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2026.08.22

産業用ネットワーク構築2026|工場のOT/IT分離と設計の勘所

産業用ネットワーク構築2026|工場のOT/IT分離と設計の勘所

タイの工場でIoTセンサーによる稼働監視やAIによる外観検査を始めようとすると、必ず「そのデータをどこに、どう流すのか」という問いに突き当たります。ここで必要になるのが産業用ネットワーク構築ですが、これはLANケーブルを引き直す工事のことではありません。制御系(OT)と情報系(IT)をどう区切るかというアーキテクチャ設計こそが主役です。本記事では、設計の考え方、産業用イーサネット規格の選び方、有線と無線の使い分け、費用の目安、発注先の選定軸までを、タイの現場を前提に整理します。

産業用ネットワークとは何か|オフィスLANとの違い

同じイーサネットでも、求められる性質がまったく違う

工場のネットワークとオフィスのネットワークは、見た目には同じRJ45のコネクタとLANケーブルで構成されています。しかし、その設計が満たすべき条件はほとんど正反対と言ってよいほど違います。

オフィスLANに求められるのは、多数の端末に対して十分な帯域を公平に配ることです。メールの送信が0.5秒遅れても誰も困りません。一方、産業用ネットワークに求められるのは、決められた時間内に、決められた順序で、確実に信号が届くことです。PLCがサーボアンプに指令を出す通信が0.5秒遅れれば、装置は非常停止するか、最悪の場合は機械同士が干渉します。帯域の広さよりも、遅延のばらつきの小ささが価値になります。

この違いを整理すると、産業用ネットワークが満たすべき条件は次の3つに集約できます。

  • 決定性。通信の遅延が予測可能な範囲に収まり、周期がぶれない。
  • 可用性。24時間稼働のラインで、機器の故障や1本の断線が全体の停止につながらない。
  • 耐環境性。粉塵、油、振動、温度変化、そしてインバータやサーボが発する電磁ノイズに耐える。

オフィス用の安価なスイッチングハブを制御盤の中に入れると、しばらくは動きます。問題が出るのは、夏場に盤内温度が上がったとき、隣接する大型モータが起動したとき、あるいは数か月後に突然通信が途切れるようになったときです。産業用スイッチとオフィス用スイッチの価格差は、この「いつ壊れるか」の差に対して支払っているものだと考えると理解しやすくなります。

フィールドバスから産業用イーサネットへ

かつての工場では、PLCと現場機器をつなぐ通信は各社独自のフィールドバスが担っていました。現在は産業用Ethernetが従来のフィールドバスに代わって主流となり、代表的な規格としてEtherCAT、PROFINET、EtherNet/IPが挙げられます。

この移行が意味するのは、単に配線が細くなったということではありません。制御系の通信が、情報系と同じイーサネットという技術基盤の上に乗ったということです。つまり、物理的には制御系と情報系を同じケーブルでつなげてしまえる状態になりました。技術的に「つなげられる」ことと、設計として「つなげてよい」ことは別問題です。この記事の中心的な論点は、まさにここにあります。

ネットワーク構築は配線工事ではない

「産業用ネットワークを構築したい」という相談を受けると、最初に出てくるのは配線ルートやケーブルの本数の話であることが多くあります。しかし、実際に見積の金額と将来の運用コストを左右するのは、どこで通信を区切るかという設計判断です。

配線は後からでも引き直せます。しかし、いったんフラットな(区切りのない)ネットワークとして工場全体を組んでしまうと、後から区切り直すには稼働中のラインを止める必要が出てきます。順序としては、区切り方を決めてから配線を決める。これが産業用ネットワーク構築の基本的な進め方です。

なぜ今、産業用ネットワーク構築の見直しが必要になっているのか

IoTとAIの活用は、土台のネットワークで止まる

タイの日系製造業で、この数年に増えている相談には共通のパターンがあります。設備の稼働率を可視化したい、不良の発生をリアルタイムに把握したい、AIで検査工程を自動化したい。いずれもテーマは異なりますが、検討を進めると同じ場所で止まります。「センサーを付けても、そのデータをどこに集めればよいか分からない」という場所です。

IoTのセンサーもAIの推論サーバーも、単体で価値を出すことはできません。現場のデータが所定の場所に、必要な頻度で届いて初めて機能します。データを運ぶ経路、すなわちネットワークが整っていない工場では、パイロット導入は動いても本格展開の段階で必ず行き詰まります。1台のセンサーを1本のケーブルでつなぐことはできても、100台を運用に耐える形でつなぐことはできないからです。

フラットなまま拡張してきたネットワークが抱えるリスク

多くの工場のネットワークは、計画的に設計されたものではなく、必要が生じるたびに増設を重ねた結果として今の姿になっています。ラインを1本増やすときにスイッチを1台足し、Wi-Fiが届かないと言われたらアクセスポイントを1台足す。この積み重ねで、生産ラインのPLCとオフィスの生産管理システムが同一のフラットなネットワーク上に同居している状態が生まれます。

この状態には、次の3つのリスクがあります。

  • 障害の切り分けができない。通信が不安定になったとき、原因がオフィス側にあるのかライン側にあるのかを特定できず、復旧に時間がかかります。
  • 想定外のトラフィックがラインに届く。オフィス側で大容量のファイル転送やバックアップが走ると、制御系の通信周期に影響が出ることがあります。
  • セキュリティ上の侵害が横に広がる。情報系の端末が1台侵害されると、そこから制御系の機器まで通信が到達できてしまいます。

この3つはいずれも、区切りが無いことに起因しています。逆に言えば、区切りを設計することが、そのまま3つの課題への対策になります。

産業用ネットワーク構築で最初に決めるアーキテクチャの考え方

産業用ネットワーク構築2026|工場のOT/IT分離と設計の勘所 - figure 1

産業用ネットワーク構築において、機器の型番を選ぶより先に決めるべきものがあります。それが、どの範囲を1つのまとまりとして扱い、まとまりの間の通信をどう制限するかという設計です。この設計を表現する枠組みとして、実務では2つの考え方が組み合わせて使われています。

Purdueモデル|階層で区切るという発想

Purdueモデルは、制御階層をレベル0からレベル5まで分割し、隣接するレベル間のみで通信させることで攻撃の水平展開を防ぐという考え方です。レベル0が現場のセンサーやアクチュエータ、レベル1がPLCなどの制御機器、レベル2が監視制御(SCADA/HMI)、レベル3が製造実行(MES)、レベル4が事業計画や物流、レベル5が全社の企業システムという分け方が一般的です。

このモデルの価値は、階層の数そのものではなく、「上から下まで一直線に届く経路を作らない」という原則を分かりやすく表現している点にあります。企業システムから現場のセンサーへ直接アクセスできる経路が存在しないなら、情報系で起きた問題が現場設備に直接届くこともありません。

2026年時点でのPurdueモデルの扱い方

一方で、このモデルを厳密な階層としてそのまま適用しようとすると、現代の要求と衝突します。クラウド連携、社外からのリモート保守、現場に置くエッジコンピューティングといった要求は、いずれも階層を素直に1段ずつ上がっていく通信ではないからです。

そのため2026年時点では、Purdueモデルを厳密な階層としてではなく、概念的なセグメンテーションの指針として扱い、IEC 62443のゾーンとコンジットの考え方と組み合わせて運用するのが実務的だとされています。階層を守ること自体が目的ではなく、信頼できない側から信頼すべき側への経路を管理下に置くことが目的だ、という理解が現在の主流です。

IEC 62443のゾーンとコンジット

IEC 62443では、共通の信頼レベルを持つ資産のグループを「ゾーン」と呼び、ゾーン間の許可された通信経路を「コンジット」と呼びます。この2つの言葉を使うと、設計の作業は次のように定義できます。

  • 工場内の資産を、求められる信頼レベルごとにグループ分けする(ゾーンの定義)
  • グループ間で必要な通信だけを列挙し、それ以外を通さない経路を設ける(コンジットの定義)

重要なのは、ゾーンの分け方が必ずしも物理的な場所と一致しないことです。同じ建屋の中でも、外部ベンダーが保守する装置と自社で管理する装置は別ゾーンになりうるし、離れた2つの建屋の同種のラインが同じゾーンに属することもあります。分けるべきは場所ではなく、信頼レベルと止まったときの影響度です。

OTとITの間に置くDMZ

ゾーンとコンジットの考え方を最も具体的な形にしたものが、OTとITの間に置くDMZ(中間ゾーン)です。構成としては、OT側はDMZ上の収集用サーバーへデータを送るだけ、IT側はDMZからのみデータを取得する、という形をとります。

この構成の効果ははっきりしています。OT側とIT側が直接接続されなくなるため、IT側で侵害が起きても、それがOT側へ直接波及するのを防げます。データは通すが、接続そのものは通さない。この状態を作るのがDMZの役割です。

実装としては、DMZに置くのはデータ収集用のサーバーやヒストリアン、あるいは後述するエッジコンピューティングの基盤になります。OT側から見れば、外に出す先はDMZの1か所だけになるため、ファイアウォールのルールもシンプルになり、監査もしやすくなります。

産業用イーサネット規格の選び方|PROFINET・EtherNet/IP・EtherCAT

3つの規格の性格の違い

産業用イーサネットの代表的な規格には、それぞれ設計思想の違いがあります。

PROFINETはシーメンス主導で欧州を中心に普及した規格で、既存のEthernetインフラとの親和性が高いことが特徴です。標準のイーサネット機器と混在させやすく、工場全体の情報系との接続も比較的素直に行えます。

EtherNet/IPは、標準Ethernetとの互換性を優先した規格です。北米の設備メーカーで採用例が多く、一般的なイーサネット機器やプロトコルの知識をそのまま活かしやすい点が評価されています。

EtherCATは、通信の高速性と周期の正確さに特化した規格です。多軸のモーション制御のように、極めて短い周期で多数の軸を同期させる用途で選ばれます。

規格ごとの優劣を一般論で語ることにはあまり意味がありません。重要なのは、この選択が自由に行えるケースが限られているという点です。

規格は既設のPLCと設備メーカーが決めてしまう

現実の工場では、産業用イーサネット規格は「選ぶ」ものではなく「決まっている」ものであることがほとんどです。理由は単純で、PLCのメーカーと接続する装置のメーカーが対応している規格が、そのまま選択肢の範囲になるからです。

既設ラインに新しいセンサーを追加する場合、既存のPLCが対応している規格に合わせるのが最も安く、最も確実です。ここで規格を変えようとすると、PLCの更新、装置側の通信ユニットの交換、プログラムの改修が連鎖し、当初の目的だったセンサー追加とは比較にならない費用が発生します。

したがって、産業用ネットワーク構築の設計時には、まず既設の制約を洗い出すことが出発点になります。どのラインがどの規格で動いているか、どのPLCが何年目か、装置メーカーの保守契約はどこまで及ぶか。この棚卸しをせずに規格の議論を始めても、実行できない設計になります。

決め直せるのは新設ラインだけ

規格を主体的に選び直せるのは、実質的に新設ラインの場合に限られます。新棟の建設、新規ラインの立ち上げ、あるいは老朽設備の全面更新のタイミングです。

このため、実務上の推奨は次のようになります。既設ラインでは規格の統一を目標にせず、規格が混在していても上位で吸収できる設計にする。そして新設ラインの計画が出てきたときに初めて、全社としてどの規格に寄せるかを議論する。無理に統一しようとして既設ラインを触ると、費用対効果が合わないだけでなく、稼働中のラインを止めるリスクを負うことになります。

有線と無線の使い分け|工場での現実的な設計

工場の無線LANが安定しない理由

「配線工事が大変だから、全部無線にできないか」という要望は非常によく出てきます。結論から言えば、工場全体を無線LANで代替する設計は推奨できません。

工場の無線LANには、設備が発する電磁ノイズによる電波干渉、遮蔽物や距離による電波強度不足という課題があり、有線LANのような安定性を無条件には期待できないとされています。金属製の什器やラック、動く搬送機、インバータやサーボアンプが並ぶ環境は、電波にとって過酷です。

しかも、この不安定さは日によって、時間帯によって、生産品目によって変わります。切り分けが難しく、「たまに切れる」という状態が長く続くのが最悪のパターンです。制御系の通信や、止まると生産が止まるデータの経路に無線を使うのは、慎重に判断すべきです。

有線側で見直すべき3方向

一方で、有線側にも見直すべき点があります。安定運用のためには、ケーブル、ルート、機器の3方向を同時に見直す必要があるとされています。

  • ケーブル。Cat6A以上のSTPケーブル(シールド付き)を選び、電源ケーブルとは分離して配線する。
  • ルート。動力線と平行に長距離を走らせない。曲げ半径や引張り張力を守る。金属ダクトを使う場合の接地を確認する。
  • 機器。産業用スイッチ、PoE対応スイッチを使う。動作温度範囲と冗長電源に対応した機種を選ぶ。

この3つは、どれか1つだけを直しても効果が出にくい性質があります。高価な産業用スイッチを入れても、ケーブルが動力線に沿って100メートル走っていれば通信は不安定なままです。逆に、ケーブルだけを更新しても、盤内の温度に耐えられないスイッチを使っていれば夏場に落ちます。

無線が向いている領域

無線を排除するという話ではありません。無線には有線が原理的に対応できない領域があります。

  • 移動する作業者が持つハンディターミナルやタブレット
  • AGVや自動フォークリフトなど、移動体そのものへの通信
  • 一時的なライン変更や、期間限定の計測に使うセンサー
  • 配線ルートの確保が物理的に難しいエリア

精密部品製造工場での無線LAN整備事例では、機械が発するノイズによる干渉を回避しながら、作業エリアのどこでも安定して使えるWi-Fiインフラを構築した例が報告されています。無線が使えないのではなく、無線に向いた用途を無線に割り当てる設計が必要だということです。

プライベート5Gという選択肢

タイでは、NBTCによる4800MHz帯の開放によって、プライベート5Gが工場の選択肢の1つになっています。無線LANと比べて干渉に強く、広いエリアを少ない基地局でカバーでき、通信の優先制御がしやすいという利点があります。

ただし初期投資は無線LANと比べて大きく、すべての工場に適した選択肢とは言えません。カバーすべきエリアの広さ、移動体の台数、既存の無線LANで実際に何が起きているかを踏まえた投資判断が必要になります。制度面と費用面の詳細は、プライベート5Gの工場導入とNBTCの周波数開放で個別に整理しています。産業用ネットワーク構築の設計段階では、まず無線LANで足りるエリアと足りないエリアを切り分け、足りないエリアに対してのみプライベート5Gを検討するという順序が現実的です。

OTセキュリティの基本設計|ネットワーク構築と同時に決めるべきこと

OTセキュリティは後付けできない

産業用ネットワーク構築とOTセキュリティは、別々のプロジェクトとして扱われがちです。しかし実際には、ネットワークの区切り方を決めることが、そのままOTセキュリティ設計の中身になります。ゾーンとコンジットを定義する作業は、セキュリティ設計そのものです。

逆に言えば、区切りの無いネットワークを構築してしまった後で「セキュリティ対策を追加したい」と言っても、できることは限られます。監視ツールを入れて異常を検知することはできますが、侵害の水平展開を止めることはできません。止めるためには区切りが必要で、区切りを入れるには稼働中のラインを触る必要があるからです。

OTとITの組織的な役割分担や、両者の統合を進める際に直面する課題については、OTとITの融合を阻む3つの壁と進め方で詳しく扱っています。ネットワークの区切りを決める作業は、必ずどこかで「この機器は誰が管理するのか」という組織の問題に突き当たるため、あわせて確認しておくと設計の議論が進みやすくなります。

まず見えるようにする

OTセキュリティ設計の最初の作業は、ルールを作ることではなく、現状を把握することです。実務上のセオリーとして、まず数週間トラフィックを監視してから進めるという手順が推奨されています。

工場のネットワークには、担当者が把握していない通信が必ず存在します。装置メーカーが保守用に設置したルーター、検査装置がベンダーのクラウドに送っているログ、誰も使っていないはずのPCが定期的に通信している痕跡。これらを洗い出さずにファイアウォールのルールを書くと、切り替えた瞬間に必要な通信まで止めてしまいます。

監視には、既存のスイッチのミラーポートを使う方法や、専用のセンサーを一時的に設置する方法があります。この段階では何もブロックせず、記録だけを取ります。

コンジットに置くルールの作り方

監視で得た通信の一覧をもとに、ゾーン間で必要な通信を列挙します。ルールを書くときの原則は次の3つです。

  • 必要な通信を明示的に許可し、それ以外はすべて拒否する
  • 許可のルールには、送信元、宛先、プロトコル、方向をすべて書く
  • 誰が何のためにその通信を必要としているかを、ルールと一緒に記録する

3つ目が特に重要です。担当者が交代した後、記録の無いルールは怖くて消せません。結果としてルールだけが増え続け、数年後には実質的に区切りが無いのと同じ状態になります。

リモートアクセスと外部ベンダーの扱い

タイの工場では、装置の保守を日本や海外のメーカーが遠隔で行うケースが多くあります。この経路は、設計上で最も注意を要する部分です。

推奨される考え方は、外部からの接続をOT側に直接届かせず、DMZ上の踏み台を経由させることです。そのうえで、接続できる時間帯を限定する、接続のたびに社内側の承認を必要とする、操作の記録を残す、といった運用ルールを組み合わせます。技術的な仕組みだけでは不十分で、装置メーカーとの保守契約の内容と整合させておく必要があります。

エッジコンピューティングとデータロガーの役割|工場のデータをどこで処理するか

工場でエッジコンピューティングが必要になる理由

工場におけるエッジコンピューティングとは、現場に近い場所でデータを処理する仕組みを指します。すべてのデータをクラウドへ送ってから処理するのではなく、必要な処理を現場側で済ませるという考え方です。

工場でこの構成が選ばれる理由は3つあります。

  • データ量。振動や電流の波形を高い周期で取得すると、データ量はすぐに現実的でない規模になります。現場側で特徴量に変換してから送れば、送信量を大幅に削減できます。
  • 応答時間。検査の判定結果を数十ミリ秒で設備に返す必要がある用途では、クラウドとの往復では間に合いません。
  • 回線断への耐性。インターネット回線が切れてもラインは動き続けます。現場側で処理と一時保存ができれば、回線復旧後にまとめて送ることができます。

アーキテクチャの観点では、エッジの基盤をDMZに配置することが多くなります。OT側からエッジへデータが上がり、IT側やクラウドはエッジから取得する。前述のDMZの考え方と、エッジコンピューティングの配置は自然に一致します。

データロガーは工場のどこに置くか

工場で使うデータロガーとは、温度、圧力、電流、流量などの測定値を一定の周期で記録し続ける装置です。エッジコンピューティングが「処理する」役割だとすれば、データロガーは「取り続ける」役割を担います。

ネットワーク構築の観点で押さえておくべき点は次の3つです。

  • 既設設備に手を入れずにデータを取れる。PLCのプログラムを改修せず、センサーやアナログ信号を分岐して記録できる機種があります。装置メーカーの保証範囲を侵さずに測定を始められるため、パイロット導入の第一歩として使いやすい選択肢です。
  • 置く場所がゾーン設計に影響する。制御盤の中に置くならOT側のゾーンに属し、そこからDMZへ上げる経路が必要になります。後からネットワークにつなぐことを前提に、設置位置と配線を決めます。
  • 時刻の同期が必要。複数のデータロガーの記録を突き合わせるには、時刻がそろっている必要があります。ネットワーク上に時刻同期の仕組みを用意しておくと、後の分析が格段に楽になります。

エッジとクラウドの役割分担を先に決める

エッジコンピューティングとデータロガーを導入する際に最も多い失敗は、役割分担を決めないまま両方を入れてしまうことです。同じデータが2か所に記録され、どちらが正しいのか分からなくなります。

設計時には、どのデータをどの周期で、どこに、どれだけの期間保持するのかを表にして決めておきます。この整理は、後でネットワークの帯域設計とストレージ容量の見積にそのまま使えます。

タイで産業用ネットワークを構築する際の実務ポイント

工業団地インフラとの引込点を早期に確認する

タイの工業団地は、電力・水道・廃水処理・通信インフラが整備されており、日系の工業団地運営会社が日本語での入居サポートを提供しています。この環境は大きな利点ですが、産業用ネットワーク構築の観点では、確認しておくべき境界があります。

それが、団地側が提供するインフラと自社構内ネットワークの境界、すなわち引込点です。具体的には次の項目を早い段階で確認します。

  • 団地から提供される回線の種類、帯域、冗長構成の有無
  • 引込点の物理的な位置と、そこから自社設備までの配線経路
  • 回線契約の窓口と、障害発生時の連絡先および復旧の目標時間
  • 増速や回線追加を行う場合のリードタイム

この確認が遅れると、設計は完了しているのに回線の開通待ちで数週間動けない、という事態が起こります。特に増速や新規回線の手配は、機器の調達より長い時間がかかる場合があります。

現地SIer・電気工事会社の選定

タイでネットワーク構築を委託する場合、候補となるのは日系のSIer、ローカルのSIer、電気工事会社、装置メーカーの現地法人などです。選定時に確認すべき点は2つあります。

1つ目は、産業用ネットワークの施工実績です。オフィスのLAN工事の実績と、稼働中の工場での制御系ネットワーク工事の実績は、まったく別の能力を要します。制御盤内の作業、動力線との離隔、稼働中ラインの脇での作業、計画停止に合わせた工程管理といった経験の有無を確認します。

2つ目は、アフターサポート体制です。障害が起きたときに、タイ語・日本語・英語のどの言語で対応できるのかは、実際の復旧速度に直結します。夜勤帯の生産で通信障害が起きたとき、現場のタイ人スタッフが直接連絡できる窓口があるかどうかで、対応の速さは大きく変わります。契約前に、一次回答までの目標時間と、対応可能な言語および時間帯を書面で確認しておくことを勧めます。

ネットワーク機器の調達基準をどこに置くか

産業用スイッチやアクセスポイントは、ネットワーク機器であると同時に、工場に設置されるIoT機器でもあります。選定にあたっては、機能や価格だけでなく、セキュリティ面の要件を評価軸に入れておく価値があります。

具体的には、脆弱性が見つかったときのファームウェア更新の提供期間、初期パスワードの扱い、管理画面へのアクセス制御、サポート終了時期の明示といった項目です。この種の要件を体系的に整理したものとして、日本のIoT製品セキュリティ適合性評価制度であるJC-STARの考え方が参考になります。タイ拠点で調達を行う際に、この基準をどう扱うかについてはJC-STARとタイ拠点における調達基準の考え方で整理しました。制度への適合そのものを必須要件にする必要はありませんが、評価項目の一覧としては実務で使える内容です。

なお、前述のプライベート5Gについても、初期投資が大きいため工場全体を一度に置き換える判断は現実的ではありません。屋外のヤード、広い倉庫、AGVが走る動線など、無線LANでは基地局の数が過大になるエリアに限定して検討するのが、タイでの投資判断としては通りやすくなります。

モデルケースで見る産業用ネットワーク構築の費用と工数

ここからは、費用と工数の感覚をつかむために、架空の想定企業を使った独自試算を示します。以下の数値は実在の統計や調査結果ではなく、架空の想定企業を前提とした当社の独自試算です。実際の金額は、工場の規模、既設設備の状態、施工条件によって大きく変動します。

想定するのは、タイに生産拠点を持つ日系自動車部品メーカーの「F社」(仮名)です。生産ラインのPLCとオフィスの生産管理システムが同一のフラットなネットワークにつながっており、産業用スイッチやセグメント分けを行っていない状態からのアップグレードという設定です。

構築前と構築後で何が変わるか

項目構築前(現状)構築後(セグメンテーション実施後)
ネットワーク構成オフィスLANと生産ラインが同一セグメント。無線APを場当たり的に増設Purdueレベルに沿ってVLANを分割し、OT-IT間にDMZを設置
配線・機器汎用スイッチ、Cat5eケーブルを流用産業用PoEスイッチ、Cat6A STPケーブルに更新(重要エリアは有線)
無線の扱い全エリアを無線LANで代替しようとして電波干渉が頻発移動体・非重要エリアのみ無線とし、耐ノイズ性の高いAPを選定
障害発生時の対応オフィス側とライン側が同一ネットワークのため原因切り分けに時間を要するセグメント単位で切り分けでき、IT側の障害がライン側に波及しにくい
産業用ネットワーク構築2026|工場のOT/IT分離と設計の勘所 - figure 2

この表で注目したいのは、変わっているのが機器の型番だけではないという点です。無線の扱いと障害対応の項目は、いずれも設計の考え方が変わった結果として生じている違いであり、機器を買い替えただけでは得られません。

構築に要した工数と費用の独自試算

同じモデルケースについて、必要となる工数を作業の種類ごとに分解すると次のようになります。

  • 現状調査・アーキテクチャ設計(ゾーニング/コンジット設計): 5人日
  • 産業用スイッチ・ケーブル等の機器選定と調達手配: 3人日
  • 配線施工・機器据付: 10人日
  • OTセキュリティ設定(DMZ・ファイアウォールルール設定、監視モードでの試験運用): 5人日
  • 合計: 23人日

外部のシステムインテグレーターに委託した場合の費用目安は、SE単価を3万〜5万THB/人日と仮定した独自試算で、69万THB〜115万THBとなります。機器・配線材料の実費は別途必要です。

この試算から読み取ってほしいのは、金額そのものよりも内訳の構造です。23人日のうち、実際に配線を引く工事は10人日で、残りの13人日は調査、設計、機器選定、セキュリティ設定に費やされています。つまり費用の半分以上は工事ではなく設計と設定に発生しているということです。産業用ネットワーク構築を配線工事として発注すると、この部分が見積に入らないまま話が進み、後から追加費用として顕在化します。

既存の産業用スイッチやケーブルを一部流用できる場合には、施工と機器調達の工数を圧縮できる余地があります。ただし、現状調査とアーキテクチャ設計の工数は、流用の有無にかかわらず必要です。何が使えて何が使えないかを判断するためにこそ現状調査が必要であり、区切り方の設計は既設機器の状態とは独立に決まるからです。

なお、工場ネットワーク構築を委託する場合の費用相場は、依頼内容によって大きく変動するため、目的を明確化したうえで複数社から見積もりを取り、比較検討することが推奨されています。上記の試算はあくまで内訳の構造を理解するための目安として使ってください。

発注先選定で比較すべき軸

相見積もりはスコープを統一してから取る

複数社から見積を取ること自体は正しい進め方ですが、依頼の仕方によっては比較が成立しません。最も多い失敗は、各社が自社の得意な範囲で提案してくるため、見積の範囲がそろわないことです。設計を含む見積と、施工だけの見積を並べれば、当然のように施工だけの見積が安く見えます。

これを避けるには、依頼時にこちらから範囲を指定します。具体的には、次の項目について「含む・含まない」を明示させる条件を付けます。

  • 現状調査(トラフィック監視を含むかどうか、期間はどれくらいか)
  • アーキテクチャ設計(ゾーン定義とコンジット設計の成果物を出すかどうか)
  • 機器選定と調達代行(機器の実費は見積に含むか別か)
  • 配線施工(材料費、既設撤去、盤内作業の範囲)
  • セキュリティ設定(ファイアウォールルールの設計と設定、試験運用の期間)
  • 切替作業(計画停止の立ち会い、切戻し手順の準備)
  • 成果物(構成図、IP設計書、ルール一覧、試験成績書)
  • 保守(一次回答時間、対応言語、対応時間帯、機器の予備品の扱い)

比較の観点を表に落とす

見積が出そろったら、金額の前に次の観点で並べます。

比較軸確認する内容差が出やすい点
設計能力ゾーン定義とコンジット設計を自社で行えるか施工中心の会社は設計を外注または省略する
制御系の理解稼働中ラインの脇での作業経験、PLC側との調整能力オフィスLAN中心の会社は制御系の制約を見落とす
成果物の質引き渡される構成図とルール一覧の粒度図面が無いと次回以降の変更が自社でできない
保守体制一次回答時間、対応言語、夜勤帯の対応契約書に時間が書かれているか口約束か
段階導入への対応フェーズ分割の提案があるか一括提案しかできない会社は切替リスクが高い

金額が最も安い提案が、成果物として構成図を出さない提案である場合、その差額は将来の変更工事のたびに支払うことになります。初期費用ではなく、5年間の総費用で比較する視点が必要です。

段階的な導入ステップ

産業用ネットワーク構築2026|工場のOT/IT分離と設計の勘所 - figure 3

産業用ネットワーク構築は、稼働中の工場で行う以上、一度にすべてを切り替えることはできません。実務では、次の3つの段階に分けて進めるのがセオリーとされています。

ステップ1|パッシブな監視から始める

最初の段階では、ネットワークに変更を加えず、通信の記録だけを取ります。まず数週間トラフィックを監視してから進めるという手順が推奨されており、この期間に現状の通信の全体像を把握します。

この段階の成果物は、通信の一覧と、ゾーン分けの案です。ここで想定外の通信が見つかることは珍しくありません。見つかった通信の1つひとつについて、誰が何のために使っているかを確認していく作業が、そのまま設計の根拠になります。

ステップ2|非重要システムから区切る

次の段階では、止まっても生産に直接影響しない範囲から区切りを入れます。事務所側のネットワーク、会議室、来客用の無線、あるいは試作ラインなどが対象になります。

この段階の目的は2つあります。1つは、設計したルールが実際に機能するかを、リスクの低い場所で確認することです。もう1つは、切替の手順とロールバックの手順を、実際に手を動かして確立することです。本番のラインを触る前に、この2つを済ませておくことで、切替時の不確実性を大きく減らせます。

ステップ3|計画停止のタイミングで本番系を切り替える

最後の段階で、生産ラインに関わる部分を切り替えます。この作業は、必ず計画停止のタイミングに合わせて行います。年末年始やソンクラーンの長期休暇、あるいは月次の定期保全の枠が候補になります。

段階を分けることの価値は、失敗したときに戻せることにあります。すべてを一度に切り替えると、問題が起きたときに原因の特定に時間がかかり、切戻しの範囲も広くなります。逆に、範囲を限定して切り替えていけば、問題が起きても影響と原因が限定されます。

タイの工場では、長期休暇の前後に人が動くこともあり、切替後の数日間に誰が対応できるかを確認しておくことも重要です。切替そのものより、切替後の立ち上げに人が足りないことのほうが実務上の問題になりやすい点は覚えておいてください。

産業用ネットワーク構築でよくある失敗

配線工事として発注してしまう

最も多い失敗です。「LANケーブルを引いてスイッチを付ける工事」として発注すると、ゾーン設計も、セキュリティ設定も、成果物としての構成図も見積に入りません。工事は完了しますが、ネットワークとしては区切りの無い状態のままです。

回避するには、依頼の段階で「区切りの設計を含む」ことを条件として明示します。前述の相見積もりのスコープ統一が、そのまま対策になります。

現状調査を省く

納期を短縮するために現状調査を省略すると、切替の当日に「動いていたはずの通信が止まる」という事態が起こります。調査に使う数人日は、切替失敗によるライン停止の損失と比べれば小さい投資です。

全エリアを無線で済ませようとする

配線費用を抑えるために全面無線化を検討するケースがありますが、工場の電磁ノイズと遮蔽物という条件は変えられません。重要エリアは有線、移動体と非重要エリアは無線という切り分けが基本です。

図面と設計書を受け取らない

構成図、IP設計書、ファイアウォールルールの一覧を受け取らないまま検収してしまうと、次にセンサーを1台追加するときにも業者を呼ぶ必要が出てきます。成果物の一覧は、契約前に確認しておく項目です。

規格の統一に固執する

既設ラインの産業用イーサネット規格を無理に統一しようとすると、PLCの更新まで連鎖して費用が跳ね上がります。混在を前提として上位で吸収する設計のほうが、多くの場合は合理的です。

よくある質問

産業用ネットワーク構築とは具体的に何をする作業ですか

配線工事だけを指す言葉ではありません。現状のトラフィック調査、ゾーンとコンジットの設計、産業用スイッチやケーブルの選定と調達、配線施工、DMZとファイアウォールの設定、そして段階的な切替までを含みます。本記事のモデルケースの独自試算では、全23人日のうち配線施工は10人日で、残りは調査・設計・機器選定・セキュリティ設定に配分されています。

産業用ネットワーク構築の費用はどのくらいかかりますか

費用相場は依頼内容によって大きく変動するため、目的を明確化したうえで複数社から見積もりを取り比較検討することが推奨されています。本記事では架空の想定企業による独自試算として、23人日、SE単価3万〜5万THB/人日の仮定で69万THB〜115万THBという数字を示していますが、これは実勢相場ではなく、内訳の構造を理解するための目安です。機器と配線材料の実費は別途必要になります。

OTセキュリティは何から手を付ければよいですか

まず数週間トラフィックを監視して現状を把握することから始めます。ルールを書くのはその後です。次に、止まっても生産に影響しない非重要システムから区切りを入れ、最後に計画停止のタイミングで本番系を切り替えます。OTとITの間にDMZを置き、OT側はDMZへデータを送るだけ、IT側はDMZからのみ取得する構成が基本形になります。

工場でエッジコンピューティングは必ず必要ですか

必須ではありません。必要になるのは、データ量が大きい場合、応答時間の要求が厳しい場合、回線が切れても処理を続ける必要がある場合です。数分に1回の稼働状況の収集程度であれば、エッジを置かずにクラウドへ直接送る構成でも成立します。ただし、後からエッジを追加する可能性があるなら、DMZを設ける設計にしておくと移行が容易になります。

工場のデータロガーとPLCは何が違いますか

PLCは機械を動かすための制御装置で、データロガーは測定値を記録するための装置です。データロガーは既設のPLCプログラムに手を入れずにセンサー信号を記録できる機種があるため、装置メーカーの保証範囲に触れずに測定を始めたい場合の第一歩として使いやすい選択肢になります。ネットワーク設計上は、データロガーをどのゾーンに置き、どの経路でDMZへ上げるかを事前に決めておく必要があります。

まとめ

本記事の要点を整理します。

産業用ネットワーク構築は、配線工事ではなくアーキテクチャ設計が主役です。制御系と情報系をどこで区切り、区切りの間でどの通信だけを通すかを決める作業が中心にあり、配線と機器選定はその結果として決まります。順序を逆にすると、後から区切り直すために稼働中のラインを止めることになります。

設計の枠組みとしては、Purdueモデルを厳密な階層ではなく概念的なセグメンテーションの指針として扱い、IEC 62443のゾーンとコンジットの考え方と組み合わせるのが2026年時点の実務的な運用です。最も具体的な形は、OTとITの間にDMZを置き、OT側はDMZへ送るだけ、IT側はDMZからのみ取得する構成です。

産業用イーサネット規格は、既設のPLCと設備メーカーによって実質的に決まっています。主体的に選び直せるのは新設ラインの場合に限られるため、既設では規格の混在を前提とした設計にするほうが合理的です。有線と無線も対立するものではなく、エリアと用途で使い分けます。重要エリアは有線とし、移動体と非重要エリアに無線を割り当て、有線側はケーブル、ルート、機器の3方向を同時に見直します。

モデルケースの独自試算では、現状調査・設計に5人日、機器選定と調達手配に3人日、配線施工に10人日、OTセキュリティ設定に5人日で合計23人日、SE単価3万〜5万THB/人日の仮定で69万THB〜115万THBとなりました。配線工事は全体の半分以下であり、費用の構造として設計と設定が大きな比重を占めます。これは架空の想定企業による独自試算であり、実在の統計ではありません。

タイで構築する場合は、工業団地インフラとの引込点を早期に確認すること、現地SIerの産業用ネットワーク施工実績とアフターサポートの対応言語を確認すること、プライベート5Gの投資判断をエリア単位で行うこと、そしてネットワーク機器の調達にもIoT機器のセキュリティ評価軸を持ち込むことが実務上のポイントになります。導入はパッシブな監視から始め、非重要システムから区切り、計画停止のタイミングで本番系を切り替えます。段階を分ける価値は、失敗したときに戻せることにあります。

導入を検討する段階での相談先について

産業用ネットワークの見直しは、IoTやAIの導入を検討し始めた段階で「そういえば土台はどうなっているのか」という形で表面化することがほとんどです。TOMAS TECHでは、タイの日系製造業の工場を前提に、現状のネットワーク構成の棚卸しや、どこから区切るのが現実的かという整理の段階からご相談を承っています。予算や時期が固まる前の検討段階でも構いませんので、お問い合わせページからお気軽にご連絡ください。

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