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2026.08.16

デジタル製品パスポート対応2026|EU輸出で問われる製品データ

デジタル製品パスポート対応2026|EU輸出で問われる製品データ

「EU向けに部品を出しているが、デジタル製品パスポートへの対応は自社に関係があるのか」——タイやベトナムの生産拠点で、この質問が増えています。ニュースで目にするのはEV用バッテリーの話ばかりで、自動車部品や電子部品を作っている自社に、いつ何が求められるのかが読み取れない。本記事はその一点に絞ります。工場の中でロットを追う話ではなく、工場の外に出ていくデータ、つまりEU市場が製品に添付するよう求めはじめた情報について、現時点で確定している事実と、今から手を付けておくべきことを整理します。

デジタル製品パスポートとは|ESPR規則が製品に持たせようとしているもの

製品に付いて回る「データの身分証」

デジタル製品パスポート(Digital Product Passport、以下DPP)は、製品そのものに紐づいた電子的な情報の集合体です。製品や梱包に貼られた識別子を読み取ると、その製品が何でできていて、どこで作られ、どれだけの環境負荷を伴ったのかを、EU域内の事業者や当局、場合によっては消費者が確認できる。これがDPPの基本的な考え方です。

ここで押さえておきたいのは、DPPが「品質記録」ではないということです。品質記録は、問題が起きたときに社内やお客様に対して説明するために保管しておくものでした。DPPは違います。最初から外部に開示される前提で作られ、開示できないなら製品をEU市場に置けないという性格を持ちます。同じ「トレーサビリティ」という言葉を使っていても、保管と開示では設計が変わります。誰に見せるか分からない情報を、いつでも取り出せる形で持っておく。この一点が、これまで工場が積み上げてきた記録との決定的な違いです。

ESPR規則の位置づけと優先製品カテゴリ

DPPを義務化する土台になっているのが、ESPR(Ecodesign for Sustainable Products Regulation、持続可能な製品のためのエコデザイン規則)です。ESPRは2024年に発効しました。ただしESPR自体は枠組みを定めた規則であり、「この製品にはこの情報を、いつから載せなさい」という具体的な中身は、製品カテゴリごとに個別の委任規則(delegated act)で決まります。

欧州委員会が示した優先的に取り上げられる製品カテゴリは、繊維・アパレル、鉄鋼、アルミニウム、タイヤ、家具、マットレスです。これらの委任規則の採択は2026年以降に本格化し、実際の適用開始は2028年から2029年頃になるという見方が一般的です。なお電子・電気製品は、この第一波の委任規則トラックには入っておらず、「修理可能性」「再生材含有率」といった水平的要件や既存のエコデザイン指令の枠組みで別途検討が進められています。自動車部品メーカーは対象カテゴリに直接該当しないため急ぐ必要はありませんが、電子部品メーカーも同じ緊急度で語れるわけではない、という位置づけの違いは押さえておく必要があります。「まだ数年ある」と読むこともできますし、「対象になる品目が確定してから準備を始めたのでは間に合わない」と読むこともできます。どちらの読み方が妥当かは、後述するデータの準備期間をどう見積もるかで決まります。

2026年7月、中央レジストリが動き出した

2026年がDPPの節目と言われるのには、明確な根拠があります。ESPR第13条は、欧州委員会に対してDPPの中央レジストリ、つまり登録・検索・検証のための共通インフラを2026年7月19日までに設置する義務を課していました。そして実際に、2026年7月20日にこのレジストリが稼働を開始しました。

ここで誤読が起きやすいので、丁寧に区切ります。レジストリが動き出したことは、「今日からすべての製品にDPPが必要になった」ことを意味しません。2026年7月はあくまでインフラ側の節目であり、すべての製品に共通の適合期限ではない、という整理が示されています。レジストリはあくまで器であり、そこに何を登録するのか、どの製品がいつから対象になるのかは、前述のとおり製品別の委任規則が個別に決めます。

とはいえ、器ができたことの意味は小さくありません。制度の設計が紙の上の構想から、実際に稼働するシステムへ移ったということです。これまで「いずれ来る話」として社内で扱われてきたものが、EU側では動いているインフラになった。この差は、社内で予算や工数を確保する場面での説得力に直結します。

制度根拠となる法令対象時期
DPP中央レジストリESPR第13条DPPの登録・検索・検証を担う共通インフラ2026年7月19日までの設置義務、2026年7月20日に稼働開始
バッテリーパスポート電池規則 (EU) 2023/1542EV用・産業用の2kWh超のバッテリー2027年2月18日以降、パスポートなしではEU市場で流通不可
ESPRのDPP(優先カテゴリ)ESPRの製品別委任規則繊維、鉄鋼、アルミニウム、タイヤ、家具など(電子・電気製品は別枠)委任規則の採択が2026年以降に本格化、適用開始は2028年から2029年頃の見込み
デジタル製品パスポート対応2026|EU輸出で問われる製品データ - figure 1

電池パスポート2027年2月18日|最初に期限が来るのはバッテリー

対象は2kWh超のEV用・産業用バッテリー

DPPという枠組みの中で、最初に確定した期限を持っているのが電池です。根拠はESPRではなく、電池規則(Regulation (EU) 2023/1542)という別の規則です。

この規則により、2027年2月18日以降、EV用および産業用の容量2kWh超のバッテリーは、デジタル製品パスポート(バッテリーパスポート)を伴わなければEU市場で流通させられません。 期限も、対象も、すでに条文として確定しています。「いずれ」ではなく日付が入っている点で、他のカテゴリとは扱いが違います。

閾値が2kWhであることには実務上の意味があります。対象はEV用の駆動用バッテリーだけではなく、産業用のバッテリーも容量が2kWhを超えれば射程に入ります。自社が電池メーカーでなくても、電池を組み込んだ製品を出している、あるいは電池セル・モジュール向けに部材を供給しているのであれば、無関係ではありません。

記載が求められる情報

バッテリーパスポートは、製品に付与されたデータキャリアや固有識別子、具体的にはQRコードなどを読み取ってアクセスする形で提供されます。そこに載せることが求められる情報は、大きく次のように整理できます。

情報の種類具体的に問われること工場が答えるために必要なもの
原材料の出所どの材料がどこから来たのか調達先とロットの結びつき
GHG排出量製造に伴う温室効果ガス排出量工程別のエネルギー使用実績と配賦の考え方
再生材含有率リサイクル由来の材料をどれだけ含むか材料単位での区分と投入量の記録
ライフサイクル性能使用条件下での性能・耐久に関する情報設計値と実測値、試験記録

この表を眺めると分かることがあります。4つのうち3つは、従来の工場の品質記録には入っていないという点です。原材料の出所は購買のシステムに、エネルギー使用量は設備管理や電力計のデータに、再生材含有率はサプライヤーからの申告に、それぞれ別々に存在しています。品質保証部門が持っている検査記録だけでは、パスポートは埋まりません。これがDPP対応を「トレーサビリティの延長」として捉えると足をすくわれる理由です。

非適合のとき何が起きるか

まず現実的に効いてくるのは国境です。中央レジストリが稼働したことで、税関当局は必要なパスポートが登録されているかを照会できるようになると説明されています。情報が欠けていたり、内容が食い違っていたりすれば、追加の照会、通関手続きの遅延、そしてEU市場への投入の制限につながり得ます。加えて電池規則は、加盟国に対して実効的かつ比例的で、抑止力のある罰則を定めるよう求めています。

ここで実務的に重いのは罰則の金額よりも、通関で止まることのほうです。金銭は事後に処理できますが、止まった貨物は納期に直撃します。EUの完成車メーカーやセットメーカーにとって、部品が止まることは自社のラインが止まることを意味します。だからこそ、彼らは自分たちが問われる前に、サプライヤー側にデータの提出を求めてきます。

期限の基準は「製造した日」ではなく「EU市場に置かれる日」

見落とされやすい論点がひとつあります。条文が期限を切っているのは、製造の時点ではなくEU市場に上市される(placed on the market)時点です。したがって、期限前に製造した在庫であっても、EU市場に置かれるのが2027年2月18日以降であれば、パスポートが求められる側に入ると読むのが自然です。実際の運用は今後のガイダンスで確認が必要ですが、「期限前に作り置きしておけば逃げ切れる」という前提で計画を立てるのは危険です。

この点は、生産計画と在庫方針に直接影響します。EU向けの製品を長期在庫として持つ運用をしている場合、その在庫について後からデータを揃えられるのか、という問いが立ちます。製造時点で記録していなかったエネルギー使用量や材料の由来を、出荷の直前に遡って復元するのは現実的ではありません。記録は後から作れない、という当たり前の事実が、ここで効いてきます。

電池パスポートがDPP全体の雛形になる理由

電池の話を「うちは電池を作っていないから関係ない」と切り捨てるべきでない理由は、電池パスポートがESPR下のDPP全体の先行事例(テンプレート)として位置づけられているからです。

繊維、鉄鋼、アルミニウム、タイヤ、家具といった他カテゴリの委任規則を作るとき、欧州委員会はゼロから設計するわけではありません。すでに条文化され、運用が始まる電池パスポートの構造——何を載せるか、どうアクセスさせるか、誰が責任を持つか——が前例になります。したがって、電池で求められている4種類の情報(原材料の出所、GHG排出量、再生材含有率、ライフサイクル性能)は、他のカテゴリでも形を変えて問われる可能性が高い、と読むのが自然です。電子・電気製品はこの第一波の対象ではありませんが、修理可能性や再生材含有率をめぐる水平的要件の議論は、いずれ電池パスポートと同じ発想の上で進む可能性があります。

言い換えると、電池パスポートは自社カテゴリの委任規則を先に読める予告編です。自社の製品カテゴリの委任規則がまだ出ていない今、何を準備すべきかを推し量る唯一の具体的な手がかりが、この電池の条文だということになります。

タイ・ベトナム拠点の部品メーカーに実際に降りてくるもの

規則の名宛人と、実際に作業する人は違う

EUの規則が直接義務を課すのは、原則としてEU市場に製品を上市する事業者です。タイの工場が直接EU当局から罰せられる、という構図ではありません。しかし、それで安心できるかというと逆です。

義務を負ったEU側の事業者は、その義務を果たすために必要な情報を、供給元に求めます。完成車メーカーが電池メーカーに求め、電池メーカーがセル部材のサプライヤーに求め、そのサプライヤーがタイの部品工場に求める。規則上の名宛人と、実際にデータを作る人は、サプライチェーンの反対側にいます。 そして契約上、データを出せないサプライヤーは取引の継続が難しくなります。法的な義務ではなく商流の要求として降りてくる、というのがタイ・ベトナム拠点にとっての実像です。

欧州市場へ輸出している日系企業のうち、電池規則の影響を受けるのは電機・電子機器メーカーや自動車関連企業を中心に数百社規模と推定されており、トヨタ自動車やパナソニックといった大手はすでに対応を進めているとされます。一方で、中小規模の企業にとっては負担が大きいことも指摘されています。この差は資本力の差というより、データを整えるための助走期間を取れたかどうかの差です。

客先から来る要求の形

実務では、要求は次の3つの形で現れます。

  • 調査票としての要求。 使用材料、含有物質、調達先、製造拠点を記入する様式が送られてくる。今までのグリーン調達調査票の延長線上にあるため、いちばん気づきにくい形です。
  • 契約条項としての要求。 新規の取引契約や更新時に、規制対応に必要な情報の提供義務が条文として盛り込まれる。断れば取引が成立しません。
  • システム連携としての要求。 客先が指定するプラットフォームに、製品単位・ロット単位でデータを登録するよう求められる。これがいちばん重く、社内のデータが電子的に取り出せる状態になっていないと対応できません。

順番としては調査票から始まり、契約条項を経て、システム連携に至るのが典型です。今、調査票が届き始めている工場は、数年後にシステム連携を求められる可能性が高いと考えて準備を始めるのが現実的です。

並走する規制 — Euro 7の耐久性要件

DPPそのものではありませんが、同じ時期に走っている規制として、Euro 7規制(EU規則2024/1257)にも触れておきます。この規則は駆動用バッテリーの耐久性要件を定めており、乗用車・小型商用車については新型式が2026年11月29日から、既存型式が2027年11月29日から適用されます。

DPPと直接の関係はないものの、電池に関する要求が複数の規制から同時期に来ているという環境認識としては重要です。客先から届く調査票が、どの規制に基づくものなのかを整理せずに個別対応していると、同じデータを何度も違う様式で作り直す作業が発生します。

準備が進んでいる企業とそうでない企業

KPMGが2026年に欧州70社以上を対象に実施したDPP準備状況調査では、認知度、ガバナンス体制、データの準備状況、サプライヤーの巻き込み、システム対応、戦略的な優先度といった観点で各社の状況が調べられています。この調査を踏まえた解説では、多くの企業がDPPへの対応計画をまだ持てていないと指摘されています。

ここで注意したいのは、これが欧州企業を対象とした調査だということです。規則の名宛人である側でさえ準備が整っていないのであれば、その供給元であるアジアの工場に要求が届くのは、彼らが本格的に動き出してから、ということになります。猶予があるように見えて、実際には要求が来てから対応するまでの時間が極端に短くなる構図です。準備が整っていない客先ほど、締切間際に大量の情報提供を求めてきます。

デジタル製品パスポート対応2026|EU輸出で問われる製品データ - figure 2

工場内トレーサビリティとDPPは何が違うのか

工場側の準備に入る前に、いちど言葉を整理しておきます。ここを曖昧にしたまま社内で議論すると、「うちはもうトレーサビリティをやっているから大丈夫」という結論に着地してしまうためです。

論点工場内トレーサビリティデジタル製品パスポート
目的不具合が起きたときに原因と影響範囲を特定する製品の属性を市場に対して継続的に開示する
情報を見る人自社、客先、監査人EU当局、取引先、場合により消費者
使われる場面問題が起きたとき常時。出荷されたすべての製品に付いて回る
求められる速さ数日から数週間で遡れればよい識別子を読めばその場で参照できること
主に扱うデータ製造条件、検査結果、投入ロット原材料の出所、GHG排出量、再生材含有率、性能
記録の置き場所社内で保管できていればよい外部から参照できる形にする必要がある
データの出どころ主に自社の工程自社に加えて上流サプライヤー

違いは最後の2行、「記録の置き場所」と「データの出どころ」に集約されます。保管していればよい記録と、外から見える必要のある記録は、設計が別物です。そして自社の工程データだけでは埋まらないという点が、工場内トレーサビリティの延長では届かない理由です。原材料の出所も再生材含有率も、答えを持っているのは自社ではなく仕入先です。

この整理は、社内での役割分担にも影響します。工場内トレーサビリティは品質保証部門や生産技術部門が主管することが多いのに対し、DPPで問われる情報は購買、設備管理、環境安全、そして情報システムに散らばっています。主管部門を品質保証だけに置くと、購買と設備のデータが集まりません。 実務では、品質保証を窓口にしつつ、購買と設備管理の担当者を最初の棚卸しの段階から巻き込む形が現実的です。要求が届いてから関係部門を集めるのでは、社内調整だけで数か月が消えます。

デジタル製品パスポート対応で工場が用意すべき4種類のデータ

ここからは工場側の話です。ただし本記事では、工場内のトレーサビリティをどう構築するかという手順そのものには立ち入りません。追う単位の決め方、費用の内訳、客先監査への備え方については、すでに整理した記事があります。

本記事で扱うのは、そこで作った記録のうちどれが工場の外に出ていくのか、そして外に出す前提だと何が足りないのか、という接続点です。

識別 — どのロットのどの個体かを外に説明できるか

DPPは製品単位で紐づきます。したがって出発点は、外部に対して製品を一意に指し示せる識別子があるかどうかです。社内で通用しているロット番号の体系が、客先や当局にとって意味を持つとは限りません。

論点は3つあります。第一に、識別の粒度です。個体単位(シリアル)なのか、ロット単位なのか。電池のように個体で管理される製品と、部品のようにロットで管理される製品では、必要な粒度が違います。第二に、識別子の一意性です。社内の別工場や別ラインで同じ番号が使われていないか。第三に、識別子の恒久性です。出荷後に採番体系を変更すると、過去に出た製品との対応が取れなくなります。

なお、コードの読み取り側については、GS1が主導する「Sunrise 2027」という業界イニシアチブがあり、2027年末までに小売のPOSが1次元バーコードとGS1準拠の2次元コード(GS1 QR、GS1 DataMatrix)の双方を読めるようにする取り組みが進んでいます。2次元コードはGTINに加えて賞味期限やバッチ番号、シリアル番号、重量を1つのコードに格納できます。この話題はトレーサビリティ構築の費用と進め方で詳しく扱っているため、ここでは深追いしません。

由来 — 原材料と調達先をロットに結びつける

原材料の出所は、DPPで一貫して求められる情報です。ここで工場が直面する壁は、購買のデータと製造のデータが分断されているという構造的な問題です。

購買システムには「いつ、どこから、何をいくら買ったか」があります。製造システムには「いつ、どのラインで、何を作ったか」があります。しかし「この製品ロットに、どの購買ロットの材料が入ったか」は、その二つのどちらにも書かれていないことが少なくありません。倉庫の払い出し時点で先入先出しの原則だけが運用されていて、実際にどのロットを投入したかは記録されていない、というケースです。

この結びつきがないと、原材料の出所を問われたときに「たぶんこのサプライヤーです」としか答えられません。開示を前提とするDPPでは、この「たぶん」が通りません。

環境 — GHG排出量と再生材含有率

DPP対応で最も新規性が高く、最も準備に時間がかかるのがこの領域です。GHG排出量を製品単位で答えるには、工場全体のエネルギー使用量を、何らかの根拠をもって製品に配賦する必要があります。

必要になるのは、大きく次の3つです。

  • 計測。 工場全体の一括請求書ではなく、工程や設備の単位でエネルギー使用量が分かること
  • 配賦。 計測した使用量を、どの製品にどれだけ割り当てるかの考え方が文書として存在すること
  • 記録の保存。 出荷後に問われても遡れるよう、期間と粒度を決めて保存されていること

再生材含有率も同様に、材料単位で区分され、投入量が記録されていなければ答えられません。そしてこの情報の多くは、自社ではなく上流のサプライヤーが持っています。自社の記録を整えるだけでは完結しないのが、この領域の難しさです。

履歴 — 製造条件と検査記録

ライフサイクル性能に関する情報は、設計値だけでなく、実際の製造条件や検査結果と結びついている必要があります。ここは既存の品質記録と最も重なる領域で、多くの工場がすでに何らかの形で持っています。

問題は保存形態です。紙の帳票やスキャンしたPDFで保管されている場合、記録としては存在していても、外部システムへ電子的に渡すことができません。DPPは開示を前提とする以上、人が探して転記する運用では規模に耐えません。 月に数件の照会なら回りますが、出荷するすべての製品に付いて回るとなれば話が変わります。

デジタル製品パスポート対応2026|EU輸出で問われる製品データ - figure 3

デジタル製品パスポート対応の進め方|今やること、後でよいこと

ここまで読んで「やることが多すぎる」と感じたとしたら、それは正しい反応です。ただし、すべてを今すぐやる必要はありません。着手の順序には合理的な組み立て方があります。

第1段階 — 自社が対象になるかの見極め

最初にやるべきは、システムの検討ではなく対象判定です。次の問いに答えられれば、緊急度が決まります。

  • EU向けに出荷している製品は、直接輸出か、それとも国内の商社や客先を経由してEUへ渡っているか
  • その製品は電池を含むか。含む場合、容量は2kWhを超えるか
  • 自社の製品カテゴリは、ESPRの優先カテゴリ(繊維、鉄鋼、アルミニウム、タイヤ、家具など)に該当する可能性があるか。電子・電気製品はこの第一波には含まれていない
  • 客先からすでにDPPやESPRに言及した調査票が届いているか

このうち電池に該当するなら、2027年2月18日という確定した期限が自社の時計になります。該当しないなら、委任規則の動向を追う立場です。この見極めをしないまま「とりあえずシステムを入れる」のが、最も費用が無駄になる進み方です。

第2段階 — データの棚卸しと欠損の可視化

次に、DPPで問われる4種類の情報について、自社の現状を一覧にします。ここで作るのは対策表ではなく、現状表です。

情報どこにあるか形式製品ロットと結びついているか
原材料の出所購買システム、納入伝票電子・紙が混在結びついていない場合が多い
GHG排出量電力の請求書、設備の計測値工場一括のことが多い結びついていない
再生材含有率サプライヤーからの申告書紙・PDF結びついていない
製造・検査履歴品質記録、製造日報電子・紙が混在結びついていることが多い

この表を埋めると、たいていの工場で「結びついていない」が3行並びます。それでよいのです。欠損が見えたことが、この段階の成果です。何が足りないかを言語化できていない状態で見積りを取っても、ベンダーごとに前提が違う提案が返ってきて比較になりません。

第3段階 — 識別子の設計と付番の統一

外部に出す識別子の体系を決めます。ここを先に固める理由は、後工程のすべてがこの識別子を軸に紐づくからです。粒度(個体かロットか)、桁の構成、既存の社内番号との対応関係、そして工場をまたいだときの一意性。この4点を決めて文書化します。

システム投資の前にこの設計を終えておくと、後からどのツールを選んでも移行できます。逆に、識別子の設計をベンダー任せにすると、そのベンダーの製品から離れられなくなります。

第4段階 — 上流サプライヤーへの照会

自社だけでは埋まらない情報、特に原材料の出所と再生材含有率について、一次サプライヤーへの照会を始めます。ここは時間がかかる工程です。相手も同じ課題を抱えており、即答は期待できません。

現実的な進め方は、全サプライヤーに一斉照会するのではなく、EU向け製品に使われている材料に絞って、金額または使用量の大きい順に着手することです。全部を同時に動かすと、回答の督促だけで担当者の工数が消えます。

第5段階 — 外部へ出す仕組みの整備

最後が、集めたデータを外部に提供する仕組みです。客先指定のプラットフォームに登録するのか、自社で参照先を用意するのかは、要求の形によって変わります。この段階まで来て初めて、システムの選定が意味を持ちます。

今やらなくてよいこと

逆に、現時点で急ぐ必要が薄いものも挙げておきます。

  • 自社カテゴリの委任規則が未採択の段階で、記載項目を先回りして完全に固めること。項目は確定していないため、作り込みが無駄になる可能性があります
  • 全製品・全ラインを一斉に対象にすること。EU向けの製品から始めれば足ります
  • 消費者向けの表示画面を作り込むこと。まず問われるのは客先と当局への提供です

優先すべきは、後から作れないデータを今から取り始めることの一点です。識別子の付番と、エネルギー使用量の工程別計測は、遡って復元できません。逆に、集めたデータをどう見せるかは後からでも変えられます。

EU輸出のトレーサビリティデータでつまずきやすい5点

最後に、実務で繰り返し問題になる箇所を挙げます。

  • 社内番号と客先番号の対応が人の頭の中にある。 品番の読み替え表がExcelで属人管理されていると、開示のたびに手作業が発生します
  • 先入先出しの運用があるだけで、投入ロットの記録がない。 原材料の出所を問われた瞬間に答えられなくなります
  • エネルギーの計測が工場一括。 製品単位のGHG排出量を出すための最低限の分解ができていません
  • 記録が紙とPDFで残っている。 存在はしていても、電子的に渡せません
  • サプライヤーからの申告書が更新されていない。 数年前の様式のまま保管され、現在の調達実態と一致していないケースがあります

いずれも、システムを導入すれば自動的に解決するものではありません。運用の側に穴があると、その穴はシステムに載せてもそのまま残ります。 順序としては、穴を可視化してから、埋める手段を選ぶことになります。

よくある質問(FAQ)

デジタル製品パスポートとは何ですか

製品に紐づいた電子的な情報の集合体で、原材料の出所、環境負荷、ライフサイクル性能といった情報を、識別子を通じて外部から確認できるようにする仕組みです。EUのESPR(持続可能な製品のためのエコデザイン規則、2024年発効)が枠組みを定めており、具体的な記載内容と適用時期は製品カテゴリごとの委任規則で決まります。社内保管を前提とする従来の品質記録とは異なり、外部への開示を前提に設計されている点が最大の違いです。

電池以外の製品はいつから対象になりますか

現時点で日付が確定しているのは電池だけです。電池規則(EU) 2023/1542により、2027年2月18日以降、EV用・産業用の2kWh超のバッテリーはパスポートなしにEU市場で流通させられません。繊維、鉄鋼、アルミニウム、タイヤ、家具などの優先カテゴリについては、委任規則の採択が2026年以降に本格化し、適用開始は2028年から2029年頃という見方が一般的です。電子・電気製品はこの第一波には含まれておらず、別枠の水平的要件として議論が進んでいる段階です。いずれにせよこれは見込みであり、確定した日付ではありません。自社カテゴリの委任規則が出るまで待つのではなく、電池で求められている情報を手がかりに準備を進めるのが現実的な構えです。

2026年7月にレジストリが稼働したと聞きましたが、もう対応が必要ですか

DPPの中央レジストリはESPR第13条に基づき、2026年7月19日までの設置が義務づけられ、2026年7月20日に稼働を開始しました。ただし、レジストリの稼働は即座に全製品へDPP義務が発生することを意味しません。対象製品、記載情報、適用時期は製品別の委任規則で個別に決まります。インフラができたことと、自社に義務が生じたことは別の話です。

デジタル製品パスポート対応にはどれくらい費用がかかりますか

一律の相場を示すことはできません。かかる費用は、現時点で何がどこまで電子化されているかによって大きく変わるためです。すでに製品ロットと投入材料が紐づいている工場では、外部提供の仕組みを足すだけで済むこともあります。一方、記録が紙で残っていてロットの紐付けもない状態からであれば、まずその土台を作るところから必要になります。費用の考え方と内訳についてはトレーサビリティ構築の費用と進め方で層別に整理しているため、そちらをご参照ください。見積りを取る前に、前段の「データの棚卸し」を済ませておくことをおすすめします。前提が揃っていない見積りは比較ができません。

当社は一次サプライヤーではなく二次・三次のサプライヤーです。それでも対応は必要ですか

必要になる可能性が高いと考えてください。EUの規則が直接義務を課すのはEU市場に上市する事業者ですが、その事業者は義務を果たすために供給元へ情報提供を求めます。要求は商流をさかのぼって降りてきます。二次・三次であっても、自社の材料や工程の情報が最終製品のパスポートの一部を構成する以上、照会は届きます。むしろ上流にいるほど照会が届くのが遅く、対応の猶予が短くなる傾向があります。

客先から調査票が届いていますが、これはDPP対応の一部ですか

その可能性があります。従来のグリーン調達調査票と様式が似ているため見分けにくいのですが、設問にESPRや電池規則、再生材含有率、GHG排出量といった語が含まれている場合は、規制対応を目的とした照会である可能性が高いです。どの規制に基づく照会かを記録して整理しておくと、後から同じデータを別様式で作り直す手戻りを減らせます。

まとめ

論点を整理します。

  • DPPはESPR(2024年発効)が枠組みを定める制度で、記載内容と時期は製品カテゴリごとの委任規則で決まります
  • ESPR第13条に基づく中央レジストリは2026年7月19日までの設置義務があり、2026年7月20日に稼働を開始しました。ただしレジストリ稼働は全製品への義務発生を意味しません
  • 唯一日付が確定しているのは電池です。電池規則(EU) 2023/1542により、2027年2月18日以降、EV用・産業用の2kWh超のバッテリーはパスポートなしでEU市場に流通させられません
  • 期限の基準は製造した日ではなくEU市場に上市される日です。期限前の作り置きで回避できる前提で計画を立てるのは危険です
  • 適合していない場合、税関での追加照会、通関手続きの遅延、EU市場への投入の制限につながり得ます。電池規則は加盟国に実効的で抑止力のある罰則を求めています
  • 電池パスポートは他カテゴリの先行事例として位置づけられており、原材料の出所、GHG排出量、再生材含有率、ライフサイクル性能という4種類の情報は、他カテゴリでも形を変えて問われる可能性があります
  • タイ・ベトナムの工場には、法的義務としてではなく、客先からの調査票、契約条項、システム連携という商流の要求として降りてきます
  • 準備の優先順位は、後から作れないデータ、すなわち識別子の付番と工程別のエネルギー計測から着手することです

DPP対応の本質は、工場の中に記録を積み上げることではなく、その記録を工場の外に出せる形にしておくことです。 保管と開示は別の設計であり、後者は前者の自然な延長ではありません。この違いに早く気づいた工場ほど、客先から要求が届いたときの助走距離が短くて済みます。

自社が対象になるのかどうかの見極め、手元のデータで何がどこまで答えられるのかの棚卸しは、システムを検討する前の段階でも進められます。TOMAS TECHはタイ・ASEANの日系製造業向けに、工場のデータ基盤づくりを支援しています。「客先から調査票が来たが何を答えればよいか分からない」「自社が対象なのかを整理したい」といった検討段階のご相談でも構いません。お問い合わせページからお気軽にご連絡ください。

参考情報

1. 欧州委員会 DPPレジストリ稼働の公式発表(2026年7月20日)

中央レジストリが2026年7月20日に稼働を開始したことの一次情報です。同発表はエコデザイン規則 (EU) 2024/1781 に言及し、大型バッテリーの一部について2027年2月18日という実施期限にも触れています。

European Commission Digital Product Passport Registry now live

2. DPP中央レジストリの設置期限

欧州委員会が2026年7月19日までに中央レジストリを設置する義務を負っていたことの参照元です。稼働の事実については上記1をご覧ください。

EU Digital Product Passport 中央レジストリの期限に関する解説

3. 輸出者・輸入者から見たDPPレジストリ稼働の意味

2026年7月がインフラ側の節目であって全製品共通の適合期限ではないこと、税関当局が必要なパスポートの登録状況を照会できるようになること、情報の欠落や不一致が追加照会・通関の遅延・市場投入の制限につながり得ることの出典です。

Solvira EU DPPレジストリと輸出者・輸入者への影響

4. ESPR(持続可能な製品のためのエコデザイン規則)の概要

ESPRが2024年に発効したこと、DPPを義務化する枠組みであること、優先製品カテゴリの委任規則が2026年以降に本格化し2028年から2029年頃の適用開始が見込まれることの参照元です。本文が挙げた優先カテゴリの例示は、このページと下記5をあわせて参照しています。

BLUE DOT GREEN ESPR解説

5. ESPR規則下のデジタル製品パスポートの解説

DPPの基本的な考え方、ESPRとの関係、製品別の委任規則で記載内容が決まる構造の参照元です。

EY ESPR規則下のDPP

6. バッテリー向けデジタル製品パスポートの実務解説

EU市場に上市されるEV用バッテリーおよび2kWh超の産業用バッテリーが2027年2月18日までにデジタルパスポートを備えなければならないこと、記載される原材料の出所・GHG排出量・再生材含有率・ライフサイクル性能といった情報項目、罰則が実効的かつ比例的で抑止力のあるものでなければならないこと、そして電池パスポートがESPR下のすべてのDPPが従う技術的な下敷きになることの出典です。

Bluestone PIM Digital Product Passport for batteries

7. バッテリーパスポートの制度概要

電池規則 (EU) 2023/1542に基づき、容量2kWh超の産業用バッテリーが2027年2月18日から電子的な記録を備える必要があること、データキャリアまたは固有識別子を通じてアクセスする形式であることの参照元です。

Battery passport (Wikipedia)

8. 電池規則と日系輸出企業への影響

欧州市場へ輸出する日系企業のうち電池規則の影響を受けるのが電機・電子機器メーカーや自動車関連企業を中心に数百社規模と推定されること、トヨタ自動車やパナソニックといった大手が対応を進める一方で中小企業には大きな負担となるとされることの出典です。なお本文の「タイ・ベトナム拠点」という文脈は、この日系企業全体の推計を当社が現地サプライチェーンに引き付けて論じたものであり、出典が拠点別の内訳を示しているわけではありません。

rechroma 電池規則の解説

9. KPMG 欧州デジタル製品パスポート準備状況調査(2026年、欧州70社以上対象)

DPP対応の認知度、ガバナンス、データ準備状況、サプライヤー関与、システム対応、戦略的優先度に関する調査です。本記事では具体的な割合の数値は引用せず、多くの企業が対応計画を持てていないと指摘されている、という趣旨でのみ参照しています。

KPMG European Digital Product Passport Readiness Survey

KPMG Japan EU規則とDPPに関する解説

10. GS1 Sunrise 2027

2027年末までに小売のPOSが1次元バーコードとGS1準拠の2次元コード(GS1 QR、GS1 DataMatrix)の双方を読めるようにする業界イニシアチブであること、2次元コードにGTINに加えて賞味期限・バッチ番号・シリアル番号・重量を格納できることの出典です。

GS1 US Sunrise 2027