Blog

2026.08.24

工場の法定点検デジタル化2026|クレーンは3か月、圧力容器は5年

工場の法定点検デジタル化2026|クレーンは3か月、圧力容器は5年

工場の法定点検は、社内で回している自主点検とは性質がまったく違います。根拠となる法令があり、検査できる人が資格で限定され、実施周期まで決められています。守れなければ行政の措置を受ける立場に置かれ、事故が起きれば刑事責任の議論に直結します。それにもかかわらず、タイの日系工場では対象設備の一覧が担当者個人のExcelにしか存在しない、という状態が珍しくありません。本記事では、タイの法令が定める点検義務を整理したうえで、それを紙とExcelから抜け出させるための設計を具体的に扱います。

なぜ2026年のいま法定点検を経営課題として扱うべきか

取り締まりの温度が明確に上がった

2026年1月15日、バンコクのラマ2世通りと、ナコンラーチャシーマー県シーキウ郡の高速鉄道建設現場で、クレーンに関わる事故が相次いで発生しました。この事態を受けて、労働大臣トリヌッチ・ティエントン氏は2026年2月7日、労働保護福祉局(DLPW)に対し、バンコク全域の建設現場および工場を対象とした安全基準の緊急検査を指示しています。大臣は同時に、法令違反が見つかった事業者に対しては例外なく法的措置を取る方針を表明しました。

事故そのものは建設現場で起きたものですが、指示の対象には工場が明記されています。つまり、製造業の事業場であっても、クレーンやボイラーを保有している以上は同じ検査の射程に入るということです。

「うちは事故を起こしていないから」は理由にならない

法定点検の義務は、事故の有無とは無関係に発生します。無事故で20年操業していても、SWL 3トンを超えるオーバーヘッドクレーンについて直近3か月以内の検査記録を示せなければ、その時点で義務違反です。逆に言えば、日常の安全活動をどれだけ丁寧にやっていても、記録という形で残っていなければ立証手段がありません。

現場感覚として厄介なのは、法定点検が「日常的に意識に上がらない業務」だという点です。生産に直結しないため優先順位が下がり、しかも周期が長い設備ほど忘れられます。後述するとおり、5年周期の設備では、次の検査までの期間が担当者の在任期間より長くなることすらあります。

経営層に説明すべきリスクの構造

法定点検の管理不備は、次の3つの形で経営に跳ね返ります。

  • 行政上のリスク。2026年2月の大臣の表明にあるとおり、法令違反が確認された事業者は例外なく法的措置の対象となる方針が示されています。措置の内容は事案によりますが、当該設備を安全上の理由で止めざるを得ない状況を招けば、その周辺の工程まで連鎖して止まります。
  • 客先監査上のリスク。日系の完成車メーカーやティア1が実施する工場監査では、法令遵守の証跡提示を求められることが一般的です。ここで記録を出せないと、是正報告書の提出と再監査受入という手戻りが発生します。
  • 事故発生時の責任リスク。万一の労働災害の際、直近の法定検査記録が存在するかどうかは、事業者の管理責任を評価する上で重要な材料になります。

この3つは、いずれも「検査を受けていたか」ではなく「検査を受けたことを証明できるか」で判定されます。ここが、法定点検をデジタル化の対象として捉えるべき理由です。

タイの法定点検を定める法令とは 対象設備4分野の整理

根拠は職業安全衛生環境法と2021年の省令

タイにおける機械・クレーン・ボイラーの安全管理の根拠法は、職業安全衛生環境法 B.E.2554(2011年)です。この法律に基づき、機械・クレーン・ボイラーに関する職業安全衛生環境の管理および運用の基準を定める省令 B.E.2564 が2021年8月6日に官報で公布され、公布から90日後に施行されました。この省令によって、2009年(B.E.2552)に制定されていた旧規則は廃止されています。

つまり、現在タイで操業している工場が参照すべき基準は2021年の省令です。2009年当時の旧規則をもとに作られた社内手順書が更新されないまま運用されているケースは実際にあり、これは棚卸しの段階で必ず確認しておきたい点です。

対象は4つの分野に整理されている

省令の対象は、大きく次の4分野に分かれます。自社の設備がどの分野に属するかを最初に仕分けることが、台帳づくりの出発点になります。

工場の法定点検デジタル化2026|クレーンは3か月、圧力容器は5年 - figure 1
分野主な対象設備の例押さえるべき台帳項目
機械類プレス機、溶接機、フォークリフト、エレベーター、高所作業車、巻上げ装置設置場所、動力源、製造番号、導入年
クレーンオーバーヘッドクレーン、ガントリークレーン、タワークレーン、移動式クレーン、船舶用クレーン安全荷重(SWL)、型式、走行範囲
ボイラー関連ボイラー、液体加熱装置、圧力容器、ガスシリンダー内容積、常用圧力、設計圧力、設置年
個人用保護具(PPE)各種保護具支給対象作業、更新記録

この4分野のうち、工場のデジタル化で最も効果が出るのはクレーンとボイラー関連です。理由は単純で、この2分野は検査主体が資格者に限定され、周期が明確に定められているため、管理の失敗がそのまま義務違反として表面化するからです。

設備の属性が周期を決めるという構造

ここで重要なのは、「クレーンだから3か月」「圧力容器だから5年」と設備種別だけで決まるのではなく、設備の属性値が閾値を超えるかどうかで扱いが変わる、という構造です。クレーンであれば安全荷重(SWL)、圧力容器であれば内容積と圧力差が判定軸になります。

したがって台帳には、設備名と設置場所だけでなく、判定に使う数値そのものを持たせておく必要があります。ここを省略した台帳は、担当者が代わった瞬間に「この設備は対象なのか」が誰にも判断できなくなります。設備情報の持ち方という観点では、設備保全管理システムの記事で扱っている設備マスタの設計と考え方が共通します。

設備ごとに違う検査周期 クレーン3か月、圧力容器5年という桁違い

20倍の周期差が同じ台帳に同居する

法定点検の管理が破綻する最大の要因は、周期の幅の広さです。

  • 安全荷重(SWL)3トンを超えるクレーンは、登録エンジニアによる検査を少なくとも3か月に1回、すなわち四半期ごとに実施する義務があります。
  • 内容積1立方メートル以上、または内外の圧力差が500キロパスカルを超える圧力容器は、登録管理エンジニアによる安全検査を少なくとも5年に1回実施する義務があります。

3か月と5年、月換算で3か月と60か月ですから、周期の差はちょうど20倍です。同じ「法定点検」という言葉でくくられている業務の中に、年4回回すものと、5年に1度しか発生しないものが同居しています。

工場の法定点検デジタル化2026|クレーンは3か月、圧力容器は5年 - figure 2

短周期と長周期では失敗の仕方が違う

この20倍差が厄介なのは、短周期側と長周期側で失敗の原因がまったく違うからです。

3か月周期の設備は、頻度が高いぶん忘れにくい一方で、検査会社の日程調整、生産計画との擦り合わせ、立会者の確保といった調整コストが毎回発生します。4基のクレーンを保有していれば、年間16回の調整が必要になる計算です。これは担当者の負荷として恒常的に効いてきます。

5年周期の設備は逆です。調整の手間はほとんど発生しませんが、前回の検査から次回までのあいだに、担当者の異動、上司の交代、場合によっては工場長の交代まで起こり得ます。5年という期間は、タイに駐在する日本人スタッフの一般的な任期と同等かそれ以上です。前任者が把握していた期日が、引き継ぎ資料のどこにも書かれていない、という事態がごく普通に起こります。

周期表を持つことが最初の防波堤になる

次の表は、代表的な対象設備について、判定の閾値と周期、検査を実施できる主体を整理したものです。自社の設備一覧にこの3列を付け足すだけでも、管理の状態はかなり変わります。

設備対象となる条件検査の周期検査を実施する主体
クレーン安全荷重(SWL)が3トンを超えるもの少なくとも3か月に1回登録エンジニア
圧力容器内容積1立方メートル以上、または内外圧力差が500キロパスカル超少なくとも5年に1回登録管理エンジニア

なお、この表に載らない設備が対象外という意味ではありません。省令は機械類やガスシリンダーも対象としており、設備ごとに求められる管理は異なります。自社設備の全数について、どの条文が適用されるかを一度専門家と確認しておくことをおすすめします。本記事では、周期差という管理設計上の論点を明確にするため、上記2つを代表例として扱っています。

登録エンジニアとは何か 検査の実施主体とTOMAS TECHの役割の線引き

検査は資格者にしかできない

法定点検が社内点検と決定的に違うのは、実施主体が法律で限定されている点です。SWL 3トンを超えるクレーンの検査は登録エンジニア、対象となる圧力容器の安全検査は登録管理エンジニアが行うものとされています。社内の保全担当者がどれだけ設備に精通していても、法定検査の実施主体にはなれません。

このため、法定点検の実務は「自社でやる仕事」ではなく「資格を持つ外部に依頼し、その結果を受け取って保管する仕事」になります。管理の対象は検査作業そのものではなく、発注・日程・立会い・報告書の受領・保管という一連の流れです。

検査記録は保管義務がある

実施した検査については、テスト文書の写しを、事業場の安全衛生管理者(จป.)が確認できるよう保管する義務があります。ここでいう保管は、単に紙が社内のどこかに存在することではなく、確認を求められたときに提示できる状態を指します。

現実には、検査会社から受け取った報告書がキャビネットのバインダーに綴じられ、数年分が積み上がった結果、必要な1枚を探すのに半日かかる、という状態になりがちです。この「探せない」という問題こそが、デジタル化で最も確実に解消できる部分です。

TOMAS TECHが担えること、担えないこと

ここは誤解が生じやすいところなので、明確に線を引いておきます。

  • TOMAS TECHは法定検査そのものを実施しません。検査は法令が定める資格者が行うものであり、当社が代行することはできません。
  • TOMAS TECHが提供できるのは、点検スケジュールの管理、設備台帳とIoTタグによる設備個体の識別、検査記録の電子保管と検索性の確保です。つまり、資格者に検査してもらうまでの段取りと、検査してもらった後の証跡管理の部分です。
  • 「この設備は法令上の対象か」という法解釈の最終判断も、当社が行うものではありません。台帳に判定用の数値を持たせ、社内および外部専門家が判断しやすい形に整えるところまでが役割です。

この線引きを曖昧にしたまま「法定点検をまるごとお任せください」と言う提案は、後で必ず食い違いを生みます。仕組みで解決できる範囲を先に確定させておくことが、結果的にプロジェクトを短くします。

紙とExcelの管理で実際に起きる4つの破綻パターン

ここからは、タイ東部に工場を持つ架空の日系自動車部品メーカー「E社」を想定して、具体的に何が起きるのかを見ていきます。E社は実在の企業ではなく、複数の現場で見られる状況を1社にまとめたモデルケースです。

E社の前提

E社の対象設備は次のとおりです。

  • オーバーヘッドクレーン 7基。うちSWL 5トンが4基、SWL 2.8トンが3基
  • ボイラー 1基
  • 空気圧縮機に付属する空気タンクなどの圧力容器 6基
  • フォークリフト 8台
  • プレス機 12台
  • 高所作業車 1台

個人用保護具(PPE)も省令の対象分野ですが、E社では支給と更新を別の仕組みで管理しているため、以下の試算からは除いています。

台帳に載っている対象設備は合計35件です。ただしこれは台帳上の数であり、後述するとおり実際の保有設備とは一致していません。安全衛生管理者(จป.)は生産技術課の課長が兼務しており、管理台帳はその担当者のノートパソコンにあるExcelファイル1本です。検査報告書は事務所のキャビネットに年度別に綴じられています。

破綻パターン1 周期の桁差による失念

E社の7基のクレーンのうち、SWL 3トンを超えるのは5トン機の4基です。この4基について3か月ごとの検査が必要なので、年間16回の検査手配が発生します。残りの3基はSWLが3トン以下であり、上記の3か月周期の規定がそのまま当てはまるわけではないため、台帳上は区別して管理する必要があります。同じ「クレーン」という行に並んでいるだけで、担当者は毎回SWLを確認しなければ判断できません。

一方、6基の圧力容器は5年周期です。E社では2021年に3基、2022年に3基が検査を受けていますが、次回期日は2026年と2027年に散らばっています。Excelの行としては存在していても、日々の業務でその行が視界に入ることはありません。

破綻パターン2 記録の散逸

検査報告書は検査会社が発行する紙です。E社では受領後に事務所のキャビネットへ綴じていますが、設備単位ではなく年度単位で綴じられているため、「3号クレーンの直近3回の検査結果」を出したいとき、3冊のバインダーをめくることになります。客先監査の場で即座に提示することは事実上できません。

破綻パターン3 属人化

管理Excelは担当者個人のノートパソコンにあります。ファイル名には日付が付いており、更新のたびに新しい版が作られています。担当者が長期休暇に入ると、誰も最新版がどれか分かりません。担当者が異動すれば、そのまま管理が空白になります。

破綻パターン4 設備の増減が台帳に反映されない

E社は繁忙期にフォークリフトをレンタルで2台追加し、2024年に空気圧縮機を1台増設しています。しかし台帳の更新はされていません。増設した圧縮機に付属する空気タンクが対象条件を満たすかどうかは、内容積と圧力の数値を確認しなければ判断できませんが、その数値が台帳に無いため、判断そのものが保留になったまま放置されています。

破綻がもたらす年間コストの試算

この4パターンが年間でどれだけのコストになるかを、E社の想定で置いてみます。ここでの単価は、管理職相当の時間単価を450 THBとして計算しています。

項目算定根拠年間コスト
スケジュールの手作業管理月8時間 × 12か月 × 450 THB43,200 THB
記録の探索と監査対応年60時間 × 450 THB27,000 THB
実施漏れによる緊急手配の割増年平均1.3件 × 25,000 THB32,500 THB
実施漏れ判明に伴う設備の一時使用停止年平均0.7件 × 120,000 THB84,000 THB
客先監査での証跡不備の是正対応年平均1.0件 × 55,000 THB55,000 THB
合計上記5項目の合算241,700 THB

一時使用停止の120,000 THBは、当該クレーンが止まったことによる工程の組み替え、残業対応、出荷調整を含んだ想定額です。是正対応の55,000 THBは、是正報告書の作成工数と再監査の受入工数を合わせた金額としています。いずれもE社の想定に基づく試算であり、業種や設備構成によって変動します。

デジタル化で解決する設計 4つの層に分けて考える

一体のシステムではなく4層として捉える

法定点検のデジタル化は、単一の点検アプリを入れれば終わる話ではありません。次の4層に分けて設計すると、どこから手を付けるべきかが明確になります。

工場の法定点検デジタル化2026|クレーンは3か月、圧力容器は5年 - figure 3
担う役割具体的な中身
設備台帳層対象設備を一意に特定する設備番号、SWL、内容積、圧力、製造番号、設置場所、導入年
点検スケジュール層次回期日を自動で算出し通知する周期マスタ、前回実施日、次回期日、リードタイム通知
現場識別層現物と台帳を結びつけるIoTタグまたは耐環境QRラベル、ハンディ端末での読み取り
記録保管層証跡を検索可能な形で保持する検査報告書のPDF、写真、設備個体への紐づけ、閲覧権限

この4層のうち、先に効くのは設備台帳層・点検スケジュール層・記録保管層の3層です。逆に、現場識別層から入ると、台帳が固まっていないためタグを貼る対象が確定せず、作業が止まります。

設備台帳層 判定用の数値を持たせる

台帳の設計で最も重要なのは、設備名ではなく判定に使う数値を必須項目にすることです。クレーンならSWL、圧力容器なら内容積と圧力。この2項目が空欄の行を作らせない仕組みにしておけば、増設設備が「判断保留」のまま放置される事態は防げます。

点検スケジュール層 通知は期日ではなくリードタイムで設計する

期日当日に通知が飛んでも意味がありません。検査会社の日程確保、生産計画との調整、立会者の確保にかかる時間を逆算し、期日の何日前に誰へ通知するかを設計します。E社の想定では、3か月周期のクレーンは期日の30日前と14日前、5年周期の圧力容器は期日の90日前と45日前に通知するのが現実的です。周期が長い設備ほど、前倒しの余裕を大きく取るのが原則です。

現場識別層 現物と台帳のずれを防ぐ

台帳が整っていても、現場の設備にどの設備番号が対応するかが分からなければ、記録は紐づきません。耐環境QRラベルやIoTタグを設備個体に貼り、ハンディ端末で読み取れば台帳が開く状態にしておくと、立会い時の記録作業がその場で完結します。

記録保管層 探せる状態にする

検査報告書は、設備個体に紐づけて保管します。設備番号で検索すれば過去の全報告書が時系列で並ぶ状態が目標です。紙の報告書を受け取った場合も、その場でスキャンして同じ場所に格納します。この工程は帳票の電子化そのものであり、帳票電子化とペーパーレス工場の記事で扱っている考え方をそのまま適用できます。

段階導入で回収年数がどう変わるか

E社の想定で、4層をすべて一度に構築した場合と、第1段階を絞った場合を比較します。

4層すべてを一括構築する場合の初期投資は、対象設備35件分の棚卸しと初期登録に180,000 THB、点検スケジュール管理の構築に420,000 THB、IoTタグとハンディ端末2台に95,000 THB、記録の電子保管と過去5年分のスキャン取り込みに130,000 THBで、合計825,000 THBとなります。年間の運用費は96,000 THBです。導入後の年間コストは、管理工数10,800 THB、記録探索5,400 THB、緊急手配5,000 THB、一時使用停止12,000 THB、是正対応11,000 THB、運用費96,000 THBの合計140,200 THBです。削減額は241,700 THBから140,200 THBを引いた101,500 THBとなり、825,000 THBを回収するには約8.1年かかります。これでは投資判断は通りません。

これに対し、第1段階を設備台帳層・点検スケジュール層・記録保管層に絞り、現場識別層を次段階に回す構成では、初期投資は棚卸しと初期登録180,000 THB、スケジュール管理240,000 THB、記録の電子保管100,000 THBで合計520,000 THB、年間運用費は60,000 THBになります。導入後の年間コストは、管理工数10,800 THB、記録探索7,200 THB、緊急手配5,000 THB、一時使用停止12,000 THB、是正対応11,000 THB、運用費60,000 THBの合計106,000 THBです。現場識別層が無いぶん記録探索の工数は一括構築より大きく残りますが、それでも削減額は135,700 THBとなり、回収年数は約3.8年です。

構成初期投資導入後の年間コスト年間削減額回収年数
4層一括構築825,000 THB140,200 THB101,500 THB約8.1年
第1段階に絞る520,000 THB106,000 THB135,700 THB約3.8年

ここで正直に補足しておくべきことがあります。この試算に含まれているのは、金額に換算できる管理コストと手戻りコストだけです。事故が発生した際の刑事責任リスクや、行政処分によって操業が止まるリスクは、確率も影響額も事前に置きにくいため、この計算には入れていません。実務上は、この計算に載らない部分こそが投資の主たる理由になることが多く、回収年数だけで判断を切らないことをおすすめします。

導入の進め方 棚卸しから記録デジタル化までの4ステップ

ステップ1 棚卸し

まず、対象になり得る設備を漏れなく洗い出します。生産設備の一覧だけでは足りません。空気圧縮機の付属タンク、用役設備、レンタル機、他工場から移設した設備まで含めて現物を確認します。この段階で、SWL・内容積・圧力といった判定用の数値を銘板から拾い、写真で記録します。台帳上35件規模のE社であれば、未登録設備の発見分を見込んでも2名で3日程度が目安です。

ステップ2 周期の登録

洗い出した設備について、適用される条文と周期を確定させます。判断に迷う設備は、外部の専門家または検査会社に確認します。ここで確定できなかった設備は「判断保留」というステータスを明示的に持たせ、空欄のまま放置しないことが重要です。

ステップ3 通知設計

前述のとおり、期日ではなくリードタイムで設計します。加えて、通知の宛先を1人にしないことが要点です。担当者本人、その上長、そして安全衛生の責任者の3者に飛ぶ設計にしておけば、担当者の休暇や異動で通知が宙に浮くことを防げます。

ステップ4 記録のデジタル化

過去の検査報告書をスキャンし、設備個体に紐づけます。過去分をどこまで遡るかは判断が要りますが、実務上は、周期の長い設備は直近1回分、周期の短い設備は直近1年分が揃っていれば当面の監査には対応できます。E社の場合、圧力容器は5年周期なので直近1回分、クレーンは3か月周期なので直近1年分にあたる4回分を優先して取り込む形になります。

やってはいけない進め方

逆に、失敗しやすい進め方も挙げておきます。

  • 現場識別層のタグ貼りから始める。台帳が固まる前にタグを貼ると、番号体系の変更で貼り直しになります。
  • 全設備の全記録を最初にデジタル化しようとする。作業量が膨らんで初年度中に終わらず、途中で止まります。
  • 通知先を担当者1名にする。属人化を解消するための仕組みが、別の形で属人化します。

タイの工場で追加になる4つの条件

日本の本社で使っている仕組みをそのまま持ち込もうとすると、タイ特有の条件で必ずつまずきます。設計段階で織り込んでおくべき論点を4つ挙げます。

条件1 登録エンジニアの確保とリードタイム

法定検査は資格者にしか実施できないため、検査会社の空き状況が期日管理を直接左右します。特に、緊急検査の指示が出た時期のように行政の動きが活発になると、検査会社の予約が取りにくくなることがあります。期日の直前に手配する運用は成り立たないと考えたほうが安全です。検査会社の空きが取れなかったという事情は、期日を守れなかった事実そのものを打ち消してはくれません。前倒しのリードタイム通知を設計に組み込む理由はここにあります。

条件2 タイ語での運用が前提になる

現場で実際に設備を扱い、立会いに入るのはタイ人スタッフです。管理画面や通知が日本語だけの仕組みは、結局のところ日本人駐在員が全部やる運用になり、属人化が再生産されます。設備台帳の項目名、通知文、記録入力の画面は、タイ語で運用できる状態にしておくべきです。安全衛生管理者(จป.)が確認する前提の記録である以上、これは利便性の問題ではなく実効性の問題です。

条件3 官庁への報告義務全体の中で位置づける

法定点検の記録管理は、タイの工場が抱えている官庁対応の一部です。同じように「決められた頻度で測って、記録を残して、求められたら出す」という構造を持つ業務は他にもあります。たとえば排ガスの常時監視と報告義務の記事で扱っている環境測定の報告も、周期と証跡という点では法定点検とまったく同じ設計思想で扱えます。個別に別々の仕組みを作るのではなく、期日管理と記録保管の基盤を共通化するほうが、長期的には運用負荷が下がります。

条件4 外国人技術者の就労許可という制約

日本本社から技術者を呼んで仕組みの立ち上げを行う場合、就労許可の要否と手続きのリードタイムを考慮する必要があります。短期の出張ベースで進めようとすると、想定より日程が延びることがあります。現地のパートナーと役割分担を決めておき、現地で完結できる作業範囲を最初に切り分けておくのが現実的です。

工場の法定点検に関するよくある質問

法定点検とは何ですか

法令によって実施が義務づけられている検査のことです。タイでは職業安全衛生環境法 B.E.2554(2011年)と、これに基づく2021年の省令が、機械・クレーン・ボイラー・個人用保護具について基準を定めています。社内の品質基準や客先要求に基づく自主点検とは異なり、実施主体・周期・記録の保管が法令で規定されている点が特徴です。実施していなければ義務違反ですし、実施していても記録として提示できなければ、実施したことを立証する手段がありません。

クレーンの定期点検はタイでは何か月ごとに必要ですか

安全荷重(SWL)が3トンを超えるクレーンについては、登録エンジニアによる検査を少なくとも3か月に1回実施する義務があります。年4回、四半期ごとの実施となります。SWLが判定の基準になるため、自社のクレーンについては銘板でSWLを確認し、台帳に数値として記録しておくことが必要です。

圧力容器の検査記録はどのくらいの周期で更新されますか

内容積1立方メートル以上、または内外の圧力差が500キロパスカルを超える圧力容器については、登録管理エンジニアによる安全検査を少なくとも5年に1回実施する義務があります。周期が長いため、担当者の異動をまたぐ前提で期日を管理する仕組みが必要です。空気圧縮機に付属する空気タンクなど、生産設備の一覧に載りにくい設備が対象になっていることが多いため、棚卸しの段階での見落としに注意してください。

登録エンジニアはどこで探せばよいですか

法定検査を実施できる資格者を擁する検査会社に依頼するのが一般的です。既に取引のある設備メーカーや保全業者が検査会社を紹介できる場合もあります。重要なのは、依頼先を1社に固定せず、期日に対して余裕を持って手配できる体制を作っておくことです。検査会社の繁忙によって期日を守れなかったという事情は、期日を守れなかった事実そのものを打ち消してはくれません。

点検記録は何年保管する必要がありますか

省令は、テスト文書の写しを事業場の安全衛生管理者(จป.)が確認できるよう保管することを求めています。実務上は、少なくとも直近1周期分は即座に提示できる状態にしておく必要があり、客先監査では複数回分の履歴提示を求められることもあります。電子保管であれば保管年数を延ばしても物理的な負担が増えないため、実務的には設備の廃棄まで全期間を残す設計にしておくのが安全です。

既存の設備保全システムに法定点検を載せられますか

多くの場合は可能です。ただし、自主保全の点検と法定点検を同じリストに混ぜてしまうと、優先順位と証跡要件の違いが見えなくなります。法定点検であることを示す区分と、根拠条文、検査実施主体の資格情報を持たせられるかどうかを確認してください。この3項目を持てない仕組みに載せると、監査対応の場面で結局は別管理が必要になります。

まとめ

タイの法定点検は、職業安全衛生環境法 B.E.2554 と2021年の省令によって、対象設備・検査主体・周期が具体的に定められています。SWL 3トン超のクレーンは3か月に1回、対象となる圧力容器は5年に1回。この20倍の周期差が同じ台帳に同居していることが、紙とExcelによる管理を破綻させる構造的な原因です。

2026年2月に労働大臣が出したバンコク全域の緊急検査指示が示すとおり、この領域の取り締まりは強まる方向にあります。求められているのは検査を受けることだけでなく、受けたことを即座に証明できる状態を保つことです。

対策は、設備台帳層・点検スケジュール層・現場識別層・記録保管層の4層に分けて設計し、このうち設備台帳層・点検スケジュール層・記録保管層の3層から着手することです。現場識別層のタグ貼りは、台帳の番号体系が固まってから次段階で行います。E社のモデルケースでは、4層一括構築の回収年数が約8.1年であるのに対し、第1段階を絞った構成では約3.8年まで短縮されました。そしてこの計算には、事故時の責任リスクや操業停止リスクという、本来最も大きい部分が含まれていません。

なお、検査そのものは法令が定める資格者が実施するものであり、TOMAS TECHが代行することはできません。当社が担えるのは、期日の管理、設備個体の識別、記録の電子保管という、検査の前後を仕組みで支える部分です。

TOMAS TECHでは、タイおよびASEANの日系製造業向けに、設備台帳と点検スケジュールの一元管理、IoTタグによる設備個体管理、検査記録の電子保管といった仕組みづくりを支援しています。「まず自社の対象設備がどれだけあるのか棚卸しから始めたい」「本社の仕組みをタイの現場でも使える形にしたい」といった、体制の見直しを検討している段階でのご相談も歓迎しております。現在の管理方法と設備の概要をお聞かせいただければ、本記事と同じ形式で自社の数値に置き換えた進め方をご提示できますので、お問い合わせフォームからお気軽にお声がけください。

参考情報