「生産計画をシミュレーションしたい」という相談を受けたとき、その言葉が指すものは相手によってかなり違います。工場全体を仮想空間に再現するデジタルツインを思い浮かべる人。Excelで数式を組んで数字を試算することだと考える人。どうせ机上の空論だろうと最初から距離を置く人。本記事では生産計画シミュレーションのうち、日々の作業指示に直結する小日程レベルの計画検証に範囲を絞って整理します。
本記事の主題は、AI活用の投資対効果でも、スケジューラー製品の優劣でもありません。「シミュレーション機能とは何で、小日程計画のどこに効くのか」という概念の整理です。AI活用そのものの分類やROIの考え方は生産計画AIとはに、製品を選ぶ段階のRFPやPoCの進め方は生産スケジューラー比較2026にそれぞれ譲ります。ここでは、その手前にある「何ができる機能なのか」を先に押さえます。
生産計画の3階層と、シミュレーションが効く場所
生産計画は1枚の計画表ではない
生産計画という言葉が会議で噛み合わないのは、計画に複数の階層があり、話している人がそれぞれ違う階層を指しているためです。生産計画は一般に、大日程計画・中日程計画・小日程計画の3階層に分かれます。それぞれ計画期間もタイムバケット(計画を刻む時間の単位)も担当者も違います。
大日程計画は1年から5年の期間を扱います。タイムバケットは四半期または月単位。担当は経営層や経営企画部です。ここで決まるのは設備投資や要員計画、拠点間の生産配分といった、年単位で効いてくる枠組みです。
中日程計画は3ヶ月から1年を扱います。タイムバケットは日単位。担当は生産管理部です。MPS(基準生産計画)とMRP(資材調達計画)を立案する階層で、いつ何をどれだけ作るか、そのために資材をいつ手配するかが決まります。
小日程計画は1週間から数ヶ月を扱います。タイムバケットは時・分単位。担当は生産管理部と製造現場のリーダーです。ここで初めて「どの機械で・誰が・何を・何時何分から」という具体的な作業指示にまで落とし込まれます。現場の人が「計画」と呼ぶとき、多くはこの小日程計画のことを指しています。
| 階層 | 計画期間 | タイムバケット | 主な担当 | 決めること |
|---|---|---|---|---|
| 大日程計画 | 1年〜5年 | 四半期・月単位 | 経営層・経営企画部 | 設備投資、要員計画、拠点間の生産配分 |
| 中日程計画 | 3ヶ月〜1年 | 日単位 | 生産管理部 | MPS(基準生産計画)とMRP(資材調達計画) |
| 小日程計画 | 1週間〜数ヶ月 | 時・分単位 | 生産管理部と製造現場のリーダー | どの機械で・誰が・何を・何時何分から |
階層が下がるほど「決め直し」の頻度が上がる
3階層を並べると、下の階層ほど時間の刻みが細かく、変更の頻度が高いことが分かります。大日程計画は年に数回見直せば足ります。中日程計画は週次で回すのが一般的です。小日程計画は、日に何度も組み替えが必要になる工場が珍しくありません。
そして、決め直しの頻度が高い階層ほど、判断に使える時間は短くなります。朝礼前の30分で今日の順序を組み直す。昼過ぎに材料の遅延が判明して午後の割り付けを変える。こうした判断は、どれも「この順序に変えたら何が起きるか」を確かめないまま下されています。確かめる手段がないからです。
生産計画シミュレーションが効くのは、まさにこの場所です。決め直しの頻度が高く、判断時間が短く、それでいて結果が納期と直結する階層。すなわち小日程計画と、その上流にある中日程計画との境界です。
what-if検証という使い方
シミュレーションの使い方として実務上いちばん出番が多いのは、what-if検証です。「もしこの緊急オーダーを今日の夕方に割り込ませたら、既存の何が遅れるか」「もし段取り替えの回数を減らすために似た品番をまとめたら、在庫はどれだけ増えるか」といった問いに、実際に流す前に答えを出す使い方です。
ここで重要なのは、シミュレーションが出すのは「正解の計画」ではなく「その計画を選んだ場合に起きること」だという点です。緊急オーダーを割り込ませるかどうかを決めるのは人間です。シミュレーションが担うのは、その判断が引き起こす結果を事前に見せることに限られます。この線引きを曖昧にしたまま導入すると、「システムが計画を作ってくれるはずだったのに」という失望につながります。
なぜ計画と現場は乖離するのか
計画がその通りに動かない工場は多く、原因は担当者の能力ではなく仕組みの側にあります。手作業でのスケジューリングが抱える本質的な問題は、属人化・変更対応の遅れ・負荷の偏りの3点に整理できます。
属人化
小日程計画は、多くの工場でExcelと担当者の頭の中で作られています。どの品番を続けて流すと段取りが短く済むか、この設備は湿度が高い日は歩留まりが落ちるか、この作業者はこの治具の扱いに慣れているか。こうした知識は計画表のセルには現れません。担当者の記憶の中にあります。
その結果、計画の品質はその人がいる日といない日で変わります。年に一度の休暇でも質は落ち、退職や帰任ともなればなおさらです。これは能力の問題ではなく、判断の根拠が形式知になっていないことの問題です。
タイの日系工場では、この属人化がもう一段複雑になります。判断の根拠を持っているのが日本人管理者で、日々の入力を担当するのがタイ人スタッフという分担になっていることがあるためです。この場合、根拠が言語化されないまま「これはこうするもの」という運用だけが引き継がれます。なぜそうするのかが分からないまま運用だけが残ると、前提が変わったときに誰も修正できません。
変更対応の遅れ
計画は立てた瞬間から古くなります。材料が届かない。設備が止まる。顧客が数量を変える。作業者が休む。こうした事象は毎日起きます。
問題は、事象が起きてから計画に反映されるまでの時間差です。1つの設備が半日止まったとき、そこを通る品番はどれで、その品番の後工程はどこが空いていて、納期に間に合わなくなる受注はどれか。手作業でこれを追うと、確認の電話と表計算の書き換えが連鎖し、影響範囲を把握するだけで数時間かかることがあります。
その間、現場は古い計画で動き続けます。組み直しが終わった頃には、また別の事象が発生している。追いつかないまま、計画表は「参考資料」に格下げされていきます。シミュレーションが短縮するのは、まさにこの追跡の時間です。順序を変えた案を2つ3つ並べ、それぞれで遅れる受注を数分で出せれば、判断の速さそのものが変わります。
計画表が参考資料になった工場では、現場が独自の判断で順序を決めるようになります。そうなると計画と実績の差を測る意味も失われ、次の計画の精度も上がりません。乖離が乖離を生む構造です。
負荷の偏り
3つ目は、負荷が特定の設備・特定の作業者に偏っていることに気づけない問題です。計画表は「いつ何を作るか」を表しますが、「そのとき誰にどれだけの負荷がかかるか」までは表しません。
結果として、ある設備だけが常に残業前提で回り、隣の設備には空き時間がある、という状態が固定化します。あるいは特定の資格を持つ作業者にだけ仕事が集中し、その人が休むと計画全体が崩れる。負荷の山谷は、計画を立てた本人にも見えていないことが多いのです。
負荷の偏りが厄介なのは、それが問題として認識されにくい点です。納期を守れている限り、残業が常態化していても「そういうもの」として扱われます。偏りが表面化するのは、受注が増えたときか、担当者が抜けたときです。そのときには既に、偏りを前提にした運用が固まっています。負荷を山積み表として計算できるようにしておくと、この偏りが受注量に対してどこまで耐えられるかを、危機になる前に確認できます。

失われている能力はどれくらいか
こうした非効率が積み上がると、工場の生産能力のうち相当な部分が使われないまま消えていきます。ある分析によれば、製造業者はダウンタイム・不適切なスケジュール・不均衡な労働力配分といった回避可能な非効率性によって、生産能力の10〜30%を失う可能性があるとされます。
この数字は幅が広く、業種や生産形態によって大きく変わるはずです。断定的に受け取る性質のものではありません。ただ、順序が悪いために発生している段取り、待たされている設備、片寄った残業といったものを合計したとき、「もともと持っている能力を全部は使えていない」という感覚は、多くの生産管理担当者が実感として持っているはずです。設備を増やす前に、いま持っている能力のうち何%を使えているのかを確かめる。シミュレーションはその確認のための道具でもあります。
生産シミュレーションの6要素と、それぞれが何を可視化するか
生産シミュレーションは、実際の生産現場をモデル化し、複数のシナリオを想定して計画の効果を事前に検証する手法です。ここでいうモデル化は、工場を精密に再現することではありません。判断に必要な要素だけを抜き出して、計算できる形にすることです。
主要な要素は6つあります。それぞれが「現場のどんな失敗を事前に見つけられるか」に対応しています。

ラインバランシング
工程間の作業時間を均等化する要素です。ライン全体の生産ペースは、最も時間のかかる工程で決まります。他の工程がどれだけ速くても、そこで詰まります。
これをモデル化すると、どの工程が全体を律速しているか、その工程の作業を分割または再配分したときに全体のペースがどう変わるかが計算できます。事前に見つけられる失敗は、「人を増やしたのにアウトプットが変わらなかった」という類のものです。ボトルネックではない工程に人を足しても、ラインの出口は変わりません。この確認を実際に人を配置する前にできます。
キャパシティプランニング
設備能力に基づいて最大生産量を予測する要素です。個々の設備が単位時間あたりに何個処理できるかを積み上げ、対象期間で何個作れるかを出します。
事前に見つけられる失敗は、受注時点での無理な納期回答です。営業が回答した納期が、そもそも設備能力の上限を超えていた。このケースは、回答した時点では誰も気づかず、生産直前になって発覚します。能力の上限をモデルとして持っていれば、回答の前に確認できます。
リソース制約
治工具の本数や作業者のスキルといった制限を計画に組み込む要素です。設備が空いていても、その品番に必要な治具が別の設備で使われていれば流せません。作業者が出勤していても、その工程の資格を持っていなければ配置できません。
事前に見つけられる失敗は、「設備は空いているのに流せない」という当日の停滞です。計画表の上では成立しているのに、現場では成立しない計画。この不整合は、治工具や資格をモデルに入れて初めて計算で検出できます。多能工化が進んでいない工場ほど、この要素の効き目は大きくなります。
工程間バッファ
仕掛在庫(WIP)の量と滞留を可視化する要素です。工程と工程の間にどれだけの中間品が溜まるか、それがどれだけの時間そこに留まるかを計算します。
事前に見つけられる失敗は、置き場の不足とリードタイムの伸びです。生産数だけを見れば達成できる計画でも、途中の置き場に入りきらない量の仕掛が発生することがあります。実際に流し始めてから通路に仮置きが並び、運搬に余計な手間がかかる。この状況は、バッファをモデル化していれば計画段階で見えます。
段取り時間
製品切替に伴う調整時間をモデル化する要素です。品番Aの後に品番Bを流す場合と、品番Aの後に品番Cを流す場合とでは、必要な段取り時間が違います。この「順序に依存する時間」を計算に入れます。
事前に見つけられる失敗は、順序の組み方による稼働率の取りこぼしです。生産数量だけを見て組んだ計画は、切替の多い順序になりがちです。段取り時間を入れて計算すると、同じ数量でも順序を変えるだけで実稼働時間が変わることが数字で出ます。多品種少量の工場では、ここが最も効く要素になることが多いです。
ばらつき要素
設備故障や作業時間の変動を確率分布で再現する要素です。ここまでの5つが「決まった値」を前提にするのに対し、この要素だけは「値が揺れること」そのものを扱います。
事前に見つけられる失敗は、計画が理論値でしか成立していない状態です。すべてが標準時間どおりに進む前提の計画は、実際には一度も達成されません。故障率や作業時間の分布を入れて計算すると、同じ計画でも「うまくいった場合」と「そうでない場合」の幅が出ます。この幅を見た上で、どこに余裕を持たせるかを決められます。
| 要素 | モデル化するもの | 事前に見つかる失敗 |
|---|---|---|
| ラインバランシング | 工程間の作業時間の均等化 | ボトルネック以外に人を足して効果が出ない |
| キャパシティプランニング | 設備能力に基づく最大生産量 | 能力を超えた納期回答 |
| リソース制約 | 治工具・人員スキルの制限 | 設備は空いているのに流せない停滞 |
| 工程間バッファ | 仕掛在庫の量と滞留 | 置き場の不足とリードタイムの伸び |
| 段取り時間 | 製品切替の調整時間 | 順序の組み方による稼働率の取りこぼし |
| ばらつき要素 | 故障・作業時間の変動の確率分布 | 理論値でしか成立しない計画 |
この6つを全部そろえないと使えない、というものではありません。むしろ最初は2つか3つで足ります。自社で起きている失敗がどの行に当てはまるかを先に決め、その要素からモデルに入れる。それがシミュレーションを実務で回す現実的な入り方です。
実運用前にリスクを可視化できること、そして複数のシナリオをKPIで比較して改善効果を数値化できることが、この手法の中心にある価値です。
デジタルツイン・APSとの関係、2026年の技術動向
APS市場は年率1割前後で伸びている
シミュレーション機能の多くは、APS(Advanced Planning and Scheduling)と呼ばれる生産スケジューラー製品の一部として提供されています。この市場は拡大が続いています。
APS市場は2025年に13.2億米ドル、2026年に14.7億米ドル(前年比CAGR 11.2%)と予測されており、2030年には21.1億米ドル(2026-2030 CAGR 9.5%)まで成長すると見込まれています。成長を牽引しているのは、AI・機械学習の統合、クラウド型APSの普及、デジタルツインシミュレーションへの需要、グローバル生産網の拡大、そしてリアルタイム意思決定ニーズの高まりです。
この5つの牽引要因のうち、タイの日系工場にとって当面効いてくるのはクラウド型の普及と、グローバル生産網の拡大でしょう。前者は初期投資の水準を下げ、後者は日本本社・タイ工場・周辺国拠点をまたいだ計画の必要性を高めます。日本側の需要予測とタイ側の小日程計画が別々のファイルで管理されている状態は、拠点間の振り分けが必要になった瞬間に破綻します。
デジタルツインによる動的シナリオ分析
もう一つの流れがデジタルツインです。デジタルツイン・シミュレーションによる動的シナリオ分析は、設備性能・作業者の能力・材料の流れを仮想的に再現し、実際の運用に影響を与える前にボトルネックを特定してスケジュールを最適化できるとされます。ある産業メーカーの事例では、デジタルツイン・シミュレーションで生産フローとスケジュールを再設計した結果、月間コストを5〜7%削減したと報告されています。
この数字は、設備を入れ替えたのではなく、流し方と順序を変えた結果である点に意味があります。同じ設備・同じ人員でコスト構造が動くとすれば、その差は計画の作り方が生んでいることになります。
「シミュレーション=デジタルツイン導入」ではない
ここで注意したいのは、デジタルツインという言葉が持つ射程の広さです。工場全体を3Dで再現し、実機のセンサーデータとリアルタイムに同期させる構成を思い浮かべると、必要な投資も準備期間も大きく見えます。実際、そこまでの構成を最初から目指すと、データ整備の段階で止まります。
一方、ここまで説明してきた6要素のモデル化は、3Dの再現もリアルタイム同期も必須ではありません。品番ごとの標準時間、設備の能力、治工具の本数、段取り時間のマトリクス。この程度の情報があれば、計画側の機能としてのシミュレーションは成立します。
つまり順序としては、まず計画を検証する機能としてシミュレーションを使い始め、その運用が定着してから、実績データとの同期の度合いを上げていくことになります。デジタルツインは到達点の一つであって、入口ではありません。この順序を逆にすると、「立派な仕組みを作ったが誰も計画に使っていない」という結果になりがちです。
なお、AIによる自動最適化やエージェント型AIをどう位置づけるかは、本記事の範囲外です。ここまで挙げた6要素は、AIを使うかどうかにかかわらず必要になる土台の部分だと考えてください。
タイ工場でシミュレーション機能をどう使い始めるか
タイの受託生産に特有の事情
タイの日系工場、とくに受託生産の比率が高い工場では、計画が乱れる要因が構造的に多くなります。
第一に、多品種少量です。同じラインで数十品番を流し、切替が日に何度も発生します。段取り時間の要素が効きやすい一方で、モデルに入れるべき品番の組み合わせが多く、準備の手間も増えます。
第二に、顧客都合の変更頻度です。日本の親会社や現地顧客からの数量変更・納期前倒しが、確定したはずの週次計画に後から入ります。変更対応の遅れが直接効いてくる環境です。
第三に、長期休暇と人の入れ替わりです。ソンクラーンをはじめとする長期休暇の前後は、能力が大きく変動します。加えて、作業者の入れ替わりが日本の工場より速い工場では、スキルマトリクスが古いまま使われていることがあります。リソース制約の要素をモデルに入れるなら、まずスキルの現状把握が先になります。
第四に、材料調達のリードタイムです。輸入部材の比率が高い工場では、通関の遅れが計画の前提を崩します。この不確実性は小日程計画の側では吸収しきれず、中日程の資材計画と連動させる必要があります。

全工程を一度にモデル化しない
こうした環境で最も避けたいのは、いきなり全工程をモデル化しようとすることです。品番マスタ、工程マスタ、標準時間、段取りマトリクス、スキルマトリクス。これらをすべて整備してから始めようとすると、整備が終わる前に担当者が疲弊します。
現実的な進め方は、範囲を絞って始め、判断に使えることを確認してから広げる順序です。
最初に選ぶのはボトルネック工程です。 ラインの生産ペースを決めている工程が分かっていれば、そこだけをモデル化するだけでも、順序を変えたときの効果は計算できます。分かっていない場合は、まず工程ごとの実力値を測るところからです。
次に、クレームや納期遅延が多い工程を追加します。 過去半年の遅延案件を並べ、どの工程で滞留したかを数えます。件数の多い上位2〜3工程を、ボトルネック工程と一緒にモデルに入れます。この時点で対象は全体の一部ですが、遅延の原因の大半はこの範囲に含まれているはずです。
三番目に、要素を1つずつ増やします。 最初は段取り時間だけ、次にリソース制約、その次にばらつき要素。一度に増やすと、結果が変わった原因がどの要素なのか分からなくなります。1つ増やすごとに、実績と突き合わせて妥当性を確かめます。
四番目に、意思決定の場に載せます。 シミュレーション結果を誰がいつ見て、何を決めるのか。この運用が決まっていなければ、計算結果は誰も読まないレポートになります。週次の生産会議で「案Aと案Bを比較して案Bを選んだ」という会話が成立するようになった時点が、実質的な導入完了です。
現場に受け入れられるかどうかは別の論点
技術的にモデルが作れることと、現場がその結果を使うことは別です。長年の経験で順序を決めてきた現場に、計算結果の順序を渡すと、まず「この計算は現場を知らない」という反応が返ってきます。多くの場合、その指摘は正しいです。モデルに入っていない制約が現場には存在します。
このとき、指摘を反映してモデルを直す作業を丁寧に繰り返すかどうかで、その後の定着が決まります。「この品番の後にこの品番は流せない」「この設備は午前中しか使えない」といった指摘は、そのままリソース制約や段取りマトリクスの追加項目になります。指摘が出るほどモデルは実態に近づきます。逆に、指摘を「現場の抵抗」として処理してしまうと、モデルは実態から離れたまま残り、誰も使わなくなります。
タイの工場では、この対話を日本語とタイ語のどちらで行うかも実務上の論点になります。制約の言語化は現場のリーダーが担うため、その人が最も説明しやすい言語で聞き取る必要があります。翻訳を介すと、条件の細かいニュアンスが落ちます。落ちた条件はモデルにも入らず、結果として「計算どおりに流したら現場が止まった」という形で後から現れます。
製品選定・実行系・AI活用との切り分け
範囲の絞り方が見えてきたら、次は道具の選定です。APS製品の比較軸、RFPに書くべきこと、PoCで何を確かめるかは生産スケジューラー比較2026に整理しています。製品によってシミュレーション機能の深さは大きく違うため、自社で必要な要素が6つのうちどれなのかを先に決めてから比較するほうが、判断が早く進みます。
もう一つ整理しておきたいのが、計画と実行の境界です。シミュレーションが扱うのは計画を作る・検証する段階までで、その計画どおりに現場が動いたかどうかを記録するのは実行系、すなわちMESの領域です。計画側だけを整えても、実績が返ってこなければ次の計画の精度は上がりません。逆に実績収集だけを整えても、計画が手作業のままなら変更対応の遅れは残ります。どちらから着手するかは工場の状況によりますが、実行系の選定を検討する段階に入ったらMES比較の4つの評価軸が参考になるはずです。
そして、自動最適化やAIをどこまで使うかは、投資判断の性格が他の2つと異なります。効果の測り方も、稟議で問われる論点も変わるため、その検討に入る段階では生産計画AIとはを先に読んでおくと、話の順序が整理しやすくなります。
よくある質問
生産計画シミュレーションとは何ですか
実際の生産現場をモデル化し、複数のシナリオを想定して計画の効果を事前に検証する手法です。設備の能力、治工具や人のスキルの制限、段取り時間、工程間の仕掛在庫といった要素を計算に入れ、その計画を実際に流したときに何が起きるかを事前に見ます。目的は最適な計画を機械に決めさせることではなく、人が計画を選ぶときの判断材料を出すことにあります。
小日程計画と中日程計画は何が違いますか
期間とタイムバケットと担当者が違います。中日程計画は3ヶ月から1年を日単位で扱い、生産管理部がMPS(基準生産計画)とMRP(資材調達計画)を立案します。小日程計画は1週間から数ヶ月を時・分単位で扱い、生産管理部と製造現場のリーダーが「どの機械で・誰が・何を・何時何分から」という作業指示まで落とし込みます。中日程が「いつ何をどれだけ作るか」を決める階層、小日程が「それを具体的にどう流すか」を決める階層と考えると整理しやすくなります。
シミュレーションを導入すれば納期遅延はなくなりますか
なくなりません。シミュレーションが減らせるのは、計画の作り方に起因する遅延です。順序が悪くて段取りが増えていた、能力を超える納期を回答していた、治具が足りないことに当日まで気づかなかった、といった類のものです。一方で、顧客からの急な変更、輸入部材の通関遅れ、突発の設備故障そのものは、シミュレーションでは防げません。ただし、そうした事象が起きたときに「どの受注がどれだけ遅れるか」を短時間で把握できるようになるため、影響の伝わり方は変わります。
Excelでも生産シミュレーションはできますか
限られた範囲ならできます。工程が少なく、品番の種類も限られ、段取り時間が順序に依存しない工場であれば、Excelの計算でも能力の積み上げや負荷の山積みは表現できます。難しくなるのは、順序に依存する段取り時間、治工具の取り合い、確率分布を使ったばらつきの再現を同時に扱う場合です。組み合わせの数が急激に増えるため、計算量と保守の手間がExcelの実用限界を超えます。また、Excelで組んだ計算式そのものが属人化する問題も残ります。まずExcelで試し、限界が見えた要素から専用ツールに移す進め方は現実的です。
APSと生産シミュレーションは何が違いますか
APSは製品カテゴリの名前で、生産シミュレーションは手法の名前です。多くのAPS製品はシミュレーション機能を内蔵していますが、両者は同じものではありません。APSの中心にあるのは、制約条件を満たすスケジュールを自動生成する機能です。シミュレーションは、生成された、あるいは人が作ったスケジュールを流したときに何が起きるかを検証する機能です。自動生成の精度を上げるにも、生成結果を人が評価するにも、検証の仕組みは必要になります。製品を比較する際は、自動生成の性能とシミュレーションの表現力を分けて確認することをおすすめします。
どのデータから揃えれば始められますか
最低限必要なのは、対象工程の品番ごとの標準時間、設備の台数と能力、段取り時間の目安の3つです。この3つがあれば、能力の積み上げと順序の比較は始められます。治工具の本数やスキルマトリクスは、リソース制約を扱う段階で追加します。ばらつきの分布は、実績データが一定量たまってから入れるほうが現実的です。すべてを揃えてから始めるのではなく、扱う要素に対応するデータだけを順に足していく形で構いません。
まとめ
生産計画シミュレーションという言葉が指す範囲は広く、話す人によって想像するものが違います。本記事では、そのうち小日程計画の検証という部分に絞って整理しました。
生産計画には大日程・中日程・小日程の3階層があり、決め直しの頻度が高いのは下の階層です。計画と現場が乖離する構造要因は、属人化・変更対応の遅れ・負荷の偏りの3点にまとめられます。ある分析によれば、回避可能な非効率性によって生産能力の10〜30%が失われる可能性があるとされ、設備を増やす前に確かめるべき余地がそこにあります。
シミュレーションの中身は、ラインバランシング、キャパシティプランニング、リソース制約、工程間バッファ、段取り時間、ばらつき要素の6要素です。それぞれが特定の失敗に対応しているため、自社で起きている失敗がどれに当たるかを決めれば、着手する要素も決まります。
APS市場は2025年の13.2億米ドルから2026年に14.7億米ドルへ、2030年には21.1億米ドルへ伸びると予測され、デジタルツインへの需要もその牽引要因の一つに挙げられています。ただしデジタルツインは到達点であって入口ではありません。まずは計画側の機能として使い始め、ボトルネック工程と遅延の多い工程から範囲を広げる。タイの多品種少量・変更頻度の高い環境では、この順序のほうが定着します。
タイの工場で、どの工程からモデル化を始めるか、いま持っているデータでどこまで検証できるか。この切り分けの段階で迷うことは多いと思います。TOMAS TECHでは、現在の計画の作り方と手元のデータを伺ったうえで、どの要素から着手すると効果が見えやすいかを一緒に整理するところからお手伝いしています。具体的な導入計画がまだ固まっていない検討段階でも構いませんので、お問い合わせページからお気軽にご相談ください。