設備改造の見積を複数社から取ったら、金額が倍近く違った。タイの日系工場でよく聞く話である。要求仕様は同じ、追加する治具もユニットも同じなのに、差が開く。この差の正体は作業量ではない。その設備について、いま社内に何が残っているかである。本記事では、改造で行くか新設で行くかを社内の会議で説明できるように、判断の分岐と費用の内訳を数字で整理する。
設備改造の見積が割れるのは、作る量ではなく残っている情報の量
同じ要件でも見積が倍違う理由は「作る量」の外にある
改造の相談を受けたとき、発注側が用意しているのはたいてい「何を追加したいか」である。新機種に対応するために保持治具を1式追加したい、ねじ締めユニットを1軸増やしたい、サイクルタイムは今のまま維持したい。要求としてはこれで足りている。ところが、この要求から出てくる見積は、受注する側の技術力の差よりも、その設備について残っている資料の量で大きく振れる。
理由は単純である。既存設備を触る仕事は、作る前に「いまどうなっているか」を確定させなければ着手できない。新設であれば、機械も制御も自分たちで決めた通りに作るので、確定作業は設計の一部として吸収される。改造は違う。他人が十数年前に決めた仕様の上に、いまの要求を載せる。その当時の決定が文書として残っていなければ、実機から読み取り直すしかない。この読み取りの工数が、見積の差になって現れる。
「調べ直す費用」は図面にも仕様書にも現れない
厄介なのは、この読み取り工数が成果物として目に見えないことである。工場側から見れば、支払った金額に対して増えたのは治具1式とユニット1軸だけである。回路図を起こし直した、PLCプログラムを読み解いた、サーボのパラメータを吸い出して意味を推定した、といった作業は、稼働している設備の外観を1ミリも変えない。
そのため、社内の稟議では「治具1式にこの金額は高い」という評価になりやすい。ここで発注側が持っておくべき視点は、見積の中に「作る費用」と「調べ直す費用」の2種類が混ざっている、という切り分けである。この2つを分けて出させれば、金額の妥当性は判断できる。分けずに一式で出てきた見積は、比較のしようがない。
発注側が最初に確認すべきは、相手の技量ではなく自社の書庫
私たちがご相談を受けたとき、最初に見せていただくのは設備そのものではなく、その設備のファイルである。図面(機械図と電気回路図)、PLCプログラムのソースとタッチパネルの画面データ、サーボのパラメータ表、そして納入後の変更履歴。この4点がどこまで揃っているかで、改造の難易度も費用も、ほぼ決まってしまう。
つまり、改造か新設かの判断は、業者を呼ぶ前に社内で半分終わっている。書庫を開けて何が残っているかを確認する作業は、誰にも発注しなくてもできる。この記事の後半で示す試算では、資料が揃っている場合と欠落している場合で、同じ改造の費用が 1,400,000 THB と 2,280,000 THB に分かれる。差は 880,000 THB である。
2026年のタイで設備改造の相談が増えている局面(MPI・稼働率の読み替え)
直近の生産統計が示している状況
2026年7月27日の新華社の報道によれば、タイ工業省工業経済事務所(OIE)の Supakit Boonsiri 長官は、2026年6月の製造業生産指数(MPI)が前年同月比で 3.10% 減少したと発表した。2026年第2四半期でみると 1.79% の減少である。同期間の平均稼働率は 57.47% と報告されている。なお6月の数字については、Business Recorder が、ロイター調査の市場予想である 0.2% 増を下回ったと伝えている。
この数字は、設備投資の判断材料としてそのまま「投資を止めろ」と読むべきものではない。読み替えが要る。
稼働率 57.47% は、投資判断において逆向きの2つの意味を持つ
1つ目の意味は分かりやすい。稼働率が 57.47% という水準では、能力を増やすための新設は社内で通りにくい。すでに空いている能力があるところに、さらに設備を1台足す提案は、投資回収の説明が難しくなる。数量を根拠にした新設案件は、この局面では止まる。
2つ目の意味は逆方向に効く。稼働率に余裕があるということは、ラインを止められるということである。フル稼働で受注残を抱えている工場では、3日の連続停止を確保するだけで数か月の調整が要る。停止が取れないから改造ができず、結果として「止めなくていい新設」に流れる、という判断は現場では珍しくない。稼働率が落ちている局面は、その制約が外れる局面でもある。
だから「能力増」ではなく「品種対応」の改造が動く
実際に相談が増えているのは、能力を増やす投資ではなく、既存の設備で新しい機種を流せるようにする投資である。新機種の受注が決まった、客先から仕様変更が来た、既存ラインで別の品番も流したい。この種の要求は、生産量が伸びていなくても発生する。むしろ数量が読めない局面ほど、専用機を1台増やすより、いまある1台を多品種に対応させる方向に倒れる。
タイの日系工場でいま検討されている設備改造の多くは、この文脈にある。そして品種対応の改造は、能力増の改造よりも既存設備の内部に深く手を入れる。制御のロジック、段取りの手順、治具の位置決め、安全柵の開口。つまり、資料が残っているかどうかが最も効く種類の改造である。

改造と新設を分ける4つの分岐(情報/構造/安全/停止)
4つの分岐を順番に通す
改造で行けるかどうかは、感覚に頼らず決まった順番で判定できる。判定軸は情報、構造、安全、停止の4つである。この4つは並列ではなく、上から順に効く。情報が無ければ構造の余力も測れないし、安全の評価もできない。
| 分岐 | 判定する内容 | 改造に倒れる条件 | 新設に倒れる条件 |
|---|---|---|---|
| 1 情報 | 図面・PLCプログラム・パラメータ・変更履歴が残っているか | 4点が揃い、最終改造時点まで更新されている | 実機と資料が一致せず、読み取り直しが必要 |
| 2 構造 | 機構に余力があるか(剛性・スペース・軸・電源容量) | 追加荷重と追加軸を既存構造で吸収できる | 架台の作り直しか、盤の入れ替えが必要になる |
| 3 安全 | 改造後に「実質的に新しい機械」とみなされるか | 危険源が増えず、既存の防護で成立する | 危険源が増え、防護と文書を全面的に作り直す |
| 4 停止 | 何日ラインを止められるか | 停止枠が取れる、または分割停止ができる | 停止枠が取れず、横で作って据付だけにしたい |
「1つでも赤なら新設」ではない
4つのうち1つが不利でも、改造が消えるわけではない。重要なのは、不利な分岐が費用のどこに乗るかを先に知っておくことである。情報が欠けていれば調査層に乗る。構造に余力がなければ機械層に乗る。安全の再評価が必要なら安全層に乗る。停止が長引けば、費用ではなく停止損失に乗る。
逆に言えば、4つの分岐すべてが不利な設備は、改造だけで決めず、新設と同時に見積を取って比較すべきである。後述する試算では、情報が欠落した改造の総額 2,856,000 THB と、新設の総額 3,492,000 THB の差は 636,000 THB まで縮む。この差で、機構部の残存寿命は買えない。
分岐1|情報 — 図面・PLCプログラム・パラメータ・変更履歴の4点が揃うか
4点それぞれの「揃っている」の定義
情報の分岐は、単にファイルが存在するかどうかではない。実機と一致しているかどうかである。
図面については、機械図は組立図と主要部品図があって最後に手を入れた時点の状態を反映していること、電気回路図は盤内の実配線と端子番号が一致していること。PLCプログラムは、コンパイル済みのバイナリではなくソースがあり、コメントが残っていること。サーボのパラメータは、値そのものと、その値にした理由が分かる形で残っていること。変更履歴は、いつ誰が何のために何を変えたかが追えること。
この4点のうち、現場でもっとも欠けやすいのが変更履歴である。図面もプログラムも「納入時のもの」は残っているのに、その後10年以上の間に現場で入れた微修正が記録されていない。この状態は、資料が無いより厄介である。資料があるので実機と合っている前提で見積が出て、着手してから食い違いが発覚するからである。
PLCプログラムは「あるかどうか」より「読めるかどうか」
PLCのプログラムについては、データが存在していても実質的に使えないケースが多い。ラダーのコメントが日本語で書かれていて、その後タイ人技術者が保守するうちにコメントの言語が混ざっている。デバイス番号の割り付け表が無く、M100 が何を意味するのかがプログラムからは読めない。コンパイル済みのファイルしか残っておらず、元のソースがどのバージョンの開発環境で作られたか分からない。
こうした状態からの改修は、新規開発より工数が増える。既存の動作を壊さないことを保証するために、いま動いているロジックを全部読む必要があるからである。この読み取りをどこまで外注するかは、PLCプログラム開発の外注で切り分け方を整理している。
引き継ぎ情報は、設備を立ち上げた時点で決まる
情報が欠落する原因のほとんどは、改造のときではなく、その設備を最初に導入したときにある。立ち上げの現場は納期に追われていて、装置が動いた時点で完了になりやすい。ソースの受領、パラメータのバックアップ、変更履歴の様式、この3点セットを検収条件に入れておかないと、10年後の改造で必ず跳ね返ってくる。この観点は設備立ち上げ支援で扱っている。
すでに情報が失われている既設機については、改造の判断とは別に、更新計画の中で位置づけを決めておくほうが早い。判断の枠組みは老朽化設備の更新にまとめている。
分岐2|構造 — 機構に余力が残っているか(剛性・スペース・軸・電源容量)
見るべきは4つの余力
構造の分岐は、追加したいものが物理的に載るかどうかである。確認するのは剛性、スペース、軸、電源容量の4点になる。
剛性は、追加する治具やユニットの重量と、それが動くときの反力を、既存の架台とフレームが受けられるかである。ねじ締めユニットのように反力が発生する装置を追加する場合、静的な重量だけでは判断できない。既存の架台が導入時の想定荷重ぎりぎりで設計されていると、追加した瞬間に位置決め精度が落ちる。
スペースは、装置の外形が入るかではなく、保守の手が入るかである。ユニットを追加した結果、既存部品の交換に工具が入らなくなる改造は、稼働開始後に必ず問題になる。
軸は、既存のサーボアンプとコントローラに、追加の軸を接続できるかである。サーボ3軸で構成された機械にもう1軸を足すとき、コントローラの軸数上限、ネットワークの局数、スキャンタイムの余裕が問題になる。
電源容量は、盤の主幹容量と、盤内の温度である。装置を増やせば消費電力が増え、盤内の発熱も増える。既設の盤に空きスペースがあっても、熱的に成立しないことがある。
構造の余力が無い場合、費用は機械層と電気層に飛ぶ
4点のいずれかが不足すると、改造の内容が「治具を足す」から「架台を作り直す」「盤を入れ替える」に変わる。この時点で、改造の費用構成は新設に近づく。特に制御盤の入れ替えが必要になった場合、盤単体で新設の制御盤とほぼ同じ費用がかかる。既設盤の改造で行けるのか、入れ替えるべきなのかの判断基準は、制御盤の設計・製作で整理している。
構造の判定は、図面ではなく実機で行う
構造の余力は、図面上で計算できる部分と、実機を測らないと分からない部分がある。移設を経験している設備では特にそうである。日本の工場で使っていた設備をタイに移設するとき、輸送のために分解し、現地で再組立している。このとき、基礎の仕様も、架台の水平出しの精度も、日本にあったときと同じとは限らない。図面上は余力があるのに、実機の据付状態が原因で追加装置の精度が出ない、という事態は起こる。
したがって構造の判定には、最低でも1回の実機調査が要る。この調査費用は、後述する5層のうち調査層に含まれる。
分岐3|安全 — 改造は「実質的に新しい機械」になることがある
欧州向けの出荷や欧州本社の基準がある場合に効く枠組み
機械の安全については、2023年6月14日付のEUの機械規則 Regulation (EU) 2023/1230 が、2027年1月20日から適用される。従来の機械指令 2006/42/EC を置き換えるものである。この規則には、機械に「実質的な改造」を加えた者が製造者とみなされ、適合性評価、技術文書の作成、CEマーキングといった義務を負う場合がある、という考え方が置かれている。
ここで適用範囲を正確に押さえておきたい。これはEUの規則であり、タイや日本の工場に直接適用される法令ではない。効いてくるのは、改造した機械あるいはその機械で作った製品を欧州向けに出荷する場合と、欧州に本社を持つグループで社内基準として機械指令や機械規則の考え方を適用している場合である。タイの日系工場でも、欧州系の客先を持つ工場や、欧州本社を持つグループ会社では、社内標準としてこの枠組みが降りてきていることがある。自社がこの枠の中にいるかどうかは、改造の仕様を固める前に確認しておくべき事項である。
日本の枠組みでは、リスクアセスメントの実施時期に「設備を変更したとき」が入る
日本の労働安全衛生法第28条の2に基づくリスクアセスメントは、実施時期として設備を変更したときを含んでいる。ただしこれは努力義務である(化学物質など一部については義務化されている)。義務ではないという点は、社内説明の際に誤って伝えないほうがよい。努力義務であることと、やらなくてよいことは別である。
また、機械を譲渡または貸与する事業者による「機械に関する危険情報の通知」についても、労働安全衛生規則第24条の13で努力義務とされている。グループ会社間で設備を融通する場合や、改造した設備を別拠点へ移す場合に関係してくる考え方である。
改造すると「使用上の情報」が実態と合わなくなる
厚生労働省の「機械の包括的な安全基準に関する指針」(平成19年7月31日 基発第0731001号)は、機械を労働者に使用させる事業者について、製造者から提供される使用上の情報を確認したうえで法第28条の2の調査を行うこと、残留リスクを労働者に伝えるための手順を整備し教育を行うことを定めている。
ここも読み方に注意が要る。この指針は既製機械を安全に使用させることが中心であり、使用者による改造そのものを直接規定した条項は確認できていない。したがって「指針が改造を規定している」と社内資料に書かないほうがよい。実務上はこう考えるのが妥当である。改造をすると、製造者から受け取った使用上の情報、つまり取扱説明書、残留リスク一覧、警告表示の内容が、実機の状態と合わなくなる。合っていない情報をもとに教育や手順整備を行うことはできないので、改造を行った事業者側でこれを作り直す必要が出てくる。
安全の作り直しは、鉄より文書のほうが工数を食う
安全対策と聞くと安全柵やライトカーテンといったハードを思い浮かべやすいが、費用の内訳では文書側の比重が大きい。リスクアセスメントの再実施、残留リスク一覧の更新、取扱説明書の改訂、作業標準の改訂、そしてタイ語での作業者教育。この一式は、後述する5層のうち安全とドキュメントの層に入る。試算では、情報が揃っている改造で 180,000 THB、情報が欠落している改造で 220,000 THB を見込んでいる。
分岐4|停止 — 改造の総額を動かすのは費用より停止日数
停止1日の金額を先に決めておく
改造の稟議で最も抜けやすいのが、ラインを止める日数の金額換算である。本記事の試算では、モデルケースとして1日8時間、時間あたりの粗利を 12,000 THB とし、ライン停止1日あたりの逸失利益を 96,000 THB としている。この数字は工場ごとに違うので、自社の値に置き換えて使っていただきたい。重要なのは、この数字を改造の検討に入る前に決めておくことである。
停止1日の金額が決まっていないと、改造案と新設案の比較が費用だけで行われる。費用だけで見れば改造が安いのは当然である。しかし停止日数は改造のほうが長い。据付だけで済む新設と、既存設備を分解して手を入れる改造では、止める日数が違う。
情報が無いと停止日数も伸びる
停止日数は、作業量だけでは決まらない。事前にどこまで確定できているかで決まる。図面とプログラムが揃っていれば、改造後のロジックを事務所で書き上げ、シミュレーションまで済ませてから停止に入れる。停止中にやることは、機械の取り付け、配線、動作確認に絞られる。
資料が無い場合、この事前確定ができない。実機を止めてから配線を追い、プログラムを読み、パラメータを吸い出すことになる。試算で情報が揃っている改造を3日、欠落している改造を6日としているのは、この差である。停止損失に直すと 288,000 THB と 576,000 THB、差は 288,000 THB になる。
分割停止ができるかどうかで判断が変わる
停止枠が取れない工場でも、改造の内容によっては分割停止が可能である。機械側の取り付け作業を週末に、配線を次の週末に、といった分け方ができれば、生産への影響を抑えられる。ただし分割すると、そのたびに立ち上げと立ち下げの手間がかかり、費用側は増える。停止損失を減らすために費用を増やす判断になるので、停止1日の金額が決まっていなければこの比較もできない。

設備改造の費用は5層で見る(調査/機械/電気制御/ソフト/安全とドキュメント)
5つの層と、共通で乗る据付・試運転
設備改造の見積を一式で受け取ると、比較も交渉もできない。以下の5層に分けて出させることを推奨する。これに、どの案でも共通で発生する据付・試運転が加わる。
- 調査層 — 現状調査、実測、回路図の起こし直し、プログラム解析、パラメータの吸い出し、仕様確定
- 機械層 — 治具、ユニット、架台、搬送部の設計と製作、既存機構の改造
- 電気制御層 — 盤の改造または新設、配線、センサとアクチュエータの追加、ネットワーク
- ソフト層 — PLCプログラムの改修、タッチパネル画面の改修、サーボパラメータの調整
- 安全とドキュメント層 — リスクアセスメント再実施、防護の追加、取扱説明書と作業標準の改訂、教育
- 据付・試運転(5層とは別に、どの案でも共通で発生する)— 現地据付、調整、立ち会い、引き渡し
層ごとに「情報が無いと何倍になるか」が違う
この5層で見るべき理由は、情報の欠落が全層に均等に効かないからである。機械層は、情報が無くても作るものは同じなので、増分は実測と現物合わせの分にとどまる。一方、調査層とソフト層は、情報の欠落がそのまま工数になる。
後述する試算では、情報が揃っている案と欠落している案の費用差 880,000 THB のうち、調査層とソフト層の増分だけで 600,000 THB を占める。内訳は調査層が 520,000 から 120,000 を引いた 400,000、ソフト層が 420,000 から 220,000 を引いた 200,000 である。差額の大部分が、新しく何かを作る費用ではなく、既にあるものを調べ直す費用だということになる。
電気制御層とソフト層は発注の切り出し方で金額が動く
電気制御層は、既設盤の改造で済むのか、盤を新設して載せ替えるのかで金額の桁が変わる。既設盤が古く、盤内に空きが無く、図面も現物と合っていない場合、改造より新設のほうが安く早いことがある。判断の観点は制御盤の設計・製作で扱っている。
ソフト層は、既存プログラムの改修を誰がやるかで金額が動く。元の製作メーカーに戻せば読み取りの工数は最小になるが、日本のメーカーであれば渡航費と対応速度の問題が出る。現地で対応できる会社に切り替えるなら、読み取りの工数を見積に入れてもらう必要がある。
独自試算|改造(情報あり)・改造(情報欠落)・新設を1台で比べる
モデルケースの前提
比較の条件を固定する。タイ・チョンブリ県の日系工場にある、2012年に日本から移設した半自動組立機1台。制御は PLC 1台、10インチのタッチパネル(HMI)1台、サーボ3軸。改造の目的は、新機種の追加に伴ってワーク保持治具とねじ締めユニットを1式追加し、サイクルタイムは維持することである。
ライン停止1日あたりの逸失利益は、前述のとおり 96,000 THB とする。
案1|改造(図面・プログラムが揃っている)
| 層 | 費用(THB) |
|---|---|
| 現状調査・仕様確定 | 120,000 |
| 機械部の改造 | 480,000 |
| 電気・制御の改造 | 260,000 |
| ソフト改修(PLC・HMI) | 220,000 |
| 安全の再評価・防護追加・ドキュメント | 180,000 |
| 据付・試運転 | 140,000 |
| 合計 | 1,400,000 |
停止日数は3日、停止損失は 288,000 THB、総額は 1,688,000 THB である。
案2|改造(図面・プログラムが欠落している)
| 層 | 費用(THB) |
|---|---|
| 現状調査(回路図起こし・プログラム解析・パラメータ吸い出し) | 520,000 |
| 機械部の改造 | 520,000 |
| 電気・制御の改造 | 340,000 |
| ソフト改修(解析込み) | 420,000 |
| 安全の再評価・防護追加・ドキュメント | 220,000 |
| 据付・試運転 | 260,000 |
| 合計 | 2,280,000 |
停止日数は6日、停止損失は 576,000 THB、総額は 2,856,000 THB である。
案3|新設(同等の半自動機を新規製作)
| 層 | 費用(THB) |
|---|---|
| 仕様確定・設計 | 380,000 |
| 機械製作 | 1,450,000 |
| 制御盤・電装 | 520,000 |
| ソフト新規開発 | 480,000 |
| 安全設計・ドキュメント | 260,000 |
| 据付・試運転 | 210,000 |
| 合計 | 3,300,000 |
停止日数は2日である。横で製作して据付だけを現地で行うためで、停止損失は 192,000 THB、総額は 3,492,000 THB になる。新規に1台を設計製作する場合の進め方は、自動機の設計製作で扱っている。
費用だけで並べたときの比率
費用だけを比べると、案1は案3の 42.4%、案2は案3の 69.1% である。案1と案3の差は明確で、資料が揃っているなら改造が有利だと言い切れる。一方、案2は新設に迫る水準にある。この時点で「安いから改造」という説明は成立しにくくなる。
停止損失まで載せると、改造と新設の差はどこで消えるか
総額での並び
停止損失を加えた総額で並べると次のようになる。
| 案 | 費用(THB) | 停止日数 | 停止損失(THB) | 総額(THB) |
|---|---|---|---|---|
| 案1 改造(情報あり) | 1,400,000 | 3日 | 288,000 | 1,688,000 |
| 案2 改造(情報欠落) | 2,280,000 | 6日 | 576,000 | 2,856,000 |
| 案3 新設 | 3,300,000 | 2日 | 192,000 | 3,492,000 |
案2と案3の総額差は 636,000 THB である。費用だけを比べていたときより差は縮んでいる。停止日数が改造で6日、新設で2日と、費用の大小とは逆の並びになるためである。
636,000 THB で残存寿命は買えない
この 636,000 THB という差をどう評価するかが、判断の分かれ目になる。案3では、機構部、軸受、ボールねじ、リニアガイド、サーボモータ、制御盤の部品がすべて新品になる。案2では、2012年から使っている機構部がそのまま残り、その上に新しい治具とユニットが載る。
つまり案2を選ぶと、636,000 THB を節約する代わりに、2012年から使い続けている機構部の残りの寿命を引き受けることになる。改造の直後に位置決め精度の問題が出たり、数年後に主軸周りの更新が必要になったりすれば、この差はすぐに消える。逆に言えば、機構部の状態が良く、あと何年使えるかの見通しが立っている設備であれば、案2でも合理的である。
判断のために必要なのは、感覚ではなく機構部の実測値である。バックラッシ、繰り返し位置決め精度、主要摺動部の摩耗、サーボの負荷率。これらを改造の見積を取る段階で測っておけば、636,000 THB を払う価値があるかどうかを社内で議論できる。設備単位で更新と改造を並べて評価する手順は、老朽化設備の更新で整理している。
案1と案2の差は、いま管理を始めれば次回から消せる
もう1つ、この試算から読み取っておきたい点がある。案1と案2の差 880,000 THB は、設備の性能差ではない。同じ設備、同じ改造要求である。違うのは資料が残っているかどうかだけである。
そして、この 880,000 THB のうち 600,000 THB は調査層とソフト層、つまり調べ直す費用である。今回の改造が終わった時点で、更新した図面、コメント付きのソース、パラメータのバックアップ、変更履歴を引き渡し条件に入れておけば、次回の改造ではこの費用が発生しない。改造の見積を検討する段階で、成果物として何を受け取るかを条件に入れておくかどうかが、次の改造の金額を決める。

タイ・ASEANで設備改造をするときに固有で効く論点
移設歴のある設備は、図面の版が分岐している
タイの日系工場にある設備の相当数は、日本の工場から移設したものである。移設のときには、輸送のための分解と現地での再組立、現地の電源電圧への対応、現地調達部品への置き換えが発生する。この作業で生じた変更が、日本側に残っている元図面には反映されていないことが多い。
その結果、図面が2つの版に分岐する。日本の設計部門が持っている元図と、タイの現場で手書きの赤入れが加えられた現物合わせの図である。改造の見積を取るときに前者だけを渡すと、着手後に必ず食い違いが出る。渡すべきは後者、あるいは両方である。この確認は、見積依頼の前に社内でできる。
部品の現地調達可否が納期と停止日数に直結する
改造では、既存設備と同じメーカー、同じ型式の部品を使いたい場面が出る。既存のサーボアンプと同じシリーズで軸を追加する、既存のセンサと同じ型式で追加する、といったケースである。ここで問題になるのが、その型式がタイ国内の代理店在庫にあるかどうかである。
国内在庫があれば数日で入る。無ければ日本または中国からの輸入になり、リードタイムに加えて通関の日数が乗る。この納期は、停止日程の確定に直結する。部品が揃わないまま停止に入ると、停止日数がそのまま伸びる。試算で停止日数の差が総額に効いていたことを思い出していただきたい。改造の計画では、部品の入手経路を仕様確定と同時に押さえておく必要がある。
現地の保守体制に合わせて改造の中身を決める
改造後の設備を保守するのは、日本から来た技術者ではなく、現地のメンテナンス要員である。したがって改造の仕様は、彼らが保守できる範囲に合わせて決めたほうがよい。具体的には、追加する機器のメーカーを既存と揃える、タッチパネルの画面をタイ語に対応させる、取扱説明書と作業標準をタイ語で作る、といった判断である。
ここを軽視すると、改造そのものは成功しても、その後の稼働率が落ちる。エラーが出たときに誰も復旧できず、日本への問い合わせ待ちになるからである。安全とドキュメント層の費用には、この教育とタイ語化の工数が含まれている。
停止のスケジュールは祝日と重ねて設計する
タイでは年間の祝日が日本と異なり、ソンクラーンの長期休暇のようにまとまった停止枠が取れる時期がある。改造の停止日数を生産計画に載せるとき、この時期に重ねられるかどうかで停止損失が変わる。6日の停止が必要な改造でも、長期休暇に重ねられれば逸失利益はほぼ発生しない。逆に繁忙期に重ねると、試算どおりの停止損失が乗る。停止損失は改造の判断を左右する要素なので、スケジュールの設計は費用交渉と同じ重みで扱うべきである。
発注前に紙で決める10項目
改造の見積を依頼する前に、社内で紙に書いて決めておく項目を挙げる。ここが埋まっていれば、見積の精度は上がり、着手後の追加費用は減る。
| 項目 | 決めること | 決めないと起きること |
|---|---|---|
| 1 目的 | 何ができるようになれば完了か、1文で書く | 改造の途中で要求が増え、費用と停止日数が伸びる |
| 2 対象範囲 | どの装置のどの部分まで触るか、触らない範囲も書く | 周辺装置への波及作業が見積外として後から出る |
| 3 資料の現状 | 図面・プログラム・パラメータ・変更履歴の有無と最終更新時期 | 調査層の金額が読めず、見積の比較ができない |
| 4 実機と資料の差 | 現物合わせで入った変更の一覧 | 着手後に食い違いが出て、停止中に設計変更が発生する |
| 5 停止条件 | 何日まで止められるか、分割停止は可能か | 停止損失が比較に入らず、費用だけの判断になる |
| 6 停止1日の金額 | 時間あたり粗利と1日の稼働時間から算出 | 改造と新設の総額比較ができない |
| 7 安全の適用範囲 | 欧州向け出荷や本社基準の適用があるか | 引き渡し後に文書の作り直しが発生する |
| 8 保守の主体 | 改造後に誰が保守するか、対応言語は何か | 稼働後に復旧できず、稼働率が落ちる |
| 9 引き渡し成果物 | 更新図面、ソース、パラメータ、変更履歴の様式 | 次回の改造でまた調査層の費用が発生する |
| 10 比較対象 | 新設案の見積も同時に取るかどうか | 改造が妥当かどうかを金額で説明できない |
10番目については補足しておきたい。改造の稟議を通すために新設の見積も取るのは、手間が増えるように見えて実は近道である。改造が新設の 42.4% で済むのか、69.1% までかかるのかが分かれば、社内の議論は数字で終わる。新設の見積が無い状態では、改造の金額が高いか安いかを誰も判断できない。
よくある失敗5パターン
資料の有無を確認しないまま見積を取る
最も多い失敗である。図面とプログラムがあるかどうかを確認せずに複数社から見積を取ると、資料を前提にした安い見積と、資料が無い前提の高い見積が並ぶ。工場側は安いほうを選ぶが、着手後に資料が無いことが分かり、追加費用と停止延長が発生する。見積を依頼する前に、書庫を開けて中身を確認する。
停止日数を生産計画に入れない
改造の費用は稟議に載るが、停止日数が生産計画に載っていない。承認が下りてから停止枠の調整を始めると、部品は揃っているのに着工できない状態が続く。停止枠の確保は、見積の取得と並行して進める。
元の製作メーカーに問い合わせずに他社へ出す
元の製作メーカーが対応できるなら、調査層の費用は最小になる。設計意図を持っているからである。日本のメーカーで対応が難しい場合でも、ソースや図面の提供だけは受けられることがある。問い合わせを飛ばして他社に出すと、本来は不要だった読み取り工数を払うことになる。
安全の作り直しを見積から落とす
治具の追加であれば安全は変わらない、という判断で安全とドキュメント層を見積から外す。ところが治具を追加すれば作業者の手の入り方が変わり、ねじ締めユニットを追加すれば新しい危険源が増える。リスクアセスメントの再実施も、取扱説明書と作業標準の改訂も、教育も発生する。試算で 180,000 THB から 220,000 THB を見込んでいるのはこの層である。
改造後の資料を受け取らずに検収する
装置が動いたことを確認して検収し、更新図面もソースも受け取らない。次に改造するときには、今回と同じ調査費用がもう一度かかる。試算でいえば、案1で済むはずの改造が案2の条件に戻る。差は 880,000 THB である。引き渡し成果物は検収条件に入れる。
よくある質問
設備改造の費用はどのくらいですか
内容によるが、本記事のモデルケース(半自動組立機1台に治具1式とねじ締めユニットを追加)では、図面とプログラムが揃っている場合で 1,400,000 THB、欠落している場合で 2,280,000 THB を見込んでいる。金額の幅を決めているのは追加する装置の量ではなく、既存設備の資料が残っているかどうかである。見積を依頼する際は、調査、機械、電気制御、ソフト、安全とドキュメント、据付・試運転の層別に出してもらうと比較できる。
ライン改造と新設はどちらが安いですか
費用だけを比べれば改造が安い。モデルケースでは、資料が揃っている改造が新設の 42.4%、資料が欠落している改造が 69.1% である。ただし停止損失を加えた総額では差が縮む。資料が欠落した改造の総額 2,856,000 THB に対して新設は 3,492,000 THB で、差は 636,000 THB になる。この差で機構部の残存寿命は買えないため、設備の状態によっては新設が合理的になる。
既存設備の改造で、図面が無い場合はどうすればよいですか
図面が無くても改造はできる。ただし、回路図の起こし直し、プログラムの解析、パラメータの吸い出しが必要になり、その工数が調査層に乗る。モデルケースでは調査層が 120,000 THB から 520,000 THB に増えている。着手前に、どこまで調査するかの範囲を決め、調査だけを先行して発注する方法もある。調査結果が出てから改造の本見積を取れば、着手後の追加費用を抑えられる。
設備の制御だけ改造することはできますか
できる。機構をそのままにして、PLCプログラムとタッチパネルの画面だけを改修する改造は多い。段取りの自動化、品種切り替えの追加、生産数の記録といった要求はソフト層だけで実現できることがある。ただし既存プログラムのソースとデバイス割り付け表が残っていることが前提になる。ソースが無い場合、動作を壊さないことを保証するために既存ロジックを全部読む必要があり、新規開発より工数が増える。
設備改造をすると、法的に新しい機械の扱いになりますか
タイや日本の工場に直接適用される法令として、改造すると新しい機械になると定めたものは本記事では扱っていない。EUの機械規則 Regulation (EU) 2023/1230 には、実質的な改造を行った者が製造者とみなされる場合があるという考え方が置かれているが、これはEUの規則であり、タイや日本の工場に直接適用されるものではない。効いてくるのは、機械や製品を欧州向けに出荷する場合と、欧州本社の社内基準を適用している場合である。日本の労働安全衛生法第28条の2に基づくリスクアセスメントは、設備を変更したときが実施時期に含まれるが、努力義務である(化学物質など一部は義務化されている)。
改造の停止日数はどのくらい見ておくべきですか
事前にどこまで確定できるかで決まる。モデルケースでは、図面とプログラムが揃っている改造で3日、欠落している改造で6日としている。資料が揃っていればロジックを事務所で作り込み、停止中は取り付けと配線と動作確認に絞れる。資料が無いと、止めてから調べる作業が停止中に入る。停止1日あたりの逸失利益を先に決めておけば、この日数の差を金額で比較できる。
改造の見積が高いかどうかを社内でどう説明すればよいですか
新設の見積を同時に取り、費用と停止損失を合わせた総額で並べる。改造が新設の何パーセントに当たるかが出れば、議論は数字で終わる。そのうえで、見積を調査層と製作層に分けて示し、調査層が大きい場合は「その設備の情報が失われていることの費用」として説明する。この説明ができると、次回以降の引き渡し成果物の管理まで話がつながる。
改造後に何を受け取っておけばよいですか
更新した機械図と電気回路図、コメント付きのPLCソース、タッチパネルの画面データ、サーボパラメータのバックアップと設定理由、そして今回の変更履歴である。この5点を検収条件に入れておけば、次回の改造で調査層の費用が発生しない。モデルケースでは、調査層とソフト層の増分だけで 600,000 THB の差がついている。
まとめ
設備改造の見積が割れるのは、作る量の差ではなく、その設備について残っている情報の量の差である。情報が失われた設備の改造費は、相当部分が作る費用ではなく調べ直す費用になる。モデルケースでは、同じ改造要求に対して費用が 1,400,000 THB と 2,280,000 THB に分かれ、差 880,000 THB のうち 600,000 THB が調査とソフト解析の増分だった。
さらに停止日数を金額に直して総額で並べると、情報が欠落した改造 2,856,000 THB と新設 3,492,000 THB の差は 636,000 THB まで縮む。この差では、2012年から使い続けている機構部の残存寿命は買えない。したがって判断は、情報、構造、安全、停止の4つの分岐を順に通し、費用を調査、機械、電気制御、ソフト、安全とドキュメントの5層に分けて見ることで、数字として社内に説明できる。
そして最後にもう1つ。今回の改造で受け取る成果物を検収条件に入れておけば、次回の改造は案1の条件から始められる。改造の費用管理は、改造が終わった瞬間から次の改造に向けて始まっている。
改造で行くか新設で行くかの判断材料が社内で揃わない場合や、既存設備の資料がどこまで残っているかの確認から始めたい場合は、お問い合わせからご相談いただきたい。タイ国内での実機調査と、層別の見積作成からお手伝いしている。
参考情報
- Regulation (EU) 2023/1230(機械規則)— EU-OSHA
- Regulation (EU) 2023/1230 条文(EUR-Lex)
- 厚生労働省「『機械の包括的な安全基準に関する指針』の改正について」(平成19年7月31日 基発第0731001号)
- 厚生労働省 職場のあんぜんサイト「リスクアセスメント」
- 厚生労働省「機械に関する危険情報の通知が努力義務になりました」(改正労働安全衛生規則第24条の13)
- Thailand’s industrial output slips 3.1 pct in June(新華社 2026年7月27日)
- Thai June factory output falls 3.1% y/y, weaker than forecast(Business Recorder)