設備保全の外注は、人手不足を埋める手段として検討されることが多い一方で、「思ったほど安くならなかった」という声も同じくらい聞こえてきます。ただ、その原因は業者の質ではなく、見積の比べ方にあります。この記事では、タイの日系工場80台をモデルに、月額で比べるのをやめて停止損失まで含めた年間総コストで比べると何が変わるのかを、数字で追いかけます。
設備保全の外注が「安くならない」と言われる本当の理由
複数社から見積を取ると、たいてい手元には「月額◯◯バーツ、24時間以内に着手」という似た形式の紙が並びます。項目がそろっているので比較しやすく、いちばん安い1社を選びたくなります。ここが最初の分岐点です。
月額だけを横に並べて比べる限り、選ばれるのは「工場全体を1本の年間定額契約で包む」案になります。これは意思決定として合理的に見えます。実際、後述する試算でも、全設備を内製3名だけで回す案や、全部をスポット外注に出す案よりは総コストが下がります。問題は、そこで比較が止まってしまうことです。設備保全のアウトソーシングを検討して見積を集めたところで、意思決定が止まってしまうケースは珍しくありません。
外注の見積書に書かれているのは直接費だけです。そこには、あなたの工場が設備の停止によって失っている金額が1バーツも載っていません。載っていないものは比較されないので、結果として「停止時間が長いほうの契約」が「安い契約」として選ばれます。保全の外注が安くならなかったのではなく、安さの定義に停止損失が入っていなかった、というのが実態に近い構図です。
もうひとつの落とし穴が、SLA(サービス水準)の掛け方です。多くの契約は工場全体を1本のSLAで包みます。「24時間以内に着手」「翌営業日に対応」といった条件が、ラインを丸ごと止める主力設備にも、代替機がある補助設備にも、同じように適用されます。しかし設備の停止インパクトは桁違いに違います。1本のSLAは、止まると痛い設備には遅すぎ、止まっても困らない設備には高すぎる契約になります。どちらの側でも損をしているのに、月額の欄からはその損が見えません。
この記事の主張はシンプルです。設備保全の外注は「安くするため」ではなく「止まると痛い設備の停止時間を買い戻すため」に使う。そのためには、契約を1本にせず、設備を停止インパクトで3層に分けて層ごとに契約形態を変えます。すると、外注費そのものは増えるのに、年間の総コストは下がります。以降でその数字を分解していきます。
なお、突発停止が例外的な事象ではないことは各国の調査でも示されています。Flukeが米英独の意思決定者・保全担当600名超に実施した調査では、米国製造業の55%が過去1年に突発停止を経験しており、米国の製造業全体では週あたり最大2億700万ドルの損失が生じていると報告されています。突発停止は「起きたら困ること」ではなく「毎年一定件数起きるもの」として予算に組み込むべき対象です。
保全を外注する前に、設備を3層に分ける

見積を比べる前にやることがあります。設備リストを層に分けることです。これは業者に頼む作業ではなく、工場側でしか決められない作業です。層が決まっていない状態で見積を依頼すると、業者は工場全体を平均的に守る提案を出すしかなく、結果として「1本のSLAで包む」案しか集まりません。
この記事では、タイの日系工場、設備80台、2直(16時間/日)、月25日稼働、突発停止は年180件というモデル工場で話を進めます。読者の工場と台数は違っても、考え方はそのまま使えます。
A層・B層・C層の分け方
判定基準は資産価値でも購入年でもありません。その設備が止まったとき、何分でラインが止まるか、この1点です。
- A層: 止まった瞬間、あるいは数分以内にライン全体が止まる設備。バッファも代替機もありません。
- B層: 止まっても工程間のバッファ(仕掛品)でしばらく吸収できる設備。数時間の猶予はありますが、それを超えると後工程が止まります。
- C層: 代替機がある、または非ボトルネック工程にある設備。1台止まっても、その日の生産計画はほぼ守れます。
モデル工場では次のように分かれました。
| 層 | 台数 | 年間の突発件数 | 停止1時間あたりの損失 |
|---|---|---|---|
| A層(止まるとライン全停止) | 12台 | 24件 | 25,000 バーツ |
| B層(工程間バッファで吸収) | 28台 | 66件 | 6,000 バーツ |
| C層(代替機あり・非ボトルネック) | 40台 | 90件 | 1,000 バーツ |
台数で見るとC層が40台と最も多く、A層は12台しかありません。しかし停止1時間あたりの損失はA層が25,000バーツ、C層が1,000バーツです。台数の多さと守るべき優先度はまったく比例しません。ここを取り違えたまま「台数割りの月額」で契約すると、金額の大半がC層の40台に流れます。
層分けの実務では、次の点でつまずきやすいので先に決めておきます。第一に、層は設備単位ではなく「その設備が現在担っている役割」で決めること。同じ機種でも、ボトルネック工程に置かれていればA層、予備ラインにあればC層です。第二に、年に1回は見直すこと。生産品目が変わればボトルネックは移動します。第三に、層の判定を保全部門だけで決めないこと。何分でラインが止まるかを正確に答えられるのは生産管理と製造部門です。
復旧1時間の価値は層で6.7倍ちがう
層ごとの損失額がわかると、「復旧時間を1時間短縮すること」の価値を金額に換算できます。年間の突発件数に、停止1時間あたりの損失を掛けるだけです。
- A層: 24件 × 25,000 = 600,000 バーツ/年
- B層: 66件 × 6,000 = 396,000 バーツ/年
- C層: 90件 × 1,000 = 90,000 バーツ/年
- 工場全体の合計(=損失係数): 1,086,000 バーツ/年
同じ「復旧1時間短縮」でも、A層はC層の約6.7倍(600,000 ÷ 90,000)の価値があります。この6.7倍という差が、契約を1本にしてはいけない理由のすべてです。
そして、工場全体の損失係数1,086,000バーツ/年という数字が、以降の試算のすべての土台になります。平均復旧時間が1時間変わるたびに、年間で1,086,000バーツが動く。この係数を持っているかどうかが、見積を比べられるかどうかを決めます。手元の工場で同じ表を作るには、層ごとの年間突発件数と停止1時間あたりの損失額の2つだけがあれば十分です。損失額は、そのラインの1時間あたり生産数量に限界利益を掛けた値を出発点にして、納期遅延や再立ち上げの追加工数を上乗せして決めます。
層と損失係数を継続的に更新していくには、突発停止の記録が設備ごとに残っている必要があります。紙の日報や個人のExcelで管理していると、層の見直しのたびに集計からやり直すことになります。記録の持ち方については設備保全システムの選び方で整理しているので、あわせて確認してください。
契約形態は5つ。平均復旧時間と年額で並べる

層が決まったら、次は契約形態の棚卸しです。保全の対応形態は、細かい商品名を外して整理すると5つに収まります。重要なのは、それぞれを「月額いくらか」ではなく「平均復旧時間はいくつで、年額の直接費はいくらか」の2軸で並べることです。
内製3名だけで回す・スポット・年間定額・優先契約・常駐
| 形態 | 平均復旧時間 | 年額の直接費 |
|---|---|---|
| 内製3名のみ(日勤のみ・夜勤保全なし) | 8時間 | 1,872,000 バーツ |
| スポット外注(翌営業日対応) | 12時間 | 1件 5,200 バーツ × 件数 |
| 年間定額(24時間以内に着手) | 6時間 | 1,140,000 バーツ |
| 優先契約(4時間以内に着手) | 3時間 | 1,608,000 バーツ |
| 常駐1名+バックアップ | 1時間 | 1,800,000 バーツ |
内訳は次のとおりです。見積を読むときは、相手の月額がこの内訳のどこに相当するのかを必ず確認してください。
- 内製3名 = 保全技術者 47,000 バーツ/人月(社会保険・残業込み)× 3名 × 12か月 = 1,692,000 + 教育・資格・工具・計測器 180,000 = 1,872,000 バーツ
- スポット1件 = 出張費 2,500 バーツ + 作業 900 バーツ/時 × 3時間 = 5,200 バーツ
- 年間定額 = 95,000 バーツ/月 × 12 = 1,140,000 バーツ
- 優先契約 = 134,000 バーツ/月 × 12 = 1,608,000 バーツ
- 常駐 = 150,000 バーツ/月 × 12 = 1,800,000 バーツ
この表から読み取るべきことが3つあります。
1つめ。内製3名は、平均復旧時間8時間で年間1,872,000バーツかかっています。これは年間定額の1,140,000バーツより高く、優先契約の1,608,000バーツよりも高い金額です。内製は「外注より安い」と無意識に前提されがちですが、社会保険・残業・教育・工具・計測器まで積むとそうではありません。しかも日勤のみの体制では、夜勤帯に止まった設備は翌朝まで待つことになり、それが平均8時間という数字になって表れています。
2つめ。スポット外注は最も安く見えて、最も遅い。1件5,200バーツという単価は魅力的ですが、翌営業日対応なので平均復旧時間は12時間です。この形態は、遅くても構わない設備にだけ使う道具です。
3つめ。優先契約(134,000バーツ/月)と年間定額(95,000バーツ/月)の差は月39,000バーツです。年に468,000バーツ。この差額に対して、平均復旧時間は6時間から3時間へ3時間短縮されます。損失係数1,086,000バーツ/年で換算すると、3時間の短縮は3,258,000バーツの価値です。468,000バーツを払って3,258,000バーツを買い戻す取引だと理解できていれば、見積の月額差39,000バーツで悩む時間はなくなります。
なお、状態監視や振動・電流のトレンド管理を組み合わせて突発件数そのものを減らす方向は、この5形態とは別の打ち手として並行して検討する価値があります。考え方は予知保全システム導入ガイドにまとめています。件数が減れば、同じ契約形態のままでも損失係数が下がります。
常駐1名では年90件しか捌けない
ここまで読むと、「では全設備を常駐でカバーすれば復旧1時間になるのでは」と考えたくなります。しかしこれは物理的に成立しません。
突発1件あたり、実作業に加えて移動と記録を含めると6時間かかります。常駐1名の年間実働は1,900時間ですが、そのすべてを突発対応に使えるわけではありません。定期保全(PM)と改善活動に時間を割く必要があり、突発対応に回せるのは約540時間(実働の約28%)です。
540 ÷ 6 = 年90件が上限。
モデル工場の突発は年180件です。常駐1名では、全体のちょうど半分しか捌けません。ここで「では常駐2名にすればよい」という発想も出ます。この案は、面倒でも数字で潰しておいてください。2人目を置けば残るC層90件も復旧1時間になるので、C層は12時間から1時間へ11時間短縮されます。C層の復旧1時間の価値は年90,000バーツなので、便益は 11時間 × 90,000 = 990,000バーツ。一方で費用は、常駐2人目に年1,800,000バーツを払う代わりにC層のスポット費468,000バーツが不要になるので、差引で年1,332,000バーツの増加です。便益990,000バーツに対して費用1,332,000バーツ。年342,000バーツの足が出ます。次章で示す層別の案(年間総コスト4,344,000バーツ)に対し、常駐2名の案は 3,600,000 + 停止損失1,086,000 = 4,686,000バーツとなり、この342,000バーツの差がそのまま現れます。惜しい差ですが、逆転はしません。
したがって、常駐という最も速い形態は、捌ける90件をどの設備に割り当てるかという配分の問題として扱う必要があります。この配分こそが層分けの実務的な意味です。A層24件とB層66件を足すと、ちょうど90件。常駐1名の年間処理能力と一致します。残るC層90件は、遅くても許容できるのでスポットに出す。ここまでが、次章の試算で⑥として登場する組み合わせです。
パターン別の年間総コスト試算(タイ工場80台モデル)
ここまでの数字を組み合わせて、年間総コスト(直接費 + 停止損失)で並べ替えます。停止損失は、損失係数1,086,000バーツに平均復旧時間を掛けて算出します。層を分けるパターンだけは、層ごとに個別計算します。
| パターン | 直接費 | 停止損失 | 年間総コスト |
|---|---|---|---|
| ① 全部内製3名(8時間) | 1,872,000 | 8,688,000 | 10,560,000 バーツ |
| ② 全部スポット外注(12時間) | 936,000 | 13,032,000 | 13,968,000 バーツ |
| ③ 全部を年間定額で包む(6時間) | 1,140,000 | 6,516,000 | 7,656,000 バーツ |
| ④ 全部を優先契約で包む(3時間) | 1,608,000 | 3,258,000 | 4,866,000 バーツ |
| ⑥ 層別に分ける(A・B層=常駐/C層=スポット) | 2,268,000 | 2,076,000 | 4,344,000 バーツ |
計算の根拠は次のとおりです。
- ② 直接費 = 180件 × 5,200 = 936,000
- ⑥ 直接費 = 常駐 1,800,000 + C層90件 × 5,200(468,000)= 2,268,000
- ⑥ 停止損失 = A層 24件 × 1時間 × 25,000(600,000)+ B層 66件 × 1時間 × 6,000(396,000)+ C層 90件 × 12時間 × 1,000(1,080,000)= 2,076,000
表に⑤がないのは意図的です。「全設備を常駐で守って復旧1時間」というパターンは、前章のとおり年90件の処理上限を超えるため成立しません。数字の上では最も魅力的に見えますが、実行できない案を比較表に載せると意思決定を歪めるので、あえて外しています。見積の中に「常駐1名で全設備をカバー」と書かれた提案があったら、まず年間の突発件数と1件あたりの所要時間を持ち出して、その体制で何件まで捌けるのかを聞いてください。
まず目を引くのは②です。最も直接費が安い(936,000バーツ)のに、年間総コストは最も高い(13,968,000バーツ)。見積の月額だけで選ぶという行為が何を招くのかを、この1行が示しています。①の内製オンリーも10,560,000バーツで、外注ゼロが安全でも安価でもないことがわかります。
ここからが本題です。 工場全体を年間定額1本で包む③と、層別に分ける⑥を比べます。
- 年間総コスト: 7,656,000 → 4,344,000。差は 3,312,000 バーツ/年
ここで多くの資料は「層別にすると年3,312,000バーツ安くなります」で話を終えます。しかし、この結論の伝え方は危険です。なぜなら、⑥では外注費そのものはむしろ増えているからです。分解するとこうなります。
- 直接費(=外注費・人件費として毎月支払う金額): 1,140,000 → 2,268,000。+1,128,000 バーツの増加
- 停止損失(=会計上どこにも計上されないが確実に失っている金額): 6,516,000 → 2,076,000。−4,440,000 バーツの減少
- 差し引き: 4,440,000 − 1,128,000 = 3,312,000 バーツの改善
減った停止損失4,440,000バーツから、増えた直接費1,128,000バーツを引くと、ちょうど総コストの差3,312,000バーツに一致します。つまり⑥は、年1,128,000バーツを追加で払うことによって、年4,440,000バーツ分の停止時間を買い戻している取引です。約3.9倍のリターンで停止時間を買っている、と言い換えてもかまいません。
この構図を、社内でどう説明するかがきわめて重要です。予算会議に持っていくと、目に入るのは「保全の外注費が年1,140,000バーツから年2,268,000バーツへほぼ倍増する」という行だけです。停止損失は元帳のどこにも記帳されていないので、比較の土俵に上がりません。ここで説明を誤ると、せっかくの層別設計が「コスト増の提案」として却下されます。
伝え方の実務的な工夫を3つ挙げます。
第一に、増加分と減少分を必ずセットで示す。 「外注費+1,128,000、停止損失−4,440,000、差引−3,312,000」という3行を1枚にまとめ、外注費の増加を隠さずに先に出します。隠すと、後から気づかれたときに提案全体の信頼が落ちます。
第二に、停止損失の根拠をA層1時間の金額に落とす。 4,440,000バーツという合計額は大きすぎて実感が湧きませんが、「A層が1時間止まるたびに25,000バーツ失っている」なら誰でも検証できます。比べるべきは月額の差ではなく、A層の停止1時間に払っている25,000バーツのほうです。
第三に、④との比較も同時に出す。 ④(全部を優先契約)は4,866,000バーツで、⑥の4,344,000バーツに意外なほど近い水準です。差は522,000バーツにとどまります。もし社内の合意形成や管理工数の観点から、層別の運用が初年度は難しいと判断されるなら、④を暫定案として選び、翌年に⑥へ移行するという段取りも十分に現実的です。重要なのは、③のまま据え置く判断だけは避けることです。③と④の差は2,790,000バーツもあります。
こうした試算を、どの工程・どの設備から手を付けるかという投資の順序に結び付ける進め方については、自動化コンサルティング活用で扱っている優先順位の考え方が参考になります。
何を外注し、何を内製に残すか
契約形態が決まっても、保全を委託する業務範囲の切り分けが曖昧なままだと、数年後に「保全のことは業者にしかわからない」という状態に陥ります。外注の失敗として語られるものの多くは、実は切り分けの失敗です。判断の軸は「難しいかどうか」ではなく、その情報が失われたとき、次の業者に引き継げるかどうかです。
外注してよい作業
次の作業は、手順書と記録様式さえ整えれば外部に出して問題ありません。むしろ外に出したほうが、時間あたりの品質が安定します。
- 定型の予防保全(PM)。日次・週次・月次の点検、給脂、フィルタ交換など、チェックリストで完結する作業
- 部品交換。ベアリング、シール、ベルト、センサなど、交換手順が確立しているもの
- 計測器の校正。トルクレンチ、圧力計、温度計などの定期校正と証跡管理
- 油圧・空圧系の点検と整備。漏れの確認、ドレン処理、レギュレータ調整
- 制御盤内の清掃と点検。粉じん除去、端子の増し締め、冷却ファンの状態確認
- 保全記録の入力。作業内容、使用部品、所要時間のシステム登録
これらは工数としては保全業務の大半を占めます。だからこそ外注の効果が出ます。ここを内製で抱えたまま、判断業務だけを外に出すと、コストも技術も両方失います。定型作業を外に出して生まれた内製工数を何に振り向けるかという設計は、省人化の事例と費用対効果で扱っている人時削減の考え方と同じ枠組みで検討できます。
内製に残す「設備の記憶」
一方で、次の4種類の情報は、どれだけ人手が足りなくても社内に残してください。これらは作業ではなく記憶であり、外に出すと契約終了と同時に消えます。
1. 改造履歴。 導入後に現場が加えた変更は、メーカーの図面にも取扱説明書にも載っていません。センサを1個追加した、ストッパの位置を5ミリずらした、といった記録が失われると、次のトラブル時に誰も現状を説明できなくなります。
2. PLCプログラムの版管理。 これは最も深刻です。誰が、いつ、なぜ、どこを変えたのかがわからないPLCは、事実上ブラックボックスです。外注先の技術者が現地で調整した内容が社内に戻ってこない運用になっていると、数年で手が付けられなくなります。プログラムの原本と変更履歴は必ず工場側が保持してください。
3. 故障モードの判断基準。 「この音がしたらベアリング」「この振動なら軸受けではなくカップリング」といった、記録に残りにくい判断の型です。外注先の作業報告書に、症状・推定原因・確定原因・処置の4項目を書かせる様式にしておくと、数年で社内に蓄積されます。
4. 部品の互換情報。 タイでは純正部品の入手に時間がかかることがあり、現場は代替品で凌いできた歴史を持っています。「この型番はこの現地品で代替可」という一覧は、調達リードタイムを直接短縮する資産です。
この4つを社内に残す仕組みがあるかどうかが、5年後に業者を切り替えられるかどうかを決めます。切り替えられない状態は、価格交渉力を失った状態と同じです。
契約書で必ず決める7項目
見積を比べる段階で、次の7項目を各社に同じ質問として投げてください。回答の質が、そのまま実行段階の品質を予測します。
① 応答の定義。 「24時間以内」が何を指すのかを明確にします。受付の返答なのか、現地への着手なのか、復旧完了なのか。ここが曖昧なまま契約すると、業者は受付時刻で測り、工場は復旧時刻で測る、というすれ違いが必ず起きます。層ごとに定義を変えてもかまいません。A層は「着手」、C層は「受付」で管理する、といった設計が現実的です。
② 4時刻の記録方法。 発生・検知・着手・復旧の4つの時刻を、誰がどの媒体に記録するかを決めます。この4時刻がないと、実績評価も契約更新時の交渉もできません。特に「発生」と「検知」の差は、監視の弱さを示す重要な指標です。記録の受け皿については、前述の設備保全システムの選び方で触れているとおり、契約開始前に用意しておくのが望ましい順序です。
③ 対象設備リストと層の指定。 契約書の別紙に設備リストを添付し、各設備の層を明記します。層が書かれていない契約書は、結局のところ1本のSLAで包む契約と同じです。
④ 除外作業と追加費用の単価。 何が定額に含まれ、何が別料金かを事前に確定します。特に、夜間・休日の出動、大型部品の交換、オーバーホール、他社製設備の対応は、追加になりやすい領域です。単価表を契約書に含めておけば、その都度の交渉が不要になります。
⑤ 部品の調達責任と在庫の所有者。 部品を業者が持つのか工場が持つのか、在庫の所有権は誰にあるのかを決めます。業者在庫に依存すると、契約終了時に予備品ごと失う可能性があります。A層の重要部品だけは工場所有にしておく、という折衷案が現実的です。
⑥ 保全記録の帰属。 作業報告書、点検記録、振動データ、写真を含むすべての記録は工場の資産である、と明記します。業者のシステム上にしかデータがない状態は避けてください。エクスポート形式と頻度まで書ければ理想的です。
⑦ 契約終了時の引き継ぎ範囲。 終了時に何を、どの形式で、何日以内に引き渡すかを最初に決めます。この条項があるだけで、契約期間中の記録の質が変わります。引き継ぎの約束がない契約は、実質的に更新を強制される契約です。
7項目のうち、①②③は見積依頼の段階で条件として提示してください。この3つを指定して見積を取ると、各社の提案が同じ土俵に乗り、月額の比較に意味が出ます。
タイで保全を外注するときの固有論点

タイで保全体制を設計する場合、日本国内とは前提が異なる論点が4つあります。
人件費の水準は上がり続けている。 最低賃金は日額400バーツに引き上げられており、バンコクでは2025年7月1日から、チョンブリー・ラヨーンなど4県1郡では2025年1月から適用されています。保全技術者はもともと最低賃金帯より上の給与水準ですが、下限が上がれば全体の水準も押し上げられます。内製3名を47,000バーツ/人月で維持し続ける前提は、年々見直しが必要です。逆に言えば、内製の年額1,872,000バーツは今後上振れしやすく、外注との比較は年を追うごとに外注側に有利に動きます。
技術者の採用は構造的に難しい。 ジェトロの2023年度進出日系企業実態調査では、タイの日系企業の40.4%が人材不足を課題に挙げ、管理職の確保困難が79.8%、IT・技術者の確保困難が56.7%に達しています。自動化技術を扱える人材の確保はとりわけ難しい領域です。そして、これはタイ固有の事情ではありません。The Manufacturing InstituteとDeloitteの調査では、2033年までに最大380万人が必要になる一方、うち最大190万人が埋まらない可能性が指摘され、65%の企業が人材の確保・定着を最大の経営課題に挙げています。採用で解決する前提の計画は立てないほうが安全です。
設備には余力がある。 タイ工業経済局の統計では、2026年6月の製造業生産指数(MPI)は前年同月比3.10%減、第2四半期は1.79%減、平均稼働率は57.47%でした。稼働率に余力があるということは、C層の設備が止まったときに「代替機に流す」「翌日にまとめて挽回する」という判断が成立しやすいことを意味します。フル稼働の工場ではC層でも即時対応が必要になりますが、現在のタイの平均的な稼働状況では、C層をスポット契約(翌営業日対応)に出す設計は無理のない選択です。逆に、自社の稼働率が90%を超えているなら、C層の定義そのものを見直す必要があります。
請負と労働者派遣の区別。 常駐契約を検討する場合、法務面の確認が欠かせません。常駐者に対して工場側が直接、日々の作業指示(指揮命令)を出すと、形式は請負契約でも実態は労働者派遣とみなされる可能性があります。作業の依頼は業者側の責任者を通す、作業計画は業者が立てる、といった運用ルールを契約前に社内で確認し、現場にも周知してください。これは契約書の文言だけでなく、日々の運用実態で判断される論点です。専門家への確認を前提に、社内の法務・人事と早い段階で共有することをおすすめします。
90日で移行する進め方
層別の契約設計は、一度に全部を切り替えようとすると必ず頓挫します。実績データがないまま高額な契約を結ぶことになるからです。90日を3つの期間に分けて進めます。
0〜30日: 設備リストと層の確定、4時刻の記録開始
まず設備リストを作り、全台に層を割り当てます。判定は「止まったとき何分でラインが止まるか」の1点で行い、生産管理・製造・保全の3部門で合意します。同時に、発生・検知・着手・復旧の4時刻の記録を開始します。この期間は契約を何も変えません。データを取ることだけに集中します。30日分でも記録があると、業者との会話の質が変わります。層ごとの突発件数と実際の復旧時間の初期値が手に入るからです。
31〜60日: C層をスポットに出して単価と応答の実績を取る
次に、失敗しても被害が小さいC層から外注を始めます。C層は停止1時間あたり1,000バーツなので、業者の対応が期待外れでも損失は限定的です。ここで確認するのは価格だけではありません。作業報告書の書き方、記録の提出形式、部品調達のリードタイム、技術者のスキル水準、そして緊急時の連絡が実際につながるかどうか。これらは提案書からは絶対にわかりません。複数社に少量ずつ出して比較するのが理想です。
61〜90日: A・B層の契約形態を決める
C層で実績が取れて初めて、A・B層の契約に進みます。ここまでに、層ごとの突発件数の実測値、業者ごとの実際の応答時間、追加費用の発生パターンが手元にそろっているはずです。この状態なら、常駐か優先契約かの判断を数字で下せます。
守るべき原則は1つ。実績が無いまま常駐や優先契約を結ばないこと。常駐は年1,800,000バーツ、優先契約は年1,608,000バーツの支出です。3か月の助走を省いて即決した契約は、後から変更しようとしても契約期間の縛りで動けなくなります。90日の遅れは、判断を誤ったときの1年分の損失に比べれば、はるかに小さいコストです。
よくある質問
設備保全の外注はいくらかかるのか
対応の速さで決まります。本記事のモデル工場(80台、突発年180件)では、スポット外注が1件5,200バーツ、年間定額(24時間以内に着手)が年1,140,000バーツ、優先契約(4時間以内に着手)が年1,608,000バーツ、常駐1名+バックアップが年1,800,000バーツです。ただし、この直接費だけを比べても意思決定はできません。停止損失を足した年間総コストで見ると、全部を年間定額で包む案が7,656,000バーツ、層別に分ける案が4,344,000バーツとなり、直接費が高いほうが総額では安くなります。
保全を外注すると社内に技術が残らないのではないか
作業を外に出しても技術は残ります。消えるのは記憶のほうです。改造履歴、PLCプログラムの版管理、故障モードの判断基準、部品の互換情報。この4つを工場側の資産として契約書に明記し、記録の形式と提出頻度まで決めておけば、外注しても社内には蓄積されます。技術が残らなくなるのは外注したからではなく、記録の帰属と様式を決めずに外注したからです。
スポット契約と年間契約はどちらが得か
設備の層によって答えが変わります。C層(代替機あり・非ボトルネック、停止1時間あたり1,000バーツ)はスポットで十分です。復旧が12時間かかっても年間の損失は1,080,000バーツにとどまります。一方、A層(停止1時間あたり25,000バーツ)をスポットに出すと、同じ12時間の遅れが桁違いの損失になります。「どちらが得か」ではなく「どの設備にどちらを使うか」が正しい問いです。工場全体で一律に選ぶ限り、必ずどこかで損をします。
生産技術のアウトソーシングと設備保全の外注は何が違うのか
対象とする時間軸が違います。設備保全の外注は、すでに稼働している設備を止めない・早く戻すための業務です。生産技術のアウトソーシングは、新規ラインの立ち上げ、工程設計、治具設計、設備の改造といった、これから作るものに関わる業務です。両者を1本の契約に混ぜると、保全のSLAで改造案件が動くことになり、どちらも成果が測れなくなります。契約を分け、評価指標も分けてください。保全は復旧時間、生産技術は立ち上げ期間と歩留まりで測ります。
タイでは請負と派遣をどう区別するのか
実質的な指揮命令の有無で判断されます。契約書の表題が請負であっても、工場側が常駐者に直接、日々の作業指示を出していれば、実態は労働者派遣と評価される可能性があります。作業の依頼は業者側の責任者を経由する、作業計画と手順は業者が策定する、勤怠管理は業者が行う、といった運用を契約前に整理し、現場の管理者にも周知してください。判断は運用実態に基づくため、契約前に社内の法務・人事および専門家に確認することをおすすめします。
まとめ
設備保全の外注で成果が出ない理由は、業者選びではなく比べ方にあります。要点を整理します。
- 見積の月額だけを比べると、工場全体を年間定額1本で包む案(年間総コスト7,656,000バーツ)が選ばれる。停止損失が見積書に載っていないため、比較の土俵に上がらない
- 設備ごとに停止インパクトは桁違いだ。復旧1時間の価値は、A層600,000バーツ/年に対しC層90,000バーツ/年で、約6.7倍の開き
- 工場全体の損失係数は年1,086,000バーツ。平均復旧時間が1時間変わるたびに、この金額が動く
- 常駐1名が捌けるのは年90件が上限。全設備を最速で守る体制は物理的に成立しないので、90件をどの層に割り当てるかを設計する
- A・B層を常駐、C層をスポットに分けると年間総コストは4,344,000バーツ。1本で包む案との差は3,312,000バーツ
- ただし外注費そのものは増える。直接費は+1,128,000バーツ、停止損失は−4,440,000バーツ。4,440,000 − 1,128,000 = 3,312,000。増えた支出の約3.9倍の停止時間を買い戻している構図
- 契約書では7項目(応答の定義、4時刻の記録、対象設備と層、除外作業と単価、部品と在庫、記録の帰属、終了時の引き継ぎ)を必ず確定する
- 進め方は90日。層の確定と記録開始、C層での試行、A・B層の本契約の順に進め、実績が無いまま高額契約を結ばない
比べるべきは、業者が提示する月額の差ではありません。A層が1時間止まるたびに失っている25,000バーツのほうです。この数字を持って見積を並べ直すと、選ぶべき契約は自然に決まります。
手元の設備リストをどう3層に分けるか、損失1時間あたりの金額をどう見積もるか、といった段階でも構いません。TOMAS TECHはタイの日系工場で保全と設備の現場に関わってきたので、層分けの考え方や、契約前に確認しておくとよい項目の整理だけでもお手伝いできます。すでに他社の見積をお持ちの場合、その内容を見せていただく必要はありません。判断の軸をそろえるところからご相談いただければと思います。お問い合わせはこちらからご連絡ください。
参考情報
- Fluke「Unplanned downtime costs United States manufacturers up to $207M weekly」2025年10月30日 https://pressroom.fluke.com/unplanned-downtime-costs-united-states-manufacturers-up-to-207m-weekly-exposing-critical-vulnerabilities-in-industrial-resilience/
- The Manufacturing Institute / Deloitte「Taking charge」2024年4月 https://themanufacturinginstitute.org/manufacturers-need-as-many-as-3-8-million-new-employees-by-2033/
- ジェトロ「バンコクの最低賃金、日額400バーツに引き上げ」2025年7月4日 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/07/b21007a1ac8f7fca.html
- ジェトロ「人材不足の現状と対応、今後の最低賃金の動向にも注目(タイ)」2024年5月16日 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2024/0303/f5b4d6344434b2a9.html
- 新華社「Thailand’s industrial output slips 3.1 pct in June」2026年7月27日 https://english.news.cn/20260727/f8b7ceb202d04b1f8facbcbf44ed60ce/c.html