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2026.10.07

動作分析AIの導入|作業時間の自動計測とタイ工場の受入試験

動作分析AIの導入|作業時間の自動計測とタイ工場の受入試験

「ストップウォッチとビデオで時間研究をしているが、分析が追いつかず、年に数工程しか見られない。ラインバランスが崩れたままになっている」。タイの日系組立工場や電子部品工場の生産技術課長、IE担当の方から、こうした相談をよく受けます。そこで候補に上がるのが、動作分析AIの導入です。

先に結論を書きます。動作分析AIの価値は「分析工数が減ること」ではありません。「分析できる工程の数が増え、見つけたばらつきを改善に回せること」にあります。 分析の省力化だけで投資を正当化しようとすると、回収は難しくなります(後述のモデル試算でも、省力化だけでは回収しません)。導入で決めることは、①何を測るか、②撮り方、③判定の正解をどう作るか、④人とデータの扱い、⑤改善に回す仕組み、の5つです。この順番で決めていけば、製品選びもRFPも受入試験もぶれにくくなります。

なお、本記事に登場する工場のライン数・人数・時間・金額・回収年数は、すべて後述のモデル工場を前提にした本記事オリジナルの試算値・想定値(仮置き値)です。業界平均でも調査値でもありません。ベンダーの価格や効果の一次情報も使っていません。自社の実績と見積もりに差し替えて使う「計算の型」として読んでください。

なぜ今、タイ工場で動作分析AIの導入が問われるのか

ストップウォッチの時間研究は、分析が追いつかない

作業研究(方法研究や作業測定、時間研究)の考え方そのものは古くからあり、ILO(国際労働機関)が1992年に出した『Introduction to Work Study』第4版(George Kanawaty編)のような基本書もあります。タイの日系工場でも、IE担当者がストップウォッチを持ってラインに立つか、ビデオで撮って後からコマ送りで作業を区切る、というやり方が今も一般的です。

問題は、撮影よりも分析に時間がかかることです。動画を見ながら作業要素の切れ目を探し、1サイクルずつ時間を書き出し、熟練者と新人を比べる。この作業は、撮った時間よりはるかに長くかかります。三菱電機は作業分析ソフトウェアの製品ページで、分析時間について「実作業時間の10倍が必要とされる」と記載しています。富士通は2021年の発表で、20分の作業動画を作業要素ごとに区切るのに1時間以上かかっていた、と書いています。

その結果、分析できるのは年に数工程、それも問題が起きた工程だけ、という状態になりがちです。品番が増えたり、作業者が入れ替わったりしてラインバランスが崩れても、測り直す余裕がありません。ボトルネック工程のサイクルタイムが本当は何秒なのか、熟練者と新人でどれだけ違うのかが、数字で分からないまま改善を議論することになります。

2026年にも作業映像AIのサービス提供開始が続いている

作業映像をAIで分析する製品やサービスの発表は、ここ数年続いています。2026年7月6日には、ブレインパッドが製造現場の作業映像をAIエージェントが解析するサービス「COROKO Analytics」の提供を始めました。標準作業時間を定義して計測する「標準作業分析」と、ムダ作業やボトルネックを特定し、熟練者と新人の差を見える化する「生産性分析」を提供するとしています。既存の映像を使って最短1〜2週間で課題を見える化する、というのは同社が公表した最短の値です。同社は2027年末までに数十社への導入を目標に掲げています。

ただし、これは一社の発表です。これをもって「市場が急拡大している」とまでは言えません。この発表から読み取れるのは、作業映像の分析を、製品を買って終わりではなく、改善のペースに合わせて継続的に使うサービスとして提供する形が出てきている、ということです。

人件費の前提も動いている

タイの最低賃金は、確認できた最新の改定が2025年7月1日施行のもので、日額THB 337〜400の県別の多段階制です。THB 400はバンコクを含む5県1郡と、全国のホテル・娯楽施設業の2業種が対象です。製造業が集まるサムットプラカンなどはTHB 372、チョンブリやラヨーンはTHB 400の側に入っています。全国一律ではありません。また、社会保険料の算定に使う賃金の上限が、2026年1月1日から月THB 15,000からTHB 17,500に引き上げられました。料率は労使それぞれ5%なので、月額の最大負担は労使それぞれTHB 750からTHB 875になります。

人の時間が少しずつ高くなっていく中で、「同じ量を、より少ない人時で作る」ための改善の重要性は上がっています。そして改善の出発点は、今の作業時間とばらつきを正しく測ることです。工程改善AIの全体像は工場の工程改善AIでも整理しています。

動作分析AIとは:骨格推定で作業時間とばらつきを測る仕組み

動作分析AIの導入|作業時間の自動計測とタイ工場の受入試験 - figure 1

カメラ映像から「骨格」を取り出して動きを数える

動作分析AIの多くは、カメラ映像から人の関節の位置(キーポイント)を推定する「骨格推定(ポーズ推定)」を土台にしています。手首や肘、肩、腰などの位置を毎フレーム取り出し、その動きの繰り返しからサイクルの始まりと終わりを見つけたり、「部品を取る」「ネジを締める」といった作業要素を識別したりします。カメラ映像から骨格を推定するので、作業者にセンサーやマーカーを付けなくてよい、というのが大きな特徴です。

骨格推定のモデルには、オープンソースで公開されているものもあります。キーポイントの数とライセンスは、モデルによって大きく違います。

モデルキーポイントライセンスと注意点
MediaPipe Pose Landmarker(Google)33の3次元ポーズランドマーク検出する最大人数を指定する設定(num_poses)の既定値は1。複数人が映る工程では設定と性能の確認が要る
OpenPose(CMU)体25点モデルなど。手や顔のモデルもある非商用は無料。商用利用は別途の商用ライセンスが必要
Ultralytics YOLO26 PoseCOCO形式の17キーポイントAGPL-3.0またはEnterprise License。Ultralyticsは、社内業務ツールや社内利用・研究開発のみの場合でもEnterprise Licenseが必要だと表明している

ここで押さえておきたいのは2点です。1つは、既定の設定が1人検出のツールがあることです。作業者が2人並んで作業するセルや、後ろを人が通る工程で既定のまま使うと、誰の骨格を追っているのかが入れ替わります。もう1つは、OSSのモデルでも商用や社内利用でライセンスが問題になり得ることです。Ultralyticsの「社内利用でも必要」というのはライセンサー側の表明であり、AGPLの法的な解釈として確定したものではありません。ただ、ベンダーの製品にどのモデルが組み込まれていて、ライセンスを誰が手当てしているのかは、RFPで必ず確かめておくべき項目です。

市場にある選択肢の例

製品の例として、確認できたものを並べます。推奨や比較ではありません。性能の数値はすべてベンダー側の発表(MotionLogicは業界誌の記事)に基づく、条件付きの値です。自社ラインで同じ値が出るという意味ではありません。

発表元時期内容数値と性質
三菱電機「WA-SW1000 骨紋」製品ページカメラ映像から2Dの骨格情報を取り出し、AIでサイクルタイムを自動計測。センサーやマーカーの装着は不要。1つの学習モデルを複数の作業者に使える学習用のサンプル動画は約10本程度(ベンダー公表値・条件付き)。「実作業時間の10倍が必要とされる分析時間を劇的に短縮」と記載。作業抜けや手順違いの検知は今後対応予定の扱い
三菱電機「行動分析AI」2024年1月25日発表反復する身体動作の確率的な生成モデルを作業分析に使い、教師データの作成を不要にする技術。IIFES 2024で展示作業分析にかかる時間を「最大99%削減」。顧客での実証実験における最大値で、平均値ではない。発表時点では展示段階
富士通「Actlyzer」2021年2月18日発表骨格の動きから「部品を取り外す」「ネジを締める」などの作業要素を自動で識別作業要素を「90%以上」の精度で検出。1工場の3工程(部品セット・組立・目視検査)での検証で、学習データは作業者1名分
BrainPad「COROKO Analytics」2026年7月6日提供開始作業映像をAIエージェントが解析する標準作業分析と生産性分析。既存映像での見える化、定常提供、システム環境構築の3段階課題の見える化は最短1〜2週間(ベンダー公表値)。プライバシーや顔情報の扱いはリリースに記載なし
MotionLogic(豪州)2026年7月の業界誌記事固定カメラで作業者の動きを追跡し、タスク時間と非タスク時間(段取りや位置直し、工具の使用など)に分類。関節角度から安全・人間工学の指標も取り出すスタートアップの事例。数値は一般化できない

これらの数字は、同じ物差しでは比べられません。「最大99%」は実証実験での最大値、「90%以上」は1工場・作業者1名分の学習での検出精度、「最短1〜2週間」は最短の期間です。どれも「自社のこの工程で、人のIE分析とどれだけ一致するか」には答えていません。だからこそ、受入試験で自社の正解と比べる必要があります。

動作分析AIにできること、できないこと

できることは、主に次の4つです。

  • 1サイクルごとの時間を、長時間・全サイクルにわたって自動で数える
  • 作業要素の切れ目を見つけ、要素ごとの時間を出す(学習や設定が要る)
  • 熟練者と新人、直ごと、日ごとのばらつきを数字で並べる
  • 姿勢や関節角度から、負担の大きい動作の候補を挙げる

一方、できないこと、AIだけでは決まらないこともあります。

  • 標準作業時間を「決める」こと。 AIが出すのは実測の時間です。余裕率をどう置くか、どの作業者のどの時間を基準にするかは、人と社内ルールが決めます
  • 改善すること。 AIはどこにばらつきがあるかを見つける役です。作業の入れ替えや治具の改善をするのは人です
  • 映っていないものを測ること。 手元が体で隠れる、部品が小さすぎる、といった条件では精度が落ちます
  • 規格への適合を判定すること。 人間工学の評価手法の考え方を借りることはできても、「AIで判定したから規格に準拠している」とは言えません

熟練者と新人の差を技能伝承に使う考え方は、熟練技能の継承AIでも扱っています。

何を測るかを1つに絞る:サイクルタイム/作業要素/ばらつき/人間工学

動作分析AIの導入でまず決めるのは、何を測るかです。同じカメラ映像からいろいろな数字が出せるので、つい全部を欲しくなります。しかし、目的によって撮り方も正解の作り方も合格基準も変わります。最初のPoCでは、目的を1つに絞るのが近道です。

目的主な出力向いている場面正解の作り方
サイクルタイムの自動計測1サイクルごとの時間、平均・中央値・分布ラインバランスの見直し、ボトルネック工程の特定IE担当者がストップウォッチやコマ送りで数えた1サイクルごとの時間
作業要素の分析要素ごとの時間、要素の順番作業の入れ替え、ムダな動作の発見、標準作業書の見直しIE担当者が区切った要素の切れ目
作業のばらつき分析作業者間・直間・日間の差、外れサイクル熟練者と新人の差、教育の効果測定上の2つの正解を作業者ごとに用意する
人間工学の評価姿勢・関節角度、負担の大きい動作の候補腰や肩に負担のかかる工程の洗い出し人間工学の担当者が評価手法で付けた評価

サイクルタイムから始めるのが無難

最初の目的としておすすめしやすいのは、サイクルタイムの自動計測です。正解(人が数えた時間)が作りやすく、人とAIの差を秒で比べられるので、合否の議論がかみ合います。ボトルネック工程のサイクルタイムが分かれば、ラインバランスの改善にすぐつなげられます。ボトルネックの探し方や、設備側の止まりも含めた見方はOEE改善と組み合わせると全体が見えやすくなります。

作業要素とばらつきは「2段目」に

作業要素の分析は、改善の手掛かりとしては一番役に立ちます。ただし、要素の名前と切れ目の定義を先に人が決めておかないと、AIの出力と人の判定を比べられません。「部品を取る」の終わりは手が部品に触れた瞬間か、持ち上げた瞬間か。こうした定義を決めるところから始まります。ばらつき分析は、サイクルタイムや作業要素の時間が安定して取れるようになってから、作業者ごとに並べるのが順番です。

人間工学は名前と対象を押さえておく

姿勢の評価には、よく使われる評価手法や規格があります。RULA(Rapid Upper Limb Assessment)はMcAtamneyとCorlettが1993年に発表した、上肢の障害が報告される職場向けの調査ツールです。REBA(Rapid Entire Body Assessment)はHignettとMcAtamneyが2000年に発表した、全身の動的で予測しにくい姿勢向けの手法です。規格では、ISO 11226:2000が静的な作業姿勢の評価、ISO 11228-3:2007が高頻度での低負荷の取扱い、ISO/TR 12295:2014がこれらの適用ガイドを扱っています。

動作分析AIの関節角度は、こうした評価の材料になり得ます。ただし、2Dの骨格から出した角度と、評価手法が前提とする角度の測り方が同じとは限りません。「AIで自動判定すれば規格に準拠できる」と考えるのではなく、負担の大きい動作の候補を挙げ、人が評価する対象を絞り込む道具として使うのが現実的です。

撮り方が結果を決める:カメラ位置・画角・人数・遮蔽・照明

動作分析AIの精度の多くは、モデルを選ぶ前の「どう撮るか」で決まります。骨格推定は、映っている関節の位置を推定する技術です。関節が映っていなければ、どれだけ賢いモデルでも推定はあてずっぽうになります。

カメラ位置と画角

作業の種類によって、撮る向きが変わります。手元の細かい組立を見たいなら、斜め上から手元と両腕が入る画角。歩行や部品棚への手伸ばしを含む作業なら、横から全身が入る画角です。1台のカメラで両方を狙うと、どちらも中途半端になりがちです。カメラは固定し、位置と画角を図面と写真で記録しておきます。清掃や設備の移動でカメラがずれると、それだけで結果が変わるからです。

映る人数

1つの画角に何人が映るかは、必ず事前に確認します。先に書いたとおり、既定の設定が1人検出のツールもあります。隣の工程の作業者や、後ろを通る班長、部品を補充する運搬係が映り込むと、追跡している人が入れ替わることがあります。対象者だけが映るように画角を調整するか、複数人を前提にした設定とその性能を受入試験で確かめます。

遮蔽と制服

作業者の体や治具、部品棚で手元が隠れる場面は、どの工程にもあります。隠れる時間が長いほど、作業要素の切れ目は取りにくくなります。また、作業者全員が同じ色の制服や手袋をしていると、2人が重なったときに区別がつきにくくなることもあります。これらは製品の性能というより撮影条件の問題なので、受入試験で条件を変えて挙動を見ておく必要があります。

照明と時間帯

窓からの外光が入る工程では、時間帯によって明るさが大きく変わります。夜勤の照明や、設備の陰になる場所も同様です。試作の段階で、日勤と夜勤の両方の映像を撮っておくと、後から「夜だけ取りこぼしが多い」といった問題を早く見つけられます。

映像を外に出さない構成

骨格の抽出を工場内のエッジPCで行い、外に出すのは骨格と時間のデータだけ、という構成にすると、プライバシーと通信量の両方で扱いやすくなります。エッジでの処理の考え方はエッジAIの工場導入で詳しく扱っています。カメラそのものの調達でセキュリティ要件をどう書くかは、ネットワークカメラ調達とJC-STARも参考になります。同じカメラ映像を安全管理に使う発想は工場の安全管理AIカメラにまとめていますが、用途が違えば撮り方も保存方針も変わる点には注意してください。

動作分析AIの費用とROI:モデル試算

動作分析AIの導入|作業時間の自動計測とタイ工場の受入試験 - figure 2

ここからは、モデル工場での試算です。以下の数値はすべて本記事オリジナルの試算値・想定値(仮置き値)であり、業界平均でも調査値でもありません。ベンダーの価格や効果の一次情報は使っていません。

共通の前提(モデル工場M)

タイ中部の日系電子部品組立工場を想定します。

項目前提値計算
ライン構成組立ライン4本、各ライン10工程・作業者10名4×10=40工程
稼働2直、1直の実稼働7.5時間、年間稼働250日7.5時間=27,000秒
需要1直450個で固定(増産ではなく、同じ量をより短い時間で作る前提)―
ボトルネック工程サイクルタイム60秒27,000÷60=450個/直
IE分析の件数全40工程を年2回40×2=80件/年
手作業の分析1件あたり撮影1時間、分析10時間80×10=800時間/年
AI導入後の分析1件あたり人の確認・手直し1時間80×1=80時間/年
人件費(社会保険等込み)IE担当者 THB 300/時、作業者 THB 80/時―
AI導入費初期 THB 1,500,000(カメラ・エッジPC・ソフト・設定・教育)、年間 THB 400,000(ライセンス・保守)―

1直の需要は450個、ボトルネック工程の能力も 27,000÷60=450個で、ちょうど需要どおり、余裕のない状態です。

分析10時間という仮定は、三菱電機の製品ページにある「実作業時間の10倍が必要とされる」という記述に合わせたものです。業界の実測値ではありません。撮影の1時間は、手作業でもAIでも同じようにかかるので、効果の計算には入れていません。

効果1:分析工数の削減(4ライン全体)

手作業の分析800時間が、AI導入後は人の確認・手直し80時間になるとします。

  • 削減時間:800−80=720時間/年
  • 金額:720時間×THB 300=THB 216,000/年

効果2:ラインバランスの改善(1ラインあたり)

動作分析AIでばらつきの大きい作業要素を見つけ、作業の入れ替えや治具の改善によって、ボトルネック工程のサイクルタイムを60秒から55秒に縮めたとします。ここでAIがするのは「どこにばらつきがあるか」を見つけることで、改善するのは人です。

  • 需要450個を作るのに要る時間:450×55=24,750秒
  • 1直あたりの短縮:27,000−24,750=2,250秒=0.625時間
  • 人時:0.625時間×10名=6.25人時/直、×2直=12.5人時/日
  • 金額:12.5人時×THB 80=THB 1,000/日、×250日=THB 250,000/年・1ライン

この金額は、短縮した時間が残業や応援の削減として実際に消えた場合だけお金になります。 ラインが早く終わっても、作業者が手待ちになるだけなら効果は0です。早く終わった時間を、残業の削減、他ラインへの応援、教育などのどれに使うのかを、改善と同時に決めておく必要があります。

なお、改善後のボトルネック工程の能力は 27,000÷55≒490個/直になります。これは「能力の余裕」が生まれたということで、本試算では金額にしていません。需要が固定という前提なので、増産による売上増は足しません。

3つのケースで比べる

年間ネットは「年間効果−年間費用 THB 400,000」、回収年数は「初期 THB 1,500,000 ÷ 年間ネット」です。

ケース年間効果(THB)年間ネット(THB)回収年数
A 分析の省力化だけ216,000−184,000回収しない
B 省力化+1ラインだけ改善216,000+250,000=466,00066,000約22.7年
C 省力化+4ライン全部に横展開216,000+1,000,000=1,216,000816,000約1.8年

ケースAは、分析工数の削減THB 216,000が年間費用THB 400,000に届かず、毎年THB 184,000の持ち出しになります(216,000−400,000=−184,000)。分析の省力化だけでは回収しません。

ケースBは、1ラインだけ改善した場合です。年間ネットは 466,000−400,000=66,000で、回収は 1,500,000÷66,000=22.72…、約22.7年です。設備の寿命を考えると、実質的には回収できないのと同じです。

ケースCは、同じ改善を4ライン全部に横展開した場合です。効果2は 250,000×4=1,000,000、年間効果は1,216,000、年間ネットは 1,216,000−400,000=816,000で、回収は 1,500,000÷816,000=1.83…、約1.8年になります。

感度:改善幅が小さかったら

ケースCで、改善幅が60秒から58秒にとどまった場合を見てみます。

  • 需要450個を作るのに要る時間:450×58=26,100秒
  • 1直あたりの短縮:27,000−26,100=900秒=0.25時間
  • 人時:0.25時間×10名=2.5人時/直、×2直=5人時/日
  • 金額:5人時×THB 80=THB 400/日、×250日=THB 100,000/年・1ライン
  • 4ライン:100,000×4=400,000、効果1と合わせて 400,000+216,000=616,000
  • 年間ネット:616,000−400,000=216,000、回収:1,500,000÷216,000=6.94…、約6.9年

同じ4ライン横展開でも、改善幅が5秒から2秒に縮むと、回収は約1.8年から約6.9年に延びます。

読みどころ:回収を決めるのはAIの精度ではない

この試算から言えるのは、回収を決めるのは「AIの精度」ではなく、「何ラインに、どれだけの改善幅を実際に回せるか」だということです。分析が速くなるだけでは足りません。見つけたばらつきを誰が直し、その改善を何ラインに広げるのかまで決めて、初めて投資が回収に向かいます。PoCでは、精度の確認だけで終わらせず、改善幅と横展開の計画まで決めておく必要があります。PoCの終わらせ方はAI PoCの終了基準も参考にしてください。

二重計上を作らないための注意

  • 効果1はIE担当者の時間、効果2は作業者の時間です。別の人の別の時間なので、足し合わせてかまいません
  • 効果2は「需要が固定で、作る時間が減る」の一本だけです。同じ改善で生まれた能力の余裕を「増産による売上増」として足すと、前提の違う2つの世界を混ぜることになります
  • 効果2が実際の費用削減になるのは、短縮した時間が残業や応援の削減として消えたときだけです

自社で計算するときは、少なくとも「分析の件数と1件あたりの時間」「IE担当者と作業者の人件費」「改善できるサイクルタイムの幅」「横展開できるライン数」の4つを実績に置き換えてください。人件費は、工場の所在県の最低賃金や社会保険の負担によって前提が変わります。

動作分析AIのRFPに書く12項目

複数のベンダーから提案を取るときは、次の12項目をRFPに書いて、提案の前提をそろえます。

No.項目書くこと
1目的と対象工程何を測るか(サイクルタイム/作業要素/ばらつき/人間工学のどれか)、対象ラインと工程、品番
2撮影条件とカメラ台数撮る向きと画角、1工程あたりのカメラ台数、照明、外光、夜勤の有無
3同時に映る人数1つの画角に映る最大人数、すれ違い、2人作業の有無と、その条件での性能
4出力の定義サイクルの始まりと終わり、作業要素の名前と切れ目、ばらつきの指標をどう定義するか
5正解の作り方と合格基準IE担当者の手作業の分析を正解とすること、評価セットの中身、合格基準の数値
6映像と骨格データの保存・削除生の映像を保存するか、保存期間、骨格・時間データだけを残す設定の可否、削除の手順
7個人評価に使わない設計と権限個人名と結果をひも付けない設計、閲覧権限、ログ、目的外利用をしない運用
8再学習の手順と費用品番切替や工程変更のときの再学習に要る動画の本数と時間、誰が行うか、費用
9OSSモデルのライセンス組み込んでいる骨格推定モデルの名前、そのライセンス、商用・社内利用の手当てを誰がするか
10MES・Excel連携結果の出力形式、MESや生産管理への連携の方法
11タイ語画面と現場の言語画面と帳票のタイ語対応、作業要素名をタイ語やミャンマー語など現場の言語で表示できるか
12現地保守カメラ位置のずれの修正、再学習、障害対応をタイ国内で誰が行うか、対応時間

とくに5、6、7、9は、提案書に書かれていないことが多い項目です。合格基準がないまま発注すると、受入で「動いている」以上のことを確かめられません。映像の保存と個人評価の扱いが決まっていないと、後から従業員への説明で困ります。

動作分析AIのFAT/SATで確認すること

動作分析AIの導入|作業時間の自動計測とタイ工場の受入試験 - figure 3

評価セットを先に作る

受入試験の前に、評価セットを作ります。例えば、代表2工程×作業者3名(熟練・中堅・新人)×各30サイクルの動画を用意します。同じ動画をIE担当者が手作業で分析し、その結果を「正解」にします。

FAT(ベンダー環境での試験)では、評価セットの動画をベンダーに提供し、ベンダーの環境で試します。SAT(自社ラインの実カメラでの試験)では、同じ工程・同じ作業者を実際のカメラで撮った映像に、IE担当者が同じやり方で正解を付け、同じ手順を流します。同じ構成の評価セットと同じ手順で両方を流すことで、ベンダー環境ではうまくいったのに現場ではだめだった、という差を数字で見られます。

以下の目標値は仮置きの例です。規格値ではありません。合格基準は工場が自分で決めます。

見る指標

  1. サイクルタイムの差:1サイクルごとに人とAIの差を出します。目標の例は「中央値で±1秒以内」です。中央値だけでなく、差の大きいサイクルがどんな場面だったかも見ます
  2. 作業要素の区切りの一致:要素の切れ目が人の判定と何%一致するかを見ます
  3. 取りこぼし:数えられなかったサイクルの数を数えます。取りこぼしが特定の作業者や時間帯に偏っていないかも確認します
  4. 条件を変えたときの挙動:遮蔽、すれ違い、2人作業、照明の変化、制服の色が似ている、などの条件で結果がどう変わるか
  5. 再学習の負担:品番切替や工程変更のあと、再学習に何本の動画と何時間が要るか
  6. 映像を保存しない設定での結果:生の映像を残さず、骨格と時間のデータだけを残す設定でも、同じ結果が出るか
  7. 出力:結果をMESやExcelに出力できるか、帳票がそのまま改善会議で使えるか

条件を変えた試験を必ず入れる

整った条件の映像だけで試すと、現場に出したときの問題が見えません。評価セットの中に、わざと条件の悪い映像を入れておきます。隣の作業者が映り込む、班長が後ろを通る、夕方に外光が変わる、といった場面です。そうした条件でどれだけ結果が崩れるかを知っておけば、カメラ位置の調整や運用のルールで先に手を打てます。

稼働後も同じ正解動画で劣化を見る

稼働後も、四半期に1回、同じ正解動画を流して結果を比べます。カメラのずれ、照明の交換、品番の追加などで、知らないうちに精度が落ちていることがあるからです。正解動画は、受入試験のときのものを手を加えずに保管しておきます。

タイ・ASEAN固有の論点

1. PDPA:撮影の目的・法的根拠・通知

タイの個人情報保護法(PDPA、B.E.2562)は、2022年6月1日に全面施行されました。人種や健康、生体(biometric)データなどは機微データとされ、収集・利用・開示には原則として明示的な同意が必要です(法定の例外があります)。行政罰は最大THB 5,000,000で、刑事罰もあります。大規模な定期的モニタリングを行う場合などには、DPO(個人情報保護責任者)の選任義務もあります。

動作分析AIで問題になりやすいのは、骨格データの扱いです。骨格データが生体データに当たるかどうかは、PDPAに明文がなく、ここでは断定しません。 個人を識別するために使う設計かどうかによって、扱いが変わり得ます。撮影の目的と法的根拠、通知の内容は、所轄機関や法務の専門家に個別に確認してください。

PDPC(タイ個人情報保護委員会)は2026年4月1〜2日に、ガイドライン案の公聴会を開きました。6つのテーマの1つが、CCTVと入退室管理システムの利用です。ただし、これは草案段階で法的拘束力はありません。記述例も住宅団地やコンドミニアムが中心で、工場の従業員撮影を直接扱ったものではありません。

執行の面では、PDPCは2025年8月1日に複数の行政罰を公表しています。例えば、PC・周辺機器販売会社にTHB 7,000,000、化粧品会社にTHB 2,500,000の行政罰が科されました。いずれも動作分析やカメラの事案ではありませんが、安全管理措置やDPOの選任といった基本的な不備が問われている点は参考になります。工場のIoTデータ全般をPDPAの観点で整理する方法は工場IoTとPDPAにまとめています。

2. 設計で守る

法的な扱いを確認するのと並行して、設計の段階でリスクを小さくできます。以下は推奨であり、法的な義務として書いているものではありません。

  • エッジPCで骨格化し、生の映像は短期間で消す
  • 映像を残す場合は顔をぼかす
  • 結果を個人別の評価や懲戒に使わないことを、就業規則と従業員への通知で明記する
  • カメラの設置場所にタイ語の掲示を出し、説明会を開く

タイの労働保護法には、従業員のモニタリングに関する明示的な規定は見当たりません。実務では、PDPAと就業規則、従業員への通知で整理するのが一般的です。参考までに、日本では総務省と経済産業省が2022年3月30日に「カメラ画像利活用ガイドブック ver3.0」を公表しており、個人情報保護委員会はQ&A 1-14で、顔識別機能付きカメラについて利用目的の通知・公表が必要であることや、設置場所での掲示を推奨しています。いずれも店舗や防犯などを主な対象とした日本の文書で、タイでは直接適用されませんが、通知や掲示の考え方の参考になります。

3. 人件費の文脈

最低賃金は2025年7月1日施行の改定で日額THB 337〜400の県別、社会保険の賃金上限は2026年1月1日から引き上げられています。工場の所在県によって、試算の前提となる人件費は変わります。

4. 作業標準と結果の言語

AIが出す作業要素の名前や、改善会議で使う帳票は、現場の言語で読めなければ使われません。タイ語に加え、ミャンマー語など、ラインで働く人の言語で表示できるかを確認します。作業標準を動画で伝える工夫は作業手順書の動画AI化でも扱っています。

5. ベトナム拠点

ベトナムでは、個人データ保護法(Law No. 91/2025/QH15)が2026年1月1日に施行されました。生体データについて、保存・伝送する機器の物理的な安全措置やアクセス制限などを求めています。タイと同じ仕組みをベトナム拠点に広げるときは、別途確認が必要です。

6. 現地保守

カメラ位置のずれ、品番切替のときの再学習、エッジPCの障害は、稼働後に必ず起きます。これらをタイ国内で誰が、どれくらいの時間で対応するのかを、発注前に決めておきます。日本からのリモート対応だけでは、ラインの改善のペースについていけないことがあります。

動作分析AI導入の90日計画

期間やること終わりの判定
0〜30日対象2工程を決める。手作業のIE分析で評価セットの「正解」を作る。従業員への説明と掲示の準備をする正解データがそろい、説明の内容と掲示が決まっている
31〜60日カメラを設置して試作する。人とAIの差を測る。見つけたばらつきから改善案を1つ実行する人とAIの差が数字で出ており、改善案が1つ動いている
61〜90日改善幅を測る。横展開の計画、RFP、FAT/SATの基準を作り、発注するかを判定する改善幅と横展開できるライン数を前提に、回収の見込みを自社の数字で出せている

ポイントは、31〜60日の段階で改善案を1つ実際に動かすことです。精度の確認だけで90日を使うと、「AIは使えそうだ」で止まり、投資の判断に必要な改善幅の数字が手に入りません。改善の進め方は工程改善AIの始め方、データを現場の改善につなげる考え方はデータドリブンな現場改善も参考になります。動線のムダが見つかったら工場レイアウト改善、改善の次の手として自動化を考えるなら協働ロボットの導入へとつなげられます。

よくある質問(FAQ)

動作分析AIで標準作業時間は決められますか?

動作分析AIが出すのは、実際の作業時間の計測結果です。標準作業時間を「決める」には、どの作業者のどの時間を基準にするか、余裕率をどう置くかといった判断が要り、それは人と社内ルールが決めることです。AIは、その判断の材料となる実測値を、多くのサイクルについて速く集める道具と考えてください。

骨格推定のAIは工場の作業者に何かを装着させる必要がありますか?

骨紋のように、作業者にセンサーやマーカーを付けずにカメラ映像だけで分析する製品があります。ただし、装着が要らない代わりに、撮影条件が要ります。手元や関節が映る画角、映り込む人数、遮蔽、照明などを整えないと、精度が出ません。

作業分析AIの導入費用と回収期間の目安は?

本記事のモデル試算では、分析の省力化だけでは回収せず、4ライン全部にラインバランスの改善を横展開した場合に約1.8年という結果になりました。ただしこれは本記事オリジナルの仮置き値で、業界の相場ではありません。自社の分析件数、人件費、改善幅、横展開できるライン数に置き換えて計算してください。

複数人が同時に作業するラインでも使えますか?

使える製品や設定もありますが、既定の設定が1人検出のツールもあります。2人作業やすれ違いのある工程では、その条件での性能を受入試験で確かめてください。評価セットに、わざと複数人が映る映像を入れておくのが確実です。

タイ工場で作業者を撮影するとき、PDPAで注意することは?

撮影の目的と法的根拠、従業員への通知を整理することが出発点です。骨格データが生体データ(機微データ)に当たるかは、個人識別に使う設計かどうかで扱いが変わり得るため、断定できません。所轄機関や法務の専門家に個別に確認してください。そのうえで、生の映像を短期で消す、個人評価に使わないと明記する、といった設計で守るのが現実的です。

動作分析AIのRFPと受入試験(FAT/SAT)では何を確認すべきですか?

RFPでは、目的と対象工程、撮影条件、同時に映る人数、出力の定義、正解の作り方と合格基準、映像と骨格データの保存・削除、個人評価に使わない設計、再学習、OSSモデルのライセンス、MES・Excel連携、現場の言語、現地保守の12項目をそろえます。FAT/SATでは、IE担当者の手作業の分析を正解にした同じ構成の評価セットで、サイクルタイムの差、要素の区切りの一致、取りこぼし、条件を変えたときの挙動を確かめます。

まとめ

  • 動作分析AIの価値は分析工数の削減ではなく、分析できる工程が増え、見つけたばらつきを改善に回せることにある
  • 決める順番は、何を測るか、撮り方、正解の作り方、人とデータの扱い、改善に回す仕組み、の5つ
  • 最初は目的を1つに絞る。サイクルタイムの自動計測から始めると、人とAIの差を秒で比べられる
  • ベンダーの数値は最大値・最短値・1工場での検証などの条件付きで、自社ラインで同じ値が出るとは限らない
  • モデル試算(仮置き値)では、省力化だけでは回収せず、1ラインの改善では約22.7年、4ラインへの横展開で約1.8年。改善幅が小さいと約6.9年に延びる
  • RFPは12項目で前提をそろえ、FAT/SATではIE担当者の分析を正解にした同じ構成の評価セットを流す
  • PDPA、骨格データの扱い、現場の言語、現地保守などタイ固有の論点は、所轄機関・専門家に個別確認しながら進める

対象工程の選び方や、手作業のIE分析で正解データを作る段階、従業員への説明の整理からでも構いません。タイの工場で動作分析AIの導入を検討されている方は、検討の入り口から一緒に整理できますので、お問い合わせからお気軽にご相談ください。

参考情報