「ランプは点いている。でも誰も来ない」。タイの日系工場でアンドンシステムを見せていただくと、導入から半年ほど経った現場でこの状態によく出会います。装置は壊れていません。壊れているのは、何色が何を意味するのか、何分放置したら色を上げるのか、誰が動く約束なのか、というルールのほうです。この記事ではアンドンを「表示器を買う話」ではなく「信号の意味を設計する話」として扱い、ルール設計を省いたときに投資回収がどう変わるかを、タイのモデル工場を前提に数字で比べます。
アンドンとは|色のルールと生産ライン見える化の基本の仕組み
アンドンとは、生産ラインの状態を色や表示で示し、異常が起きたときに周囲へ知らせる仕組みのことです。語源は日本語の「行灯」で、トヨタ生産方式のなかで「異常があれば人が機械を止め、止まったことを全員が見て分かる状態にする」という思想とともに広まりました。英語圏でもそのまま andon と呼ばれ、ビジュアルマネジメントの代表的な手法として扱われています。
仕組みとしては、たった3つの要素しかありません。起動(誰が、何をきっかけに色を出すか)、表示(何が、どこから見えるか)、応答(誰が、どれだけの時間で現場へ行くか)です。タワーランプ、天井から吊るす大型の表示ボード、紐やボタン、最近ではタブレットや設備からの自動検知まで、ハードウェアの選択肢は増えましたが、この3要素の構造は変わりません。

色の構成は工場によって差がありますが、一般には緑・黄・赤の3色を基本とし、これに白を加えた4色前後で組み立てられます。緑は正常稼働、黄は要注意(消耗品の交換時期が近い、材料の残量が少ないなど)、赤は異常または停止です。白を加える場合は品質確認中や検査待ちを割り当てます。3色を基本とする説明はアンドン – Wikipediaに、白を含む4色構成の説明はアンドン導入で生産ラインを見える化!にあります。
ただし、ここで止まってはいけません。色の一覧を決めただけでは、アンドンは動かないからです。実際に必要なのは、次のような一枚の表です。
| 色 | 意味 | 起動のきっかけ | 一次対応者 | 対応開始の約束 |
|---|---|---|---|---|
| 緑 | 正常稼働 | 常時(他の色が出ていない状態) | なし | なし |
| 白 | 品質確認中・検査待ち | 作業者が判定に迷ったとき | 品質担当 | 15分以内 |
| 黄 | 要注意・支援要請 | 材料残量、消耗品の交換時期、能率低下 | ライン班長 | 5分以内 |
| 赤 | 異常・ライン停止 | 設備停止、安全事象、黄が15分続いたとき | 班長と保全担当 | 即時 |
この表のうち、多くの工場が持っているのは左から2列目までです。3列目以降、つまり「何が起きたら出すのか」「誰が行くのか」「どれだけで行くのか」が紙になっていないまま運用が始まります。そして、この3列こそがアンドンの効果を決めます。
見える化の効果自体は、国内でも事例が積み上がっています。前掲のウイングアーク1stの記事では、トヨタ自動車東日本が紙帳票のデジタル化と組み合わせて現場の状態を可視化した例、東洋製罐が複数工程をまとめて見える化することで少人数での稼働を実現した例、富士通アイ・ネットワークシステムズで常時配置していた作業者が3名から2名になった例が紹介されています。いずれも共通しているのは、表示器そのものではなく、表示された情報にどう反応するかを組織として決めた点です。同記事は運用のポイントとして「社内で統一したルールを策定して共有し、周知しておくことが大切」であること、そして「視認性が高い位置に設置」することを挙げています。設置位置は工事の話ですが、ルールの策定と周知は工事では買えません。
なぜ「ランプを付けただけ」のアンドンは半年で使われなくなるのか
導入から数か月で使われなくなるアンドンには、共通した壊れ方があります。ハードウェアの故障ではありません。5つのパターンに整理できます。
第一に、黄と赤の境界が人によって違う場合です。ある作業者は少しでも不安があれば赤を出し、別の作業者は本当に止まるまで何も出さない。すると管理側から見た点灯データは、ラインの状態ではなく作業者の性格を表す数字になります。データが信用できなくなると、管理側は見なくなります。管理側が見なくなると、現場も出さなくなります。
第二に、呼んでも来ない場合です。黄を出したのに20分誰も来なかった、という経験を1回すると、作業者は次から出しません。出しても意味がないからです。ここで効いているのは対応者の怠慢ではなく、「黄が出たら誰が行くのか」が決まっていないことです。全員の仕事は誰の仕事でもない、という古い言葉のとおりです。
第三に、点けると怒られる場合です。赤を出したら「なぜ止めた」と詰められた、という経験も同じ結果を生みます。アンドンは元来、止める権限を作業者に渡す仕組みです。権限を渡していないのに装置だけ配ると、作業者にとっては自分を告発するボタンになります。
第四に、色が増えすぎる場合です。良かれと思って青・紫・点滅パターンまで増やしていくと、現場は色の意味を思い出す時間が必要になります。1秒で読めない信号は、信号として機能しません。実務的には4色前後、多くても5色が上限です。
第五に、記録が残らない場合です。点灯の履歴が残っていないと、「先月いちばん多かった黄の原因は何か」という問いに答えられません。答えられなければ改善のネタが出てきません。改善につながらない仕組みは、そのうち誰も気にしなくなります。
ここで、健全な減り方と不健全な減り方を区別しておく必要があります。海外の実装ガイドであるHow to Implement an Andon Systemは、稼働頻度が導入初期の1日45〜60回程度から、安定後には1日20〜30回程度に収束していくと紹介しています。これは真の問題が潰れていった結果としての減少で、健全です。問題は、頻度が減っているのに不良も停止も減っていない場合です。この場合、減っているのは問題ではなく「報告」です。点灯履歴と、不良率や停止時間を並べて見る癖をつけておくと、この2つを取り違えずに済みます。
5つのパターンをもう一度並べると、いずれも表示器の性能とは無関係だと分かります。境界の定義、対応者の指名、権限の付与、色数の制約、履歴の記録。すべてルールの側の話です。だからこそ、アンドンの成否はランプのカタログスペックではなく、ルールを設計する工程に予算を割いたかどうかで決まります。
アンドンが担う範囲|「意味を決める」設計と「届ける」設計は別物
アンドンの話をしていると、必ず「それはスマートウォッチやスマホに飛ばす通知システムと何が違うのか」という質問が出ます。この2つは目的が違います。混ぜて考えると、どちらも中途半端になります。
通知システムが解こうとしているのは、到達の問題です。異常が起きたときに、現場にいない人(保全担当、生産技術、夜勤の管理者、日本本社)へどうやって確実に情報を届けるか。検知の層、到達の層、記録の層をどう組むかという設計になります。この論点は設備異常通知システムの設計で詳しく扱っているので、通知の仕組みそのものを検討している段階の方はそちらを読んでください。
対してアンドンが解こうとしているのは、意味の問題です。その場にいる人が、振り返った瞬間に状況を理解できるか。読む時間は1秒しかありません。だから色数は絞られ、色と対応の対応関係は暗記できる粒度でなければなりません。
| 観点 | アンドン(意味を決める設計) | 通知システム(届ける設計) |
|---|---|---|
| 解いている問題 | その場の全員が状況を1秒で読めるか | 現場にいない人へ確実に届くか |
| 主な受け手 | ライン上の作業者、班長、通りかかる管理者 | 保全、生産技術、夜勤管理者、遠隔の管理部門 |
| 設計の主対象 | 色数、点灯基準、エスカレーション時間、対応者の指名 | 検知条件、経路の冗長化、既読と再送、履歴の保存 |
| 主な評価指標 | 対応開始までの時間、点灯の質(誤報と見逃し) | 到達率、開封までの時間、鳴らしすぎによる無視 |
| 失敗の出方 | 誰も出さなくなる、誰も来ない | 鳴りすぎて全員が通知を切る |
実務では両方を使います。順序が大事です。まず色と基準を決めて、現場の中で意味が通じる状態を作る。そのうえで、その色が一定時間続いたら現場の外へ飛ばす、という接続にします。逆にしてはいけません。意味の決まっていない信号を遠隔へ大量に飛ばすと、受け手は数日で通知を無視するようになります。アンドンの第4層で決めた「黄が15分続いたら赤」という基準は、そのまま通知システムの発報条件として使えます。ルール設計は、通知システムを入れるときにも土台になるわけです。
アンドン導入費用の内訳|5層に分解する
ここから費用の話に入ります。以下はタイの日系工場を想定したモデル試算で、金額はすべてモデル工場の仮定値です。前提は、生産ライン20本、年間稼働250日とします。

アンドンの導入費用は、次の5層に分解できます。
| 層 | 内容 | 金額(THB) | 構成比 |
|---|---|---|---|
| 第1層 | 表示器本体(タワーランプ・大型表示ボード) | 480,000 | 33.3% |
| 第2層 | 起動装置(紐・ボタン・一部自動センサー検知) | 220,000 | 15.3% |
| 第3層 | 配線・通信 | 300,000 | 20.8% |
| 第4層 | ルール設計・色数設計・エスカレーション基準 | 260,000 | 18.1% |
| 第5層 | 教育・定着・点灯履歴の記録連携 | 180,000 | 12.5% |
| 合計 | 1,440,000 | 100% |
第1層から第3層までは、どのベンダーの見積書にも必ず載ります。物として存在し、数を数えられ、型式で比較できるからです。相見積もりを取ると、この3層の金額で勝負が決まります。
問題は第4層です。合計1,440,000 THBのうち260,000 THB、構成比で18.1%を占めるにもかかわらず、この層はほとんどの見積書に現れません。理由は3つあります。
1つ目は、成果物が物理的でないことです。第4層の成果物は、色の定義書、点灯基準の一覧、エスカレーションの時間規定、対応者の職責表という紙です。納品検収の場面で、紙は「作業」に見えても「物」には見えません。値引き交渉の最初の標的になります。
2つ目は、工数が事前に読みにくいことです。工程が10あるラインと、30あるラインでは、色の意味を揃える難易度がまったく違います。既存の呼び出しルールが職場ごとにバラバラであれば、その棚卸しから始めなければなりません。読めない工数を定額の見積に入れると総額が跳ね上がるので、市場全体が「外して安く見せる」方向に最適化されてきました。
3つ目は、そもそも発注側の仕様書に書かれていないことです。仕様書に「タワーランプ20台、押しボタン20組、表示ボード2面」と書いてあれば、見積はそのとおりに返ってきます。書いていないものは見積に載りません。第4層が消える最大の原因は、実は買う側にあります。
第5層の教育・定着も似た扱いを受けますが、こちらはまだ「操作説明会」という名目で1日分だけ残ることが多い層です。ただし必要なのは操作説明ではありません。どういうときに黄を出すのか、赤を出したときに誰が来るのか、出したことで叱られないという約束を、班長層まで含めて共有する時間です。この性質は、稼働監視全体の費用を層に分けて考える工場IoT導入の費用5層分解と同じ構造をしています。目に見える層だけを買うと、目に見えない層で効果を失う、という構造です。
投資回収を比較する|ルール設計を省くと何が起きるか
第4層を省いた場合、何が起きるのかを試算で示します。前提はすべてモデル工場の仮定値です。

前提を整理します。タイの工場、生産ライン20本、年間稼働250日。アンドンでの対応が必要になるレベルのエスカレーション事象が1ラインあたり1日4件発生するとします。20本×250日×4件で、年間20,000件です。対応1時間あたりの機会損失価値は700バーツと置きます。
シナリオA|ルール設計層を含めて導入する
投資額は前節の表のとおり合計1,440,000 THB。第4層に260,000 THB、第5層に180,000 THBを配分しています。
効果は2つです。
A1は応答時間の短縮効果です。色と対応時間の意味が明確なので、作業者は迷わず出し、対応者は迷わず動きます。1件あたり平均4分だけ対応開始が早まると仮定すると、年間20,000件×(4分÷60分)×700バーツで約933,000 THBです。
A2は品質不良の削減効果です。検出の遅れに起因する手直し・廃棄コストを年間900,000 THBと置き、白の運用(品質確認中の明示)と赤への昇格基準が効くことで、そのうち35%を削減できると仮定します。315,000 THBです。
効果の合計は1,248,000 THB。年間運用費は投資額の9%にあたる129,600 THB(表示ボードのソフトウェア保守と通信費)です。アンドン単体はクラウド基盤も多数のセンサー群も持たないため、稼働監視システム全体で見たときの運用費比率よりは低くなります。年間純便益は1,118,400 THBとなり、投資回収は約1.29年、月数にすると約15.5ヶ月です。
シナリオB|ルール設計を省き、教育も最小限にする
「まずは安く始めたい」という判断で、第4層をゼロにし、第5層の教育も最小限の70,000 THBに圧縮した場合です。第1層から第3層までは同額なので、投資額は1,070,000 THB。シナリオAより25.7%少ない支出です。
| 層 | シナリオA(THB) | シナリオB(THB) |
|---|---|---|
| 第1層 表示器本体 | 480,000 | 480,000 |
| 第2層 起動装置 | 220,000 | 220,000 |
| 第3層 配線・通信 | 300,000 | 300,000 |
| 第4層 ルール設計 | 260,000 | 0 |
| 第5層 教育・定着 | 180,000 | 70,000 |
| 合計 | 1,440,000 | 1,070,000 |
効果はこうなります。B1は応答時間の短縮効果ですが、色や対応時間の意味が曖昧なため、Aで見込んだ効果の25%しか実現しないと仮定します。933,000 THBの25%にあたる約233,200 THB。B2は品質効果で、同様に15%しか実現せず約47,200 THBです。合計280,400 THB。
年間運用費は28,900 THBにとどまります。表示ボードのソフトウェアも点灯履歴の記録連携も持たないため、通信費と部材の交換だけで済むからです。運用費が安いこと自体は事実です。ただし、その安さは記録が残らないことの裏返しでもあります。年間純便益は251,500 THB、投資回収は約4.25年、月数にすると約51.1ヶ月です。
対比の核心
2つを並べると、この記事の山場になります。
| 項目 | シナリオA | シナリオB |
|---|---|---|
| 投資額(THB) | 1,440,000 | 1,070,000 |
| 年間効果(THB) | 1,248,000 | 280,400 |
| 年間運用費(THB) | 129,600 | 28,900 |
| 年間純便益(THB) | 1,118,400 | 251,500 |
| 投資回収(年) | 1.29 | 4.25 |
| 投資回収(ヶ月) | 15.5 | 51.1 |
| 5年間の累積純便益(THB) | 4,152,000 | 187,500 |
投資額はBのほうが25.7%少ないだけです。それなのに投資回収期間は、Aの1.29年に対してBは4.25年。約3.3倍に伸びます。
5年で見ると差はさらに開きます。シナリオAの5年累積純便益は1,118,400 THB×5年から投資額1,440,000 THBを引いて4,152,000 THB。シナリオBは251,500 THB×5年から1,070,000 THBを引いて187,500 THBです。いずれも割引率を考慮しない単純累計ですが、Bは5年かけて、ほぼ投資額を回収するだけで終わります。
ここから言えることは1つです。「ランプとボタンだけ買って、ルールを決めずに現場に配る」というのは、最も安い選択ではなく、最も高くつく選択です。初期投資を1,440,000 THBから1,070,000 THBへ抑えた結果、5年間の累積純便益は4,152,000 THBではなく187,500 THBになります。抑えたのは支出の一部で、失ったのは効果の大半です。
なお、この試算は「アンドンを入れるかどうか」の比較ではなく、「アンドンをどう入れるか」の比較である点に注意してください。停止そのものの構造を減らす話、つまり短時間の停止が積み上がって稼働率を削っていく問題は、指標の側から扱ったほうが早い場合があります。可用率・性能率・品質率の分解についてはチョコ停対策とOEEの指標構造を参照してください。アンドンは、その指標を動かすための手段の一つです。
感応度分析|回収年数を動かしているのは表示器ではない
シナリオAで置いた「1件あたり平均4分の短縮」は仮定です。この仮定が外れたときに結論が崩れないかを確認します。ここでは品質効果A2の315,000 THBは固定したまま、A1だけを動かします。品質効果は検出の仕組みに依存し、応答時間の短縮幅とは別の要因で決まるためです。
| 1件あたり短縮 | A1(THB) | 効果合計(THB) | 投資回収(年) |
|---|---|---|---|
| 2分 | 467,000 | 782,000 | 2.21 |
| 3分 | 700,000 | 1,015,000 | 1.63 |
| 4分(基準) | 933,000 | 1,248,000 | 1.29 |
| 5分 | 1,167,000 | 1,482,000 | 1.06 |
投資額1,440,000 THBと年間運用費129,600 THBは、4行とも同じです。
読み取れることは2つです。
1つは、悲観側でも成立するということです。短縮がわずか2分しか出なかった場合でも、投資回収は2.21年です。5年で見れば投資額は回収され、その後も便益は続きます。第4層を含めて導入する判断は、かなり悲観的な前提でも壊れません。
もう1つが本題です。この表で動かしているのは、表示器の明るさでも、ボードの解像度でも、通信方式でもありません。動かしているのは「対応が実際に何分早まるか」の1点だけです。そして、その分数を決めているのは、色を見た人が迷わずに次の行動を決められるかどうか、つまりルールがどれだけ迷わず読めるかです。
言い換えると、回収年数のレバーは第1層ではなく第4層にあります。第1層の表示器をより高価なモデルに変えても、対応が早まる分数そのものは増えないため、回収年数は改善しません。投資額だけが増えるので、むしろ悪化します。一方で、第4層に手を入れて短縮幅が2分から4分になれば、回収は2.21年から1.29年へ一気に縮みます。予算配分を考えるときの優先順位は、この表がそのまま答えになります。
参考までに、海外にも同じ方向の報告があります。ただし前提条件が公開されていない事例値なので、上のTHB建てモデル試算とは合算しないでください。前掲のLean 6 Sigma Hubの実装ガイドは、ある自動車部品メーカーの事例として、不良率が3.2%から0.9%へ、問題検出時間が18分から2分へ、月間の修正コストが47,000米ドルから14,000米ドルへ改善したと報告しています。ここで縮んでいるのが「問題検出時間」である点に注目してください。本記事の感応度分析が動かしている「対応開始までの時間」と同じ系統の変数で、いずれも表示器の性能ではなく運用ルールの側で決まります。方向としては本記事の試算と矛盾しませんが、通貨も前提も違うので、数値をそのまま自社の稟議に転記するのは避けてください。
タイ工場での導入の勘所
タイで導入する場合に、日本国内とは違う判断が必要になる論点を4つ挙げます。
1つ目は労務費です。タイの最低賃金は2026年時点でも日額337バーツから400バーツの水準で据え置かれていますが、これは「人を貼り付ける監視が安い」ことを意味しません。監視のために人を置くと、その人は監視しかできません。アンドンの経済性は、監視要員を減らすことよりも、既にいる班長や保全担当が「どこへ行けばよいか」を迷わない状態を作ることで出ます。前掲の富士通アイ・ネットワークシステムズの事例が配置作業者3名から2名という形で出ているのは、見える化によって配置の必然性が下がった結果です。
2つ目は多国籍の現場です。タイの工場では、タイ人の作業者に加えてミャンマー、カンボジア、ラオスからの労働者が同じラインに立つことが珍しくありません。管理層には日本人がいます。言語が混在する現場では、文字による指示は必ずどこかで痩せます。色は言語を越えるので、アンドンはこの環境で本来強い手段です。ただし強いのは「色が共通で読める」場合だけで、色の意味が人によって違えば、言語が混在している分だけ誤解は深くなります。多言語の現場ほど、第4層の投資が効くということです。
3つ目は生産の局面です。タイ工業経済局(OIE)が公表する製造業生産指数(MPI)は、2026年6月時点で94.99でした。前月比マイナス5.64%、前年同月比マイナス3.10%です。増産局面ではありません。だからこそ、新しいラインを建てて能力を足すのではなく、既に持っているラインの応答を改善して歩留まりと稼働を取り戻す投資のほうが、稟議として通りやすい局面だと言えます。今回の試算がライン増設ではなく既存20ラインへの投資になっているのは、この前提と整合しています。
4つ目は制度面です。タイ投資委員会(BOI)は2025年から2026年にかけて、EEC、グリーン産業、デジタル産業向けの恩典を拡充しています。法人税免除は最長13年、機械・設備の輸入関税免除といった措置があり、生産の効率化・自動化に関わる設備投資が対象になる場合があります。アンドンの第1層から第3層は物理的な設備なので、恩典の対象になり得ます。制度の全体像はタイBOI制度とはやタイBOI投資恩典完全ガイド2026を確認してください。ここで注意したいのは、恩典が効くのは物のある層だけだという点です。第4層のルール設計と第5層の教育は、税制上の設備投資として扱いにくい性質のものです。恩典を最大化しようとすると、無意識に第4層を削る力が働きます。この記事の試算が示しているのは、その力に抵抗する価値があるということです。
なお、工場内で無線を使う場合の周波数と出力の規制、有線と無線の選び分けについては本記事では扱いません。第3層の通信設計として、工場IoT導入の実務のほうに整理してあります。
導入までの進め方
順序を間違えなければ、アンドンの導入は難しい工事ではありません。5つのステップにまとめます。
ステップ1は、現状の色ルールの棚卸しです。多くの工場には、既に何らかの呼び出しの慣習があります。手を挙げる、班長を探しに行く、内線を鳴らす、特定の設備だけパトライトが付いている。これらを工程ごとに書き出し、「同じ事象に対して職場ごとに違う扱いをしている箇所」を洗い出します。ここで出てくる不揃いが、そのまま第4層の作業量になります。
ステップ2は、対応時間の実測です。アンドンを入れる前の現状値を取ります。異常が起きてから対応者が現場に到着するまでの時間を、数週間、手書きで構いませんので記録します。ここで測った数字が、後で効果を検証するときの基準線になります。この実測がないと、導入後に「早くなった気がする」以上のことが言えません。感応度分析で見たとおり、この数分が回収年数を決めているので、測らないという選択は投資判断そのものを放棄することに近くなります。
ステップ3は、色数とエスカレーション基準の設計です。色は4色前後に絞ります。各色について、起動のきっかけ、一次対応者の職責、対応開始の約束時間、そして「何分続いたら次の色に上げるか」を決めます。この昇格基準は後工程でも使い回せるので、時間の定義は曖昧にせず分単位で書き切ってください。決めた内容は必ず紙にして、現場に掲示できる大きさにします。
ステップ4は、表示器と起動装置の選定です。ステップ3が終わってから選ぶのがポイントです。色数が決まっていれば必要な段数が決まり、対応者が決まっていればボードを見せる相手と設置位置が決まります。順序を逆にすると、買ってしまった表示器の段数に合わせてルールを作ることになり、意味のない色が生まれます。製品情報をまとめたガイドとしてはBest Andon Systems for Manufacturingのようなものもありますが、この種のガイドに並ぶ導入効果の数字は出典がベンダー自身の公表値であることが多いので、選定の入口として使うにとどめてください。
ステップ5は、教育と定着、そして点灯履歴の記録連携です。操作説明ではなく、判断の練習をします。実際に起きた事象をいくつか挙げて、「これは黄か赤か」を班長層で議論してもらうのが効率的です。同時に、赤を出したことで叱責されないというルールを、管理層から明示的に宣言します。記録連携は、点灯の時刻・色・工程・継続時間が残る形にしておけば十分です。
期間の目安として、前掲のLean 6 Sigma Hubの実装ガイドは、1ライン・8ワークステーション・12オペレーターの規模でパイロット期間を4週間から6週間と置いています。全ラインへ一斉展開するのではなく、まず1ラインでルールを回し、色の定義を修正してから広げる進め方が現実的です。
よくある質問
アンドンとは?
生産ラインの状態を色や表示で示し、異常が起きたときに周囲へ知らせる仕組みのことです。語源は「行灯」で、トヨタ生産方式のなかで広まりました。起動(誰が色を出すか)、表示(何がどこから見えるか)、応答(誰がどれだけの時間で行くか)の3要素で構成されます。表示器は目に見える部分にすぎず、実際に効果を決めるのは色の意味と対応の約束を定めたルールのほうです。
アンドンの導入費用は?
本記事のモデル試算では、生産ライン20本の工場で合計1,440,000 THBとしています。内訳は表示器本体480,000 THB、起動装置220,000 THB、配線・通信300,000 THB、ルール設計260,000 THB、教育・定着180,000 THBです。多くの見積書に載るのは最初の3層までで、ルール設計260,000 THBと教育・定着180,000 THBは項目として現れません。この2つをどう確保するかが実務上の論点になります。
アンドンと通知システムの違いは?
アンドンは「その場にいる人が1秒で意味を読める状態」を作る仕組み、通知システムは「その場にいない人へ確実に届ける」仕組みです。設計の主対象も評価指標も異なります。実務では両方使いますが、順序としてはアンドンで色の意味と昇格基準を決めてから、その基準を通知の発報条件として接続するのが安全です。意味の決まっていない信号を遠隔へ大量に飛ばすと、受け手は数日で通知を無視するようになります。
アンドンは何色にすべきか?
一般には緑・黄・白・赤の4色前後です。緑が正常、黄が要注意や支援要請、白が品質確認中、赤が異常や停止という割り当てが標準的です。色を増やすほど現場は意味を思い出す時間が必要になるため、多くても5色までに抑えるのが実務的です。重要なのは色数そのものではなく、それぞれの色について「何が起きたら出すのか」「誰が行くのか」「何分続いたら次の色へ上げるのか」が決まっているかどうかです。
既存の設備にも後付けできますか?
できます。起動を人手(紐やボタン)に限定すれば、設備側への改造は不要です。設備からの自動検知を組み込む場合は、既存の制御盤に空き接点があるか、あるいは既に稼働監視の仕組みが入っているかで工数が変わります。段階的に進める場合は、まず人手起動でルールを回し、点灯履歴が溜まってから、頻度の高い事象だけ自動検知に置き換えるのが無駄がありません。
まとめ
アンドンが半年で使われなくなる原因は、ランプの性能ではありません。何色が何を意味するのか、何分放置したら色を上げるのか、誰が対応する約束なのか、というルールを設計していないことです。見積書にはランプ・ボタン・配線までしか載らず、ルール設計という第4層と、定着教育という第5層が抜け落ちます。
モデル試算では、第4層と第5層を含めた場合の投資回収は1.29年、省いた場合は4.25年でした。投資額の差は25.7%にすぎないのに、回収期間は約3.3倍に開きます。5年間の累積純便益で見ると4,152,000 THBと187,500 THBで、後者はほぼ投資額を回収するだけに終わります。そして感応度分析が示したのは、この差を作っているのが表示器の性能ではなく「対応が実際に何分早まるか」という1点だという事実です。
ハードウェアは同じでも、意味を決める工程に投資したかどうかで結果は変わります。アンドンを検討するときに最初に開くべきは、表示器のカタログではなく、色の定義を書き込む白紙の一枚です。
アンドンの導入を検討中の段階でもご相談いただけます。既に表示器が入っているが使われていない、色のルールを見直したい、費用の内訳が妥当か第三者の目で見てほしい、といったご相談も承っています。タイでの工場運営の実情を踏まえてお話ししますので、お問い合わせからお気軽にご連絡ください。
参考情報
- ウイングアーク1st — アンドン導入で生産ラインを見える化! 記事を見る
- Wikipedia — アンドン(行灯・生産管理) 記事を見る
- Lean 6 Sigma Hub — How to Implement an Andon System(2026年7月10日掲載) 記事を見る
- MMC — Best Andon Systems for Manufacturing 2026 Guide 記事を見る
- The Office of Industrial Economics(タイ工業経済局) — 製造業生産指数 MPI 統計を見る
- CareerLink Asia — タイBOI投資恩典完全ガイド2026 記事を見る