ロボットティーチングの見積書を並べると、たいてい比較の軸は「何時間かかるか」になります。しかし、実際に工場の損益に効いているのはその工数ではありません。効いているのは、その作業のあいだラインを止めていた時間です。この記事では、タイの工場のロボットセル1台を題材に、方式選定を分ける変数がたった1つ——年間の品種切替回数——であることを、その場で検算できる形の試算で示します。
なお本記事に出てくる金額・時間のうち「試算」と明記したものは、すべて後述の共通前提から導いた本記事オリジナルの計算値です。業界平均でも調査値でもありません。前提を自社の値に差し替えれば、結論そのものが変わります。そこまで含めて使っていただくための記事です。
ロボットティーチングとは|4つの方式と、選定を分ける1つの変数
ロボットティーチングとは、ロボットアームに「どの位置へ、どの姿勢で、どの速度で動くか」を教え、その情報を制御装置に記憶させる作業のことです。日本の法令上、産業用ロボットは「マニプレータ及び記憶装置を有し、記憶装置の情報に基づきマニプレータの伸縮・屈伸・上下移動・左右移動若しくは旋回の動作又はこれらの複合動作を自動的に行うことができる機械」と定義されています(厚生労働省)。つまり「記憶装置に入れる情報を作る行為」がティーチングであり、ロボット導入プロジェクトの成否は、ハードの選定より先にこの工程の設計で決まります。
方式は大きく4つです。機能差ではなく、実機を止めるかどうかと事前準備にどれだけ先払いするかの2軸で並べると、選定の構図がはっきりします。

| 方式 | 実機停止 | 事前準備コスト | 向く条件 |
|---|---|---|---|
| オンライン(ペンダント) | 必要(作業時間まるごと) | ほぼゼロ | 切替が少ない/単発の立ち上げ |
| ダイレクトティーチング | 必要(ただし短い) | 小 | 協働ロボット、多品種少量、現場主導 |
| オフライン(OLP) | 微修正のみ | 大(3Dモデル・校正・教育) | 切替が多い/複数セルに横展開 |
| AI支援・自然言語 | 方式に依存 | 中(既存資産の整備) | 既存プログラム資産があり改版が多い |
オンラインティーチング|最も安く見えて、最も高くつきやすい
ティーチングペンダントを手に持ち、実機を低速で動かしながら目標点を1点ずつ記憶させる方式です。追加投資がほぼ不要で、明日から始められます。中小規模の工場がロボットアーム導入の初手としてこれを選ぶのは、当然の判断です。
問題は、教えている時間がそのままライン停止時間になることです。しかも試運転・微調整の時間も同じく実機を占有します。切替が年に数回なら誤差ですが、月に何度も走るなら、ここが工場の最大の隠れコストになります。
ダイレクトティーチング|「導入期間60%短縮」の事例が報告されている方式
人がアームを直接手で持って動かし、その軌跡を記憶させる方式です。協働ロボットで一般的で、プログラミングの知識がない現場作業者でも扱えるのが最大の利点です。ベンダー・SIerからは導入期間60%短縮という事例が報告されています。ただしこれは公表されている事例値であり、どの工場でも再現する一般則ではありません。本記事の後半の試算とは切り離して読んでください。
適するのは、位置精度の要求がミリ単位まで厳しくなく、人が手で持てる可搬質量帯で、かつ切替が頻繁なケースです。協働ロボットそのものの費用構造は「協働ロボット導入の費用と進め方」で扱っています。
オフラインティーチング(OLP)|停止しないが、先払いが大きい
PC上の3D空間にロボット・治具・ワークを再現し、シミュレーション上で軌道を作ってから実機に転送する方式です。ラインを止めずにプログラムを作れることが本質的な価値で、ベンダー・SIerからは工数50%削減、さらにラインを止めずに20台を同時にプログラミングしたという事例も報告されています。手法選択によって最大80%削減という報告もありますが、いずれも公表事例値です。本記事はこれらの削減率を一切使わず、独立に立てた前提から計算します。
OLPの落とし穴は削減率ではなく、先払いの構造にあります。ソフトウェアライセンス、3Dモデルの整備、キャリブレーション、そして人の教育。ここに投じた金額は、切替回数が少ない工場では永久に回収されません。後段でその分岐点を数字で出します。
AI支援・自然言語ティーチング|2026年時点で「実運用」なのはどこか
生成AIと産業用ロボットの接点は、2026年時点で4つの層に整理されています(EVS International)。①既存コントローラ言語のコードや動作スクリプトをLLMが生成する層、②VLA(Vision-Language-Action)基盤モデルによって明示的なプログラミングなしに操作する層、③生成シミュレーションで合成学習データを大量に作る層、④自然言語ティーチングペンダントを含むAI支援オフラインプログラミングの層です。
重要なのは、2026年時点で実運用の規模に達しているのは①と④のみで、②と③はパイロット段階という点です。したがって、いまの投資判断で「②が来るから待つ」という選択は取れません。逆に言えば①と④は、既存のコントローラ言語資産とOLP環境を持っている工場ほど効きます。AI活用の前提条件が、実は「3Dモデルとプログラム資産が整備されているか」という地味な部分にある、ということです。
【明日使える判断基準】 4方式を機能比較表で選ばない。「その作業のあいだ実機が止まるか」と「年に何回それをやるか」の2つだけを紙に書き出す。この2つが決まれば方式は自動的に絞られる。
ティーチング費用が見えなくなる理由|工数ではなく「止めた時間」で数える
多くの工場でティーチング費用が見えなくなるのは、費用が人件費の勘定に入ってしまうからです。ティーチング要員の給与は労務費として毎月同じ額が計上され、そのうち何時間がロボットの前で使われたかは分離されません。一方、その作業のあいだラインが止まって作れなかった分は、どの勘定科目にも現れません。生産計画が最初から「その日は止める前提」で組まれていれば、逸失は計画そのものに溶けて消えます。
この構造を数字で見ると、なぜ工数管理が空振りするのかが一目でわかります。本記事の前提では、ティーチング要員の人件費は75.6バーツ/時、当該セルを1時間止めたときの逸失は1,500バーツ/時です(根拠は次章)。実機を止めながらティーチングしている1時間の総コストは、
- 1,500 + 75.6 = 1,575.6バーツ/時
このうち人件費が占める割合は 75.6 ÷ 1,575.6 = 0.0480 → 約4.8%。残りの約95%は停止逸失です。つまり工数を1割削っても総額は0.5%も動きません。にもかかわらず改善活動の議題は「ティーチング時間の短縮」に集中しがちです。削るべき対象を取り違えている、というのが最初の論点です。
さらに、この見えなさは3つの経路で増幅します。
第一に、停止が細切れであること。 1回3.5時間の停止は、朝礼で共有されるほどの事件になりません。しかしそれが年に120回あれば 120 × 3.5 = 420時間、稼働8時間換算で52.5日ぶんの生産機会が消えています。年間250稼働日のうち、実に5分の1に相当する時間帯でセルが動いていない計算です。
第二に、逸失額が工場ごとに違うこと。 1,500バーツ/時という値は、そのセルの時間あたり付加価値です。高付加価値品を流すセルならもっと高く、余力があって他ラインで挽回できるなら実質ゼロに近いこともあります。だからこの記事の結論をそのまま持ち帰ってはいけません。自社のセルの1時間あたり付加価値を出して差し替える——これが最初にやるべき作業です。
第三に、方式を変えると工数はむしろ増えることがあること。 後述の試算(切替が年120回のケース)では、OLPを入れると年間の作業人時は420時間から480時間へ増えます。それでも総額は下がります。工数で評価している限り、この意思決定は永久に承認されません。
【明日使える判断基準】 ティーチングの改善効果を「短縮できた時間」で報告させない。「実機が止まっていた時間 × 自社のセル時間単価」で報告させる。この1行を報告フォーマットに足すだけで、優先順位が入れ替わる。
試算|損益分岐は年70回。オフラインティーチングが回収する工場・しない工場
ここからは本記事オリジナルの試算です。すべて1本の式から導いており、その場で電卓を叩けます。
共通前提
| 項目 | 値 | 根拠・注記 |
|---|---|---|
| 対象 | タイの工場のロボットセル1台(ハンドリング/組立) | — |
| 年間稼働日 | 250日 | 前提 |
| ティーチング要員の賃金 | 605バーツ/日 → 75.6バーツ/時 | タイの職種別最低賃金「産業用ロボット制御 レベル1」。605 ÷ 8 = 75.625 → 75.6 |
| セル1時間の停止逸失 | 1,500バーツ/時 | そのセルの時間あたり付加価値。工場ごとに違うので自社の値に差し替えること |
| 年間の品種切替回数 | N 回 | 新規ティーチングまたは既存プログラム修正の回数 |
賃金は法定額ベースで統一しています。実際には社会保険や賞与を含めた実負担は1.2〜1.3倍になりますが、倍率をかけるなら両シナリオに等しくかけることにします。ただしシナリオBのほうが作業人時は長い(後述)ため、倍率をかけると差額の係数はわずかに動きます。1.3倍を適用すると係数は3,712.2から3,700.86になり、5年回収の分岐点は70.04回から70.25回、N=120回のときの回収年数は2.391年から2.400年になります。動くのはこの程度で、本記事の結論(年70回・約2.4年)は変わりません。
そして最も重要な前提を明記します。この試算の反実仮想は1本だけです。すなわち「OLPを入れなかった世界線(シナリオA)」と「入れた世界線(シナリオB)」を丸ごと比較し、その差額だけを効果とします。「停止時間が減った分」と「工数が減った分」を別々に足し上げる二重計上は行いません。
シナリオA:オンラインティーチング主体(実機を止めて教える)
1回あたりの実機停止は3.5時間とします。内訳はティーチング2.5時間+試運転・微調整1.0時間。この全時間、人がロボットの前についています。
- 年間停止時間 = N × 3.5 時間
- 停止逸失 = N × 3.5 × 1,500
- 人件費 = N × 3.5 × 75.6
- A(N) = N × 3.5 × 1,575.6 = N × 5,514.6 バーツ/年
シナリオB:オフラインティーチング(OLP)を導入
初期投資は850,000バーツとします。内訳はソフトウェアライセンス450,000、3Dモデル整備・キャリブレーション250,000、教育・立ち上げ150,000で、合計850,000バーツです。年間保守は90,000バーツ。
1回あたりの作業は、オフライン作業3.0時間(このあいだ実機は止まらない)と、実機タッチアップ1.0時間(ここは止まる)に分かれます。
ここが誤解されやすい点なので明示します。シナリオBでは、実機タッチアップ1.0時間とオフライン作業3.0時間の両方に人件費がかかっています。合計4.0時間ぶん、すなわち N × 4.0 × 75.6 = N × 302.4 バーツです。オフライン作業は「無料になる」のではなく、「ラインを止めずに済む場所へ移動した」だけです。一方、停止逸失が発生するのは実機タッチアップの1.0時間ぶんだけです。
- 停止逸失 = N × 1.0 × 1,500
- 人件費 = N × 4.0 × 75.6 = N × 302.4
- 保守 = 90,000
- B(N) = N × 1,802.4 + 90,000 バーツ/年
B側で保守を除いた変動費のうち、停止逸失は 1,500 ÷ 1,802.4 = 約83%、人件費は約17%。Aの約95%対4.8%という比率から、確かに構造が変わっています。
年間差額と、N=120/N=40 の結果
A(N) − B(N) = N × (5,514.6 − 1,802.4) − 90,000 = N × 3,712.2 − 90,000
この1本がすべてです。以下の数値はここからしか出していません。
N = 120回(月10回)のとき
- A = 120 × 5,514.6 = 661,752バーツ/年
- B = 120 × 1,802.4 + 90,000 = 216,288 + 90,000 = 306,288バーツ/年
- 差額 = 661,752 − 306,288 = 355,464バーツ/年(検算:120 × 3,712.2 = 445,464、445,464 − 90,000 = 355,464 ✔)
- 単純回収 = 850,000 ÷ 355,464 = 約2.4年
費目に分解すると、この試算のいちばん重要な事実が見えます。
| 費目 | A(N=120) | B(N=120) |
|---|---|---|
| 実機停止時間 | 420時間 | 120時間 |
| 停止逸失 | 630,000 | 180,000 |
| 作業人時 | 420時間 | 480時間 |
| 人件費 | 31,752 | 36,288 |
| 年間保守 | 0 | 90,000 |
| 年間合計 | 661,752 | 306,288 |
BはAより人件費が高いのです。差は 36,288 − 31,752 = 4,536バーツ(=増えた60時間 × 75.6)。作業人時は420時間から480時間へ14%以上増えています。それでも年間355,464バーツ安い。理由は停止時間が420時間から120時間へ落ちたからです。工数で判断していたらこの投資は却下されます。「費用は工数でなく停止時間で決まる」というのは、比喩ではなくこの表のことです。
5年総額
- A = 661,752 × 5 = 3,308,760バーツ
- B = 850,000 + 306,288 × 5 = 850,000 + 1,531,440 = 2,381,440バーツ
- 差 = 3,308,760 − 2,381,440 = 927,320バーツ(検算:355,464 × 5 = 1,777,320、1,777,320 − 850,000 = 927,320 ✔)
N = 40回(月3〜4回)のとき
- A = 40 × 5,514.6 = 220,584バーツ/年
- B = 40 × 1,802.4 + 90,000 = 72,096 + 90,000 = 162,096バーツ/年
- 差額 = 58,488バーツ/年(検算:40 × 3,712.2 = 148,488、148,488 − 90,000 = 58,488 ✔)
- 回収 = 850,000 ÷ 58,488 = 14.5年
5年で見ると、A = 220,584 × 5 = 1,102,920バーツ、B = 850,000 + 162,096 × 5 = 850,000 + 810,480 = 1,660,480バーツ。Bのほうが557,560バーツ高くつきます(検算:850,000 − 58,488 × 5 = 850,000 − 292,440 = 557,560 ✔)。年間で見れば毎年58,488バーツ得しているのに、初期投資を取り戻す前に設備更新の時期が来る、という典型的な負けパターンです。
損益分岐と感度

5年で初期投資を回収したい場合
- 必要な年間差額 = 850,000 ÷ 5 = 170,000バーツ/年
- N × 3,712.2 − 90,000 = 170,000 → N × 3,712.2 = 260,000 → N = 70.04
- → 年70回(月6回弱)が5年回収の分岐点
ちょうど70回で計算すると年間差額は 70 × 3,712.2 − 90,000 = 169,854バーツ、5年で849,270バーツ。初期投資850,000バーツに730バーツだけ届きません。だから厳密には70.04回です。逆に言えば、分岐点の近くでは切替1回ぶんの増減が5年で18,561バーツ(3,712.2 × 5)しか動きません。実績Nが70回前後の工場は、どちらに転んでも差は小さいということです。急いで決める必要があるのは、Nが分岐点から大きく離れている工場のほうです。
3年で回収したい場合
- 必要な年間差額 = 850,000 ÷ 3 = 283,333バーツ/年
- N × 3,712.2 = 373,333 → N = 100.6 → 年101回(月8回強)
(確認:100回なら3年で 281,220 × 3 = 843,660バーツで届かず、101回なら 284,932.2 × 3 = 854,796.6バーツで超える。)
感度:停止逸失を自社の値に差し替える
停止逸失を X バーツ/時と置き直すと、年間差額は N × (2.5X − 37.8) − 90,000 になります(X = 1,500 を入れると 2.5 × 1,500 − 37.8 = 3,712.2 で上式と一致)。したがって5年回収の分岐点は、
N = 260,000 ÷ (2.5X − 37.8)
この式に自社のセルの時間あたり付加価値を入れてください。Xが半分になれば分母もほぼ半分になり、分岐点はおよそ2倍の回数側に動きます。逆に高付加価値のセルほど、少ない切替回数でもOLPが正当化されます。方式選定の議論は、この式にどのXを入れるかの議論に置き換えられます。
【明日使える判断基準】 会議に持ち込むのは方式比較表ではなく、(1)自社セルの1時間あたり付加価値 X、(2)昨年の実績としての切替回数 N の2つ。この2つを N = 260,000 ÷ (2.5X − 37.8) に入れて、実績Nが分岐点を超えているかだけを見る。超えていなければ、どれだけ機能が優れていてもOLPは待つ。
属人化の実費|タイで「ティーチングできる人」は職種別賃金の階層にいる
タイでロボットティーチングを語るとき、避けて通れないのが人の値段です。
タイには一般の最低賃金とは別に、国家技能標準法にもとづく職種別(技能)最低賃金があります。2025年6月20日に官報公示され、その90日後に施行された13職種の告示のなかに、「Industrial Robot Controller Level 1(産業用ロボット制御 レベル1)」が605バーツ/日以上として含まれています。13職種のうち、自動化・ロボット分野の職種はこの1つだけです。参考までに、同じ告示の最高額は「クリーンルーム向け空調技術者レベル2」の800バーツ/日、次いで「ネットワーク管理者レベル2」770バーツ/日、「コンピュータプログラマ(C言語)レベル1」700バーツ/日となっています。
一方、一般の最低賃金はバンコクで400バーツ/日(2025年7月適用)、2026年の県別レンジは337〜400バーツ/日で、バンコク・プーケット・チョンブリ・ラヨーン・チャチュンサオ・サムイが上限側です。
ここから導けるのは次の比較です。
- 605 ÷ 400 = 1.5125 → 約1.51倍
- 日額差 = 605 − 400 = 205バーツ/日
- 年間250日勤務として換算すると 205 × 250 = 51,250バーツ/年(1名あたりの法定下限ベースの差)
つまりタイでは、「ロボットを触れる人」は法制度上すでに別の階層に置かれています。この賃金差そのものは、年間5万バーツ強の話であって、経営を揺るがす額ではありません。問題は、その人が抜けたときに何が失われるかです。

再育成の試算(第二の試算)
ティーチングできる要員を1名、ゼロから戦力化するのに必要な時間を、座学・実技の教育20時間+実機OJT 200時間 = 220時間と置きます。このうち、実機を占有してラインを止める時間を80時間とします。
- 直接人件費 = 220 × 75.6 = 16,632バーツ
- ライン停止の逸失 = 80 × 1,500 = 120,000バーツ
- 合計 = 136,632バーツ
- うちライン停止が占める割合 = 120,000 ÷ 136,632 = 0.8783 → 約88%
再育成コストの約88%は、人件費ではなく実機を止める時間です。80時間は稼働8時間換算で10日ぶん。人材投資の議論をしているつもりが、実質は設備稼働の議論をしている、という構造がここでも繰り返されます。
この事実には、実務上はっきりした含意があります。第一に、教育予算を「研修費」の枠だけで見ていると、実費の1割強しか見ていないことになります。第二に、OLP環境やシミュレータがあると、この80時間の大部分をライン外へ移せます。つまりOLPの投資判断は、前章の切替回数だけでなく「何人を、何年おきに育て直すか」でも変わります。ただし本記事の試算では、この教育効果をシナリオA・Bのどちらにも計上していません(A・Bに入れているのは切替N回ぶんのコストだけです)。二重計上を避けるため、あくまで別枠の参考値として読んでください。
【明日使える判断基準】 ティーチング要員の引き継ぎ計画を「何人いるか」で見ない。「実機を占有せずに教えられる時間が何時間あるか」で見る。ゼロなら、その工場は要員が1人抜けるたびに10日ぶんの生産機会を払っている。
教育と法規|日本の特別教育(安衛則36条31号)とタイでの実務対応
日本の労働安全衛生規則では、産業用ロボットの教示等の業務が第36条第31号、検査等の業務が第32号の特別教育対象と定められています。教示と検査で号が分かれている点は、教育カリキュラムを組むときに実務上効いてきます。根拠通達は基発第339号(昭和58年6月28日)、一部改正が基発1224第2号(平成25年12月24日)です。運転中の危険防止については安衛則第150条の4が該当します。
対象となる「産業用ロボット」の定義は前述のとおりですが、除外規定を正確に押さえておく必要があります。駆動用原動機の定格出力が80W以下の機械は産業用ロボットから除外されます。多軸の組合せの場合は、各モーターのうち最大のものが80W以下であれば除外です。小型の卓上機や一部の協働ロボットがここに該当することがありますが、「80W以下だから安全」という意味ではまったくありません。法令上の特別教育の対象外になるだけで、リスクアセスメントの必要性は変わりません。
タイの工場での実務上の論点は、この日本の法令が直接は適用されない点にあります。しかし日系製造業の現場では、次の3つの理由で日本基準を持ち込むのが一般的です。
- 本社の安全監査基準が日本準拠であること。 現地法人の教育記録が本社監査で参照される以上、31号・32号に対応した教育記録が求められます。
- 教育内容そのものに合理性があること。 教示中の可動範囲内立入り、非常停止の位置、低速モードの限界といった項目は、法域に関係なく事故の起き方が同じです。
- 職種別最低賃金との整合。 タイでは前述のとおり「産業用ロボット制御 レベル1」が技能職として制度化されています。技能を制度で定義する国では、社内教育も「誰が何を修了したか」を文書で残す形にしておくほうが運用が噛み合います。
安全柵・防護の設計と教育はセットで考える必要があります。規格側の考え方は「ロボット安全柵の規格2026」で整理していますので、教育カリキュラムを作る前にこちらを確認してください。
【明日使える判断基準】 教育記録を「受講者名と日付」だけで残さない。「31号(教示等)」「32号(検査等)」のどちらを、どの号の内容で実施したかを記録に書き分ける。本社監査で差し戻される最頻箇所がここ。
ロボットアーム導入でティーチングが破綻する4つの分岐
試算どおりに回収できないケースには、共通のパターンがあります。いずれも「ティーチングの腕前」ではなく、その前段の設計判断で決まっています。
1. ロボットハンド選定を後回しにした
ロボットハンド(エンドエフェクタ)は、ティーチングの難易度を決める最大の変数です。ワークの把持位置が1点に定まらないハンドを選ぶと、教示点の数が増え、微調整も増えます。逆に、ワーク形状に合わせた専用ハンドは教示を単純にしますが、品種が増えるたびにハンド交換とその段取りが発生します。
ロボットハンド選定は、ロボット本体の選定より先に検討すべきです。順序を逆にすると、ハンドの制約を無理な軌道で吸収することになり、タッチアップ時間が前提の1.0時間に収まらなくなります。
2. 部品供給のばらつきを織り込まなかった
トレイに整列した部品と、パーツフィーダから流れてくる部品と、バラ積みの部品では、必要なティーチングがまったく違います。供給が安定しない前提では、視覚センサによる位置補正が必要になり、それはティーチングではなくシステム設計の領域です。
判断としてはシンプルで、供給側のばらつきをティーチングで吸収しようとしないこと。供給を直すほうが、ほぼ常に安く済みます。
3. 部品公差を実測していない
図面公差と実際のロットのばらつきは別物です。教示点は基準ワーク1個で作られるのに、生産は全ロットで動きます。公差の実測をせずに教示すると、量産開始後に「たまに掴めない」現象が出て、その都度実機を止めた微調整が発生します。これは前提の切替回数Nを実質的に押し上げ、試算の前提を崩します。
教示前に、公差の上限側と下限側の実物ワークを最低1個ずつ確保する。この一手間だけで、量産後の停止が目に見えて減ります。
4. 座標系とキャリブレーションを軽視した
オフラインティーチングが回収しない最大の技術的理由がこれです。OLPは3Dモデル上の理想座標でプログラムを作りますが、実機は据付誤差・治具の取付誤差・アームの個体差を持っています。この差を吸収するのがキャリブレーションであり、前提の初期投資850,000バーツのうち250,000バーツを3Dモデル整備・キャリブレーションに充てているのはこのためです。
ここを削るとOLPは機能しません。校正が甘いままだとタッチアップが1.0時間で終わらず、Bの停止時間がAに近づいていきます。そうなると差額 N × 3,712.2 − 90,000 の係数が縮み、分岐点の70回はもっと大きな数字に動きます。OLP導入で最も削ってはいけない費目は、ソフトウェアではなく校正です。
【明日使える判断基準】 OLPの見積を見るとき、ライセンス費の値引き交渉より先に「3Dモデル整備とキャリブレーションに何時間充てているか」を聞く。ここが薄い見積は、安いのではなく、あとで実機停止として請求される。
ロボット導入 中小企業|内製する範囲と外注する範囲の決め方
ロボット導入を中小企業が進めるときの論点は、「できるか」ではなく「どこまでを自分でやるか」です。そしてこの線引きも、機能ではなく頻度で決まります。
世界とタイの前提を確認する
判断の背景として、市場の位置を押さえておきます。IFR World Robotics 2025によれば、2024年の産業用ロボット新規設置は世界で542,000台。10年前の2倍超で、4年連続50万台を超えています。アジアが新規設置の74%を占め、欧州16%、米州9%と続きます。製造業従業員1万人あたりのロボット密度は、韓国1,012台、シンガポール818台、ドイツ449台、日本446台。地域平均は西欧267台、北米204台、アジア131台です。
タイに目を移すと、2022年に産業用ロボット約3,300台を導入し、東南アジアではシンガポールに次ぐ2位。EEC(東部経済回廊)の優遇が需要を牽引しています。政府はロボット産業振興計画で5年間2,000億バーツの投資誘致を目標に掲げ、BOIはロボット・自動化関連に法人税3年間50%減税の恩典を用意しています。東南アジアの産業用・サービスロボット市場は2026年に12億9,000万米ドルと予測されています。
BOI恩典は「条件」を正確に読む
2026年のBOIについては、前項で触れたロボット・自動化向けの3年間50%減税とは別枠の制度として、Smart and Sustainable Industry措置があります。この2つは混同されやすいので、設計を分けて理解しておく必要があります。後者は、適格な設備更新支出の50%を上限とする法人税3年間免除です。上限が100%になるのは、国内製の自動化・ロボットを使う特定条件を満たす場合のみです。
ここを「自動化投資なら100%免除」と読み違えると、投資計画の前提が丸ごと狂います。前章の試算でいえば、初期投資850,000バーツに対する恩典の効き方が変わるため、回収年数の議論そのものが動きます。恩典の適用可否は必ず個別に確認する——申請区分、対象設備の定義、国内製の判定は案件ごとに異なります。
内製と外注の線引き
以上を踏まえた線引きの原則はこうです。
| 範囲 | 推奨 | 理由 |
|---|---|---|
| 日常のティーチング修正 | 内製 | 頻度が高く、外注すると呼ぶまでの待ち時間がそのまま停止時間になる |
| 新規セルの立ち上げ・システム設計 | 外注 | 頻度が低く、失敗時の損失が大きい。座標系・安全設計の経験値が効く |
| キャリブレーション・3Dモデル整備 | 外注で構築、手順は内製化 | 構築は専門性が要るが、更新できないと資産が陳腐化する |
| 安全設計・リスクアセスメント | 外注+社内レビュー | 法規・規格の解釈を誤ると、後戻りコストが最も大きい |
判断基準は一貫しています。頻度が高いものほど内製、頻度が低く失敗コストが大きいものほど外注。「難しいから外注」ではありません。日常のティーチング修正は、難しくなくても外注すると停止時間で高くつきます。逆に年に1回の新規立ち上げを内製すると、学習コストを毎回払い直すことになります。
パートナー選定の観点は「ロボットSIerの選び方2026」に整理しています。特にタイでは、日本語・タイ語・英語のいずれで現場のやり取りが成立するかが、実際の停止時間に直結します。
【明日使える判断基準】 「内製か外注か」を難易度で決めない。過去1年の実績で、その作業が年に何回発生したかを数える。年10回を超えるものは内製化の候補、年1〜2回のものは外注の候補。
よくある質問
Q. ロボットティーチングとは何ですか?
A. ロボットアームに動作の位置・姿勢・速度を教え、制御装置の記憶装置に情報として記憶させる作業です。日本の法令では産業用ロボットを「マニプレータ及び記憶装置を有し、記憶装置の情報に基づき…動作を自動的に行うことができる機械」と定義しており、その記憶装置に入れる情報を作る行為がティーチングにあたります。方式はオンライン、ダイレクト、オフライン(OLP)、AI支援の4つに大別されます。
Q. オフラインティーチングの費用はどれくらいですか?
A. 本記事の試算前提では、初期投資850,000バーツ(ソフトウェアライセンス450,000/3Dモデル整備・キャリブレーション250,000/教育・立ち上げ150,000)、年間保守90,000バーツと置いています。これは市場の相場調査値ではなく、試算を成立させるための前提値です。重要なのは金額そのものより回収条件で、分岐点は年70.04回。年間の品種切替回数が70回程度を下回ると5年では回収しません。
Q. ティーチングに資格は必要ですか?
A. 日本国内では、産業用ロボットの教示等の業務が労働安全衛生規則第36条第31号の特別教育の対象です(検査等の業務は第32号)。駆動用原動機の定格出力が80W以下の機械は産業用ロボットから除外され、多軸の場合は各モーターのうち最大のものが80W以下なら除外されます。タイの工場には日本の安衛則が直接適用されるわけではありませんが、日系製造業では本社の安全監査基準に合わせて同等の教育を実施するのが一般的です。
Q. 多関節ロボットのティーチングは何時間かかりますか?
A. 作業内容で大きく変わるため一般的な所要時間はありません。本記事の試算では、オンライン方式で1回3.5時間(ティーチング2.5時間+試運転・微調整1.0時間、全時間ライン停止)、OLP方式で1回4.0時間(オフライン作業3.0時間+実機タッチアップ1.0時間、停止するのは1.0時間のみ)を前提として置いています。注目すべきは総時間ではなく、そのうち何時間ラインが止まるかです。OLPは総作業時間ではむしろ長くなります。
Q. ロボットハンドはいつ選定すればよいですか?
A. ロボット本体の選定より前です。ハンドの構造がティーチングの教示点数とタッチアップ時間を決めるため、後回しにすると軌道設計で無理を吸収することになり、停止時間が前提を超えます。
Q. タイでティーチングできる人材の賃金水準は?
A. 国家技能標準法にもとづく職種別最低賃金では、「産業用ロボット制御 レベル1」が605バーツ/日以上と定められています(2025年6月20日官報公示、90日後施行)。バンコクの一般最低賃金400バーツ/日と比べると約1.51倍、日額差205バーツです。ただし本記事の試算が示すとおり、この階層の人材が抜けたときの実費の約88%は賃金ではなく、再育成のために実機を止める時間です。
Q. 生成AIでティーチングは不要になりますか?
A. 2026年時点では不要になりません。生成AIと産業用ロボットの接点は4層に整理されますが、実運用の規模に達しているのは①既存コントローラ言語のコード・動作スクリプト生成と、④自然言語ティーチングペンダントを含むAI支援オフラインプログラミングの2層のみで、②VLA基盤モデルによる操作と③生成シミュレーションによる合成学習データ生成はパイロット段階です。①と④はいずれも既存のプログラム資産と3Dモデルが整っているほど効果が出るため、いま取るべき行動は「待つ」ことではなく、資産の整備です。
まとめ
ロボットティーチングの費用は、作業した工数ではなく、そのあいだラインを止めた時間で決まります。本記事の前提では、実機を止めながらティーチングしている1時間の総コスト1,575.6バーツのうち、人件費は約4.8%にすぎません。
だから方式選定を分ける変数は、機能でも価格でもなく、年間の品種切替回数Nひとつです。年間差額は N × 3,712.2 − 90,000 の1本で決まり、5年回収の分岐点は年70回(月6回弱)、3年で回収したいなら年101回(月8回強)。N=120回なら年間355,464バーツの差で約2.4年回収、5年で927,320バーツの差になります。一方でN=40回なら回収に14.5年かかり、5年ではむしろ557,560バーツ高くつきます。切替が少ない工場がOLPを入れると回収しません。
そしてOLPを入れると作業人時は420時間から480時間へ増え、人件費は年4,536バーツ増えます。それでも総額が下がるのは、停止時間が420時間から120時間へ落ちるからです。工数の欄しか見ていない稟議書では、この投資は通りません。
人の面でも構造は同じです。ティーチングできる要員を1名育て直す実費136,632バーツのうち、約88%は実機を止める時間です。タイでは「産業用ロボット制御 レベル1」が605バーツ/日という職種別賃金の階層に制度化されていますが、失われるものの本体は賃金差ではなく、設備の稼働時間のほうです。
明日やることは1つです。自社セルの1時間あたり付加価値Xを出し、昨年の切替回数Nを数え、N = 260,000 ÷ (2.5X − 37.8) に入れて分岐点を超えているか確かめてください。超えていなければ、どれだけ優れたOLPでも、いまは待つのが正解です。
自社のセル時間単価をどう出すか、昨年の切替回数をどこから拾うか——最初のこの2つでつまずくケースがほとんどです。TOMAS TECHでは、タイに拠点を持つ日系製造業のロボット導入・ティーチング体制づくりについて、検討段階からのご相談を承っています。「投資するかどうかまだ決めていない」「まず自社の数字で試算してみたい」という段階で構いません。上の式に入れる数字を一緒に洗い出すところからお手伝いできますので、お問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。
参考情報
- Nation Thailand|タイの職種別(技能)最低賃金
- Nishimura & Asahi|タイの最低賃金改定
- PKF Thailand|バンコクの最低賃金400バーツ
- 日本ロボット工業会(JARA)|産業用ロボットの特別教育
- 厚生労働省|労働安全衛生規則関係通達
- EVS International|生成AIと産業用ロボットの4層(2026)
- IFR|World Robotics 2025 プレスリリース
- MIRAI-LAB|ロボットシミュレーション/オフラインティーチングの事例
- きぼうロボット|ロボットティーチング完全ガイド
- 東京都中小企業振興公社バンコク事務所|タイのロボット産業
- Mahanakorn Partners|タイBOIの2026年投資恩典
- BOI|自動化・ロボット産業への投資奨励政策(日本語)