Blog

2026.08.30

社会保険手続き AI|政府システム障害とEWF開始への備え2026

社会保険手続き AI|政府システム障害とEWF開始への備え2026

社会保険手続き AI というテーマは、これまで「申請書をAIが自動で作ってくれるか」という精度の話として語られてきました。ところが2026年のタイでは、前提そのものが崩れています。申請を受け取る政府側のシステムが不安定なのです。本記事では、提出先が止まっていても延滞金を受けない社内側の設計という視点から、バックオフィスAIの使いどころを整理します。

タイの社会保険手続きで2026年に何が変わったか|前提が2つ同時に動いた

タイ拠点の管理部門にとって、社会保険事務所への月次手続きは長年もっとも変化の少ない業務でした。毎月15日までに拠出申告を出し、入退社があれば加入届と喪失届を出す。担当者が1人いれば回る、静かな定型業務です。

その静けさが2026年に入って二方向から崩れました。ひとつは、申請を受け取る側である社会保険事務所の基幹システムが機能不全に陥ったこと。もうひとつは、制度そのものが立て続けに改定され、2026年10月1日には福利厚生基金という新しい拠出義務まで始まることです。

重要なのは、この2つが独立した出来事ではないという点です。制度が変われば申請様式と計算基礎が変わり、その変更を反映した申告を受け取る相手が不安定なシステムだという依存関係になっています。制度改定への対応と、システム障害への対応を、同じ時期に、同じ担当者が抱えることになります。

前提の変化1|提出先のシステムが安定して動くとは限らない

社会保険事務所は基幹システムの刷新に8.5億バーツを投じ、2025年末に新システムを稼働させました。しかし稼働直後から機能不全が続き、2026年1月末の時点でも復旧しきっていない状態が報じられています。旧システムへの回帰まで検討対象に挙がったと伝えられるほどの規模です。

これが実務にとって何を意味するか。従来、申請が期限内に受理されるかどうかは、こちら側の準備が間に合うかどうかだけの問題でした。今はそこに「相手が受け取れる状態にあるか」という、こちらでは制御できない変数が加わっています。

前提の変化2|計算基礎と拠出項目が同時に増える

2026年1月1日から社会保険の拠出対象となる賃金上限が引き上げられ、10月1日からは福利厚生基金の拠出が始まります。前者は既存の計算式の係数が変わる話で、後者はまったく新しい台帳と登録手続きが増える話です。

性質が違うため、対応の難易度も違います。係数の変更は給与計算システムのマスタを直せば済みますが、新制度は対象者の判定、適用除外の可否、登録期限の管理という、判断を伴う工程が発生します。

社会保険手続き AI|政府システム障害とEWF開始への備え2026 - figure 1

SSO Coreの障害という現実|提出できない期間も延滞金は止まらない

8.5億バーツのシステムで何が起きたか

報じられている経緯を時系列で整理すると、次のようになります。

項目内容
2025年末新基幹システムが稼働開始。直後から機能不全が発生
2026年1月28日時点障害が継続。旧メインフレームへの回帰も検討対象に
復旧体制100名超を時間外に動員し、1日35,000件の承認処理を目標に運用

この表で注目すべきは、最終行が「目標」であって「実績」ではないことです。100名超を投入して1日35,000件を目標に置くという体制は、通常の運用では処理しきれない量が積み上がっていることの裏返しです。

そして、その後に完全復旧が公式に宣言されたという確認は、本記事の執筆時点では取れていません。障害の発生から半年以上が経過しているにもかかわらず、決着を示す明確な続報が見当たらないという状態です。企業側としては、年内いっぱいは不安定な状態が残り得るという前提で運用を組むのが安全でしょう。

実務への影響は単純です。滞留が解消されるまでの間、個々の申請が想定より長く待たされる可能性が残ります。提出した日と、受理された日と、処理が完了した日が、平常時よりも大きく開くということです。

月2%の延滞金は「誰のせいか」を問わない

月次の拠出申告であるสปส.1-10は、翌月15日までの提出が義務づけられ、遅延した場合は未納額に対して月2%の延滞金が課されます。ここが実務上もっとも冷たい部分です。

延滞金は結果に対して課されるものであり、遅延の原因がこちらの怠慢なのか、相手方システムの不調なのかを、制度は自動的には区別してくれません。もちろん、システム障害に起因する遅延について当局が個別に救済措置を取る可能性はありますが、それは事後の交渉事であって、事前に当てにできる仕組みではありません。

仮に月次の拠出額が合計30万バーツの拠点で、1か月分の提出が遅れたとします。延滞金は6,000バーツ。金額としては致命的ではありません。しかし問題は金額ではなく、遅延が発生したという記録が残ること、そしてその処理のために担当者が事務所へ足を運び、経緯を説明し、証跡を揃える時間が発生することです。

日系製造業の管理部門は人員が薄く、経理と人事と総務を数名で兼務している拠点が珍しくありません。この「予定外の説明作業」が、月次決算や監査対応と重なったときに何が起きるかは想像がつくはずです。

制御できない変数への正しい向き合い方

相手方システムの安定性は、こちらの努力では変えられません。変えられないものに対して打てる手は、原理的に3つしかありません。

  • 早く動くこと。締切ぎりぎりではなく、余裕を持って提出を試行する
  • 記録を残すこと。いつ、何を、どの状態で提出しようとしたかを証跡化する
  • 代替経路を用意すること。電子申請が通らないときの窓口提出手順を事前に決めておく

この3つはいずれも、AIやシステムがなくても人力でできます。しかし人力でやると、月次の他の業務に押されて必ず後回しになります。だからこそ自動化の対象として筋が良いのです。

2026年10月1日開始のEWF|福利厚生基金 タイ 2026という新しい義務

延期されていた制度が確定した

福利厚生基金は、いったん施行が1年延期されていましたが、2026年10月1日の施行が確定しています。従業員10名以上の事業所が対象で、労使それぞれ賃金の0.25%を拠出し、2031年10月以降は0.5%に引き上げられる設計です。

「まだ先の話」と受け取られがちですが、対象事業所には新規の登録義務があります。そして初回の拠出金は、2026年10月分の給与から控除し、翌月15日までに納付する流れになります。開始直前の駆け込みで全国の対象事業所が一斉に登録へ動く状況を考えると、余裕を持った着手が現実的です。

なお、福利厚生基金の登録と報告は労働省の労働保護福祉局が所管しており、障害が報じられている社会保険事務所のシステムとは別系統です。両者が技術的につながっているわけではありません。それでも実務上は、同じ担当者が、同じ時期に、性質の違う2つの対応を並行して抱えることになります。負荷として重なる、というのが正確な理解です。

延滞金率と執行手段は社会保険より重い

EWFの拠出率は小さいのですが、未対応に対する制裁は月次拠出の延滞金より重く設計されています。

項目社会保険の月次拠出福利厚生基金
拠出率賃金の5%(労使各)賃金の0.25%(労使各、2031年10月以降0.5%)
賃金上限月17,500バーツ上限の設定なし
対象適用事業所の被保険者従業員10名以上の事業所
延滞金月2%月5%
その他の制裁未納分の追徴労働監督官による資産の差押・競売
刑事罰社会保険法に別途規定あり6か月以下の禁錮または1万バーツ以下の罰金、もしくは併科
開始既存制度2026年10月1日

この表で読み違えやすいのが刑事罰の行です。社会保険側に刑事罰が無いという意味ではなく、社会保険法にも届出義務違反に対する罰則規定があります。ここで比較しているのは延滞金率と執行手段であり、その2点においてEWFのほうが重い、という限定的な比較です。

もうひとつ見落とせないのが賃金上限です。社会保険の拠出は月17,500バーツで頭打ちになりますが、EWFの0.25%には上限がありません。管理職や駐在員の賃金がそのまま拠出の基礎になるため、高給者が多い拠点ほど、拠出率の小ささから受ける印象より負担は大きくなります。

適用除外は事業所単位で判定される

プロビデントファンドなど、法令上の代替制度をすでに導入している事業所は適用除外となり得ます。日系製造業の拠点では福利厚生の一環としてプロビデントファンドを導入しているケースが少なくないため、まず自社が除外対象に当たるかどうかの確認が最初の作業になります。

ここで最も誤解されやすいのが、除外の判定単位です。出典としたBDOの解説によれば、除外が認められるのはプロビデントファンド法に完全に準拠し、かつ試用期間中の従業員や加入を辞退した従業員も含め、例外なく全従業員をカバーしている制度に限られるとされています。つまり判定は事業所単位で、全部か無かのどちらかです。

この点を「加入者だけが除外され、非加入者にだけEWFが残る」と受け取ると、対応を大きく誤ります。一部の職位のみが加入する設計になっている場合、除外は成立せず、全従業員がEWFの対象として残るという整理になります。この場合に取り得る選択肢は、プロビデントファンドの加入対象を全従業員へ広げて除外を成立させるか、EWFへ登録して拠出するかの二択です。

つまり、EWF対応の第一歩はシステムの話ではなく、既存の福利厚生規程と加入者名簿を突き合わせ、全従業員をカバーできているかを確認するという、きわめて地味なデータ整備作業です。そして結論次第で、その後の工程がまったく変わります。

拠出上限17,500バーツへの改定|30年ぶりに計算基礎が変わった

2026年1月1日付で、社会保険の拠出対象となる賃金上限が月15,000バーツから17,500バーツへ引き上げられました。約30年ぶりの改定で、400万人超が影響を受けるとされています。

事業主側の拠出額でみると、被保険者1人あたりの上限が月750バーツから875バーツになります。1人あたり月125バーツの増加です。

金額としては小さく見えますが、影響範囲は人数に比例します。月17,500バーツを超える賃金の従業員が150名いる拠点であれば、月18,750バーツ、年間で225,000バーツの増加になります。管理職比率の高い拠点ほど影響が大きくなる構造です。

この改定で実務上ミスが起きやすいのは、上限そのものではなく「上限に張り付いている従業員の判定」です。従来15,000バーツで頭打ちだった層のうち、17,500バーツ未満の人は実賃金に応じた計算に戻ります。頭打ちの人と、そうでなくなった人が混在するため、一律の係数変更では処理できません。

給与計算側でこの分岐を正しく持たせる設計については、給与計算 AI の3層設計で扱っている「計算そのものより計算の前後に工数が偏る」という構造がそのまま当てはまります。

社会保険手続き AI の役割|申請の代行ではなく提出前の確定

ここまでの前提を踏まえると、社会保険手続き AI に期待すべき役割がはっきりします。AIに政府ポータルへログインさせて申請を代行させることではありません。提出する内容を、提出前に確定させることです。

社会保険手続き AI|政府システム障害とEWF開始への備え2026 - figure 2

4つの層に分けて考える

社会保険手続きを工程として分解すると、次の4層になります。

工程主な作業内容AIの適性
層A事象の検知入社・退社・賃金改定・氏名や住所の変更を漏れなく拾う高い
層Bデータの整形各様式が要求する項目形式へ変換し、不足を洗い出す高い
層C提出前の検証制度の要件と突き合わせ、拠出額と対象者を検算する高い
層D提出と受理確認ポータルへの提出、受理番号の取得、証跡の保存限定的

多くの企業が自動化を検討するとき、真っ先に思い浮かべるのは層Dです。人がブラウザを開いてポータルに入力している姿が、いちばん「自動化されていない」ように見えるからです。

しかし工数と事故の実態は層Aから層Cに偏っています。退職者の喪失届が翌月まで気づかれなかった、賃金改定が拠出額に反映されていなかった、EWFの対象人数の数え方が部門ごとに違っていた。こうした事故はすべて提出ボタンを押す前に発生しており、層Dをどれだけ速くしても防げません。

そして、政府側のシステムが不安定であるという2026年の状況は、この判断をさらに後押しします。層Dの自動化は、相手のポータルの仕様や安定性に依存します。相手が変わり続けている間に層Dを作り込むのは、土台が動いている上に建物を建てるようなものです。層Aから層Cは自社データの中で閉じており、相手の状態に左右されません。

層Cが実際に何をするのか

層Cの検証は、具体的には次のような突合です。

  • 給与マスタの賃金額と、拠出額の計算基礎が一致しているか
  • 上限17,500バーツの適用対象者が正しく判定されているか
  • 前月の被保険者数と当月の被保険者数の差分が、入退社の記録と一致しているか
  • プロビデントファンドの加入者名簿が従業員名簿を例外なくカバーしているか。カバーできていなければEWFの対象は全従業員になる
  • 支店や工場が複数ある場合、事業所単位の集計が全社合計と一致しているか

いずれも「計算」ではなく「照合」です。生成AIが得意とする文章生成の話ではなく、ルールに沿った突合と、不一致の理由を人が読める形で説明する作業になります。この領域は、AIエージェントが判断根拠を提示しながら複数ステップを実行するという使い方と相性が良く、実際に企業のAI活用は単純な質疑応答から締切管理を伴う委任実行へ移りつつあります。組織あたりのAIエージェント導入数が2025年初の平均5個から2026年4月に13個へ増えたという業界調査の数字も、この移行を裏づけています。

タイ 社会保険 電子申請の様式と締切|4つの様式を工程に落とす

押さえるべき4様式

タイの社会保険手続きで日常的に扱う様式は、実質的に4つです。

様式用途発生タイミング
สปส.1-03被保険者の加入届入社時
สปส.6-09被保険者の喪失届退社時
สปส.6-10変更届氏名・住所・賃金等の変更時
สปส.1-10月次拠出申告毎月、翌月15日まで

4様式はいずれも法定の提出期限を持ちますが、期限の性質が2つに分かれます。สปส.1-10は暦に紐づく期限で、翌月15日までの提出義務があり、遅延は未納額に対する月2%の延滞金の対象です。毎月同じ日が来るため、管理としては素直です。

残る3様式は事象の発生日を起点に期限が動きます。入社や退社や変更が起きて初めて時計が動き出すため、そもそも事象を把握していなければ期限管理が始まりません。つまり実務上の課題は「期限を守れるか」以前に「事象を取りこぼさないか」に寄ります。工場で現場採用や短期契約の入退社が動いている拠点ほど、この取りこぼしが起きやすくなります。

電子申請の利用資格を前倒しで点検する

社会保険事務所の電子チャネルには、雇用主向けの申請システムやモバイルアプリなど複数の窓口があります。雇用主として電子申請を利用するための登録には、商業登記簿、身分証明書、委任状などの書類提出が必要で、審査に3から5営業日を要するとされています。これは平常時の目安であり、システムが不安定な時期にはさらに時間がかかる可能性を見込んでおくのが安全です。

すでに電子申請を利用している拠点でも、担当者の交代や委任状の有効期限切れで利用が止まるケースがあります。EWFの登録が始まる2026年10月に向けて、アカウントと委任状の有効性を先に点検しておく価値があります。

締切は「提出日」ではなく「確定日」で管理する

実務で有効なのは、締切を2段階で持つことです。翌月15日という法定期限とは別に、社内での内容確定日を数営業日前に置きます。確定日を過ぎたら数字は動かさず、残る日数はすべて提出試行と受理確認に充てます。

この2段階管理は、相手方システムが不安定な状況で特に効きます。確定が15日当日にずれ込むと、その日にポータルが応答しなかった時点で打つ手がなくなります。確定日を10日に置いておけば、5日分の再試行と窓口提出への切り替え余地が残ります。

政府システムが止まっても罰則を受けない設計|社内バックアップ層

社会保険手続き AI|政府システム障害とEWF開始への備え2026 - figure 3

バックアップ層とは何か

ここでいうバックアップ層とは、サーバーの冗長化のことではありません。提出先が受け取れない状態でも、こちら側は「提出すべき内容を期限前に確定し、提出を試みた事実を証跡として保持している」状態を作る、業務プロセス上の層のことです。

この層が持つべき機能は4つあります。

  • 確定した提出内容そのものを、様式ごとにファイルとして保存する
  • 提出を試行した日時と、その結果を記録する
  • 受理番号や受理画面を取得できた場合はそれを保存する
  • 提出できなかった場合、次の試行予定と代替経路を自動で提示する

証跡が持つ実務的な価値

証跡は、延滞金を免除させる魔法の道具ではありません。しかし、システム障害に起因する遅延について当局と話をするとき、期限前に確定していた提出内容と、複数回の提出試行記録があるかどうかで、話の進み方は大きく変わります。

さらに実務的な価値として、証跡は監査対応で効きます。日系企業では本社の内部監査や会計監査で社会保険拠出の妥当性が問われる場面があり、そのときに「なぜ提出が遅れたのか」を説明する材料が手元にあるかどうかは、担当者の負荷を直接左右します。

代替経路の設計

電子申請が通らない場合の代替は、事務所窓口での提出です。この経路を非常時に初めて調べるのでは間に合いません。管轄事務所の所在、受付時間、持参が必要な書類の一式、社内での持ち出し承認手順を、平常時に文書化しておきます。

この文書化は一度やれば数年使えるにもかかわらず、平常時には誰も着手しません。EWFの開始という明確な期日がある2026年は、この整備に着手する理由付けとして使いやすいタイミングです。

バックアップ層とAIの関係

バックアップ層の各機能は、それ自体が高度な技術を要するものではありません。難しいのは継続することです。毎月、確実に、他の業務に押されずに実行されるかどうかが唯一の論点になります。

だからこそ、この層は人の意志ではなく仕組みで回すべき部分です。締切からの逆算でタスクを起こし、確定日に内容を固め、提出試行の結果を記録し、未完了なら再度催促する。この一連の流れは、AIエージェントに委任する対象として素直です。判断が必要な例外だけを人に上げ、それ以外は静かに回り続ける構成が理想です。

給与計算 AI 連携の視点|社会保険 手続き 自動化を単独で設計しない

上流が汚れていれば下流は直らない

社会保険の拠出額は、給与計算の結果から機械的に導かれます。ということは、給与データが正しくなければ、社会保険手続きだけを自動化しても意味がありません。賃金改定の反映漏れ、入社日の誤り、手当の課税区分の誤りは、そのまま拠出額の誤りになります。

これは業務別にAIを入れていくときに繰り返し現れる論点です。バックオフィスAIとはでは、効果が出やすい業務の条件として、ルールが明文化されていること、例外処理の発生頻度が低いこと、入力データが構造化されていることの3つを挙げました。社会保険手続きは1つ目と2つ目を満たしているため、この時点で十分に候補になります。残る3つ目、つまり入力データが構造化されているかどうかは、給与計算側の状態で決まります。上流が整えば3つ目も埋まり、自動化できる範囲と精度がもう一段広がる、という関係です。

規制変更を自動で反映する方向へ

業界の予測としては、給与システムが規制変更を自動的に読み取って適用する方向へ2026年は進むとされています。拠出上限の引き上げやEWFの義務化のような改定が、マスタの手作業更新ではなくシステム側の更新として降りてくる形です。

ただし、この方向性を過度に期待すべきではありません。自動反映が効くのは「率」や「上限額」のような明確なパラメータであり、自社の福利厚生制度がEWFの適用除外要件を満たすかといった判断は、外部システムの更新では埋まりません。パラメータは外から降ってくるが、判定は自社で持つ。この線引きを意識して設計する必要があります。

隣接業務との重なり

人事労務まわりのバックオフィス業務は、社会保険だけを切り離しても効果が薄い領域です。退職に伴う手続きは喪失届と退職金計算が同時に発生しますし、その計算の難所は退職金計算AIで扱った特別解雇補償金のような論点にあります。経費と福利厚生の境界にある支給項目は、経費精算AI導入ガイドで触れた証憑要件の話とつながります。

自動化の設計を業務単位ではなくイベント単位、つまり「入社」「退社」「賃金改定」という事象を起点に組み直すと、これらの重なりが自然に整理されます。

導入の順序|EWF開始までの逆算スケジュール

並行実施で初回納付に間に合わせる

ここで直視しておくべきことがあります。本記事の公開時点で、2026年10月1日の施行日まで残りは1か月ほどです。以下に示す工程は積み上げると3か月分の工数になるため、順番に流していては施行日に間に合いません。

一方で、最初の納付期限は2026年10月分の給与を対象とする11月15日です。したがって現実的な目標は「施行日までにすべてを終える」ことではなく、「初回の納付までに拠出額を正しく確定できる状態を作る」ことになります。この目標に対して、各段階を直列ではなく並行で走らせる前提の工数が次の表です。

段階内容想定期間
第1段階従業員名簿と福利厚生規程の突合、EWF適用除外の判定3週間
第2段階e-Serviceアカウントと委任状の有効性点検、代替経路の文書化2週間
第3段階層Aから層Cの自動化、確定日ルールの運用開始4週間
第4段階並行運用による検証、証跡フォーマットの確定3週間

この工程で最も見落とされやすいのが第1段階です。システムの話ではないため後回しにされがちですが、ここが固まらないと第3段階の検証ルールが書けません。並行実施を前提にする場合でも、第1段階だけは先行して着手する必要があります。除外が成立するかどうかで、以降の工程で扱う対象人数がゼロにも全従業員にもなるからです。

並行運用の期間を削らない

第4段階の並行運用は、従来の手作業と新しい仕組みを同時に回し、結果が一致するかを確認する期間です。ここを削ると、初回の本番で不一致が出たときに、どちらが正しいのか判断できなくなります。

社会保険の月次サイクルは1か月に1回しか回りません。つまり3週間という期間で検証できる機会は、実質1回だけです。この制約を踏まえると、月次サイクルを待たずに検証する工夫が要ります。過去数か月分の給与データを新しい仕組みに流し込み、当時の実際の提出内容と一致するかを確かめる遡及検証であれば、1回のサイクルを待たずに複数回の検証を回せます。

AIに任せてはいけない領域

自動化の範囲を決めるとき、次の3つは人の判断として残すべきです。

  • 適用除外の最終判定。制度の解釈が絡むため、社労士や顧問への確認を経る
  • 当局との交渉。遅延の経緯説明や救済の申し入れは、文脈の共有が必要
  • 例外的な雇用形態の扱い。出向者、試用期間中の従業員、短期契約者の扱いは個別判断になる

これらをAIに任せると、もっともらしい結論が出てくるにもかかわらず、根拠が制度の実際の条文と一致していないという事態が起きます。バックオフィス領域でAIを使うときの原則は、照合と検証は任せ、解釈と交渉は任せないことです。

よくある質問

社会保険手続きの電子申請は自社だけで完結できますか

技術的には可能です。雇用主として電子申請の利用登録を済ませれば、加入届、喪失届、変更届、月次拠出申告のいずれも電子で提出できます。ただし2026年時点では、システムの不安定さを前提に、窓口提出への切り替え手順を併せて準備しておくことを推奨します。また、利用登録には商業登記簿や委任状などの書類が必要で、審査に3から5営業日を要します。

EWFの登録はいつまでに必要ですか

施行日は2026年10月1日で、従業員10名以上の事業所には新規の登録義務が生じます。拠出の実務としては、2026年10月分の給与から控除し、翌月15日までに納付する流れになるため、初回の納付期限は11月15日です。登録手続きの細部は当局の案内に従うことになりますが、対象事業所が一斉に動く時期であることを考えると、施行日を待たずに着手するのが現実的です。

すでにプロビデントファンドがあればEWFは不要ですか

条件次第です。出典としたBDOの解説によれば、除外が認められるのはプロビデントファンド法に完全準拠し、かつ試用期間中の従業員や加入を辞退した従業員も含めて例外なく全従業員をカバーしている制度に限られるとされています。判定は事業所単位で、全部か無かのどちらかです。一部の職位のみが加入する設計であれば除外は成立せず、全従業員がEWFの対象になります。まず加入者名簿と従業員名簿を突き合わせ、抜けがないかを確認してください。抜けがある場合の選択肢は、加入対象を全員に広げて除外を成立させるか、EWFへ登録して拠出するかの二択です。

政府システムの障害で提出が遅れた場合、延滞金は免除されますか

制度として自動的に免除される仕組みは確認できていません。個別に当局と協議する余地はありますが、事前に当てにできる前提ではありません。だからこそ、期限前に内容を確定させ、提出を試行した記録を残しておくという社内側の備えが実務上の防御線になります。

給与計算システムを入れ替えずに社会保険手続きだけ自動化できますか

可能です。むしろ、既存の給与計算の結果を入力として受け取り、様式ごとの整形と提出前の検証を行う層から着手するほうが、投資額も切り替えリスクも小さく済みます。給与計算システム自体の刷新は、社会保険対応が安定してからでも遅くありません。

まとめ

2026年のタイにおける社会保険手続きは、制度改定と申請基盤の不安定さが同時に進行するという、これまでになかった状況にあります。拠出上限は30年ぶりに引き上げられ、10月には福利厚生基金という新しい拠出義務が始まり、その一方で提出先の基幹システムは復旧途上です。

この状況で有効なのは、政府ポータルへの入力を自動化することではなく、提出すべき内容を期限前に確定させ、その試行と結果を証跡として残す社内側の層を作ることです。事象の検知、データの整形、提出前の検証という自社データの中で閉じた工程は、相手方の状態に左右されず、そのまま資産になります。

そして、この整備の期限は自社の都合ではなく制度によって決まっています。EWFの施行日という動かせない日付が、着手を先送りできない理由になっています。

自社の従業員構成でEWFの適用除外が成立するのか、既存の給与計算からどこまでを自動で検証できるのか、といった論点は、実際のデータを見ないと判断がつかない部分です。TOMAS TECHはタイ現地で日系製造業のバックオフィス業務とシステムの両方に関わってきました。導入を決めた段階でなくとも、現状の棚卸しや進め方の整理だけでも構いませんので、お問い合わせページからお気軽にご相談ください。

参考情報