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2026.08.13

タブレット業務システム2026|総額を決めるのは本体価格でなく更新期限

タブレット業務システム2026|総額を決めるのは本体価格でなく更新期限

工場に配るタブレット業務システムの5年総額を決めるのは、本体価格ではありません。OSとセキュリティ更新が切れる日です。40台・5年で計算すると、本体がいちばん安い民生機は3,044,000バーツ、単価が約2倍のセミラギッドは2,302,800バーツ。順位が入れ替わります。差の741,200バーツを作っているのは、3年目末に来る全台更改604,000バーツと、故障5年の差637,200バーツから、本体で安く買えた500,000バーツを差し引いた残りです。

現場タブレットで最初に切れるのは画面ではなく更新期限

現場端末の選定会議で最初に出てくる質問は、たいてい「落として割れませんか」です。

割れます。割れますが、割れた1台は買い替えれば済みます。40台のうち何台かが毎年壊れることは、後述するとおり金額として計上できますし、予備機を積んでおけば操業も止まりません。壊れることは、コストではあっても事故ではありません。

事故になるのは別の切れ方です。OSとセキュリティ更新の提供が終わる日、いわゆるEOL(End of Life)です。画面は無事、バッテリーもまだ持つ、外観はきれい。それでも更新が止まった端末は、次の3つを同時に失います。

  1. MDMの管理下から外れる。多くの管理製品は、サポート対象OSのバージョン範囲を公表しています。範囲外になった端末は、ポリシー配布やリモートワイプの動作保証を受けられません。
  2. 業務アプリの動作保証を失う。電子帳票や作業指示のアプリは、ベンダーが動作確認しているOSバージョンを更新していきます。古い側は順に切り落とされます。
  3. 社内のセキュリティ基準を通らなくなる。本社の情報セキュリティ部門が「更新提供が終了した端末を業務ネットワークに接続してはならない」と決めている企業は珍しくありません。監査で指摘されれば、現場の都合とは関係なく撤去です。

この3つが揃うと、選択肢は1つしか残りません。全台更改です。1台ずつ順に入れ替えるのではなく、期限の日にまとめて入れ替えることになります。理由は簡単で、更新期限は個体差ではなく機種で決まるからです。同じ機種を40台まとめて買った工場は、40台まとめて期限を迎えます。

そして、この全台更改は評価期間の途中に落ちてきます。5年で投資判断をした工場に、3年目末の一括支出が乗る。この一発が、本体価格の順位をひっくり返します。

本記事では、タイの日系工場のモデルを1つ置いて、この構造を最後まで数字で追います。先に結論を書いておきます。

  • 本体価格の順位は A(民生) < B(セミラギッド) < C(フルラギッド)
  • 5年総額の順位は B 2,302,800 < A 3,044,000 < C 3,227,600
  • 単純回収年数ではAが最良(2.20年)に見えるのに、5年ネットではBの手取りがAの1.85倍

なお、以下の試算は「ベースライン1つ・設計3つ」の形で組んでいます。3つの設計はすべて同じベースラインに対して測った選択肢であり、効果を足し合わせることはできません。この点はまとめでもう一度触れます。

前提|60名・40台・5年のタイ日系工場モデル(ベースライン1,035,200 THB/年)

最初に前提を置きます。以降に出てくる数値は、すべてこの表から出ています。

項目
稼働264日/年(22日 × 12ヶ月)、2直
現場端末を使う作業者60名/日(帳票記入・作業指示確認・実績入力)
同時使用ピーク35台(昼直ピーク)
配備台数40台(ピーク35 + 予備5)
評価期間5年
現場作業者の実効時給70 THB/時
事務・IT側の実効時給160 THB/時

実効時給70バーツの置き方

タイの法定最低賃金は日額337〜400バーツで、バンコクは400バーツです(2025-07-01改定)。上限の400バーツが適用される県はバンコクだけではなく、日系工場の集まる東部の県も含まれますが、改定の時期は県ごとに異なるため、自社の所在県の適用日を必ず確認してください。この日額400バーツを8時間で割ると時給50バーツ。ここに社会保険料などの法定負担と諸手当として1.4を掛けた70バーツ/時を、本記事における現場作業者の実効時給として置きます。

この70バーツは事実ではなく、本記事の置き値です。最低賃金の日額337〜400バーツは公表されている事実ですが、実効時給は手当の構成、勤続、残業の扱いで工場ごとに変わります。自社で試算するときは、必ず自社の人件費実績から作り直してください。ここを最低賃金そのままの50バーツで計算すると、現場側の時間削減の評価額が約29%小さく出ます(1 − 50 ÷ 70 = 28.6%)。

事務・IT側の160バーツ/時も同様の置き値です。生産管理・品質管理の担当者、日報を集計する事務、システム担当を含めた実効値として置いています。

40台という台数の決め方

配備台数40台は、同時使用ピーク35台に予備5台を足した数です。予備率は 5 ÷ 35 = 14.3%

ここで重要なのは、予備台数は「壊れた台数」ではなく「壊れている期間」で決まるという点です。年に12台壊れる端末でも、修理が即日で戻るなら予備は1台で足ります。逆に年に4台しか壊れなくても、修理に3週間かかるなら複数台の予備が要ります。後述する3つの設計は、故障率だけでなく修理のリードタイムでも差が出ますが、本モデルでは予備5台を3設計共通としています。予備台数まで設計ごとに変えると比較にならないため、あえて共通に固定しています

ベースライン(現状=紙運用)

本記事で唯一のベースラインです。現状、紙の帳票と作業指示で回している状態を年間コストに置き換えます。

費目計算金額/年(THB)
現場での記入・転記の余分時間60名 × 12分/日 × 264日 ÷ 60 = 3,168時間 × 70221,760
事務側の入力・集計2名 × 180分/日 × 264日 ÷ 60 = 1,584時間 × 160253,440
紙・印刷・保管180,000
転記ミス起因の手戻り・再検査260,000
記録の探索(監査・クレーム時の遡り)120,000
ベースライン合計1,035,200

検算します。221,760 + 253,440 = 475,200。+180,000 = 655,200。+260,000 = 915,200。+120,000 = 1,035,200

1人あたり12分/日という数字に違和感がある方もいると思います。これは「紙に書く時間」ではありません。紙に書くこと自体は電子化しても消えず、入力に置き換わるだけです。12分に入れているのは、電子化すれば消える動作だけです。すなわち、帳票を取りに行く、書き損じて書き直す、前工程の実績を別の紙から転記する、書いた紙を事務所へ運ぶ、といった動作です。60名 × 12分 = 720分/日、年間で3,168時間になります。

事務側の180分/日 × 2名も同じ考え方です。現場から上がってきた紙をExcelに打ち直し、突き合わせ、集計する時間です。ここは電子化の効きがいちばん大きい費目で、後述するとおり85%の削減を見込んでいます。

電子化による年間削減(3設計とも同一)

3つの設計は同じ業務アプリを使う前提です。したがって、電子化による削減額は3設計で同一になります。差がつくのは端末側のコストだけです。

費目削減率削減額/年(THB)
現場記入・転記 221,76060%133,056
事務入力・集計 253,44085%215,424
紙・印刷・保管 180,00080%144,000
転記ミス手戻り 260,00070%182,000
記録探索 120,00090%108,000
年間削減合計782,480

検算します。133,056 + 215,424 = 348,480。+144,000 = 492,480。+182,000 = 674,480。+108,000 = 782,480

5年分では 782,480 × 5 = 3,912,400バーツです。

削減率を100%にしていない点に注意してください。現場の記入は60%、事務の集計は85%、紙は80%です。タブレットで帳票入力に切り替えても、紙はゼロになりません。顧客提出用の押印帳票、法定保存が必要な原本、停電・通信断時のバックアップ運用は残ります。転記ミスも70%までしか落としていません。手書きの読み違いは消えますが、選択肢の押し間違いと入力対象の取り違えは残るからです。

電子帳票の設計そのもの、つまり「どの帳票から電子化するか」「入力項目をどう減らすか」については電子帳票でペーパーレス化する工場で別に整理しています。本記事はソフト側を固定した上で、端末をどう選ぶかに絞ります。

3つの設計|民生・セミラギッド・フルラギッドで何が変わるか

現場端末の選定で並ぶ選択肢を、3つのクラスに整理します。

設計機種本体単価年間故障率OS/セキュリティ更新保証5年内の全台更改
A民生タブレット+保護ケース12,000+1,500 = 13,50030%3年1回(3年目末)
Bセミラギッド(法人モデル・IP54相当)26,00012%5年0回
Cフルラギッド(MIL-STD-810H / IP65)52,0004%5〜7年0回

A・B・Cはクラスであって、特定の製品名ではありません。特定ベンダーの優劣を論じるものでもありません。市販の民生タブレットに保護ケースを付けて配る案がA、法人向けの業務用モデルがB、落下・防塵防水を正面から設計した堅牢機がC、という区分です。

故障率30%/12%/4%は本記事のモデル値です

この3つの故障率は、本記事のモデル値です。実測値ではありません。堅牢端末ベンダーの公表資料では、産業用途に投入した民生機の年間故障率が高い水準になるという傾向が繰り返し示されており、その傾向を踏まえて置いた数字です。自社で試算するときは、現在使っている端末の実績から作り直してください。

年間故障率を件数に直します。

設計年間故障件数5年計平均故障間隔(稼働264日ベース)
A40台 × 30% = 12.0件60件264 ÷ 12 = 22稼働日に1件
B40台 × 12% = 4.8件24件264 ÷ 4.8 = 55稼働日に1件
C40台 × 4% = 1.6件8件264 ÷ 1.6 = 165稼働日に1件

設計Aは22稼働日に1件、つまりほぼ月に1台のペースで壊れます。5年で60件。40台の配備に対して60件ですから、5年間で全台が1.5回ずつ壊れる計算です。設計Bは24件で全台の0.6回分、設計Cは8件で0.2回分です。

この「月に1台」は、金額以上に運用に効きます。予備機の出し入れ、キッティングのやり直し、資産台帳の更新、壊れた端末からのデータ確認。担当者の作業として毎月発生し続けます。

OS更新3年/5年/5〜7年はベンダーの公表方針です

更新保証の年数も、各クラスのベンダーが公表している方針を踏まえた本記事の設定値です。当社が保証する年数ではありません。

参考として、業界では次のような方針が公表されています。堅牢端末ベンダーの一部は、Android向けに独自のセキュリティパッチ提供プログラムを用意し、標準のサポート期間を超えた延長提供を打ち出しています。また、大手スマートフォンベンダーはフラッグシップ機で7年、普及価格帯のシリーズで4年といったOS・セキュリティ更新方針を公表しています。Android Enterprise Recommendedのように、法人利用に必要な要件(更新提供を含む)を満たす端末をリスト化する枠組みもあります。

ここで実務上いちばん大事な確認事項を書いておきます。「何年サポートするか」ではなく「いつまでサポートするか」を、機種名と日付で取ってください

年数表記は購入日からではなく、その機種の発売日から数えるのが通例です。発売から2年経ったモデルを今日買えば、5年サポートの機種でも自社にとっては残り3年です。カタログの「5年」を購入日起点だと思い込んで計画すると、想定より2年早く更改が来ます。これは値引き幅の大きい在庫処分品を掴んだときに、特に起こります。

3設計で「変わらないもの」を先に固定する

比較を成立させるために、3設計で共通に固定する項目を先に置きます。

項目単価備考
キッティング(初期設定・MDM登録・アプリ配布・資産ラベル)1,200 THB/台3設計共通
MDMライセンス900 THB/台・年3設計共通
業務アプリ(電子帳票・作業指示)ライセンス1,100 THB/台・年3設計共通
工場内Wi-Fi増強(電波調査・AP増設)450,000 THB初期・3設計共通
充電・保管ラック120,000 THB初期・3設計共通

年間ライセンスは 40台 × 900 + 40台 × 1,100 = 36,000 + 44,000 = 80,000 THB/年。1台あたり年2,000バーツ、5年で1台あたり10,000バーツです。5年合計では 80,000 × 5 = 400,000 THB

共通初期は 450,000 + 120,000 = 570,000 THB

ここで1つ、選定会議で必ず引っかかる事実を置いておきます。Wi-Fi増強と充電ラックの570,000バーツは、設計Aの端末本体40台分(13,500 × 40 = 540,000)より大きいのです。差は30,000バーツ。端末の機種選定に何回も会議を重ねる一方で、それより金額の大きい共通インフラが「その他」の1行で処理されていることは、実際によくあります。

故障1件あたりのコスト

故障したときに何をするかが、クラスによって違います。

設計故障時の対応単価内訳故障1件あたり
A修理せず買い替え買替13,500 + 再キッティング1,20014,700
B修理して戻す修理9,000 + 再キッティング1,20010,200
C修理して戻す修理15,000 + 再キッティング1,20016,200

設計Aを「買い替え」にしているのは、民生タブレットの修理費が本体価格に近く、修理に出すより買い直したほうが安いからです。設計Cは本体単価が高いぶん修理費も高く、1件あたりの単価では3設計で最も高くなります

それでも設計Cの年間故障コストが最小になるのは、件数が少ないからです。

設計年間件数単価年間故障コスト5年計
A12.0件14,700176,400882,000
B4.8件10,20048,960244,800
C1.6件16,20025,920129,600

設計AとBの年間差は 176,400 − 48,960 = 127,440バーツ/年。5年で 127,440 × 5 = 637,200バーツです。この637,200という数字を覚えておいてください。後で効きます。

更改1回あたり604,000バーツの中身

設計Aだけに、3年目末の全台更改が乗ります。中身を開きます。

項目計算金額(THB)
本体40台13,500 × 40540,000
キッティングやり直し1,200 × 4048,000
旧端末のデータ消去・廃棄400 × 4016,000
更改1回合計604,000

540,000 + 48,000 + 16,000 = 604,000。1台あたりに直すと 604,000 ÷ 40 = 15,100バーツです。

データ消去・廃棄の16,000バーツを忘れないでください。金額としては小さいのですが、業務データが入った端末を工場の倉庫に積んだまま放置するという運用は、監査で必ず指摘されます。消去記録を残し、資産台帳から落とし、産業廃棄物として処理するところまでが更改です。

5年総額を並べると順位が入れ替わる(本体A

ここが記事の心臓部です。

初期投資

設計本体キッティング共通初期初期投資合計
A13,500×40 = 540,00048,000570,0001,158,000
B26,000×40 = 1,040,00048,000570,0001,658,000
C52,000×40 = 2,080,00048,000570,0002,698,000

初期投資の段階では、順位は本体価格のとおりです。A 1,158,000 < B 1,658,000 < C 2,698,000。設計Aは設計Bより500,000バーツ安く、設計Cより1,540,000バーツ安い。

稟議書がここで止まると、設計Aが選ばれます

5年総額

5年分を全部足します。

設計初期投資故障5年ライセンス5年更改5年総額
A1,158,000882,000400,000604,0003,044,000
B1,658,000244,800400,00002,302,800
C2,698,000129,600400,00003,227,600

検算します。

A: 1,158,000 + 882,000 = 2,040,000。+400,000 = 2,440,000。+604,000 = 3,044,000

B: 1,658,000 + 244,800 = 1,902,800。+400,000 = 2,302,800

C: 2,698,000 + 129,600 = 2,827,600。+400,000 = 3,227,600

順位が入れ替わりました。

1位(安い)2位3位
本体価格A 540,000B 1,040,000C 2,080,000
5年総額B 2,302,800A 3,044,000C 3,227,600

1台あたりの5年総額に直すと、A 76,100バーツ、B 57,570バーツ、C 80,690バーツです(それぞれ 3,044,000 ÷ 40、2,302,800 ÷ 40、3,227,600 ÷ 40)。本体単価12,000バーツの端末が、5年で1台あたり76,100バーツになる。この6.3倍という倍率が、現場端末という買い物の実像です。

タブレット業務システム2026|総額を決めるのは本体価格でなく更新期限 - figure 1

*図1: 3設計の5年総額。本体価格の順位(A

A − B の741,200バーツを分解する

設計Aと設計Bの差は 3,044,000 − 2,302,800 = 741,200バーツです。この741,200がどこから来ているのかを分解します。

内訳金額(THB)
更改(Aのみ・3年目末)+604,000
故障5年の差(882,000 − 244,800)+637,200
初期の本体差(540,000 − 1,040,000)−500,000
A − B 合計+741,200

604,000 + 637,200 = 1,241,200。−500,000 = 741,200。表の差と一致します。

キッティング初回48,000、共通初期570,000、ライセンス5年400,000は3設計で同額なので、差には1バーツも出てきません。差を作っているのは、本体・故障・更改の3項目だけです。

決め台詞にするなら、こうなります。本体で500,000バーツ節約したつもりが、5年で741,200バーツ多く払う。節約額の1.48倍を、後から支払う計算です(741,200 ÷ 500,000 = 1.4824)。

別の切り口で分解しても同じ741,200になる

念のため、違う切り方でも検算しておきます。今度は「端末そのものにかかった金額」と「故障」の2つに分けます。

項目AB差(A − B)
本体(初回)540,0001,040,000−500,000
キッティング(初回)48,00048,0000
更改(本体540,000+キッティング48,000+廃棄16,000)604,0000+604,000
端末関連 小計1,192,0001,088,000+104,000
故障5年882,000244,800+637,200
ライセンス5年・共通初期970,000970,0000
合計3,044,0002,302,800+741,200

104,000 + 637,200 = 741,200。先ほどと同じ数字になりました。

この表の面白いところは、端末関連の小計でもすでにAが104,000バーツ高いという点です。本体単価は半額以下なのに、5年で2回買うことになるため、1回だけ買う設計Bを上回ります。純粋に本体だけで比べても、Aは 540,000 × 2回 = 1,080,000、Bは1,040,000。2回買う安い端末は、1回買う高い端末より高いのです。

C − B の924,800バーツ

一方、設計Cは5年総額で最も高くなります。差は 3,227,600 − 2,302,800 = 924,800バーツ

内訳金額(THB)
本体差(2,080,000 − 1,040,000)+1,040,000
故障5年の差(129,600 − 244,800)−115,200
C − B 合計+924,800

1,040,000 − 115,200 = 924,800

設計Cは故障が少なく、5年で115,200バーツを取り戻します。しかし本体で1,040,000バーツ多く払っているので、取り戻し切れません。堅牢性は正しく効いているが、効いた分では本体差を埋められないというのが、この試算での設計Cの位置づけです。

ただし、ここには本モデルの前提が強く効いています。本モデルは「屋内・空調のない一般的な組立工場」を想定しており、水洗い、薬品、粉塵の多い環境、氷点下の冷凍倉庫、屋外ヤードは含んでいません。そうした環境では設計Bの故障率12%という前提そのものが成立しません。前提が崩れれば結論も変わります。設計Cが必要な現場は確実に存在します。

単純回収年数という指標が更改を映さない(Aの3年目末に何が起きるか)

ここまでの数字だけを見れば「設計Bにしましょう」で終わります。ところが実務では、そうならないことがあります。稟議書に載る指標が、単純回収年数だからです。

単純回収年数を計算する

年間ランニング = ライセンス80,000 + 年間故障コスト

年間ネット効果 = 年間削減782,480 − 年間ランニング

単純回収年数 = 初期投資 ÷ 年間ネット効果

設計年間ランニング年間ネット効果初期投資単純回収年数
A80,000 + 176,400 = 256,400782,480 − 256,400 = 526,0801,158,0001,158,000 ÷ 526,080 = 2.20年
B80,000 + 48,960 = 128,960782,480 − 128,960 = 653,5201,658,0001,658,000 ÷ 653,520 = 2.54年
C80,000 + 25,920 = 105,920782,480 − 105,920 = 676,5602,698,0002,698,000 ÷ 676,560 = 3.99年

設計Aが最良に見えます。2.20年。設計Bは2.54年、設計Cは3.99年。

この表だけを見て決めれば、設計Aが通ります。しかも「2年で回収」という響きは稟議で強い。ところが、5年総額で最も安いのは設計Bで、設計Aはそれより741,200バーツ高いことを、私たちはすでに知っています。

単純回収年数という指標は、3年目末の更改を1バーツも映していません。理由は式の形にあります。分子は初期投資、分母は年間ネット効果。3年目末に発生する604,000バーツは、そのどちらにも入りません。回収が2.20年で終わっている以上、3年目に何が起きようと、この指標の中では起きなかったことになります。

累積キャッシュで見ると景色が変わる

年ごとの累積キャッシュを引き直します。期初に初期投資を払い、毎年ネット効果を積み上げ、設計Aだけ3年目末に更改604,000を引きます。

設計期初1年末2年末3年末4年末5年末
A−1,158,000−631,920−105,840−183,760342,320868,400
B−1,658,000−1,004,480−350,960302,560956,0801,609,600
C−2,698,000−2,021,440−1,344,880−668,3208,240684,800

計算を追います。

設計A: −1,158,000 + 526,080 = −631,920。+526,080 = −105,840。ここで3年目です。−105,840 + 526,080 = 420,240 まで来たところで更改604,000を支払い、420,240 − 604,000 = −183,760。+526,080 = 342,320。+526,080 = 868,400

設計B: −1,658,000 + 653,520 = −1,004,480。−350,960。+302,560。956,080。1,609,600

設計C: −2,698,000 + 676,560 = −2,021,440。−1,344,880。−668,320。8,240684,800

タブレット業務システム2026|総額を決めるのは本体価格でなく更新期限 - figure 2

*図2: 累積キャッシュの5年推移。設計Aは3年目に一度プラスへ出るが、3年目末の全台更改604,000バーツで−183,760へ戻る*

設計Aは3年目に一度プラスになってから、マイナスに戻る

設計Aの動きを月単位で見ます。2年末の残高は−105,840。年間ネット効果526,080を12ヶ月で割ると月あたり約43,840。105,840 ÷ 526,080 = 0.20年ですから、3年目の約2.4ヶ月目に、いったんプラスへ転じます

ここで「回収完了」の報告が上がります。単純回収年数2.20年という予測と、ほぼ一致するからです。

そして3年目末、更改604,000が来ます。残高は−183,760。3年かけて積み上げた累積が、2年末の水準より下に落ちます(2年末の−105,840より、さらに77,920低い位置です)。再びプラスに戻るのは 183,760 ÷ 526,080 = 0.35年後、つまり4年目の約4.2ヶ月目です。

実質的な回収時期を3設計で並べます。

設計単純回収年数の計算値累積キャッシュが最終的にプラス転換する時期
A2.20年4年目(3年目に一度プラスへ出るが更改で戻る)
B2.54年3年目(約6.4ヶ月目)
C3.99年4年目(約11.9ヶ月目)

単純回収年数ではAが最速だったのに、実際に資金がプラスで定着するのはBが最も早い。順位がここでも入れ替わります。

5年ネットで見ると、BはAの1.85倍

最後に5年ネットです。5年間の削減 3,912,400バーツから、それぞれの5年総額を引きます。

設計5年削減5年総額5年ネット
A3,912,4003,044,000868,400
B3,912,4002,302,8001,609,600
C3,912,4003,227,600684,800

この3つの数字は、先ほどの累積キャッシュの5年末とぴったり一致します(A 868,400、B 1,609,600、C 684,800)。当然で、同じ計算を別の順序でやっているだけだからです。ただし、一致することを確認しておくのは大事です。実務の見積で両者が合わないときは、どこかで費目が二重に入っているか、抜けています。

そして、BとAの比を取ります。

1,609,600 ÷ 868,400 = 1.85倍

単純回収年数では2.20年 対 2.54年でAが良く見えたのに、5年ネットではBがAの1.85倍です。差額は 1,609,600 − 868,400 = 741,200バーツ。5年総額の差と同額です(削減額が3設計で同一なので、必ずこうなります)。

C対Bも同じ関係です。1,609,600 − 684,800 = 924,800バーツ。こちらも5年総額の差と一致します。

稟議に載せるべき指標

以上から、現場端末の選定で使うべき指標は次の順です。

  1. 累積キャッシュの年次推移。更改・大規模修繕が期間内のどこに落ちるかが見える唯一の形式です
  2. 評価期間の5年ネット。期間全体の合計で比較します
  3. 単純回収年数は参考。分子分母の外で起きるイベントを映せないという限界を明記して添える

単純回収年数を禁止する必要はありません。ただし、期間の途中に一括支出が入る投資では、この指標は必ず誤ります。端末更改、ライセンスの大型更新、設備のオーバーホール。いずれも同じ形の誤りを生みます。

本体価格は総額の15.8%|残り84.2%はどこにあるか

もう1つの角度から見ます。5年総額のうち、本体価格が占める割合です。

設計本体のみ5年総額割合
A480,000(12,000×40。ケース除く)3,044,00015.8%
B1,040,0002,302,80045.2%
C2,080,0003,227,60064.4%

設計Aの本体は480,000バーツ、5年総額は3,044,000バーツ。割合は15.8%です。保護ケース分(1,500 × 40 = 60,000)を含めた540,000で見ても17.7%にしかなりません。

つまり、相見積もりで本体価格だけを比べているとき、設計Aでは総額の15.8%しか見ていないことになります。残る84.2%、金額にして2,564,000バーツは、比較表の外にあります。

対照的に、設計Cでは本体が64.4%を占めます。堅牢機の見積は「見えている割合」が高いとも言えます。金額が大きいので反発も大きいのですが、少なくとも見えていない部分が少ない。設計Aの見積が安く見えるのは、見えていない部分が84.2%あるからです。

84.2%の中身を開く

設計Aの5年総額3,044,000バーツを、費目ごとに並べます。

費目金額(THB)構成比
本体(12,000 × 40)480,00015.8%
保護ケース(1,500 × 40)60,0002.0%
キッティング初回(1,200 × 40)48,0001.6%
工場内Wi-Fi増強450,00014.8%
充電・保管ラック120,0003.9%
故障5年(60件 × 14,700)882,00029.0%
ライセンス5年(80,000 × 5)400,00013.1%
更改1回(3年目末)604,00019.8%
合計3,044,000100.0%

金額を足すと、480,000 + 60,000 = 540,000。+48,000 = 588,000。+450,000 = 1,038,000。+120,000 = 1,158,000(初期投資と一致)。+882,000 = 2,040,000。+400,000 = 2,440,000。+604,000 = 3,044,000。一致します。

最大の費目は本体ではなく故障の882,000バーツ(29.0%)、次が更改604,000バーツ(19.8%)です。この2つで48.8%。合計1,486,000バーツが、本体価格480,000バーツの3.1倍にあたります。

設計Bと設計Cについても同じ表を作ります。

費目B 金額B 構成比C 金額C 構成比
本体1,040,00045.2%2,080,00064.4%
キッティング初回48,0002.1%48,0001.5%
工場内Wi-Fi増強450,00019.5%450,00013.9%
充電・保管ラック120,0005.2%120,0003.7%
故障5年244,80010.6%129,6004.0%
ライセンス5年400,00017.4%400,00012.4%
合計2,302,800100.0%3,227,600100.0%

(構成比は端数処理のため、合計が100.0%にならない場合があります)

タブレット業務システム2026|総額を決めるのは本体価格でなく更新期限 - figure 3

*図3: 3設計の5年総額の内訳構成。設計Aでは本体は15.8%にすぎず、故障29.0%と更改19.8%が総額の約半分を占める*

3設計で共通の1,018,000バーツ

もう1つ、見落とされやすい構造があります。5年総額のうち、どの設計を選んでも同額の部分です。

共通費目金額(THB)
工場内Wi-Fi増強450,000
充電・保管ラック120,000
キッティング初回48,000
ライセンス5年400,000
共通小計1,018,000

450,000 + 120,000 + 48,000 + 400,000 = 1,018,000

これを差し引くと、設計ごとに変わる部分は次のとおりです。

設計5年総額共通部分設計依存部分
A3,044,0001,018,0002,026,000(本体540,000+故障882,000+更改604,000)
B2,302,8001,018,0001,284,800(本体1,040,000+故障244,800)
C3,227,6001,018,0002,209,600(本体2,080,000+故障129,600)

検算します。A: 540,000 + 882,000 + 604,000 = 2,026,000。+1,018,000 = 3,044,000 ✓

B: 1,040,000 + 244,800 = 1,284,800。+1,018,000 = 2,302,800 ✓

C: 2,080,000 + 129,600 = 2,209,600。+1,018,000 = 3,227,600 ✓

この見方をすると、選定会議で議論すべきものが明確になります。共通の1,018,000バーツは、どの端末を選んでも払う金額です。ここを削る議論(Wi-Fiの投資を減らす、MDMをやめる)は端末選定とは別の話であり、しかも削れば運用が壊れる項目ばかりです。端末選定で動かせるのは、設計依存部分の1,284,800〜2,209,600バーツだけです。

端末を決める前に決める4つのこと(充電・保管/代替機/アカウント/通信)

機種の議論に入る前に決めておくべきことが4つあります。どれも、決めないまま端末を配ると、後から金額が増える項目です

1. 充電と保管|40台をどこに置くか

充電・保管ラック120,000バーツを初期に計上しています。3設計共通です。

2直の工場では、端末は24時間動きます。昼直の作業者が使い、直交代で夜直に引き継ぎ、夜直が使う。「終業後に一斉に充電する」という運用が成立しません

したがって、決めるべきは次の3点です。

  • 充電のタイミング。直交代時に全台を差し替えるのか、休憩時に部分充電するのか。バッテリー交換式の機種を選ぶかどうかは、ここで決まります
  • 保管場所。ラックを工程の近くに分散させるか、1ヶ所に集約するか。集約すると管理は楽ですが、作業者の移動時間が発生します。この移動時間は、ベースラインで削減対象にしていた「余分な動作」を新しく作ることになります
  • 台数の見える化。40台のうち何台がラックにあり、何台が現場にあり、何台が修理中かが、その場で分かる状態にすること

「充電ラックは後で買えばいい」という判断をした現場では、たいてい端末が作業台の上や工具箱の中で放置され、朝になると充電が空になっています。充電されていない端末は、故障した端末と同じです。使えない時間が発生し、紙の運用が復活します。

2. 代替機|予備5台の運用ルール

配備40台のうち5台は予備です。予備は「置いておく」だけでは機能しません。

  • 誰が出すか。故障の申告を受けて予備機を出す担当者を決めます
  • どの状態で置くか。キッティング済み・充電済み・アカウント未割当の状態で保管します。故障が起きてから初期設定を始めると、その日は使えません
  • 戻ってきた端末の扱い。修理から戻った端末は、そのまま現場に返さず、予備の列に戻します

設計Aの年12件、22稼働日に1件というペースを思い出してください。ほぼ毎月、この手順が発動します。手順が決まっていない工場では、そのたびに担当者が探し回ることになります。この時間は本記事の試算に含めていません。含めれば、設計Aの不利はさらに広がります。

3. アカウント|端末に紐付けるのか、人に紐付けるのか

MDMライセンス900バーツ/台・年を計上していますが、MDMを入れることと、アカウント設計をすることは別です

現場端末の運用は、大きく2つに分かれます。

方式内容向いている場面注意点
共有端末方式端末は工程に紐付き、作業者は都度ログインして使う交代制で多人数が使う工程、1台を複数名で共有する場合ログイン操作の手間が毎回発生する。IDカードやバーコードでの簡易ログインを用意しないと、共有アカウントの使い回しが始まる
個人紐付け方式端末を個人に貸与する巡回検査、保全、リーダー職台数が人数分必要になる。退職時の回収手順が必須

本モデルは60名に対して40台なので、1台を1.5名で共有する共有端末方式です(60 ÷ 40 = 1.5)。

共有端末方式で必ず決めるべきなのは、「誰が入力したか」をどう記録するかです。ここを決めずに共有アカウントで運用すると、電子帳票の記録に作業者名が残りません。紙の帳票にはサインがあったのに、電子化したら誰が書いたか分からなくなった、というのは実際に起きます。監査対応の観点では、これは電子化の後退です。

4. 通信|Wi-Fiは端末より先に決まる

工場内Wi-Fi増強450,000バーツも3設計共通です。そして、これは端末選定より先に決めるべき項目です

理由は3つあります。

  1. 電波が届かない場所が1ヶ所でもあると、そこだけ紙に戻ります。そして紙に戻った工程は、他の工程にも「紙でもいい」という運用を広げます
  2. オフライン動作の要件が、業務アプリの仕様を決めます。電波が不安定な区画がある場合、アプリ側に「オフラインで入力を溜め、復帰時に同期する」機能が必要です。この要件は後付けが難しく、パッケージ選定の段階で確認すべき項目です
  3. AP増設の工事は、端末納入より時間がかかります。電波調査、機器手配、配線、天井や梁への設置。端末が届いてからWi-Fi工事を始めると、待ち時間がそのまま導入遅延になります

工場のWi-Fiは、オフィスのWi-Fiとは設計が違います。金属什器による反射、フォークリフトなど移動体による遮蔽、天井高、ローミング時の切断。この辺りの設計指針は工場の無線LAN・産業用ネットワークにまとめています。端末の機種を決める前に、まず電波調査の見積を取ってください

規格の読み方|MIL-STD-810HとIP65は別のことを言っている

堅牢端末のカタログには、必ず2種類の表記が並びます。IP65やIP67といったIPコード、そしてMIL-STD-810Hです。この2つは別のことを測っています。混同したまま選定すると、必要な耐性が抜けます。

IPコードは防塵と防水

IPコードは、粉塵と水の侵入に対する保護等級です。2桁の数字で表され、1桁目が防塵、2桁目が防水を示します。

表記1桁目(防塵)2桁目(防水)
IP545=粉塵の侵入を完全には防げないが、動作に支障がない程度4=あらゆる方向からの飛沫
IP656=粉塵の侵入を完全に防ぐ5=あらゆる方向からの噴流水
IP676=同上7=一定の水深・時間の一時的な水没

本記事の設計BをIP54相当、設計CをIP65としているのは、この差です。IP65は水をかけられる、IP54は水をかけられない。粉塵の多い工程、水洗いする工程では、この1文字が運用そのものを決めます。

注意点として、防水等級は水深と時間が大きいほうが常に上位、とは限りません。IPX7(一時的水没)に対応していてもIPX5(噴流水)には対応していない、という製品構成はあり得ます。噴流水をかける運用が想定されるなら、7ではなく5の表記があるかを見てください。

MIL-STD-810Hは試験フレームワークであって、合否規格ではない

ここが最も誤解されている点です。

MIL-STD-810Hは、米国防総省が定めた環境試験の方法を規定した文書です。落下、振動、温度、湿度、砂塵、低圧など、多数の試験方法(メソッド)が定義されており、製品ごとに「どのメソッドを、どの条件で実施したか」が決まります。

「MIL-STD-810H準拠」という表記だけでは、何を試験したのかが分かりません。合格ラインが規格側に一律で定められているわけではないからです。810Hは試験のやり方を定めた枠組みであって、「この試験に受かれば堅牢と名乗ってよい」という合否規格ではありません。

したがって、確認すべきは次の3点です。

確認項目何を聞くか
実施メソッド落下(Method 516)、振動(Method 514)、温度(Method 501/502)のうち、どれを実施したか
試験条件落下なら高さ・面数・落下先の材質。温度なら動作温度範囲か保管温度範囲か
試験主体自社試験か第三者機関か。報告書を開示できるか

また、MIL-STD-810Hのどのメソッドにも「防水等級」はありません。810Hには水に関する試験(降雨など)も含まれますが、それはIPコードの防水等級とは別物です。「MIL-STD-810H準拠だから水に強い」という読み方は誤りです。防塵防水を求めるならIPコードを、落下・振動・温度を求めるならMIL-STD-810Hの実施メソッドを、それぞれ個別に確認してください。

なお、落下試験については、旧版のMIL-STD-810Gで122cmとされていた高さが、810Hでは152cmに引き上げられています。この変更の意味は、単に「より高くなった」ということではありません。同じ「落下試験に合格」という表記でも、810G準拠品と810H準拠品では試験条件が違うということです。カタログの版番号まで見てください。

工場で本当に必要な耐性を先に書き出す

規格から入ると議論が発散します。逆から入ってください。自社の現場で、端末は実際に何に晒されるのかを書き出します。

現場の事象対応する規格の観点
作業台(高さ約90cm)から床に落ちる落下試験の高さと落下先材質
フォークリフトやコンベアの振動が伝わる場所に置く振動試験
切削油・洗浄剤が飛ぶIPコードの防水側+筐体材質の耐薬品性
粉体を扱う工程で使うIPコードの防塵側(5か6か)
屋外ヤードと屋内を行き来する動作温度範囲、結露、直射日光下での画面視認性
手袋をしたまま操作するグローブ対応タッチ(規格ではなく仕様)

最後の1行を入れたのは、規格に現れない要件が必ずあるためです。手袋対応、濡れた手での操作、屋外での画面輝度、片手保持のためのストラップ。これらは規格表記の外にあり、しかも現場では規格より切実です。選定の最終段階では、必ず現場の作業者に実機を触らせてください。手袋で反応しない端末は、40台まとめて使われなくなります。

タイの現場で追加される論点(気温・粉塵・多言語・離職と端末の紐付け)

ここまでの試算は日本でもタイでも成立しますが、タイの工場では追加で効いてくる論点があります。

気温と、動作温度の読み方

タイの工場は、空調のない棟が普通にあります。屋根裏に熱がこもる建屋、成形機や炉の近く、屋外に近い出荷ヤード。ここで確認すべきは動作温度範囲(operating temperature)であって、保管温度範囲ではありません。

高温環境で起きる典型的な症状は、故障ではなく性能低下と充電停止です。多くの端末は、内部温度が閾値を超えると処理性能を落とし、さらに上がると充電を止めます。壊れてはいないので保証も効きませんが、現場では「昼過ぎになると動きが遅くなる」「充電ラックに戻しても充電されていない」という形で現れます。

対策は端末の選定だけでは完結しません。充電・保管ラックの設置場所を、直射日光と熱源から離すこと。この判断は前章の「充電と保管」で決めるべき項目に含まれます。

粉塵と、清掃のしやすさ

粉塵の多い工程では、IPコードの1桁目(防塵)が効きます。ただし実務では、もう1つ清掃のしやすさという観点が要ります。

保護ケースを付けた端末は、ケースと本体の隙間に粉が入ります。ケースを外して清掃する運用を決めておかないと、半年で隙間が固着します。設計A(民生機+保護ケース)は本体価格が安い一方で、この清掃の手間が構造的に発生します。堅牢機の「継ぎ目が少ない」という設計は、防塵性能そのものよりも、清掃の運用を軽くする点で効きます

多言語|UIとマスタの両方を見る

タイの日系工場では、タイ語、日本語、英語が並びます。工程によってはミャンマー語、カンボジア語の話者もいます。

多言語対応で確認すべきは2階層です。

  1. UIの言語。ボタン、メニュー、エラーメッセージ。これはパッケージの標準機能でカバーされることが多い階層です
  2. マスタの言語。品目名、工程名、不良項目名、設備名。こちらが本命です

不良項目のマスタが英語だけで登録されていると、タイ語話者の作業者は「なんとなく2番目のボタン」を押すようになります。入力は完了しますが、データは意味を失います。タブレットで帳票入力に切り替えたのに、集まったデータが使えないという状態の多くは、UIではなくマスタの言語が原因です。

マスタの多言語化は、パッケージが対応していても運用側の工数がかかります。品目マスタが数千件あれば、翻訳と検証だけで相当な作業になります。この工数を導入計画に入れておいてください。本記事の試算には含めていません。

離職と、端末・アカウントの紐付け

タイの製造現場では、人の入れ替わりが日本より速いことがあります。ここで効くのが、前章の「アカウント設計」です。

  • 退職者のアカウントを、いつ、誰が止めるか。人事の退職処理と、システム側のアカウント停止が連動していないと、止まらないアカウントが残ります
  • 貸与端末の回収手順。個人紐付け方式で貸与している端末は、退職時に回収します。回収されなかった端末は、資産台帳上は存在するのに現物がない状態になります
  • 共有アカウントの使い回しを防ぐ。ログインが面倒だと、現場は必ず1つのアカウントを共有し始めます。IDカードのタップやバーコードでのログインを用意して、「個人を特定するほうが楽」という状態を作るのが唯一の対策です

MDMの900バーツ/台・年は、この運用を回すための費用です。リモートロック、リモートワイプ、アプリの一括配布、紛失時の位置確認。端末が40台あり、人が毎年入れ替わる現場では、MDMなしの運用は成立しません。逆に言えば、MDMがサポートしないOSバージョンになった端末を使い続けることは、この統制を失うことを意味します。冒頭で述べた「更新期限が切れると全台更改になる」理由は、ここにあります。

ハンディターミナルとの棲み分け

タイの工場でよく起きるのが、タブレットとハンディターミナルの二重投資です。

大まかな棲み分けは次のとおりです。

用途向いている端末
帳票入力、作業指示の確認、図面・手順書の閲覧、写真記録タブレット(画面が広い、入力項目が多い)
入出庫、ピッキング、棚卸、現品照合ハンディターミナル(片手で持てる、読み取りが速い、トリガーキーがある)

タブレットでもバーコードは読めます。カメラで読む方式なら追加費用もかかりません。しかし、1日に数百回スキャンする作業では、片手保持とトリガーキーの有無が作業時間を大きく変えます。逆に、入力項目が20項目ある検査帳票をハンディの小さい画面で入力させるのも無理があります。

どちらか一方に寄せるのではなく、作業ごとに分けるのが正解です。判断の詳細はハンディターミナルとバーコードによるピッキングで整理しています。本記事の40台は、帳票入力と作業指示確認を担うタブレットの台数であり、倉庫作業用のハンディは別勘定です。

よくある質問(FAQ)

工場のタブレットは民生機でいい?

「安い民生機を配って様子を見る」という判断は、初期投資では確かに安く済みます。本モデルでは設計Aの初期投資が1,158,000バーツ、設計Bが1,658,000バーツで、差は500,000バーツです。しかし5年総額では、設計Aが3,044,000バーツ、設計Bが2,302,800バーツと逆転し、741,200バーツ設計Aのほうが高くなります。理由は2つで、故障5年の差637,200バーツと、OS更新が3年で切れることによる全台更改604,000バーツです。試験導入で数台だけ使う、更新期限内に使い切る前提がある、といった条件が明確なら民生機も選択肢です。5年配り続ける前提なら、更新期限の日付を機種名で確認してから決めてください。なお故障率30%/12%/4%は本記事のモデル値であり、実測値ではありません。

現場端末は何台必要?

同時使用ピーク+予備で決まります。本モデルでは、作業者60名に対して同時使用ピークが35台、予備5台を足して40台としています。ここで数えるべきは在籍人数ではなく、同じ時間帯に同時に端末を使う人数です。60名が3交代で分かれていれば、ピークはずっと小さくなります。予備台数は「年に何台壊れるか」ではなく「壊れている期間がどれだけ続くか」で決まります。修理に3週間かかる契約なら予備は厚く、翌日交換の契約なら薄くできます。本モデルの予備率は 5 ÷ 35 = 14.3%で、3設計とも共通に固定しています。

タブレット業務システムの費用は?

本モデル(40台・5年・タイ日系工場)では、初期投資が1,158,000〜2,698,000バーツ、年間ランニングが105,920〜256,400バーツ、5年総額が2,302,800〜3,227,600バーツです。年間ランニングの内訳は、ライセンス80,000バーツ(MDM 900+業務アプリ1,100 = 2,000バーツ/台・年 × 40台)と、故障コスト25,920〜176,400バーツです。見積書で見落とされやすいのは、Wi-Fi増強450,000バーツ、充電・保管ラック120,000バーツ、キッティング1,200バーツ/台の3つで、この3つは端末の機種を変えても金額が変わりません。設計Aでは、本体価格480,000バーツは5年総額の15.8%にすぎません。

工場のWi-Fiは全域に必要?

全域が理想ですが、現実には優先順位を付けます。判断基準は「その区画で紙に戻るか」です。電波が届かない区画があると、その工程だけ紙の帳票が復活し、紙と電子の二重管理が始まります。二重管理はベースラインより手間が増えるため、削減効果がマイナスに振れることさえあります。全域をカバーできない場合は、業務アプリ側のオフライン入力・後同期の機能で埋めます。ただしこれはパッケージ選定時に確認すべき仕様であり、後付けは困難です。本モデルではWi-Fi増強450,000バーツを3設計共通の初期投資に計上しています。電波調査は端末選定より先に着手してください。

スマートフォンで業務アプリを開発するのとタブレットではどちらがいい?

作業の内容で決まります。入力項目が多い帳票、図面や手順書の閲覧、複数項目を一覧しながらの実績入力はタブレットが向きます。画面が広いぶん、スクロールと画面遷移が減り、入力ミスも減ります。一方、移動しながらの確認、片手作業、通知の受け取りが中心ならスマートフォンが向きます。スマートフォン向けの業務アプリ開発では、1画面あたりの情報量を絞る設計が必須で、タブレット用の画面をそのまま縮小しても使えません。両方に配る計画なら、開発工数が単純に2倍にならないよう、レスポンシブ設計かどうかをパッケージ選定時に確認してください。本記事の試算はタブレット40台を前提にしています。

業務アプリは既製パッケージと自社開発のどちらがいい?

本記事の試算は、業務アプリライセンス1,100バーツ/台・年の既製パッケージを前提に置いています。パッケージを前提にしている理由は、初期の開発費が乗らないことに加え、OSの更新に追随する責任がベンダー側にあるからです。自社開発したアプリは、OSのメジャーバージョンが上がるたびに改修が必要になり、その工数は端末の更新期限と連動して発生します。本記事の主題である「更新期限が総額を決める」という構造は、アプリを自社開発するとさらに強く効きます。帳票が特殊で既製品に載らない場合でも、まずパッケージの標準機能に業務を寄せられないかを検討してから、開発範囲を決めてください。

端末を更改するとき、全台を一度に入れ替える必要は?

機種と更新期限が同じである限り、実質的には一度に入れ替えることになります。本モデルの設計Aで3年目末に604,000バーツを一括計上しているのは、このためです。分割したい場合は、購入時点で機種または導入時期を意図的に分けるという設計があり得ます。ただしこれは、キッティング手順・予備機・アプリの検証対象が機種の数だけ増えることを意味します。分割の目的が「支出の平準化」だけなら、管理コストの増加と釣り合わないことが多いというのが本モデルからの示唆です。それよりも、更新期限が長い機種を選んで更改自体を評価期間の外に出すほうが、金額としては効きます。設計Bと設計Cが5年内の更改0回になっているのは、この考え方です。

まとめ

工場に配る現場端末の5年総額を決めるのは、本体価格ではなくOS・セキュリティ更新の打ち切り日です。

  1. ベースラインは年間1,035,200バーツ。現場の記入・転記221,760、事務の入力・集計253,440、紙・印刷・保管180,000、転記ミスの手戻り260,000、記録探索120,000の合計です。電子化による年間削減は782,480バーツ、5年で3,912,400バーツ。この削減額は3設計とも同一です。
  2. 5年総額の順位は本体価格の順位と入れ替わる。本体はA 540,000 < B 1,040,000 < C 2,080,000ですが、5年総額はB 2,302,800 < A 3,044,000 < C 3,227,600です。
  3. A − B の741,200バーツの正体は、更改604,000と故障差637,200から本体差500,000を引いた残りです。本体で500,000バーツ節約したつもりが、5年で741,200バーツ多く払う。節約額の1.48倍です。
  4. 単純回収年数は更改を映さない。A 2.20年、B 2.54年、C 3.99年でAが最良に見えますが、設計Aは3年目の約2.4ヶ月目に一度プラスへ出た後、3年目末の更改で−183,760に戻ります。累積キャッシュでプラスが定着するのはB(3年目)が最も早く、A・Cは4年目です。
  5. 5年ネットではBがAの1.85倍(1,609,600 ÷ 868,400)。差額741,200バーツは5年総額の差と一致します。指標を単純回収年数から累積キャッシュに変えるだけで、結論が変わります。
  6. 本体価格は設計Aの5年総額の15.8%にすぎません。残り84.2%(2,564,000バーツ)のうち、最大は故障5年の882,000(29.0%)、次が更改604,000(19.8%)です。相見積もりで本体価格だけを比べているとき、見えているのは15.8%です。
  7. 端末を決める前に、充電・保管、代替機、アカウント、通信の4つを決める。特にWi-Fi増強450,000バーツは3設計共通で、端末選定より先に着手すべき項目です。規格については、IP65/IP67(防塵防水)とMIL-STD-810H(落下・振動・温度)は別のことを測っている点に注意してください。MIL-STD-810Hは試験フレームワークであって合否規格ではなく、「MIL準拠だから防水」とは読めません。

そして、最も重要な注意点を書いておきます。ベースラインは1つ、設計は3つです。A・B・Cは同じベースライン1,035,200バーツに対する3つの選択肢であり、効果を足し合わせることはできません。設計Bを選んだ時点で、設計Aの868,400バーツも設計Cの684,800バーツも存在しません。設計Bの1,609,600バーツが、そこにある唯一の数字です。稟議書で「Aの効果とBの効果を合わせて…」という形の積み上げが起きると、同じ削減を2回数えることになり、稼働1年後の実績と合わなくなります。

本記事の数値の性格も、最後に整理しておきます。故障率30%/12%/4%は本記事のモデル値であり実測値ではありません。OS更新3年/5年/5〜7年は各クラスのベンダーが公表している方針を踏まえた設定であり、当社の保証ではありません。現場作業者の実効時給70バーツは本記事の置き値で、タイの法定最低賃金が日額337〜400バーツ(バンコク400バーツ)であることは公表事実です。設計A・B・Cは製品クラスであって特定製品ではなく、特定ベンダーの優劣を述べるものでもありません。自社で試算するときは、これらをすべて自社の実績値に置き換えてください。

TOMAS TECHはタイ・バンコクを拠点に、日系製造業向けの生産管理・工場IT/OT・FAシステムのインテグレーションを行っています。現場端末の選定については、現在の帳票の枚数、同時に使う人数、電波の状況を見せていただければ、本記事と同じ形式で御社の数字に置き換えた5年総額と累積キャッシュの試算をお出しできます。機種を絞り込む前の段階、「そもそも何台必要で、5年でいくらになるのか」を確かめたいだけの段階でも構いません。お問い合わせからお気軽にご連絡ください。

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