ロボットの安全柵の規格をめぐる相談は、たいてい「協働ロボットなら柵は要りませんよね」という確認から始まります。しかし要否を決めているのは、ロボットの種類ではありません。決めるのは、リスクアセスメントから導かれる各安全機能の性能水準と、ISO 13855で計算する停止距離、そしてエンドエフェクタとワークを含めた設備全体です。2025年2月に公表されたISO 10218の改訂は、この3点をはっきり書き込みました。本記事では改訂内容を整理し、停止距離の計算例と、3方式の5年総額の試算を示します。
ロボット安全柵の規格は2025年に変わった|ISO 10218改訂の要点
産業用ロボットの安全規格の中核であるISO 10218は、2025年2月18日に第1部・第2部の改訂版が公表されました。ISO 10218-1:2025がロボット本体、ISO 10218-2:2025がロボットシステムと統合に関する規格です。前版は2011年でしたから、14年ぶりの大改訂ということになります。
この14年のあいだに現場で起きたことを振り返ると、改訂の必然性が見えてきます。2011年当時、協働ロボットはまだ例外的な存在でした。ロボットは柵の中にいるもので、人が入るときは止まっているもの。その前提が規格の骨格になっていました。ところが実際には、力・圧力制限を使ったアプリケーションが増え、セーフティレーザスキャナで柵の一部を置き換える構成が普通になり、ロボットが扱うワークやハンドの形状が事故の主因になる場面も増えました。規格の側が現場に追いついていない状態が続いていたわけです。
改訂の柱は、大きく5つあります。
- ロボットを2つのクラスに分類した
- 機能安全の要求を「暗示」から「明示」に変えた
- サイバーセキュリティの要求を追加した
- エンドエフェクタと手動でのロード・アンロードに関する安全指針を規格本体に取り込んだ
- 主語を「ロボットシステム」から「ロボットアプリケーション」に変えた
このうち、安全柵の要否という実務的な問いに直結するのは1・2・5です。順に見ていきます。
Class IとClass IIという分け方が入った
2025年版で新しく入ったのが、ロボットのクラス分けです。Class Iは大型・高出力の産業用ロボット、Class IIは協働アプリケーションを想定した小型・低出力のロボットを指します。
ここで誤解が生まれやすいので、先に釘を刺しておきます。Class IIに分類されるロボットを買えば柵が不要になる、という規格ではありません。クラス分けはあくまでロボット本体が満たすべき設計要求を整理するためのものです。実際にそのロボットをどう設置し、どんなハンドを付け、どんなワークを持たせ、人がどのタイミングでどこまで近づくのか——そこから先は、後述するリスクアセスメントの領域です。
むしろクラス分けの実務上の効果は、逆方向に働くと考えたほうが正確です。これまで「協働ロボット」という言葉が製品カテゴリのように使われ、あたかもその製品を選べば安全が担保されるかのような理解が広まっていました。クラス分けは、ロボット本体の設計要求と、アプリケーション側で担保すべき安全とを、規格の文面上で切り分けたものです。本体側の話とアプリケーション側の話が混ざらなくなった、と読むのが実態に近いでしょう。
PL dの一律要求が消え、安全機能ごとのリスク評価になった
実務への影響が最も大きいのは、この変更かもしれません。
2011年版は、ロボットの安全関連制御システムに対して事実上PL d(パフォーマンスレベルd)を一律で要求していました。安全機能が何であれ、PL dを満たすように設計する。分かりやすい代わりに、過剰にも過小にもなり得るやり方です。
2025年版では、この一律要求が外れました。代わりに、安全機能ごとにリスクアセスメントを行い、その結果から適切なPLを決めるという方式になっています。ISO 13849-1に基づくPL dやPL eは引き続き典型値として登場しますが、それは「そうなることが多い」という話であって、「そうしなければならない」という話ではなくなりました。
これは設計の自由度が上がったという意味では朗報です。ただし、自由度が上がるということは、判断の責任がこちら側に移るということでもあります。従来は「PL dで設計しました」と言えば説明が済んでいた部分について、これからは「なぜこの安全機能にこのPLを割り当てたのか」を、リスクアセスメントの記録とともに示す必要があります。ドキュメントの質が問われる方向への変更です。
ちなみに、ロボットに求められる代表的な安全機能としては、monitored standstill(監視付き停止。2025年の改訂前はsafety-rated monitored stopと呼ばれていました)、safety-rated speed monitoring(安全速度監視)、safety-rated axis and space limiting(軸・空間の制限)が挙げられます。名称が変わった機能があるため、既存の設計文書を流用する際は用語の突き合わせが必要です。
ISO/TS 15066が本体に吸収された
人協働ロボットの安全の分野で長く参照されてきたのが、ISO/TS 15066です。人体の部位ごとに接触時の力と圧力の限界値を定めた技術仕様書で、力・圧力制限による協働作業を設計する際の唯一の拠りどころでした。
2025年版では、このISO/TS 15066の内容がISO 10218-2:2025の本体に吸収されました。技術仕様書(TS)という位置づけから、国際規格(IS)の本文へ格上げされた形です。
位置づけが上がったことの実務的な意味は、参照の義務性が強まる点にあります。TSは「参考にすべき文書」でしたが、ISの本文に入った要求は「満たすべき要求」です。力・圧力制限で柵なし構成を組むなら、限界値を満たしていることを実測で示す作業から逃げられなくなりました。後段の費用試算で、柵なし方式に「接触力と圧力の実測および記録」という費目を立てているのは、この変更を反映してのことです。
同様に、従来はTR 20218-1(エンドエフェクタ)およびTR 20218-2(手動によるロード・アンロード)という技術報告書に分かれていた内容も、規格本体に統合されました。散らばっていた文書が1か所にまとまったのは、設計者にとっては素直にありがたい変更です。
「協働ロボットだから安全柵は要らない」が成り立たない理由|人協働ロボットの安全の考え方
ここからが本題です。冒頭に書いたとおり、安全柵の要否は協働ロボットかどうかでは決まりません。その理由を3つの角度から説明します。
安全なのはロボットではなくロボットアプリケーション
2025年版の改訂で、規格の主語が「robot system(ロボットシステム)」から「robot application(ロボットアプリケーション)」に変わりました。地味な変更に見えますが、考え方の転換としてはこれが最も重要です。
ロボットアプリケーションには、ロボット本体だけでなく、エンドエフェクタ、扱うワーク、タスクプログラム、周辺機器までが含まれます。つまり評価の対象は「このロボットは安全か」ではなく、「このロボットがこのハンドでこのワークをこの動きで扱う一連の設備は安全か」に変わったわけです。
この違いは、現場で何度も痛い形で確認されてきました。カタログ上は人と共存できるロボットでも、先端に鋭利な工具を付ければ危険です。ワークが5kgの金属板であれば、規格上の力制限を満たしていても、板の縁で切創が起きます。ロボットの動きが規格に適合していることと、そのアプリケーションが安全であることは、別の命題です。
したがって、「協働ロボットだから柵は不要」という文は、主語がロボット本体になっている時点で成立しません。正しくは「このアプリケーションについてリスクアセスメントを行った結果、柵以外の方策でリスクを許容可能な水準まで下げられると判断した」という文になります。長いですが、この長さが実態です。
エンドエフェクタとワークが評価対象に入った
前述のとおり、エンドエフェクタに関する指針は技術報告書から規格本体に移りました。これにより、ハンドとワークがリスクアセスメントの正面に立つことになります。
具体的に何が問題になるかというと、次のような点です。
- 鋭利部。ハンドの爪先、ワークの切断面、バリ。力制限が効いていても、接触面積が小さければ圧力は跳ね上がります。ISO/TS 15066由来の限界値が力だけでなく圧力も規定しているのは、まさにこのためです。
- 挟み込み。ハンドの開閉動作、ワークとロボット本体のあいだ、ワークと周辺構造物のあいだ。ロボットが低速でも、指が挟まれば重篤な負傷になります。
- 保持の喪失。真空パッドでの吸着が外れる、チャックが緩む。ロボット自体は止まっても、落下したワークは止まりません。
- ワークの変更。今日のワークで力・圧力の測定に通ったとしても、来月に別のワークへ変えれば、その測定結果はもう根拠になりません。
最後の項目は、費用の観点で特に効いてきます。柵なし構成は初期の設計と実測に手間がかかるだけでなく、ワークが変わるたびに再測定が発生します。多品種少量の工場ほど、この再測定の頻度が上がります。後段の試算で柵なし方式の保守・再検証費が最も高くなっているのは、この構造によるものです。
協働ロボットそのものの導入判断については、協働ロボット導入の判断基準でより広い観点から整理しています。
ロボットのティーチング時が最も危ない
もう1つ、見落とされがちな論点があります。自動運転中のリスクばかりが議論され、ティーチング時のリスクが後回しになることです。
考えてみれば当然のことなのですが、ティーチングは人がロボットの可動範囲内に入り、しかもロボットが動いている状態で行う作業です。自動運転中は柵で隔離されているセルでも、ティーチング中は人とロボットが同じ空間にいます。統計を持ち出すまでもなく、この状態が最も危険であることは現場感覚と一致するはずです。
2025年版では、この局面に対応する安全機能——安全速度監視、軸・空間の制限、イネーブル装置の扱い——が明示的に整理されました。ティーチング中の速度制限や、ティーチペンダントのイネーブルスイッチの要求は以前からありましたが、それが「暗示」ではなく「明示」の要求になったことの意味は小さくありません。
実務的な示唆としては、次の2点です。第一に、柵の有無にかかわらずティーチング時の安全方策は必要です。柵なし構成を選んでもティーチングのリスクが消えるわけではありません。第二に、ティーチング頻度が高いラインでは、オフラインティーチングやダイレクトティーチによって人がセル内にいる時間そのものを減らす投資が、安全機器への投資より効く場合があります。
安全柵の要否を決めるのは停止距離|ISO 13855の計算例
ここまで概念的な話をしてきましたが、実際に柵の要否と配置を決めるのは、もっと即物的な数字です。停止距離です。

S = K × T + C の中身
ISO 13855は、検知機器から危険源までに確保すべき最小距離Sを、次の式で定めています。
S = K × T + C
各項の意味は次のとおりです。
- K:人体の接近速度(mm/s)。全身での歩行接近を想定する場合は1,600 mm/s、手や腕の進入を想定する場合は2,000 mm/sを用います。
- T:全体の応答時間(秒)。検知機器の応答時間、安全制御機器の応答時間、機械が実際に停止するまでの時間の合計です。ここを検知機器のカタログ値だけで済ませてしまう誤りが非常に多いのですが、Tは系全体の合計です。
- C:侵入距離の補正値(mm)。検知面の設置方向によって計算式が変わります。水平に設置した検知面では C = 1200 − 0.4H(Hは検知面の床からの高さ、mm)で、この値は850mmを下回らせてはいけません。垂直設置のライトカーテンでは C = 8(d − 14)(dは分解能、mm)を使います。
ここで、セーフティレーザスキャナを使って固定柵の一部を置き換えるケースを計算してみます。
前提
- 接近速度 K = 1,600 mm/s(歩行での接近)
- スキャナ応答時間 = 0.08秒
- セーフティコントローラ応答時間 = 0.02秒
- ロボットの停止時間 = 0.35秒
- 水平検知面の高さ H = 300 mm
計算
T = 0.08 + 0.02 + 0.35 = 0.45秒
K × T = 1,600 × 0.45 = 720 mm
C = 1200 − 0.4 × 300 = 1200 − 120 = 1,080 mm(最小値850mmを上回るため、この値をそのまま採用)
S = 720 + 1,080 = 1,800 mm
つまり、スキャナの検知境界からロボットの可動範囲の外縁まで、1.8mの空間が必要になります。
1.8mを確保できない工場で起きること
この1,800mmという数字を初めて示すと、多くの現場で空気が変わります。柵をやめれば省スペースになると期待していたのに、実際には柵より広い空間が要るという結果になるからです。
固定柵であれば、柵と可動範囲のあいだのクリアランスは、挟まれ防止の観点で確保する数百ミリ程度で足りることがあります。ところがスキャナで置き換えると、人が歩いて近づいてくる前提で1.8mを確保しなければなりません。柵という物理的な障害物がなくなった分、時間で稼ぐしかなくなるわけです。この事情は、柵をなくすと省スペースになるという直感が、しばしば逆になることを意味します。
では、床面積が足りないときに何をすべきか。式に戻れば答えは明らかです。Cは検知面の高さで決まる幾何的な値なので、大きくは動かせません。動かせるのはTです。そしてTの中で最も大きいのは、ロボットの停止時間です。
先ほどの例で、ロボットの停止時間を0.35秒から0.15秒に短縮できたとしましょう。
T = 0.08 + 0.02 + 0.15 = 0.25秒
K × T = 1,600 × 0.25 = 400 mm
S = 400 + 1,080 = 1,480 mm
1,800mmが1,480mmになり、320mm短縮できました。柵の有無をいくら議論しても、この320mmは出てきません。効くのは停止性能です。
停止時間を縮める手段は複数あります。ブレーキの応答改善、減速度パラメータの見直し、ロボットの動作速度そのものの低減、停止カテゴリの選択。いずれも安全設計の一部として検討すべき項目で、しかも実測による停止時間の確認(停止性能測定)が必要です。ロボットの停止時間はカタログ値ではなく、姿勢・負荷・速度によって変わるためです。
このあたりの検討をどこまで自社で持ち、どこからパートナーに任せるかは、ロボットSIerの選び方で整理した観点が参考になります。停止性能測定の実施体制を持っているかどうかは、SIerを評価する際の実質的な判別点の1つです。
3方式の5年総額を分解する|当社試算
安全方策の選択は、安全の議論であると同時に費用の議論でもあります。ここでは3つの方式について、5年間の総額を試算しました。以下はすべて当社試算であり、実際の金額は仕様・サプライヤ・為替によって変動します。考え方の枠組みとしてご覧ください。

前提条件
- タイ国内の日系工場、可搬20kg級の多関節ロボット1セル
- 年間稼働250日、評価期間5年
- 人がセル内に入る回数は1日8回(段取り替え4回+ワーク補給や詰まり除去4回)。5年で 8 × 250 × 5 = 10,000回
- セル停止1時間あたりの機会損失を1,200バーツと仮定
3方式
- 方式A:固定安全柵+インターロックドア
- 方式B:部分柵+セーフティレーザスキャナ
- 方式C:協働ロボットの力・圧力制限による柵なし構成
初期費用の順位は5年で逆転する
まず初期費用を並べます。
| 費目 | A:固定柵 | B:部分柵+スキャナ | C:柵なし |
|---|---|---|---|
| ロボット本体・架台の差額 | 0 | 0 | 250,000 |
| 物理柵・扉 | 180,000 | 90,000 | 0 |
| 安全機器 | 95,000 | 310,000 | 60,000 |
| ツールとワークの鋭利部・挟み込み対策 | 20,000 | 20,000 | 150,000 |
| リスクアセスメントと設計・妥当性確認 | 220,000 | 340,000 | 260,000 |
| 接触力と圧力の実測および記録 | 0 | 0 | 180,000 |
| 初期合計 | 515,000 | 760,000 | 900,000 |
(単位:バーツ)
初期費用だけを見れば、順位はA(515,000)< B(760,000)< C(900,000)です。柵が最も安く、柵なしが最も高い。稟議の場でこの表だけが出れば、Aが選ばれるでしょう。
ここで見落とされるのが運用ロスです。人がセル内に入るたびに、セルは止まります。そして止まる時間は方式によって大きく違います。
固定柵+インターロックドアの方式Aでは、ドアを開けるためにロボットを停止させ、作業後は安全確認をしてリセットし、原点復帰を経て再起動します。この一連で平均4.0分。部分柵+スキャナの方式Bでは、スキャナの警告領域で減速、防護領域で停止し、退出後は復帰操作で再開できるため平均1.5分。柵なしの方式Cでは、人が近づくと減速し、離れれば復帰するため平均0.4分としました。
| 項目 | A | B | C |
|---|---|---|---|
| 入室1回あたり平均停止時間 | 4.0分 | 1.5分 | 0.4分 |
| 年間停止時間 | 133.3時間 | 50.0時間 | 13.3時間 |
| 年間の機会損失 | 160,000 | 60,000 | 16,000 |
| 5年の運用ロス | 800,000 | 300,000 | 80,000 |
年間停止時間は 8回 × 250日 × 分数 ÷ 60 で計算しています。方式Aは年間133.3時間、5年で666時間以上がセル停止に消える計算です。
さらに保守・再検証の費用を5年分で見積もります。
| 項目 | A | B | C |
|---|---|---|---|
| 内訳 | レイアウト変更2回の柵再設置 120,000+点検 25,000 | 年次検証 75,000+再設定2回 40,000 | ワーク変更に伴う力・圧力の再測定3回 210,000+点検 25,000 |
| 5年の保守・再検証 | 145,000 | 115,000 | 235,000 |
方式Cの保守費が突出しているのは、前述のとおりワークが変わるたびに力・圧力の実測をやり直す必要があるためです。柵なし構成は「作って終わり」にならない方式だという点は、導入前に理解しておく必要があります。
3つを合算します。
| 区分 | A:固定柵 | B:部分柵+スキャナ | C:柵なし |
|---|---|---|---|
| 初期費用 | 515,000 | 760,000 | 900,000 |
| 5年の運用ロス | 800,000 | 300,000 | 80,000 |
| 5年の保守・再検証 | 145,000 | 115,000 | 235,000 |
| 5年総額 | 1,460,000 | 1,175,000 | 1,215,000 |
順位が入れ替わりました。初期費用ではA < B < Cだったのが、5年総額では B < C < A になります。最も安いと思われた方式Aが最も高くなり、AとBの差は285,000バーツに開きます。方式Bと方式Cの差は40,000バーツで、この前提条件ではBがわずかに有利です。
初期費用の差245,000バーツを惜しんで方式Aを選ぶと、5年で285,000バーツ多く払うことになります。これがロボット導入の費用対効果を初期費用だけで判断したときに起きることの、典型的な形です。
分岐点は1日3.4回の入室
ただし、この結論は「1日8回の入室」という前提の上に立っています。前提が変われば結論も変わるので、どこで逆転するのかを式で押さえておきます。

方式A対方式B
初期費用の差は 760,000 − 515,000 = 245,000バーツ(Bが高い)。保守・再検証の差は 115,000 − 145,000 = −30,000バーツ(Bが安い)。合わせて、入室回数に依存しない実質差は 215,000バーツ、Bが高い側です。
入室1回あたりの停止時間の差は 4.0 − 1.5 = 2.5分。金額に直すと 2.5 × 1,200 ÷ 60 = 50バーツ。
したがって、215,000 ÷ 50 = 4,300回の入室でBがAに追いつきます。5年の稼働日数1,250日で割ると、1日あたり約3.4回。
つまり、人がセル内に入る回数が1日3.4回を超えるなら、方式Bのほうが5年総額で安いという結論になります。1日3.4回は、決して多い数字ではありません。段取り替えが1日2回、詰まり除去が1日2回あれば、それだけで超えます。
方式A対方式C
実質差は初期の385,000バーツ+保守の90,000バーツ = 475,000バーツ(Cが高い側)。1回あたりの差は 4.0 − 0.4 = 3.6分 = 72バーツ。
475,000 ÷ 72 ≈ 6,597回 ≒ 1日あたり約5.3回。
方式B対方式C
実質差は初期の140,000バーツ+保守の120,000バーツ = 260,000バーツ(Cが高い側)。1回あたりの差は 1.5 − 0.4 = 1.1分 = 22バーツ。
260,000 ÷ 22 ≈ 11,818回 ≒ 1日あたり約9.5回。
ここが重要な点です。方式Cが方式Bを下回るには、入室が1日9.5回を超える必要があります。今回の前提である1日8回では、方式Bのほうが40,000バーツ安い。柵なし構成が費用面で正解になるのは、人の出入りが相当に多いアプリケーション——たとえば人とロボットが交互に同じワークを触るような組立工程——に限られる、ということです。
逆に言えば、入室が1日3.4回に満たないライン、たとえば大ロット生産で段取り替えが週に数回しかないラインでは、素直に固定柵を選ぶのが最も安くなります。柵は古い方式ではありません。人の出入りが少ない条件では、いまでも最良の選択肢です。
この試算から引き出せる実務的な結論は1つです。方式を決める前に、そのセルに人が1日何回入るかを数えること。設備仕様書には書かれていない数字ですが、5年総額を決めているのはこの数字です。既存ラインであれば1週間の実測で足りますし、新設ラインでも工程設計から見積もれます。
人が頻繁に介在する組立工程での方式選定については、組立自動化ロボットの構成パターンで工程側の観点から整理しています。
タイ工場で追加になる要件|省令B.E.2564と罰則
ここまでは国際規格の話でした。タイで工場の自動化を進める場合、これに現地法令の要求が重なります。
機械の危険部への接触防止は最低ライン
タイでは、機械・クレーン・ボイラーの安全衛生に関する省令 B.E. 2564(2021年)が2021年8月6日に官報公示されています。この省令は、機械の危険部に人が接触することを防ぐための防護の設置を求めています。
規格と法令の関係は、混同されがちなので整理しておきます。ISO 10218は国際規格であり、それ自体はタイ国内で法的拘束力を持つものではありません。一方、省令B.E. 2564はタイ国内の法令です。したがって形式的には、規格適合と法令遵守は別の話です。
ただし実務上は、両者を分けて考える意味はほとんどありません。省令が求める「危険部への接触防止」を、どのような技術的根拠で満たしたと説明するのか。その説明に使える体系がISO 10218とISO 13855です。リスクアセスメントの記録、停止距離の計算、安全機能のPL評価。これらが揃っていれば、法令上の要求を満たしていることの説明も同時に成立します。逆に、規格に基づく検討をせずに柵だけ立てても、「なぜその位置なのか」を説明する根拠がありません。
罰則についても確認しておきます。タイの労働安全衛生・環境法 B.E. 2554(2011年)では、違反に対して1年以下の拘禁刑、または40万バーツ以下の罰金、もしくはその併科が定められています。前段の試算で扱った金額の水準と比べれば、罰金額そのものは決定的に大きいわけではありません。しかし拘禁刑が含まれている点、そして実際に事故が起きた場合には罰則以前に操業停止と信用の毀損が生じる点を踏まえると、コスト比較の土俵に載せるべき性質のものではないと考えます。
安全方策は費用対効果で選ぶものですが、それはリスクを許容可能な水準まで下げるという要件を満たした複数の案のあいだで選ぶという意味です。要件を満たさない案は、いくら安くても選択肢に入りません。前段の3方式は、いずれもリスクアセスメントを経て許容可能な水準を満たしている前提で比較しています。
欧州向け輸出があるならEU機械規則2027年1月も見る
タイの工場で生産した製品や設備を欧州に出す場合、もう1つ視野に入れるべき動きがあります。
第一に、ISO 10218:2025のEN整合(欧州整合規格としての位置づけ)についてです。移行期間として24か月が申請されていますが、EU官報(OJ)への掲載可否は現時点で未確定です。整合規格として掲載されれば、それに適合することで機械指令・機械規則への適合が推定される効果が生じます。掲載の状況は、輸出を伴う案件では継続的に確認しておく必要があります。
第二に、2025年改訂で追加されたサイバーセキュリティ要求です。これは2027年1月から適用されるEU機械規則を意識した内容とされています。従来、ロボットの安全といえば機械的な危険源とその防護でしたが、ネットワークに接続されたロボットに対する不正なアクセスや、安全機能への干渉といったリスクが、規格の要求として明示されました。
工場IT側の担当者にとっては、この変更が最も実務に響くかもしれません。ロボットセルのネットワークをどう分離するか、ロボットコントローラのアクセス制御をどう設計するか、ファームウェア更新の経路をどう管理するか。これまで安全設計の会議に呼ばれてこなかった論点が、規格の要求として入ってきます。産業用ロボットの導入の初期段階から、OT側のネットワーク設計を並行して検討しておくことをおすすめします。
なお、市場全体の動向として、IFRのWorld Robotics 2025によれば、2024年の産業用ロボットの新規設置台数は世界で542,000台、稼働台数は4,664,000台に達しています。地域別の新規設置シェアはアジアが74%、欧州が16%、南北アメリカが9%です。2025年は575,000台が見込まれています。アジアに設置が集中している以上、タイの工場が国際規格の改訂に向き合う場面は今後さらに増えていくと考えられます。
産業用ロボットの導入前に決める5つのこと
ここまでの内容を、導入前のチェックリストに落とし込みます。
1. そのセルに人が1日何回入るかを数える
前段の試算のとおり、この数字が5年総額を決めます。既存ラインなら1週間の実測、新設なら工程設計からの見積もりで構いません。段取り替え、ワーク補給、詰まり除去、清掃、点検、ティーチング——用途ごとに分けて数えると、後の改善余地も見えます。
2. ロボットの停止時間を実測で押さえる
ISO 13855の計算に必要なTのうち、支配的なのはロボットの停止時間です。そしてこれは姿勢・負荷・速度で変わるため、カタログ値では足りません。導入予定のロボットについて、実際の使用条件での停止性能測定を計画に入れてください。床面積の制約が厳しい案件ほど、この測定の価値が上がります。
3. エンドエフェクタとワークの仕様を、変更可能性まで含めて確定する
柵なし構成を検討するなら、力・圧力の実測が必要です。そして測定はハンドとワークの組み合わせごとに必要になります。今後3年でどれだけワークが変わる見込みか——この見通しが、方式Cの保守費用を大きく左右します。多品種化の予定があるなら、その分を初期の比較表に織り込むべきです。
4. 安全機能ごとに必要なPLを決め、根拠を残す
2025年版でPL dの一律要求が外れた以上、「なぜこのPLなのか」を説明する責任がこちら側にあります。リスクアセスメントの記録、選定したPL、それを満たす機器構成。この3点セットを設計段階から文書化しておかないと、後の妥当性確認や監査で手戻りが発生します。
5. ティーチングと保全の作業手順を、設備仕様と同時に決める
ロボットのティーチングと保全作業は、人がロボットに最も近づく局面です。にもかかわらず、設備仕様が固まってから「運用でカバーする」形で後付けされることが多い領域でもあります。イネーブル装置の配置、ティーチング時の速度制限、複数人作業時の相互確認手順。これらは設備の設計と同時に決めるべき事項です。
よくある質問
ロボット安全柵の規格は何を見ればよいですか?
中核となるのはISO 10218-1:2025(ロボット本体)とISO 10218-2:2025(ロボットシステムと統合)です。いずれも2025年2月18日に公表されました。これに加えて、安全距離の計算にISO 13855、安全関連制御システムの性能水準にISO 13849-1を参照します。
なお、従来ISO/TS 15066で規定されていた人体接触時の力・圧力の限界値は、ISO 10218-2:2025の本体に吸収されました。同様に、エンドエフェクタと手動ロード・アンロードに関する技術報告書(TR 20218-1/-2)の内容も規格本体に統合されています。参照すべき文書の数が減った点は、実務上ありがたい変更です。
協働ロボットに安全柵は必要ですか?
「必要な場合もあれば、不要な場合もある」というのが正確な答えです。決めるのは、ロボットが協働ロボットかどうかではなく、リスクアセスメントの結果です。
判断の材料になるのは主に3点です。第一に、エンドエフェクタとワークを含めたアプリケーション全体で、接触時の力と圧力が限界値に収まるか。鋭利なワークや重量物を扱うなら、ロボット本体が力制限に対応していても柵や他の方策が要ります。第二に、ISO 13855で計算した停止距離を確保できるか。第三に、ティーチングや保全を含む全作業モードでリスクが許容可能な水準にあるか。
「協働ロボットを買ったから柵は不要」という判断だけは、規格の考え方と正面から食い違います。
ロボット安全柵の費用はいくらですか?
本記事の試算(可搬20kg級・1セル・タイ国内)では、物理柵・扉そのものの費用は固定柵構成で180,000バーツ、部分柵構成で90,000バーツと置いています。ただし柵単体の価格を比べても意味は薄く、安全機器・リスクアセスメント・運用ロス・保守を含めた総額で見る必要があります。
同じ試算での5年総額は、固定柵+インターロックドアが1,460,000バーツ、部分柵+セーフティレーザスキャナが1,175,000バーツ、柵なしの力・圧力制限が1,215,000バーツでした。初期費用の順位とは逆転します。入室頻度が1日3.4回を超えると部分柵+スキャナが固定柵より安くなり、1日9.5回を超えて初めて柵なし構成が部分柵+スキャナを下回ります。いずれも当社試算であり、仕様と条件で変わります。
ISO 10218の2025年版にはいつまでに対応が必要ですか?
一律の期限が世界共通で決まっているわけではありません。規格そのものは2025年2月18日に公表済みです。
欧州については、EN整合規格としての移行期間として24か月が申請されていますが、EU官報への掲載可否は現時点で未確定です。したがって欧州向けの案件では、掲載状況を継続的に確認する必要があります。また、2027年1月から適用されるEU機械規則を見据えたサイバーセキュリティ要求が2025年版に含まれているため、欧州向けの設備であればこの時期が実質的な目安になります。
タイ国内での操業に限れば、法令上の直接的な期限はありません。ただし新規に設計する設備であれば、旧版に合わせる理由は乏しいと考えます。とりわけPLの決め方とアプリケーション全体を対象とする考え方は、旧版の設計文書を流用すると後で辻褄が合わなくなる部分です。新規案件から2025年版で設計するのが現実的な進め方でしょう。
まとめ
ロボット安全柵の規格について、本記事の要点を整理します。
規格は2025年に変わりました。 ISO 10218-1:2025とISO 10218-2:2025が2025年2月18日に公表され、2011年版以来の大改訂となりました。Class I/Class IIというロボットの分類、機能安全要求の明示化、サイバーセキュリティ要求の追加、エンドエフェクタと手動ロード・アンロードの指針の統合、そして主語の「ロボットアプリケーション」への変更が柱です。ISO/TS 15066の力・圧力限界値はISO 10218-2:2025の本体に吸収されました。
柵の要否は協働ロボットかどうかでは決まりません。 PL dの一律要求が外れ、安全機能ごとにリスクアセスメントから適切なPLを決める方式になりました。評価対象はロボット本体ではなく、エンドエフェクタとワークとタスクプログラムを含むロボットアプリケーション全体です。
要否と配置を決めるのは停止距離です。 ISO 13855の S = K × T + C に、K = 1,600 mm/s、T = 0.45秒、H = 300 mmを入れると、K × T = 720 mm、C = 1,080 mm、S = 1,800 mmとなります。柵をなくせば省スペースになるとは限りません。ロボットの停止時間を0.35秒から0.15秒に縮めればS = 1,480 mmとなり、320 mm短縮できます。床面積が足りないときに効くのは、柵の有無ではなく停止性能です。
費用は5年で見ると順位が入れ替わります。 当社試算では、初期費用がA(固定柵)515,000/B(部分柵+スキャナ)760,000/C(柵なし)900,000バーツと A < B < C の順だったのに対し、5年総額は B(1,175,000)< C(1,215,000)< A(1,460,000)と逆転し、AとBの差は285,000バーツになりました。分岐点は入室頻度で、1日3.4回でBがAを、5.3回でCがAを、9.5回でCがBを下回ります。方式を決める前に、そのセルに人が1日何回入るかを数えてください。
タイでは省令B.E. 2564が重なります。 機械の危険部への接触防止が求められ、労働安全衛生法B.E. 2554の罰則は1年以下の拘禁刑または40万バーツ以下の罰金、もしくはその併科です。欧州向けの輸出があれば、2027年1月から適用されるEU機械規則も視野に入れておく必要があります。
TOMAS TECHはバンコクを拠点に、日系製造業の工場IT・FA領域を支援しています。ロボットの安全設計についても、機種選定の前段階——そのセルに人が1日何回入るのか、床面積に対して停止距離が収まるのか、柵と部分柵と柵なしのどれが自社の条件に合うのか——といった、まだ仕様書になっていない段階からご相談いただけます。既存ラインのレイアウト図と作業手順があれば、方式ごとの当たりを付けるところまではお付き合いできますので、検討の初期段階でもお問い合わせページからお気軽にご連絡ください。
参考にした情報源
- ISO|ISO 10218-1:2025 Robotics — Safety requirements — Part 1: Industrial robots — https://www.iso.org/standard/73933.html
- ISO|ISO 10218-2:2025 Robotics — Safety requirements — Part 2: Industrial robot applications and robot cells — https://www.iso.org/standard/73934.html
- The Robot Report|ISO 10218 industrial robot safety standard receives major overhaul — https://www.therobotreport.com/iso-10218-industrial-robot-safety-standard-receives-major-overhaul/
- SICK|More safety for humans and machines: the revised ISO 10218 — https://www.sick.com/us/en/more-safety-for-humans-and-machines/w/blog-robotic-norm-iso10218
- InMotion|Collaborative robot safety standards — https://www.inmotion.global/resources/cobot-safety/collaborative-robot-safety-standards/
- IBF Solutions|New standards for industrial robots EN ISO 10218-1 and -2 — https://www.ibf-solutions.com/en/seminars-and-news/news/new-standards-for-industrial-robots-en-iso-10218-1-and-2
- IFR|Global robot demand in factories doubles over 10 years(World Robotics 2025) — https://ifr.org/ifr-press-releases/news/global-robot-demand-in-factories-doubles-over-10-years
- Enviliance ASIA|タイ 機械・クレーン・ボイラーに関する省令 B.E. 2564 — https://enviliance.com/regions/southeast-asia/th/report_4310
- TOSH|Occupational Safety, Health and Environment Act B.E. 2554 — https://www.tosh.or.th/TOSH-EN/images/file/osh-act.pdf
- キーエンス|安全知識 安全距離の算出 — https://www.keyence.com/ss/products/safetyknowledge/caution/
- Schmersal|Calculating safety distances — https://www.schmersalusa.com/press/technical-articles/calculating-safety-distances