「時給が上がったので自動化を検討したい」。タイの日系工場から届く相談は、この一文で始まることが多い。だが2026年に入ってからの実態を見ると、上がっているのは時給そのものではない。タイの人件費高騰対策として自動化を考えるなら、最初に分解すべきは賃金単価ではなく、賃金の外側に積み上がっている費用と、来年その工程に人を張れるかどうかである。本記事では労務費を5層に分解し、投資回収を4シナリオで試算して、回収できる工程とできない工程の境目を示す。
タイの人件費高騰対策を自動化で考える前に、何が上がっているのかを分解する
人件費が上がったから自動化する、という判断そのものは方向を間違えていない。検討が途中で止まるのは、回収年数の計算式が現実の費用構造と噛み合っていないからである。相談の場で最初に示される式は、ほぼ例外なくこの形をしている。
削減人数 × 時給 × 年間稼働時間 ÷ 投資額。
分母も分子も一見きれいに見える。だがこの式は3か所で実態から外れる。
第一に、分子の「時給」が上がっていない。2026年時点のタイの最低賃金は据え置きであり、賃金単価の上昇を前提に置いた試算は、その前提のところで崩れる。
第二に、自動化を入れて最初に消えるのは人ではなく残業時間である。残業には割増がつくため、時間あたりの単価は通常時間より高い。ところがこの式は削減分を通常時給で評価してしまうので、効果を過小に見積もる。逆に「3名減る」と人数で置いた場合は、現場が最後まで人を手放さないという現実を無視するので、今度は過大に見積もる。どちらに転んでも精度が出ない。
第三に、この式には「採れなくなる」という変化が入っていない。単価が上がる速度よりも、募集しても集まらなくなる速度のほうが速い。単価が横ばいでも、必要な人数を維持できなくなれば生産は止まる。止まったラインの損失は、時給の差額では表現できない。
したがって判断軸は「時給が何バーツ上がるか」ではない。その工程を、来年も同じ人数で回せるかである。この問いに「怪しい」と答えが出た工程だけが、自動化の検討に値する。
最低賃金は据え置き、上がっているのは賃金以外の付帯費
事実関係を整理しておく。バンコク都の最低賃金は2025年7月1日に日額372バーツから400バーツへ引き上げられた。国家賃金委員会の承認は2025年6月17日で、対象は約70万人とされる。製造業の集積地であるチョンブリー・ラヨーンなどの4県1郡では、これより早く2025年1月から400バーツが適用されていた。
そして2026年に入ってからの改定はない。全国では日額337バーツから400バーツの水準が続いている。つまり、いま多くの工場が感じている「人件費が上がった」という体感のうち、賃金単価の引き上げによる部分は2025年で一度打ち止めになっている。
にもかかわらず総額は上がる。上がっているのは賃金の外側だ。
1つは社会保険の算定基礎上限である。2025年12月12日に官報で公布され、2026年1月1日から施行された改定で、算定基礎の上限は月額15,000バーツから17,500バーツへ引き上げられた。下限の1,650バーツは変わらず、料率5%も据え置きである。上限だけが段階的に動き、第1段階の17,500バーツは2026年1月1日から2028年12月31日まで、続いて2029年から20,000バーツ、2032年から23,000バーツとなる。事業主・被保険者それぞれの負担額は月750バーツから875バーツへ、その後1,000バーツ、1,150バーツへと上がっていく。
もう1つは離職に伴う費用である。募集広告、面接、入職手続き、そして立ち上がるまでの教育。この費用は賃金台帳のどこにも「人件費」として現れないが、離職率が高い工程では確実に発生し続ける。賃金が据え置きでも、離職率が上がれば労務費の総額は上がる。ここを見ずに時給だけを追うと、費用が増えている実感と計算結果が合わない。
タイのワーカー不足は単価ではなく「採れなさ」として効く
より構造的な話をする。NESDC(国家経済社会開発委員会)は、タイの労働力人口が今後10年ごとに300万人以上減少していくとしている。2023年末の労働力は40.7百万人だが、2037年に必要とされる労働需要は44.71百万人と見込まれる。単純な差分でも約4百万人が足りない。
同じ試算では、自動化によって生産性を約5%高めれば労働需要を200万人以上減らせるとされている。一方で、タイ製造業の自動化導入率は約5%にとどまる。伸ばす余地が大きいという言い方もできるが、現場の視点で読み替えれば意味は逆である。まだ大半の工場が人でやっている。ということは、限られた労働力を同じ地域の工場同士で取り合う構図が続く。
この不足は、賃金台帳の数字としてはすぐには現れない。現れ方はこうだ。募集をかけても応募が来ない。来ても定着しない。欠員が出た工程に他工程から応援を回す。応援を出した側で残業が増える。特定の作業ができる人が1人しかいない状態が固定化する。その1人が辞めた月に生産計画が崩れる。
つまり2037年に向かって進行しているのは単価の問題ではなく、生産の連続性の問題である。自動化の投資判断を人件費の削減額だけで組み立てると、この連続性に対する保険としての価値が丸ごと計算から落ちる。逆に言えば、削減額だけで回収年数がハードルを切れない案件でも、連続性の観点を足せば意思決定できる場合がある。本記事の後半で示す4シナリオは、その足し方を金額に落とすための枠組みである。
なお、どの工程を機械に渡し、どの工程を人に残すかという段階分けについては、タイの工場自動化を4段階のロードマップで進める考え方を先に読んでおくと、本記事の試算がどの段階の話なのか位置づけやすい。
労務費の実額を5層に分解する(賃金だけで回収年数を出すと外す)

ここからが本題である。オペレーター1名を1か月雇用するとき、会社が実際に負担している金額はいくらか。バンコク近郊・最低賃金400バーツ/日を前提に、5つの層に分けて積み上げる。
| 層 | 内訳 | 月額(THB) |
|---|---|---|
| 第1層 基本賃金 | 400バーツ × 26日 | 10,400 |
| 第2層 諸手当 | 皆勤・食事・通勤 | 1,600 |
| 第3層 割増賃金 | 残業40時間 × 75バーツ(通常時給50バーツの1.5倍) | 3,000 |
| 第4層 法定福利 | 社会保険 事業主負担5%(750)+ 労災保険 約0.5%(75) | 825 |
| 第5層 変動人件費 | 離職率20%/年・1名あたり採用育成8,000バーツ → 年1,600バーツ相当 | 133 |
| — | 合計 | 15,958 |
労災保険料率は業種によって異なるため、ここでは約0.5%を仮定として置いている。自社の料率で置き換えれば第4層の数字は動くが、以下の議論の骨格は変わらない。
第4層の算定基礎について補足する。この試算では、社会保険と労災保険の算定基礎に割増賃金を含む月額賃金を置いている。すなわち第1層から第3層の合計、10,400 + 1,600 + 3,000 = 15,000バーツが基礎になる。どこまでを算定基礎に含めるかは解釈が分かれる領域なので、自社の実務での扱いは顧問に確認したうえで置き換えるのが安全である。改定前の算定基礎の上限15,000バーツにちょうど並ぶ水準である。ここに5%を掛けた750バーツが社会保険の事業主負担、0.5%を掛けた75バーツが労災保険で、合わせて825バーツになる。
各層の性質を確認しておく。第1層と第2層は人数に比例して発生し、月ごとの変動が小さい。第3層は生産量と要員の充足度で毎月動く。第4層は賃金水準と料率で決まり、上限に達していない層では第1層から第3層に連動する。第5層は離職が起きた月にまとめて発生するため、月次では見えず年間で平均化して初めて金額になる。
自社の数字で組み直すときに間違いやすいのは第3層と第5層である。第3層の残業40時間は工程によって大きく違うため、全社平均を入れると対象工程の実態から外れる。工程別の勤怠実績から取るべき数字だ。第5層は、離職率と1名あたりの採用育成費という2つの仮定の掛け算になっている。離職率20%は工程によって大きく振れるので、対象工程の実績で置き換える。採用育成費8,000バーツも、募集チャネルと立ち上がり期間で変わる。この2つを自社の値にすると、第5層は133バーツから数倍に動くことがある。
この合計を年額にすると、15,958 × 12 = 191,496、およそ191,500 THB/年になる。
一方で、社内の議論でよく使われるのは第1層と第2層だけの数字である。10,400 + 1,600 = 12,000。年額にすれば 12,000 × 12 = 144,000 THB/年。この2つを並べると差がはっきりする。
191,496 ÷ 144,000 = 1.3298。実額は基本賃金+諸手当の約1.33倍である。
この1.33倍という係数を入れるかどうかで、回収年数は大きく動く。仮に投資額4,000,000バーツを直接工3名分の労務費で回収するとして、144,000×3=432,000で割れば9.3年だが、191,496×3=574,488で割れば7.0年になる。同じ設備、同じ工程、同じ人数で、2年以上ずれる。稟議の可否が分かれる幅である。
そして重要なのは、この1.33倍が「多めに見積もった数字」ではないことだ。ここには退職金(解雇補償)の将来債務が入っていない。人員を抱えている限り、勤続年数に応じた補償の債務は積み上がっていく。金額は個別の勤続構成と法令の解釈で変わるので本記事では試算しないが、実額は1.33倍よりさらに上にあると考えるのが妥当である。
管理面の費用も入っていない。1名増えるごとに、勤怠の集計、シフトの調整、教育記録の管理、安全衛生の対応が増える。これらは間接部門の工数として吸収されるため労務費に見えないが、なくなる費用ではない。
社会保険の上限引き上げが効く層と効かない層
2026年1月からの算定基礎上限の引き上げは、報道のトーンだけを追うと「人件費がまた上がる」という話に見える。しかし工場の中で誰の費用が上がるのかを確認すると、話は一段細かくなる。
事業主負担が月750バーツから875バーツへ上がるのは、月額賃金が算定基礎の上限を超えている人である。改定後の上限は17,500バーツだ。つまり月額賃金が17,500バーツ以上の層で負担は875バーツに張り付き、1名あたり月125バーツ、年間1,500バーツの増加になる。
では入職時のオペレーターはどうか。第4層で確認したとおり、算定基礎になる月額賃金は残業を含めて15,000バーツ程度である。改定後の上限17,500バーツには届いていない。したがって上限が15,000から17,500に上がっても、この層の事業主負担は750バーツから変わらない。負担額は算定基礎の5%であり、上限に達していない人は上限の位置に影響されない。改定によって負担が875バーツに上がるのは、算定基礎が上限に張り付いている層だけである。
ここで押さえるべきは、費用が増える層と増えない層が工場の中で分かれているという事実である。
| 対象層 | 算定基礎(残業を含む月額賃金)の目安 | 上限引き上げの影響 |
|---|---|---|
| 入職時のオペレーター | 15,000バーツ(改定前の上限と同水準) | 影響なし(改定後の上限17,500に未達) |
| 熟練オペレーター・ライン応援 | 上限前後 | 賃金水準によって一部影響 |
| リーダー・多能工 | 上限超 | 事業主負担が750から875バーツへ |
| 技術者・スタッフ | 上限超 | 事業主負担が750から875バーツへ |
この分かれ方は、自動化の投資判断に直接効いてくる。
社会保険の負担増を根拠に「オペレーターを減らせば費用が下がる」と説明しても、その層では負担が増えていないので説明が成り立たない。逆に、負担が確実に増えるのはリーダー・技術者・スタッフの層である。この層は自動化で減らす対象ではない。むしろ設備を入れれば保全と段取りの負荷が増え、この層の必要人数は増える方向に動く。
つまり社会保険の上限引き上げは、自動化の投資を後押しする材料ではなく、自動化後に増える側の費用である。試算に入れるなら、削減側ではなく追加費用側に入れるのが正しい。ここを取り違えたまま本社に説明すると、後で数字が合わなくなる。
タイの省人化で回収できる工程・できない工程の見分け方
労務費の実額が分かったところで、次は対象工程の選び方である。同じ金額の設備を入れても、工程によって回収年数は倍以上変わる。分ける条件は4つに整理できる。
| 判定条件 | 回収できる工程の状態 | 回収しにくい工程の状態 |
|---|---|---|
| 1 残業と休日出勤 | その工程のために定常的に残業・休日出勤が発生している | 残業はほぼなく、定時内で完結している |
| 2 仕事の固まり方 | ワークの形状・供給姿勢・品種切替の頻度が安定している | 品種が頻繁に変わり、その都度人が判断して合わせている |
| 3 人を張れない時間 | 夜間や休日に流したい仕事量があるが、人を配置できない | 設備を動かしたい時間帯に流す仕事がない |
| 4 欠員耐性 | その作業ができる人が限られ、欠員が出ると生産が止まる | 誰でもできる作業で、応援で穴埋めできる |
4条件のうち3つ以上に当てはまる工程が最優先である。逆に、条件1と条件3がどちらも当てはまらない工程は、いくら人数が多くても回収年数は伸びる。人数が多いこと自体は回収の根拠にならない。
条件2について補足する。ここで見ているのは難易度ではなくばらつきの量である。難しい作業でも条件が固まっていれば機械に渡せる。簡単な作業でも、その都度人が「今日のワークは少し反っているから押さえ方を変える」という判断をしているなら、その判断ごと機械化する必要がある。後者のほうが投資額は跳ね上がる。見積が想定より高く出る案件は、ほぼこの条件2に原因がある。工程の状態を固めずに引き合いを出すと、SIer側は不確実性をリスクとして価格に載せるしかない。この境界の引き方についてはロボットSIerの選び方と見積の責任境界で扱っている。
条件1と条件3は、記録から数字にできる。条件1は工程別の残業時間と休日出勤日数を過去12か月分並べれば足りる。ここで見るのは月平均ではなく、繁忙月と閑散月の差である。差が大きい工程は、設備を入れても繁忙月の能力に合わせた仕様が必要になり投資額が膨らむ。逆に毎月一定して残業が出ている工程は、能力設計が読みやすく効果も安定する。条件3は、設備を動かしたい時間帯に流す仕事があるかどうかなので、生産計画側に確認する項目になる。夜勤を組めずに日勤だけで回している工程があるなら、その工程の受注残がそのまま条件3の答えになる。
条件4は金額に落としにくいが、実務上はこれが最も効く。特定の作業を1人に依存している状態は、労務費の問題ではなくリスクの問題である。そしてこのリスクは、離職率が20%を超える環境では毎年一定確率で現実化する。回収年数の計算には入らないが、意思決定の理由としては十分に強い。
回収できない工程に投資してしまう典型は3つある。1つ目は、人数が最も多い工程を選ぶパターンである。人数は目立つが、その工程が定時内で完結していれば削減できるのは単価の低い通常時間だけになる。2つ目は、現場から不満が最も多い工程を選ぶパターン。不満の大きさは作業のつらさに比例するが、費用の大きさには比例しない。3つ目は、他社が導入している工程を選ぶパターンである。同業他社の構成は、その会社の品種構成と受注量に合わせて決まっている。自社の条件2と条件3が違えば、同じ設備でも回収年数は変わる。
いずれの場合も、選定の根拠が「人数」「不満」「他社」という工程の外側にある。4条件はすべて対象工程そのものの状態を見る条件になっている。選定の根拠を工程の内側に置き直すことが、最初の作業である。
設備の型を先に決めてから工程を探すという順序も、よく見る失敗である。搬送を自動化したいという結論から入ると、AGV・AMRの導入で搬送工程を置き換えることが目的化し、そもそもその搬送に何人が何時間かかっているのかという確認が抜ける。人と機械を同じ場所で動かす前提なら協働ロボットの導入で人の隣に置く選択肢もあるが、いずれも工程側の4条件を満たしていることが前提である。
自動化の投資回収を4シナリオで試算する

ここからは具体的な案件を想定して数字を置く。対象は工程間搬送と箱詰めの半自動化。投資額は4,000,000バーツとする。内訳は以下のとおりである。
| 費目 | 金額(THB) |
|---|---|
| 設備本体 | 2,800,000 |
| 据付・治具 | 700,000 |
| ソフト連携 | 300,000 |
| 予備品・教育 | 200,000 |
| 合計 | 4,000,000 |
設備本体が総額の7割で、残る3割が据付・治具・ソフト連携・予備品と教育である。この3割を見積から落として比較すると、後で予算が足りなくなる。特に治具とソフト連携は工程側の条件で金額が動くため、概算段階では幅を持たせておく必要がある。
次に削減側を積み上げる。直接工3名分の労務費実額から、設備を動かすための追加運転費を差し引く。
| 削減・増益の内訳 | 年間額(THB) |
|---|---|
| 直接工3名分の労務費実額(191,496 × 3) | 574,488 |
| 追加運転費(電力・保守・消耗品) | -60,000 |
| 純削減(労務費置換のみ) | 514,488 |
| 休日出勤の廃止分 | 79,200 |
| 夜間無人運転による増産の限界利益 | 480,000 |
| 合計(純削減+休日出勤+夜間運転) | 1,073,688 |
休日出勤の廃止分の内訳を示す。月2回、1回10時間、3名で出勤していたとする。うち8時間は休日労働なので通常の2倍、時間あたり100バーツ。残る2時間は休日の時間外なので3倍、時間あたり150バーツになる。計算すると(8×100 + 2×150)× 3名 × 2回 = 6,600バーツ/月、年間で79,200バーツである。人数は3名のままだが、この79,200バーツは確実に消える。
夜間無人運転による増産は、4時間×20日を追加稼働として月40,000バーツの限界利益を置いた。年間480,000バーツになる。ここは売れる前提が必要な項目なので、需要側の裏付けがない工場では計上できない。
以上を組み合わせると4つのシナリオになる。
| シナリオ | 年間効果(THB) | 実効投資(THB) | 回収年数 |
|---|---|---|---|
| A 労務費の置換だけ | 514,500 | 4,000,000 | 7.8年 |
| B +休日出勤の廃止 | 593,700 | 4,000,000 | 6.7年 |
| C +夜間無人運転で増産 | 1,073,700 | 4,000,000 | 3.7年 |
| D +BOI生産効率向上措置(条件付き) | 1,073,700 | 2,000,000〜3,000,000 | 1.9〜2.8年 |
検算しておく。4,000,000 ÷ 514,488 = 7.775 で7.8年。4,000,000 ÷ 593,688 = 6.737 で6.7年。4,000,000 ÷ 1,073,688 = 3.726 で3.7年。実効投資が下がるシナリオDでは、2,000,000 ÷ 1,073,688 = 1.86 で1.9年、3,000,000 ÷ 1,073,688 = 2.79 で2.8年となる。
労務費の置換だけでは5年のハードルに届かない
シナリオAの7.8年をどう読むか。本記事では回収年数のハードルを5年と置く。社内基準は会社ごとに違うが、これを超えると本社の稟議は通りにくくなるという前提である。
7.8年は、その前提のもとでは通らない。しかも注意すべきは、シナリオAが手を抜いた試算ではないことだ。労務費は基本賃金ではなく実額の191,496バーツで置き、追加運転費60,000バーツもきちんと差し引いている。つまり、労務費の置換という考え方を精一杯まで積み上げてもこの水準にしか届かない。
なぜ届かないのかは、分子の構造を見ると分かる。年間514,488バーツは、4,000,000バーツの投資に対して12.9%にすぎない。オペレーター1名の実額が年191,496バーツという水準の国では、設備1台で3名を置き換えても年間50万バーツ台が上限になる。この上限は、賃金が据え置きである限り上がらない。つまり待っていても回収年数は縮まない。
ここから2つの結論が出る。1つは、労務費の削減額だけを根拠にした自動化の稟議は、タイでは基本的に通らないということ。もう1つは、それでも通っている案件があるなら、労務費以外の効果が計算に入っているということである。
削減人数を4名、5名と積んで年数を縮める説明を作りたくなるが、これは実行時に破綻する。設備を入れても現場は当面その人数を手放さない。立ち上げ期は人がついて見る必要があり、トラブル時は手作業に戻す。人数の削減は最後に来る。稟議を通すために先に人数を書いてしまうと、翌年の実績報告で必ず食い違う。同種の案件で削減額がどこまで実現したかという観点は、省人化の事例と費用対効果を実額で追う側で扱っている。
届かせるのは稼働時間の延長
シナリオBとCが示しているのは、分子を増やす方向が2つあるということである。
シナリオBは休日出勤の廃止で79,200バーツを足す。効果は7.8年から6.7年へ、1.1年分の改善である。まだハードルには届かないが、この項目には確度の高さという利点がある。休日出勤は勤怠記録に残っているので、削減額を後から検証できる。人数の削減と違って現場の抵抗も小さい。効果の大きさは中程度だが、稟議での説明力は強い。
シナリオCは夜間無人運転で480,000バーツを足す。ここで年数は3.7年になり、ハードルを切る。効果の大きさが桁違いなのは、これが費用の削減ではなく時間の追加だからである。人を張れない時間帯に設備を動かすと、削減の上限とは無関係に効果が積める。同じ設備、同じ人数のまま、稼働時間だけが伸びる。
この構造を理解すると、対象工程の選び方が変わる。人数が多い工程ではなく、設備を動かしたいのに人を置けない時間がある工程を探すことになる。夜勤の人員を確保できず日勤だけで回している工程、休日に動かしたいが人が集まらない工程。これらが最初の候補になる。
ただしシナリオCには前提がある。増産分が売れることだ。限界利益の月40,000バーツは、生産量が増えれば売れるという需要側の裏付けがあって初めて成立する。受注が伸びない状況で夜間に作れば、在庫が増えるだけで効果はゼロどころかマイナスになる。この前提が立たない工場では、シナリオCを試算に載せてはいけない。
もう1つの前提は、設備が実際に動くことである。夜間4時間×20日という追加稼働は、その時間帯に設備が止まらないことを前提にしている。人が見ていない時間に停止すれば、翌朝の復旧までが損失になる。追加運転費として年間60,000バーツを置いたのは電力・保守・消耗品の分であり、この中に停止損失は含まれていない。したがってシナリオCを試算に載せるなら、無人で連続運転できる時間をどう確保するかが設計項目になる。ワーク供給のストッカー容量、排出側の受け容量、異常時の自動停止と朝までの状態保持。この3点が設計に入っていない設備で夜間運転の効果を計上すると、実績が試算に届かない。
その場合の代替は、夜間無人運転を「増産」ではなく「平準化」として使う道である。日中に集中している負荷を夜間に逃がせば、日中の残業と休日出勤が減る。効果はシナリオBの延長線上になり、金額は小さくなるが、需要の前提は不要になる。在庫を持たずに平準化するには保管と払い出しの自動化が前提になることも多く、その場合は自動倉庫の価格帯と投資判断を合わせて見ておく必要がある。
人ではなく残業から削る — 削減対象の優先順位

シナリオの比較から、削減対象には順序があることが分かる。単価が高くて実現しやすいものから順に取るのが原則である。
| 順位 | 削減する対象 | 単価の性質 | 実現の難易度 | 効果の確度 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 残業時間 | 通常の1.5倍 | 低い | 高い |
| 2 | 休日出勤 | 通常の2倍・3倍 | 低い | 高い |
| 3 | 欠員耐性(応援・派遣・多能工化の負荷) | 変動して見えにくい | 中程度 | 中程度 |
| 4 | 人数そのもの | 基本賃金+諸手当+法定福利 | 高い | 低い |
この順序には理由がある。
第1順位が残業である理由は単価だ。第3層で置いたとおり、残業の単価は通常時給50バーツの1.5倍で75バーツである。同じ1時間を削るなら、通常時間の1時間より残業の1時間を削るほうが1.5倍の効果がある。しかも残業は勤怠記録に残っているので、削減前後の比較が数字で取れる。設備を入れた翌月に効果が見えるという点は、社内の合意形成において大きい。
第2順位の休日出勤はさらに単価が高い。通常の2倍、休日の時間外なら3倍である。本記事の試算では月2回で年間79,200バーツになったが、毎週出勤している工程ならこの4倍以上になる。ただし休日出勤は「その日に出ないと納期に間に合わない」という理由で発生していることが多く、設備の能力が足りなければ廃止できない。能力設計の段階で休日出勤の廃止を織り込んでおく必要がある。
第3順位の欠員耐性は、金額に落とすのが難しい領域である。欠員が出たときの応援、派遣の追加、多能工化のための教育工数。これらは発生した月にしか見えず、年間の予算には現れにくい。それでも、この項目を無視すると自動化の価値の一部が計算から消える。数字で押さえるなら、過去1年の欠員発生日数と、そのときに追加で発生した残業時間を拾うのが現実的である。
第4順位が人数である。ここを最後に置くのは、削減の単価が最も低く、実現の難易度が最も高いからだ。1名分の単価は、基本賃金と諸手当に法定福利を乗せた水準になる。これは残業や休日出勤の割増と比べれば単価の低い時間である。加えて、人数の削減は配置転換や教育を伴い、実現までに時間がかかる。設備の立ち上げと同時には起きない。
順序を逆にした試算がなぜ危険かというと、実現しない前提の上に回収年数が乗るからである。人数の削減を先に置いた試算は、紙の上では最も短い回収年数を出す。だが実行段階で人数が減らなければ、その年数は達成されない。一方、残業と休日出勤から積んだ試算は年数が長く出るが、達成される。稟議を通す数字と、達成できる数字を一致させておくことのほうが、長期的には効く。
もう1つ実務的な注意がある。残業を削ると、オペレーターの手取りが減る。第3層の3,000バーツは会社の費用だが、本人にとっては収入である。残業がなくなった月に離職が増えるという現象は珍しくない。第5層で置いた離職率20%が悪化すれば、削減したはずの費用が採用育成費として戻ってくる。残業の削減と同時に、基本賃金や手当の見直し、多能工手当のような形での再配分を検討しておく必要がある。この点を織り込まない省人化は、1年後に労務費が元に戻る。
BOIの生産効率向上措置と、制度面の落とし穴
シナリオDで実効投資を2,000,000から3,000,000バーツへ引き下げているのは、BOIの生産効率向上措置を前提にしているためである。制度の骨格は次のとおりとされる。
最低投資額は100万バーツ以上(中小企業は50万バーツ以上)。自動化への代替投資に対して3年間の法人所得税免除が与えられ、免除の上限は自動化投資額の50%とされる。国内メーカーからの購入比率が30%以上などの条件を満たす場合には、上限が100%になるとされている。
ただし、この措置に関する記述は制度の概要にとどめる。BOIの告示は改定されるため、申請前にBOIおよび顧問へ要確認である。本記事の数字をそのまま自社の申請条件として使ってはいけない。恩典の対象範囲、申請の期限、既存事業との関係、必要な書類は案件ごとに判断が分かれる領域であり、確認先はBOIと会計・法務の顧問である。
制度面の落とし穴を3つ挙げる。
1つ目は、法人所得税の免除は課税所得がなければ価値を持たないという点である。免除枠が自動化投資額の50%だとしても、3年間で相応の課税所得が出ていなければ枠を使い切れない。赤字が続いている法人や、既存の恩典で既に免税期間中の法人では、枠の一部が消える。シナリオDの実効投資に2,000,000から3,000,000バーツという幅を持たせているのは、この使い切り率の不確実性を表現したものである。幅の下限を前提に稟議を組むと、実績が届かない。
2つ目は、購入先の条件である。上限を100%に引き上げる条件として国内メーカーからの購入比率が挙げられるということは、調達先の選択が恩典の金額に直接効くという意味になる。日本製の設備を日本から輸入する構成と、タイ国内で製作する構成では、投資額そのものだけでなく実効投資が変わる。設備の仕様を固める前に、この観点を調達側と共有しておく必要がある。現地製作と日本製作の比較は本記事後半のよくある質問でも触れる。
3つ目は、申請と発注の順序である。恩典を前提にした試算を作っておきながら、実際には申請の前に発注してしまうという事故が起きる。何をいつまでに出すのかは制度の詳細に依存するため、ここでも確認先はBOIと顧問になる。制度の全体像を先に把握したい場合は、タイの工場自動化とBOI恩典の関係を整理した記事を参照されたい。
稟議書の書き方としては、恩典を「実効投資の減額」として分子分母の分母側に入れるか、「税負担の軽減」として別枠で示すかで見え方が変わる。本記事のシナリオDは分母側に入れる形にしているが、この形は恩典が想定どおり使えなかったときに回収年数が一気に伸びる。分母を4,000,000バーツで固定したまま恩典を別枠の付帯効果として書けば、主シナリオは3.7年で動かず、恩典は上振れとして扱える。制度の不確実性を抱えたまま意思決定するなら、後者のほうが説明が崩れにくい。
制度を前提に置いた試算は、条件が変わると崩れる。したがって、稟議に載せる主シナリオはCの3.7年に置き、Dは「条件が整った場合の上振れ」として併記するのが安全である。1.9年という数字を主張の中心に置くと、恩典が想定どおりに使えなかった時点で案件全体の説明が崩れる。
90日で「やる/やらない」まで持っていく進め方
ここまでの内容を、実際に判断まで持っていく手順に落とす。期間は90日を目安とする。長く検討しても情報は増えず、労働力の状況は先に動く。
第1期(およそ30日)は数字を揃える期間である。やることは3つに絞れる。第一に、対象候補となる工程について、過去12か月の残業時間と休日出勤の実績を工程別に取り出す。全社の合計ではなく工程別であることが重要で、ここが取れない工場は最初にこの集計から始めることになる。第二に、労務費の実額を自社の条件で5層に置き直す。第4層の労災保険料率と第2層の手当は会社ごとに違うため、本記事の15,958バーツをそのまま使わず、自社の値で組む。第三に、過去12か月の欠員発生と、そのときに追加で発生した残業を拾う。この3つが揃うと、4条件による工程の絞り込みが数字でできるようになる。
第2期(およそ30日)は工程の条件を固める期間である。対象工程を1つか2つに絞り、ワークの形状、供給の姿勢、品種切替の頻度と方法、必要なタクトタイムを書き出す。ここを固めずに引き合いを出すと、見積は不確実性を織り込んだ金額になる。同時に、夜間無人運転を効果に計上するかどうかを営業側と確認する。増産分が売れるのかという問いに営業が答えられないなら、シナリオCは使えないので、平準化として設計する方針に切り替える。この判断を後回しにすると、設備の能力設計をやり直すことになる。
第3期(およそ30日)は金額と条件を突き合わせる期間である。概算見積を取り、4つのシナリオに自社の数字を入れて回収年数を出す。並行してBOIの恩典が使えるかどうかを顧問に確認し、使えない前提の年数と使える前提の年数を両方作る。そのうえで、稟議に載せる主シナリオを決める。
この3期で判断できない場合、原因はほぼ第1期の数字が揃っていないことにある。工程別の残業実績が取れていない工場では、どの工程が候補なのかを決める根拠がないため、検討が設備の型の議論に流れる。その状態で外部に相談すると、工程の選定から一緒にやることになり期間が延びる。自動化コンサルティングを使って対象工程を選ぶ手順を先に踏むかどうかは、この第1期の数字が自社で取れるかどうかで判断すればよい。
巻き込む相手も最初に決めておく。第1期で必要なのは人事・総務(労務費の5層と勤怠実績)と製造(工程別の残業と欠員)である。第2期は生産技術と保全が主役になり、加えて営業に増産の可否を確認する。第3期は経理と、BOI恩典を扱う顧問が入る。この順序で入れておかないと、第3期になって「その効果は営業として保証できない」「その恩典は当社の状況では使えない」という指摘が出て、試算を作り直すことになる。90日という期間が守れなくなる原因は、技術検討の遅れよりもこの巻き込みの遅れにあることが多い。
90日で「やらない」という結論に到達することも、正しい成果である。4条件のいずれにも当てはまらない工程に投資しても回収年数は伸びるだけだ。ただし「やらない」で終わらせず、その工程を来年も同じ人数で回せるかという問いには答えを出しておく。答えが「怪しい」なら、自動化以外の手段でその怪しさに対処する計画が必要になる。
よくある質問
タイの人件費高騰対策として、自動化はいくらから始められる?
本記事で試算した工程間搬送と箱詰めの半自動化は4,000,000バーツの規模だが、この金額が下限ではない。BOIの生産効率向上措置が最低投資額100万バーツ以上(中小企業は50万バーツ以上)を条件としていることからも、100万バーツ規模の案件が制度上も想定されていることが分かる。
金額の下限を探すよりも、効果の下限を確認するほうが実務的である。労務費の置換だけで年間514,488バーツという水準を回収の分子に置くなら、5年で回収するには投資額が2,500,000バーツ程度に収まる必要がある。逆に4,000,000バーツを投じるなら、稼働時間の延長を効果に加えないと年数が届かない。つまり投資額の妥当性は、金額の絶対値ではなく分子の構造で決まる。
小さく始めたい場合の考え方は2つある。1つは対象範囲を絞ることで、搬送だけ、あるいは箱詰めだけに限定する。もう1つは既存設備との連携部分を後回しにすることだが、ソフト連携を削ると実績データが取れず効果の検証ができなくなるため、削る順序としては推奨しない。削るなら予備品と教育ではなく、対象工程の範囲を削るべきである。
タイのワーカー不足は自動化で本当に解決する?
工場単位で見れば、必要な人数を減らすことで不足の影響を小さくできる。NESDCの試算でも、生産性を約5%高めれば労働需要を200万人以上減らせるとされており、方向としては有効である。一方で、タイ製造業の自動化導入率が約5%にとどまる現状を踏まえると、不足そのものが自動化によって解消されるという前提は置きにくい。
実務上の答えはこうである。自動化は不足を解決するのではなく、不足の影響を受ける面積を小さくする手段である。特定の作業ができる人が1人しかいない状態を解消し、募集の失敗が生産の停止に直結する経路を断つ。2037年に労働需要が44.71百万人まで伸びるという見通しのもとでは、この面積の縮小が生産の連続性を守る唯一の現実的な手段になる。
したがって優先すべき対象は、人数が多い工程ではない。欠員が出たときに止まる工程である。本記事の4条件のうち条件4に該当する工程を先に処理すると、労務費の削減額は小さくても不足への耐性は大きく上がる。
海外工場の省人化は日本と同じ考え方でよい?
枠組みは同じだが、係数が違う。違いは3点に整理できる。
第一に、労務費の実額に対する賃金の比率が違う。本記事の試算では実額が基本賃金+諸手当の約1.33倍だった。この係数は法定福利と離職率の水準で決まるため、日本の工場でそのまま使える数字ではない。回収年数を出す前に、必ず自国・自拠点の条件で5層を組み直す必要がある。
第二に、賃金単価の動き方が違う。タイでは2026年時点で最低賃金が据え置きであり、日額337バーツから400バーツの水準が続いている。賃金上昇を前提にした将来の削減額の増加を試算に織り込むと、前提が崩れる。日本での検討で使う「今後も上がる」という仮定は、そのまま持ち込めない。
第三に、保全の体制が違う。設備を入れた後に自分で直せるかどうかが、実効的な稼働率を左右する。夜間無人運転を効果に計上するなら、朝までに復旧できる体制が前提になる。人を減らした分の一部を保全に振り向ける設計を、投資段階で織り込んでおく必要がある。ここを削ると、シナリオCの480,000バーツは計算上の数字にとどまる。
自動化の投資回収は何年なら妥当?
本記事では5年をハードルとして置いた。ただしこれは前提であり、社内基準として何年が妥当かは、その設備を何年使うかと、対象工程が何年続くかで決まる。
判断の実務としては、年数の絶対値より年数の構造を見るべきである。7.8年と3.7年を並べたとき、差の4.1年のうち1.1年分は休日出勤の廃止であり、残る3.0年分は稼働時間の延長から来ている。つまり短縮幅の大半は労務費の削減ではない。この内訳が説明できるなら、7.8年でも意思決定はできる。逆に3.7年という短い年数でも、内訳が人数の削減に依存していて実現の見込みが薄いなら、その年数は達成されない。
もう1つの見方は、投資しなかった場合の年数と比べることである。その工程を来年も同じ人数で回せるかという問いに「怪しい」という答えが出ているなら、比較対象は「回収年数がゼロの現状維持」ではない。欠員が出た月の減産、応援による他工程の残業、採用育成費の追加が発生した状態が比較対象になる。この比較を明示すると、6.7年という年数の見え方は変わる。
タイ 自動化 設備は現地製作と日本製作のどちらが得?
投資額だけで比べれば現地製作が有利になる場面が多いが、判断材料は3つある。
1つは実効投資である。BOIの生産効率向上措置では、国内メーカーからの購入比率が30%以上などの条件で免除上限が変わるとされている。つまり調達先の構成が恩典の金額に影響する。ただし条件は改定されるため、申請前にBOIおよび顧問へ要確認である。この確認を設備仕様の確定前に済ませておかないと、後から調達先を変えられない。
2つ目は立ち上げ後の対応速度である。トラブル時に現地で対応できる構成か、部品の調達に日本からの輸送が必要な構成か。夜間無人運転を効果に計上する案件では、この差が稼働率としてそのまま金額に出る。本記事の試算では追加運転費を年間60,000バーツで置いたが、対応が遅い構成ではこの費用と停止損失が膨らむ。
3つ目は仕様の固まり具合である。ワークの条件が固まっていて図面で伝えられる案件は、現地製作でも品質が読める。逆に条件が固まっていない案件を安いほうに出すと、手直しの回数が増えて総額が逆転する。判断の順序は「どこで作るか」ではなく「仕様が固まっているか」が先である。固めてから比較すれば、どちらを選んでも大きく外さない。
まとめ
本記事の主張を整理する。
タイの人件費は、賃金単価という意味では2026年時点で据え置きである。バンコク都は2025年7月1日に372バーツから400バーツへ上がったが、その後の改定はなく、全国では337バーツから400バーツの水準が続く。上がっているのは賃金の外側、すなわち社会保険の算定上限と、離職に伴う採用育成費である。
労務費の実額は5層で構成され、オペレーター1名で月15,958バーツ、年間で約191,500バーツになる。基本賃金と諸手当だけを見た144,000バーツに対して約1.33倍である。この係数を入れずに回収年数を出すと、2年以上ずれる。
社会保険の算定上限が15,000バーツから17,500バーツへ上がり事業主負担が750バーツから875バーツになる影響は、入職時のオペレーターには効かない。効くのはリーダー・技術者・スタッフの層であり、この層は自動化で減る側ではなく増える側である。したがって上限引き上げは、削減の根拠ではなく追加費用として試算に入れる。
投資4,000,000バーツの案件では、労務費の置換だけなら回収7.8年でハードルに届かない。休日出勤の廃止を足して6.7年、夜間無人運転による増産を足して3.7年になる。BOIの生産効率向上措置が使えれば1.9年から2.8年まで縮むが、告示は改定されるため申請前にBOIおよび顧問へ要確認であり、3年間の課税所得が足りなければ枠を使い切れない。
削減の順序は、残業、休日出勤、欠員耐性、人数の順である。人数を先に置いた試算は紙の上で最も短い年数を出すが、実行段階で達成されない。
そして判断の軸は、時給が何バーツ上がるかではない。その工程を、来年も同じ人数で回せるかである。2037年に向けて労働需要が44.71百万人まで伸びる一方で労働力人口が10年ごとに300万人以上減っていく環境では、この問いに答えを出しておくこと自体が投資判断になる。
自社の工程で4条件のどれが当てはまるか、労務費の5層を自社の条件で組み直すとどうなるかを整理する段階でも構わない。TOMAS TECHはバンコクを拠点に、タイの日系製造業向けにFAシステム構築・制御盤設計製作・生産管理システムの導入を手がけており、投資するかどうかを決める前の構想段階からの相談を承っている。数字の置き方だけを一緒に確認したいという場合でも、お問い合わせページからご連絡いただければ対応する。