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2026.08.10

化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流

化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流

客先から「このロットに使った原料のロット番号を教えてほしい」と問われ、出荷伝票と仕込み記録と受入伝票を突き合わせて半日かける。化学品のロット管理でよく見る光景です。ただし本当の損失は、調べるのに時間がかかることではありません。調べても範囲を絞りきれず、疑わしいロットをまとめて回収してしまうことです。本記事はタイ・ラヨーン県の日系化学メーカーをモデルに、追跡が切れる場所を4つの合流点として特定し、台帳に何を書けば回収範囲が縮むのかを数字で示します。

化学品のロット管理は、部品のトレーサビリティと何が違うのか

自動車部品や電子部品のトレーサビリティは、1つの親から子へ枝分かれする木として書けます。コイル材からブランク、プレス品、組付品へと、上流から下流へ一方向に分かれていく。だから設計の議論は自然と「どこまで細かく追うか」という粒度の話に収束し、そこが決まれば読み取り点の数と工数の勝負になります。

化学品では、この前提が成り立ちません。同じ袋・同じIBC・同じタンク・同じ反応釜に、複数の原料ロットが合流するからです。苛性ソーダのタンクには先週の入荷ロットの残りがまだ入っています。そこに今日のタンクローリーが入る。界面活性剤のIBCは前回の残が200kgあり、そこへ新しいロットを継ぎ足す。25kgの粉体原料は、前回開封した袋の残りを先に使ってから新しい袋を開ける。この時点で、タンクの中身も、IBCの中身も、仕込んだバッチの中身も、単一のロットではなく複数ロットの混合物になっています。

その結果、系譜は木ではなくグラフになります。1つの製品ロットの親はN個あり、1つの原料ロットの子はM個ある。N対Mです。ここが部品との決定的な違いで、設計もシステム選定も稟議の書き方も、すべてここから変わります。

観点部品・電子部品化学品
系譜の形木。1つの親から子へ分岐するグラフ。N個の親が1つの子に合流する
追跡の対象個片・リール・パレットなど数えられる単位容器に入った量。分割も結合もできる
数量の性質個数なので整数。足し引きが閉じる質量・容量という連続量。端数と残が必ず出る
設計の中心どこまで細かく追うか(粒度)どこで混ざったかを残せるか(合流)
追跡が切れる原因読み取りの抜け、記録の欠落混ぜた事実そのものが記録されていない
再現性図番と部品番号で一意に決まる力価・純度・含水率の違いで実仕込み量が毎回変わる
不適合時の範囲系譜をたどれば下流は一意に決まる合流のたびに下流が広がり、範囲が指数的に膨らむ

個片やリールを単位に追う設計、つまり粒度を細かくしていく方向の議論は電子部品のトレーサビリティシステムで扱っています。化学品でも同じ発想で「もっと細かく記録しよう」と考えたくなりますが、粒度を細かくしても合流は解けません。1kg単位で記録しても、その1kgが2つのロットの混合物なら、親は2つのままです。細かくすべきなのは記録の単位ではなく、記録すべきイベントの種類のほうです。同じく合流を扱う業種として食品がありますが、要求される記録の種類も規制の枠組みも別物なので、そちらは食品工場のトレーサビリティシステムで独立して扱っています。

トレースバックとトレースフォワードは膨らみ方が違う

もう1つ押さえるべき非対称があります。製品から原料へ遡るトレースバックと、原料から出荷先へ下るトレースフォワードは、作業量がまったく違うということです。

トレースバックは有限です。1つの製品バッチに投入した原料ロットは、副資材まで数えても数十件でしょう。列挙すればよい。作業は重いが、範囲は最初から閉じています。

トレースフォワードは閉じません。ある原料ロットを3つのバッチに使い、その3バッチのそれぞれがヒールや再作業を通じて次の3バッチに影響していれば、2段で9バッチ、3段で27バッチになります。数字は工場によりますが、合流点を1つ通過するたびに枝が掛け算で増える性質は変わりません。原料側で問題が発覚したときに「この原料を使った製品はどれか」に答えられないまま出荷先へ連絡すれば、範囲は安全側に大きく取るしかなくなります。これが後半で数える過剰回収の正体です。

追跡が切れるのは分岐点ではなく合流点である

化学品のロット管理を設計するとき、最初にやるべきは工程表を広げて分岐点を数えることではありません。合流点を数えることです。そして合流点は4つしかありません。

化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流 - figure 1
#合流点何が混ざるか台帳に書かないと起きること
1受入同一品名の複数ロットが同じサイロ・タンク・IBCに入る「この袋はどの入荷ロットか」が消える
2仕込み前バッチの残(ヒール)と端数原料が次のバッチに持ち越される前バッチの原料ロットが次バッチに無記録で混入する
3戻し入れ再作業品・返品・回収品が工程に再投入される系譜が逆流し、下流のロットが上流に現れる
4充填・出荷1バッチがN容器に分かれ、複数バッチが1パレット・1出荷に合わさる出荷先から製造バッチまで一意に戻れない

この4つを見て「うちは全部ある」と思ったなら、設計の対象は明確です。「2番は無い、専用ラインだから」と思ったなら、後半の感度分析を読んでください。合流が少ない工場ほど、この投資は正当化しにくくなります

見落としやすいのは、これらが設備の問題ではなく記録の問題だという点です。タンクを増やせば合流は減りますが、投資は桁が変わります。現実的な打ち手は、混ざること自体は受け入れたうえで、混ざった事実を数値で残すことです。以降の4章で、合流点ごとに現場で何が起きているかと、台帳に何を書けばよいかを具体化します。

合流点1 受入 – 同じ品名の複数ロットが1つの容器に入る

受入の合流は、倉庫の棚とタンクの2か所で起きます。

棚のほうは単純です。同じ品名の25kg袋が、先月の入荷分と今月の入荷分で並んでいる。ラベルにはサプライヤのロット番号が印字されていますが、払い出すときに読んでいない。在庫システムは品名と数量で在庫を持っているので、払い出した瞬間にどの入荷ロットだったかが消えます。この状態で「昨日仕込んだバッチの原料ロットは何か」と聞かれると、入荷日と使用量から推定するしかない。推定は回答にはなりますが、証明にはなりません。客先監査でこの差を突かれます。

タンクとIBCはもっと厄介です。残量のある容器に新しいロットを継ぎ足すと、中身は複数ロットの混合物になります。このとき必要なのは「中身はロットXである」という単一の値ではなく、「ロットXとロットYの混合で、比率はおおよそこれだけ」という集合です。単一の値しか持てないマスタ設計にすると、現場は上書きするしかなく、前のロットの情報が消えます。

受入形態合流の起き方台帳に必要な記録
25kg袋・ペール缶同一品名の複数入荷ロットが同じ棚に混在する容器単位のロットラベルと、払出時のロット読み取り
ドラム・IBC前回の残が入った容器に継ぎ足す容器IDと、その容器が現在含むロットの集合
タンクローリー・サイロ既存在庫に新ロットが合流して均一化する受入前残量・受入量・受入後総量と、在ロット集合の更新
副資材・添加剤使用量が少なく記録から落ちやすい微量でも投入ロットを残す。着色剤・香料・触媒・pH調整剤
客先支給原料支給ロットの管理が客先側の台帳にしかない支給伝票のロット番号を自社のロットIDに写して採番する

実務でまず手を付けるべきは受入時のロットID採番です。サプライヤのロット番号をそのまま自社のキーにすると、会社ごとに桁数も体系も違い、同じ番号が別の会社から来ることもあります。自社側で受入ごとに一意のIDを振り、サプライヤのロット番号は属性として持つ。これだけで、以降の全工程が同じキーで話せます。

次に受入計量です。伝票の数量ではなく、実際に計った重量を残します。袋の実重量、ドラムの風袋込み重量、タンクの受入前後の液位や重量。ここで実測を残すかどうかが、後の物量整合が成立するかどうかを決めます。伝票値で回すと、端数や付着ロスがどこかに消えて、帳簿と現物が合わなくなります。

副資材は本当に落ちます。「触媒は微量だから」と記録対象から外した結果、後で色調不良の原因が着色剤のロット差だったと分かっても、どのバッチにどのロットを使ったかが残っていない。投入したものは量にかかわらず全部残すという原則を先に決めてください。例外を作ると、例外の判断がその日の担当者に委ねられます。

合流点2 仕込み – 前バッチの残(ヒール)が次のバッチに持ち越される

ヒール、つまり前バッチの残りは、化学品のロット管理でもっとも記録から漏れる要素です。そして漏れたときの影響がもっとも大きい要素でもあります。

ヒールが生まれる場所は決まっています。

  • 反応釜・混合槽の底部と撹拌翼まわりに残る液
  • 移送配管とポンプ内に残る液。同一品種の連続生産では洗浄せずに次バッチへ回す
  • 熱交換器やフィルタのハウジングに滞留する分
  • ホッパーやサイロの壁面に付着する粉体
  • 前回開封した袋・ペールの端数原料。次のバッチで先に使い切る
  • 洗浄液を回収して次の同一品種バッチに戻す運用
  • 充填ラインの配管とフィラーヘッドに残る前バッチ分

これらは工程として正常で、むしろ歩留りを守るために意図的にやっています。問題は、正常な運用なので記録の対象だと思われていないことです。仕込み記録には投入した原料と重量が書いてあるが、その前に釜の中に前バッチが残っていたことはどこにも書かれていない。この残りの親ロットは、前バッチが使った全原料ロットです。つまり前バッチの親が、今バッチの親としても効いている。ここが記録されていないと、系譜は1バッチ手前で必ず切れます。

やるべきことは3つです。

  • 仕込み開始時に釜の残量を計量し、ヒール量として記録する。ゼロなら「ゼロを確認した」という記録を残す
  • ヒールの由来バッチ番号を記録する。前バッチの番号を1つ書くだけで、系譜はそこから遡れる
  • 端数原料の容器にロットラベルを引き継がせる。開封した袋の残りを別容器に移したら、新しい容器にも元のロットIDを印字する

計量の部分は、人がメモを取る運用にすると必ず形骸化します。スケールやロードセルの値をそのまま台帳に取り込む構成にしてください。後半の投資額で仕込み計量スケール連携に 520,000 バーツを積んでいるのは、この一点のためです。ヒールを目分量で「だいたいこれくらい」と書いた台帳は、監査でも原因調査でも使えません

もう1つ、実仕込み量の話がここに絡みます。原料ロットごとに力価や純度が違うため、配合は補正して仕込みます。有効成分の含量が違うロットでは、同じ製品を作るのに投入すべき重量が変わる。したがってレシピの理論値ではなく、そのバッチで実際に投入した重量を記録しないと、同じ製品ロットを再現できません。この論点は後段で独立して扱います。

合流点3 戻し入れ – 再作業品と返品が系譜を逆流する

3つ目の合流点は、システム設計者がもっとも嫌う形をしています。工程の下流でできたロットが、上流の投入物として現れるからです。

粘度が規格を外れたバッチを廃棄せず、次のバッチに一部投入して薄める。色調が濃すぎたバッチを、次のバッチの原料として使う。客先から未開封で返品された製品を、再検査して工程に戻す。保存サンプルの残りを回収して投入する。どれも化学工場では日常的な判断で、経済的にも合理的です。しかし系譜のデータ構造から見ると、これは逆流です。木構造を前提にしたデータベースは、この登録を受け付けないか、受け付けても循環参照でクエリが返らなくなります。

解決策はシンプルです。戻し入れる物を、新しい原料ロットとして採番すること。バッチ番号ではなく、原料ロットとして採番し直し、その属性として「由来バッチ番号」を持たせます。こうすると、系譜は逆流しません。製品ロットと原料ロットの役割を混ぜないまま、由来リンクをたどれば元のバッチに到達できます。データ構造としては有向非巡回グラフのままです。

戻し入れの種類典型的な場面台帳での扱い
工程内の再作業粘度・pHを同一バッチ内で調整する同一ロット内の追加投入。実仕込み量に加算する
他バッチへの転用規格外バッチの一部を次バッチに投入する由来バッチを持つ新しい原料ロットとして採番する
客先からの返品未開封品が返送されてくる出荷済みロットの戻し。再出荷可否の判定履歴を残す
回収品市場から回収した製品原則として工程に戻さない。戻すなら別ロット番号で隔離管理
サンプル残・保存品保存サンプルや試作の残り量が少なくても採番する。無記名で投入しない
洗浄液の回収分同一品種の洗浄液を次バッチへ由来バッチと回収量を記録する。品種をまたぐ再利用は台帳を分ける

現場の抵抗が出るのはこの章の運用です。「規格外品を次に混ぜた」という記録が残ることを嫌う心理が働きます。ここは経営側が先に態度を決めてください。再作業は不正ではなく正規の工程であり、記録するからこそ客先に説明できる、という立場を明文化する。記録を嫌って運用が地下に潜ると、台帳は「書かれていない例外」を抱えたまま形だけ回り、いざというときに使えません。

もう1つ、戻し入れ品の容器ラベルを軽視しないでください。中間品や再作業品は、たいていその辺の空きペールに入れて「再作業 3/14 ライン2」と養生テープに手書きされています。この容器が翌週まで残り、誰も中身を断定できなくなる。中間品用のラベルフォーマットを1つ決め、採番したロットIDを必ず印字する。投資額で 240,000 バーツを積んでいるのは、この容器ラベルと戻し入れ登録画面のためです。

合流点4 充填と出荷 – 1バッチがN容器に分かれ、複数バッチが1出荷に合わさる

最後の合流点は、出口側にあります。ここでは分岐と合流が連続して起きるため、記録が一段複雑になります。

まず分岐です。3,000 kgのバッチを20kgのペール缶に充填すると150本になります。この150本は同じバッチから出ているので、系譜としては同じ親を持ちます。ここまでは簡単です。

次に合流が起きます。150本のうち80本が客先Aへ、40本が客先Bへ、残り30本が在庫として棚に残る。翌週、別のバッチから充填した容器と、この残り30本が同じパレットに載って客先Cへ出る。このとき1つの出荷に複数の製造バッチが混ざります。出荷伝票に品名と数量しか書かれていなければ、客先Cから問い合わせが来たときに「先週のバッチか、今週のバッチか」を特定できません。

化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流 - figure 2

ここで必要な記録は3階層です。

  • 容器ID から 製造バッチ番号への紐付け。充填時に確定する
  • パレットID から 容器IDの集合への紐付け。出荷準備時に確定する
  • 出荷ID から パレットIDと納品先への紐付け。出荷時に確定する

この3つが揃って初めて、出荷先から製造バッチまで一意に戻れます。どれか1つでも欠けると、その先は在庫の払出順から推定するしかなく、推定で回収範囲を決めれば必ず広く取ることになります。

容器のラベルに何を持たせるかも、ここで決めます。読み取り方式の話ではなく、印字項目の設計の話です。

  • 製品コードと製品名。タイ語表記の要否を含めて決める
  • 製造バッチ番号。人が読める形と機械が読める形の両方
  • 容器の連番。150本のうち何本目か
  • 製造日、有効期限または再検査期日
  • 正味量と風袋
  • GHSに基づく絵表示・注意喚起語・危険有害性情報
  • 適用しているSDSの版番号

最後のSDS版番号は、多くの工場のラベルに入っていません。しかし出荷した時点でどの版のSDSを適用していたかを後から言えることには実務上の価値があります。SDSは改訂されます。改訂前に出荷した製品について問い合わせが来たとき、当時の版を特定できないと、回答が現在の版に引きずられます。

なお、識別方式の選び分けは本記事では扱いません。方式の議論より、上の3階層とラベル項目が決まっていることのほうが先です。項目が決まれば、必要な情報量から方式は自動的に絞られます。

系譜を木ではなくグラフとして持つ – 台帳に必要な4つの記録

ここまでの4つの合流点を、データとしてどう持つか。結論を先に書きます。必要なのは4種類のイベント記録だけです。マスタを何十本も設計する話ではありません。

記録するイベントいつ発生するか最低限の項目
受入イベント原料が入荷したとき受入ロットID、品目、サプライヤのロット番号、実測数量、容器ID、受入日
投入イベント仕込みのときバッチ番号、投入した原料ロットID、実測投入量、投入時刻、ヒール由来バッチ番号
産出イベント充填・小分けのときバッチ番号、産出した容器ID、容器ごとの正味量、容器連番、産出日
出荷イベント出荷のとき出荷ID、パレットID、容器ID、納品先、出荷日

この4つがあれば、トレースバックもトレースフォワードも、系譜をたどるクエリとして機械的に解けます。トレースバックは投入イベントを逆にたどって受入イベントへ着く。トレースフォワードは投入イベントを順にたどり、産出イベントと出荷イベントへ継いでいきます。

重要なのは、この4つが「量」を持っていることです。どのロットを使ったかだけでなく、何kg使ったかを持つ。量があると、投入合計と産出合計を突き合わせて物量整合を確認でき、混合物中の比率から回収範囲に優先順位を付けられ、原料ロットの残量が分かるので問題発覚時に未使用分を止められます。

もう1つ、容器の状態を持つテーブルが要ります。容器IDごとに、現在その中に何のロットがどれだけ入っているかという集合です。IBCやタンクのように継ぎ足しが起きる容器では、これが無いと受入の合流を表現できません。逆に、使い捨ての袋やペールのように1容器1ロットが保証される場合は、容器IDにロットIDを1つ持たせるだけで足ります。全部の容器を同じ設計にしないことが、実装量を抑える鍵になります。

全体構築の費用配分、つまりハードとソフトと工事と運用にどう予算を割るかという話はトレーサビリティ構築の費用と進め方にまとめてあるので、そちらを参照してください。本記事は化学品の合流点に費用を割り付ける形で、後半に別の積み方を示します。

実仕込み量と期限 – ロットに付く属性を品目に付けてはいけない

化学品のマスタ設計で最初に壊れるのが、この一点です。ロットに付くべき属性を、品目に付けてしまう

原料ロットは、同じ品目でもロットごとに中身が違います。有効成分の力価が違う。純度が違う。含水率が違う。だから配合は補正して仕込みます。有効成分90%を前提にしたレシピで、実際には86%のロットが入荷したら、投入量を増やして補正する。この補正後の実仕込み量を記録していないと、同じ製品ロットを二度と再現できません。客先から「前回と粘度が違う」と言われたときに、レシピの理論値しか残っていなければ、比較できる材料がありません。

配合比は「レシピの値」ではなく「そのバッチの実績値」として持つ。これが化学品のロット管理の核心にある一文です。

属性品目に付けると起きることロットに付けると解けること
力価・純度・含水率配合が理論値のまま残り、製品ロットを再現できない補正後の実仕込み量から配合実績を再現できる
有効期限・再検査期日品目共通の日数計算になり、実際の期限とズレるロット単位で期限管理と引当ができる
開封後有効期限管理対象から丸ごと落ちる開封イベントを起点に、別の期限として並行管理できる
SDSの版・GHS分類最新版しか残らず、出荷時点の版が分からない出荷したロットに、当時適用していた版を紐付けられる
保管条件・容器材質例外運用が担当者の記憶になる容器IDに条件を持たせ、逸脱を検知できる
試験成績(COA)品目の代表値になり、ロット差を説明できないロットごとの実測値として客先に提示できる

期限の話も同じ構造です。有効期限と再検査期日は、品目ではなくロットに付きます。そして先入先出だけでは守れません。理由は開封後有効期限にあります。4月に入荷したロットを5月に開封したら、開封後の期限は5月起点で動きます。3月に入荷して未開封のロットより先に切れることがある。入荷順と期限順が一致しないので、入荷日でソートした引当は間違えます。

期限切れ廃棄は、この設計の巧拙がそのまま金額に出ます。後半のモデルでは原料購入額 210,000,000 バーツの 0.6%、つまり 1,260,000 バーツを期限切れ廃棄として置いています。実務では、期限が近いロットを優先的に引き当てる仕組みと、期限前に通知が出る仕組みの2つで、この半分程度は圧縮できるという前提を置いています。

実仕込みを設計として残すための枠組み

バッチ製造の国際標準として ANSI/ISA-88(国際規格としては IEC 61512)があります。この規格はレシピを一般レシピ・サイトレシピ・マスターレシピ・コントロールレシピの4階層で定義し、設備モデルと組み合わせることで、材料の系譜を機械的に残せる形にしています。

実務で使えるのは、この4階層のうち一番下、コントロールレシピの考え方です。マスターレシピは「この製品はこう作る」という設計値、コントロールレシピは「今回のバッチはこの設備でこの原料ロットを使ってこう作った」という個別の実行単位です。実仕込み量やヒール量は、マスターレシピではなくコントロールレシピの実績として残す。この置き場所を先に決めておくと、実績値をレシピ値で上書きする事故が起きません。

誤解のないように書いておくと、ISA-88は化学品のロット管理を義務付けているものではありません。規格であって法規ではないので、従わないと違法になるという性質のものではなく、設計の共通言語として使えるというだけです。ベンダーとの打ち合わせで「レシピ管理」という言葉が出たとき、どの階層の話かを揃えるのに役立ちます。

規制の台帳と製造の台帳を別々に育ててはいけない(タイの有害物質届出とGHS)

タイで化学品を扱う工場には、製造の台帳とは別に、規制対応の台帳が存在します。そして多くの場合、品質保証部がExcelで持っている規制台帳と、製造部が持っている仕込み台帳は、まったく連動していません。この分断が、後で効いてきます。

まず届出です。タイでは、有害物質リストの附属書5.6に該当する物質・混合物を年間1トンを超えて製造または輸入する事業者は、製造または輸入の日から60日以内に工業省 工場局(DIW)のオンラインシステムへ届け出る必要があります。根拠は仏暦2558年(西暦2015年)の告示で、2015年2月19日に公布されました。農薬(附属書1)や動物用医薬品(附属書3)など、他の附属書で管理される化学品は対象外です。

ここで実務上の問題になるのが、「年間1トンを超えているか」をどう数えるかです。1品目の年間製造量・輸入量を積み上げないと判定できず、製造の台帳とつながっていなければ手作業になります。年度末に慌てて集計し、超えていたことに後から気づく流れは珍しくありません。ロット単位の製造記録から品目別の年間累計が自動で出る状態にしておけば、閾値に近づいた時点で気づけます。

次にGHSです。タイのGHSは有害物質の分類および有害性情報の伝達に関する告示 仏暦2555年(西暦2012年)に基づきます。単一物質は2013年3月13日から、混合物は2017年3月13日から、GHS準拠のSDSとラベルが必要です。タイのGHSは28の危険有害性区分を採用しており、内訳は物理化学的危険性16、健康有害性10、環境有害性2です。

見落とされがちなのが言語です。SDSはタイ語で作成します。ここで「本社の英語版を翻訳すればよい」と考えると足りません。EUのCLPや米国のHCS向けに作成したSDSをタイ語に翻訳するだけでは不十分で、仏暦2555年告示に沿って分類をやり直す必要があります。分類基準の採用状況が違うため、同じ混合物でも区分が変わりうるからです。翻訳の話ではなく、分類の話です。

参考として、タイ工場局(DIW)が公開した既存化学物質インベントリには、1995年から2017年までの 11,474 物質が収載されています。自社が扱う原料がここに載っているかどうかは、新規原料を採用するときの最初の確認事項です。

規制側の動きも見ておきます。2026年4月時点で、タイ工業省は有害物質管理をOECDの水準に合わせるための引き上げを進めており、DIWは有害物質法とその改正の包括的な見直しに着手しています。目的は社会の変化への適応、法令の重複・矛盾の解消、国際条約上の義務との整合とされています。ただし、これは見直しに着手した段階です。改正法が成立したとか、いつから施行されるといった話ではありません。この段階で社内資料に「法改正により対応が必要」と書くと、根拠を問われたときに答えられなくなります。

輸出先の規制も動いています。EUでは、改正CLP規則 (EU) 2024/2865 の適用日の一部を延期する規則 (EU) 2025/2439 が、2025年12月3日にEU官報で公布され、2025年12月23日に発効しました。どの条項がいつまで延びたかは一次情報で条項ごとの対応を確定できていないため、本記事では個別の日付に踏み込みません。実務上の含意は1つで、輸出先の表示規制は動いている最中なので、SDSとラベルの版をロットに紐付けておく必要があるということです。

具体的には、出荷イベントの記録に、そのとき適用していたSDSの版番号とラベルの版番号を書き込みます。改訂したら新しい版番号を採番し、以降の出荷はそれで記録される。こうしておけば、SDSを改訂したときに「どの得意先にどの版で出荷済みか」がクエリ1本で出ます。改訂通知を送る範囲も、これで決まります。規制台帳と製造台帳を1つのキーでつなぐのは、この一点のためです

前提条件 – モデル拠点の生産条件

ここから金額の話に入ります。先に足元の局面を確認しておきます。

タイ工業経済局(OIE)が2026年5月28日に公表した2026年4月の鉱工業生産指数(MPI)は 92.76、前年同月比 マイナス0.36%、平均稼働率は 56.41% でした。製造業全体としては横ばいから微減です。一方で、基礎化学品(เคมีภัณฑ์ขั้นมูลฐาน)は前年同月比 プラス19.53% と伸びており、苛性ソーダ・塩素・エタノールが主因、一部生産者の増設とガソホール向けエタノールの増産が挙げられています。

つまり、製造業全体が伸びているわけではありませんが、化学は増産局面にあります。そして増産はバッチ数の増加として現れます。バッチ数が増えるほど、合流点を通過する回数が増える。同じ台帳で回していれば、追跡が切れる確率も比例して上がります。設備を増やす投資を検討している工場であれば、台帳の設計は同じタイミングで見直すべきです。

以下のモデルはすべて仮定値です。実在の1社の数字ではなく、タイ・ラヨーン県の日系化学メーカーとして典型的な規模を置いたものです。自社の数字に置き換えて読んでください。

項目
拠点タイ・ラヨーン県の日系化学メーカー。工業用洗浄剤と樹脂添加剤の調合・充填
年間バッチ数2,400 バッチ
平均バッチサイズ3,000 kg
年間生産量7,200,000 kg
製品単価65 バーツ/kg
年間売上468,000,000 バーツ
年間の原料購入額210,000,000 バーツ
原料ロットの受入年 1,800 ロット
製品ロット年 2,400 ロット
品質照会・クレームの調査年 14 件
1件あたりの追跡工数(現状)22 時間
自主回収に相当するイベント年 2 件
技術者の人時単価350 バーツ/時
製品の回収時原価50 バーツ/kg(製造原価 42 + 回収物流・再処理 8)

年間生産量は 2,400 バッチ × 3,000 kg で 7,200,000 kg、年間売上は 7,200,000 kg × 65 バーツ/kg で 468,000,000 バーツです。回収時原価の 50 バーツ/kg は、製品単価 65 バーツ/kg ではなく製造原価を基準に置いています。回収で失うのは売上ではなく、投入済みの製造原価と、回収物流・再処理に追加で出ていく実費だからです。

いま失っている金額を3項目で数える

現状の損失を3項目で数えます。数え方の妥当性を検証できるよう、内訳を全部書きます。

項目内訳年額
過剰回収実際に不適合な製品ロットは1件あたり 5ロット。合流点が台帳に無いため絞り込めず、回収対象は 17ロット に膨らむ。差の 12ロット × 3,000 kg × 50 バーツ = 1,800,000。年2件3,600,000
原料の期限切れ廃棄原料購入額 210,000,000 の 0.6%1,260,000
追跡工数年14件 × 22時間 × 350107,800
合計4,967,800

検算は 3,600,000 + 1,260,000 + 107,800 = 4,967,800 です。

この表で見るべきは金額の大小ではなく、構成比です。過剰回収が 3,600,000 バーツで全体の大半を占め、追跡工数は 107,800 バーツしかありません。「Excelを遡って半日かかる」という現場の実感は本物ですが、金額としては小さい。痛みの大きさと金額の大きさが一致していないのが、この領域の難しさです。

そしてもう1つ、本記事でもっとも重要な数字を出します。回収範囲の倍率 17 ÷ 5 = 3.4倍です。本来5ロットで済む回収が、合流点の記録が無いために17ロットに膨らむ。この3.4倍が、台帳を設計する理由そのものです。

過剰回収の 3,600,000 バーツは、年間売上 468,000,000 バーツの 0.77% にあたります。利益率で見ればもっと大きな比率になります。工場長の裁量で吸収できる範囲を超えていることは、この1行で説明できます。

なぜ17ロットに膨らむのか。合流点の記録が無いと、次のような理由で範囲を広げざるを得なくなるからです。

  • 受入の記録が無いので、疑わしい原料ロットを使った可能性のあるバッチを日付範囲で括るしかない
  • ヒールの記録が無いので、前後のバッチにも混入した可能性を否定できない
  • 戻し入れの記録が無いので、再作業品を通じて別系列に流れた可能性を否定できない
  • 出荷の記録が容器単位で無いので、どの得意先まで届いたかを在庫の払出順から推定するしかない

いずれも「否定できない」という理由です。安全側に倒す判断そのものは正しい。正しい判断をした結果として範囲が広がっているので、判断を変えるのではなく、否定できる材料を台帳に持つしかありません。

合流点ごとに手当と費用を積む

投資額を積みます。ここでは費用を層で分解する一般的なやり方は使わず、合流点ごとに何を手当てするかという形で積みます。そのほうが、自社に必要な範囲を切り出しやすいからです。

手当対応する合流点初期費用
受入計量とロットラベル発行(ラベルプリンタ2台・受入端末2台・ソフト)合流点1380,000
仕込み計量スケール連携(インターフェース4基。ヒールと端数を計量値で残す)合流点2520,000
中間品・再作業品の容器ラベルと戻し入れ登録画面合流点3240,000
充填ラインの印字連携(2ライン。1バッチからN容器への採番)合流点4460,000
系譜データベースとN対M照会画面(トレースバック・トレースフォワード)全体780,000
規制台帳との突合(SDSの版・有害物質届出の対象品目マスタ)全体320,000
導入支援・教育(タイ語/日本語)全体300,000
初期費用 合計3,000,000

検算は 380,000 + 520,000 + 240,000 + 460,000 + 780,000 + 320,000 + 300,000 = 3,000,000 です。単位はバーツです。

この表の読みどころは配分にあります。系譜データベースは 780,000 バーツで、全体の 26.0% に過ぎません。それに対して、合流点4つの手当を足すと 380,000 + 520,000 + 240,000 + 460,000 = 1,600,000 バーツになり、全体の 53.3% を占めます。つまり、この投資の過半は現場側で「混ざった事実を数値で拾う」ための手当です。

ここから言えることは1つです。データベースを買えば解決する、という話ではありません。系譜を持つソフトウェアは市販品でもクラウドサービスでも手に入りますが、そこへ入力される値、つまりヒール量や実仕込み量や容器IDは、現場に手を入れないと発生しません。ソフトウェアだけを導入して、入力は人が手で行う運用にすると、精度は現状と変わらないまま運用工数だけが増えます。

年間の運用費も見ておきます。

年間運用費内訳年額
保守・ライセンス360,000
ラベル・消耗品96,000
台帳運用の追加工数年480時間 × 350168,000
年間運用費 合計624,000

検算は 360,000 + 96,000 + 168,000 = 624,000 です。

3行目を隠さずに書いておきます。台帳運用の追加工数、年480時間。これは減る工数ではなく、増える工数です。ヒールを計量して記録する、中間品にラベルを貼る、容器IDを読み取る。どれも今はやっていない作業なので、その分の時間が増えます。1日あたりに直すと2時間弱です。この増加分を効果から差し引いてなお投資が回収できるかどうか、というのが正しい問いの立て方です。

投資回収の試算 – 効いているのは工数ではなく回収範囲である

削減効果を積みます。

削減対象現状額導入後削減額
過剰回収3,600,00003,600,000
原料の期限切れ廃棄1,260,000630,000630,000
追跡工数107,80014,700(年14件 × 3時間 × 350)93,100
年間効果 合計4,323,100

検算は 3,600,000 + 630,000 + 93,100 = 4,323,100 です。単位はバーツです。

化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流 - figure 3

年間正味は、効果合計から運用費を引いて 4,323,100 − 624,000 = 3,699,100 バーツ。初期費用 3,000,000 バーツに対する回収期間は 3,000,000 ÷ 3,699,100 × 12 = 9.7ヶ月 となります。

ここからが本題です。この試算の中身を見てください。

効果の 83.3%(3,600,000 ÷ 4,323,100)は過剰回収の削減です。工数削減は 2.2% しかありません。

この事実が、稟議書の書き方を決めます。「Excelを遡る半日が3時間になります」と書いた稟議は通りません。金額にすると 93,100 バーツで、年間運用費 624,000 バーツすら賄えないからです。数字を見た経理は必ずそこを指摘します。

書くべきは1行です。「回収範囲が 3.4倍から 1.0倍になる」。実際に不適合な5ロットだけを回収できるようになる、ということです。この1行が、3,600,000 バーツの根拠になります。

そしてもう1つ、隠さずに書くべきことがあります。人は減りません。むしろ入力工数は年480時間増えます。省人化の投資として説明すると、導入後に「言っていた効果が出ていない」という話になります。増える工数を効果から引いてなお9.7ヶ月で回収する、という書き方をしてください。そのほうが導入後の説明が楽になります。

期限切れ廃棄を半減としているのは、期限が近いロットを優先引当する仕組みと、期限前通知の仕組みで拾える範囲を見込んだものです。ゼロにはなりません。試作用に少量だけ買った原料や、客先の都合で生産が飛んだ分は、どうしても残ります。ここを楽観的に置くと、試算全体の信頼性が落ちます。

前提を崩すとどうなるか – 3つの感度分析

9.7ヶ月という数字は、上の前提が全部成り立ったときの値です。前提を1つずつ崩してみます。ここで大切なのは、崩した前提に該当する項目だけを動かすことです。全体に一律の掛け目を当てると、その掛け目に依存しない効果まで削ってしまい、結論が変わります。

前提を崩す動かす項目年間正味回収
客先が範囲を広く要求し、過剰回収の45%が削り切れずに残った(削減できたのは55%)過剰回収の削減を 3,600,000 から 1,980,000 に。期限切れ廃棄と工数は台帳の有無で決まるので動かさない2,079,10017.3ヶ月
自主回収が年2件ではなく3年に1件だった過剰回収の削減を 3,600,000 から 600,000 に(1,800,000 ÷ 3)。他は動かさない699,10051.5ヶ月
合流が受入だけで、仕込みにヒールが無い専用ラインだった合流点2の手当 520,000 を投資から外し 2,480,000 に。過剰回収の差を 17ロット から 9ロット とし、削減額を 12ロット分 から 4ロット分(4 × 3,000 × 50 × 2 = 1,200,000)に。他は動かさない1,299,10022.9ヶ月

検算を全部書いておきます。1つ目は 1,980,000 + 630,000 + 93,100 − 624,000 = 2,079,100、回収は 3,000,000 ÷ 2,079,100 × 12 = 17.3ヶ月。2つ目は 600,000 + 630,000 + 93,100 − 624,000 = 699,100、回収は 3,000,000 ÷ 699,100 × 12 = 51.5ヶ月。3つ目は 1,200,000 + 630,000 + 93,100 − 624,000 = 1,299,100、投資が 2,480,000 に下がるので 2,480,000 ÷ 1,299,100 × 12 = 22.9ヶ月です。

1つ目のケースは、客先が自社の台帳を信用しない、あるいは自社の判断より広い範囲での回収を要求する場合です。台帳を持っていても、回収範囲は最終的に客先との交渉で決まります。台帳は交渉材料であって、決定権ではありません。この点は正直に見ておくべきです。それでも17.3ヶ月なら、投資判断としては成立します。

2つ目のケースは、自主回収がそもそも稀な工場です。年2件を3年に1件に置き換えると、回収は51.5ヶ月まで伸びます。この工場でこの投資を「回収期間」で説明するのは無理があります。説明の軸を変える必要があります。回収が稀であっても、1回起きたときの規模が事業を揺るがすなら、それはリスク管理の投資であって、回収期間で測るものではありません。稟議の書き方を変えるべきケースです。

3つ目のケースが、この記事でもっとも正直に書くべき部分です。専用ラインで、ヒールが無く、原料も単一で、合流が受入にしか無い工場では、回収は22.9ヶ月まで伸びます。投資額が 520,000 バーツ下がるにもかかわらず、です。理由は明快で、合流が少ないと過剰回収の膨らみ自体が小さいからです。17ロットではなく9ロットで済んでいる工場は、そもそも失っている金額が少ない。

つまり、合流が少ない工場ほど回収は遅い。言い換えると、この投資が正当化されるのは、混ざる工程を持っている工場だけです。専用ラインで単一原料しか使わない工場に、この構成を売り込む話ではありません。そういう工場であれば、受入のロットラベルと出荷の容器IDだけを先に手当てして、仕込みと戻し入れは現行のままにするほうが合理的です。

発注前に紙で決める10項目

見積を取る前に、社内で決めておくべきことがあります。これが決まっていないと、ベンダー各社の見積が比較できない形で返ってきます。

#決めること決まっていないと起きること
1ロットIDの採番規則。桁数、意味を持たせるか、年をまたいだ再利用の可否サプライヤのロット番号をそのままキーにして、重複や桁あふれで作り直しになる
2自社の合流点が4つのうちいくつあるか。無い合流点はどれか使わない機能に費用を払う。逆に必要な合流の手当が抜ける
3ヒールを何kgから記録するか。ゼロ確認をどう残すか現場ごとに閾値が違い、台帳に「書かれていない残」が混ざる
4副資材・添加剤を記録対象に含めるか。含めないなら基準は何か例外の判断が担当者ごとに変わり、後から範囲を確定できない
5戻し入れ品の採番規則と、工程に戻してよい種類の線引き再作業の記録が現場判断で省略され、系譜が切れる
6容器IDの付け方。使い捨て容器と反復使用容器で分けるか全容器を同じ設計にして、実装量と運用負荷が跳ね上がる
7容器ラベルの印字項目。SDSの版番号を入れるかラベル改版のたびに追加開発が発生する
8出荷記録の粒度。容器単位か、パレット単位か、出荷単位か出荷から製造バッチに戻れず、回収範囲の絞り込みが効かない
9規制台帳との突合範囲。届出対象品目の判定を自動化するか品目別の年間累計が手集計のまま残り、閾値超過に気づくのが遅れる
10既存データをどこから移行するか。過去何年分を対象にするか移行範囲が見積後に膨らみ、費用と期間が読めなくなる

もっとも社内で揉めるのは3番と4番です。どちらも「どこまで記録するか」の線引きで、厳しくすれば精度は上がりますが現場の負荷が増えます。この2つは工場長が決めるべき項目で、ベンダーに相談する話ではありません。決めた内容を仕様書に書いてから見積を取ってください。

8番も要注意です。出荷記録の粒度は費用に直結します。容器単位まで取るなら充填ラインの印字連携が要り、パレット単位で足りるなら出荷準備の端末だけで済みます。客先が容器単位の情報を求めているかどうかを先に確認してください。

導入の進め方 – 90日で1製品系列を通すロードマップ

全社一斉ではなく、1製品系列を最初から最後まで通す進め方を推奨します。合流点が全部つながって初めて回収範囲が縮むので、工程を横に切って「まず受入だけ」とやると、効果が出るまでの期間が長くなります。

期間やること完了の判定
1日目から15日目対象の製品系列を1つ選ぶ。その系列の合流点を現場で数え、現物の容器とラベルを写真で記録する合流点の一覧と、各合流点で現在残っている記録の写しが揃っている
16日目から35日目発注前に紙で決める10項目を社内で決める。ロットIDの採番規則を確定する採番規則と記録範囲が文書になり、工場長が承認している
36日目から55日目受入と仕込みの計量連携を先に入れる。ラベル発行を現場で試すヒール量が計量値として台帳に入り、手書きが1件も無い
56日目から75日目戻し入れ登録と充填の印字連携を入れる。容器IDから出荷までをつなぐ出荷1件を選び、容器IDから製造バッチまで画面上で戻れる
76日目から90日目過去のクレーム事例を1件選び、新しい台帳でトレースバックとトレースフォワードを実演する回収対象ロット数が、当時の実績より少ない件数で確定できる

最後の判定が肝心です。過去の事例を再現して、当時より狭い範囲で確定できることを見せる。これができれば、社内にも客先にも説明できます。逆に当時と同じ範囲しか絞れないなら、どこかの合流点の記録がまだ足りていません。追加投資の判断はこの時点で行ってください。

2製品系列目以降は横展開なので期間は短くなりますが、系列によって合流の形が違うことがあります。特に受託製造の系列は、客先支給原料の扱いが自社調達と異なるため、採番規則の見直しが必要になることがあります。

タイ・ASEAN固有の論点

タイで操業する化学工場には、日本の本社工場には無い論点がいくつかあります。

60日以内という期限の短さを工程に織り込む。 製造または輸入の日を起点に60日しかありません。該当判定から書類作成、オンライン提出までを誰がいつやるかを決めておかないと、期限のほうが先に来ます。

SDSの分類やり直しを工程表に入れる。 本社の英語版やCLP向けの版を翻訳するだけでは足りず、仏暦2555年告示に沿って分類し直す必要があります。この作業には時間がかかるので、新規原料の採用や新製品の立ち上げでは、あらかじめ期間を確保しておいてください。

受託製造では、支給原料のロットが客先の台帳にしかないことがある。 客先支給の場合、ロット番号は支給伝票にしか書かれていないことがあります。自社側で受入ロットIDを採番して伝票の番号を属性に持たせないと、支給原料に問題があったときに自社の系譜で追えません。契約時に、支給ロット情報を電子的に受け取る手段を決めておくのが理想です。

現場の運用言語を最初に決める。 入力画面と容器ラベルをタイ語にするか英語にするか日本語併記にするかは、導入前に決めます。あとから多言語化すると、ラベルのレイアウトも印字ソフトの設定も作り直しになります。SDSをタイ語で作成する以上、ラベル側もタイ語表記を求められる前提で版下を設計しておくほうが安全です。

よくある質問(FAQ)

化学品のロット管理とは何ですか?

原料の受入から仕込み、充填、出荷までの各段階で、どの原料ロットがどの製品ロットになり、どこへ出荷されたかを記録し、双方向にたどれる状態にすることです。部品のトレーサビリティと違うのは、複数の原料ロットが同じ容器やタンクに合流するため、系譜が木ではなくグラフになる点です。1つの製品ロットの親はN個、1つの原料ロットの子はM個あります。したがって設計の焦点は粒度ではなく、「どこで混ざったかを残せるか」という合流の記録に置くことになります。

化学品のロット番号はどう採番すればよいですか?

サプライヤのロット番号をそのまま自社のキーにしないでください。会社ごとに体系も桁数も違い、別会社から同じ番号が来ることもあります。受入ごとに自社で一意のIDを採番し、サプライヤのロット番号は属性として持つ形にします。番号に日付や品目コードの意味を持たせるかは社内で決めればよい話ですが、持たせるなら桁数に余裕を取ってください。受入ロット数が増えたときに桁があふれ、体系を作り直すことになります。中間品や再作業品も同じ体系で採番し、由来バッチ番号を属性として持たせます。

前バッチの残(ヒール)はどこまで記録すべきですか?

量にかかわらず記録し、ゼロの場合は「ゼロを確認した」という記録を残すのが基本です。ヒールは前バッチが使った全原料ロットを引き継いでいるため、ここが抜けると系譜は1バッチ手前で必ず切れます。重要なのは、目分量ではなく計量値で残すことです。仕込み前の残量をスケールやロードセルで測り、その値をそのまま台帳に取り込む構成にしてください。閾値を設けて「一定量未満は記録しない」とする運用は、判断が担当者ごとに揺れるので推奨しません。

材料ロットと製品ロットの紐付けはどこまで細かくすべきですか?

細かさを上げても合流は解けません。1kg単位で記録しても、その1kgが2つのロットの混合物であれば親は2つのままです。上げるべきなのは記録の細かさではなく、記録するイベントの種類です。受入・投入・産出・出荷の4つのイベントを実測数量とともに残せていれば、紐付けはクエリで解けます。この4つのどれかが欠けていると、粒度をいくら細かくしても欠けた部分は推定で埋めるしかありません。まずイベントを揃え、容器単位まで取るかどうかは客先要求から判断してください。

化学品のロット管理システムの費用はどれくらいですか?

本記事のモデル拠点、つまり年間2,400バッチ・平均 3,000 kg の調合と充填を行う工場では、初期費用 3,000,000 バーツ、年間運用費 624,000 バーツで置いています。内訳は合流点4つの手当が 1,600,000 バーツで全体の 53.3%、系譜データベースが 780,000 バーツで 26.0%、規制台帳との突合が 320,000 バーツ、導入支援と教育が 300,000 バーツです。過半が現場側の手当だという配分が実態に近いところで、データベースだけを買っても入力される値が発生しません。年間効果 4,323,100 バーツから運用費を引いた正味 3,699,100 バーツに対し、回収は 9.7ヶ月です。ただし合流が少ない工場では回収は伸びます。

タイで化学品を扱う工場に必要な届出は何ですか?

有害物質リストの附属書5.6に該当する物質・混合物を年間1トンを超えて製造または輸入する場合、製造または輸入の日から60日以内に工業省 工場局(DIW)のオンラインシステムへ届け出ます。根拠は仏暦2558年(西暦2015年)の告示で、2015年2月19日に公布されました。農薬(附属書1)や動物用医薬品(附属書3)など他の附属書で管理される化学品は対象外です。あわせて、仏暦2555年(西暦2012年)の告示に基づくGHS準拠のSDSとラベルが必要で、単一物質は2013年3月13日から、混合物は2017年3月13日から適用されています。SDSはタイ語で作成します。個別の該当判定は物質ごとに異なるため、最終的な確認は所管当局または専門家に依頼してください。

まとめ

化学品のロット管理で設計すべきなのは、粒度ではなく合流です。追跡が切れるのは分岐点ではなく合流点で、その合流点は受入・仕込み・戻し入れ・充填と出荷の4つしかありません。系譜は木ではなくグラフになり、1つの製品ロットの親はN個、1つの原料ロットの子はM個です。トレースバックは有限ですが、トレースフォワードは合流のたびに枝が掛け算で増えます。

台帳に必要なのは、受入・投入・産出・出荷の4つのイベント記録と、容器ごとの在ロット集合です。そこに実測数量が入っていれば、系譜はクエリで解けます。実仕込み量と期限はロットに付く属性なので、品目に付けてはいけません。規制の台帳と製造の台帳は同じキーでつなぎ、出荷したロットにSDSの版を紐付けておきます。

金額で見ると、モデル拠点が現状失っているのは年 4,967,800 バーツで、その大半は過剰回収の 3,600,000 バーツです。投資 3,000,000 バーツ、年間運用費 624,000 バーツに対して年間効果 4,323,100 バーツ、正味 3,699,100 バーツ、回収 9.7ヶ月。ただし効果の 83.3% は過剰回収の削減で、工数削減は 2.2% しかありません。稟議に書くべきは「半日が3時間になる」ではなく、「回収範囲が 3.4倍から 1.0倍になる」です。人は減らず、入力工数は年480時間増えます。それを差し引いてなお回収する、という書き方をしてください。そして合流が少ない工場ほど回収は遅くなります。混ざる工程を持っていない工場には、この投資は勧められません。

自社の合流点が4つのうちいくつあるのかを数えるところだけでも、外から一緒に見ると早く片づくことがあります。TOMAS TECHはタイの工場でこうした台帳の設計と現場側の計量・ラベル・印字の手当をあわせて手掛けていますので、現状の仕込み記録と出荷伝票をお持ちいただければ、どの合流点で切れているかの見立てからお話しできます。お問い合わせからご連絡ください。

参考情報