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2026.08.08

CO2排出量の見える化|タイ工場のScope1・2算定と費用

CO2排出量の見える化|タイ工場のScope1・2算定と費用

「うちは電力を1分単位で測っています。だからCO2はすぐ出せます」。タイの日系工場でそう聞くことは珍しくありません。ところが顧客から届いた質問票を実際に開いていただくと、そのままでは1行も埋まらないことがほとんどです。kWhを測ることと、tCO2eを報告することは別の作業だからです。2026年はEUのCBAMが本格適用に入り、タイの電力排出係数も更新されました。CO2排出量の見える化は「やっておくと良いこと」から「取引先に出す書類の前提」に変わりつつあります。この記事では、どこまで細かく測るべきかを決める基準を1本に絞ってお伝えします。

電力を測っている工場でも、CO2排出量が出せないのはなぜか

電力監視が作っているのは「活動量データ」だけ

排出量の計算式そのものは、拍子抜けするほど単純です。

排出量(tCO2e)= 活動量 × 排出係数

購入電力なら、活動量はkWh、排出係数はその国・その年の電力係数です。掛け算が1回あるだけで、難しい数学はどこにもありません。にもかかわらず、電力を細かく測っている工場でも報告書が出てこないのは、掛け算の左側しか持っていないからです。

電力監視システムやエネルギー監視システムが作っているのは活動量データです。分単位のkWh、ラインごとのデマンド、設備ごとの負荷率。これらは削減活動には非常に有効ですが、それ自体は排出量ではありません。排出量にするには、係数と、境界と、証跡という3つの要素が別に要ります。

足りない3つは「係数」「境界」「証跡」

当社が既存の電力監視をCO2算定に乗せ替える案件に入るとき、最初に埋めるのは必ずこの3つです。

係数は、どの機関が公表した、いつ時点の、どの範囲の係数を使ったかという情報です。2026年のタイでは、TGO(タイ温室効果ガス管理機構)が公表した購入電力の係数が1月1日から更新されました。同じkWhでも、掛ける係数が変われば報告値は変わります。そして「どの係数を使ったか」を後から説明できないデータは、検証の場では使えません。

境界は、どこからどこまでを自社の排出とみなすかという線引きです。テナント工場で共用部の電力が大家の請求に含まれている、社有車と委託運送が混ざっている、レンタル発電機を使った月がある。こうした状況は日系工場ではごく普通に起きていて、線を引き直すたびに数字が動きます。

証跡は、その数字がどこから来たかを第三者に説明できる材料です。電力会社の請求書、メーターの検定証、燃料の購入伝票、冷媒の充填記録。ダッシュボードの画面はきれいでも、その裏に請求書との突合がなければ、検証機関は数字を受け取れません。

kWh管理とtCO2e報告は目的が違う

この2つを混同したまま投資すると、後で必ず作り直しになります。違いを整理しておきます。

観点kWh管理(電力・エネルギー監視)tCO2e報告(CO2排出量の見える化)
目的使いすぎを見つけて減らす外部に数値を提出し、説明する
求められる粒度細かいほど良い(設備・分単位)報告先が要求する粒度まで
求められる正確さ傾向が合っていれば足りる積み上げと請求書が一致すること
対象範囲電気・エア・水・蒸気など自社の使用燃料・冷媒・購買品・物流まで含む場合がある
更新の速さリアルタイムに価値がある月次・年次で締まれば足りる
検証社内で完結第三者検証・登録公表を伴うことがある
データが無いときの扱い欠測として無視できる推計方法を明示して埋める必要がある

右列を見ていただくと分かるとおり、tCO2e報告に必要なのは「細かさ」ではありません。必要なのは、外部の誰かに向かって説明できる形になっているかどうかです。 ここが本記事の出発点になります。エネルギー側の計測をどう組むかは工場のエネルギー監視システム導入で扱っていますので、活動量データの作り方はそちらを参照してください。

2026年、タイの日系工場にCO2排出量の見える化が必要になった4つの理由

「いずれ必要になる」と言われ続けて数年が経ちましたが、2026年は状況が明確に変わりました。制度の動きを4つに整理します。ここは日付と数字が命なので、確認できている内容だけを書きます。

理由1:EU CBAMが2026年1月1日から本格適用に入った

EUの炭素国境調整措置(CBAM)は、2026年1月1日から本格適用(definitive regime)に移行しました。移行期間中の四半期報告から、年次の申告へと制度の形が変わっています。CBAM証書の販売開始は2027年2月1日で、最初の証書返納は2027年(2026年の輸入分が対象)です。

タイの日系工場の多くはEUへ直接輸出していないため、「うちには関係ない」と判断されがちです。しかし実務で起きているのは直接適用ではなく、顧客経由の問い合わせです。EU向けに製品を出している取引先が、自社の申告に必要な原単位データを、部品や中間材を納めているタイのサプライヤーに求めてきます。この照会には、工場全体の年間排出量では答えられません。製品や品目に紐づいた数字が要求されます。

理由2:TGOの電力排出係数が2026年1月1日から更新された

タイ温室効果ガス管理機構(TGO)が、タイの電力に関する排出係数を更新しました。2026年1月1日から適用される値は次のとおりです。

  • Scope2(購入電力)= 0.4750 kgCO2e/kWh — 系統から購入した電力の使用に適用する係数
  • Scope3(上流)= 0.0812 kgCO2e/kWh — 燃料の採掘・輸送など、発電より前の工程

システム更新の猶予として、2026年3月31日までは旧係数の使用も認められています。この猶予期間の存在が、実務では意外に厄介です。同じ年度の中で1月から3月と4月以降で違う係数を使った工場は、年間値を出すときにどちらでどこまで計算したかを説明できなければなりません。 係数をシステムの中にハードコードしていると、この説明が作れなくなります。

もうひとつ見落とされやすいのが、Scope3上流の係数が別に用意されている点です。購入電力を使っている以上、発電所が燃料を掘って運ぶところまでが上流の排出として存在します。Scope2だけを報告して「うちの電力起因はこれだけです」と出すと、上流分が抜けた数字になります。

理由3:日本の親会社側でGX-ETSが本格稼働する

日本側の制度も動きます。改正GX推進法が2026年4月1日に施行され、2026年度から排出量取引制度(GX-ETS)が本格稼働します。対象は直接排出量が前年度までの3年度平均で年10万トン以上の事業者で、対象企業は300〜400社程度、日本の温室効果ガス排出量の約60%をカバーするとされています。

タイの現地法人がこの制度の直接の対象になるわけではありません。効いてくるのは、親会社が連結ベースで排出量を語る必要が出てくることです。日本の本社が制度対応のために社内の集計基盤を整えると、その要求は海外子会社にも下りてきます。「今期から海外拠点も同じフォーマットで月次提出」という連絡が突然来るのは、この流れです。

理由4:タイの気候変動法は「まだ成立していない」が、準備の時計はもう動いている

ここは誤解が多いところなので、正確に書きます。タイの気候変動法(Climate Change Act)は、まだ成立していません。

2025年12月2日に閣議が原則承認した段階で、その後は法制委員会(Council of State)の審査を経て、国会審議へと進みます。施行は2027年前半の見込みとされています。成立後はGHG報告の義務化、排出量取引制度(ETS)、炭素税を含む枠組みになる見通しですが、実際に何をどこまで報告するかは下位法令(最大50本と言われています)の整備待ちです。

つまり現時点で「タイの法律で義務化されたから対応しなければならない」という説明は、正しくありません。それでも準備を前倒しする理由はあります。法令が施行された初年度に提出する数字は、その前年のデータで作るからです。 2027年前半に施行される制度に対して、計測を2027年から始めても間に合いません。制度の詳細が固まる前にできることは、活動量データを取り始めておくこと、そして境界と証跡の型を作っておくことです。

4つの動きを1枚に並べる

制度・動き現在の状態工場への効き方求められる粒度
EU CBAM2026年1月1日から本格適用。証書販売は2027年2月1日開始顧客経由で原単位データの照会が来る製品・品目単位
TGO排出係数2026年1月1日適用開始。3月31日まで旧係数も可同じkWhでも報告値が変わる工場全体でも可
日本のGX-ETS改正GX推進法が2026年4月1日施行、2026年度から本格稼働親会社の連結集計に合わせた提出要請拠点単位・月次
タイ気候変動法未成立。2025年12月2日に閣議が原則承認、施行は2027年前半見込み施行初年度の報告は前年データで作る未確定(下位法令待ち)

右端の列に注目してください。求められる粒度は制度ごとにバラバラです。 この表が、後半の中心テーマにそのままつながります。

Scope1・Scope2・Scope3をタイ工場のどこで切るか

CO2排出量の見える化|タイ工場のScope1・2算定と費用 - figure 1

3つのScopeの定義を工場の設備に落とす

GHGプロトコルの定義は抽象的なので、タイの工場の実際の設備に置き換えます。

Scope1 は自社が直接燃やしたもの、直接漏らしたものです。ボイラーの燃料、非常用発電機の軽油、LPGフォークリフト、社有車のガソリン、そして冷凍機や空調からの冷媒漏洩が含まれます。冷媒はしばしば忘れられますが、GWP(地球温暖化係数)が大きいため、漏洩量が少なくても排出量としては無視できない大きさになることがあります。

Scope2 は買ってきたエネルギーの使用に伴う排出です。タイの工場ではPEAまたはMEAから購入する電力が中心で、工業団地によっては購入蒸気や購入冷水が加わります。前述のTGO係数 0.4750 kgCO2e/kWh を掛けるのがこの区分です。

Scope3 は自社の設備の外側で起きる排出です。対象は上流から下流まで幅広く分類されますが、工場が最初に向き合うのは購入電力の上流(0.0812 kgCO2e/kWh)と、購入した原材料・部品、輸送、廃棄物あたりです。

設備ごとの振り分け早見表

設備・活動区分実務上の注意
購入電力(PEA / MEA)Scope2上流分はScope3に別途計上する
ボイラー燃料(重油・LPG・天然ガス)Scope1燃料種別ごとに係数が異なる
非常用発電機の軽油Scope1試運転分も対象。給油伝票が証跡
LPGフォークリフトScope1ボンベ交換本数から換算する
電動フォークリフトScope2充電分が購入電力に含まれている
冷凍機・空調の冷媒Scope1充填記録が無いと推計もできない
自家消費の屋根置き太陽光実質ゼロ扱い売電・環境価値の帰属で扱いが変わる
購入した原材料・部品Scope3サプライヤーからの一次データが理想
委託先への輸送Scope3社有車ならScope1になる
従業員の通勤・出張Scope3送迎バスが社有ならScope1
工場から出る廃棄物Scope3処理方法別に係数が変わる

タイの現場で実際に切り間違えるところ

当社が案件で最初に確認するのは、次の4点です。どれも「よくある」ではなく「ほぼ毎回ある」レベルで起きます。

第一に、テナント工場の共用電力です。工業団地の貸工場では、共用部の空調や照明が大家の請求に按分で含まれていることがあります。この按分をそのまま自社のScope2に入れるのか、Scope3として扱うのか。契約書と請求明細を見ないと決められません。

第二に、自家消費の太陽光です。屋根置きの太陽光で発電して自社で使った分は、購入電力から差し引かれるので実質的に排出ゼロとして扱えます。ただし、環境価値(再生可能エネルギー証書など)を第三者に売っている場合は話が変わります。価値を売った以上、その分をゼロと主張することはできません。

第三に、レンタル発電機や仮設設備です。増産対応やメンテナンス期間中だけ動かした設備は、月次の集計から丸ごと抜け落ちます。燃料の購入伝票は経理には残っていても、環境データの集計には流れていないという状態が普通に起きています。

第四に、社有車と委託運送の境目です。同じトラックでも、自社所有ならScope1、外部委託ならScope3です。社名の入ったトラックが実は運送会社の車両だった、という確認は毎回必要になります。

この4点は、センサーを1個増やしても解決しません。契約と伝票を見て線を引く作業であって、計測の問題ではないからです。 見える化の準備で最初にやるべきなのは機器選定ではなく、この線引きです。

TGOの排出係数で実際に計算する(Scope2 / Scope3上流)

CO2排出量の見える化|タイ工場のScope1・2算定と費用 - figure 2

計算してみる(以下はすべて仮定モデルです)

ここから示す数字は説明のために置いた仮定モデルであり、特定の工場の実測値でも、業界の平均値でもありません。 見ていただきたいのは金額や排出量そのものではなく、計算の並び方です。

想定するのは、タイの工業団地にある日系の金属加工工場です。月間の購入電力量を 500,000 kWh と置きます。使うのは2026年1月1日から適用のTGO係数です。

Scope2(購入電力)

500,000 kWh × 0.4750 kgCO2e/kWh = 237,500 kgCO2e = 237.5 tCO2e/月

Scope3(電力の上流)

500,000 kWh × 0.0812 kgCO2e/kWh = 40,600 kgCO2e = 40.6 tCO2e/月

年間に直すと、次のようになります。

区分係数(kgCO2e/kWh)月間(tCO2e)年間(tCO2e)Scope2に対する比率
Scope2(購入電力)0.4750237.52,850.0100%
Scope3(上流)0.081240.6487.2約17.1%
電力起因の合計0.5562278.13,337.2約117.1%

この表から読み取ってほしいこと

まず、上流分はScope2の約17%あります。 0.0812 ÷ 0.4750 = 約0.171 という比率です。Scope2だけを報告して「当工場の電力起因の排出量は年間2,850トンです」と出すと、実際には年間3,337トン規模の話を約85%に見せていることになります。顧客のScope3質問票では上流を含めた数字を求められることが多いので、ここを落とすと後から差し替えになります。

次に、この計算に必要な入力は月間kWhという1つの数字だけだという点です。工場全体の年間排出量を出すだけなら、電力会社の請求書12枚があれば足ります。センサーもゲートウェイもダッシュボードも不要です。ここが重要で、「CO2の見える化」と聞いてまずセンサーの見積を取りに行くと、必要のない投資から始めてしまいます。

Scope1を足すときに増える手間

上の計算にScope1を足すとどうなるか。燃料種別ごとに係数が異なるため、本記事では具体的な燃料係数を示しませんが、実務上の作業量は入手先によってはっきり分かれます。

購入電力(Scope2)とその上流(Scope3)は、どちらも月間kWhという同じ入力を使い、電力会社の請求書か受電点メーターから自動で取れます。ここは自動化しやすい領域です。一方、ボイラー燃料は購入伝票とタンク在庫の増減から拾う必要があり、LPGフォークリフトは現場のボンベ受払記録、冷媒漏洩は保全の作業記録が入手元になります。後者3つはシステムから自動では出てきません。

ここで押さえておきたいのは、自動化しにくい項目ほど、実は人手の運用ルールで決まるということです。冷媒の充填記録を保全が紙で残しているなら、それを月次で集める担当と締め日を決めるだけで済みます。ここにシステムを入れる必要はありません。逆に、この運用ルールが無いままシステムだけ入れても、入力されないマスタが増えるだけです。

係数の切り替えで起きる事故

もうひとつ、2026年特有の注意点があります。TGOの新係数は2026年1月1日から適用ですが、2026年3月31日までは旧係数の使用も認められています。この猶予期間の扱いを決めておかないと、次のような状態が起きます。

  • 1月〜3月は旧係数、4月以降は新係数で計算した
  • ところがシステムには「係数」という項目が1つしかなく、途中で上書きした
  • 年度末に過去分を再計算したら、1月〜3月の数字が新係数で上書きされた
  • どの月をどの係数で出したのか、誰も説明できなくなった

排出係数は設定値ではなく、有効期間を持つマスタとして持つ必要があります。「2026年1月1日から有効、値は0.4750」という形で履歴を残し、過去の報告値を再現できるようにしておく。これは技術的には難しくありませんが、最初の設計で決めておかないと後から入れるのは面倒です。

見える化の粒度は「削減のため」ではなく「報告先」で決まる

CO2排出量の見える化|タイ工場のScope1・2算定と費用 - figure 3

ここが本記事の中心です。

CO2排出量の見える化を検討するとき、多くの工場は「削減するために、どこまで細かく測るか」から入ります。設備ごとに測れば無駄が見つかる、ラインごとに測れば比較できる。この発想は間違ってはいませんが、投資の判断基準としては機能しません。 細かくすればするほど良い、という方向にしか進まないからです。

判断基準になるのは別の問いです。

その数字を、誰に出すのか。

報告先が決まれば、必要な粒度も、必要な検証レベルも、必要な更新頻度も、一意に決まります。逆に報告先を決めずに粒度から入ると、必ず過不足が出ます。

報告先ごとの要求を1枚に並べる

当社がタイの日系工場で実際に対応してきた報告先を、粒度・検証・頻度で整理したのが次の表です。

報告先必要な粒度検証レベル更新頻度主に必要になる証跡
社内の削減活動設備・ライン単位不要(社内完結)日次〜リアルタイム計測値のみ
日本の親会社の連結開示拠点単位(工場全体)親会社の内部監査月次または四半期電力請求書、燃料伝票
顧客のScope3質問票工場全体、または製品カテゴリ別自己申告が中心年1回算定方法の説明資料
顧客経由のCBAM問い合わせ製品1個・1トンあたり顧客側の申告に耐える水準出荷ロット単位〜年次生産実績との紐付け記録
TGOのCFO登録組織全体(バウンダリ明示)TGO承認の検証機関による検証年1回請求書、計測記録、算定根拠一式
将来のタイ気候変動法(未成立)未確定未確定未確定下位法令の整備待ち
入札・サプライヤー審査工場全体+削減実績提出書類ベース案件ごと過去年度との比較データ

この表の読み方

3列目と4列目を見比べてください。第三者の検証を伴う報告先ほど、更新頻度は下がる傾向があります。(分かりやすい例外が製品単位を求めるCBAM関連の照会で、これについては次項で扱います。)

社内の削減活動はリアルタイムのデータを欲しがりますが、誰の検証も受けません。逆にTGOのCFO登録は第三者検証を受けますが、年1回です。ここに構造的な事実があります。

リアルタイム性と検証耐性は、別々の要件である。

リアルタイムの細かいデータを揃えても、請求書との突合が取れていなければ検証は通りません。逆に、年1回の請求書ベースの集計は検証を通りますが、削減活動には使えません。この2つを1つのシステムで同時に満たそうとすると、コストが跳ね上がります。 そして多くの案件で、実際には片方しか必要ありません。

「製品1個あたり」を要求するのは誰か

表の中で、要求の性質がはっきり違うのがCBAM関連の照会です。ここだけが製品単位を求めます。

工場全体の排出量を製品1個あたりに落とすには、排出量を生産実績で割る必要があります。つまり、期間内の排出量と、その期間に何をどれだけ作ったかという生産数量が、同じ期間で締まっていなければなりません。さらに複数品種を作っている工場では、どの品種にどれだけ按分するかというルールが要ります。

按分の方法は、精度が低い順に4段階あります。

  1. 生産数量按分 — 全体排出量を生産個数で割る。単一品種や類似製品だけの工場に向きますが、重量差や工程差は反映されません。
  2. 重量按分 — 製品重量比で配分する。素材加工、鋳造、押出に向きますが、加工の手間の差は出ません。
  3. 稼働時間按分 — 設備の稼働時間比で配分する。多品種の加工組立に向きますが、設備ごとの計測が要ります。
  4. 実測按分 — ライン・設備の実測kWhで配分する。電力多消費の工程がある場合に有効ですが、計測点の追加投資が要ります。

下に行くほど精度は上がり、必要な計測点と紐付けの手間も増えます。そして上の2つは、追加の計測をまったく必要としません。 生産管理システムから出てくる生産数量と、電力会社の請求書があれば計算できます。

顧客からの照会に「まず何か答えないといけない」段階なら、生産数量按分か重量按分で出し、按分方法を明記するのが現実的です。実測按分が必要になるのは、顧客が算定方法まで指定してきたときか、製品間の排出差が価格交渉に効いてくる段階です。この見極めをせずに実測按分から入ると、必要のない計測点に投資することになります。

粒度は「一番細かい報告先」に合わせるべきか

「将来のことを考えて、最初から一番細かく作っておきたい」という相談はよく受けます。これに対する当社の答えは、条件付きです。

細かくしておくべきなのは、データの持ち方(構造)です。粒度そのもの(計測点の数)ではありません。

具体的には、次の3つを最初から入れておけば、後から粒度を上げるのは追加投資で済みます。

  1. 排出係数を有効期間付きのマスタとして持つ — 前章で述べたとおり。過去の報告値を再現できるようにする
  2. 活動量データに「どこの・いつの・どの区分か」を必ず持たせる — 拠点、計測点、期間、Scope区分の4つ。値だけを持つと後から按分できません
  3. 生産実績との突合キーを決めておく — 期間の締め日を電力と生産で揃えるだけでも、後から製品単位に降りられる可能性が大きく変わります

逆に、最初から工場中に計測点を入れるのは勧めません。計測点は後から増やせますが、構造は後から直せないからです。 データの持ち方を先に決め、計測点は報告先が要求した時点で増やす。この順番だと、作り直しがほぼ起きません。

電力側の計測点をどう選ぶか、既存の受電盤からどこまで取れるかについては工場の電力監視システムで具体的に整理しています。計測点の設計から入る場合は、そちらを先にお読みください。

既存の電力監視からCO2算定に乗せ替える90日ロードマップ

すでに電力監視やエネルギー監視が入っている工場であれば、CO2算定への乗せ替えは新規構築よりずっと軽く済みます。当社が案件で使っている進め方を90日単位で整理します。最初の30日は発注側だけで完結し、ベンダーが入るのは31日目以降です。

Day 0〜30:測る前に決める

最初の1か月に計測機器の話は出てきません。やるのは4つです。

報告先の棚卸しでは、今すでに来ている照会と、1年後・3年後に来る見込みのものを紙に書き出します。親会社からのフォーマット、顧客の質問票、TGO登録の予定、入札での提出要求。前章の表に自社の状況を当てはめる作業です。

バウンダリの確定では、契約書と請求明細を見ながら線を引きます。テナント共用部、太陽光の環境価値、レンタル設備、社有車と委託の別。ここは環境担当だけでは決まりません。経理と購買を巻き込む必要があります。

既存計測点のマップ化では、いま何がどこで測れているかを一覧にします。多くの工場で、この一覧が存在していません。BEMSの画面には出ているが、生データがどこに何日分残っているかは誰も把握していない、という状態がよくあります。

係数台帳の作成では、使う係数とその出典・適用期間を1枚にまとめます。TGOの電力係数、燃料種別の係数、冷媒のGWP。この台帳が後の検証対応でそのまま使えます。

Day 31〜60:埋まらない穴を人手の運用で埋める

2か月目に見えてくるのは、システムでは埋まらない項目です。冷媒の充填量、LPGボンベの本数、レンタル発電機の燃料。ここに新しいシステムを入れようとしないでください。必要なのは、誰がいつ何を出すかを決めた月次の締めフローです。

当社の案件では、A4で1枚の入力フォーマットと、締め日を決めるところから始めます。保全は毎月5日までに冷媒の充填記録を出す、購買は燃料の購入量を出す、総務は社有車の給油量を出す。これだけで、Scope1の大半は埋まります。

同時にシステム側では、係数マスタを有効期間付きで実装し、活動量データに拠点・計測点・期間・Scope区分の属性を持たせます。既存の電力監視から値を引いてくる部分は、多くの場合すでにあるデータベースやCSV出力を使えるので、大がかりな改修にはなりません。

Day 61〜90:締めを2回まわす

3か月目は運用の試運転です。月次の締めを実際に2回まわして、次を確認します。

  • 集計した電力量と、電力会社の請求書の値が一致するか(一致しない場合は、検針期間と締め日のズレが原因のことが多い)
  • Scope1の入力が期日までに全部そろうか
  • 欠測が出たときの推計方法が決まっているか
  • レポートの様式が報告先の要求に合っているか

2回まわす理由は、1回目は必ず何かが抜けるからです。1回目で抜けた項目を運用に組み込み、2回目で通す。ここまでやってはじめて、外部に出せる数字になります。

費用は何に効くか ― CO2排出量の見える化で金額が動く項目

見積の話です。当社が案件で費用を並べると、金額が大きく動くのは計測点の数ではありません。動くのは次の6項目です。

項目何にお金がかかるか計測点の数に比例するか
1. バウンダリと報告先の定義契約・請求の確認、関係部署との調整しない(拠点の数と契約の複雑さで決まる)
2. 係数マスタと算定ロジック有効期間管理、Scope区分、按分ルールの実装しない(1回作れば済む)
3. 既存システムからのデータ収集BEMS・PLC・電力量計からの取り込み、既存DBの調査一部する(既存の作りに大きく左右される)
4. 計測点の追加電力量計、CT、通信、盤内工事、停電調整する
5. 生産実績との紐付け生産管理システムとの連携、締め日の統一、按分ロジックしない(つなぐシステムの数で決まる)
6. 検証対応の工数証跡の整理、算定根拠の文書化、検証機関との往復しない(検証レベルで決まる)

右列を見ていただくと、計測点の数に比例するのは主に4番で、3番が既存設備の作り次第で一部影響を受ける程度です。ところが工場側が最初に見積を取るのは、たいてい4番です。そして金額が読めなくなるのは、3番と5番です。

3番は既存設備次第で大きく変わります。ModbusやOPC UAで素直に値が取れる盤と、メーカー独自プロトコルで囲われている盤では、工数が桁で変わります。ここは現場を見ないと見積が出せない部分で、「別途」と書かれたまま進みがちな項目でもあります。

5番は、製品単位の報告が必要になった瞬間に発生します。前章のとおり、生産数量按分や重量按分で足りるなら、既存の生産実績データを月次で受け取るだけで済みます。実測按分まで求められると、4番の計測点追加とセットになって金額が跳ねます。だから報告先の確認を先にやるかどうかが、そのまま費用に直結します。

投資奨励措置の扱い

タイ投資委員会(BOI)には、省エネやGHG削減に資する設備更新を対象とした投資奨励措置があります。ただし適用条件は年度ごとに更新されるため、免税年数や比率をこの記事に書くことはしません。 検討段階で恩典を前提に稟議を組むと、条件が変わっていて前提が崩れることがあります。最新の条件はBOI公式で確認し、必要なら申請前に専門家に確認してください。

なお実務上のポイントとして、恩典の対象になりやすいのは4番の計測機器や省エネ設備であって、1・2・5・6のようなソフトウェアと工数の部分は対象外になることが多い、という点は覚えておくと稟議が組みやすくなります。

エア漏れのような具体的な削減テーマと計測をどう結びつけるかは工場のコンプレッサーのエア漏れ対策で扱っています。削減効果を数字にするときの考え方は共通です。

カーボンニュートラル工場を目指す前に潰しておく失敗3つ

最後に、当社が実際に見てきた作り直しの原因を3つ挙げます。どれも技術の問題ではありません。

失敗1:削減目標から入って、報告先を後回しにする

「何年までに何パーセント削減する」という目標を先に決め、そこから逆算して計測計画を作る。一見まっとうですが、この順番だと粒度が決まりません。削減のためなら細かいほど良いので、投資額に上限が出てこないからです。

そして半年後、顧客からCBAM関連の照会が来て「製品1個あたりの数字を出せ」と言われたときに、設備ごとの詳細なkWhデータは持っているのに、生産実績と時刻がつながっていないため製品単位に降ろせない、という事態が起きます。細かく測っていたのに、要求された形にできない。 これが最も多い作り直しパターンです。

対策は単純で、報告先の棚卸しを先にやることです。前章の表を1枚埋めるだけで、必要な粒度は決まります。

失敗2:排出係数をシステムに埋め込む

2026年はTGO係数の改定があり、3月31日までの猶予期間もありました。係数を設定画面の1項目として持っていた工場では、この切り替えで過去データが上書きされ、どの月をどの係数で報告したかが追えなくなる事故が起きています。

係数は今後も更新されます。有効期間を持つマスタとして持ち、過去の報告値をいつでも再現できる形にしておく。 これはシステムを作る側の設計判断なので、発注仕様書に一行書いておくだけで防げます。「排出係数は適用開始日を持つマスタとして管理し、過去期間の再計算時には当時の係数を用いること」。この一文で足ります。

失敗3:証跡を残さずダッシュボードだけ作る

きれいなダッシュボードは、社内の説明には効きます。しかし検証機関が見るのは画面ではなく、その数字がどこから来たかという記録です。

具体的には、電力量の集計値と電力会社の請求書が一致すること、一致しない場合はその理由(検針期間のズレなど)が説明できること、欠測があった月の推計方法が記録されていること。これらは後から作れません。月次で締めるときに一緒に残しておくしかない情報です。

トレーサビリティの構築でも同じ問題が起きます。データはあるのに、それが何の証拠になるのかを定義していないため、いざ提出を求められると使えない。構築の進め方についてはトレーサビリティシステム構築の費用と進め方で整理していますので、証跡設計の考え方はそちらも参考になります。

よくある質問

CO2排出量の見える化とは?

工場の活動量データ(電力のkWh、燃料の使用量、冷媒の充填量など)に排出係数を掛けて、tCO2eという単位の数字にし、外部に説明できる形で継続的に集計する仕組みのことです。電力やエネルギーの監視と混同されがちですが、監視が作るのは活動量データだけで、排出量そのものではありません。排出量にするには、係数(どの機関のいつの値か)、境界(どこまでを自社の排出とみなすか)、証跡(その数字の出どころ)の3つが追加で必要になります。

Scope1とScope2の違いは?

Scope1は自社が直接燃やしたもの・直接漏らしたものによる排出です。ボイラーの燃料、非常用発電機の軽油、LPGフォークリフト、社有車のガソリン、空調や冷凍機からの冷媒漏洩が該当します。Scope2は購入したエネルギーの使用に伴う排出で、タイの工場ではPEAやMEAから買う電力が中心です。さらにScope3として、購入電力の上流(発電所が燃料を掘って運ぶ工程)や、購入材料、輸送、廃棄物などが自社の設備の外側の排出として存在します。TGOは2026年1月1日適用の係数として、購入電力のScope2に 0.4750 kgCO2e/kWh、上流のScope3に 0.0812 kgCO2e/kWh を示しています。

工場のCO2排出量はどう計算する?

購入電力だけなら、月間のkWhに排出係数を掛けるだけです。仮定モデルとして月間 500,000 kWh の工場で計算すると、Scope2は 500,000 × 0.4750 = 237,500 kgCO2e(237.5トン)、Scope3上流は 500,000 × 0.0812 = 40,600 kgCO2e(40.6トン)となり、年間ではそれぞれ 2,850トンと 487.2トンです。これは説明のための仮定値で、実際の工場の数字ではありません。この計算に必要なのは月間kWhという1つの数字だけなので、工場全体の年間値を出すだけなら電力会社の請求書12枚で足ります。Scope1を足す場合は、燃料種別ごとの使用量と、それぞれの係数が別に必要になります。

タイでカーボンフットプリントの認証は必要?

法律上の義務としては、現時点では必須ではありません。タイの気候変動法(Climate Change Act)はまだ成立しておらず、2025年12月2日に閣議が原則承認した段階で、法制委員会の審査を経て国会審議に進む予定です。施行は2027年前半の見込みで、報告義務の詳細は下位法令の整備待ちです。一方で、TGOのCFO(Carbon Footprint for Organization)は任意の制度として先行しています。ISO 14064-1:2018 およびGHGプロトコルに準拠し、TGO承認の検証機関の検証を受けてTGOに登録・公表される仕組みです。取引先や入札で第三者検証を求められる場面が増えているため、義務ではないが実務上の要件になりつつある、というのが実態に近い理解です。

電力監視システムを入れていればCO2排出量はすぐ出せる?

工場全体の年間値であれば、電力監視が無くても電力会社の請求書だけで出せます。逆に、電力監視が入っていても、係数の管理・境界の定義・証跡の整理ができていなければ、外部に出せる数字にはなりません。電力監視が効いてくるのは、製品単位や工程単位への按分が必要になった段階です。この段階では、期間内の電力量と生産実績が同じ締め日でつながっている必要があるため、計測データそのものより、生産管理システムとの突合設計のほうが重要になります。

CO2排出量はどこまで細かく測ればよい?

報告先が要求する粒度までです。社内の削減活動なら設備単位でリアルタイムに見る価値がありますが、検証は不要です。親会社の連結開示なら拠点単位で月次、顧客のScope3質問票なら工場全体で年1回、TGOのCFO登録なら組織全体で第三者検証あり、CBAM関連の照会だけが製品単位を求めます。細かくしておくべきなのは計測点の数ではなくデータの持ち方で、係数を有効期間付きのマスタとして持つこと、活動量に拠点・計測点・期間・Scope区分を持たせること、生産実績との突合キーを決めておくこと。この3つを先に決めておけば、粒度は後から上げられます。

まとめ

kWhを測ることと、tCO2eを報告することは別の作業です。電力監視やエネルギー監視が作っているのは活動量データであって、排出量ではありません。排出量にするには、係数と境界と証跡という3つが別に必要になります。

2026年は制度の節目が重なりました。EU CBAMは1月1日から本格適用に入り、TGOの電力係数も同じ日から更新されて、Scope2が 0.4750 kgCO2e/kWh、Scope3上流が 0.0812 kgCO2e/kWh になりました(3月31日までは旧係数も可)。日本では改正GX推進法が4月1日に施行され、2026年度からGX-ETSが本格稼働します。一方でタイの気候変動法はまだ成立しておらず、2025年12月2日に閣議が原則承認した段階で、施行は2027年前半の見込みです。

そして本記事でいちばんお伝えしたかったのはここです。見える化の粒度は、削減のためではなく報告先で決まります。 社内の削減活動、親会社の連結開示、顧客のScope3質問票、TGOのCFO登録、顧客経由のCBAM問い合わせ。この5つは、必要な粒度も検証レベルも更新頻度も同じではありません。報告先を決めずにセンサーの見積を取ると、細かく測っているのに要求された形にできない、という作り直しが起きます。

最初にやるべきは機器選定ではありません。報告先を紙に書き出し、契約と請求明細を見てバウンダリの線を引き、係数台帳を1枚作る。ここまでは投資ゼロでできます。計測点は、報告先が要求した時点で増やせば間に合います。

TOMAS TECHは、タイの日系製造業向けに生産管理システムとエネルギー・環境データの基盤づくりを手がけています。「顧客から質問票が来たが、どこから手をつければよいか分からない」「既存の電力監視をCO2算定に使えるのか知りたい」という、検討の初期段階でのご相談も歓迎です。既存の計測状況と、届いている照会の実物をお持ちいただければ、報告先から逆算して必要な粒度を一緒に整理するところからお手伝いできます。お問い合わせはこちらからどうぞ。

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