるか」「採用審査の状態」「有効版 SDS の識別子」を持たせ、発注時と入庫時に参照できるようにします。同じ品目を複数の仕入先から買っている場合は、仕入先ごとに有効版 SDS を紐付けます。

WMS(倉庫管理)を使っている工場では、入庫検品の画面で有効版 SDS の改訂日を表示し、納品書に同梱された SDS の改訂日と異なれば、その場で EHS 担当に回す運用も考えられます。化学工場の生産管理の発注要件全般は「生産管理システム 化学工場2026|配合・品質・ロットの発注要件」で扱っていますが、化学品を「使う側」の工場では、生産管理より購買と入庫のゲートのほうが先に効きます。

例外の扱い

ゲートを置くと、「急ぎのサンプル評価で SDS が間に合わない」「仕入先がタイ語版をまだ出していない」といった例外の相談が必ず来ます。例外を認める条件(承認者、期限、使用する場所と量の上限、暫定で使う情報)を先に文書化し、例外の件数と解消までの日数を指標として追います。例外が常態化すると、ゲートは形だけになります。

SDS管理システムの製品・方式の選択肢

SDS 管理の仕組みは、大きく四つの系統に分けられます。以下の機能や数値は、いずれも各社の公式ページやプレスリリースに書かれたベンダーの主張で、第三者による検証は経ていません。特定の製品を推奨するものではありません。

1. SDS管理SaaS

SDS の保管、版の管理、検索、AI による項目抽出を中心にしたクラウドサービスです。

  • SDS Manager(ノルウェー):【ベンダー主張】AI で30以上の言語の SDS からデータを抽出でき、抽出範囲は SDS の16セクションすべてで、絵表示と保護具のアイコンも光学認識で識別するとしています。抽出精度の数値は示されておらず、人による確認工程についての記載も見当たりませんでした。料金ページには、SDS 管理の無料プラン(200 SDS まで)、SDS 作成サービスの都度払い(1 SDS あたり199米ドル)や Standard(15 SDS で年1,499米ドル)、EHS の機能(従業員1人あたり月9.99米ドル、1〜200人)が掲載されています。SDS 作成は、主に化学品を作る側が使うサービスとみられます。
  • Quentic(ドイツ):【ベンダー主張】AI が形式や言語に関係なく SDS から主要な情報を自動抽出でき、版管理であらゆる変更を追跡し、自動リマインドや仕入先への問い合わせ文の自動生成で SDS を最新に保てるとしています。価格は公開されていません。

2. EHSスイート

安全衛生・環境の業務全般を扱う製品群の一部として、SDS 管理や化学物質管理を提供する形です。

  • VelocityEHS(米国):【ベンダー主張】数百万件の SDS ライブラリを持ち、毎週2万件以上の新規・改訂 SDS を追加しているとしています。「AI Ingredient Indexing」機能と15以上の言語への対応もうたっています。価格は公開されていません。
  • アイアンドディー「ESH Clouds Chemicals Management」(日本):【ベンダー主張】2024年12月19日の発表で、SDS を読み取る AI-OCR の精度が「90%まで向上」し、SDS のシステム登録工数を最大70%削減できるとしています。この90%が文字単位か項目単位かといった定義や測定条件は示されていないため、他社の数値と比べる根拠にはなりません。公表価格(税別)は、本社と3拠点、管理者6名、ユーザー200名の構成を想定して、初年度381.5万円から(導入費用84万円と年間システム利用料297.5万円から)、次年度以降297.5万円からとされています。

なお、日本の Dynagon は「スマート SDS」が厚生労働省の SDS 電子化補助金の対象システムに2年連続で認定されたと発表しています(2026年7月1日)。【ベンダー主張】SDS の作成が「5項目入力で完成」するとしており、こちらも SDS を作る側のための製品とみられます。使う側の工場が SDS 管理の製品を選ぶときは、作成向けか管理向けかを最初に確かめます。

3. 汎用LLM+自社構築

汎用の生成 AI の API を使って SDS から項目を抽出し、自社の台帳やデータベースに登録する形です。柔軟ですが、S0〜S3 の線引き、差分チェック、人の確認の画面、版の同定、ログ、購買連動をすべて自分たちで設計し、検証する必要があります。

4. AI-OCR+既存の文書管理

すでに使っている AI-OCR と文書管理システムに、SDS 用の読み取り定義と台帳を追加する形です。新しい製品を増やさずに済む一方で、SDS 特有の項目(成分表、危険有害性区分、16項目のそろい)の扱いと、版の同定ルールを自社で作り込む必要があります。AI-OCR の費用を API 単価だけでなく全体で比べる考え方は「AI-OCR価格2026|API単価でなく6層TCOで比較」で扱っています。

どう選ぶか

観点SDS管理SaaSEHSスイート汎用LLM+自社構築AI-OCR+既存文書管理
向いている工場SDS管理から始めたい単拠点・少数拠点安全衛生・環境の業務をまとめて見直したい複数拠点社内に開発体制があり、ERPと深くつなぎたいAI-OCRと文書管理を既に運用している
版の同定製品の機能を使えるが、ルールは自社で決める同左自分で設計自分で設計
人の確認(S2)確認の画面と記録の有無を確かめる同左自分で設計自分で設計
購買連動連携方式(APIなど)を確かめる製品群内で完結する場合がある自分で設計自分で設計
タイ語対応抽出と画面の両方を確かめる同左モデルの性能次第。PoCで確かめるOCRの対応言語次第

どの系統でも、ベンダーの言う「対応言語」や「抽出できる項目」は、タイ語の SDS で実際に試すまで分かりません。PoC で、自社に届いている SDS を使って確かめます。

タイ語・英語・日本語のSDSを扱うときの注意

タイの工場の SDS 管理には、本社の事例にはない多言語の事情があります。

同一版の言語違いを紐付ける。 同じ化学品について、英語版とタイ語版、ときに日本語版がそろいます。台帳では、言語ごとに別の品目として登録するのではなく、一つの有効版に複数の言語のファイルを紐付けます。言語ごとに改訂日が違う場合は、前述のとおり、翻訳なのか別の改訂なのかを仕入先に確かめた結果を記録します。AI の抽出では、言語ごとに抽出した S2 の項目(危険有害性区分、成分、CAS 番号、含有量)を突き合わせ、食い違いがあれば人へ回す設計が有効です。

翻訳 SDS の扱いを決める。 仕入先がタイ語版を出していない場合に、自社や翻訳会社がタイ語に訳した SDS や要約を使うことがあります。B.E.2565 告示第9条は、タイ語の SDS、またはタイ語の化学物質安全指示を備えることを求めています。自社で作った翻訳や要約をどの位置づけで使うかは、専門家や当局に確認したうえで決め、台帳では仕入先が出した SDS と自社で作った翻訳を区別して持ちます。生成 AI でタイ語に訳す場合は、S2 の項目で誤訳がないかを、タイ語を読める担当者が確認します。

GHS 絵表示と注意喚起語は言語に依存しにくい手がかり。 GHS の絵表示(ピクトグラム)と注意喚起語は、言語が違っても対応関係を確かめやすい項目です。言語違いの SDS で絵表示や注意喚起語が一致しない場合は、別の改訂か、準拠している GHS の版や分類が違う可能性があります。前述のとおり、タイの GHS 告示は改訂3版に、日本の JIS Z 7253:2025 は改訂9版に準拠しており、同じ化学品でも国ごとの SDS で分類が異なることはありえます。どちらかを誤りと決めつけず、仕入先に確認します。

日本語の SDS の項目構成。 日本の安衛法上の記載項目は12項目で、タイの GHS 告示が定める16項目とは数え方が違います。厚生労働省の Q&A では、JIS Z 7253 に沿って作成すれば安衛法の項目は網羅されるとされています。AI の抽出定義は、タイの告示の16項目の見出しを基準に作り、日本語、英語、タイ語の見出しの対応表を持っておくと、言語をまたいだ突き合わせが楽になります。

スキャン品質。 紙で届いた SDS をスキャンすると、タイ語の声調記号や小さな文字がつぶれることがあります。手書きの書き込みが入った紙の SDS もあります。読み取りの前提となるスキャンの解像度や、傾きの補正をどう扱うかは、PoC で確かめます。手書きや多言語の帳票の読み取りの考え方は「手書き OCR導入|タイ多言語帳票のPoC・RFP・受入設計」も参考になります。

費用と効果のモデル試算(仮の数字)

ここからは、試算の構造を示すためのモデル工場で、SDS 管理の仕組みを入れた場合の費用と効果を見ます。以下の品目数、比率、時間、単価、金額はすべてこの記事のための仮置きです。ベンダーの価格でも調査の数値でもありません。 自社の数字に置き換えて使ってください。

モデル工場の前提

タイの日系製造業の1拠点(自動車部品、塗装工程あり)で、使用する化学品は600品目、EHS 担当の人時単価は400 THB/時とします。通貨はタイバーツ(THB)です。年間に SDS の改訂版を受け取るのは品目数の20%、新規に採用する化学品は品目数の10%と仮定し、どちらも品目数に比例させます。

項目600品目のとき計算
①SDSの台帳登録・更新(改訂120件+新規60件=180件)。1件あたり手作業1.5時間→AI抽出+人の確認0.5時間180時間 → 72,000 THB/年180件×1.0時間短縮×400
②新規採用時の法規照合(60件)。1件あたり3時間→1.5時間90時間 → 36,000 THB/年60件×1.5時間×400
③年1回の全品目の版確認(600件)。1件あたり15分→3分120時間 → 48,000 THB/年600件×0.2時間×400
④監査・立入り対応(年4回)。1回あたり16時間→4時間48時間 → 19,200 THB/年4回×12時間×400
年間効果合計438時間 → 175,200 THB/年①+②+③+④
初期費用(台帳移行のAI抽出と人の確認、設定、購買連動の最低限、PoC)450,000 THB固定分270,000+移行300 THB×600品目
年間運用費(ライセンス、API、保守)120,000 THB/年仮置き(品目数によらず固定と仮定)
年間純効果55,200 THB/年175,200−120,000
単純回収年数約8.2年450,000÷55,200=8.15

①〜④は互いに重ならない作業として置いているため、同じ時間を二重に数えていません。①の改訂120件は600×20%、新規60件は600×10%です。③の短縮は15分−3分=12分=0.2時間です。

①の「AI 抽出+人の確認0.5時間」は仮置きです。S2 の項目の人の確認にどれだけかかるかは、成分の数、言語、スキャンの品質によって変わります。ベンダーが示す抽出精度や処理時間をそのまま使わず、PoC で自社の SDS を使って実測した時間に置き換えてください。

品目数を変えると回収年数はどう動くか

品目数を N とすると、年間の削減時間は次の式で表せます。

  • ①0.3N時間(改訂0.2N件+新規0.1N件、1件1.0時間短縮)
  • ②0.15N時間(新規0.1N件×1.5時間)
  • ③0.2N時間(N件×0.2時間)
  • ④48時間(品目数によらない)

合計すると、年間の削減時間=0.65N+48時間、年間効果=400×(0.65N+48)THB、初期費用=270,000+300×N THB です。年間運用費は120,000 THB で固定と仮定しています。品目数 N だけを変えた結果は次のとおりです。

品目数年間削減時間年間効果年間純効果初期費用単純回収年数
300品目243時間97,200 THB−22,800 THB360,000 THB回収しない
600品目438時間175,200 THB55,200 THB450,000 THB約8.2年
1,200品目828時間331,200 THB211,200 THB630,000 THB約3.0年(630,000÷211,200=2.98)
SDS管理のAI導入|読み取り・版管理・購買連動の設計とRFP - figure 3

300品目の工場では、年間効果97,200 THB が年間運用費120,000 THB を下回り、年間純効果がマイナスになります。初期費用どころか、毎年の運用費も工数削減では賄えません。純効果が0になるのは、0.65N+48=300(120,000÷400)、つまり N≒388のときです。この仮置きの前提では、約390品目を下回ると、工数削減だけでは年間運用費も賄えません。 一方、1,200品目の工場では回収は約3.0年です。品目数が2倍になるごとに回収年数が大きく動くことが分かります。

この試算に入れていないもの

  • 旧版の SDS や誤った危険有害性情報による事故・労災を防ぐ効果(発生確率を見積もれないため)
  • 当局の指摘や客先監査での不適合を防ぐ効果
  • 未承認の化学品の混入を止める効果
  • 複数拠点での共有(同じ仕入先の SDS を拠点間で使い回せる効果)
  • 浮いた EHS 担当の時間の使い道。浮いた時間は、他の仕事に振り向けない限り現金の削減にはなりません

工数削減だけで見ると、回収は品目数に強く依存し、数百品目の工場では数年かかるか、回収しません。投資判断では、「有効版の保証」と「未承認品を入れないゲート」を、リスク管理への投資として工数削減とは別に評価するのが妥当です。この記事ではその効果を金額にしていませんが、金額にできないことを理由に評価の対象から外さないようにします。

品目数が少ない工場には、別の選択肢もあります。まず台帳と版の同定ルール、購買のゲートだけを整え、AI は台帳移行のときの一括抽出に限って使う形です。この場合、年間運用費のかかる仕組みを常時持たずに、最初の台帳づくりの手間だけを減らせます。

SDS管理AIのRFPに書く項目

RFP では、AI の読み取り精度を問うより先に、版、人の確認、購買連動、測定、試験を書きます。

No.項目書く内容の例
1対象範囲化学品の品目数、仕入先数、拠点数、SDSの言語(タイ語、英語、日本語)、受領経路
2台帳移行既存のExcel台帳と共有フォルダからの移行範囲、重複と旧版の洗い出し、移行時の人の確認の分担
3版の同定有効版の条件(製品名、仕入先、製品コード、改訂日、言語)、言語違いの紐付け、旧版の失効と保存
4抽出項目と区分S0〜S3の項目一覧。S2はAIの抽出値をそのまま確定させず、人の確認を経ること。S3はAIに判断も要約もさせないこと
5差分チェック前の版、化学品マスタ、言語違いの版との差分の検出と、差分を人へ回す仕組み
6人の確認の画面と記録原本と抽出値を並べて確認できる画面、確認者、確認日時、修正内容の記録
7更新管理仕入先への定期の確認依頼、改訂日が古いSDSの扱い、URL・QRで提供されるSDSの取得と保存
8法規照合照合に使う規制リストと客先禁止物質リストの登録と版管理、照合結果の記録。結論は人が判断すること
9購買・入庫連動ERP・購買・WMSとの連携方式、発注と入庫のゲートの条件、例外の承認と期限
10現場への公開タイ語SDSの閲覧方法、掲示物の所在の管理、旧版の差し替えの記録
11測定指標有効版の保有率、S2項目の抽出の正解率、人の確認での修正率、改訂の反映日数、例外の件数の定義と報告頻度
12受入試験と費用次章の試験ケース。課金の単位(品目数、SDS件数、利用者数など)、上限と超過時の扱い、人の確認の工数の分担

測定指標は、AI の抽出精度だけでなく、仕組み全体で SDS が正しく保たれているかを見るものにします。たとえば、「有効版の保有率(化学品台帳の全品目のうち、有効版の SDS が紐付いている品目の割合)」「改訂の反映日数(改訂版を受領してから台帳と現場掲示に反映するまでの日数)」「人の確認での修正率(S2 の項目のうち、人の確認で修正した割合)」を追うと、AI と運用のどちらに問題があるかを切り分けやすくなります。

PoC・FAT/SATで確認すること:わざと試す受入試験

PoC と受入試験では、AI がきれいな SDS を正しく読めるかだけでなく、崩れた SDS や紛らわしい SDS を渡したときに、有効版を正しく選び、人の確認を発動し、未承認品を止め、ログを残すかを確かめます。そのために、現場で実際に起きる紛らわしいケースをわざと作って流します。ベンダーの環境での試験(FAT)と、自社の ERP や購買の仕組みにつないだ環境での試験(SAT)に分けます。

SDS管理のAI導入|読み取り・版管理・購買連動の設計とRFP - figure 2

わざと試す6つのケース

  • 旧版の混入:同じ化学品の旧版と新版を、受領日の順序を入れ替えて登録する。旧版が有効版として選ばれないか。
  • 同一製品のタイ語版と英語版:改訂日が違うタイ語版と英語版を登録する。別の品目として二重に登録されないか、同一版の別言語として紐付けるか、確認が必要なものを人へ回すか。
  • スキャン不良・傾き:傾いたスキャン、解像度の低いスキャン、タイ語の声調記号がつぶれた紙の SDS を流す。読めない部分を読めたことにせず、人の確認へ回すか。
  • 成分表の崩れ:成分表が複数ページにまたがる SDS、行と列がずれた PDF を流す。成分名、CAS 番号、含有量の組み合わせを取り違えないか。
  • 含有量の範囲表記:「10-20%」のような範囲表記、重量%の数値、営業秘密として10%刻みで書かれたものを混ぜる。範囲を一つの数値に丸めたり、上限と下限を取り違えたりしないか。
  • 未承認化学品の発注:採用審査が終わっていない品目や、有効版の SDS がない品目を発注・入庫しようとする。ゲートで止まるか、例外は承認と期限つきでしか通らないか。

確認する5つの項目

各ケースについて、次の5項目を確認します。

確認項目見ること
有効版の選択有効版の条件どおりの版が選ばれ、旧版が失効として残っているか
項目抽出S1とS2の項目が原本どおりに抽出されているか。読めない部分を推測で埋めていないか
人の確認の発動S2の項目、差分が出たS1の項目、読み取り不良の箇所が、人の確認へ回っているか
発注ブロック未承認品、有効版のない品目が、発注と入庫のゲートで止まっているか
ログ記録受領、抽出、確認、確定、失効、ゲートの判定、例外の承認がすべて記録され、後から追えるか

6ケースと5項目を掛け合わせた表を作り、各マスに合否と証跡を記録すると、FAT と SAT の結果を比べやすくなります。すべてのケースがすべての項目に関わるわけではありません。たとえば「未承認化学品の発注」では発注ブロックとログ記録が中心になり、「成分表の崩れ」では項目抽出と人の確認の発動が中心になります。

FATとSATの分担

FAT では、ベンダーの環境で6ケースを一通り流し、抽出、人の確認の発動、ログの項目を確かめます。SAT では、自社の ERP、購買、WMS につないだ状態で、試験用の品目を使って同じケースを流し、発注と入庫のゲートが実際に止まるか、現場の閲覧画面で旧版が表示されないか、例外の承認が記録されるかを確かめます。PoC の段階では、自社に実際に届いている SDS を、言語、仕入先、紙とデジタルの別がばらけるように選び、①の人の確認にかかる時間を実測して、モデル試算の0.5時間を置き換えます。本番稼働後も、ケースの一部を定期的に流し、設定や連携の変更でゲートが崩れていないかを確認します。

化学品を扱う作業場では、SDS の情報と作業環境の測定結果をあわせて見ることもあります。測定の頻度や IoT による常時監視の考え方は「作業環境測定とは|タイ工場の頻度・費用とIoT常時監視2026」で扱っています。

よくある質問

SDS管理にAIを使うと何が楽になる?

主に楽になるのは、SDS の台帳への登録と更新、全品目の版の確認、監査や立入りのときに必要な SDS を探す作業です。様式が仕入先ごとに違う SDS から、製品名、改訂日、成分などの項目を取り出す作業を、AI が下書きしてくれます。一方で、どれを有効版とするか、危険有害性区分や成分を確定させるか、その化学品を使ってよいかは、人が決める部分として残ります。この記事のモデル試算(仮置き)では、600品目の工場で年間438時間の削減と置きましたが、実際の値は PoC で実測してください。

AIが読み取った危険有害性区分をそのまま使ってよい?

そのまま確定させることは避けるべきです。危険有害性区分、成分と CAS 番号と含有量、応急措置、漏出時の措置、保護具、許容濃度は、誤ると人の安全に直結します。生成 AI には、自信をもって誤った内容を出すリスクがあることが NIST の文書でも指摘されています。この記事の S2 の区分のように、AI の抽出値は下書きとして扱い、人が原本と照合して確定させ、確認者と日時を記録します。

SDS管理システムの費用は?

製品の系統、品目数、拠点数、課金の単位によって大きく違います。公開価格の例として、SDS Manager は SDS 管理の無料プランを200 SDS までとしており、アイアンドディーの ESH Clouds Chemicals Management は本社と3拠点の構成で初年度381.5万円から(税別)としています。いずれもベンダーの公表情報です。比較するときは、ライセンスだけでなく、台帳移行、人の確認の工数、購買連動、PoC まで含めて見積もりをそろえます。

タイ語のSDSは必須?

工場法に基づく工業省告示 B.E.2565 の第9条は、第3種工場に対して、化学物質のタイ語の SDS、またはタイ語の化学物質安全指示を備えることを求めています。他の法律で同等の対応をしていれば本条を満たしたとみなされる規定もあります。自社の工場が対象に当たるか、どの対応で要件を満たすかは、専門家や当局に確認してください。本記事の内容は法的助言ではありません。

何品目からシステム化すべき?

一律の答えはありません。この記事のモデル試算(仮置き)では、約390品目を下回ると、工数削減だけでは年間運用費も賄えないという結果になりました。ただし、試算には事故や監査での不適合を防ぐ効果を入れていません。品目数が少ない工場では、まず台帳と版の同定ルール、購買のゲートを整え、AI は台帳移行のときの一括抽出に限って使うという進め方も選択肢です。

SDSの更新管理は何から始めればよい?

化学品と SDS の棚卸しからです。品目、仕入先、言語、改訂日、保管場所、使用部署を一覧にし、重複、欠落、旧版を洗い出します。そのうえで有効版の条件を決め、旧版を失効させ、現場の掲示を差し替えます。AI の導入は、この棚卸しと版の同定ルールが決まってからのほうが、効果を測りやすくなります。

まとめ

SDS 管理の AI は、読み取り精度を比べることから始めると、速く読めるのに正しい SDS が台帳に残らない、という結果になりかねません。先に化学品と SDS を棚卸しし、製品名、仕入先、製品コード、改訂日、言語で有効版を決め、旧版を失効させて現場の掲示も差し替える。抽出項目を S0〜S3 に分け、危険有害性区分や成分、応急措置などの S2 は AI の抽出値をそのまま確定させず、法規照合の結論や使用可否の判断(S3)は AI に判断させず、要約もさせない。そして、有効な SDS か採用審査のどちらかが欠けている化学品は、発注も入庫もできないゲートを置く。この順番で決めると、何を買い、何を自分たちで決めるべきかがはっきりします。

規制の側は、国連 GHS の改訂11版、タイの B.E.2565 告示、日本の安衛法の改正(2023年4月1日と2024年4月1日の二段階)、EU の CLP 改正、米国の HCS 2024 と動き続けており、SDS の改訂は今後も届き続けます。モデル試算(仮置き)では、工数削減だけで見ると、回収は品目数に強く依存し、600品目で約8.2年、300品目では回収しませんでした。だからこそ、PoC と受入試験では旧版の混入、言語違い、スキャン不良、成分表の崩れ、範囲表記、未承認品の発注をわざと流し、有効版の保証と未承認品を入れないゲートを、工数削減とは別のリスク管理への投資として評価してください。

TOMAS TECH では、タイの日系工場の業務に合わせて、AI-OCR や業務システムを使った書類のデジタル化をお手伝いしています。製品や方式が決まっていない段階、たとえば化学品と SDS の棚卸しや、版の同定ルールを決める段階でもご相談いただけます。お問い合わせはこちらのフォームからどうぞ。

参考情報