「AIを導入したはずなのに、現場では誰も使っていない」。タイでこうした声が出るとき、原因はツール選定より前の段階、つまりパートナー選びにあることが少なくありません。バンコクでAI会社を探すと、ローカルのスタートアップから外資系の大手コンサル、日系製造業向けのSIerまで、性格のまったく異なる企業が同じ検索結果に並びます。本記事では、契約実務の細部に入る前に押さえておきたい「バンコクという都市でAI会社を比較するときの見方」を、2026年の投資・政策動向とあわせて整理します。

なぜ「選定基準」から話を始める必要があるのか
BigGoファイナンスは、タイの職場でのAI導入速度が世界2位に浮上した一方で、国民の大多数は依然としてこの技術を活用できていないと報じています。チャットボットを1つ入れた、生成AIのアカウントを配った、といった段階で止まり、業務プロセスや意思決定そのものは変わっていない。この状態は、導入した企業側の熱意が足りないから起きるとは限りません。むしろ、最初に組んだ相手の得意分野と、自社が本当に解きたかった課題がずれていたことのほうが、原因として多く見受けられます。
AIの導入プロジェクトは、システム開発の中でも「発注側が仕様を書ききれない」度合いが特に高い領域です。何ができるのかを完全に把握してから発注できる企業はほとんどなく、実務上は「相手が何を提案してくるか」に依存します。だからこそ、提案内容そのものを評価する前に、その提案を出してくる会社がどういう性格の組織なのかを見極める作業が必要になります。バンコクにはAI会社が数多く存在しますが、数が多いことは選びやすさを意味しません。むしろ、似た見た目のウェブサイトが並ぶほど、判断の軸を自分で持っていないと選べなくなります。
本記事では、その判断軸を「バンコクという立地の特性」から組み立てます。契約類型の選び方、見積の内訳の読み方、検収条件、知的財産の権利帰属といった契約実務の詳細については、別記事のAI開発会社の選び方2026で扱っていますので、そちらとあわせてお読みください。この記事が扱うのは、その手前にある「候補企業をどう絞り込むか」という段階です。
バンコクにAI会社が集積する理由
まず、なぜバンコクにこれだけAI関連の企業が集まっているのかを押さえておきます。背景を知っておくと、目の前の会社が「勢いのある市場に最近参入したプレイヤー」なのか「以前から地道に積み上げてきた会社」なのかを見分けやすくなります。
職場でのAI導入速度が世界2位という位置づけ
BigGoファイナンスの報道によれば、タイは2026年、職場におけるAI導入の速度で世界2位に浮上したとされています。タイのホワイトカラー相当のデータワーカーにおけるAI利用率は32%に到達したとされています。
この数字は、AI会社にとっては需要が実在することの証拠になり、発注側にとっては「社内の抵抗が思ったより小さいかもしれない」という示唆になります。日系企業の現地法人でよく聞かれる懸念に「タイ人スタッフがAIを使いこなせるだろうか」というものがありますが、少なくとも統計上は、ローカルスタッフのほうが日本本社より先にAIを日常業務で使っている可能性すらあります。導入の障壁を現場のリテラシーに求める前に、実態を確認する価値はあります。
ただし、利用率が高いことと成果が出ていることは別です。前述の「表面的な活用」という指摘は、まさにこの利用率の高さと成果の乏しさのギャップを問題にしています。個人が生成AIを使うことと、組織として業務プロセスにAIを組み込むことの間には、大きな断絶があります。
国民500万人への生成AI無料開放という政策
時事通信の報道によると、タイ政府は2026年8月、国民500万人に生成AIを無料で開放する施策を発表し、登録が相次いでいると伝えられています。総額はおよそ77億円規模とされ、AI普及率を2027年中に20%超へ引き上げる目標が掲げられています。
国が予算を投じて生成AIへのアクセスを広く配るという、規模の大きな施策です。この動きが企業のAI導入に与える影響は、直接的には二つあります。一つは、AIツールに触れたことのある人材の母数が急速に増えること。もう一つは、AI関連の事業を手がける企業にとって、政策的な追い風が明確になったことです。
発注側の視点で言えば、この施策は「AIを触ったことがある人が社内に増える」という前提条件の変化を意味します。研修コストが下がる一方で、「個人で使えること」と「業務システムとして運用できること」を混同した期待が社内に生まれやすくもなります。この期待値の調整は、AI会社を選ぶ前に社内で済ませておくべき作業です。タイ全体のAI導入をめぐる論点は、タイのAI導入2026でも整理しています。
国家AI戦略とAI Thailand Roadmap
タイの国家AI戦略・行動計画は2022年から2027年を対象期間とし、AIガバナンス、AIインフラ、AI人材育成、AI研究開発、AI導入促進という5本の柱で構成されていると報じられています。またデジタル経済社会省(MDES)傘下のDEPAが2024年から「AI Thailand Roadmap」を展開し、2030年までにAI専門人材10万人の育成を目標に掲げているとされています。
これらは複数の解説記事を横断した要約であり、一次資料そのものではないため、細部の数値については確認が必要です。ただし方向性としては、タイ政府がAIを一過性のブームではなく中長期の産業政策として扱っていることが読み取れます。人材育成に目標値を置いているという点は、発注側にとって現実的な意味を持ちます。今は人材が希少でも、数年単位では供給が増える見込みがあるということです。逆に言えば、現時点でAI人材を抱えている会社は、それ自体が競争優位であり、価格にも反映されます。
BOIの優遇対象拡大とデジタル分野への投資申請
タイ投資委員会(BOI)の動きは、バンコクにAI関連企業が集まる理由として最も直接的です。unimonの解説によれば、2026年はクラウド・データセンター・AI関連分野への投資申請が過去最高水準にあり、2026年第1四半期だけでデジタル分野の投資申請額が870億バーツを超えたとされています。
さらに、量子コンピューティング、高度ロボティクス、生成AIを含む新しいAI・自動化のサブカテゴリーが追加され、優遇の対象範囲が広がったと報じられています。BOIの優遇制度は、対象として認定された事業に対して条件付きで投資を後押しする仕組みであり、対象範囲が広がったことは、AI関連の投資を検討する企業にとって投資判断そのものを変えうる要素になります。
ここで重要なのは、この優遇制度が「AI会社の側」だけでなく「AIを導入する製造業の側」にも関係しうるという点です。詳しくは後述しますが、自社の設備投資やシステム投資がBOI優遇の枠組みに乗るかどうかを理解しているベンダーと、そうでないベンダーとでは、提案の質が変わります。
日系企業のASEAN拠点としてのバンコク
デジマ・ジャパンの解説によれば、タイは日本企業のASEAN拠点として引き続き人気が高く、2020年代以降はIT・デジタルサービス・スタートアップ分野の進出が特に増えているとされています。従来の製造業中心の進出構造に、デジタル系の企業が重なってきたという構図です。
この二層構造が、バンコクのAI市場を特徴づけています。製造業の現場が集積していること、そこに向けたITサービスの供給側も集積していること。この両方が同じ都市圏にあるため、「工場の現場課題を理解しているAIベンダー」が成立しうる環境になっています。シリコンバレー型のAIスタートアップ集積とも、日本の都市部のSIer集積とも違う、バンコク固有の構造です。
バンコクのAI会社は大きく3タイプに分かれる
TechBehemothsのような海外のITベンダーディレクトリでバンコクのAI企業を検索すると、多数の企業が掲載されています。グローバルなITソリューション企業から、AI自動化に特化した専業ベンダー、ローカルのスタートアップまで、規模も出自もばらばらです。この一覧をそのまま眺めても比較にはなりません。まず、性格の違いで大きく3つに分類することをおすすめします。
タイプ1 ローカルAIスタートアップ・AI専業ベンダー
タイ資本、あるいはタイを本拠地とする少人数〜中規模の技術系企業です。機械学習モデルの構築、コンピュータビジョン、生成AIを使った業務自動化など、特定の技術領域に強みを持つケースが多く見られます。
強みは、技術的な提案の切れ味と価格競争力、そして意思決定の速さです。経営者自身がエンジニアであることも多く、技術的な相談に対する反応が速い。PoC(概念実証)の段階では非常に組みやすい相手です。
一方の弱みは、日本語対応の体制が薄いこと、製造業の業務知識が限定的なこと、そして組織としての継続性リスクです。担当エンジニアが1人辞めると、プロジェクトが止まる規模の企業も珍しくありません。また、稼働後の保守運用を長期にわたって提供する体制を持たない場合があり、「作れるが、面倒を見続けられない」という結果になりやすい点に注意が必要です。
タイプ2 グローバル展開する外資系ITコンサル・開発会社
複数国に拠点を持ち、バンコクにもデリバリー拠点や営業拠点を構えている企業群です。オフショア開発を主軸とする企業から、戦略コンサルティングを含む総合型まで幅があります。
強みは、方法論の整備と品質管理プロセス、そしてリソースの厚みです。人員が足りなければ他国の拠点から補充できるため、大規模なプロジェクトにも耐えます。セキュリティやコンプライアンスに関する社内基準が整っていることも多く、本社の情報システム部門を説得する材料が揃いやすい。
弱みは、コストの高さと、タイ現地の事情への解像度です。バンコク拠点が営業窓口に過ぎず、実際の開発は別国で行われるケースでは、工場へのオンサイト対応が現実的に難しくなります。また、標準化された方法論は大企業向けに最適化されていることが多く、現地法人の規模感に対して重すぎる進め方になることがあります。
タイプ3 日系製造業支援に強いSIer
日系企業の現地法人を主な顧客とし、生産管理システムやエネルギー管理システム、FA・自動化設備、IoTによる現場データ収集などを手がけてきた企業群です。近年、その延長線上でAI活用の支援に取り組むケースが増えています。TOMAS TECHもこの類型に属します。
強みは、製造現場の業務知識と、日本語での意思疎通、そして工場へ足を運ぶことを前提とした体制です。「設備からデータをどう取るか」「既存の生産管理システムとどうつなぐか」といった、AI以前の泥臭い部分に土地勘があります。AIプロジェクトが頓挫する原因の多くは、モデルの精度ではなくデータが取れないことにあるため、この土地勘は実務的な価値を持ちます。
弱みは、最先端のAI研究に近い領域では専業ベンダーに劣ること、そして規模が中小であることが多い点です。汎用的な大規模言語モデルの研究開発そのものを求める案件には向きません。
3タイプの比較
3つのタイプの特徴を、発注側の関心事に沿って並べると次のようになります。
| 比較軸 | ローカル専業ベンダー | 外資系ITコンサル | 日系製造業向けSIer |
|---|---|---|---|
| 技術的な尖り | 高い | 中〜高 | 中 |
| 日本語での意思疎通 | 限定的 | 拠点により差が大きい | 対応可能なことが多い |
| 製造現場の業務知識 | 限定的 | 業種特化チーム次第 | 厚い |
| 工場へのオンサイト対応 | 距離と体制次第 | 難しい場合がある | 前提としていることが多い |
| 価格水準 | 相対的に低い | 高い | 中間 |
| 長期の保守運用 | 体制が薄い場合あり | 契約すれば安定 | 継続前提の設計 |
| 大規模案件への耐性 | 限定的 | 高い | 案件規模による |
この表は優劣ではなく性格の違いを示すものです。研究開発色の強いテーマならタイプ1、全社規模の基幹刷新ならタイプ2、工場の現場改善からAIに入るならタイプ3、といった具合に、課題の性質で向き不向きが変わります。どのタイプに相談すべきか迷う段階であれば、AI導入の相談先ガイド2026で相談先の類型を整理していますので参考にしてください。
発注前に見る5つの基準
タイプの見当がついたら、個別企業の評価に進みます。バンコクという立地で見るべき基準を5つに絞りました。技術力や開発実績の件数といった一般的な項目ではなく、バンコクで発注するからこそ効いてくる観点を選んでいます。

基準1 日本語対応の水準と時差2時間という条件
日本語対応と一口に言っても、実際には水準が分かれます。営業担当だけが日本語を話し、技術的な打ち合わせは英語になるケース。日本人がプロジェクトマネージャーとして入るが、開発チームとの間に翻訳が挟まるケース。技術者自身が日本語で議論できるケース。この3つは、プロジェクトの進み方がまったく違います。
確認すべきは肩書きではなく、「仕様の齟齬が発生したとき、誰と誰が何語で話して解決するのか」という具体的な経路です。AIプロジェクトでは、期待する出力の定義や、業務用語の解釈といった、曖昧さを含む議論が頻発します。ここで翻訳が挟まると、齟齬の発見が数日遅れます。
時差についても触れておきます。タイと日本の時差は2時間で、営業時間はほぼ重なります。この点はバンコク拠点のベンダーに発注する大きな利点で、日本本社を巻き込んだ三者打ち合わせが無理なく設定できます。欧米やインドのオフショア拠点と比べたとき、この「同じ日のうちに議論が完結する」性質は、仕様が固まりきらないAI案件で特に効きます。
基準2 工業団地からの距離とオンサイト対応力
バンコク都心にオフィスを構えるAI会社は多くありますが、日系製造業の工場はアユタヤ、ラヨーン、チョンブリ、パトゥムターニーといった周辺県の工業団地に立地しています。都心のオフィスから工場までは、渋滞を考慮すると片道で数時間かかることも珍しくありません。
この距離が、AIプロジェクトでは実務上の制約になります。設備からデータを取得する工程では、現場の配電盤や制御盤を実際に見ないと判断できないことが数多くあります。既存の生産管理システムとの接続でも、サーバー室に入って構成を確認する必要が生じます。リモートで完結する前提で見積もられた案件が、現地確認の往復で工数超過を起こす。これは実際によくある展開です。
確認したいのは次の点です。工場への訪問は見積に含まれているのか、それとも都度の追加費用なのか。トラブル発生時に何時間以内で現地に人を出せるのか。過去に周辺県の工業団地で稼働させた実績があるのか。「対応可能です」という回答だけでなく、過去の対応実績を具体的な移動時間の話として聞くと、体制の実態が見えます。
基準3 BOI優遇の理解と活用実績
前述のとおり、BOIはAI・自動化分野の優遇対象を拡大しています。ここで問われるのは、ベンダーがこの制度を理解しているかどうかです。
理解しているベンダーは、提案の組み立て方が変わります。どの設備・ソフトウェアが優遇の対象になりうるのか、申請に必要な資料をどう揃えるのか、投資計画の区切り方をどうすると申請しやすいのか。こうした点を踏まえた提案は、同じ機能を実現する場合でも、発注側の実質負担を変えます。
逆に、BOIの話題が一度も出てこないベンダーは、日系製造業の投資判断の文脈を理解していない可能性があります。もちろんBOI申請そのものはベンダーの業務範囲外であることが多く、専門のコンサルタントや会計事務所が担当します。それでも、「この投資はBOIの枠組みで検討されていますか」という問いを提案の初期に投げてくるかどうかは、相手の経験値を測る良い指標になります。
なお、BOI優遇の適用可否は個別の事業内容と申請時点の制度によって判断されるため、この記事の内容だけで結論を出さず、必ず専門家に確認してください。
基準4 製造業・日系工場での実績と業界理解
AIの技術力と、製造現場の理解は別の能力です。そして多くのAIプロジェクトは、後者の不足で失敗します。
具体的に何が違うのかを挙げると、まずデータの実態です。製造現場のデータは、想定より遥かに汚れています。設備ごとにタイムスタンプがずれている、記録が欠測している、同じ項目が担当者ごとに違う表記で入力されている。こうした前提を知っているベンダーは、データ整備の工程を最初から見積に入れます。知らないベンダーは、モデル構築の工数だけを見積もり、後から前処理で工数を超過させます。
次に、現場運用の制約です。ラインを止められる時間は限られており、作業者にタブレット入力を1つ増やすだけでも合意形成が必要です。この制約を織り込まない提案は、技術的に正しくても導入できません。
確認の仕方としては、実績社数を聞くよりも、「過去のプロジェクトでデータ取得に苦労した具体例を1つ教えてください」と聞くほうが有効です。答えの具体性で、現場に入った経験の有無がはっきり分かります。
基準5 契約形態と検収条件の提示力
最後は契約です。AIプロジェクトは、成果物の定義が難しいという性質上、契約形態の選び方が結果を大きく左右します。請負にするのか準委任にするのか、PoCと本開発を分けるのか、精度の目標値を検収条件に入れるのか。ここが曖昧なまま進むと、「動いてはいるが期待した精度が出ない」という状態で双方が身動きできなくなります。
良いベンダーは、こちらが聞く前にこの話を持ち出します。「この段階は準委任で、成果が確認できたら次の段階を請負で」といった区切り方を提案し、検収の基準についても具体案を示す。逆に、契約形態の話を避けて総額だけを提示してくるベンダーは、後の紛争リスクが高いと考えたほうがよいでしょう。
契約類型の選び方、見積の内訳をどう分解して読むか、検収条件の書き方、生成物の権利帰属をどう定めるかといった実務の詳細は、AI開発会社の選び方2026で体系的に整理していますので、契約段階に入る前に目を通しておくことをおすすめします。
初回面談で聞くべき質問リスト
5つの基準を、実際の面談で使える質問の形に落とし込みます。初回の打ち合わせは提案を聞く場と思われがちですが、聞く側が主導権を持って質問すると、得られる情報量が大きく変わります。

体制と言語について聞くこと
- 技術的な議論をする場面で、日本語を話すのはどの役割の人ですか
- 開発を担当するエンジニアと直接話す機会はありますか
- プロジェクト期間中、担当者が変わる可能性はどの程度ありますか
- 日本本社を交えた打ち合わせの実施経験はありますか
- 日本語のドキュメントは、どこまでの範囲で提供されますか
現場対応について聞くこと
- 自社の工場所在地まで、片道どれくらいの移動時間を想定されますか
- 現地訪問は見積のどこに含まれていますか
- 稼働後に不具合が出た場合、現地対応までの目標時間はどれくらいですか
- 周辺県の工業団地で稼働させた案件はありますか
- 現地確認が想定より増えた場合、費用はどう扱われますか
データと前提条件について聞くこと
- このテーマを実現するために、最低限どんなデータが必要ですか
- そのデータが揃っていなかった場合、どういう進め方になりますか
- データの前処理・整備は見積のどの項目に入っていますか
- 過去の案件で、データ取得に苦労した具体例を教えてください
- 学習に使ったデータや生成物の権利関係は、どう整理されますか
費用と契約について聞くこと
- 見積は、どの単位で分解して提示していただけますか
- PoCと本開発は分けて契約できますか
- 検収の合格条件は、どのような形で定義されますか
- 想定より精度が出なかった場合、どういう扱いになりますか
- 稼働後のライセンス費用・クラウド利用料は誰が負担しますか
運用と保守について聞くこと
- 納品後の保守は、どこまでが標準で、どこからが別契約ですか
- モデルの精度が時間とともに劣化した場合、再学習は誰が行いますか
- 社内で運用を引き取るための引き継ぎは想定されていますか
- 御社との契約が終了した後、システムは自社だけで維持できますか
- 過去に契約終了後、顧客が自社運用に移行した事例はありますか
これらの質問に対して、すべてに完璧な答えが返ってくる必要はありません。むしろ「その点は現時点では分かりません、確認します」と正直に答えるベンダーのほうが、すべてに即答するベンダーより信頼できることがあります。見るべきは答えの内容より、答え方の誠実さと具体性です。
比較でよくある落とし穴
複数社を比較する段階で起きやすい失敗を整理します。どれも、後から振り返れば当たり前に見える話ですが、進行中は気づきにくいものばかりです。
落とし穴1 総額の安さだけで比較する
最も多い失敗です。3社から見積を取り、一番安い会社を選ぶ。この判断が危ういのは、AIプロジェクトの見積が「同じものを見積もっていない」場合が多いためです。
安い見積は、多くの場合、データ整備の工程が含まれていない、現地訪問が別費用になっている、保守が含まれていない、といった理由で安くなっています。契約後に「それは範囲外です」という会話が繰り返され、最終的な総額は高い見積を上回ることも珍しくありません。
対策は、見積の粒度を揃えることです。各社に同じ内訳項目で提示するよう依頼し、含まれていない項目を明示させる。この一手間で、比較が成立します。
落とし穴2 オンサイト対応を軽視する
「クラウドで動くシステムだから、現地に来る必要はないはず」という前提は、工場を対象とする案件ではほぼ成り立ちません。データの発生源が物理的な設備である以上、どこかで現場を見る必要が生じます。
特に見落としやすいのが、稼働後です。データが飛んでこなくなった、値がおかしい、といったトラブルの原因は、ネットワーク機器やセンサーの物理的な問題であることが多く、リモートでは切り分けられません。このとき現地に来られるかどうかが、復旧までの時間を決めます。
落とし穴3 PoCの成功を本番の成功と見なす
PoCは、限られたデータと限られた条件で、技術的な実現可能性を確かめる工程です。ここで良い結果が出ることと、本番環境で継続的に価値を出すことの間には、大きな隔たりがあります。
PoCでは、きれいに整理されたデータを使い、専門家が張り付いて運用します。本番では、汚れたデータが自動で流れ込み、専任者はいません。PoCの精度が本番で維持される保証はどこにもありません。
比較の段階では、「PoCから本番移行に至った案件の割合」や、「移行時にどんな問題が起きたか」を聞いてみることをおすすめします。実績のあるベンダーは、この質問に具体的な失敗談を交えて答えます。
落とし穴4 「AIでできます」を検証しないまま進む
生成AIの登場以降、多くのことが「AIでできる」と表現されるようになりました。しかし、できることと、実用に耐える精度で安定してできることは違います。
判断の材料として有効なのは、「精度が出なかった場合の代替案」を聞くことです。誠実なベンダーは、AIで解けない部分をルールベースの処理で補う、人が最終確認する工程を残す、といった現実的な設計を最初から想定しています。「AIで全部解決します」という提案は、技術的な自信ではなく、検討の浅さの表れであることが多いのです。
落とし穴5 社内の受け皿を用意しないまま発注する
これはベンダー側の問題ではなく、発注側の問題です。AIシステムは、納品されて終わりではありません。データの品質を維持し、出力を業務判断に反映し、必要に応じて再学習の判断をする。この役割を担う人が社内にいないと、システムは早い段階で使われなくなります。
冒頭で触れた「表面的な活用」から抜け出せない状況の多くは、この受け皿の不在に起因します。誰が使うのか、誰が結果に責任を持つのか、誰がベンダーとの窓口になるのか。この3点を決めてから発注すると、プロジェクトの成功率は目に見えて変わります。
よくある質問
バンコクのAI会社の費用相場はどれくらいですか
一律の相場を示すのは適切ではありません。同じ「AI導入」という言葉でも、既存ツールの設定と教育で完結する案件と、独自のモデルを構築して既存システムに組み込む案件では、桁が変わります。
代わりに、比較のための考え方をお伝えします。見積を受け取ったら、まず費用を「初期構築」「データ整備」「既存システム連携」「クラウド等の運用費」「保守サポート」の層に分解してください。この5層のうち、どこが厚く、どこが薄いかを見ると、その会社が何を得意としているかが読み取れます。データ整備の工数がゼロに近い見積は、その工程を発注側が担う前提になっているか、単に見落としているかのどちらかです。
また、3年間の総保有コストで比較することをおすすめします。初期費用だけで比べると、ライセンス費用やクラウド利用料が毎年かかる構成が有利に見えてしまいます。
日本語対応のAI会社はバンコクに多いですか
「日本語対応可能」を掲げる会社は一定数ありますが、その水準には幅があります。営業窓口のみ日本語という会社から、技術者が日本語で議論できる会社まで、実態は大きく異なります。
日系製造業向けのSIerを中心に、技術レベルでの日本語対応を持つ会社は存在します。一方、AI専業のローカルベンダーやグローバル系の開発会社では、英語が基本になることが多いのが実情です。英語での進行が問題ないチームであれば選択肢は大きく広がりますので、まずは自社の体制として英語で仕様議論ができるかを整理してから、候補の範囲を決めるとよいでしょう。
バンコクの会社と日本の会社、どちらに頼むべきですか
タイの工場を対象とした案件であれば、現地に体制を持つ会社が有利です。理由は、現場に行けること、時差が2時間で営業時間がほぼ重なること、タイの規制や商習慣を理解していること、そしてタイ人スタッフとの直接のコミュニケーションが取れることです。
一方、日本本社の基幹システムと密接に関わる案件や、グループ全体の標準を定める性質の案件では、日本側のベンダーが主導し、現地の作業を現地ベンダーが担う分担が機能します。「どちらか」ではなく、案件の重心がどこにあるかで決めるのが現実的です。
なお、日本の会社に発注してタイの工場を対象とする場合は、現地訪問の頻度と費用、そして緊急時の対応をどうするかを契約前に必ず詰めてください。この部分が曖昧なまま進むと、稼働後に困ります。
小さく始めたいのですが、どこから相談すればよいですか
テーマが決まっていない段階でも相談は可能です。むしろ、テーマを決めてから相談すると、そのテーマがAIに向いているかどうかの検証が飛ばされてしまいます。
現実的な進め方としては、まず自社の業務の中で「判断に時間がかかっている工程」「経験のある人にしかできない工程」「同じ作業を繰り返している工程」を洗い出し、その一覧を持って複数社に相談する形をおすすめします。同じ一覧に対して各社がどこを選び、どう提案してくるかを比べると、それ自体が優れた比較材料になります。
まとめ
バンコクでAI会社を探すとき、検索結果に並ぶ企業の数は判断を助けてくれません。必要なのは、自分の側に比較の軸を持つことです。
2026年のタイは、職場でのAI導入速度が世界2位に浮上し、データワーカーのAI利用率が32%に達したと報じられています。政府は国民500万人への生成AI無料開放という大規模な施策を打ち出し、BOIはAI・自動化分野の優遇対象を拡大しました。市場としての勢いは本物です。しかし同時に、AIの活用が表面的なところで止まっているという指摘もあり、勢いがそのまま成果に結びついているわけではありません。
バンコクのAI会社は、ローカル専業ベンダー、外資系ITコンサル、日系製造業向けSIerという3つの性格に大きく分かれます。どれが優れているかではなく、自社の課題がどのタイプに合うかで選んでください。そのうえで、日本語対応の水準、工業団地からの距離とオンサイト対応力、BOI優遇への理解、製造業での実績、契約形態の提示力という5つの基準で個別企業を評価する。この順序で進めれば、比較は現実的な作業になります。
そして、比較の前に社内で決めておくべきことがあります。誰が使い、誰が責任を持ち、誰が窓口になるのか。この受け皿があるかどうかが、どのベンダーを選ぶかと同じくらい、結果を左右します。
TOMAS TECHは、タイ・ASEANで操業する日系製造業向けに、生産管理・エネルギー管理システムやFA自動化、AI活用の導入支援を行っています。工業団地への訪問を前提とした体制で、日本語での仕様検討からデータの取得設計、既存システムとの接続まで対応しています。テーマがまだ固まっていない、そもそもAIで解ける課題なのか判断がつかない、他社の提案を受けたが妥当性が分からない、といった検討段階のご相談でも構いません。現場の課題を並べるところからご一緒できますので、お問い合わせはこちらからお気軽にお声がけください。