電気設計の外注2026|決まるのは技術力でなく渡す情報の粒度
設備を一台入れる、あるいは既存ラインを改造する。そのとき発注担当者の頭に浮かぶ工程は、たいてい「制御盤を作る」と「PLCのプログラムを書く」の二つではないでしょうか。見積書に並ぶのもこの二つで、金額が大きいのもこの二つです。ところが実際に納期が遅れ、追加費用が発生し、現場で「話が違う」と言われる場面をたどっていくと、原因はその手前にある工程に行き着くことがほとんどです。回路をどう組むかを決める電気設計、つまりシーケンス設計と配線図の作成、そして入出力点数の割り付けです。
この工程は、独立した発注対象として意識されにくいという特徴があります。制御盤メーカーに「一式で」と依頼すれば、そのメーカーの中で誰かが図面を描いてくれます。設備メーカーに任せれば、設備の一部として回路も設計されます。だから発注側からは工程の存在そのものが見えません。見えないまま任せた結果、出てきた図面が自社の運用と合っておらず、制御盤の製作が終わった段階で改造が必要になる。あるいはPLCのプログラム開発を別会社に頼んだ途端、入出力の割り付けが不明で作業が止まる。こうしたとき現場では「あの電気設計会社は技術力が低い」という評価が下されがちです。
しかし発注側の資料を並べてみると、多くの場合そこには判断材料が足りていません。どの機器をどう動かしたいのか、異常時に何を優先して止めるのか、既存設備のどの改訂版が正なのか。これらが確定していない状態で図面を描かせれば、どれほど腕のよい設計者でも推測で埋めるしかなく、推測が外れれば手戻りになります。つまり、電気設計の外注で成否を分けているのは委託先の技術力ではなく、発注側が渡す情報の粒度です。
しかも、この構図は年々シビアになっています。電気設計を担えるエンジニアは世界的に不足しており、タイでは中国系企業との人材獲得競争がそこに重なります。書き直しの余力を持った委託先を、これまでと同じ条件で確保し続けられる前提は崩れつつあります。本記事では電気設計をひとつの独立した発注対象として捉え直し、発注前に何を紙にしておくべきか、発注先はどのタイプから選ぶべきか、そして費用と納期がどこで決まるのかを、タイ・ASEANの工場運営の実情に即して整理します。
電気設計・制御盤製作・PLCプログラム開発は別々の工程
まず、混同されやすい三つの工程を切り分けます。この切り分けができていないことが、そのまま発注仕様の曖昧さにつながっています。
電気設計は、機械やラインをどういう回路で動かすかを決め、それを図面と一覧表の形にする工程です。主電源から各機器への配電をどう組むか、非常停止と安全回路をどう構成するか、センサーやアクチュエータをPLCのどの入出力に割り付けるか、端子台の番号と電線の太さをどうするか。成果物は展開接続図、シーケンス図、配線リスト、入出力一覧、機器リストといった書類の束です。物としては何も生まれませんが、この束が後続の二工程の入力になります。
制御盤製作は、その図面をもとに実際の箱を作る工程です。板金の筐体を用意し、ブレーカやリレー、電源ユニット、PLCのベースを取り付け、図面どおりに配線し、通電試験をして出荷します。ここで問われるのは製作品質と調達力、そして納期です。どこで作るか、日本で作るかタイの現地メーカーに任せるかという判断軸は、この工程の話です。制御盤そのものの発注については、タイでの制御盤設計・製作の発注ガイドで日本製作と現地製作の比較を詳しく扱っています。本記事はその「箱の中身をどう設計するか」を扱う位置づけです。
PLCプログラム開発は、割り付けられた入出力を使って動作の論理を書く工程です。工程の順序、インターロック、異常処理、タッチパネルの画面設計、上位システムとの通信。ここで問われるのはソフトウェアの設計力とデバッグ能力です。この工程の外注についてはPLCプログラム開発を外注する際の判断軸にまとめています。電気設計とソフト設計は隣接していますが、必要なスキルも成果物も別物です。同じ会社が両方を担うこともありますが、その場合でも工程としては分けて考え、分けて仕様を渡すべきです。

三つの工程の関係を、発注側から見た論点として整理すると次のようになります。
| 工程 | 主な成果物 | 発注側が決めておくべきこと | 遅延したときの影響 |
|---|---|---|---|
| 電気設計 | 展開接続図・配線リスト・入出力一覧・機器リスト | 動かしたい動作、機器の指定、安全の方針、既存図面の正 | 後続の二工程が同時に止まる |
| 制御盤製作 | 制御盤の実機・試験成績書 | 設置場所の環境、盤の寸法制約、納入時期 | 現地据付の日程がずれる |
| PLCプログラム開発 | プログラム・画面・試運転記録 | 工程の順序、異常時の扱い、記録したい情報 | 立ち上げが後ろ倒しになる |
この表で注目してほしいのは右端の列です。電気設計が遅れると、後続の二工程が同時に止まります。逆に言えば、電気設計だけは先に確定させておく価値が最も高い工程だということです。にもかかわらず、多くの案件でこの工程は「制御盤の見積に含まれているもの」として扱われ、独立した納期管理の対象になっていません。ここが最初の分岐点です。
世界で電気設計エンジニアが足りなくなっている構造的な理由
「では良い電気設計会社を探そう」という話になりますが、その前提として、選べる母数そのものが縮んでいることを押さえておく必要があります。以下に挙げるのは米国・ドイツ・中国の調査データで、いずれもquilter.aiの記事が引用または提示したもの、すなわち孫引きです。タイの状況を直接示すものではありません。ただし人材供給の構造的な傾向としては、タイに進出している日系工場にも遅れて波及してくると考えられます。
quilter.aiがまとめたハードウェアエンジニア不足に関する記事では、IEEE VLSIが2022年に示したデータとして、米国では電気工学の入学者数がコンピュータサイエンスに対して1980年代以降約90%減少したと引用されています。これは電気工学を志す学生が減ったというより、ソフトウェア側に人材が流れ続けた結果としての相対的な減少だという見方ができます。同じ記事ではElectronic Designの2022年の調査として、調査対象企業の77%が有資格エンジニアの採用難を報告しているという数字も引かれています。
さらに深刻なのは年齢構成です。同記事が引用するK2 Staffingの2025年のデータでは、シニアエンジニア3人が退職するごとに、新卒エンジニアの入職は1〜2人にとどまるとされています。退職していくのは、回路の癖も現場の泥臭い対処法も知っている層です。図面は残っても、なぜその回路にしたのかという判断の背景は残りません。ドイツでもVDEが、今後10年間で電気・電子工学分野の求人10万件超が埋まらないと予測しています。欧州の製造業が電気設計者を確保できていないという事実は、そこで使われる設計ツールや外注モデルの変化としてアジアにも伝わってきます。
供給側の地理的な偏りも見逃せません。同じ記事では、中国は年間150万人の工学系卒業生を輩出する一方、米国は年間14万人にとどまるという比較が示されています。工学系人材の絶対数が中国に大きく偏っているという構図は、タイの製造業にとって他人事ではありません。後述するように、その人材が使われる先の一部がタイに進出している中国系メーカーだからです。
この三つを重ねると、発注側が取るべき前提が変わります。「良い設計会社を探して、こちらの曖昧な要望を汲み取ってもらう」というモデルは、汲み取る余力のあるベテランが十分にいた時代の前提です。その余力が細っていく以上、汲み取ってもらう部分を減らすこと、つまり渡す情報の粒度を上げることが、実質的な調達戦略になります。
タイ工場で電気設計者を確保しにくくなっている事情
タイ国内に目を移すと、事情はもう少し具体的です。careerlink.asiaの採用ガイドによれば、タイに進出する中国系EVメーカー、具体的にはBYD、Great Wall Motor、Changan Automobileなどが、日系企業より20〜30%高い給与を提示するケースが増えており、製造業のエンジニア・マネージャー層の採用市場で日系企業との人材獲得競争が激化しています。ここで奪い合われているのは、まさに設備の電気設計や保全を担ってきた層です。
日系企業側は給与テーブルの制約から即座に追随しにくく、結果として社内の電気設計要員が薄くなります。薄くなれば外注に頼る比率が上がりますが、外注先も同じ市場から人を採っているため、良い設計者を抱えた会社ほど手が空いていません。「見積は出せるが着手は先」という回答が増えているとすれば、それは委託先の怠慢ではなく市場の状況です。
日本から設計者を呼ぶという選択肢もありますが、こちらには制度上の条件が絡みます。thaibiz.jpの解説によれば、タイBOI、すなわち投資委員会のビザ・ワークパミット審査基準では、エンジニアの給与は原則として月額75,000バーツ以上が目安とされ、工学分野の学士以上の学位を持つ場合は月額50,000バーツ以上に緩和されます。日本人技術者を継続的に置く場合はこの水準を満たす人件費が前提になりますし、現地採用のタイ人エンジニアに任せる場合でも、学位要件を満たす層は先ほどの獲得競争の只中にいます。
ここから導かれる実務的な示唆は二つあります。ひとつは、社内に電気設計の実務者を常時抱える前提を置きにくくなっている以上、社内に残すべきは「図面を描く力」ではなく「描かれた図面が自社の運用に合っているかを判断する力」だということ。もうひとつは、その判断を可能にするために、発注時点の情報を社内資産として整備しておく必要があるということです。人が入れ替わっても、渡した情報の粒度が一定なら成果物の品質は安定します。
発注前に紙で決めておくべき情報
では具体的に、何を紙にしてから渡せばよいのか。ここが本記事の中心です。設計会社が推測で埋めざるを得ない項目を洗い出し、それを事前に潰すという発想で組み立てます。

渡すべき情報は大きく五つの束に分かれます。順に見ていきます。
第一は動作の定義です。設備が何をするかではなく、どういう順序で、何を条件に、どこで待つかを書きます。自動運転と手動運転の切り替え条件、原点復帰の考え方、非常停止を押したときにどの機器を即座に止め、どの機器は保持するのか。ここが曖昧だと、安全回路の構成そのものが変わってしまいます。
第二は機器の確定です。使用するモータ、センサ、バルブ、サーボアンプなどの型式と数量、そしてそれらの電源仕様。既に社内標準がある場合は、その標準を明示します。「同等品可」とだけ書くと、調達しやすい別メーカー品に置き換えられ、後からPLC側の制御方式が変わることがあります。
第三は入出力の考え方です。点数の割り付けそのものは設計会社の仕事ですが、予備点数をどれだけ確保したいか、将来どの機器を追加する構想があるか、既存のPLC機種と揃える必要があるかは発注側にしか分かりません。ここを伝えずに最小構成で設計されると、次の改造で盤ごと作り直しになります。
第四は規格と社内ルールです。適用する規格、盤内の表示言語、図面の記号体系、承認図の提出タイミングと形式。タイ工場では日本本社の様式と現地の慣行が食い違うことがあるため、どちらに合わせるかを最初に決めておきます。
第五は既存資料の改訂履歴です。改造案件で最も事故が多いのがここです。手元に三種類の図面があり、どれが現状を反映しているか誰も断言できない、という状態は珍しくありません。設計会社は最新と言われた図面を信じて描きますから、その一枚が古ければ後工程すべてがずれます。
これらを一覧にすると次のようになります。発注前チェックリストとして使えます。
| 束 | 具体的に確定させる項目 | 未確定のまま出したときに起きること |
|---|---|---|
| 動作の定義 | 運転モード、順序、待ち条件、非常停止時の挙動 | 安全回路の作り直し、試運転での大幅な仕様変更 |
| 機器の確定 | 型式・数量・電源仕様・社内標準の指定 | 代替品への置換によるプログラム側の手戻り |
| 入出力の考え方 | 予備点数、将来増設の構想、既存機種との統一 | 次回改造時に盤ごと作り直し |
| 規格と社内ルール | 適用規格、表示言語、記号体系、承認図の形式 | 承認段階での差し戻し、現地当局対応の遅れ |
| 既存資料の改訂履歴 | 現状を反映した図面の特定、過去改造の記録 | 前提が崩れ、全図面の描き直し |
この表を眺めて「そこまで決められるなら苦労しない」と感じたなら、その感覚は正しい反応です。すべてを完璧に埋めることは現実には難しい。重要なのは、埋まっていない項目を空欄のまま放置せず、「未確定である」と明記して渡すことです。未確定と分かっていれば設計会社は確認に来ますが、空欄は「特に要求なし」と読まれます。この差が手戻りの有無を分けます。
発注先の3タイプと向き不向き
情報が整理できたら、次は誰に渡すかです。タイで電気設計を引き受ける先は、大きく三つのタイプに分かれます。
ひとつ目は制御盤メーカーの設計部門です。盤の製作までを一貫して請けるため、設計と製作の間で図面の解釈ずれが起きにくいという強みがあります。一方で、そのメーカーが得意とする構成に寄りやすく、標準から外れた要求には見積が跳ねる傾向があります。設計だけを切り出して依頼したいという相談には応じにくい場合もあります。
ふたつ目は設備メーカー、あるいは機械商社の技術部門です。機械の動きを理解した上で回路を組めるため、新規設備の導入では相性がよい選択肢です。ただし成果物の詳細度は機械側の都合に引きずられ、後で自社が保全するための図面としては情報が足りないことがあります。将来の改造を自社主導でやりたい場合は、納品図面の範囲を契約段階で明記しておく必要があります。
みっつ目は独立系のエンジニアリング会社、すなわち設計工程そのものを商品にしている会社です。設計だけの切り出し発注に応じやすく、既存設備の図面復元や改造設計といった、盤の新規製作を伴わない案件にも対応できます。反面、製作や据付は別発注になるため、発注側に全体を束ねる役割が求められます。
三タイプの向き不向きを、案件の性質で整理します。
| 発注先タイプ | 向いている案件 | 注意すべき点 |
|---|---|---|
| 制御盤メーカーの設計部門 | 新規盤を伴う標準的な構成の案件 | 設計のみの切り出しに応じにくい、標準外に弱い |
| 設備メーカー・商社の技術部門 | 機械と一体で導入する新規設備 | 保全用途に耐える図面が納品されるとは限らない |
| 独立系エンジニアリング会社 | 改造設計、図面復元、設計のみの切り出し | 製作・据付との調整を発注側が担う必要がある |
このタイプ分けは、どこが優れているかという話ではなく、案件の性質に対する適合の話です。同じ工場でも、新ラインの立ち上げと既存設備の改造では選ぶべき先が変わります。なお、電気設計に限らず自動化の発注先全般をどう見極めるかについては、バンコクで自動化会社を選ぶときの判断軸で拠点の場所やサポート体制を含めて整理しています。本記事の三タイプで当たりを付けたあと、総合的な選定に進む際の参考になります。
CADデータの標準化がなぜ効いてくるか
情報の粒度という話は、最終的にデータの形式の話に着地します。どれだけ丁寧に要求を伝えても、成果物が受け取れない形式で納品されれば、次の案件でまた同じ説明を繰り返すことになるからです。
EPLAN Japanの解説によれば、EIC、すなわち電気・計装・制御の設計分野では、DCS、PLC、センサー、アクチュエータ、制御盤、リレー盤、スイッチギアなど多様な機器の仕様と接続情報を扱う複雑さがあり、ISO 10628、ISA 5.x、IEC 81346、IEC 61355といった規格が回路図作成とドキュメント管理を統制しているとされています。ここで重要なのは、これらが単なる作図の作法ではなく、機器をどう識別し、どう参照し、どう改訂を管理するかを定めたルールだという点です。識別の体系が揃っていれば、別の会社が描いた図面でも同じ読み方ができます。揃っていなければ、図面は読めても機器台帳と突き合わせられません。
ツールの側にも選択肢があります。電気設計用のCADとしては、たとえばE3.seriesが自動車メーカーや産業機器メーカーを中心に世界5,000社以上で採用されています。ただしどのツールを使うかは委託先の事情で決まる部分が大きく、発注側として押さえるべきなのは「どのツールを使ったか」ではなく「ネイティブデータを納品してもらえるか」「機器の識別体系が自社の台帳と対応づくか」です。
標準化の効果が最も分かりやすく出るのは、複数拠点を持つ企業です。タイの工場で描いた図面を、ベトナムやインドネシアの姉妹工場が同じ設備を導入する際に流用できるかどうか。識別体系と改訂管理が揃っていれば流用できますし、揃っていなければ一から描き直しになります。電気設計者の供給が細っていく以上、描き直しの発生を減らせること自体が調達力になります。

実務上の落としどころとしては、契約時に次の三点を明記しておくのが現実的です。ひとつ目は納品形式で、PDFだけでなく編集可能なネイティブデータを含めること。ふたつ目は識別体系で、機器記号と端子番号の付け方を自社ルールに合わせるか、委託先の標準に合わせるかを決めること。みっつ目は改訂管理で、現地で改造したときに誰がどの図面を更新するかを決めておくことです。この三点が抜けたまま納品を受けると、図面は手元にあるのに使えないという状態になります。
費用を決めるのは工数でなく手戻りの回数
見積書には設計工数が時間や人日で書かれます。それを見て「もう少し安い会社があるのでは」と考えるのは自然な反応ですが、実際に支払う総額を左右しているのは見積上の工数ではなく、着手後に何回描き直したかです。
電気設計の描き直しは、単独では終わりません。図面が変われば、盤の部品構成が変わり、板金の加工が変わり、配線が変わり、PLCの入出力割り付けが変わり、プログラムが変わり、試験項目が変わります。設計工数としては小さな修正でも、後工程に波及した時点で費用の桁が変わります。しかも波及先が別会社であれば、それぞれから変更費用が出てきます。
手戻りが発生する原因を、発生源で分類してみます。
| 手戻りの原因 | 典型的な発生タイミング | 事前に潰す方法 |
|---|---|---|
| 動作仕様の後出し | 承認図の段階、あるいは試運転時 | 運転モードと異常時挙動を発注前に文書化 |
| 機器変更 | 調達段階 | 型式と社内標準を指定、代替可否を明記 |
| 既存図面が古い | 現地調査後、または据付時 | 改訂履歴の確認と現地写真の添付 |
| 承認プロセスの認識違い | 承認図提出時 | 提出形式と承認者、所要期間を発注前に合意 |
| 保全要件の未提示 | 納品後の運用開始時 | 誰が保全するか、必要な図面粒度を先に伝達 |
この表の右列は、すべて発注前に発注側が実施できる作業です。つまり手戻り費用の多くは、委託先を変えることではなく、発注前の準備で減らせる性質のものです。逆に言えば、準備が同じなら、どの委託先を選んでも手戻り費用の相場は大きく変わりません。
見積を比較する際の実務的な視点としては、金額の絶対値より「何が見積に含まれていないか」を見るほうが有効です。現地調査は含まれるか。承認図の修正は何回まで無償か。試運転への立ち会いはあるか。納品後の図面修正は誰が行うか。これらが明記されていない安い見積は、後から差額として現れます。安さの正体が、手戻りを織り込んでいないことである場合は少なくありません。
よくある失敗パターン
ここまでの内容を、実際に起きがちな形で並べ直します。どれも特殊な事例ではなく、タイの日系工場で繰り返し観測される型です。
一括発注で工程が見えなくなる型。設備一式で発注し、電気設計が誰の手でいつ行われているかを把握しないまま進むケースです。承認図が出てきた段階で初めて中身を見て、そこから修正が始まります。承認図は本来、確認のための書類であって仕様を決めるための書類ではありません。仕様を決める場が承認図の段階にずれ込んでいる時点で、日程は既に厳しくなっています。
現地の運用が反映されない型。日本本社で仕様を固め、そのままタイの工場に導入するケースです。運転員の構成、保全体制、部品の入手性、停電の頻度といった現地条件は本社の仕様書には書かれません。結果として、現地では使いにくい、あるいは保全できない構成の盤が納入されます。
保全部門が発注に関与しない型。発注は生産技術部門が行い、運用開始後の面倒は保全部門が見る、という分担はよくあります。このとき保全側の要望、たとえば端子台の余裕や試験用の端子、図面の粒度が仕様に入りません。動くけれど直せない設備が生まれます。
図面の正が分からない型。前述のとおりですが、改造を重ねた設備ほど発生します。過去の改造時に更新されなかった図面が一枚あるだけで、そこを基点にした設計はすべて前提が狂います。着手前に現地調査を工数として見積に入れておくことが、結果的に最も安く済むことが多い項目です。
言語と記号の食い違い型。図面の記号体系や表示ラベルの言語が、日本本社の様式と現地の慣行の間で揺れるケースです。どちらが正しいという話ではなく、決めていないことが問題になります。現地の作業者が読めない盤内表示は、そのまま保全のリスクになります。
これらの型に共通しているのは、いずれも委託先の技術力とは無関係だという点です。腕のよい設計者を連れてきても、同じ入力を渡せば同じ結果になります。
タイ・ASEAN工場ならではの注意点
タイで電気設計を発注する場合、日本国内の案件にはない論点がいくつか加わります。
第一に、承認と検査のプロセスです。工場の立地や設備の性質によって、現地当局や工業団地側の確認を要する場合があります。図面の提出形式や記載言語がそこで指定されることもあるため、設計に着手する前に確認が必要です。この確認が後回しになると、完成した図面を作り直すことになります。
第二に、電源事情と設置環境です。周辺環境の粉塵や湿度、雷サージ、電圧変動といった条件は盤の構成と保護方式に直結します。日本の標準構成をそのまま持ち込むと、保護が過剰であったり不足であったりします。これらは仕様書に書かれないことが多いため、発注側から明示的に伝える項目です。
第三に、保全人材の定着です。先に見た給与競争がある以上、電気設計や保全を担う担当者が数年で交代する可能性は常にあります。交代を前提に置くと、属人的な理解に依存しない図面、すなわち記号体系が統一され改訂履歴が追える図面の価値が上がります。図面の品質は、人が辞めたときに初めて評価されます。
第四に、日本人技術者の配置コストです。先に見たBOIの給与要件を満たす前提で人を置くことになるため、駐在で設計を内製するか、必要な局面だけ外部の設計リソースを使うかは、この水準を含めた総コストで比較すべき判断です。
第五に、多拠点展開との整合です。タイを起点にベトナムやインドネシアへ設備を横展開する計画があるなら、最初の一件から図面の標準化を意識しておく価値があります。識別体系が揃っていれば流用でき、揃っていなければ描き直しです。一件目の設計費を少し多く払ってでも標準を作っておくほうが、数件を回した後の総額では下回ることがあります。
市場は拡大している|エンジニアリング設計サービス市場の動向
供給側が細っている一方で、需要側は拡大しています。markwideresearch.comの予測によれば、エンジニアリング設計サービス市場は2026年の2,486億ドルから2035年に5,137.7億ドルへ拡大する見通しで、年平均成長率は8.40%とされています。設計そのものを外部から調達するという行為が、世界的に一般化していく方向にあるということです。
この数字を発注担当者の実務に翻訳すると、二つの意味があります。ひとつは、設計を外部に出すこと自体は例外的な選択ではなくなるということ。社内に設計者を抱えられないことを引け目に感じる必要はなく、むしろ外部リソースをどう使いこなすかが問われる局面に入っています。
もうひとつは、需要が伸びるなかで供給側の人材が細るということは、良い委託先ほど選ばれる側になるという意味だという点です。先ほど見たとおり、シニアエンジニア3人が退職するごとに新卒の入職は1〜2人にとどまり、調査対象企業の77%が有資格エンジニアの採用難を報告しています。これらは米国を中心としたデータでタイの実態を直接示すものではありませんが、設計リソースの需給が逼迫する方向にあるという構造は共通しています。
そうなると、発注側にとっての競争条件が変わります。価格交渉力よりも、発注のしやすさが効いてくるということです。要求が整理され、質問への回答が早く、支払条件が明確な発注元は、限られた設計リソースの配分において優先されます。情報の粒度を上げることは、品質対策であると同時に、調達上の優位を作る行為でもあります。
まとめ|発注は「情報の粒度」から逆算する
本記事の主張を整理します。電気設計の外注がうまくいかないとき、原因は委託先の技術力ではなく、発注側が渡す情報の粒度にあります。電気設計は制御盤製作ともPLCプログラム開発とも異なる独立した工程であり、ここで渡す情報が粗いと後続の二工程が同時に手戻りします。
発注前に固めるべきなのは、動作の定義、機器の確定、入出力の考え方、規格と社内ルール、既存資料の改訂履歴の五つです。すべてを埋めきれなくても構いませんが、未確定の項目は空欄にせず未確定と明記してください。空欄は「要求なし」と読まれます。
発注先は制御盤メーカーの設計部門、設備メーカー・商社の技術部門、独立系エンジニアリング会社の三タイプに分かれ、新規設備か改造か、設計だけを切り出したいかどうかで適合が変わります。成果物については、編集可能なネイティブデータ、識別体系、改訂管理の責任分担を契約時に明記しておくことが、次の案件のコストを決めます。
そして費用を決めるのは見積上の工数ではなく手戻りの回数です。手戻りの原因の多くは発注前の準備で潰せる性質のもので、そこを押さえずに委託先だけを変えても結果は変わりません。世界的に電気設計者の供給が細り、タイでは中国系企業との人材獲得競争が重なるなかで、汲み取ってもらう前提の発注は成り立ちにくくなっています。渡す情報の粒度を上げることが、そのまま品質と納期とコストの管理になります。
電気設計の切り出しから相談したい方へ
自社の案件で電気設計だけを切り出して発注できるのか、それとも制御盤の製作まで含めて任せたほうが早いのか。この判断は、設備の性質と社内の体制によって変わります。TOMAS TECHはバンコクを拠点に、タイおよびASEANの日系製造業向けに電気設計から制御盤、PLCプログラム開発、生産管理システムまでを扱っています。手元の図面が古いかもしれない、何を決めてから相談すればよいのか分からない、という段階でも構いません。現状の資料を見ながら、どこから手を付けるべきかの整理からお手伝いできます。ご相談はお問い合わせフォームからお願いします。
よくある質問(FAQ)
電気設計と制御盤設計・製作はどう違うのか?
電気設計は回路そのものを決めて図面と一覧表に落とす工程で、成果物は展開接続図、配線リスト、入出力一覧といった書類です。制御盤設計・製作は、その図面をもとに実際の盤を組み立てる工程で、成果物は実機と試験成績書です。前者は「どう動かすか」を決める工程、後者は「決まったものをどう作るか」の工程だと考えると整理しやすくなります。実務では制御盤メーカーが両方を請けることが多いため境界が見えにくいのですが、見積の内訳と納期管理は分けて扱うほうが手戻りを検知しやすくなります。
電気設計を外注する費用相場はどれくらいか?
相場は入出力の点数、設備の複雑さ、既存図面の有無、現地調査の要否によって大きく変わるため、一律の目安を示すことは適切ではありません。むしろ比較すべきは金額の絶対値ではなく、見積に何が含まれていないかです。現地調査、承認図の修正回数、試運転への立ち会い、納品後の図面修正の扱い。これらが明記されていない見積は、後から差額として現れます。同じ準備状態であれば委託先による手戻り費用の差は大きくないため、費用を下げたい場合は発注前の情報整備に時間を使うほうが効果的です。
電気設計エンジニア不足はいつまで続くのか?
終息時期を断定できる材料はありません。ただし構造としては長期化しやすい要因が揃っています。quilter.aiが引用するK2 Staffingの2025年のデータでは、シニアエンジニア3人が退職するごとに新卒の入職は1〜2人にとどまるとされ、VDEはドイツで今後10年間に電気・電子工学分野の求人10万件超が埋まらないと予測しています。これらは米国とドイツのデータでタイの状況とは別ですが、人材の入れ替わりが供給を回復させる方向に働きにくいという構造は共通しています。発注側としては、不足が解消される前提で計画を立てないほうが安全です。
タイ工場で電気設計を発注する際の注意点は?
現地固有の論点として、承認や検査で求められる図面の形式と言語、粉塵や湿度や電圧変動といった設置環境、保全人材の入れ替わりの三点を先に押さえてください。特に人材面では、中国系EVメーカーが日系企業より20〜30%高い給与を提示するケースが増え、エンジニア層の獲得競争が激化しています。担当者が交代しても読める図面、すなわち記号体系が統一され改訂履歴が追える図面を納品させることが、長期的なリスク低減になります。日本人技術者を駐在させる場合は、BOIの審査基準でエンジニアの給与が原則月額75,000バーツ以上、工学分野の学士以上なら月額50,000バーツ以上とされている点も、内製と外注の比較材料になります。
小規模な改造工事でも電気設計だけを外注できるか?
可能です。ただし発注先のタイプによって受けやすさが変わります。制御盤メーカーの設計部門は盤の製作とセットでの受注を前提にすることが多く、設計のみの切り出しには応じにくい場合があります。独立系のエンジニアリング会社は設計工程そのものを商品にしているため、改造設計や既存図面の復元といった小規模案件にも対応しやすい傾向があります。小規模改造で最も重要なのは、既存図面のどれが現状を反映しているかを確定させることです。ここが曖昧なまま着手すると、規模が小さくても手戻りは同じように発生します。現地調査を工数として最初から見積に入れておくことをお勧めします。
参考情報
- エンジニアリング設計サービス市場の規模と成長率の予測 https://markwideresearch.com/engineering-design-service-market
- ハードウェアエンジニア不足に関する統計のまとめ。IEEE VLSI、Electronic Design、K2 Staffing、VDEのデータを引用 https://www.quilter.ai/blog/hardware-engineers-shortage-2026
- タイの採用市場動向。中国系EVメーカーと日系企業の人材獲得競争 https://kyujin.careerlink.asia/blog/thailand-recruitment-guide-for-employers-2026/
- タイBOIのビザ・ワークパミット審査基準における給与要件 https://www.thaibiz.jp/?page_id=7618
- 電気・計装・制御設計で参照される規格とドキュメント管理の考え方 https://www.eplanjapan.jp/disciplines/eic-engineering/
- 電気設計CAD E3.seriesの製品情報と導入実績 https://www.zuken.co.jp/product/e3/