AI内製化支援のご相談をいただくとき、最初にお伺いするのは「何を内製化したいのですか」という一点です。多くの場合、返ってくる答えは「AIそのもの」です。しかし、そこで議論は止まります。内製か外注かは二択ではありません。AIを業務に載せる仕事は5つの層に分かれていて、層ごとに「どこが持つか」を決める問題だからです。そして、どの層を自社で持てるかを最終的に決めるのは、技術力でも予算でもなく、「その層を担う人を採れて、辞めずにいてくれるか」という、きわめて泥臭い条件です。
本記事は、タイ・ASEANの日系工場で、生成AIを一度は試したものの定着せず、「自社でどこまで持つべきか」を決めかねている管理部門長・情報システム担当・工場長に向けて書いています。日本国内の公開調査から読み取れる人材の実態と、タイの雇用市場の数字を突き合わせながら、層ごとの線引きをどう設計するかを整理していきます。数字はすべて出典を明記し、出典に無い数値を当社の推奨値や仮定値として使う場合は、その旨を明記します。
AI内製化支援を探す前に|「内製か外注か」で迷う時点で問いを立て間違えている
結論から書きます。「AIを内製化すべきか、外注すべきか」という問いには、そもそも答えがありません。問いの立て方が粗すぎるからです。
AIを業務に載せるという仕事は、実際には次の5つの層に分かれています。
第1に、どの業務のどの困りごとをAIで解くかを決める層。第2に、そのために必要なデータを社内から集めて整える層。第3に、モデルやツールを選んで動くものを作る層。第4に、それを現場の業務手順に組み込み、使われる状態にする層。第5に、動かし続けて改善する層です。
この5層は、必要なスキルも、社外の人が代われる度合いも、まったく違います。第3層は世界中に供給者がいて、仕様さえ決まれば外に出せます。一方で第1層と第4層は、自社の業務と現場の人間関係を知っている人にしかできません。外注先がどれだけ優秀でも、「この工程の日報入力が現場にとって本当に苦痛なのか」「この検査記録は誰が何のために見ているのか」を代わりに判断することはできないのです。
つまり、正しい問いはこうなります。「5つの層のうち、どれを自社で持ち、どれを外に出し、どれを共同で持つか」。そして、その答えは会社ごとに違います。工場の規模、既存システムの状態、情報システム担当の人数、そして何より、タイ拠点で採用できる人材の層によって変わります。
「AI内製化支援」という言葉で外部のパートナーを探している時点で、すでに全部を自社で持つつもりはないはずです。であれば、最初に決めるべきは支援会社の選定ではなく、線をどこに引くかです。線が決まっていない状態で支援を頼むと、支援側は第3層(作る仕事)しか提供できず、結果として「動くものはできたが、誰も使っていない」という、最もよくある終わり方に着地します。
以下、この5層の線引きをどう設計するかを、順を追って分解していきます。まず、その前提となる人材の実態からです。
前提の確認|日本国内でもAI・DX人材の「量」は足りていない
タイ拠点の話に入る前に、日本国内の状況を確認しておきます。ここが揺らいでいると、「本社が持っている前提でタイは使う側に回る」という設計が成り立たなくなるからです。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2026年7月16日に公表した「DX動向調査」2025年度版によると、DXを推進する人材の「量」について、「やや不足している」と「大幅に不足している」を合わせた回答が85.5%に達しました。この調査は国内企業の経営層・情報システム部門・DX推進部門などを対象に、2026年4月17日から6月12日にかけて実施され、1,799社から回答を得ています。
重要なのは、この85.5%が2024年度・2023年度とほぼ同水準であるという点です。つまり、3年にわたって改善していません。生成AIが業務に入り込み、ツールが安くなり、使いやすくなったこの数年で、人材の量に関する体感はほとんど変わっていない、ということです。
同じ調査から、企業規模によるAI導入の差も読み取れます。
| 企業規模 | AI導入の状況(IPA 2025年度調査) |
|---|---|
| 従業員1,001人以上 | 8割近くが導入 |
| 従業員101人以下 | 16.6%が導入 |
この16.6%という数字は、従業員101人以下の企業の導入率であって、中小企業全体を表す数字ではありません。ただ、大企業とのあいだに相当な開きがあることは確かです。そして、タイの日系工場の多くは、日本本社が1,001人以上であっても、現地法人としては数十人から数百人規模です。現地法人単体で見れば、後者の環境に近いと考えたほうが実態に合います。
ここから言えるのは、「日本本社がAIに詳しいから、タイは教えてもらえばいい」という前提は、かなりの確率で成立しないということです。本社の情報システム部門も人が足りていません。そして本社の優先順位は、まず国内工場と国内基幹システムに向きます。タイ拠点のAI活用が本社の支援待ちで止まる構図は、この人材不足の数字から自然に導かれます。
なお、AI活用がDX全体のなかでどう位置づけられているかについても、同じ調査に記載があります。「DX推進の一部としてAI活用」と「DX推進のためAI中心に活用」を合わせて54.2%。一方で「DXとAIは個別に取組んでいる」企業が、DXに取り組む企業の4分の1を占めています。AIとDXが社内で別々のプロジェクトとして走っている状態は、決して珍しくないということです。
不足しているのは「AIを作れる人」ではない|ここが内製化の本質
ここが本記事の心臓部です。
同じIPAの調査には、AI関連人材の充足状況について、人材の種別ごとの回答が載っています。多くの種別で「不足している」が過半数を占めるなかで、種別によって傾向がはっきり分かれました。
| AI関連人材の種別 | 不足の傾向(IPA 2025年度調査) |
|---|---|
| 現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員 | 不足割合が高いまま |
| データマネジメントの知見があり、社内で企画、推進できる人材 | 不足割合が高いまま |
| AIに理解がある経営・マネジメント層 | 他と比べて不足割合が減少 |
| AIツールを活用して自社の事業に活かせる従業員 | 他と比べて不足割合が減少 |
この表を、もう一度ゆっくり読んでみてください。
減っているのは、「AIツールを活用して自社の事業に活かせる従業員」の不足です。つまり、ツールを触れる人、プロンプトを書ける人、生成AIを日常業務で使える人は、社内に増えつつあります。経営層の理解も、相対的には進みました。
一方で減っていないのは、「現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員」と、「データマネジメントの知見があり、社内で企画、推進できる人材」の不足です。
この2つの差が、内製化の議論の全部を説明しています。
足りないのは、AIを作れる人ではありません。足りないのは、自社の業務を知っていて、かつAIで何ができるかを知っていて、その二つを接続できる人です。前者だけならタイでも日本でも採れます。後者だけなら外注できます。しかし、その二つを一人の頭の中で結びつける仕事は、外から来た人には原理的にできません。自社の業務を知るには時間がかかるからです。

言い換えると、こういうことです。「生成AIを使いこなせない」という悩みの正体は、多くの場合、ツールの使い方の問題ではありません。ツールの使い方を知っている人は増えました。しかし、その人が「では、うちの受入検査記録の転記業務にどう当てるか」を決める権限も情報も持っていない。逆に、その業務を熟知している現場の課長は、AIで何ができるかを知らない。この断絶が、PoC(概念実証)止まりの正体です。
一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)が2026年1月に実施した「企業IT利活用動向調査2026」でも、AI導入前の最大の障壁として「AIの開発や運用ができる人材やスキルの不足」が挙げられています。同調査では、AIを実践・活用している企業は36%にとどまりました。なお、この36%はIPAの調査とは調査主体も時期も対象も異なるため、前章のIPAの数字と横並びで比較することはできません。それぞれ別の調査が、それぞれ別の角度から「人材が足りない」と言っている、という読み方が正しい読み方です。
この人材構造を前提にすると、内製化の設計方針は自動的に決まります。すなわち、外から採るのが最も難しい層こそ、自社で育てるしかない。そして、外から買えるものは買う。この当たり前の結論に、5層の線引きは収束していきます。
AIが効いている用途と効いていない用途|内製で持つべき層はここから逆算する
どの層を自社で持つべきかは、「今、AIが実際に効いている場所」から逆算できます。IPAの調査には、AIの利用用途と、導入によって得られた具体的な効果が、それぞれ集計されています。
まず用途です。以下はいずれも複数回答による集計であり、合計しても100%にはなりません。用途どうしを足し算しないでください。
| AIの利用用途 | 回答割合(複数回答) |
|---|---|
| 文書・音声の要約、翻訳、校正 | 82.5% |
| 文書・レポートの作成 | 80.5% |
| 情報の検索・収集・分析・レポーティング | 77.0% |
| 自社製品・サービスの高度化 | 10.9% |
| 生産・物流・サービス提供の計画支援 | 6.0% |
上位3つは、いずれも「言葉を扱う仕事」です。要約する、書く、探す。逆に下位に沈んでいるのは、「モノの流れを決める仕事」です。生産計画や物流計画の支援は6.0%にとどまります。
次に、実際に得られた効果です。こちらも複数回答です。
| AI導入で得られた具体的効果 | 回答割合(複数回答) |
|---|---|
| 業務が効率化・迅速化した | 91.6% |
| 企画提案等の品質や速さが向上した | 48.9% |
| 残業時間の削減 | 29.2% |
| 顧客満足度が向上した | 4.5% |
| 売上や利益が向上した | 3.9% |
| 対象顧客が拡大した | 2.7% |
この2つの表を重ねると、現在のAI活用の輪郭がはっきり見えます。効いているのは業務の効率化と迅速化(91.6%)であり、売上や利益への貢献(3.9%)はほとんど報告されていません。残業時間の削減を挙げた企業は29.2%で、効率化を挙げた企業に比べるとかなり少なくなります。速くはなったが、それが時間の削減として計上されるところまでは届いていない、という段階です。
なお、AI導入の効果に対する総合的な評価としては、「期待以上」と「期待どおり」を選んだ企業が31.8%にとどまり、「一定の効果はあった」という中間的な評価が50.6%を占めています。多くの企業が、否定はしないが期待に届いていない、という位置にいます。
さて、ここから内製化の線引きに戻ります。上位に来ている「要約・作成・検索」は、汎用のツールで相当なところまで到達します。ここに自社の技術者を張り付けて独自に作り込む合理性は、正直なところ高くありません。市販のツールを比較して選ぶほうが速く、安く、そして品質も安定します。ツール選定の考え方については企業向け生成AIの比較記事で整理しています。
逆に、下位に沈んでいる「生産・物流の計画支援」や「自社製品・サービスの高度化」は、汎用ツールでは届かない領域です。届かない理由は明快で、そこに必要なデータが自社の中にしかなく、しかも整っていないからです。JIPDECの調査でも、AI導入後に残る課題として「AIの学習のためにデータ化されていない情報が多い」ことが挙げられています。
つまり、こうです。外の力で解ける問題は外に出し、自社にしかないデータと業務知識が要る問題にこそ、自社の人を張る。 これが逆算の結論です。
AI内製化を5層に分ける|どの層を自社で持ち、どの層を外に出すか
ここまでの整理を、実際の線引きに落とし込みます。AIを業務に載せる仕事を5層に分け、それぞれについて「持つ場所」を決めます。
| 層 | 仕事の内容 | 持つ場所の原則 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 第1層 課題定義と優先順位づけ | どの業務のどの困りごとを、どの順番で解くか決める | 自社(外注できない) | 自社の業務と痛みを知っている人にしか判断できない |
| 第2層 データの整備 | 必要なデータの所在確認、抽出、名寄せ、整形 | ハイブリッド | 現物と権限は自社、整形の手は外に出せる |
| 第3層 モデル・ツールの選定と構築 | ツール選定、環境構築、実装、テスト | 外に出しやすい | 仕様が決まれば供給者がいる |
| 第4層 業務への組み込みと定着 | 手順書の改訂、教育、現場の合意形成 | 自社(外注できない) | 現場の人間関係と権限の中でしか進まない |
| 第5層 運用・改善 | 監視、精度の点検、追加要望の処理 | ハイブリッド | 監視は外に出せる、判断は内に残す |
5層のうち、外注できないのが2層(第1層・第4層)、外に出しやすいのが1層(第3層)、ハイブリッドが2層(第2層・第5層)です。合計して5層になります。
前章で見たIPAの調査で、不足の筆頭に挙がっていた「現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員」は、まさにこの第1層と第4層を担う人材です。この2層だけは、どれだけ予算を積んでも外注では埋まりません。 これが本記事の背骨です。

第1層|課題定義と優先順位づけは外注できない
第1層でやることは、AIの話ではありません。業務の棚卸しです。どの工程で、誰が、月に何時間、何をしているか。そのうち、どれが本人にとって苦痛で、どれが会社にとって損失か。この二つは一致しないことがあります。
たとえば、以下はすべて説明のための仮定値ですが、生産管理担当者が毎朝1時間かけて日報を集計しているとします。本人にとっては苦痛ですが、会社が失っているのは月20時間分の工数です。一方、出荷判定が1日遅れて在庫が滞留する場合は、誰も苦痛を感じていないのに会社は損失を被っています。この二つは工数と在庫という別の単位で測るものなので、どちらが大きいかは自社の数字を置いて比べるまで分かりません。順番を決めるとは、この比較を実際にやることです。
どちらを先に解くかを決める仕事は、社外の人間には無理です。判断に必要な情報の多くが、社内の暗黙知だからです。ここを外注に丸投げすると、外注先は「一般に効果が出やすいテーマ」を提案してきます。それは間違いではありませんが、自社にとって最良かどうかは別の話です。
第2層|データの整備はハイブリッドで持つ
第2層は、最も工数がかかり、最も軽視される層です。
AIに何かを判断させるには、判断材料が構造化されている必要があります。しかし工場の情報は、紙、Excel、生産管理システム、設備のログ、そして人の記憶に散らばっています。JIPDECの調査が指摘する「データ化されていない情報が多い」という課題は、まさにここを指しています。
この層は分担が可能です。どのデータが社内のどこにあるかを知っているのは自社の人間だけなので、所在の特定と権限の判断は自社が持ちます。一方、抽出・名寄せ・整形といった手を動かす作業は、外に出せます。ここを自社の情シス担当が一人で抱えると、他の仕事が全部止まります。
なお、既存の基幹システムからデータを取り出す部分は、AIの案件というより、システム連携の案件です。この費用感については業務システム開発と基幹システム連携の記事で整理しています。AIの予算とは別枠で見積もっておくと、後で驚かずに済みます。
第3層|モデル・ツールの選定と構築は外に出しやすい
第3層は、5層のなかで最も「AIらしい」層であり、同時に最も外に出しやすい層です。
理由は単純で、この層の仕事は仕様に落とせるからです。入力がこれで、出力がこれで、この条件を満たすこと。そう書ければ、実装できる人は社外にいます。逆に言えば、仕様が書けていない状態で外注すると、この層の外注は必ず失敗します。仕様を書く仕事は第1層と第2層の成果物だからです。
ここで内製化にこだわりすぎると、よくあることが起きます。若手を1人採用し、その人にモデルの構築を担当させ、動くものができ、その人が2年後に転職し、誰も中身が分からなくなる。第3層を内製で持つ判断は、「その仕組みを5年間維持できるか」という問いとセットでなければ意味がありません。
第4層|業務への組み込みと定着は外注できない
第4層は、第1層と並んで外注できない層です。そして、失敗が最も多く発生する層でもあります。
動くものができた後にやることは、技術ではありません。手順書を書き換えること。誰の承認を省略するかを決めること。今まで手作業でやっていた人に「あなたの仕事はこう変わります」と説明すること。それを現場の課長に納得してもらうこと。
この仕事は、社内で顔と名前が通っている人にしかできません。外部のコンサルタントが現場に入って「明日からこうしてください」と言っても、動きません。タイの工場であればなおさらで、日本人管理者とタイ人スタッフのあいだの信頼関係の上でしか進みません。
第5層|運用・改善は監視を外に、判断を内に
第5層は、動き始めてからの層です。精度が落ちていないか、使われているか、使われていないなら何が理由か。
監視と一次対応は外に出せます。ログを見て異常を検知し、報告する仕事は定型化できるからです。しかし、「この精度の低下は許容するのか、それとも投資して直すのか」という判断は、内に残さなければなりません。判断を外に預けると、外注先は「直したほうがよい」と言い続けます。それが彼らの仕事だからです。
効果の測り方については、AI導入の効果測定とROIの記事で測定設計を扱っています。第5層を設計するときは、そちらの測定項目を先に決めてから運用を組むと、後から「効果が説明できない」という事態を避けられます。
社内AI構築とセキュアな生成AI環境|第3層をどこまで自前で持つか
第3層について、もう少し具体的に踏み込みます。「社内AIを構築する」という言葉には、実際には幅があります。
| 構築の度合い | 内容 | 自社に必要な体制 |
|---|---|---|
| 市販のSaaSをそのまま使う | 契約して、アカウントを配り、利用ルールを決める | 情報システム担当が兼務で対応可能 |
| 市販のSaaSに社内データを繋ぐ | 社内文書を検索対象に加える。いわゆるRAGの構成 | データ整備の担当者が継続的に必要 |
| 自社環境の中にモデルを置く | 自社が管理する環境で推論を動かす | インフラ運用の常設要員が必要 |
上に行くほど手軽で、下に行くほど統制が効きます。そして下に行くほど、辞められたときの痛手が大きくなります。
「セキュアな生成AI環境が必要だ」という要望は、多くの場合、一番下の選択肢を意味していると受け取られがちです。しかし、実際に必要なのは「機密情報が外部の学習に使われないこと」であることがほとんどで、それは中段の構成でも契約条件によって満たせる場合があります。どのレベルの統制が本当に必要なのかを、法務要件・顧客との契約条件・親会社の規程に照らして特定するのが先です。
なお、JIPDECの調査では、「人間による最終判断の確保、AI出力の根拠や判断過程を説明できる体制」を課題とする回答が35.3%ありました。これはインフラの話ではなく、運用ルールの話です。どこにモデルを置くかを議論する前に、「AIの出した答えを、誰が、どの基準で承認するのか」を決めておく必要があります。この決めごとがないまま環境だけ作ると、統制が効いているように見えて、実際には誰も責任を取れない仕組みができあがります。
社内文書を検索対象に加える構成については、工場ナレッジのRAG構築に関する記事で、必要なデータ整備の実務を扱っています。第2層の負荷がどれくらいのものかを見積もる材料になります。
タイ拠点で崩れる前提|第1層・第4層の担い手は必ず入れ替わる
ここまでの議論は、日本国内でもタイでも同じように成り立ちます。しかし、タイ拠点には固有の事情がひとつあります。第1層と第4層を担う人が、定期的に入れ替わるということです。
理由は二つあります。
一つは、駐在員の交代です。日本人管理者は数年で交代します。「うちの工場の困りごと」を最もよく理解し、現場の合意形成もできる人が、任期満了で日本に戻ります。次に来る人はゼロから業務を覚えるところから始まります。第1層と第4層に必要な暗黙知が、そのたびにリセットされます。
もう一つは、現地スタッフの転職です。タイの雇用市場については、2026年の見通しをまとめた調査があります。
| 項目 | 2026年の数値 |
|---|---|
| 昇給予算の平均 | 約4.7% |
| 高スキル分野における転職時の待遇上昇 | 15〜30% |
| 域内の離職率 | 約17.5% |
| タイの経済成長率見通し(出典元はIMFと明記) | 約1.6% |
この表の読み方には注意が必要です。「昇給予算4.7%」は1年あたりの予算率であり、「転職時15〜30%」は職を移った時点で起きる水準の跳ね上がりです。測っている対象も期間も違うため、割り算して「何倍速く上がる」と言うことはできません。ここは正直に書きます。出典には、この二つを換算できる情報は載っていません。
言えることは、社内に留まった場合と、外に動いた場合とで、待遇の動き方が異なる構造が存在する、ということだけです。そして、スキルが希少であるほどその差は開きます。AIに触れる仕事は、まさにその希少なスキルに該当します。
また、離職率17.5%は出典において「域内(regional)」の数字とされており、タイ単独の離職率とは書かれていません。タイの数字として断定はできません。ただ、この水準の人の動きがある市場だと理解しておくことには意味があります。
タイの2026年の経済成長率見通しは約1.6%です。事業全体が大きく伸びる前提は置きにくいのに、人材の待遇のほうは動きやすい。ただし、この二つを結びつけて論じているのは当社であって、出典がそう分析しているわけではありません。当社の解釈として申し上げれば、この状況が、タイ拠点でAI人材を「採用で揃える」ことを難しくしています。
なお、タイでのAI導入に固有の実務的な差については、タイのAI導入に関する記事で、言語やデータの扱いを含めて整理しています。
採用ではなく転換という道
人材の確保は、採用だけが手段ではありません。既存人材の転換という道があります。
The Nation Thailandが2026年7月17日に報じた記事によると、ベトナムの大手IT企業FPT Corporationは、従来型のソフトウェアエンジニア30,000人を「AI-augmented」な人材へ転換したと、同社CEOのLevi Nguyen氏が述べています。同社は各種の大学・研修枠組みを通じて170,000人の学生を擁するとされます。
ただし、これは規模がまったく異なる話です。数万人のエンジニアを抱えるIT企業と、数十人から数百人の日系工場とでは、できることが違います。日系工場が同じ規模の転換をできるわけではありません。 ここで参照する意味は一点だけで、「AI人材の確保には、外から採る以外に、すでにいる人を転換するという構造がある」という事例としてです。
同記事では、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)が、深刻な人材不足とミスマッチがASEAN全域でAI導入を遅らせていると指摘していることにも触れられています。人材が足りないのはタイに限った話ではなく、地域全体の構造です。したがって、「採用市場が良くなるまで待つ」という選択肢は、あまり現実的ではありません。
属人化させない設計が内製化の前提条件|人が抜けても残るもの
前章の結論は、こうまとめられます。タイ拠点では、第1層と第4層を担う人が入れ替わることを、例外ではなく前提として設計しなければならない。
これは、内製化を諦める理由ではありません。設計を変える理由です。具体的には、「人の頭の中に置かない」ことを最初から仕組みに織り込みます。
| 残すもの | 具体的な形 | 誰が抜けたときに効くか |
|---|---|---|
| 課題の一覧と優先順位の根拠 | なぜその業務を先に選んだかを書いた資料 | 駐在員の交代時 |
| データの所在と定義 | どの項目がどのシステムのどのテーブルにあるかの一覧 | 情報システム担当の退職時 |
| 判断基準 | AIの出力を承認する基準と、承認する人の役割 | 現場責任者の交代時 |
| 手順書 | 変更後の業務手順。旧手順との差分つき | 現場担当者の退職時 |
| 外注先とのやりとりの記録 | 何を依頼し、何を受け取ったか | 全般 |
この表を見て「当たり前のことばかりだ」と思われたなら、その感覚は正しいです。特別なことは何もありません。しかし、実際の現場では、この当たり前が残っていないことがほとんどです。
理由は分かります。AIの導入は、たいてい熱意のある特定の一人が推進します。その人は速く動きます。速く動くために、記録を後回しにします。そして成果が出た頃には、記録を書く時間がなくなっています。
したがって、属人化を防ぐ仕掛けは、善意ではなく手順で担保する必要があります。当社が推奨しているのは、次の3つです。人数や頻度は出典に基づく基準値ではなく、当社の推奨値です。
第1に、外注先への発注書に「成果物として文書を含める」ことを明記する。動くものだけを納品対象にしないということです。第2に、社内の推進担当を最初から2名にする。1名では、その人が抜けた瞬間に全部が止まります。第3に、四半期に1回、引き継ぎ資料が現状と合っているかを点検する日を決める。決めなければ、やりません。
内製で持つということは、知識を自社に留めるということです。人と一緒に出ていくのであれば、それは内製で持ったことになりません。ここが、タイ拠点における内製化の最大の落とし穴です。
AI活用の伴走支援を頼むときに握るべきこと|引き継ぐ範囲と手を離す時期
「AI活用の伴走支援」という言葉が、ここ数年でよく使われるようになりました。悪い言葉ではありませんが、曖昧です。伴走という言葉には、いつまで走るのか、どこで手を離すのかが含まれていません。
伴走支援を依頼するときに、契約や合意書で握っておくべきことは、次のとおりです。
| 握る項目 | 決めておく内容 | 決めていないと起きること |
|---|---|---|
| 対象とする層 | 5層のうちどこを支援対象とするか | 第3層だけ支援されて、使われないものができる |
| 引き継ぐ成果物 | 動くもの以外に、何を文書で受け取るか | 仕組みは残るが、直せる人がいなくなる |
| 手を離す条件 | 何ができるようになったら支援を終えるか | 支援が恒久的な外注に変わる |
| 自社側の担当者 | 誰が、どれだけの時間を割くか | 支援側が自社の代わりに判断し始める |
| 判断の権限 | 何を支援側が決めてよく、何を自社が決めるか | 責任の所在が曖昧になる |
このなかで最も重要なのは、3行目の「手を離す条件」です。
伴走支援の目的は、自社が自走できるようになることです。したがって、契約時点で「終わり方」を定義していなければ、それは伴走支援ではなく、単なる継続外注です。継続外注が悪いわけではありません。第3層と、第5層のうち監視にあたる部分は、むしろ継続的に外に置いたほうが安定します。問題は、内製化を目的として契約したはずのものが、いつのまにか継続外注に変質し、しかも誰もそれに気づかないことです。
「手を離す条件」の書き方には、ひとつコツがあります。成果物ではなく、行為で書くことです。「ドキュメントを納品する」ではなく、「自社の担当者が、支援側の助けなしに新しい業務を1件、第1層から第5層まで通せる」と書く。行為で書くと、達成できたかどうかが誰の目にも明らかになります。
もうひとつ、依頼する側が用意すべきものがあります。自社側の担当者の時間です。伴走支援は、自社側に受け取る人がいなければ成立しません。「忙しいので全部お任せします」という依頼は、定義上、伴走支援ではありません。ここを最初に握らないと、支援側も善意で肩代わりしてしまい、結果として何も残らない、という残念な終わり方になります。
AI内製化が失敗する3つの典型
これまでの整理を踏まえて、内製化が失敗する典型的な型を3つ挙げます。いずれも、5層のうちのどこかを飛ばしたことによって起きます。
典型1|人を採ってから何をするかを考える
「AI人材を1名採用した。さて、何をやってもらおうか」という順番です。
一見すると前向きな投資ですが、これは第1層を飛ばしています。課題が決まっていない状態で採用された人は、まず何をするか。自分で課題を探します。しかし、その人は入社したばかりで社内の業務を知りません。結果として、探しやすい課題、つまり「一般に効果が出るとされているテーマ」に着地します。そして、それが自社の痛みと一致する保証はありません。
さらに、この型には二次的な問題があります。採用された本人が、成果を出せないまま孤立することです。周囲は「AIの人」として扱いますが、業務のことは教えてくれません。前章で見たとおり、タイの市場では高スキル人材が動きやすい構造があります。孤立した人材は、まず定着しません。
正しい順番は逆です。第1層で課題を絞り込み、必要な役割が明確になってから、その役割を担う人を採る、あるいは既存の人材を充てる。
典型2|PoCを外注して、そこで終わる
「まず小さく試してみよう」ということで、外注先にPoCを依頼する。3か月後、動くデモができる。会議で見せる。「よくできている」という評価が出る。そして、そこで止まる。
これは第4層を飛ばしています。PoCの成功条件は「動くこと」であり、本番の成功条件は「使われること」です。この二つは別の仕事です。そして、PoCの契約範囲には、たいてい第4層が入っていません。
PoCを外注すること自体は悪くありません。問題は、PoCの終了時点で「次に誰が何をするか」が決まっていないことです。PoCを発注する時点で、成功したら誰が現場に持ち込むのか、その人の時間はどこから捻出するのかを決めておく。これだけで、この型はかなり防げます。
典型3|ツールだけを入れて、使い方を現場に委ねる
全社員に生成AIのライセンスを配布する。研修を1回やる。あとは現場の工夫に任せる。
これも珍しくない型です。IPAの調査で「AIツールを活用して自社の事業に活かせる従業員」の不足割合が相対的に減っていたことを思い出してください。ツールを触れる人は増えています。したがって、ライセンスを配れば、ある程度は使われます。要約や翻訳や文書作成といった、上位の用途です。
しかし、そこから先には進みません。なぜなら、業務手順に組み込む仕事(第4層)を、誰も担当していないからです。個人の生産性は少し上がりますが、組織の業務プロセスは変わりません。効果の測定もできません。「なんとなく便利になった気がする」で終わります。
前章のIPAのデータで、業務が効率化・迅速化したという回答が91.6%あるのに対し、残業時間の削減が29.2%にとどまっていたことは、この型の広がりを示唆しているように読めます。速くはなったが、時間としては回収できていない。回収するには、手順そのものを組み替える必要があります。
段階の設計|生成AIは何から始めればよいか
「生成AIを何から始めればよいか」という質問に対する答えを、ここまでの整理から組み立てます。当社が推奨しているのは、次の4段階です。
| 段階 | 主にやること | 5層との対応 | 完了の目安 |
|---|---|---|---|
| 第0段階 | 業務の棚卸しと優先順位づけ | 第1層 | 解くべき課題が3件以内に絞れている |
| 第1段階 | 1件を選び、データの所在を確認して小さく作る | 第2層・第3層 | 実データで動く状態になっている |
| 第2段階 | 手順書を書き換え、現場に載せる | 第4層 | 対象業務が新手順で1か月回っている |
| 第3段階 | 効果を測り、次の課題に横展開する | 第5層・第1層 | 2件目が自社主導で立ち上がっている |
4段階のうち、第0段階と第2段階は自社が主導します。第1段階は外部の力を使いやすく、第3段階は、測定の手を外に出しつつ、評価と次のテーマの選定は自社に残します。5層との対応を見れば分かるとおり、この4段階は5層を順番に一巡する設計になっています。
重要なのは、第0段階を飛ばさないことです。ここを飛ばすと、前章の典型1と典型2の両方に落ちます。そして、第0段階は外注できません。外部の支援者にできるのは、棚卸しの進め方を示すこと、質問を投げること、他社の事例を材料として提供することまでです。答えを出すのは自社です。

効果を金額に換算する手順
第3段階で効果を測るとき、金額換算を求められることがあります。ここで注意すべき点を書いておきます。
まず、ベースラインを1つに固定します。 「導入前の状態」を1つ定義し、すべての効果をそこからの差分として測ります。これを宣言せずに計算を始めると、後で必ず数字が合わなくなります。
次に、同じ作業について、社内工数の削減と外注費の削減を同時に積み上げないでください。 ある作業を今まで社内の人がやっていたなら、削減できるのは社内工数です。外注していたなら、削減できるのは外注費です。両方ではありません。両方を足した試算は、存在しない効果を計上しています。これは実務でよく見かける誤りです。
そして、金額の絶対値は、本記事には書きません。 参照した出典に、AI導入によるコスト削減額の数字は載っていないからです。書けるのは手順だけです。自社の工数単価、対象業務の月間発生件数、1件あたりの所要時間を自社の実測値で置いて、自社で計算してください。他社の事例に載っている金額を自社に当てはめる意味は、ほとんどありません。前提が違うからです。
測定項目の設計についてはAI導入の効果測定とROIの記事に、帳票処理を対象にする場合の実測方法についてはAI-OCR比較の記事に、それぞれ具体的な数え方をまとめています。
よくある質問
生成AIは何から始めればよいか
業務の棚卸しから始めてください。ツールの選定からではありません。前章の第0段階にあたります。具体的には、部門ごとに「時間を食っているが付加価値の低い作業」を洗い出し、月間の発生件数と1件あたりの所要時間を書き出します。当社の目安としては、この作業に2〜4週間かけても構いません。ここで候補を3件以内に絞れれば、その後の判断はずっと速くなります。
生成AIを使いこなせない原因はどこにあるのか
多くの場合、ツールの使い方ではありません。IPAの2025年度調査では、「AIツールを活用して自社の事業に活かせる従業員」の不足割合は、他の人材種別と比べて減少しています。使える人は増えているということです。減っていないのは、「現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員」の不足です。つまり、ボトルネックは操作スキルではなく、業務とAIを接続する役割が社内に置かれていないことにあります。
AI導入の相談はどこにすればよいか
相談先を選ぶ前に、5層のうち何を相談したいのかを決めてください。第3層(構築)であればシステム開発会社やSIerが適していますし、第1層(課題定義)であれば、自社の業務に近い領域を知っている相手を選ぶ必要があります。工場であれば、生産現場の業務を理解しているパートナーのほうが話が速く進みます。逆に、第4層(定着)を外部に相談しても、代わりにやってもらうことはできません。ここは自社が担う前提で、進め方の助言を受けるという形になります。
中小企業でも生成AIの活用はできるか
IPAの2025年度調査では、従業員1,001人以上の企業では8割近くがAIを導入している一方、従業員101人以下の企業の導入率は16.6%でした。開きは確かにあります。ただし、この数字は導入の有無であって、成果の有無ではありません。規模が小さいことは、第1層と第4層においてはむしろ有利に働きます。誰が何をやっているかが見えており、手順の変更に必要な合意形成の相手が少ないからです。不利なのは第3層と、第5層のうち監視にあたる部分で、ここは外部の力を使って補うのが現実的です。
AI人材は採用すべきか、育成すべきか
外から採るのが難しい層ほど、内で育てるしかありません。第3層を担う技術者は、市場から採れる可能性があります。しかし第1層と第4層を担う人材、すなわち自社の業務を熟知していてAIの基礎も分かる人材は、市場にはいません。自社の業務を熟知するには、自社で働く時間が必要だからです。したがって現実的な答えは、「第1層・第4層は既存社員の中から選んで育てる。第3層は採用または外注で埋める」になります。既存人材の転換という道があることは、ASEANの事例からも読み取れます。
セキュアな生成AI環境はどこまで必要か
必要な統制の水準は、法務要件・顧客との契約条件・親会社の規程から決まります。技術的な選択肢としては、市販SaaSをそのまま使う、社内データを繋いで使う、自社環境にモデルを置く、という段階がありますが、下に行くほど運用の常設要員が必要になります。多くの場合、実際に守りたいのは「入力した情報が外部の学習に使われないこと」であり、それは契約条件で満たせる場合があります。環境の議論を始める前に、守りたいものを言語化してください。
AI活用の伴走支援と、通常の外注はどう違うのか
違いは、終わり方が定義されているかどうかです。伴走支援は、自社が自走できるようになった時点で終わります。したがって契約時に「何ができるようになったら終わりか」を書いておく必要があります。これが書かれていない伴走支援は、実質的に継続外注です。継続外注が悪いわけではありませんが、内製化を目的として予算を取ったのであれば、目的と手段がずれていることになります。
タイ拠点でAI人材が定着しないのだが、どうすればよいか
まず、定着しないことを前提に設計を組み替えてください。2026年のタイの雇用市場に関する調査では、昇給予算の平均は約4.7%、高スキル分野における転職時の待遇上昇は15〜30%とされています。この二つは測っている対象が異なるため換算はできませんが、動いたほうが待遇が上がる構造があることは読み取れます。加えて、域内の離職率は約17.5%とされています。人が動く前提で、課題の一覧、データの定義、判断基準、手順書を文書として残しておくことが、内製化の前提条件になります。
何から手を付ければ社内の説得が通りやすいか
効果が測りやすく、関係者が少ない業務から始めるのが定石です。IPAの調査では、AI導入の具体的効果として「業務が効率化・迅速化した」が91.6%と圧倒的に多い一方、「売上や利益が向上した」は3.9%にとどまっています。現在のAIが得意なのは、まず業務の効率化です。売上への貢献を最初の目標に置くと、説明できない結果になりやすくなります。効率化で実績を作り、測定の型を作ってから、難しいテーマに進んでください。
まとめ|AI内製化支援とは層ごとの線引きを一緒に決める作業
本記事の主張は1つです。内製か外注かは二択ではありません。層ごとに持つ場所を決める問題です。
AIを業務に載せる仕事は、課題定義、データ整備、構築、業務への組み込み、運用改善の5層に分かれます。このうち第1層(課題定義)と第4層(業務への組み込み)は外注できません。自社の業務と現場の人間関係を知っている人にしかできないからです。第3層(構築)は仕様さえ書ければ外に出せます。第2層(データ整備)と第5層(運用改善)は、現物と判断を内に、手と監視を外に置くハイブリッドが現実的です。
この線引きは、IPAが2026年7月に公表した調査の結果と整合します。同調査では、DX推進人材の量が不足しているとする回答が85.5%に達し、3年にわたってほぼ横ばいでした。そして人材種別で見ると、「AIツールを活用して自社の事業に活かせる従業員」の不足割合は相対的に減っている一方、「現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員」の不足は減っていません。足りないのはAIを作れる人ではなく、自社の業務とAIを接続できる人です。この層は、外から買えません。
そして、タイ拠点にはもうひとつ条件が加わります。第1層と第4層の担い手が、駐在員の交代と現地スタッフの転職によって、定期的に入れ替わることです。2026年のタイの雇用市場では、昇給予算の平均が約4.7%、高スキル分野における転職時の待遇上昇が15〜30%とされ、域内の離職率は約17.5%とされています。人は動きます。したがって、内製で持つと決めた知識を、人の頭の中だけに置いてはいけません。課題の根拠、データの定義、判断基準、手順書を文書として残すこと。これが、タイ拠点における内製化の前提条件です。
やるべきことの順番も明快です。業務の棚卸しで課題を3件以内に絞り、1件を選んで小さく作り、手順書を書き換えて現場に載せ、効果を測って次に横展開する。この4段階のうち、第0段階と第2段階は自社が主導します。ここを飛ばした瞬間、「人を採ってから考える」「PoCで終わる」「ツールだけ入れる」という3つの失敗のどれかに落ちます。
AI内製化支援というサービスに期待すべきことは、代わりに作ってもらうことではありません。どの層を自社で持つかを一緒に決め、持つと決めた層を自社が担えるようにし、そして手を離すことです。手を離す条件が書かれていない支援は、内製化支援ではありません。
TOMAS TECHはバンコクを拠点に、タイ・ASEANの日系工場向けに生産管理やエネルギー管理のシステムを手がけており、AIの活用についても、作る前の段階、つまり「どの業務から手を付けるか」「どの層を自社で持つか」といった線引きの整理からご相談をお受けしています。まだ具体的なテーマが決まっていない段階でも、社内で棚卸しをしてみたものの優先順位が決めきれない、という状態でも構いません。現地で長く運用することを前提にした設計のご相談は、お問い合わせフォームからお気軽にお声がけください。
参考情報
- 国内企業のDX動向・AI活用動向のポイントを公開(IPA、2026年7月16日) — DX動向調査2025年度。回収数1,799社、調査期間2026年4月17日〜6月12日。本記事の人材・用途・効果の数値の出典
- 企業IT利活用動向調査2026(JIPDEC) — 2026年1月実施。AI活用の実践状況と導入前後の課題
- Thailand Job Market 2026 Outlook — The Great Digital Divide(RECRUITdee) — タイの2026年の昇給予算、転職時の待遇上昇、域内離職率、経済成長率見通し
- Bridging the Tech Rift — How Southeast Asia’s Giants are Forcing an AI Talent Revolution(The Nation Thailand、2026年7月17日) — FPT Corporationの人材転換の事例とERIAの指摘
- DX動向2025(IPA) — 前年調査。経年での比較を確認する際の参照先
- AI時代のデジタル人材育成に関するディスカッションペーパー(IPA) — 人材育成の考え方に関する参照先