在庫が多すぎれば資金が寝て、少なすぎれば欠品でラインが止まる。多くの日系工場では、この綱引きをExcelの固定式と担当者の経験で回しているのが実情です。本記事では、需要予測のさらに先にある「在庫水準そのものの決め方」に焦点を当て、在庫最適化AIが安全在庫の計算、発注点の見直し、複数拠点への在庫配分をどう変えるのかを、具体的な計算過程と公開されている導入事例の数値で整理します。
需要予測を当てても在庫が最適にならない理由
在庫の話になると、まず出てくるのが需要予測の精度です。「来月何個売れるかが当たれば在庫問題は解決する」という考え方は直感的で、実際に予測精度の改善は在庫削減の出発点になります。
ただし現場を見ていくと、予測が当たっているのに在庫が膨らんでいる、あるいは予測どおりに動いているのに欠品しているというケースが少なくありません。原因は予測の外側にあります。予測値は「平均的に何個必要か」を教えてくれますが、「では何個持っておけばよいのか」「いつ発注をかけるのか」「どの拠点に置くのか」までは決めてくれないからです。
需要予測の手法そのもの、つまり時系列モデルや機械学習でどう予測精度を上げるかについては需要予測AIの導入と精度改善の実務で詳しく扱っています。本記事はその一段あと、予測値を受け取ったあとに在庫水準をどう決めるかという最適化レイヤーが主題です。
予測と在庫水準は別の意思決定である
予測と在庫水準の決定は、実務上まったく別の意思決定です。予測は「需要はこうなりそうだ」という推定であり、在庫水準は「その推定が外れたときにどこまで守るか」という経営判断を含みます。
たとえば月間1,500個の需要予測に対して、在庫を1,500個持つ会社はありません。実際には、予測の誤差、リードタイムのばらつき、サプライヤーの納期遵守率、欠品したときの損失の大きさを織り込んで、「予測+バッファ」で水準を決めます。このバッファが安全在庫であり、発注をかけるトリガーが発注点です。
つまり、予測誤差をゼロにできない以上、在庫の良し悪しはバッファの設計精度で決まります。ここがExcelの固定式で運用されている限り、予測をどれだけ高度化しても在庫は最適になりません。
Excelと固定ルールが破綻する3つのポイント
多くの工場で使われている在庫ルールには、共通の弱点があります。
- 一度決めた係数が見直されない。安全在庫を「平均使用量の2週間分」と決めたのが3年前で、その後サプライヤーも需要も変わっているのに数字だけが残っている。
- リードタイムのばらつきを織り込んでいない。標準リードタイム30日で計算しているが、実際は25日から45日まで振れている。この振れ幅こそが欠品の主因なのに、計算式には入っていない。
- 拠点をまたいだ判断ができない。バンコク近郊の工場倉庫が欠品しかけているのに、別拠点の倉庫に3か月分眠っている。表計算は拠点ごとに独立しているため、この事実に誰も気づかない。
3つ目は特にASEAN展開している企業に共通する課題です。タイの本社工場、ベトナムやインドネシアの生産拠点、周辺国のサービスパーツ倉庫と拠点が増えるほど、拠点単位の最適化の総和は全体最適から遠ざかります。
発注点と安全在庫の基本式を押さえる
AIの話に入る前に、AIが置き換えようとしている計算そのものを確認しておきます。ここを理解しておかないと、AIの提示する数値が妥当なのか判断できません。
発注点(ROP)の構造
在庫管理の教科書的な発注点は、次の構造をしています。Omnifulが2026年2月に公開した解説では、次の形で整理されています。
発注点 = (平均日次使用量 × 平均リードタイム) + 安全在庫
前半の項は「発注してから納入されるまでの間に消費される見込み量」です。これだけでは、リードタイム中に需要が平均を上回った瞬間に欠品します。そこで後半の安全在庫が必要になります。

図のイメージで言えば、棚に積まれた在庫のうち上側の大きな塊が通常在庫、下側の色違いのゾーンが安全在庫、その境目にある水平のラインが発注点にあたります。在庫がこのラインを割ったら発注をかけ、安全在庫のゾーンだけで納入までを凌ぐ、というのが基本の考え方です。
安全在庫の基本式とサービス率
安全在庫の伝統的な式は、需要のばらつきを正規分布とみなし、許容する欠品確率に対応する係数(Z値)を掛けるものです。
安全在庫 = Z × σd × √LT
σdは日次需要の標準偏差、LTはリードタイム(日)です。Z値はサービス率、つまり「リードタイム中に欠品しない確率」から決まります。invent.aiが2026年4月に公開した解説でも、この形が静的な基本式として紹介されています。
| サービス率 | Z値 | 意味 |
|---|---|---|
| 90% | 1.28 | 10回に1回は欠品を許容 |
| 95% | 1.65 | 20回に1回は欠品を許容 |
| 98% | 2.05 | 50回に1回は欠品を許容 |
| 99% | 2.33 | 100回に1回は欠品を許容 |
ここで実務上の重要な性質がひとつあります。サービス率を上げるほど、必要な安全在庫は加速度的に増えるということです。invent.aiは、静的な式のもとでサービス率を95%から98%へ引き上げると、安全在庫がおよそ24%膨らむと指摘しています。Z値が1.65から2.05へ動くのですから、単純計算でも約1.24倍になります。
「欠品は絶対に許さない」という方針は聞こえは良いのですが、それは在庫金額を数割増やす決定と同義です。サービス率は品目ごとに使い分けるべき変数であり、全SKUに一律で99%を課すのは、多くの場合もっとも高くつくやり方です。
見落とされがちな「リードタイムのばらつき」
基本式のσdは需要のばらつきだけを見ています。つまりこの式は、リードタイムは常に一定であるという前提に立っています。
日本国内の近隣サプライヤーであればこの前提はある程度成立します。しかしタイやASEANの工場では、日本や中国からの海上輸送、通関、内陸輸送を経て部品が届きます。ここに港湾の混雑、旧正月やソンクラーンの長期休暇、書類の不備による通関遅延が重なると、リードタイムは容易に数日から数週間振れます。
invent.aiは、リードタイム変動を明示的に織り込む形として次の式を挙げています。
安全在庫 = Z × √(LT × σd² + D² × σLT²)
Dは平均日次需要、σLTはリードタイムの標準偏差です。第2項がリードタイム変動の寄与分で、需要規模Dが大きいほど効いてきます。この項が抜けているかどうかで、答えは驚くほど変わります。
数値で確かめる|同じ条件でも安全在庫は何倍も変わる
ここまでの話を、具体的な数字で確認します。Omnifulが示している計算例の条件を使います。
- 平均日次使用量 50個
- 平均リードタイム 7日
- リードタイムの標準偏差 2日
- サービス率 95%(Z=1.65)
ケース1|安全在庫を置かない場合
もっとも素朴な計算は、リードタイム中の消費量だけを見るものです。
50個/日 × 7日 = 350個
発注点は350個。この水準で発注をかけると、7日間の需要と納期がいずれも平均どおりであれば、在庫がちょうどゼロになった瞬間に次の便が届きます。裏を返せば、需要が1個でも上振れするか、納入が1日でも遅れれば欠品します。実質的なサービス率は50%程度、つまりコイントスと変わりません。
ケース2|Omnifulの計算例
Omnifulは同じ条件に安全在庫を加え、次のように計算しています。
安全在庫 = 1.65 × 50 × √2 ≒ 116個
発注点 = (50 × 7) + 116 = 466個
同記事は、在庫が350個ではなく466個になった時点で発注すべきだという結論を示しています。素朴な計算に対して3割以上多い水準です。この116個が、リードタイム中の変動を吸収するために積んでおくバッファということになります。
なお、この計算はリードタイムの変動幅である2日を平方根の中に置いた形で、後述のケース4で使う教科書的な式とは形が異なります。同じ入力条件でも採用する式によって答えが変わるという、本節の論点そのものを示す例として読んでください。
ケース3|リードタイム変動を無視した静的な式
ここで、日次需要の標準偏差を仮に5個と置いてみます(実データがない場合の例示として、以下この値を使います)。リードタイム変動を織り込まない基本式では、次のようになります。
安全在庫 = 1.65 × 5 × √7 = 1.65 × 5 × 2.65 ≒ 21.8個
発注点は350 + 22 = 372個です。安全在庫はわずか22個、在庫日数にして0.4日分しかありません。リードタイムが1日遅れれば50個分の追加需要が発生するのに、手元には22個しかない計算になります。リードタイム変動が主因の現場では、この水準は実態を守れていません。
ケース4|リードタイム変動を織り込んだ適応型の式
同じ条件を、リードタイム変動を含む式に入れます。
安全在庫 = 1.65 × √(7 × 5² + 50² × 2²)
= 1.65 × √(175 + 10,000)
= 1.65 × √10,175
= 1.65 × 100.9 ≒ 166個
発注点は350 + 166 = 516個になります。ケース3の22個に対して7倍以上です。
注目すべきは括弧の中身です。需要のばらつきの寄与は175、リードタイムのばらつきの寄与は10,000。この条件では、ルート内の分散寄与の98%以上がリードタイム変動から来ているということです。もちろんこの比率は日次需要のばらつきをどう見積もるかで変わりますが、需要のばらつきに対してリードタイムのばらつきが相対的に大きい品目では、この構図が成り立ちます。それにもかかわらず、多くのExcelシートはこの項を持っていません。
4つの答えが意味すること
同じ品目、同じ需要でありながら、発注点は350個、372個、466個、516個と大きく振れました。ケース1はサービス率を意識していない計算なので厳密には同列に置けませんが、残る3つは同じ95%を狙いながら372個から516個まで開いています。式そのものが誤っているというより、どの不確実性を式に入れたかで答えが決まるということです。
そして実務では、ここにさらに変数が加わります。サプライヤーごとの納期遵守率、月末に偏る出荷パターン、季節性、ロットサイズの制約、通関に要する日数の変化。これらをすべて織り込んだ式を、数千SKU分、毎週手作業で更新することは現実的ではありません。だからこそ、この領域が自動化の対象になります。
安全在庫のAI計算は従来式と何が違うのか
「安全在庫をAIで計算する」と言ったとき、実際に何が変わるのか。ポイントは3つあります。
正規分布の仮定を置かない
従来式は需要が正規分布に従うことを前提としています。しかし補修部品やスペアパーツのように、ほとんどの日はゼロで、時々まとまった数が出るような間欠需要は正規分布からかけ離れています。この場合、標準偏差から計算した安全在庫は実態と噛み合いません。
Netstockは、AIを用いた安全在庫の算出では、単純な標準偏差ではなく需要の確率分布そのものを扱うと説明しています。過去実績から需要の分布形状を推定し、そのうえで目標サービス率を満たす水準を求めるアプローチです。間欠需要やロングテール品目では、この差が効いてきます。
一度きりの計算ではなく継続的に更新する
2つ目の違いは頻度です。Netstockは、オンライン学習型のアルゴリズムが新しい需要実績、リードタイム実績、サプライヤーの信頼性データを取り込むたびに安全在庫のパラメータを更新し続けると説明しています。invent.aiも同様に、AI/MLを用いたプラットフォームの特徴として、SKU単位で継続的に再計算する点を挙げています。
これは運用面で大きな違いを生みます。従来の運用では、安全在庫の見直しは年に一度の棚卸しや期初の予算策定に合わせた「イベント」でした。AIによる運用では、サプライヤーの納期が悪化し始めた時点で該当品目の安全在庫が自動的に厚くなり、安定してくれば自動的に薄くなります。人間が異常に気づいて対応するまでのタイムラグがなくなります。
サービス率を「決める」から「選ぶ」へ
3つ目は意思決定の形が変わることです。従来はサービス率を先に決め、その結果として在庫金額が決まりました。最適化エンジンを使うと、この関係を逆にたどれます。
在庫金額の上限が決まっているとき、その予算のなかでどの品目にどれだけバッファを割り当てれば全体の欠品損失が最小になるか。あるいは目標のフィルレートを達成する最小の在庫金額はいくらか。こうした問いは、品目ごとに独立して式を解くのではなく、制約条件付きの最適化問題として解くことで初めて答えが出ます。
なお、ベンダー各社が公表する効果値には注意が必要です。たとえばForthcastは2025年6月時点の記事で、予測誤差の最大50%削減、在庫保管コスト15%削減、欠品の最大60%削減といった数値を挙げ、「静的な計算式は需要変動の40%を捉え損ねている」と述べています。これらはベンダー自身が発信する販促色のある数値であり、前提条件も明示されていないため、そのまま自社の期待値に置き換えるべきではありません。
AIによる発注点最適化が効く品目、効かない品目
すべての品目にAIが必要なわけではありません。投資対効果を考えるうえで、効きやすい領域を見極めることが重要です。
効果が出やすい条件
以下の条件に当てはまる品目ほど、従来式との差が大きくなります。
- リードタイムが長く、かつばらつく品目。輸入部品、海外調達の樹脂・金属材料、特注品など。
- SKU数が多く、人手ですべてを見直せない領域。補修部品、副資材、消耗品など。
- 需要が間欠的、または季節性・イベント性が強い品目。
- 単価が高く、過剰在庫の金利負担や陳腐化リスクが大きい品目。
- 欠品したときのライン停止コストが大きい重要部品。
効果が限定的な条件
逆に、以下のような品目ではAIを持ち込む価値は小さくなります。内製で当日供給できる部品、SKU数が数十点で担当者が全体を把握できている領域、需要が極めて安定していてリードタイムも一定の汎用品などです。この場合は、既存の固定ルールを年1回見直すほうが費用対効果に優れます。
在庫最適化の対象範囲を決める段階で、全SKUを一律に扱わず、金額規模とばらつきの2軸で層別し、上位の層から着手するのが定石です。なお、流通・小売業における在庫AIの活用は、店舗単位の需要特性やロス管理など製造業とは論点が異なります。この領域については小売業の在庫管理AI活用で別途整理しています。
多拠点の在庫AI配分|単一拠点の公式では解けない問題
ここまでは1つの倉庫、1つの品目という前提で話を進めてきました。実際の課題はもう一段複雑です。

拠点ごとの最適化の総和は全体最適ではない
タイに製造拠点があり、周辺国に販売倉庫やサービスパーツ拠点を持つ構成を考えます。各拠点がそれぞれ発注点と安全在庫を計算し、それぞれが95%のサービス率を確保しようとすると、同じ品目のバッファが拠点の数だけ積み上がります。ネットワーク全体で見れば明らかな重複です。
かといって、中央倉庫にすべてを集約すれば輸送リードタイムが延びて末端の欠品が増えます。どの拠点にどれだけ置くかは、拠点間の輸送時間、各拠点の需要変動、輸送コスト、在庫保管コストが絡み合う配分問題であり、単一拠点向けのEOQや発注点の公式では原理的に解けません。
多段階在庫最適化(MEIO)というアプローチ
この問題を扱う考え方が多段階在庫最適化、いわゆるMEIOです。GAINSystemsは2026年6月の解説で、MEIOが遺伝的アルゴリズムを用いてネットワーク内のすべてのノードにおけるバッファ配置を同時に最適化するものであり、これは単一拠点のEOQや発注点の計算式では実現できないと説明しています。
同社が挙げている事例では、Hillmanが完成品在庫を18%削減しながら、同時にフィルレートを96%から98%へ改善しています。在庫を減らしながら供給力を上げるという、一見矛盾する結果が出ている点が重要です。これは総量を削ったのではなく、置き場所と配分を組み替えた結果と理解するのが妥当です。
同社はまた、統計的手法との比較における業界全般のレンジとして、在庫20〜40%削減、予測誤差30〜50%削減という数値を挙げています。これは特定企業の実績ではなく幅を持った目安であり、自社の初期条件によって着地点は大きく変わります。
「発注する前に、まず融通できないか」を問う
多拠点最適化のもうひとつの論点が、補充と再配分の使い分けです。ある拠点で在庫が減ったとき、選択肢は2つあります。サプライヤーに新規発注をかけるか、余裕のある別拠点から横持ちするかです。
MecaluxとMITの研究チームが2026年3月に公表したGENESISは、この判断を支援するAIシミュレーターです。遺伝的アルゴリズムと機械学習を組み合わせて数千通りのシナリオを評価し、拠点ごとの最適な在庫水準を提示するだけでなく、サプライヤーへ新規発注をかけるより拠点間で在庫を移動したほうが有利かどうかを推奨します。MITのIntelligent Logistics Systems Labの研究者は「これまで数日かかっていたことが数分で終わる」と述べており、企業が実際の戦術計画に使えるレベルになったと説明されています。
意思決定のスピードが上がることの意味は、単に楽になるという話ではありません。検討に3日かかる分析は、月次のレビューでしか回せません。数分で終わるなら、週次あるいは日次で回せます。前提条件が変わるたびに計算をやり直せるようになることが、在庫水準を実態に追随させるうえで本質的な差になります。
ASEAN特有の制約を忘れない
ただし、拠点間の横持ちは数理的に最適でも実行できないことがあります。国をまたぐ移動には輸出入手続きが伴い、BOI恩典やフリーゾーンの適用区分によっては在庫の移動が単純ではありません。関税・原産地の扱いや、社内取引価格の設定も絡みます。
したがって多拠点の在庫AI配分を設計するときは、「システムが推奨する移動のうち、実務上ただちに実行できるものはどれか」を最初に線引きしておく必要があります。国内複数倉庫間の移動は即実行、国をまたぐ移動は月次の計画レベルで検討、といった具合に制約を明示してエンジンに与えることが実装上の要点になります。
導入効果はどこまで見込めるか|公開されている数値
効果の見積もりは、経営層への説明でもっとも問われる部分です。公開されている事例を、出典と時点を明示したうえで整理します。
| 出典・事例 | 時点 | 報告されている効果 |
|---|---|---|
| GAINSystems / Hillman | 2026年6月 | 完成品在庫18%削減、フィルレート96%から98%へ |
| Kortical / API Group | 公開日の記載なし | 在庫水準を8.5%削減、オンタイム納品が11%向上 |
| Nucleus Research / RELEX | 2024年時点 | 4社平均で在庫コスト20%削減 |
| ThroughPut.AI / コーヒー小売 | 2024年時点 | 在庫15%削減と同時に品揃え改善と廃棄削減 |
| Forthcast(ベンダー公表値) | 2025年6月時点 | 予測誤差最大50%削減、在庫保管コスト15%削減、欠品最大60%削減 |
Nucleus ResearchがRELEX Solutionsについてまとめた2024年時点の調査では、対象4組織の平均で在庫コスト20%削減と報告されており、内訳として製造業の1社が完成品在庫を22%削減、金物小売が17%削減、食品・飲料関連の1社が在庫回転の改善と廃棄削減により100万米ドル超のコスト削減を実現したとされています。2年以上前の調査であるため、現在のプロダクト機能とは前提が異なる可能性がある点は割り引いて読む必要があります。
Korticalが公表しているAPI Groupの事例は、時系列の機械学習と最適化を組み合わせた取り組みで、在庫水準の8.5%削減と、オンタイム納品の11%向上が報告されています。同事例では、倉庫に拘束されていた資本が減った点が効果として説明されています。削減幅としては控えめですが、納期遵守が同時に改善している点は、単なる在庫圧縮ではなく配分の改善が効いたことを示唆します。
数値の読み方に関する注意
これらの数値をそのまま自社の目標に置き換えるのは危険です。理由は3つあります。
第一に、削減率の分母である現状が各社で異なります。もともと在庫が積み上がっていた企業ほど大きな削減率が出ます。第二に、多くの事例は在庫削減と同時にシステム更新、業務プロセス変更、組織再編を伴っており、AI単独の寄与を切り分けられていません。第三に、ベンダーが公表する事例は成功事例に偏ります。
現実的な進め方は、自社の在庫を金額とばらつきで層別し、上位の数百SKUについて現行ルールとAIによる推奨値を並べて比較する試算から始めることです。「もし過去12か月をこの推奨値で運用していたら、欠品は何回発生し、平均在庫はいくらだったか」というバックテストは、多くの場合、外部事例の削減率よりはるかに説得力のある材料になります。
タイ・ASEANの日系工場で在庫最適化AIを実装する
ここからは実装の話です。タイに拠点を持つ日系製造業を前提に、実務上の要点を整理します。

最大のボトルネックはリードタイム実績データ
在庫最適化AIの導入プロジェクトで、もっとも高い確率で詰まるのがデータです。需要実績、つまり出庫データは多くの場合そろっています。問題はリードタイムです。
前述のとおり、リードタイムのばらつきが大きい品目では、在庫リスクの大半がそこから生じます。ところが「発注日」と「実際の入庫日」の対が過去数年分きれいに残っている工場は多くありません。基幹システムには標準リードタイムがマスタ値として登録されているだけで、実績が記録されていない、あるいは分納・一部納入の扱いが統一されておらず集計できない、といった状態がよく見られます。
導入検討の初期段階で、最低限そろえたいデータは次のとおりです。
- 品目マスタと現行の安全在庫・発注点の設定値、およびその根拠
- 過去24か月程度の出庫実績(日次または週次、拠点別)
- 過去24か月程度の発注実績と入庫実績(発注日、指定納期、実入庫日、数量)
- サプライヤー別の納期遵守実績と最小発注ロット、発注単位
- 拠点間の輸送リードタイムと輸送コスト、実行可能な移動の組み合わせ
このうち3番目がそろっていない場合は、まず記録の仕組みを整えるところからになります。半年分でも実績が蓄積されれば、標準リードタイムを実測値に置き換えるだけで安全在庫の妥当性は大きく改善します。AI導入以前に、リードタイムの実測を始めることが最初の一歩というケースは珍しくありません。
どのシステムに最適化ロジックを載せるか
計算ロジックが決まっても、それをどこで動かすかという問題が残ります。選択肢は大きく3つです。既存の基幹システムやMRPの拡張機能を使う方法、在庫最適化に特化した専用ソリューションを導入する方法、そして生産管理システムのデータ基盤の上に自社で最適化ロジックを実装する方法です。
どれを選ぶかは、SKU数、拠点数、既存システムの拡張性、社内でロジックを保守できる人材がいるかによって変わります。システムごとの機能範囲や適性については工場向け在庫管理システムの比較で整理しているので、選定段階ではそちらもあわせて確認してください。
判断の軸として押さえておきたいのは、最適化の結果を実際の発注業務に流し込めるかどうかです。推奨値が別画面に表示されるだけで、担当者が手作業で基幹システムに転記する運用になると、量が増えた瞬間に形骸化します。推奨値をマスタの発注点として自動反映する、あるいは発注候補として起票するところまで含めて設計する必要があります。
なお、タイの製造業全体でもシミュレーションや保全へのAI活用は広がりつつあり、2026年8月には現地報道でDassault Systèmesの3DEXPERIENCEやVirtual Companionsを用いた取り組みが、プロセスの15〜50%高速化、生産時間25%短縮、コスト5〜40%削減といった効果とともに紹介されています。これは在庫最適化に限った話ではありませんが、AIを製造現場の意思決定に組み込む動きが特定分野にとどまらないことを示す例と言えます。
運用設計|推奨値をそのまま発注しない
技術面よりも難しいのが運用の設計です。実務でうまく回っている現場には共通点があります。
まず、AIの推奨値を無条件で自動発注につなげないことです。導入初期は推奨値と現行値を並べて表示し、差が一定以上の品目だけ担当者が確認するという運用にします。数か月運用して推奨値の妥当性が確認できた品目群から、段階的に自動反映の範囲を広げていきます。
次に、なぜその数値になったのかを説明できる形にしておくことです。「安全在庫が先月の80個から140個に増えたのは、直近3か月でサプライヤーAの納期遅延が増えたため」というレベルの説明が出せないと、現場は数字を信用しません。信用されない推奨値は無視され、システムは使われなくなります。
そして、例外を扱う枠を最初から作っておくことです。新製品の立ち上げ、特定顧客向けの確保在庫、生産終了品の在庫消化。これらは過去データから学習した推奨値が当てはまらない領域であり、人が判断する対象として明示的に切り出しておくべきです。
進め方の目安
現実的な進め方としては、次のような段階を踏むのが安全です。
- ステップ1|現状把握。 品目を金額とばらつきで層別し、現行の安全在庫と発注点の根拠を棚卸しする。
- ステップ2|データ整備。 特に発注実績と入庫実績の対を整備し、リードタイムの実測分布を出す。
- ステップ3|バックテスト。 対象品目を絞り、過去実績に対して現行ルールと最適化ロジックを比較する。
- ステップ4|限定運用。 数百SKU規模で推奨値の運用を開始し、欠品と在庫金額の推移を追う。
- ステップ5|拡大と多拠点化。 単一拠点で妥当性が確認できたら、拠点間の配分最適化に範囲を広げる。
いきなり全社全SKUで多拠点最適化に踏み込むと、データ整備の負荷と現場の抵抗の両方に同時に直面します。単一拠点、限定SKUで数字の妥当性を示してから範囲を広げるほうが、結果的に早く着地します。
よくある質問
在庫最適化にAIはどう使うのですか
主な用途は3つです。1つ目は品目ごとの安全在庫の算出で、需要の確率分布とリードタイムの実測分布から、目標サービス率を満たす最小の水準を求めます。2つ目は発注点と発注量の決定で、ロットや発注単位の制約を織り込んだうえで補充のタイミングを提示します。3つ目が拠点間の在庫配分で、ネットワーク全体でバッファをどこに置くかを最適化します。需要予測はこれらの入力であり、AIの適用先はむしろ予測のあとの意思決定側にあります。
安全在庫はAIでどう計算するのですか
考え方の骨格は従来式と同じで、需要とリードタイムの不確実性に対してどこまで守るかを決めます。違いは3点です。正規分布を仮定せず需要の分布形状そのものを推定する点、リードタイム変動を明示的に織り込む点、そして新しい実績が入るたびにパラメータを更新し続ける点です。Netstockは、確率的な需要分布とオンライン学習型アルゴリズムの組み合わせによって、需要・リードタイム・サプライヤー信頼性のデータが入るたびに安全在庫のパラメータが更新されると説明しています。
AIによる発注点の最適化は、Excelの計算と何が違うのですか
本記事の計算例が示すとおり、同じ品目・同じサービス率でも、どの不確実性を式に入れるかで発注点は372個にも516個にもなりました。Excelでの運用における問題は、式が単純であること自体よりも、その式が一度決められたあと更新されないことにあります。サプライヤーの納期が悪化しても、需要のばらつき方が変わっても、係数は前のままです。AIを使う最大の利点は、この更新を数千SKUに対して継続的に回せることです。
多拠点の在庫配分をAIに任せて問題ないですか
計算をAIに任せることと、実行を無条件で任せることは分けて考えるべきです。特にASEANでは、国をまたぐ在庫移動に通関手続きやBOI恩典の区分が絡み、数理的に最適でも実行できない移動があります。実務では、実行可能な移動の組み合わせをあらかじめ制約としてエンジンに与え、システムの推奨は候補として提示させ、実行判断は人が行う形から始めるのが現実的です。国内拠点間の移動から自動化を進め、越境の移動は計画レベルにとどめるという段階設計が有効です。
導入にはどのくらいのデータ期間が必要ですか
品目の性質によりますが、季節性を捉えるには最低でも24か月程度の出庫実績があることが望ましいです。ただし、より重要なのは期間よりもリードタイム実績の有無です。発注日と実入庫日の対が記録されていれば、6か月程度でもリードタイムの分布は見えてきます。逆に出庫実績が5年分あってもリードタイム実績がなければ、安全在庫の計算精度は上がりません。データが足りない場合は、まず記録の仕組みを整え、その間に既存データでバックテストできる範囲から着手するのが現実的です。
まとめ
在庫最適化AIの本質は、需要をより正確に当てることではなく、当たらない前提でバッファをどう設計し、どこに置き、いつ見直すかを継続的に解き直すことにあります。
本記事で確認したポイントを整理します。発注点は「リードタイム中の消費量+安全在庫」という構造を持ち、その安全在庫の設計精度が在庫水準を決めます。同じ条件でも、リードタイム変動を式に入れるかどうかで安全在庫は数倍変わり、海外調達品のようにリードタイムが振れる品目では、在庫リスクの大半が需要ではなくリードタイムのばらつきから生じます。サービス率の引き上げは在庫金額を加速度的に押し上げるため、品目ごとの使い分けが必要です。そして複数拠点を持つ企業では、拠点ごとの最適化の総和は全体最適にならず、ネットワーク全体でバッファ配置を解く多段階在庫最適化と、発注前の拠点間再配分の判断が効いてきます。
公開されている事例では、完成品在庫18%削減とフィルレート改善の同時達成や、在庫水準8.5%削減とオンタイム納品11%向上といった結果が報告されています。ただしこれらは前提条件が異なるため、自社データによるバックテストで妥当性を確かめる工程を省略すべきではありません。
そして最後にもう一度強調しておきたいのは、この取り組みの成否がアルゴリズムではなくデータと運用設計で決まるということです。発注実績と入庫実績の対を記録し始めること、推奨値の根拠を説明できる形にすること、例外を人が扱う枠を残すこと。この3つが整っていれば、どのツールを選んでも成果は出ます。逆にここが抜けていると、どれほど高度なエンジンを導入しても現場では使われません。
TOMAS TECHは、タイ・ASEANの日系製造業向けに生産管理システムPEGASUSをはじめとする現場の生産性向上ソリューションを提供しており、在庫データの整備から最適化ロジックの実装、現場運用の設計までを一貫して支援しています。自社の在庫データで何がどこまで見えるのか、まずは現状を整理したいという段階でも構いません。ご検討の初期段階からのご相談も歓迎していますので、お問い合わせページからお気軽にお声がけください。
参考情報
- Omniful「Inventory Reorder Point Formulas and Advanced Tips」2026年2月13日 https://www.omniful.ai/blog/inventory-reorder-point-formulas-advanced-tips-2026 発注点の式および50個/日・リードタイム7日の計算例の出典
- invent.ai「Safety Stock Management for Retail, Moving Beyond Static Formulas」2026年4月23日更新 https://www.invent.ai/blog/safety-stock-management-for-retail-moving-beyond-static-formulas 静的な式と適応型の式の比較、サービス率95%から98%への引き上げで安全在庫が約24%増加する点の出典
- Netstock「Utilizing AI for Efficient Inventory Management Systems」公開日の記載なし https://www.netstock.com/blog/utilizing-ai-for-efficient-inventory-management-systems/ 確率分布とオンライン学習による安全在庫パラメータ更新の出典
- Forthcast「AI vs Traditional Safety Stock Calculations」2025年6月11日 https://www.forthcast.io/blog/ai-vs-traditional-safety-stock-calculations 予測誤差最大50%削減などベンダー公表値の出典
- Mecalux「GENESIS, the AI simulator for warehouses」2026年3月 https://www.mecalux.com/news/genesis-ai-simulator-warehouses 遺伝的アルゴリズムと機械学習による拠点間再配分の判断、およびMIT研究者のコメントの出典
- GAINSystems「How to Take an AI Approach to Inventory Management」2026年6月25日 https://gainsystems.com/blog/how-to-take-an-ai-approach-to-inventory-management/ 遺伝的アルゴリズムによるバッファ配置の同時最適化、Hillmanの18%削減とフィルレート96%から98%、業界レンジ20〜40%および30〜50%の出典
- Kortical「Inventory Optimisation Using AI」公開日の記載なし https://kortical.com/case-studies/inventory-optimisation-using-ai-example/ API Groupの在庫8.5%削減とオンタイム納品11%向上の出典
- Nucleus Research「RELEX Customers Cut Inventory Costs by 20 Percent on Average」2024年8月26日 https://nucleusresearch.com/research/single/relex-customers-cut-inventory-costs-by-20-percent-on-average/ 4社平均20%削減、製造業22%、金物小売17%、食品・飲料関連100万米ドル超の出典
- ThroughPut.AI「AI-Powered Inventory Optimization for Coffee Retail Chains」2024年 https://throughput.world/blog/ai-powered-inventory-optimization-for-coffee-retail-chains/ 在庫15%削減の出典
- The Nation Thailand「Industrial AI Powers Thailand’s Next Manufacturing Shift」2026年8月17日 https://www.nationthailand.com/business/tech/40069861 タイ製造業における産業AI活用とプロセス15〜50%高速化などの出典