タイの日系工場で自動化投資が一巡すると、次に必ず持ち上がるのが「これを誰が動かし続けるのか」という問題です。ロボットも制御盤もPLCも、導入した瞬間は設備メーカーやSIerの技術者が立ち上げてくれます。しかし彼らが引き上げた翌月から、品種切替のたびにティーチングをやり直す人、アラームが出たときに一次切り分けをする人、年に数回のプログラム改修を発注する人が社内に必要になります。自動化の技術者不足とは、求人票が埋まらないという採用の話であると同時に、投資した設備の稼働率を誰が担保するのかという運用設計の話でもあります。この記事では、内製化と外注のどちらを選ぶかという二択の立て方そのものを問い直し、工程の性質による切り分け方と、判断を数字に落とすための損益分岐モデルを整理します。
自動化の技術者不足は導入した後に顕在化する
自動化投資の検討段階では、議論のほとんどが設備側に向かいます。どのメーカーのロボットを選ぶか、可搬重量とリーチは足りるか、投資回収は何年か。この段階で「保守要員をどう確保するか」が議題に上がることは、経験上あまり多くありません。稼働開始後しばらくは保証期間があり、初期不具合の対応も設備メーカーが行うため、社内に技術者がいない状態でも表面上は問題なく回ります。
問題が見えてくるのは、保証期間が切れ、生産品目が最初の想定から変わり始めた頃です。新機種の立ち上げでティーチングの修正が必要になる、生産数量の変動でコンベアの搬送タイミングを変えたくなる、センサーが1つ壊れて代替品に交換したらPLC側のアドレス設定を触る必要が出てくる。いずれも設備を止めるほどの大事ではありませんが、社内に触れる人がいなければ外部に依頼するしかなく、依頼から着手までのリードタイムがそのままラインの制約になります。
人材市場の側から見ても、この分野の人材が取り合いになっている状況は各種の指標に表れています。ManpowerGroupが2025年10月1日から31日にかけて41カ国・39,063社を対象に実施した2026年版のGlobal Talent Shortage調査では、72%の雇用主が必要なスキルを持つ人材の確保に困難を感じていると回答しています。同調査では今回初めてAI関連スキルが「最も見つけにくいスキル」の首位に立ち、従来上位を占めていたエンジニアリングや伝統的なITスキルを上回りました。ただしこれは41カ国を対象にしたグローバル調査の集計値であり、タイ単独の数値でも、製造業の自動化技術者に限定した数値でもない点には注意が必要です。この調査から読み取れるのは「タイで自動化技術者が何人足りない」という需給ギャップではなく、技術系人材の獲得競争が世界規模で厳しくなっており、その中でAI関連スキルが従来のエンジニアリング人材を押しのけて最も希少な位置に上がったという構造変化です。
タイ国内に目を向けると、求人サイト上の掲載件数が採用ニーズの傍証になります。Glassdoorでは2026年7月時点でタイ国内の「automation」関連求人が933件掲載されています。これは「不足人数」を示す統計ではなく、あくまで採用側の需要が旺盛であることを示す間接的な材料です。しかし現場感覚として、経験者を採用しようとしたときに競合が多いという実感とは整合します。
賃金の面では、タイの技能水準別の賃金基準が参考になります。Industrial Robot Controller Level 1という職種の賃金は1日あたり605バーツと定められており、バンコクの一般最低賃金である400バーツ/日の約1.51倍にあたります。これは技能認定を受けた入門レベルの職種に対する水準であり、ロボットのティーチングやPLCプログラムの改修まで一人で担えるエンジニア級の人材はこれよりさらに上の帯に位置します。つまり自動化技術者を内製で抱えるという判断は、一般工と同じ人件費感覚では成立しないということです。
内製か外注かは二択ではない 工程の性質で分かれる
自動化技術者の確保について相談を受けると、多くの担当者が「自社で育てるか、SIerや設備メーカーに任せるか」という二択で悩んでいます。しかし実務上、この二つは排他的な選択肢ではありません。同じ工場の中でも、内製に寄せたほうが明らかに有利な業務と、外注に寄せたほうが安く確実な業務が混在しています。決めるべきは「どちらか」ではなく「どの業務を、どちらに寄せるか」です。
判断の2軸は発生頻度と専門性
切り分けの軸は2つです。1つはその業務の発生頻度、もう1つは求められる専門性の高さです。
発生頻度が高い業務を外注に出すと、1回あたりの単価は安くても呼び出し回数がかさみ、年間コストが積み上がります。さらに厄介なのは、外部の技術者が到着するまでの待ち時間がそのまま設備の停止時間になることです。逆に発生頻度が低い業務を内製化しようとすると、教育に投資した技能を使う機会が年に数回しかなく、技術者の習熟度が上がらないまま知識だけが陳腐化していきます。
専門性については、高度な診断や設計変更を伴う業務ほど、教育に必要な期間と費用が跳ね上がります。ロボットの動作教示を修正できるようになるのと、サーボアンプの故障を切り分けて基板交換まで判断できるようになるのとでは、必要な訓練量が一桁違います。
この2軸で自動化まわりの業務を並べると、次のように整理できます。
| 業務 | 発生頻度 | 求められる専門性 | 停止時間への影響 | 寄せ先の目安 |
|---|---|---|---|---|
| ロボットティーチングの修正 | 高い(品種切替のたび) | 中 | 直撃する | 内製 |
| 生産条件の微調整・パラメータ変更 | 高い | 低〜中 | 直撃する | 内製 |
| 日常の予防保全・清掃・簡易復旧 | 非常に高い(毎日) | 低〜中 | 直撃する | 内製 |
| PLCプログラムの改修 | 低い(年に数回) | 高い | 計画停止で吸収しやすい | 外注 |
| 故障診断・基板交換・高度な修理 | 低い | 非常に高い | 直撃するが頻度が低い | 外注(応答時間を契約で担保) |
| 制御盤の改造・増設 | 低い(設備更新時) | 高い | 計画停止で吸収しやすい | 外注 |
この表の右端が示しているのは、内製と外注の境界線が「難しいかどうか」ではなく「どれだけ頻繁に起きるか」と「起きたときにラインが止まるか」で引かれるということです。難易度だけで線を引くと、簡単だが毎日起きる業務まで外注に含めてしまい、契約金額が膨らみます。
ロボットティーチングの内製は停止時間で効いてくる
多品種少量生産のラインでは、ロボットティーチングの修正が週単位、場合によっては日単位で発生します。この業務を外注に依存している工場では、品種を切り替えるたびにSIerの技術者を呼ぶか、事前に来てもらう日程を押さえる必要があり、生産計画がティーチングの手配に引きずられます。
ティーチングの内製化は、この待ち時間を実質ゼロにできる点が最大の効果です。作業手順や必要なスキルの範囲についてはロボットティーチングとプログラミングの実務で整理していますが、要点は、既存プログラムの点を修正するレベルであれば、メーカーの教育コースと現場での反復で到達できる範囲だということです。ゼロから軌道を設計する能力と、既存の教示点を微調整する能力は、必要な訓練量が大きく異なります。
一方で内製化には初期投資が伴います。教育コースの受講料、受講中に本人が現場を離れる分の機会損失、練習用に実機を止める時間。これらは自動化設備の購入費には計上されていないことが多く、投資判断の後から追加で発生する費用として扱われがちです。ティーチングを内製化する方針なら、設備投資の稟議段階で教育費を同じ枠に入れておくべきでしょう。
PLCプログラムの改修は外注が有利になりやすい
PLCプログラムの改修は、ティーチングとは性格が逆です。発生頻度は低く、年に数回、設備の仕様変更や生産品目の追加に伴って発生する程度です。ところが要求される専門性は高く、既存プログラムの構造を読み解き、他の工程への影響を評価したうえで変更を加える必要があります。安全回路に触れる改修であれば、なおさら経験の裏付けが求められます。
年に数回しか発生しない業務のために、社内でPLCプログラムを書ける人材を育て、その技能を維持し続けるのは効率が悪い選択です。教育してから次に手を動かすまでに半年空けば、習ったことの大半は使えるレベルでは残りません。この領域は外部の専門会社に委ねたほうが、品質もコストも安定します。発注時の仕様の詰め方や見積もりの読み方についてはPLCプログラム開発の外注で扱っています。
ただし、外注に寄せる場合でも社内にゼロ知識でよいわけではありません。少なくとも、どの装置がどのPLCで制御され、プログラムの版数管理をどこで行っているかを把握し、変更履歴を社内に残す役割は内製で持つ必要があります。これを持たないまま外注し続けると、数年後にプログラムの中身を誰も説明できない設備が残ります。
設備保全は外注のメリットを階層で切り分ける
設備保全を内製と外注のどちらに寄せるかという議論は、しばしば全体をひとまとまりで扱ってしまうために結論が出ません。実際には保全業務は階層に分かれており、階層ごとに答えが違います。
日常の予防保全、すなわち清掃・給油・増締め・点検表の記入と、アラーム発生時の一次切り分けや簡易復旧は、毎日発生し、かつ発生したその場で対応しなければ止まった時間がそのまま損失になる業務です。これは内製一択です。外注の技術者が常駐していない限り、日常保全を外に出す構造自体が成り立ちません。
一方、振動診断や絶縁測定などの計測を伴う診断、サーボモータやアンプの交換、原因が特定できない間欠故障の追跡といった業務は、専用の測定器と経験が必要で、発生頻度も限られます。ここは外注に寄せ、契約で応答時間を担保するほうが現実的です。設備保全の外注メリットと契約の組み立て方については設備保全の外注で詳しく整理しています。
ロボットに限定した場合も同じ構造です。日常点検とバッテリー交換、原点復帰の操作までは内製、減速機の交換やコントローラ基板の診断はメーカーまたは保守会社に任せる、という線引きが一般的です。ロボット保守サポートの選び方で触れているとおり、保守契約の内容は年間の訪問回数と応答時間の組み合わせで大きく金額が変わるため、内製で吸収する範囲を先に決めてから契約内容を詰めたほうが、無駄のない契約になります。

技術者1名の内製コストと外注保守契約の損益分岐点
ここまでの切り分けを踏まえたうえで、判断を数字に落とすための簡単なモデルを作ります。目的は正確な金額を出すことではなく、「年間どれくらいの頻度で技術者の手が必要になったら内製に寄せるべきか」という分岐点の桁を把握することです。以下の数値はすべて検討用の仮定であり、実際の条件によって大きく変わります。自社の実績値に置き換えて使ってください。
内製側の前提
自動化設備を担当できるエンジニアを1名、社内に確保する場合のコストを3年分で積み上げます。前提は次のとおりです。
- 月給を40,000バーツと仮定し、賞与を含めて年13か月分で520,000バーツ
- 社会保険料などの法定福利費と諸手当を給与の10%と仮定し、年間の人件費合計を572,000バーツ
- 採用にかかる紹介手数料や広告費を初年度のみ80,000バーツ
- 教育費を初年度150,000バーツと仮定。メーカーの研修受講料に加え、受講期間中に本人が現場業務を離れる分の機会損失を含む
- 2年目以降の継続教育費を年50,000バーツ
- 離職リスクの期待コストとして、年間離職率を25%と仮定し、離職1回あたり採用80,000バーツと再教育150,000バーツの合計230,000バーツが発生するとして、期待値57,500バーツを毎年計上
この前提で3年分を積み上げると次のようになります。
| 費目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 |
|---|---|---|---|
| 人件費(法定福利込み) | 572,000 | 572,000 | 572,000 |
| 採用コスト | 80,000 | 0 | 0 |
| 教育費 | 150,000 | 50,000 | 50,000 |
| 離職リスクの期待コスト | 57,500 | 57,500 | 57,500 |
| 年間合計 | 859,500 | 679,500 | 679,500 |
3年間の合計は2,218,500バーツ、年平均に均すと739,500バーツです。表中の金額はいずれもバーツです。
外注側の前提
比較対象として、保守契約を結んで必要なときに呼ぶ運用を置きます。
- 年間の基本保守契約料を200,000バーツと仮定し、定期訪問4回分を含む
- 契約に含まれる4回を超えた場合、1回あたり25,000バーツの追加費用が発生する
- 年間の対応回数をNとすると、外注の年間費用は200,000バーツに、25,000バーツと(Nから4を引いた回数)を掛けた額を足したものになる
停止時間を入れない場合の分岐点
まず金銭コストだけを比べます。内製の年平均739,500バーツと外注の年間費用が等しくなる回数を求めると、契約に含まれる4回を差し引いた超過分が539,500バーツ、これを1回25,000バーツで割ると約21.6回となり、4回を足して年間約26回が分岐点になります。月に2回強、外部の技術者を呼ぶ工場であれば、内製で1名抱えるほうが安いという計算です。
年26回という数字は、直感的にはかなり多く感じられるはずです。この時点だけを見れば「うちはそこまで呼んでいないから外注のままでいい」という結論になります。
停止時間を入れると分岐点は5分の1になる
ところが、この比較には決定的な項目が抜けています。外部の技術者を呼んでから到着するまでの間、設備が止まっているという事実です。
ここでも仮定を置きます。外注の場合、呼び出しから技術者が現場に到着して着手するまでを平均8時間、つまり翌営業日の対応が基本と置きます。社内に技術者がいる場合はこれを1時間とします。差は1回あたり7時間です。ライン停止1時間あたりの逸失利益を15,000バーツと仮定すると、1回あたり105,000バーツの差が生まれます。
この停止時間の差を外注側に加えて分岐点を計算し直すと、年間約5回になります。26回から5回へ、実に5分の1です。月に1回も呼んでいない、四半期に1回程度という頻度でも、停止時間を金額に換算した瞬間に内製が有利に転じるということです。
内製と外注のどちらに寄せるかを決めているのは、多くの担当者が想像するような人件費の大小ではありません。実際に分岐点を動かしているのは、技術者が到着するまでラインが止まっている時間の値段です。ここが本記事の結論にあたる部分で、人件費の見積もりを1万バーツ単位で精緻化するよりも、自社のライン停止1時間がいくらに相当するのかを先に把握するほうが、判断への影響がはるかに大きいということになります。

感応度の確認
上の結論がどれくらい前提に依存しているかを確認します。まず、ライン停止1時間あたりの逸失利益を動かした場合です。この項目を動かしても、契約料・超過訪問費・人件費の各項目は変わりません。変わるのは停止時間差の金額だけです。
| 停止1時間あたりの逸失利益(仮定) | 1回あたりの停止時間差の金額 | 損益分岐となる年間対応回数 |
|---|---|---|
| 0バーツ(停止しても生産に影響しない工程) | 0バーツ | 約26回 |
| 5,000バーツ | 35,000バーツ | 約11回 |
| 15,000バーツ | 105,000バーツ | 約5回 |
| 30,000バーツ | 210,000バーツ | 約3回 |
停止コストがゼロ、すなわちその設備が止まっても代替ラインや在庫で吸収できる工程であれば、分岐点は26回に戻ります。逆に停止が高くつくボトルネック工程では、年3回の対応でも内製が有利になります。同じ工場の中でも設備ごとに答えが変わるのは、この項目の効き方が設備によってまったく違うためです。
次に、内製側の離職率を動かした場合を見ます。ここで動くのは離職リスクの期待コストだけで、停止時間差の105,000バーツや契約料には影響しません。停止1時間あたり15,000バーツの前提を固定して計算します。
| 想定年間離職率 | 離職リスクの年間期待コスト | 内製の年平均コスト | 損益分岐となる年間対応回数 |
|---|---|---|---|
| 0% | 0バーツ | 682,000バーツ | 約4.5回 |
| 25% | 57,500バーツ | 739,500バーツ | 約4.9回 |
| 50% | 115,000バーツ | 797,000バーツ | 約5.4回 |
注目すべきは、離職率を0%から50%まで振っても分岐点が4.5回から5.4回にしか動かないことです。停止コストの前提を動かしたときの26回から3回という振れ幅と比べると、桁違いに小さい影響しかありません。
これは「離職リスクは気にしなくてよい」という意味ではありません。後で述べるとおり、離職の影響は金額よりも別の形で現れます。ここで確認できたのは、内製と外注の損益分岐という金額の比較においては、離職率の想定を精密にしても結論はほとんど変わらない、ということです。
このモデルの限界
このモデルは、内製と外注という2つの純粋な形を比較して境界を求めたものです。実際の運用では、社内に技術者を置いたうえで高難度の案件だけ外注するという併用型がほとんどでしょう。その場合、上で求めた分岐点は「併用のバランスをどちらに傾けるべきかの目安」として読むのが適切です。年間の対応回数が分岐点を上回る設備群については内製の担当範囲を広げ、下回る設備群については外注の比重を高める、という使い方になります。
また、この試算には内製側の見えにくい便益がいくつか含まれていません。社内に技術者がいることで異常の予兆に気づけるようになる効果、外注見積もりの妥当性を評価できるようになる効果、設備の変更履歴が社内に蓄積される効果などです。これらは金額化が難しいため意図的に除外していますが、いずれも内製側に有利に働く要素であり、上の分岐点はその分だけ保守的な値になっていると考えてよいでしょう。
内製化の本当のボトルネックは離職リスク
感応度の確認で見たとおり、離職率の想定は損益分岐点をほとんど動かしません。にもかかわらず、タイで内製化を進める工場が最も苦労するのが離職への対処です。矛盾しているようですが、これは離職リスクが金額ではなく可用性の問題として現れるためです。
自動化技術者を1名だけ育てた工場を考えます。年間の期待コストとして57,500バーツを積んでおけば会計上の帳尻は合いますが、その1名が辞めた瞬間、工場の自動化設備を触れる人間はゼロになります。次の人材を採用して同じ水準まで育てるには、採用に数か月、教育にさらに半年から1年かかります。その間、ラインの制約は内製化する前の状態に戻り、しかも設備は当時より複雑になっています。期待値としての金額では表現できないこの断絶が、内製化の実質的なボトルネックです。
タイの人材市場ではこのリスクが特に高くなります。技能を身につけたエンジニアは転職による賃金上昇を実現しやすく、自動化人材の採用意欲が旺盛な成長産業に人が流れやすい構図があります。自社で研修費を投じて育てた技術者が、その資格や経験を武器に他社へ移るという展開は、日本国内よりも短いサイクルで起こり得ます。
この構造に対する現実的な対処は、次の3つの組み合わせになります。
- 1名に集中させず、担当範囲を絞って2名以上に分散させる。ティーチング担当と日常保全担当を分け、それぞれの守備範囲を狭くすれば、1名あたりの教育コストは下がり、1名が抜けたときの穴も小さくなる
- 属人化を防ぐため、教示点の変更履歴、アラーム対応手順、点検基準を文書とデータで残す運用を教育とセットで設計する。技術者が持ち出せるのは経験であって、記録は工場に残る
- 高難度の領域は最初から外注に寄せておき、内製の担当範囲を意図的に「抜けても致命傷にならない範囲」に留める
3つ目は一見すると消極的な選択に見えますが、損益分岐の計算が示していたとおり、内製化で得られる価値の大半は停止時間の短縮から来ています。停止時間を短縮するのに必要なのは高度な診断能力ではなく、その場ですぐ手を動かせる人が現場にいることです。内製の目的を「何でもできる人を育てる」ではなく「呼ばずに済む範囲を広げる」と定義し直すと、教育投資の的が絞れます。
タイで使える育成インフラとBOI優遇の位置づけ
内製化を選ぶ場合、教育をすべて自社で抱え込む必要はありません。タイには自動化・ロボット分野の人材育成を目的とした拠点が整備されています。
東部経済回廊(EEC)のイノベーション拠点であるEECiには、タイの国立科学技術開発庁(NSTDA)傘下のNECTECが2020年に立ち上げ、現在はEECi内で運営されている「持続可能な生産イノベーションセンター」(SMC)があります。自動化・ロボティクス分野の人材育成に加え、実機を使ったテストベッド機能を提供する施設で、自社の設備を止めずに技術検証や教育を行える場として活用できます。
また、ブラパー大学の敷地内にある「EEC Automation Park」は、自動化・ロボティクス分野の人材育成と研修に特化した拠点です。ここには三菱電機がe-F@ctoryのモデルラインを導入しており、Industry 4.0を実機で体験できる環境でタイの製造技術の底上げを目指すという位置づけになっています。日系企業にとっては、日本のメーカーが関与している分、教育内容と自社設備の構成が近くなりやすいという実務上の利点があります。
こうした外部拠点を使う利点は、教育費そのものが安くなるという以上に、社内で教材と講師を用意する負担がなくなる点にあります。前節の試算で初年度の教育費に150,000バーツを置きましたが、この内訳の大半は受講料ではなく、受講中に本人が現場を離れる機会損失です。研修の期間と時期を選べる外部拠点を使うことで、この機会損失を生産の閑散期に寄せるという調整も可能になります。
投資優遇の面では、BOI(タイ投資委員会)が2021年11月18日付で自動化・ロボット産業への投資奨励政策を出しています。自動化機械やロボットへの投資に対して、投資額の50%相当を上限とする法人税減免が3年間受けられ、国内で製造された自動化機械やシステムの調達比率が30%以上である場合には、減免上限が100%まで拡大されるという内容です。
ただしこの奨励は、対象となる範囲がかなり細かく限定されている点に注意が必要です。適用されるのは生産ラインやサービス全体、あるいは自動生産セルのような特定の工程単位で自動化を導入するプロジェクトであり、個別の機械を1台導入しただけのケースは対象から外れます。また対象外の事業として、製造業では一般車両・二輪車・ハイブリッド電気自動車(HEV)が、サービス業ではEコマース、天然ガスステーション、コワーキングスペース、国際ビジネスセンター(IBC)、貿易ならびに投資支援事務所(TISO)などが挙げられています。また、すでに法人所得税の免除を受けている事業がこの措置を利用する場合には、その免除期間が終了していることが条件として示されています。自社が対象に該当するかどうかは、こうした限定条件を踏まえてBOIまたは申請代行会社に確認してください。
もう一点、この優遇が何を補助する制度なのかについても押さえておきたいところです。減免の対象は自動化機械・ロボットへの設備投資であり、本記事の試算で扱ったような技術者の採用費・給与・研修費を直接補填するものではありません。したがってBOI優遇は「内製化のコストを下げる制度」ではなく、「設備投資側の負担を下げることで、浮いた予算を人の側に回す余地を作る制度」として位置づけるのが正確です。設備投資の稟議を通す際に、減免で軽くなった分の一部を初年度の教育費として同じ稟議に組み込んでおくと、後から教育費だけを別途申請する手間を避けられます。
体制を決める前に紙に書き出す項目
内製と外注の配分を決める前に、次の項目を社内で洗い出し、文書にしておくことをおすすめします。ここが曖昧なまま人材の採用や保守契約の交渉に進むと、判断の根拠が担当者の感覚に依存してしまいます。
- 自動化設備ごとに、過去1年間で外部の技術者を何回呼んだか。設備単位で回数を数える
- そのうち、ティーチング修正・パラメータ変更・日常保全といった内製化可能な内容が何回を占めるか
- 呼び出しから着手までに実際どれくらいの時間がかかったか。契約上の応答時間ではなく実績値
- 設備ごとのライン停止1時間あたりの逸失利益。粗利ベースで概算し、代替ラインや在庫で吸収できる設備は低めに置く
- 現在の保守契約に含まれる訪問回数と、超過時の単価
- 内製化する場合の担当範囲。ティーチングまでか、一次切り分けまでか、部品交換まで含めるか
- 育成対象者の現在のスキルと、担当範囲に到達するまでに必要な研修コースと期間
- 担当者が1名しかいない状態を許容するか、最低2名体制にするか
- 教示点の変更履歴とアラーム対応手順を、誰がどこに記録する運用にするか
- BOI優遇の適用を受けている設備がある場合、その条件と適用期間
このうち最も見落とされやすいのが4番目、設備ごとの停止コストです。工場全体の売上高から時間あたりの単価を出して全設備に一律で当てはめている例をよく見かけますが、これは実態と合いません。前工程に在庫を持っている設備と、受注品を単線で流している設備とでは、1時間止まったときの損失がまったく違います。損益分岐点をここまで大きく左右する項目である以上、設備ごとに分けて把握しておく価値があります。

よくある質問
PLC技術者の育成にはどれくらいの期間が必要ですか。
担当範囲によって大きく変わります。既存プログラムを読んでアラームの原因箇所を特定し、パラメータやタイマ値を変更できるレベルであれば、メーカーの基礎コースの受講と現場での反復で数か月から半年程度が目安です。一方、新規設備のプログラムをゼロから書き、安全回路の設計まで担えるレベルとなると年単位の経験が必要になります。本記事の切り分けに沿えば、前者は内製、後者は外注という配分が現実的です。育成計画を立てるときは、到達させたいレベルを「読めるまで」「直せるまで」「書けるまで」のどこに置くかを先に決めてください。
ロボット保守を内製化するとき、どこまでを社内でやるべきですか。
日常点検、消耗品とバッテリーの交換、非常停止からの復帰、原点復帰の操作、簡単なアラームのリセットと一次切り分けまでを内製の標準的な範囲と考えるとよいでしょう。減速機やサーボモータの交換、コントローラ基板の診断、精度が出なくなった場合のキャリブレーションは、専用の治具と経験が必要になるため外注側に置くのが一般的です。この線引きを保守契約の交渉前に決めておくと、契約に含める訪問回数を実態に合わせて減らせます。
設備保全を外注するメリットは何ですか。
3つあります。1つ目は、専用の測定器や診断機材を自社で保有せずに済むことです。2つ目は、複数社の設備を見ている技術者の経験値を借りられることで、自社では年に一度も遭遇しない故障モードでも対処の勘所を持っています。3つ目は、人員の変動リスクを外部に移せることで、内製の場合に問題となる離職による技能の断絶が起こりません。逆にデメリットは応答までのリードタイムで、本記事の試算が示したとおり、この待ち時間が損益分岐点を大きく動かします。外注のメリットを活かすには、応答時間を契約で明確に定めておくことが前提になります。
ロボットティーチングを内製化するのに、専任者を置く必要はありますか。
必ずしも専任である必要はありません。品種切替の頻度が週に数回程度であれば、生産技術や保全の担当者が兼務する形でも運用できます。ただし兼務にする場合は、切替が集中する時期にその人の他の業務が滞ることを見込んでおく必要があります。品種切替が毎日発生するようなラインでは、実質的に専任に近い工数になるため、最初から専任枠として人員計画に組み込んだほうが無理がありません。
内製化と外注を併用する場合、責任の境界はどう決めればよいですか。
設備単位ではなく、作業内容単位で線を引くことをおすすめします。設備単位で分けると「この設備は自社担当」という区分になり、その設備で高度な故障が起きたときに社内で抱え込んでしまう事態が起きます。作業内容単位、たとえば「アラームコードの一覧のうち、この範囲は社内で対応し、この範囲は即座に保守会社へ連絡する」という形で線を引けば、判断が現場で迷いなく行えます。この一覧を保守契約書の別紙として共有しておくと、実際の呼び出し時のやり取りも短くなります。
自動化人材の不足はタイ特有の問題ですか。
いいえ、グローバルな傾向です。本記事で触れたManpowerGroupの2026年版調査は41カ国・39,063社を対象としたもので、72%の雇用主が人材確保に困難を感じていると回答しています。同調査ではAI関連スキルが初めて最も見つけにくいスキルの首位に立ち、従来上位だったエンジニアリングや伝統的なITスキルを上回りました。ただしこれはグローバル集計値であり、タイの製造業に限定した数値ではありません。タイ固有の要因としては、人材の流動性の高さと成長産業への人材流出が、育成した技術者の定着を難しくしている点が挙げられます。
まとめ
自動化投資をした工場が次にぶつかる技術者不足は、採用の問題であると同時に、どの業務を社内に持ちどの業務を外に出すかという設計の問題です。内製か外注かという二択で考えると答えが出ませんが、発生頻度と専門性の2軸で業務を並べれば、ロボットティーチングや日常保全は内製、PLCプログラムの改修や高度な故障診断は外注という形で、線は自然に引けます。
そのうえで本記事が示したかったのは、内製と外注の損益分岐を決めているのが人件費ではないという点です。技術者1名を3年抱える費用と保守契約を比較すると分岐点は年26回になりますが、外部技術者の到着を待つ間の停止時間を金額に換算した途端、分岐点は年5回まで下がります。離職率を0%から50%まで振っても分岐点は4.5回から5.4回にしか動かないのに対し、停止コストの前提を変えると26回から3回まで動きます。内製化の是非を検討するときにまず確認すべきなのは、採用市場の相場でも研修費の見積もりでもなく、自社のその設備が1時間止まると何バーツ失われるのかという数字です。
そして離職リスクは、金額の比較においては小さな項目でありながら、内製体制そのものを崩壊させる可能性を持つ質の違うリスクです。1名に集中させない、記録を工場側に残す、内製の守備範囲を意図的に狭く保つ。この3つを最初から設計に織り込んでおくことが、タイで内製化を続けるための条件になります。
自社の設備群のうちどこまでを内製に寄せるべきか、まだ判断がついていない段階でもご相談いただけます。過去1年の呼び出し回数と応答時間の実績があれば、本記事のモデルに沿って設備ごとの分岐点を一緒に整理することができます。詳細が固まっていない検討初期の段階でも構いませんので、お問い合わせページよりお気軽にご連絡ください。
参考情報
- ManpowerGroup 2026年版 Global Talent Shortage 調査リリース-Global Talent Shortage Reaches Turning Point as AI Skills Claim Top Spot
- JETRO 東部経済回廊 EEC 政策について
- Mediator 日タイ修好135周年記念 EECがつなぐ日タイのビジネスコラボレーション
- Thai-Biz 三菱電機、タイと日本のパートナー企業と連携し「タイランド4.0」の推進を図る
- EECi Sustainable Manufacturing Center(SMC)公式ページ
- BOI タイ投資委員会 自動化・ロボット産業に対する投資奨励政策 日本語版PDF
- Glassdoor タイ国内のオートメーション関連求人一覧