求人を出すと応募書類が短期間で山のように積み上がる。一方で目を通せるのは人事担当者の一人か二人で、確認が終わるころには良い候補者が他社に決まっている。タイに製造拠点を持つ日系企業から、こうした話をよく聞きます。この滞りを解く手段として関心が高まっているのが採用選考AIです。本記事では、それが何をする道具なのかを、書類選考という具体的な業務の切り口から整理します。
採用選考AIとは何か|応募書類を読んで分類・ランキングするAI
まず言葉の意味を確認します。ここが曖昧なまま製品の比較に入ると、社内の議論が噛み合わなくなります。
採用選考AIの定義は「応募書類を判断・分類するAI」
採用選考AIとは、応募者が提出する履歴書や職務経歴書といった書類を読み込み、募集要件に照らして候補者を絞り込み、職務への適性という観点で順位付けし、あわせて応募者への対応状況を管理するAIの総称です。人事担当者が書類の束を前にして行っている作業のうち、機械に任せられる部分を引き受ける道具、と考えると輪郭がつかみやすくなります。
「選考AI」という言葉の響きから、AIが合否を決めてしまう仕組みを想像される方がいます。しかし実務で使われている形はそうではありません。多くの場合、AIが行うのは「この応募者は募集要件を満たしていない」「この応募者は要件との重なりが大きい」という整理までで、面接に呼ぶかどうかの最終判断は人が行います。AIの出力は結論ではなく、人が判断するための下ごしらえだと位置づけてください。この位置づけは、後述するタイの個人情報保護法(PDPA)への対応を考えるうえでも重要になります。
扱う対象は書式の定まらない「非構造化文書」である
採用選考AIを理解するうえで最も本質的なのは、扱う対象が「非構造化文書」だという点です。
生産管理システムや勤怠システムが扱うデータは、あらかじめ項目が決まっています。品番はここ、数量はここ、打刻時刻はここ、というように、どこに何が入るかが設計された状態で届きます。ところが応募書類はそうではありません。ある応募者は職務経歴を年表形式で書き、別の応募者は文章で書きます。写真付きの体裁の整った書式で送ってくる人もいれば、スマートフォンで撮影した手書きの経歴書を送ってくる人もいます。タイ拠点であれば、同じ求人に対してタイ語の書類と英語の書類が混ざって届くことも珍しくありません。
人がこの束を処理できるのは、書式が違っても「これは学歴の記述だ」「これは前職での担当業務の記述だ」と読み解けるからです。従来のシステムはここが苦手でした。項目が決まっていない情報を、決まった枠に落とし込むことができなかったためです。採用選考AIが業務の道具として意味を持つようになったのは、この「書式が定まらない文書を読んで意味をつかむ」という部分が実用に耐える水準に達したからです。
「新しいものを作り出すAI」ではなく「判断するAI」である
生成AIの話題が先行したこともあって、AIというと文章や画像を作り出す道具というイメージが強くなっています。採用選考AIは、その系統とは役割が異なります。
採用選考AIの中心的な仕事は、入力された書類に対して「要件を満たすか否か」「どの順位に置くか」という判断と分類を返すことです。求人票の文面を作らせる、応募者への案内文の下書きを作らせるといった生成的な使い方も周辺機能として存在しますが、それは主役ではありません。主役はあくまで、未処理の書類の山を、人が扱える形に整理する働きです。
この違いは、導入を検討するときの評価軸に直結します。文章を作らせる道具であれば「出てきた文章が自然かどうか」を見ればよいのですが、判断・分類の道具では「絞り込みの基準が説明できるか」「なぜこの応募者が上位に来たのかを人が追えるか」が評価軸になります。採用選考AIを検討する場では、出力の見た目ではなく、判断の根拠が残るかどうかを見てください。

なぜ今、タイ工場の現地採用で書類選考の効率化が求められているのか
次に、なぜこの道具がタイ拠点で話題になるのかを整理します。背景には、現地採用の実務が抱える構造的な事情があります。
大量の応募を少人数の人事担当でさばいている
タイの製造拠点では、オペレーターや技能職の募集に対して短期間で多数の応募が集まることが珍しくありません。一方で、それを受ける人事部門は日本本社ほどの人員を抱えていないのが通例です。総務・労務・給与計算を兼務している担当者が、採用の書類選考も見ているという体制はよくあります。
この構造では、応募が増えること自体が負荷になります。良い候補者が含まれていたとしても、書類に目を通す順番が回ってくるまでに時間がかかり、その間に他社が先に面接を設定してしまう。採用がうまくいかない原因が、候補者の質ではなく処理速度にあるという状態です。
加えて、製造現場の人員は入れ替わりが起きやすく、募集自体が繰り返し発生します。定着率の低さは業界内で広く指摘されている課題ですが、拠点ごとに事情が異なるため、ここでは具体的な数値には踏み込みません。重要なのは、採用が「一度やれば終わる仕事」ではなく「継続的に発生し続ける仕事」だという点です。継続的に発生する業務だからこそ、処理の仕組みを整えたときの効果が積み上がります。
人手不足と賃金上昇は経営課題として挙げられている
こうした実感は、調査でも裏付けられています。JETROが2026年1月20日に公表した海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)は、2025年8月19日から9月17日にかけて実施され、有効回答は5109社、回答率は39.6%という規模のものです。この調査では、人手不足と賃金上昇が経営上の課題として挙げられています。
この調査の対象はアジア大洋州に進出した日系企業全般であり、タイの製造業だけを切り出したものではありません。それでも、現地で人を採ることの難しさと、人件費が上がっていくことへの懸念が、地域全体に共通する関心事になっていることは読み取れます。
2025年7月に改定された最低賃金という費用面の圧力
もう一つの背景が人件費です。タイ王国労働省は2025年7月1日発効で地域別最低賃金を改定し、バンコクなどの高い地域で日額400バーツ、ナラティワート・パッタニー・ヤラーといった地域で日額337バーツという水準になりました。この改定は2025年7月に行われたものであり、その後の追加改定については本記事では扱いません。
最低賃金の水準そのものより、ここで押さえておきたいのは方向性です。人件費が上がっていく局面では、採用が空振りしたときの損失も相対的に大きくなります。要件に合わない人を採用してすぐ辞められる、あるいは募集をかけ続けて欠員期間が長引くといった事態は、いずれも費用として跳ね返ります。書類選考の精度と速度を上げることは、単なる事務効率の話ではなく、この損失を小さくする取り組みでもあります。
AI面接の普及が書類選考の位置づけを変えている
採用選考AIを考えるうえで、もう一つ押さえておきたい潮流があります。書類選考という工程そのものの重みが、日本国内で見直され始めているという動きです。
AI面接導入企業の69.7%が書類選考基準での見極めの難しさを挙げている
マイナビニュースが2026年3月25日に公開した記事によれば、レバレジーズが運営するAI人事プラットフォーム「NALYSYS」が2026年2月13日から16日にかけて新卒・中途の採用担当者1625名を対象に調査を実施しました。この調査では、AI面接を導入した企業のうち69.7%が「書類選考基準だけでは人物を見極めにくくなった」と回答しています。
この回答の背景は想像がつきます。AI面接によって、これまで書類段階で落としていた層にも会えるようになった結果、書類の記述と実際の人物像がずれている例が可視化された、という順序です。書類が悪くなったのではなく、比較対象が増えたことで書類の限界が見えるようになった、と読むのが妥当でしょう。
書類選考そのものを見直す動きが出ている
同じ調査では、書類選考の扱いについて次のような回答が出ています。
| 書類選考に対する方針 | 回答割合 |
|---|---|
| 既に廃止した | 13.8% |
| 廃止を検討している | 34.1% |
| 重要度を下げる予定 | 38.8% |
これらを合わせた層の大きさが、報道で「脱・書類選考」と表現された動きの実体です。なお同じ調査でAI面接の満足度は86.7%と報告されており、導入した企業の評価は総じて高い水準にあります。
この数字をタイ拠点にそのまま当てはめないこと
ただし、この調査の母集団は「AI面接を導入した日本企業の採用担当者」です。タイの製造拠点の採用実務とは、応募者層も職種も採用チャネルも異なります。前節で触れたJETROの調査とも母集団が違うため、両者の数字を並べて比較することはできません。社内資料に引用する際は、どの調査のどの母集団の数字かを必ず添えてください。
そのうえで、タイ拠点にとって意味があるのは割合そのものではなく、書類選考の位置づけが動いているという事実のほうです。書類選考を廃止するかどうかは別として、「書類選考は人物を見極める工程ではなく、母集団を絞り込む工程である」という整理が広がりつつあります。そう割り切るのであれば、絞り込みの部分を機械に任せる余地は大きくなります。採用選考AIが検討されるのは、まさにこの文脈です。
採用選考AIでできること|3つの機能に整理する
ここからは、採用選考AIが実際に何をするのかを機能で整理します。製品によって呼び方は異なりますが、担っている働きは大きく3つに集約できます。
機能1|必須条件によるスクリーニングとフィルタリング
一つ目が、募集要件を満たしているかどうかで応募者を振り分ける働きです。求める資格の有無、必要な実務年数、勤務可能地域、就労に必要な資格や許可の有無といった、満たしていなければ検討の対象にならない条件で母集団を絞ります。
この工程は、人がやると単調でありながら見落としが起きやすい作業です。書類の書式が統一されていないため、必要な情報がどこに書いてあるかを探すところから始めなければならず、通数が増えるほど後半の集中力が落ちます。逆に言えば、機械に任せたときの効果が最もはっきり出るのがこの部分です。
注意点として、フィルタリングの条件は自社で明示的に決めておく必要があります。「AIが良さそうな人を選んでくれる」のではなく、「自社が決めた条件でAIが振り分ける」という関係です。条件を言語化する作業そのものが、採用要件の棚卸しになるという副次的な効果もあります。
機能2|職務適性のスコアリングとランキング
二つ目が、絞り込んだ後の候補者を、職務との適合度という観点で順位付けする働きです。求人要件と職務経歴の記述の重なり、担当してきた業務の内容、経験してきた設備や工程の種類といった要素をもとに、確認すべき順番を提示します。
ここで理解しておきたいのは、スコアが「優秀さ」を表しているのではなく、「この求人との重なりの大きさ」を表しているという点です。同じ応募者でも、募集する職種が変われば順位は変わります。したがってスコアは合否の基準ではなく、限られた時間の中でどの書類から読むかという読む順番の指針として使うのが実務的です。
順位付けの根拠が確認できるかどうかも、製品を見るときの要点になります。なぜ上位に来たのかを人が追えなければ、面接での確認事項も立てられませんし、後述する説明可能性の要件にも応えられません。
機能3|応募者対応と進捗管理の自動化
三つ目が、応募者とのやり取りと選考の進捗を管理する働きです。応募受付の連絡、書類確認中である旨の通知、面接日程の調整、選考結果の連絡といった定型的な対応と、誰が今どの段階にいるのかの管理が該当します。
この機能は地味に見えますが、実務上の効果は小さくありません。応募から連絡までの時間が長いこと自体が候補者の離脱要因になるためです。とくに複数社に同時に応募している層に対しては、対応の速さがそのまま採用の成否に効いてきます。多言語の拠点であれば、応募者の言語に合わせた案内文を用意できるという点も実務的な利点です。
3つの機能を一覧にすると次のようになります。
| 機能 | 主な働き | 効果が出やすい場面 |
|---|---|---|
| スクリーニング・フィルタリング | 必須条件を満たさない応募を振り分ける | 応募数が多く要件が明確な職種 |
| スコアリング・ランキング | 職務適性の観点で確認の優先順位を付ける | 要件を満たす候補者が多く残る職種 |
| 応募者対応・進捗管理 | 連絡と選考ステータスを一元的に管理する | 複数拠点・複数職種を並行して募集している場合 |
3つは独立した製品ではなく、一つの仕組みが持つ3つの側面と捉えてください。導入を検討する際は、自社にとってどの機能の効果が大きいのかを先に決めておくと、製品選定の軸がぶれません。

採用選考AIと社内問い合わせAI・AI面接は何が違うか
HR領域ではAIを使った仕組みが複数並行して語られており、混同されがちです。ここで整理しておきます。
違いを分けているのは、扱う相手とタスクの性質です。社内問い合わせAIは、社内規程や就業規則といった既存の文書を検索し、従業員の質問に会話形式で答える仕組みです。相手は社内の従業員であり、タスクの性質は「検索して答える」ことにあります。AI面接は、応募者との会話を通じて人物を評価する仕組みで、相手は応募者、タスクの性質は「対話から評価する」ことにあります。これに対して採用選考AIは、応募者が提出した非構造化文書を分類・ランキングする仕組みです。相手は応募者ですが、扱うのは会話ではなく文書です。
| 仕組み | 相手 | 入力 | タスクの性質 | 主な出力 |
|---|---|---|---|---|
| 社内問い合わせAI | 社内の従業員 | 質問文と社内規程 | 検索して答える | 規程に基づく回答 |
| 採用選考AI | 求人への応募者 | 履歴書・職務経歴書 | 文書を分類・ランキングする | 絞り込み結果と優先順位 |
| AI面接 | 求人への応募者 | 面接での会話 | 対話から人物を評価する | 評価結果とレポート |
この3つは競合するものではなく、担う工程が違うだけです。実際の採用プロセスでは、採用選考AIが母集団を絞り、AI面接が人物を確認し、入社後は社内問い合わせAIが規程に関する質問に答える、という形で並存し得ます。
なお、社内向けの問い合わせ対応をどう設計するかについては人事問い合わせAIの3層設計で扱っています。同じ「HRのAI」でも、対象読者もタスクも異なる別の仕組みですので、社内からの質問対応が課題だという場合はそちらをご覧ください。
タイで採用選考AIを導入する際の注意点|PDPAと規制動向
機能面よりも先に押さえておくべきなのが、個人情報の取り扱いです。応募書類は個人情報の塊であり、しかも自社の従業員ではない人の個人情報です。
PDPAは自動意思決定について説明可能性を求める
タイの個人情報保護法(PDPA)の実務解説として公開されている「PDPA for HR」のガイドは、AIによる書類選考をHR部門にとって最大級の新しい課題として位置づけています。中心的な論点は、自動化された意思決定について本人に説明できる状態にあるかどうかです。
これは前半で触れた「判断の根拠が残るか」という評価軸と直結します。応募者から「なぜ自分は選考を通らなかったのか」と問われたときに、社内の誰も答えられないという状態は避けなければなりません。実務的な対応としては、AIの出力を最終決定にせず人が確認する運用にすること、絞り込みに使った条件を記録として残すこと、この2点が出発点になります。
応募の同意は求人ごとに取り直す必要がある
同じガイドが指摘するもう一つの論点が、同意の範囲です。ある求人に応募するという行為への同意は、別の求人のために応募者のデータを保持し続けることまでは含みません。求人ごとに別途の同意が必要になります。
これは日本の感覚では見落としやすい点です。「良い人だったので次の募集のときに声をかけよう」と考えて応募書類を保管しておく運用は、同意の範囲を超えている可能性があります。採用選考AIを導入すると、応募者データが検索可能な形で蓄積されるため、この論点は導入前より顕在化します。保持期間と削除の手順を、仕組みを入れる前に決めておいてください。
EUでは採用AIをhigh-riskに分類する方向が示されている
視野を広げると、採用領域のAIに対する規制の目は世界的に厳しくなっています。DLA Piperが2026年6月30日に公開した解説によれば、欧州委員会が公表した草案ガイドラインは、CVスクリーニングや候補者ランキング、面接評価を含む採用AIを「high-risk AI」に分類する方向性を示しています。この草案は意見募集の期限が2026年7月23日に設定されており、最終的なガイドラインは2026年内に確定する見込みとされています。
これはEUの規制であり、タイの拠点に直接適用されるものではありません。ただし、欧州の顧客や親会社を持つ企業であれば、グループ全体の方針として同水準の対応を求められる可能性があります。また、規制の方向性そのものが「採用AIは人の職業機会に影響する高リスク用途である」という認識を示している点は、地域を問わず参考になります。導入を検討する段階で、説明可能性と人の関与という2点を設計に織り込んでおけば、後から規制が動いても対応の幅が残ります。

隣接するHR領域のAI活用|計算の層と選考の層
採用選考AIは、HR業務のAI活用の中では比較的新しい領域です。既に取り組みが進んでいる隣の層と並べて見ると、位置づけがはっきりします。
HR業務でAIの導入が先行してきたのは「計算」の層でした。給与計算や退職金の計算は、法令と社内規程で計算方法が定まっており、入力される情報も勤怠データという構造化されたものです。答えが一意に決まる処理であるため、正しさの検証もしやすい領域です。この層でのAI活用については給与計算AIの3層設計で、タイの労働法に基づく計算をどう仕組みに落とすかを整理しています。また、勤続年数と最終賃金から算定する退職金については退職金計算AIで、法定の計算と実務上の判断が分かれる部分を扱っています。
本記事で扱う採用選考AIは、この「計算」の層とは異なり「選考」の層に属します。入力は非構造化文書であり、答えは一意に決まりません。同じ応募者でも募集職種が変われば評価は変わりますし、最終的な判断には人の関与が残ります。したがって、計算の層で通用した「システムが出した答えをそのまま使う」という運用は、選考の層では成り立ちません。
両者を並べたうえで自社の順序を考えるなら、計算の層のほうが着手しやすいのは確かです。ただし、採用に伴う負荷が具体的に業務を圧迫しているのであれば、選考の層から入る判断も十分に合理的です。判断材料になるのは、どちらの業務で担当者の時間が実際に消えているか、という一点です。
人材採用でAI活用を始めるための進め方
導入の進め方については、特別な方法論があるわけではありません。他の業務システムと同じく、小さく試して広げるという順序が基本になります。
最初の段階は、対象を絞って試すことです。全職種・全拠点を一度に対象にするのではなく、応募数が多く要件が明確な職種を一つ選びます。製造拠点であれば、オペレーターや特定の技能職のように、必須条件が言語化しやすい募集が向いています。この段階の目的は効果を出すことではなく、自社の応募書類の実態に照らして何が障害になるかを知ることです。書式のばらつき、言語の混在、手書き書類の割合といった、実際にやってみないと分からない事情が必ず出てきます。
次の段階が、運用ルールを固めることです。絞り込みの条件を誰が決めるのか、AIの出力を誰がどこまで確認するのか、応募者データをいつまで保持していつ削除するのか、応募者から説明を求められたときに誰が答えるのか。先ほど「タイでの導入における注意点」で整理したPDPAの論点は、ここで文書に落とします。技術より先にこの部分が固まっていないと、対象を広げた瞬間に管理できなくなります。
最後の段階が、他の職種や拠点への展開です。一つの職種で運用が回るようになってから広げれば、条件の設定も確認の手順も既に型があります。逆に、最初から全社展開を目指すと、職種ごとに異なる要件を一度に扱うことになり、議論がまとまりません。
採用管理のAI効率化は費用対効果をどう考えるか
費用対効果については、率直に申し上げて、業界で流通している削減率の数字をそのまま社内資料に使うことは勧めません。出典をたどると母集団や測定方法が確認できないものが少なくないためです。数字を引用するのであれば、一次情報にあたって母集団を確認してから使ってください。
そのうえで、効果として現実的に見込めるのは次の性質のものです。一つは、大量の応募をさばくために費やしていた工数が減ることです。とくに必須条件での振り分けは、担当者の時間を最も単調な形で消費している部分であり、ここが軽くなる効果は体感しやすくなります。もう一つは、応募から連絡までの時間が短くなることです。前に述べたとおり、対応の遅さは候補者の離脱に直結します。速度が上がることの効果は工数削減としては表れにくいものの、採用の成否には効いてきます。
一方で、期待しすぎないほうがよい点もあります。採用選考AIは、応募が集まらないという問題を解決する道具ではありません。母集団が小さい場合、絞り込みの仕組みを入れても状況は変わりません。応募数そのものが課題であれば、先に募集チャネルや条件面の検討が必要です。自社の課題が「応募が来ない」なのか「来た応募をさばけない」なのかを、導入の検討に入る前に区別してください。
導入前チェックリスト
自社が今どの段階にいるのかを確認するための項目を挙げます。
| 確認項目 | 該当する場合の状態 |
|---|---|
| 対象にしたい職種の必須条件が文章で書き出せる | 絞り込み条件を設定できる状態にある |
| 直近の募集で何通の応募があったかを把握している | 効果を測る基準が持てる |
| 応募書類の言語と書式のばらつきを把握している | 想定外の障害が出にくい |
| 応募者データの保持期間と削除の手順が決まっている | PDPA対応の出発点が整っている |
| AIの出力を誰が確認して最終判断するかが決まっている | 説明可能性の要件に応えられる |
上の2つに該当しない場合は、まだ製品を比較する段階ではありません。先に自社の募集要件と応募実績を整理してください。この整理自体が、仕組みを入れるかどうかにかかわらず採用業務の改善につながります。
下の3つに該当するようになっていれば、具体的な検討に進める状態です。とくに最後の項目が決まっていることは、規制動向を踏まえると重要度が上がっています。
よくある質問
採用選考AIとは何ですか?
応募者が提出する履歴書や職務経歴書といった書式の定まらない文書を読み込み、募集要件による絞り込み、職務適性の観点での順位付け、応募者への対応と進捗の管理を行うAIの総称です。文章や画像を作り出す生成AIとは役割が異なり、中心的な仕事は判断と分類にあります。多くの実務では最終的な合否判断は人が行い、AIの出力は人が判断するための下ごしらえとして使われます。
履歴書のスクリーニングをAIに任せると何が変わりますか?
最も変わるのは、必須条件を満たさない応募を振り分ける工程の負荷です。応募書類は書式が統一されていないため、必要な情報を探すところから始める必要があり、通数が増えるほど見落としが起きやすくなります。この部分を機械に任せると、担当者は要件を満たした候補者の内容を読むことに時間を使えるようになります。ただし絞り込みの条件は自社で言語化して設定する必要があり、AIが自動的に良い人を選んでくれるわけではありません。
採用選考AIは社内問い合わせAIやAI面接と何が違いますか?
扱う相手とタスクの性質が異なります。社内問い合わせAIは社内の従業員を相手に、社内規程を検索して会話形式で答える仕組みです。AI面接は応募者を相手に、会話を通じて人物を評価する仕組みです。採用選考AIは応募者を相手にしますが、扱うのは会話ではなく応募書類という文書であり、それを分類・ランキングします。採用プロセスの中では、採用選考AIが母集団を絞り、AI面接が人物を確認するという形で工程が分かれます。
タイで採用選考AIを導入する際の注意点は何ですか?
個人情報保護法(PDPA)への対応が最初の論点です。自動化された意思決定については本人への説明可能性が求められるため、絞り込みに使った条件を記録に残し、最終判断には人が関与する運用にしておく必要があります。また、ある求人への応募に対する同意は、別の求人のためにデータを保持することまで含まないため、求人ごとに同意を取り直す必要があります。あわせて、DLA Piperが2026年6月30日に公開した解説によれば、欧州委員会の草案ガイドラインはCVスクリーニングや候補者ランキングをhigh-risk AIに分類する方向を示しており、採用AIに対する規制の目は世界的に厳しくなっています。
採用管理のAI効率化はどこから始めるべきですか?
応募数が多く、必須条件が言語化しやすい職種を一つ選んで試すところからです。製造拠点であれば、オペレーターや特定の技能職が候補になります。最初の目的は効果を出すことではなく、書式のばらつきや言語の混在といった自社固有の障害を把握することです。そのうえで、条件を誰が決めるか、出力を誰が確認するか、データをいつ削除するかという運用ルールを固めてから、他の職種や拠点に広げてください。
まとめ
本記事の要点を整理します。
採用選考AIとは、履歴書や職務経歴書という書式の定まらない文書を読み込み、募集要件での絞り込み、職務適性の順位付け、応募者対応の管理を行うAIです。文章を作り出す生成AIとは異なり、担う仕事は判断と分類にあります。したがって評価軸も、出力の見た目ではなく、判断の根拠を人が追えるかどうかに置くべきです。
背景には、タイの製造拠点が抱える構造的な事情があります。大量の応募を少人数の人事担当がさばいており、募集は繰り返し発生します。JETROが2026年1月20日に公表した調査(2025年8月19日から9月17日実施、有効回答5109社、回答率39.6%)でも人手不足と賃金上昇が経営課題として挙げられており、2025年7月に改定された最低賃金は日額337バーツから400バーツの水準にあります。
日本国内では、書類選考そのものの位置づけが動いています。マイナビニュースが2026年3月25日に公開した記事によれば、NALYSYSが採用担当者1625名に実施した調査で、AI面接導入企業の69.7%が書類選考基準だけでは人物を見極めにくくなったと回答し、書類選考を既に廃止した企業が13.8%、廃止を検討中が34.1%、重要度を下げる予定が38.8%となっています。AI面接の満足度は86.7%です。ただしこれはAI面接を導入した日本企業を母集団とする数字であり、タイ拠点の実務にそのまま当てはめることはできません。
導入にあたっては、PDPAの論点を先に押さえてください。自動意思決定の説明可能性と、求人ごとの同意という2点が中心です。欧州委員会の草案ガイドラインがCVスクリーニングをhigh-risk AIに分類する方向を示していることも、設計の前提として知っておく価値があります。
進め方は、対象を絞って試す、運用ルールを固める、他職種・他拠点へ広げる、という順序が基本です。その前に確認しておきたいのは、自社の課題が「応募が来ない」のか「来た応募をさばけない」のかという区別です。採用選考AIが効くのは後者だけです。
採用選考AIの導入をまだ検討し始めた段階でも構いません。TOMAS TECHでは、タイの日系製造業の現場を前提に、自社の採用実務に当てはめたときに何がどこまで変わるのかという整理からご相談を承っています。具体的なイメージがまだ湧かないという段階の方も、お問い合わせページからお気軽にご連絡ください。
参考文献
- マイナビニュース「AI普及で進む『脱・書類選考』」2026年3月25日公開
- タイ王国労働省 最低賃金改定の公式発表 2025年7月17日公開
- DLA Piper GENIE「EU Commission publishes draft guidelines on high-risk AI in employment」2026年6月30日公開
- Hyperworkrecruitment「PDPA for HR – A 2026 Thailand Guide」
- JETRO「FY2025 Survey on Business Conditions of Japanese Companies Overseas (Asia and Oceania)」2026年1月20日公表