Blog

2026.10.07

工場の時刻同期導入|PTPとNTPの選び方とタイ工場の受入試験

工場の時刻同期導入|PTPとNTPの選び方とタイ工場の受入試験

「不良の調査で、MESの記録とPLCのアラームと検査装置の記録を並べたら、時刻が数秒ずつずれていて、どれが先に起きたのか分からない」。タイの日系工場で、こうした相談をよく受けます。工場の時刻同期の導入で目指すべきものは、精度の数字そのものではありません。「どの記録が、どの時計で、どれだけの誤差で打たれたかを説明できること」です。そのために決めることは5つあります。①用途ごとの必要精度、②時刻源と配布方式、③タイムスタンプの打ち方、④セキュリティと監視、⑤受入試験です。

本記事の数値のうち、出典を付けていないもの(ライン速度・誤差の配分・停止日数など)は、後述のモデル工場を前提にした本記事オリジナルの仮定値です。業界平均でも調査値でもありません。また、発振器のホールドオーバ性能はメーカーの公称値であり、第三者が検証した値ではありません。登場する製品やベンダーは、いずれもTOMAS TECHのものではなく、他社のものです。

なぜ今、工場の時刻同期が問われるのか

2026年6月、産業オートメーション向けのTSNプロファイル「IEC/IEEE 60802」が発行

工場のネットワークと時刻の分野で、今年は大きな節目がありました。IEEE 802.1のプロジェクトページによると、産業オートメーション向けのTSN(Time-Sensitive Networking)プロファイルである「IEC/IEEE 60802」は、2022年9月21日にプロジェクトが承認され、2026年6月29日に第1版が発行されました。規格の販売サイトでも、ed.1.0(2026年6月29日、220ページ)として登録されています。

この規格は、産業オートメーション向けに、ブリッジ(スイッチ)、エンドステーション(端末)、LANの機能やオプション、設定、既定値、プロトコル、手順を選び出して定めるものです。時刻同期については、IEEE 802.1AS(gPTP)を前提に、同期誤差のモデル化、ドリフトの追跡、発振器の周波数安定度などが検討されてきました。土台となるIEEE 802.1ASは、2020年版が2025年版に置き換えられており、さらに2025年版の改訂プロジェクトが2026年5月15日に承認されて進んでいます。

2026年10月、うるう秒の将来を決める国際会議

もう1つの節目は、うるう秒です。2022年の第27回国際度量衡総会(CGPM)は、UT1とUTCの差の許容値を「2035年またはそれ以前に」大きくすることを決議し、国際度量衡委員会(CIPM)に対し、具体的な案を作り2026年の第28回総会で承認できるよう準備することを求めました。国際度量衡局(BIPM)の招集通知によれば、第28回総会は2026年10月13日から15日にフランスのヴェルサイユで開かれ、議題には「UTCの連続性の確保に必要な技術的措置」や「秒の将来の定義」が含まれています。本記事の執筆時点(2026年10月7日)では総会は開かれておらず、何がいつから変わるのかはまだ決まっていません。なお、国際地球回転・基準系事業(IERS)のBulletin C 72(2026年7月6日)は、2026年12月末にはうるう秒を挿入しないとしています。

アジア太平洋で続くGNSSの電波干渉

時刻源として広く使われるGNSS(GPSなどの衛星測位システム)をめぐっても、地域の話題があります。2026年9月にクアラルンプールで開かれた第61回アジア太平洋地域民間航空局長会議(DGCA-61)に、インドネシアが提出した情報文書によると、2026年4月8日にジャカルタの飛行情報区でGNSSの干渉が起き、スカルノ・ハッタ国際空港を発着する商用便44便に影響し、航空管制が従来型の航法の手順などで対応しました。また、2026年6月にバンコクで開かれた国際民間航空機関(ICAO)アジア太平洋地域の会議(APRAST/25)の事務局文書は、ジャミングやスプーフィングを含むGNSSの電波干渉が、地域の運航と安全のリスクであり続けているとしています。

これは航空分野の事象で、工場のGNSS受信機が影響を受けたという報告ではありません。タイ国内の工場での被害の事例も、本記事では見つけていません。ただ、GNSSの電波が妨げられることが、地域で現実のリスクとして扱われているという事実は、工場の時刻源を設計するときに無視できないと考えられます。

タイ工場にとっての意味

TSNの規格が出たからといって、すぐに既存のラインを入れ替える必要はありません。ただ、これから数年で調達する制御機器やスイッチには、時刻同期の機能が当たり前に載ってくると考えられます。そのときに「工場としての時刻の方針」が無いと、機器ごとにばらばらの時刻源と設定で入ってしまいます。うるう秒やGNSSの干渉も、時刻を「入れて終わり」ではなく、仕様に書き、監視し、試験する対象として扱う必要があることを示しています。

工場の時刻同期とは:なぜタイムスタンプがトレーサビリティを左右するのか

時刻同期の役割

工場の中には、PLC、HMI、SCADAのサーバー、ヒストリアン、MES、検査装置、画像処理のカメラ、ネットワークの機器、ITのサーバーなど、それぞれが内部に時計を持つ機器がたくさんあります。何もしなければ、それぞれの時計は少しずつずれていきます。人が手で時刻を合わせた機器、合わせた後に誰も見ていない機器、停電の後に初期値で起動した機器が混ざると、同じ出来事が機器ごとに違う時刻で記録されます。時刻同期とは、これらの時計を1つの基準に合わせ続ける仕組みのことです。

タイムスタンプは記録どうしをつなぐ「鍵」になる

トレーサビリティの調査では、製品の番号、ロット、設備、時刻をつないで「この製品が、いつ、どの設備で、どの条件で作られたか」をたどります。製品の番号を設備の記録に直接書き込めない工程では、時刻が記録どうしをつなぐ唯一の鍵になることが少なくありません。例えば、成形機のプロセス値はヒストリアンに、検査の合否はMESに、アラームはSCADAに、それぞれ別の時計で記録されます。時計がずれていると、つなぎ間違えが起きます。設備の履歴を製品につなぐ設計全体は「生産設備 トレーサビリティ導入|製品につながる設備履歴の設計と受入試験」で扱っています。

アラームの順番も同じです。停止の原因を調べるとき、「先に圧力が落ちたのか、先にポンプが止まったのか」は、時刻の前後でしか分かりません。2つの機器の時計の差が、出来事の間隔より大きいと、順番が逆に見えることがあります。

「精度」より「説明できること」

時刻同期の議論は、「何マイクロ秒」「何ナノ秒」という数字の競争になりがちです。しかし、監査や不良の調査の場で問われるのは、「この記録の時刻は、どの時計で付けたもので、そのとき時計は同期していたのか、誤差はどれくらいと見積もれるのか」です。本記事では、時刻同期の価値を、次の3つを説明できることだと考えます。

  • どの時計で:その記録の時刻を、どの機器が付けたのか(センサーの近くか、サーバーに届いたときか)
  • どの状態で:そのとき、その時計は基準に同期していたのか、基準を失って自走していたのか
  • どれだけの誤差で:基準からのずれは、どれくらいと見積もれるのか、それを監視の記録で示せるのか

この3つが説明できれば、必要な精度がミリ秒でも十分な工場もあります。逆に、ナノ秒級の機器を入れても、記録がどの時計のものか分からなければ、調査には使えません。

必要な精度は用途から決める

時刻同期の設計は、「どの方式を入れるか」から始めると失敗します。最初に決めるのは、用途ごとに「どの記録とどの記録を、どれくらいの細かさで比べたいか」です。精度には2種類あります。工場の中の機器どうしの差(相対の精度)と、協定世界時(UTC)からの差(絶対の精度)です。工場の中の出来事の順番を知るには相対の精度が、他の工場や本社、取引先、クラウドのシステムと記録を比べるには絶対の精度が効きます。

用途比べたい記録必要な精度の決め方(本記事の考え方)方式の候補
日報・シフト・稼働率の集計生産実績と時間帯集計の単位(分・時間)より十分小さければよいNTP
製品・ロットと設備の記録の紐付けMESの製品の記録とヒストリアンのプロセス値製品が流れる間隔から決める(後述の仮定モデル)NTP、ライン速度によってはPTP
アラーム・イベントの順番の解析複数のPLCやSCADAのアラーム調べたい出来事どうしの間隔より十分小さくNTPまたはPTP
複数工場・本社・クラウドとの品質の相関拠点をまたぐ記録UTCからの差(絶対の精度)で決めるNTP(時刻源の追跡性を重視)
規制対象の監査証跡電子記録の作成・変更の日時規制は精度の数値を定めていないため、社内の手順で定め、根拠を残すNTP
同期を前提とした制御・計測機器間の動作や測定のタイミング機器や制御のメーカーの要求に従うPTP(IEEE 802.1ASや産業用のプロファイル)
受変電などの電力設備保護・計測の機器電力設備の規格や機器の要求に従うPTP(電力向けのプロファイル)

表の「方式の候補」は一般的な傾向として本記事が整理したもので、機器やネットワークの条件によって変わります。大事なのは、方式から逆算するのではなく、「何と何を比べたいのか」から必要な数字を出すことです。同じ工場の中でも、用途によって必要な精度は何桁も違うことがあります。全部を最高の精度にそろえる必要はありません。

PTPとNTPの違い

時刻をネットワークで配る方式として、工場でよく使われるのがNTP(Network Time Protocol)とPTP(Precision Time Protocol、IEEE 1588)です。

NTP:既存のネットワークで広く使える

NTPの現行版(NTPv4)はRFC 5905(2010年6月)で定められています。RFC 5905は、精度について、典型的な一次サーバーは数十マイクロ秒以内、高速なLANの上の典型的な二次サーバーやクライアントは(問い合わせの間隔が最大1,024秒のとき)数百マイクロ秒以内、問い合わせの間隔を最大36時間まで延ばした場合は数十ミリ秒以内、と記述しています。これはRFCを作った時点の典型値の説明で、保証値ではありません。実際の精度は、ネットワークの負荷、経路、サーバーとの距離、機器の実装で変わります。

NTPの次の版であるNTPv5は、2026年10月時点ではIETFのドラフト(draft-ietf-ntp-ntpv5-09、2026年7月1日)の段階で、まだRFCにはなっていません。ドラフトでは、クライアント・サーバー型を唯一の動作モードとしていますが、仕様は今後変わり得ます。

PTP:ネットワーク機器の協力で高い精度を出す

PTPの現行の規格はIEEE 1588-2019で、2019年11月7日に承認され、2020年6月16日に発行されました。IEEEの規格の概要は、少ない資源で「サブマイクロ秒の範囲」の同期を実現し、適切に設計されたネットワークでは「サブナノ秒の時刻伝送精度」の可能性がある、と述べています。ここで大事なのは「適切に設計されたネットワークでは」という条件です。PTPを使えば必ず高い精度が出るわけではなく、ハードウェアでタイムスタンプを付ける機器や、PTPに対応したスイッチ(後述のBC・TC)の有無で、結果は大きく変わります。

観点NTPPTP(IEEE 1588)
規格RFC 5905(NTPv4)。NTPv5はドラフト段階IEEE 1588-2019(改正版が複数あり)
精度の記述高速なLANの上の典型的なクライアントで数百マイクロ秒以内、とRFCが記述(典型値)サブマイクロ秒の範囲、適切に設計されたネットワークでサブナノ秒の可能性、と規格の概要が記述
ネットワークへの要求一般的なIPネットワークで動く高い精度には、PTP対応のスイッチやハードウェアのタイムスタンプが必要になることが多い
主な利用者ITのサーバー、SCADA、MES、ヒストリアン、多くのPLCやHMI同期を前提とした制御・計測、TSN、電力設備、高速ラインの記録
認証の仕組みNTS(RFC 8915)で時刻のパケットの真正性を確かめられる本記事の範囲では扱わない。製品ごとに確認する
導入の負担小さい。既存の機器の多くが対応大きい。スイッチや端末の対応状況の確認が要る

※主な利用者・導入の負担の欄は本記事の整理です。

表の精度の欄は、それぞれの規格文書の記述をそのまま並べたもので、どちらも工場での実測値ではありません。「NTPはミリ秒、PTPはナノ秒」という単純な対比で選ぶのではなく、前の節で決めた必要な精度に対して、自社のネットワークで何が出るかを確かめることが重要です。

両方を使い分ける構成が現実的

多くの工場では、両方を組み合わせる構成が現実的だと考えられます。同じ時刻源(後述のグランドマスタークロック)から、高い精度が要る制御ネットワークにはPTPで、ITのサーバーやSCADA、MESにはNTPで配る形です。こうすれば、方式は違っても、工場の中のすべての時刻が同じ基準にさかのぼれます。

時刻源・GNSS・ホールドオーバ

工場の時刻同期導入|PTPとNTPの選び方とタイ工場の受入試験 - figure 1

時刻源の候補

工場の時刻の基準をどこから取るかには、主に2つの道があります。1つは、屋上などにGNSSのアンテナを置き、衛星の信号から時刻を得る方法です。もう1つは、タイの国家計量標準機関(NIMT)などが提供する時刻のサーバーに、ネットワーク経由で合わせる方法です。NIMTについては、後のタイ・ASEANの節で詳しく扱います。

GNSSの時刻は精度が高く、米国立標準技術研究所(NIST)の文書「NIST IR 8323r1」(2023年1月)によれば、GPSの時刻は、うるう秒による整数秒の差を補正すると、米海軍天文台のUTC(UTC(USNO))と1マイクロ秒以内で一致するよう管理されています。注意点は、GPSの時刻(GPS時)はうるう秒で調整されない時系だということです。NIMTの技術者の解説記事によれば、GPS時は1980年1月6日 0時(UTC)を起点とし、国際原子時(TAI)はGPS時より19秒進んでいます。IERSのBulletin C 72によればUTCはTAIより37秒遅れているので、計算すると、GPS時はUTCより18秒(37−19)進んでいることになります。受信機の側でこの差を正しく補正しているかは、受入試験で確かめたい点の1つです。

グランドマスタークロックとホールドオーバ

工場の中で時刻の大元になる機器を、グランドマスタークロック(GM、グランドマスタ)と呼びます。GNSSの受信機と発振器を内蔵し、PTPやNTPで時刻を配る専用の機器が一般的です。

GMの選定で最も差が出るのが、GNSSを失ったときにどれだけ正しい時刻を保てるか、つまりホールドオーバの性能です。アンテナのケーブルの損傷、落雷、電波の干渉などでGNSSが受信できなくなると、GMは内蔵の発振器だけで時を刻み続けます。発振器の種類によって、ずれていく速さは大きく違います。

Meinberg社の発振器オプションの表によれば、GNSSに同期しているときのPPS(1秒ごとのパルス)の精度は、TCXOとOCXO-LQで±100ナノ秒未満、OCXO-SQ、HQ、DHQとルビジウムで±50ナノ秒未満です。GNSSを失ってから24時間後の位相のずれは、次のとおりです。

発振器(Meinberg社の区分)24時間のホールドオーバ後の位相のずれ(同社公称値)
TCXO±4.3ミリ秒
OCXO-LQ±865マイクロ秒
OCXO-SQ±65マイクロ秒
OCXO-HQ±10マイクロ秒
OCXO-DHQ±4.5マイクロ秒
ルビジウム±800ナノ秒

同じ表では、7日後はTCXOの±128ミリ秒からルビジウムの±34マイクロ秒まで、30日後はTCXOの±1.1秒からルビジウムの±370マイクロ秒まで広がります。24時間後のTCXOとルビジウムの差は、4.3ミリ秒÷800ナノ秒で約5,375倍、つまり5,000倍以上になります(本記事の計算)。

ただし、これらはメーカーの公称値で、表の脚注によれば、30日以上稼働し、直前の24時間は連続してGNSSに同期していた発振器を前提とし、さらに周囲の温度が一定という条件付きです。工場の盤の中のように温度が変わる場所では、これより悪くなることがあり得ます。数値は発振器を選ぶときの目安として使い、自社の設置条件での確認を受入試験に入れるのが安全だと考えられます。

グランドマスタークロックの選び方

GMを選ぶときに確認したい点を、本記事の考え方として整理します。

  • ホールドオーバの要求:GNSSを失ってから復旧するまで何日かかり得るか(夜間・休日の保守体制、部品の調達)を見積もり、その期間に許せるずれから発振器のクラスを決める
  • 出力の方式:PTPのプロファイル(後述)、NTP、必要ならPPSなどの出力に対応しているか
  • 冗長化:GMを2台にするか、時刻源をGNSSとネットワーク(NIMTなど)の2系統にするか
  • 監視の機能:同期の状態、衛星の受信状態、ホールドオーバに入った時刻、推定の誤差を、SNMPやログで外に出せるか
  • GNSSの異常の検知:電波の干渉やなりすましの兆候を検知する機能、複数の時刻源を照らし合わせる機能があるか
  • アンテナの施工:屋上からサーバー室までのケーブルの経路、雷の対策、保守のしやすさ

PTPネットワークの構成:GM・BC・TC・プロファイル

工場の時刻同期導入|PTPとNTPの選び方とタイ工場の受入試験 - figure 2

PTPの機器の種類

PTPのネットワークは、役割の違う機器の組み合わせで作ります。H3C社の設定ガイドの解説によれば、それぞれの役割は次のとおりです。

  • グランドマスタ(GM):PTPのドメインの中の時刻の大元。クロックの機器どうしの間で自動的に選ばれる
  • オーディナリクロック(OC):PTPのポートを1つだけ持つ機器(本記事の例示:PLCやI/Oなどの端末)
  • バウンダリクロック(BC):複数のポートを持ち、1つのポートで上流に同期し、ほかのポートで下流へ時刻を配る
  • トランスペアレントクロック(TC):自分では時刻を保持せず、PTPのメッセージを転送しながら、通過にかかった遅延を補正する。全てのPTPのパケットを転送してリンク全体の遅延の計算を支えるE2E型と、一部のメッセージだけを転送してほかを終端するP2P型がある

同じガイドは、対応する規格として、IEEE 1588v2、IEEE 802.1AS、SMPTE ST 2059-2、AES67-2015を挙げています。ここではPTPの一般的な概念の説明として紹介しており、特定の製品を推奨するものではありません。

構成を考えるときのポイント

GMは自動で選ばれる仕組みなので、意図しない機器がGMになってしまわないよう、優先度の設定と、どの機器がGMになっているかの監視を設計に入れておくのが安全だと考えられます。また、PTPに対応していない普通のスイッチを経路の途中に挟むと、その区間では遅延の補正が行われません。高い精度が要る区間は、経路上のスイッチがBCかTCとして動くかを、機器の一覧で確認しておきます。

プロファイル:用途ごとの「PTPの使い方」の決まり

PTPには、用途ごとに使い方を絞り込んだ「プロファイル」があります。工場で関係しやすいのは次の3つです。

  • 汎用のIEEE 1588:特定の用途に絞らない使い方
  • IEEE 802.1AS(gPTP)とIEC/IEEE 60802:TSN向け。802.1ASは時刻の伝送、最良の時刻源の選び方、位相や周波数の不連続の検出などを扱う。2020年版の後、ホットスタンバイやクロックのドリフト誤差の低減を扱う改正が出され、現在は2025年版が現行。IEC/IEEE 60802は、これを前提にした産業オートメーション向けのプロファイル
  • IEC/IEEE 61850-9-3:電力ユーティリティの自動化向けのPTPプロファイル(2016年5月31日発行)。IEC 61588:2009(IEEE 1588-2008)に基づき、IEC 61850-5とIEC 61869-9の最も高い同期のクラスへの適合を可能にするもの。工場の受変電設備や構内の電力設備で関係することがある

同じPTPでも、プロファイルが違う機器どうしはそのままでは同じ網で動かないことがあり得ます。RFPでは、「PTP対応」ではなく「どのプロファイルに対応しているか」を書いてもらうのが確実です。

タイムスタンプの打ち方:OPC UA・PLC・ヒストリアン・MES

工場の時刻同期導入|PTPとNTPの選び方とタイ工場の受入試験 - figure 3

時刻を「どこで」付けるかで意味が変わる

時計を同期しても、タイムスタンプをどこで付けるかが決まっていなければ、記録の意味は揺らぎます。センサーやPLCの近くで値が変わった瞬間に付けた時刻と、サーバーが値を受け取った時刻とでは、通信の遅れの分だけ差が出ます。通信が一時止まって後からまとめて届いたデータに、届いた時刻が付いてしまうと、原因と結果の順番が入れ替わって見えることがあります。

OPC UAのSourceTimestampとServerTimestamp

OPC UAは、この区別を仕様として持っています。OPC UAの仕様(Part 4、v1.05)のDataValueの定義によれば、2つのタイムスタンプがあります。

  • SourceTimestamp:データの発生源が値に付けた時刻。一度付けたら変わらず、値や状態コードが最後に変わった時刻を示すもの。値の発生源にできるだけ近いところで付けるべきだが、常に同じ物理的な時計で付ける必要がある。冗長構成では発生源の時計どうしを同期すべきとされる。また、OPC UAのサーバーがほかのOPC UAのサーバーからデータを受け取るときは、SourceTimestampを変えずにそのまま渡す
  • ServerTimestamp:サーバーが値を受け取った(または正しいと知った)時刻。サーバーごとに自分の値を付ける

どちらにも、10ピコ秒の分解能を指定できる欄があります。ただし、これは仕様上の定義です。実際のPLCやゲートウェイが、どちらの時刻を、どの時計で付けているかは製品によって違います。「OPC UA対応」という言葉だけでは、SourceTimestampがPLCの中で値が変わった時刻なのか、ゲートウェイが読み取った時刻なのかは分かりません。OPC UAの版の移行や認証の考え方は「OPC UA 1.05 移行|タイ工場のRFP・FAT/SAT要件」もご覧ください。

PLC・ヒストリアン・MESでの決めごと

本記事の考え方として、タイムスタンプについては次のことを工場の方針として決め、文書にしておくことをおすすめします。

  • 時刻を付ける場所:用途ごとに、SourceTimestampとServerTimestampのどちらを正とするか。PLCが値の変化の時刻を付けられない場合は、ゲートウェイが読み取った時刻であることを明記する
  • 時刻を付ける時計:その時刻を付けた機器が、どの時刻源に、どの方式で同期しているか
  • 保存の時刻系:保存は協定世界時(UTC)で行い、画面や帳票に出すときにタイの現地時刻(UTC+7)に変換する
  • 時刻の異常の記録:同期が外れていた間に付けた記録に、その旨の印を付けられるか

保存をUTCにしておく理由は、時刻の比較を単純にするためです。タイの時刻には夏時間がないので、現地時刻で保存しても1年の中で時刻が飛ぶことはありません。それでも、日本の本社やほかの国の拠点、クラウドのシステムと記録を比べるときには、UTCで持っている方が変換の誤りが起きにくいと考えられます。

ヒストリアンでのタイムスタンプと品質の残し方は「産業用ヒストリアン導入|選定比較とタイ工場のRFP・受入試験」で、MQTTで設備のデータを送る場合の設計は「MQTT Sparkplug B導入|タイ工場の検収・90日実証」で扱っています。どの経路でデータを送る場合も、「どの時計で付けた時刻か」を途中で失わないことが大切です。

うるう秒の扱い

うるう秒は、UTCに1秒を挿入または削除する調整です。NTPのパケットには2ビットの「うるう秒の予告」の欄があり、その月の最後の1分にうるう秒を入れる・削るという予告と、「同期していない」状態を表します。前述のとおり、2026年12月末にはうるう秒は入りませんし、将来のうるう秒の扱いは2026年10月の総会で議論される段階です。工場としては、うるう秒が入ったときに、GM、NTPのサーバー、PLC、ヒストリアンがそれぞれどう振る舞うか(予告をどう扱い、時刻をどう調整するか)を、仕様書で確認しておくのが現実的だと考えられます。

ライン速度と時計のずれを工場モデルで試算する(仮定モデル)

ここからの数値は、すべて本記事が独自に置いた仮定値です。製品の性能や業界の平均ではありません。計算の型として使い、自社のライン速度と用途に置き換えてください。

前提(モデル工場T)

項目前提(仮定値)
工場タイ中部の日系の部品工場。ライン3本
ラインA毎分60個(1個あたりの間隔は1,000ミリ秒)
ラインB毎分600個(間隔は100ミリ秒)
ラインC毎分6,000個(間隔は10ミリ秒)
判定のルール2つの機器の時計の差を、製品の間隔の10分の1以下に抑えれば、記録を正しい製品に紐付けられるとみなす
誤差の配分2つの機器がそれぞれ基準から逆向きにずれた場合を考え、1台あたりの許容は機器間の許容の半分とする

ステップ1:必要な精度を出す

製品の間隔の10分の1が、機器の間で許せる時計の差です。それを2で割ると、1台の機器が基準(工場のGM)から離れてよい量になります。

ライン製品の間隔機器間の許容(間隔の10分の1)1台あたりの許容(その半分)
A(毎分60個)1,000ミリ秒100ミリ秒50ミリ秒
B(毎分600個)100ミリ秒10ミリ秒5ミリ秒
C(毎分6,000個)10ミリ秒1ミリ秒0.5ミリ秒(500マイクロ秒)

ここで、出典のある数字と比べてみます。NIMTの技術者による2018年の記事では、インターネット経由のNIMTの無料の時刻サービスの精度は「インターネットのトラフィックに依存し、30ミリ秒より良い」とされていました。これは当時の目安で保証値ではありませんが、仮にこの30ミリ秒を当てはめると、ラインAの1台あたり50ミリ秒には収まり、ラインBの5ミリ秒には収まりません。また、RFC 5905が記述する高速なLANの上の典型的なNTPのクライアントの「数百マイクロ秒以内」は、ラインCの500マイクロ秒に対して余裕がほとんどないか、超える可能性があります。

このモデルから読み取れるのは、ラインAはインターネット経由のNTPでも条件次第で足りる可能性があり、ラインBは工場内にNTPのサーバーを置いてLANで配る構成が候補になり、ラインCではPTP(ハードウェアのタイムスタンプとPTP対応のスイッチ)を検討する価値がある、ということです。いずれも実測で確かめることが前提です。

ステップ2:時計が合っていないと、何個の製品を取り違えるか

逆に、時計が合っていない場合を考えます。手で時刻を合わせたPLCの時計が、MESのサーバーより2秒ずれていたと仮定します。

ライン製品の間隔2秒のずれで生じる紐付けの食い違い
A1,000ミリ秒2,000÷1,000=2個分
B100ミリ秒2,000÷100=20個分
C10ミリ秒2,000÷10=200個分

2秒は人の感覚では小さなずれですが、ラインCでは200個分、記録が別の製品にずれて紐付きます。不良の原因を調べるときに、正しい製品のプロセス値を見ていないことになり、疑わしい範囲を広く取って隔離する製品の数も増えます。

ステップ3:GNSSを失ったとき、どれだけ持ちこたえられるか

最後に、ホールドオーバです。前述のMeinberg社の公称値(温度一定などの理想条件)を、ステップ1の1台あたりの許容と比べます。ここで比べるのはGMとUTCの差です。工場内の機器がすべて同じGMに従っていれば影響は小さく、この比較は、別の時刻源に従う機器やUTC基準の記録と比べる場合の目安です(詳しくは次の項)。

発振器24時間後のずれ(同社公称値)ラインA(50ミリ秒)ラインB(5ミリ秒)ラインC(500マイクロ秒)
TCXO±4.3ミリ秒収まる(許容の8.6%)収まるが余裕は小さい(許容の86%)超える(許容の8.6倍)
OCXO-LQ±865マイクロ秒収まる収まる(許容の約17%)超える(許容の約1.7倍)
OCXO-SQ±65マイクロ秒収まる収まる収まる(許容の13%)
OCXO-HQ±10マイクロ秒収まる収まる収まる(許容の2%)
OCXO-DHQ±4.5マイクロ秒収まる収まる収まる(許容の0.9%)
ルビジウム±800ナノ秒収まる収まる収まる(許容の0.16%)

GNSSの停止が長引いた場合も見ておきます。長期の休暇中にアンテナのケーブルが損傷し、復旧まで7日かかったと仮定します。同社の表では、7日後のTCXOは±128ミリ秒で、ラインAの50ミリ秒の約2.6倍(128÷50=2.56)になり、最も遅いラインの許容も超えます。一方、ルビジウムは7日後で±34マイクロ秒、30日後でも±370マイクロ秒で、ラインCの500マイクロ秒の74%に収まります。

この試算の読み方:ずれるのは「工場全体」か「一部」か

ここで大事な注意があります。ホールドオーバのずれは、GMとUTCの差です。工場の中のすべての機器が同じGMに同期していれば、GMごと一緒にずれるので、工場の中の機器どうしの差(相対の精度)は、ホールドオーバの間も大きくは変わらないと考えられます。問題になるのは、次のような場合です。

  • 工場の一部の機器(例えばITのサーバーやクラウドのシステム)が、別の時刻源(インターネット経由のNTPなど)に同期している
  • 他の工場や本社の記録と、UTCを基準に比べる必要がある
  • GNSSが復旧したときに、GMの時刻が一気に正しい値に戻り、記録の時刻が飛ぶ

つまり、表の「超える」が示すのは、別の時計に従う記録と比べたときに紐付けを誤る可能性がある、ということです。同じGMに従う工場内の記録どうしの比較には、通常は大きな影響はありません。どの記録がどの時計に従っているかを把握しておくことが、ここでも効いてきます。

検算のポイント

  • 毎分60個=毎秒1個で間隔1,000ミリ秒、毎分600個=毎秒10個で100ミリ秒、毎分6,000個=毎秒100個で10ミリ秒
  • 機器間の許容は間隔÷10で100・10・1ミリ秒、1台あたりはその半分で50・5・0.5ミリ秒
  • TCXOの4.3ミリ秒は、50ミリ秒の8.6%、5ミリ秒の86%、0.5ミリ秒の8.6倍
  • ルビジウムの24時間後の800ナノ秒は0.8マイクロ秒で、500マイクロ秒の0.16%

セキュリティと監視

NTS:NTPの時刻が「本物か」を確かめる

ネットワークで配る時刻は、なりすましや改ざんの対象になり得ます。NTPには、RFC 8915(2020年9月)で定められたNTS(Network Time Security)があります。NTSでは、まずTLS(1.3以上)の上で鍵を確立し(NTS-KE、TCPの4460番ポート)、その後の時刻のパケットが特定の相手から送られ、途中で書き換えられていないことを確かめます。リプレイ攻撃の防止や、要求と応答の対応の確認もできます。

注意したいのは、NTSは「暗号化」ではなく「認証」の仕組みだということです。RFC 8915は、基本的な時刻のデータは機密ではないとみなし、平文で送るとしています。また、NTSを使う場合は、NTPの通信(UDPの123番ポート)に加えて、NTS-KEのTCPの4460番ポートをファイアウォールで通す必要があります。工場とITの間のファイアウォールの設計に、この2つを入れておきます。

GNSSへの依存を管理する

NIST IR 8323r1は、測位・航法・時刻(PNT)の信号やデータは、自然・人為、意図的・非意図的なさまざまな妨げや改ざんを受け得るとし、脅威の例として、電波の干渉、温度の変化、経年、振動、停電、ジャミング、スプーフィング、遅延の攻撃などを挙げています。対策としては、PNTに依存するHMIや制御システムのソフトウェアなどの棚卸し、複数の時刻源のデータを照らし合わせて異常を見つけること、GNSSのジャミングやスプーフィングの検知、必要に応じて単独で動ける能力やホールドオーバの能力を組み込むこと、を挙げています。これは米国の重要インフラ向けの任意のガイダンスで、タイの法規制ではありませんが、工場の時刻源の設計にもそのまま使える考え方です。

本記事の考え方として、工場では次の3点から始めるのが現実的です。

  1. 時刻に依存する機器の一覧を作る:どの機器が、どの時刻源に、どの方式で合わせているか
  2. 時刻源を2系統にする:GNSSのGMと、NIMTなどのネットワークの時刻源を照らし合わせ、大きく食い違ったら警報を出す
  3. ホールドオーバを前提に選ぶ:GNSSを失っても、復旧までの期間を許容の範囲で持ちこたえられる発振器にする

オフセットを監視し、記録を残す

時刻同期は、入れたときに合っていても、後から外れることがあります。ケーブルの交換、スイッチの設定の変更、機器の入れ替え、停電の後の起動の順番などがきっかけになり得ます。本記事の考え方として、次のことを監視し、記録を残すことをおすすめします。

  • GMの同期の状態(GNSSを受信しているか、ホールドオーバに入っていないか)
  • 主要な機器の基準からのずれ(オフセット)と、それが許容を超えたときの警報
  • どの機器がGMになっているかと、その切り替わり
  • NTPのクライアントの同期の状態

この監視の記録は、冒頭の「どれだけの誤差で打たれたかを説明できること」の証拠になります。不良の調査や監査で「その日のその時刻、この機器の時計はこれだけの範囲で合っていた」と示せるからです。監視のデータをOT側からIT側へ渡すときの安全な経路の作り方は「工場データダイオード導入ガイド|タイ工場のOT→IT一方向連携を選ぶ」も参考になります。

規制対象の業種:監査証跡と時刻

米国向けの医薬品、医療機器、食品などで、米食品医薬品局(FDA)の規制の対象となる電子記録を扱う工場では、21 CFR Part 11の要求があります。21 CFR 11.10(e)は、電子記録を作成・変更・削除する操作者の入力や操作の「日付と時刻」を独立して記録する、安全でコンピューターが生成するタイムスタンプ付きの監査証跡を使うことを求めています。監査証跡は、対象の電子記録と同じ期間保持し、FDAの査察で見られるようにしておく必要があります。

EU向けの医薬品のGMPでは、EudraLexの第4巻Annex 11(現行版、2011年6月30日に適用開始)が関係します。12.4は、データや文書を管理するシステムが、データを入力・変更・確認・削除した操作者を「日付と時刻を含めて」記録するように設計されるべきとし、14(c)は電子署名に「適用された時刻と日付」を含めることを求めています。9は、リスク評価に基づいて、GMPに関わる変更や削除の記録(システムが生成する監査証跡)を組み込むことを検討すべきとしています。

なお、Annex 11の改訂案が、欧州委員会とPIC/Sから2025年7月7日に公表され、意見募集は2025年10月7日まででした。欧州の専門団体ECAの解説によれば、改訂案は5ページから19ページに増え、セキュリティ、IDとアクセスの管理、監査証跡の比重が大きくなっています。ただし、これは案であり、最終版の状況や、時刻同期について具体的な要件があるかは、本記事では確認できていません。

ここで強調したいのは、21 CFR 11.10(e)も現行のAnnex 11も、時刻の精度(何ミリ秒以内か)や同期の方式(NTPかPTPか)を定めていないことです。「規制がPTPを求めている」わけではありません。規制が求めているのは、日時が正しく記録されていることを説明できることで、そのために、時刻源、同期の方式、許容の誤差、監視の方法を社内の手順で決めて、根拠を残すことが大切だと考えられます。これは、本記事の背骨である「説明できること」とそのまま重なります。米国やEU向けの規制の対象にならない一般の工場には、これらの規制は直接は適用されません。

タイ・ASEAN固有の論点

タイの国家時刻標準:NIMT

タイの国家計量標準機関(NIMT)の時間・周波数研究室のページ(タイ語)によれば、NIMTはタイの標準時刻を、国際的な時系の中のUTC(NIMT)として維持しています。時系を決めるために原子時計4台(セシウム原子時計3台と水素メーザー1台)を使い、光格子時計の研究開発も行っています。国際的な比較はGNSSの信号を使って毎日、30秒ごとに行われ、インターネット経由で24時間・無料で時刻の信号を提供しています。

NIMTの時刻サーバーのホスト名は、2018年のNIMTの技術者の記事で、time1.nimt.or.th、time2.nimt.or.th、time3.nimt.or.thと紹介されています。同じ記事は、これらに同期するとUTC(NIMT)にさかのぼれるタイの標準時刻が無料で得られ、精度はインターネットのトラフィックに依存し30ミリ秒より良い、としていました。これは2018年時点の記述で、現在の公式のサービス仕様は本記事では確認できていません。30ミリ秒も当時の目安であり、保証値として設計に使うべきではありません。機器にはIPアドレスではなくホスト名で設定し、実際の精度は自社のネットワークで測るのが安全だと考えられます。

同じ記事は、タイ海軍の水路部(HDRTN)の時系がUTC(NIMT)にリンクされ、ウェブの時計の表示と、電話1811番の時報を提供しているとも記述しています。

時刻の追跡性(どの国家標準にさかのぼれるか)を説明する必要がある場合、GNSSのGMを主にしつつ、NIMTのサーバーを照らし合わせの第2系統に使う構成は、タイの工場にとって有力な選択肢の1つだと考えられます。

タイの時間帯:UTC+7、夏時間なし

世界の時間帯のデータとして事実上の標準になっているIANAのtzデータベースでは、Asia/Bangkokは1920年4月以降、UTC+7で、夏時間の規則はありません。前述のとおり、本記事のおすすめは、保存はUTC、表示はUTC+7です。ただし、データベースの設計、帳票、ログの出力、ヒストリアンとMESの間の連携のどこかで、時刻系が混ざると7時間ずれた記録ができてしまいます。「どこまでがUTCで、どこからが現地時刻か」を、インターフェースごとに仕様書に書いておくことが大切です。

規制の範囲

前述のFDAやEU GMPの要求は、米国やEU向けに規制対象の製品を出荷する工場に限られます。タイの工場全般に適用されるものではなく、また、どちらも時刻の精度は定めていません。

現地の運用で気をつけたいこと

ここからは本記事の考え方です。

  • 時刻の担当を決める:時刻同期は、ITと制御の境目に落ちやすい仕事です。GMとNTPのサーバーはIT、PTPのスイッチは制御、PLCの設定は設備メーカー、と分かれていると、誰も全体を見ていない状態になりがちです。工場として1人の責任者を決めておくと、監視の警報の行き先もはっきりします
  • 屋上のアンテナの保守:アンテナとケーブルは、雨や暑さ、工事で傷みやすい部分です。点検の周期と、損傷したときの復旧の手順(部品の在庫、保守会社の連絡先)を決めておきます
  • 停電の後の起動の順番:停電の後、PLCや端末がGMより先に起動すると、しばらく正しくない時刻で記録を付けることがあり得ます。起動の順番と、同期するまでの記録の扱いを決めておきます
  • 3つの言語の文書:時刻の方針、監視の警報の意味、復旧の手順を、タイ語、日本語、英語で用意しておくと、夜間や休日の対応が速くなります

時刻同期のRFPに書く12項目

設備メーカーやシステム会社に見積もりを依頼する際、時刻同期について最低限書いておきたい項目です。

  1. 用途ごとの必要精度:用途、比べたい記録、相対・絶対の精度、その根拠(本記事の仮定モデルのような計算)
  2. 時刻源:GNSS、NIMTなどのネットワークの時刻源、その冗長化と照らし合わせの方法
  3. グランドマスタークロック:発振器のクラス、ホールドオーバの仕様(メーカーの条件を含めて)、冗長構成、電源
  4. 配布の方式:NTPとPTPの使い分け、PTPのプロファイル(汎用のIEEE 1588、IEEE 802.1AS、IEC/IEEE 60802、電力向けのIEC/IEEE 61850-9-3など)
  5. ネットワーク機器:経路上のスイッチのBC・TCへの対応、ハードウェアのタイムスタンプ、VLANや優先制御の設定
  6. 端末の対応状況:PLC、IPC、HMI、検査装置、カメラ、サーバーごとの、同期の方式と精度の一覧
  7. タイムスタンプの方針:SourceTimestampとServerTimestampのどちらを正とするか、時刻を付ける場所、UTCでの保存とUTC+7での表示
  8. うるう秒とGNSSの時刻の扱い:うるう秒の予告の扱い、GPS時とUTCの差の補正
  9. セキュリティ:NTSの対応、GNSSの異常の検知、ネットワークの分離、ファイアウォールのポート(UDP 123、TCP 4460)
  10. 監視と記録:オフセット、同期の状態、GMの切り替わりの記録と警報、記録の保持期間、監視のデータの渡し方
  11. FAT/SATの項目と合格基準:次の節の表を参考に、試験の方法と合格の判断を書く
  12. 保守と現地サポート:タイ国内の保守窓口、アンテナやGMの故障時の対応時間、タイ語・日本語・英語の文書、教育

特に大事なのは1・6・7です。1を書かないと、提案は「高精度のPTP」か「NTPで十分」かのどちらかに偏り、比べようがなくなります。6を書かないと、GMとスイッチを入れたのに、肝心のPLCがPTPに対応していなかった、ということが起こり得ます。7を書かないと、時計は合っているのに記録の時刻の意味が揃わない、という状態が残ります。SCADAの更新と合わせて発注する場合は「SCADAとは?タイ工場の更新・RFP・FAT/SAT実務」もあわせてご覧ください。

時刻同期のFAT/SATで確認すること

工場出荷前の試験(FAT)と、据付後の現地での試験(SAT)では、カタログの精度ではなく、「自社のネットワークで、どの機器が、どれだけ合っているか」「外れたときに気付けるか」「外れた間の記録を説明できるか」を確かめます。

試験項目方法合格基準の決め方主な段階
GMの同期の状態GNSSの受信、同期の状態、出力の時刻を確認するGNSSに同期し、状態が監視の画面とログに出ることFAT・SAT
GPS時とUTCの補正GMとNTPのクライアントの時刻を、別の基準(NIMTのサーバーなど)と比べるUTCとして正しい時刻が配られ、十数秒の差が残っていないことFAT・SAT
各機器のオフセット主要な機器の基準からのずれを、一定期間記録する用途ごとの許容(RFPの1)に収まることSAT
ネットワークの負荷のもとでの精度生産と同じか、それに近い通信の負荷をかけて、オフセットを測る負荷をかけても許容に収まることFAT・SAT
GNSSの断(ホールドオーバ)アンテナのケーブルを外し、決めた時間のずれと警報を確認する。戻したときの時刻の戻り方も見る警報が出ること。ずれが要求の範囲であること。時刻の戻り方と、その間の記録の扱いが仕様どおりであることFAT・SAT
GMの冗長の切り替え主のGMを止め、副のGMへの切り替わりと、意図しない機器がGMにならないことを確認する切り替わりが記録され、オフセットが許容に収まることSAT
NTPとNTSNTPのクライアントの同期と、NTSの鍵の確立(TCP 4460)がファイアウォール越しに通ることを確認する同期し、認証が成立することSAT
OPC UAのタイムスタンプ値を変化させ、SourceTimestampとServerTimestampを比べる。中継のサーバーを通してもSourceTimestampが変わらないかを確認するタイムスタンプの方針(RFPの7)どおりであることFAT・SAT
UTCでの保存と現地時刻の表示ヒストリアンやMESに保存された時刻と、画面や帳票の時刻を比べる保存がUTC、表示がUTC+7で、7時間のずれた記録がないことSAT
停電の後の復帰電源を落として再投入し、機器が同期するまでの時間と、その間の記録を確認する同期の前の記録が識別でき、決めた時間内に同期することSAT
監視と警報オフセットの許容をわざと超えさせ、警報が担当者に届くかを確認する決めた時間内に警報が届き、記録が残ることSAT
記録の説明性試験の中の任意の記録を選び、どの時計で、どの状態で、どれだけの誤差で付けたかを、監視の記録から説明できるか試す第三者に説明できることSAT

合格基準の数値は、工場の用途によって違うので、RFPの段階で決めておきます。最後の「記録の説明性」は、試験の項目として珍しいかもしれませんが、本記事の背骨そのものです。監査や不良の調査の場面を想定して、受入の時点で一度やってみる価値は大きいと考えられます。

工場の時刻同期導入の90日計画

0〜30日:用途の整理と時計の棚卸し

  • 不良の調査、アラームの解析、監査など、時刻が効く用途を洗い出し、比べたい記録の組み合わせを決める
  • 工場の中の時計を持つ機器を一覧にし、それぞれの時刻源、同期の方式、現在のずれを調べる
  • 本記事の仮定モデルを自社のライン速度に置き換え、用途ごとの必要な精度の案を作る

31〜60日:方式の設計と1ラインでの試行

  • 時刻源(GNSS、NIMTなど)、GMの構成とホールドオーバの要求、NTPとPTPの使い分けを決める
  • タイムスタンプの方針(時刻を付ける場所、UTCでの保存と現地時刻での表示)を文書にする
  • 必要な精度が最も高いラインで、既存の機器の対応状況を確かめ、オフセットを試しに測る

61〜90日:RFPと受入の基準づくり

  • RFPの12項目を書き、FAT/SATの項目と合格基準を決める
  • 監視の項目と警報の行き先、責任者、復旧の手順を決める
  • GNSSの断と停電の後の復帰の試験の手順を作る

90日の終わりに手元にそろえておきたい成果物は、①用途ごとの必要精度とその根拠、②時計を持つ機器の一覧と現状のずれ、③時刻源と配布の方式の設計、④タイムスタンプの方針、⑤RFPとFAT/SATの基準、⑥監視と運用の手順、の6点です。

よくある質問

工場の時刻同期とは?なぜ必要なのか?

工場の中のPLC、SCADA、ヒストリアン、MES、検査装置などの時計を、1つの基準に合わせ続ける仕組みです。製品の番号を設備の記録に直接書けない工程では、時刻が記録どうしをつなぐ鍵になります。時計がずれていると、不良の調査で別の製品の記録を見たり、アラームの順番を取り違えたりします。大切なのは精度の数字よりも、どの記録がどの時計で、どれだけの誤差で付けられたかを説明できることです。

PTPとNTPの違いは?

NTPはRFC 5905で定められた方式で、一般的なIPネットワークで動き、多くの機器が対応しています。RFCは高速なLANの上の典型的なクライアントで数百マイクロ秒以内と記述しています。PTP(IEEE 1588-2019)は、少ない資源でサブマイクロ秒の範囲の同期を目指し、適切に設計されたネットワークではサブナノ秒の可能性もあると規格の概要が述べる方式で、PTP対応のスイッチやハードウェアのタイムスタンプが効きます。どちらも典型値や可能性の記述なので、必要な精度を用途から決めたうえで、自社のネットワークで測って選びます。両方を同じ時刻源から配る構成も現実的です。

工場の時刻同期には、どれくらいの精度が必要?

用途によって違います。本記事の仮定モデルでは、製品の間隔の10分の1を機器の間の許容とし、毎分60個のラインで1台あたり50ミリ秒、毎分600個で5ミリ秒、毎分6,000個で500マイクロ秒という目安を出しました。これは本記事の仮定のルールによる計算で、業界の基準ではありません。自社のライン速度や、比べたい記録の組み合わせに置き換えて計算してください。規制の対象の工場でも、FDAやEU GMPの規制は精度の数値を定めていません。

グランドマスタークロックはどう選ぶ?

最も差が出るのは、GNSSを失ったときのホールドオーバの性能です。Meinberg社の公称値では、24時間後のずれはTCXOで±4.3ミリ秒、ルビジウムで±800ナノ秒と大きく違います(温度一定などの条件付き)。GNSSの停止から復旧までにかかり得る日数を見積もり、その間に許せるずれから発振器を選びます。加えて、対応するPTPのプロファイルとNTP、冗長化、監視の機能、GNSSの異常の検知、アンテナの施工のしやすさを確認します。

GNSSが使えないときはどうする?

GMのホールドオーバで持ちこたえつつ、ネットワークの時刻源を第2系統として用意しておきます。タイでは、NIMTが時刻のサーバーを提供しており、2018年の記事ではtime1.nimt.or.thなどのホスト名が紹介されています。GNSSの電波の干渉は、アジア太平洋の航空分野で現実のリスクとして扱われています。工場では、複数の時刻源を照らし合わせて大きく食い違ったら警報を出す仕組みと、ホールドオーバに入ったことを記録に残す仕組みを用意しておくと、外れていた間の記録も説明できます。

時刻同期の導入費用は?

費用は、必要な精度(PTPならスイッチや端末の対応が要るか)、GMの台数と発振器のクラス、冗長化の範囲、アンテナの施工(屋上からの配線の距離)、PTPに対応していない機器の更新の要否、監視の仕組み、受入試験の範囲で大きく変わります。本記事では価格の一次情報が無いため金額は示していません。まず用途ごとの必要な精度と、時計を持つ機器の一覧を作ると、どこに費用をかけるべきかが絞り込めます。全ラインを最高の精度にそろえる必要はありません。

まとめ

  • 工場の時刻同期の価値は精度の数字ではなく、「どの記録が、どの時計で、どれだけの誤差で打たれたか」を説明できること。
  • 必要な精度は用途から決める。工場の中の機器どうしの差(相対)と、UTCからの差(絶対)を分けて考える。
  • NTPとPTPは、規格の記述どおりの精度が自社のネットワークで出るとは限らない。同じ時刻源から、用途に応じて両方を配る構成が現実的。
  • GMは、GNSSを失ったときのホールドオーバで選ぶ。Meinberg社の公称値(温度一定などの条件付き)では、24時間後のずれはTCXOの±4.3ミリ秒とルビジウムの±800ナノ秒で、計算すると5,000倍以上違う。
  • タイムスタンプは、どこで、どの時計で付けたかを決める。OPC UAのSourceTimestampとServerTimestampを区別し、保存はUTC、表示はUTC+7。
  • 仮定モデルでは、毎分600個のラインで1台あたり5ミリ秒、毎分6,000個で500マイクロ秒が目安になり、2秒のずれは毎分6,000個のラインで200個分の取り違えになる。
  • NTS、GNSSの異常の検知、複数の時刻源の照らし合わせ、オフセットの監視と記録で、外れたことに気付き、説明できるようにする。
  • 受入では、GNSSの断、停電の後の復帰、OPC UAのタイムスタンプ、UTCと現地時刻、そして記録の説明性を、自社の条件で確かめる。

TOMAS TECHでは、タイの日系工場を対象に、用途ごとの必要な精度の整理や、既設の機器の時計と時刻源の棚卸しといった検討の段階から、時刻源とネットワークの設計、RFPの作成、FAT/SATの立会い、既存のSCADAやヒストリアン、MESとのタイムスタンプの方針づくりまでご相談を承っています。「まだ機器を選ぶ段階ではないが、うちの工場の時計が今どうなっているかを整理したい」という段階でも構いませんので、お問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。

参考情報