タイでゴムやゴム部品、木材・紙製品を扱う日系製造業にとって、2026年末は無視できない期限になります。EU森林破壊防止規則、いわゆるEUDRの適用が本格的に始まり、EU市場に入る製品には原料がどの土地で生産されたかを示す位置情報が求められるようになるためです。本記事では、EUDR対応で実際に何を証明しなければならないのか、タイの天然ゴムを取り巻く現状、そして現場のIT/OTシステムで何を作れば要求に応えられるのかを、公開されている一次情報をもとに整理します。
EUDR対応とは|適用開始日と、証明を求められる3つのこと
EUDRは、EU市場に商品を出す事業者に対して、その原料が森林破壊に由来しないことを証明させる規則です。対象となるのは牛、カカオ、コーヒー、パーム油、ゴム、大豆、木材の7品目と、それらを原料とする派生製品です。タイヤ、ゴムホース、パッキン、家具、紙といった加工品も、原料をたどればこの7品目に行き着くものは対象に入ります。
適用開始日は事業者の規模で2段階に分かれる
まず正確に押さえておきたいのが日付です。EU理事会は2025年12月18日、EUDRの的を絞った改正を最終承認しました。この改正は規則の簡素化と適用開始日の調整を含むもので、欧州議会も同じ12月に必要な手続きを終えています。改正規則は2025年12月に規則(EU)2025/2650として公布され、その結果、適用開始日は次のように確定しました。
| 対象となる事業者の区分 | EUDRの適用開始日 |
|---|---|
| 大企業・中堅企業 | 2026年12月30日 |
| 零細・小規模事業者 | 2027年6月30日 |
ここで重要なのは、2026年12月30日という日付が全事業者に一律で適用されるわけではないという点です。零細・小規模事業者には2027年6月30日という別の期日が設定されています。社内資料やサプライヤーへの通知文で「2026年12月30日からEUDRが始まる」とだけ書くと、規模区分によって半年のずれがある事実が落ちてしまいます。逆に「まだ2027年まで猶予がある」と読み違えるのも危険で、自社の取引先であるEU側の輸入者が大企業・中堅企業に該当するのであれば、その事業者は2026年12月30日から義務を負います。つまりデータを求められるタイミングは、自社の規模ではなく取引相手の規模で決まります。
欧州委員会のAccess2Marketsも同じ内容を告知しています。この改正によって適用が2026年末まで延期され、大企業・中堅企業は2026年12月30日から主要な義務を負い、自然人および零細・小規模事業者は2027年6月30日からとなる、という整理です。この改正では定義の明確化やデューデリジェンス義務の調整も併せて行われています。
適用開始日はこれまで複数回の延期を経て決まったものであり、そうした経緯から「また延びるのではないか」という見方は根強く残っています。ただし、その期待を前提に準備を止めるのは合理的な判断とは言えません。準備は、現状把握から採番設計、現場の記録の電子化、システム連携までを順に積み上げる作業で、着手から使える状態になるまでに数四半期を要します。仮にもう一度延期があったとしても、その延期幅より準備に必要な期間のほうが長くなる可能性が高いのです。
求められるのは「合法性」「森林破壊フリー」「デューデリジェンス」の3点
EUDRが事業者に求めているのは、大きく3つの証明です。
- 生産国の法令に照らして合法に生産されたものであること。土地の権利、労働、税、貿易・関税に関する現地法令の遵守が含まれます。
- 森林破壊に由来しないこと。具体的には、2020年12月31日以降に森林を転換した土地で生産されたものではないことを示す必要があります。木材については、これに加えて森林の劣化に関する要件も課されます。
- 上記2点を確認するためのデューデリジェンスを実施し、その結果を宣言として提出すること。情報の収集、リスク評価、リスク低減という手順を踏んだ記録が求められます。
このうち製造業のシステム担当者にとって最も重い負担になるのが、2番目の要件です。森林破壊に由来しないことを示すには、原料が生産された土地の区画を位置情報として特定し、その区画が基準日以降に森林転換されていないことを衛星データ等と照合できる状態にしなければなりません。従来のトレーサビリティが「どの工場のどのロットか」を追っていたのに対し、EUDRは「どの土地の、どの区画か」まで遡ることを要求します。追跡の終点が工場から農園へと一段深くなる、というのがEUDR対応の本質的な変化です。

タイの製造拠点はEUDRの直接の名宛人ではないが、無関係ではない
EUDRの義務を負うのは、EU市場に商品を上市する事業者、およびEUから輸出する事業者です。タイの工場そのものがEU当局に宣言を提出するわけではありません。しかし、EU側の輸入者が宣言を出すためには、上流のサプライヤーから区画レベルの位置情報と、その情報が自社の納入品と結びついていることを示す証跡を受け取る必要があります。
結果として何が起きるかというと、EU向けに納入しているTier1サプライヤーやOEMから、タイの部品メーカーに対して「原料の産地情報を出してほしい」という要求が降りてきます。要求の形式は取引先ごとにばらばらで、Excelの様式で送られてくることもあれば、取引先の調達ポータルに入力を求められることもあります。ここで自社にデータの持ち方が無いと、要求のたびに現場が手作業で書類を作ることになり、しかもその内容は監査で追跡できません。EUDR対応をコンプライアンス部門だけの話にせず、システム部門が早期に関与すべき理由がここにあります。
タイ天然ゴムとEUDR|RAOTのGPSマッピングとTRTプラットフォームの現在地
EUDRの7品目の中で、タイが世界的な供給拠点として直撃を受けるのが天然ゴムです。ここではタイ側の対応がどこまで進んでいるかを、公開情報で確認します。
対EU輸出は伸びており、影響は限定的ではない
Mongabayの報道によれば、World Integrated Trade Solutionのデータベースをもとにした集計で、EUに入るタイ産ゴムの金額は2019年から2024年にかけて約65%増加しています。輸出量の大半は中国とマレーシア向けであるものの、EU向けは金額ベースで伸びている、という構図です。EU市場への依存度が下がっている最中に規制が来たのではなく、むしろ取引が拡大している局面で新しい要求が課されることになります。したがって「EUDRに対応できないなら、EU以外に売ればよい」という割り切りは、タイのゴム産業全体で見ると現実的な逃げ道になりません。日系の部品メーカーにとっても、EU向け完成車・完成品に組み込まれる部品を扱っている限り、間接的に同じ要求圏内に入ります。
RAOTは栽培面積の79%をマッピングし、TRTプラットフォームを立ち上げた
タイ側の制度整備は、想像されているより進んでいます。タイゴム公社、通称RAOTは、農園区画の測位を進めており、これまでに310万ヘクタールを超えるゴム栽培地をマッピングしました。これはタイ全栽培面積のおよそ79%に相当します。この数字は、RAOTと欧州森林研究所が共同で公表した2024年の報告に基づくものとして、Mongabayが報じています。
取引の枠組みも動き出しています。2024年4月、RAOTが運営する「Thai Rubber Trade」、略称TRTのプラットフォーム上で、トレーサビリティを確保したゴム取引のキックオフが行われました。在EUタイ農業参事官事務所の公表資料によれば、この取引はデジタル入札方式で実施され、組合員ごとの収量データを体系的に収集することでロット単位の産地追跡を可能にし、取引にはブロックチェーン技術を用いて透明性と監査可能性を高める設計になっています。
民間側でも動きがあります。タイ大手のゴム・タイヤ企業であるSri Trangは、EUDRを見据えて「GPSタイヤ」と呼ばれる取り組みを打ち出しました。GPS対応の天然ゴムグレードを流通させ、原料がどの農園に由来するかを特定できるようにするもので、対象となる形態はカップランプ、フレッシュラテックス、シート状のゴムなど複数に及びます。国レベルの制度と企業レベルの実装が並走している状態だと理解してよいでしょう。
未マッピングの2割と、書類を持たない2割
一方で、この79%という数字は裏返すと、栽培面積の約2割がまだマッピングの外にあることを意味します。マッピングされていない区画から出たゴムは、区画の位置情報を添えられません。つまり、その原料が混ざったロットはEU向けの宣言に使えないということです。調達側から見れば、産地の証明ができないという理由だけで、品質に問題のない原料が使えなくなる範囲が2割あるという意味になります。
さらに難しいのが土地の権利の問題です。同じ報道によれば、タイのゴム生産に携わる小規模農家のおよそ2割が、自分の農園の合法性を証明する正式な書類を持っていません。土地の利用が政府機関との非公式な取り決めで管理されている例が多く、とくに森林との境界地帯でその傾向が強いとされています。EUDRが求める3つの証明のうち、合法性の証明はここで直接つまずきます。
なお、この2つの「約2割」は別の統計です。前者は栽培面積に占める未マッピングの割合、後者は農家数に占める書類不備の割合であり、母集団が違います。数字が近いため社内資料で混同されやすいので、引用するときは必ずどちらの母集団かを添えてください。
こうした状況を受けて、タイでは零細農家への支援が民間主導で拡大しているとMongabayが報じています。裏を返せば、公的支援だけでは間に合わず、買い手側の企業が自ら農家の登録や区画測定を手伝わなければ調達が続かない、という認識が広がっているということです。
この構図は、日系製造業の調達部門にとって2つの示唆を持ちます。1つは、サプライヤーに「EUDR対応済みの証明書を出してください」と依頼するだけでは、上流の零細農家の部分が空白のまま残る可能性が高いこと。もう1つは、リスク評価の対象を「取引のある一次サプライヤー」ではなく「原料が集まってくる地域」の単位で捉える必要があることです。ゴムのサプライチェーンにおけるEUDRの森林破壊リスク評価を扱った実務解説でも、タイのゴムは多数の小規模農家からの集荷を経て流通するという構造そのものがリスク要因として整理されています。
EUDRトレーサビリティの正体|GPS位置情報×原料ロット×生産履歴をどう結ぶか
ここからはシステムの話に入ります。EUDRトレーサビリティという言葉は漠然と使われがちですが、技術的に何が必要かを分解すると、性質のまったく異なる3種類のデータを1本の線でつなぐ作業に帰着します。
3つのデータは、発生源も更新頻度も精度もバラバラである
| データの種類 | 主な発生源 | 更新の頻度 | 実務上の難点 |
|---|---|---|---|
| GPS位置情報 | 農園の区画測定、行政登録、衛星データ | 一度取得すればほぼ固定 | 取得主体が自社の外にあり、精度と鮮度を自社で担保できない |
| 原料ロット | 集荷場、加工工場の受入・秤量記録 | 入荷のたびに発生 | 複数農家分が混ざるため、単一の区画に紐づかないことが多い |
| 生産履歴 | 製造設備、工程記録、検査記録 | 工程ごとに連続発生 | 社内で完結する代わりに、原料ロットとの紐付けが弱いことがある |
多くの企業がつまずくのは、この3つを別々のシステムで持っていることです。位置情報は調達部門のExcel、原料ロットは購買・在庫システム、生産履歴はMESや設備側のログ。個々には存在しているのに、EU側から「この製品ロットの原料はどの区画由来か」と問われた瞬間に、3つをつなぐ作業が人手になります。

記録が途切れるのは分岐点ではなく合流点
トレーサビリティの設計では、1つのロットが複数の製品に分かれていく「分岐」に注意が向きがちです。しかし実際に追跡が切れるのは、複数の入荷が1つのタンクや1つの混練バッチに入る「合流」の側です。天然ゴムはこの合流が非常に早い段階で起きます。集荷場の時点で複数農家のラテックスやカップランプが混ざり、加工工場に入る頃には既に何十という区画の由来が1つの単位に統合されています。Mongabayの報道でも、取引業者や仲買人が生産者に産地や合法性の書類を求めないまま複数の産地のゴムを混合し、それが200を超える加工工場へ流れていく現状が指摘されています。同記事は、EU市場への出荷を続けるのであれば生産者・取引業者・加工業者のいずれもが従来の慣行を改める必要がある、と結論づけています。一度混ざってしまえば、後から由来を分けて示すことは事実上できません。
この問題は素材産業に共通する構造で、化学品ロット管理2026|追跡が切れるのは分岐ではなく合流でも、投入側の記録を持たないまま出荷側だけを追跡しようとすると系統がつながらなくなる仕組みを詳しく扱っています。EUDRの文脈では、この合流点で「どの区画がどの比率で入ったか」を記録として残せるかどうかが、そのまま提出できる情報の粒度を決めます。
結合キーを先に決めないと、後からつなぐのはほぼ不可能になる
サプライチェーンの位置情報トレーサビリティを成立させる鍵は、意外に地味なところにあります。3つのデータをつなぐ共通のキーを、データが発生する前に決めておくことです。
- 区画を一意に識別するID。行政の登録番号を使うのか、自社で採番するのか、両方を持って対応表で管理するのか。
- 入荷単位のID。伝票番号なのか、秤量ごとの計量番号なのか。同じ日に同じ農家から2回入荷したときに区別できるか。
- 製造バッチのID。既存の生産管理システムの採番と一致しているか、別体系になっていないか。
これらを後から揃えようとすると、過去分の突合作業に膨大な工数がかかります。逆に言えば、システム改修そのものより先に、この採番ルールの整理を進めておくだけでプロジェクトの難度は大きく下がります。トレーサビリティを層で捉える考え方と費用の見積もり方については、トレーサビリティ構築の費用と進め方|4層モデルと90日ロードマップで整理していますので、社内の予算感を作る段階で参照してください。
ゴム原産地追跡システムの設計|自前で作る範囲と外部制度に乗る範囲
次に、実際にゴム原産地追跡システムをどう構成するかを考えます。ここでの判断の軸は「どこまで自社で作り、どこから外部の制度に乗るか」です。

4つの層に分けて役割を決める
社内のトレーサビリティ基盤を層で捉える一般的な整理は、識別、収集、紐付け、検索の4層です。ただしEUDRの場合、位置情報という自社の外で発生するデータを取り込む必要があるため、層の切り方を「そのデータはどこで生まれ、どう自社に届くのか」という軸に組み替えたほうが、役割分担と投資判断を決めやすくなります。本記事では、データが最初に発生する工程を取得層、それを外部やサプライヤーから受け取って自社に渡す部分を連携層とし、識別と紐付けを管理層、検索と出力を提出層として扱います。
| 層 | 主な役割 | 自前で作るか、外部に乗るか |
|---|---|---|
| 取得層 | 区画の位置情報取得、入荷時の秤量・数量記録 | 区画情報はRAOTのマッピングやTRTなど外部制度を活用、入荷記録は自社 |
| 連携層 | 外部制度・サプライヤー・自社システム間のデータ受け渡し | 自社で整備。様式の違いを吸収する変換の置き場になる |
| 管理層 | 区画ID・入荷ID・製造バッチIDの紐付けと保管 | 自社で構築。ここが資産になる部分 |
| 提出層 | 顧客要求の様式に合わせた出力、監査時の照会対応 | 自社で構築するが、様式は顧客ごとに変わる前提で作る |
この4層の考え方で重要なのは、取得層をすべて自前でやろうとしないことです。タイの場合、RAOTが既に310万ヘクタールを超える栽培地をマッピングしており、TRTという取引の枠組みも動いています。自社で農園を一から測量し直すより、これらの制度から出てくる情報を受け取れる形にしておくほうが、費用でも精度でも合理的です。
一方で、管理層だけは外部に委ねられません。自社の製造バッチと原料ロット、そして区画IDの対応関係を持っているのは自社だけだからです。ここが空白のまま外部の証明書だけを集めても、「この出荷品の原料はどれか」という問いには答えられません。
提出層は「顧客ごとに様式が違う」前提で作る
実務で最も消耗するのが提出層です。EUDR対応が始まると、取引先ごとに異なる様式でデータ提出を求められます。ここで様式ごとに専用のExcelを作り込むと、取引先が増えるたびに保守対象が増え、しかもどの版が最新か分からなくなります。
現実的な設計は、管理層に正規化された1つのデータセットを持ち、提出層はそこからの変換ビューとして薄く作ることです。顧客Aの様式も顧客Bのポータル入力も、同じ元データからの出力にする。この形にしておけば、新しい様式が来ても対応は変換ロジックの追加だけで済みます。
同じ考え方は、認証や規制に応じて証明の様式が変わる他の領域でも有効です。ハラールトレーサビリティ2026|証明できず失注する構造で扱った、原料の適格性を証明できないために取引そのものを失う構造は、EUDRでも同じ形で再現します。証明できない原料は、品質に問題がなくても市場に出せません。
「ブロックチェーンだから安心」という説明を鵜呑みにしない
TRTがブロックチェーンを基盤にしていることもあって、技術の名前が安心材料のように語られる場面があります。ここは冷静に見ておいたほうがよい部分です。ブロックチェーンが保証するのは、記録された後のデータが改ざんされにくいことであって、最初に入力された内容が正しいことではありません。区画の位置情報が実際の農園と一致しているか、入荷時の紐付けが正しく行われたかは、あくまで入力する側の運用品質に依存します。
したがって投資の優先順位としては、記録基盤の高度化より先に、入力の正確さを担保する仕組み、つまり秤量機器からの自動取得、入荷時のコード読み取り、二重入力の排除といった現場側の設計が来ます。ここは工場のOT側の話であり、IT部門だけでは完結しません。
2026年12月30日に向けて|日系製造業が今から着手できること
最後に、実際の進め方を時間軸で整理します。適用開始日である2026年12月30日は、大企業・中堅企業に適用される期日です。零細・小規模事業者は2027年6月30日ですが、前述のとおり要求が降りてくるタイミングは取引相手の規模に左右されるため、早いほうの日付を前提に準備するのが安全です。
まず自社の立ち位置を1枚に整理する
着手時にやるべきことは、システムの検討ではなく現状把握です。次の項目を1枚の表に整理してください。
- 自社製品のうち、EU市場に到達する可能性があるものはどれか。直接輸出だけでなく、顧客経由でEUに入るものも含める。
- その製品に使われている原料のうち、EUDRの対象7品目に該当するものはどれか。ゴム、木材、紙、パーム油由来の副資材などが見落とされやすい対象です。
- その原料の一次サプライヤーは誰か。さらにその上流はどこまで見えているか。
- 現時点で保有している産地関連の情報は何か。どの部門が、どの形式で持っているか。
この4点を埋めるだけで、対応が必要な範囲は想像よりずっと絞り込めることが多いです。全社一斉に構えるのではなく、対象製品と対象原料を特定してから設計に入るほうが、費用も期間も現実的な水準に収まります。
準備の順序
| 段階 | 主な作業 | 主に動く部門 |
|---|---|---|
| 現状把握 | 対象製品・対象原料の特定、既存情報の棚卸し | 品質保証、調達、営業 |
| 採番設計 | 区画ID・入荷ID・製造バッチIDの体系と対応表の設計 | 情報システム、生産管理 |
| 取得の整備 | サプライヤーからの位置情報受領ルート、入荷記録の電子化 | 調達、製造 |
| 結合の実装 | 管理層の構築、既存システムとの連携 | 情報システム |
| 提出の整備 | 顧客様式への変換、監査時の照会手順 | 品質保証、情報システム |
この順序で進める理由は、後段の工程が前段の成果物に依存するためです。採番設計が終わっていない段階でシステム構築を発注すると、要件が固まらないまま開発が始まり、結局作り直しになります。
よくある落とし穴
準備を進める中で繰り返し見かける問題を挙げておきます。
- 対象範囲を広く取りすぎる。全製品・全原料を一度に対象にすると、着手が遅れます。EUに到達する製品から始めてください。
- サプライヤーへの依頼が「EUDRに対応してください」という抽象的な文面になっている。どの項目を、どの形式で、いつまでに出してほしいのかを具体化しないと、返ってくる情報の粒度が揃いません。
- 位置情報を受け取ったものの、保管場所が担当者のPCになっている。監査時に提示できない情報は、持っていないのと同じです。
- 現場の入荷記録が紙のまま残っている。ここが紙だと、上流の位置情報がどれだけ整っていても製造バッチとつながりません。
- 規制の適用日を単純化して社内に伝えてしまう。大企業・中堅企業は2026年12月30日、零細・小規模事業者は2027年6月30日という区分を落とすと、サプライヤーとの交渉で認識のずれが生じます。
効果はコンプライアンスだけにとどまらない
EUDR対応のために作る仕組みは、規制対応の費用として計上されがちです。しかし区画IDから製造バッチまでを一本の線でつないだデータは、それ自体が使い道を持ちます。原料産地ごとの品質差の分析、特定産地に問題が生じたときの影響範囲の即時特定、顧客からの品質照会への回答時間の短縮。いずれも従来は「調べれば分かるが、調べるのに数日かかる」状態だったものです。
さらに言えば、この種の要求はEUDRで終わりません。製品の環境情報を電子的に持ち回るデジタルプロダクトパスポートの議論をはじめ、原料から製品までの履歴を機械可読な形で提示することを求める流れは今後も続きます。EUDRを個別対応で乗り切るか、履歴データの基盤を作る機会として使うかで、数年後の負担は大きく変わります。
よくある質問
EUDRとは何ですか
EUDRは、EU市場に上市される特定の商品について、森林破壊に由来しないことと生産国の法令に照らして合法であることの証明を義務づけるEUの規則です。対象は牛、カカオ、コーヒー、パーム油、ゴム、大豆、木材の7品目と、その派生製品です。義務を負うのはEU市場に商品を上市する事業者およびEUから輸出する事業者ですが、証明に必要な情報は上流のサプライヤーから供給されるため、タイの製造拠点も実質的に対応を求められます。従来のトレーサビリティとの最大の違いは、原料が生産された土地の区画を位置情報で特定する必要がある点です。
EUDR対応の期限はいつですか
EU理事会が2025年12月18日に的を絞った改正へ正式合意した結果、大企業・中堅企業への適用開始日は2026年12月30日、零細・小規模事業者は2027年6月30日となりました。この2つは別の期日であり、一律に2026年12月30日から全事業者に適用されるわけではありません。ただし、自社が零細・小規模事業者に該当する場合でも、取引先のEU側輸入者が大企業・中堅企業であれば、その相手は2026年12月30日から義務を負うため、データ提出の要求はそれ以前に届きます。準備は早いほうの日付を基準に組むのが安全です。
タイのゴム調達でEUDR対応が必要な理由は何ですか
天然ゴムはEUDRの対象7品目に含まれており、タイは世界有数の供給地だからです。Mongabayの報道では、EUに入るタイ産ゴムの金額が2019年から2024年で約65%増加しているとされ、取引が拡大する局面で規制が始まる形になります。タイ側では、タイゴム公社であるRAOTが310万ヘクタールを超える栽培地、全栽培面積のおよそ79%をマッピングし、2024年4月にはRAOTが運営するTRTプラットフォーム上でトレーサビリティを確保した取引が始動しました。制度は整いつつある一方、栽培面積の約2割は未マッピングで、さらに小規模農家のおよそ2割が農園の合法性を証明する正式な書類を持っていないとされ、そこが実務上の難所になります。
ゴム原産地追跡システムは自社で全部作る必要がありますか
その必要はありません。区画の位置情報のような取得層のデータは、RAOTのマッピングやTRTといった外部の制度から受け取れる形にしておくほうが、費用でも精度でも合理的です。自社で必ず持つべきなのは、区画IDと入荷IDと製造バッチIDの対応関係を保管する管理層です。ここは自社の製造記録と結びつく部分であり、外部に委ねることができません。顧客ごとに異なる提出様式については、管理層に正規化したデータを1つ持ち、提出層を変換ビューとして薄く作る構成にしておくと、取引先が増えても保守負担が膨らみません。
まとめ
EUDR対応を検討するうえで押さえるべき点を整理します。
- 適用開始日は大企業・中堅企業が2026年12月30日、零細・小規模事業者が2027年6月30日で、この2つは別の期日である。要求が届くタイミングは自社の規模ではなく取引相手の規模で決まる。
- EUDRが求めるのは合法性、森林破壊フリー、デューデリジェンスの3点。このうち森林破壊フリーの証明が、原料の生産区画を位置情報で特定するという新しい負担を生む。
- タイ側の制度整備は進んでおり、RAOTが310万ヘクタールを超える栽培地、全栽培面積のおよそ79%をマッピング済み。2024年4月にはRAOTが運営するTRTプラットフォーム上でトレーサビリティを確保した取引が始動した。
- 一方で栽培面積の約2割は未マッピングで、小規模農家のおよそ2割は農園の合法性を証明する書類を持っていない。この2つの約2割は母集団の違う別の統計であり、混同してはいけない。
- 零細農家への支援は民間主導で拡大しており、買い手側が登録や区画測定を手伝う動きが出ている。
- したがってリスク評価は、取引のある一次サプライヤー単位ではなく、原料が集まってくる地域の単位で捉える必要がある。
- 技術的な課題は、GPS位置情報と原料ロットと生産履歴という性質の異なる3種のデータを結合すること。追跡が切れるのは分岐ではなく、集荷場での合流の側である。
- システムは取得層、連携層、管理層、提出層の4つに分け、取得層は外部制度を活用し、管理層は必ず自社で持つ。提出層は顧客ごとに様式が変わる前提で薄く作る。
- 着手の順序は、現状把握、採番設計、取得の整備、結合の実装、提出の整備。採番設計を飛ばして開発を発注すると作り直しになる。
最も避けたいのは、期限直前に取引先から様式を渡されてから慌てて社内を探し回る事態です。位置情報も入荷記録も、後から遡って作ることはできません。
自社の製品がEUDRの対象に入るのか、入るとして今の記録でどこまで説明できるのか。この段階の切り分けだけでも、早めに整理しておく価値があります。TOMAS TECHはタイ・バンコクを拠点に、日系製造業向けの生産管理システムやエネルギー管理システムを提供しており、現場の入荷記録の電子化から原料ロットと製造履歴の紐付けまで、トレーサビリティ基盤の構築を支援しています。検討段階での現状整理や概算の見立てだけのご相談も承っていますので、お問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。
参考情報
- Regulation EU 2023/1115 on deforestation-free products – EUR-Lex
- Deforestation – Council signs off targeted revision to simplify and postpone the regulation – EU理事会
- Deforestation law – Parliament adopts changes to postpone and simplify measures – 欧州議会
- Delay until December 2026 and other developments in the implementation of the EUDR regulation – 欧州委員会 Access2Markets
- Understanding the EU Deforestation Regulation and its impact on businesses – SGS Thailand
- RAOT project paves the way – Thai rubber in inaugural trade under EUDR regulations – 在EUタイ農業参事官事務所
- Sri Trang launches GPS tires scheme to meet rubber traceability rules – European Rubber Journal
- In Thailand, EUDR pressure on small-scale rubber farmers prompts private sector assistance – Mongabay
- EU deforestation rules push Thai rubber farmers to seek support – Eco-Business
- EUDR deforestation risk assessment for the Thailand rubber supply chain – TracexTech