タイの日系工場を回っていると、同じ相談を何度も受けます。「日本の親工場が使っている呼び出しシステムを、うちにも同じ構成で入れたい」というものです。設備が止まったら保全担当の腕時計が震え、材料が切れたら運搬担当のスマートフォンに通知が飛ぶ。日本の工場では当たり前になりつつある景色です。
ところが、この相談はほぼ例外なく途中で止まります。理由は予算でも現場の反対でもありません。日本で使っている無線呼び出し機器が、そのままタイでは使える前提を置けないからです。日本の特定小電力無線でよく使われる429MHz帯は、タイで免許不要として開放されている帯域には該当しません。しかもタイで無線機器を使うにはNBTCの認証手続が必要で、その手続にはタイ国内の代理人が要ります。「親会社と同じ型番を発注する」という出発点そのものが成立しないのです。
この記事は、工場の呼び出しシステムを「入れるかどうか」で悩んでいる方に向けたものではありません。自社のどの呼び出しに、どの通知先を、いくらで用意し、応答をどう記録するかを判断できるところまで持っていくための実務ガイドです。呼び出しの4類型、通知先デバイス3種類の比較、タイの電波制度、費用の5層分解、そして設備30台のモデル工場を使った2シナリオの投資試算までを、数値の根拠を全部見せながら並べます。
根拠を示せない数値は書きません。読み終わったときに稟議書の骨子が書ける状態になること、それがこの記事のゴールです。
なぜいま工場の呼び出しシステムなのか、そして何が解決できないのか
アンドンの通知先が「盤」から「人の手元」へ移った
アンドンは、製造工程の異常を表示灯や電光表示盤で知らせ、問題の早期発見と迅速な対処を可能にする仕組みです。表示色は主に緑・黄・白・赤が使われます。工場の天井近くに吊られた回転灯や、ラインの端に置かれた電光表示盤を思い浮かべる方が多いはずです。
この「通知先」が、いま変わりつつあります。従来のアンドンは表示盤上の視覚的な信号でしたが、現在はモバイル端末・スマートウォッチ・メールへの通知に変わってきています。MESやERPと直接連携する形態も現れています。つまり、アンドンは「見える化の道具」から「人を動かす通知の仕組み」へと役割を広げているということです。
なぜこの移行が起きるのか。理由は単純で、表示盤は見ている人にしか届かないからです。工場の面積が広くなるほど、また1人が担当する設備台数が増えるほど、表示盤の前に人が立っている確率は下がります。夜勤で人が薄いとき、保全担当が別棟に行っているとき、フォークリフトが構内を移動しているとき——表示盤は正しく光っているのに、誰も気づいていない。これがアンドンの構造的な限界です。
腕時計型受信機やスマートフォンへの通知は、この限界を「人の手元まで届ける」ことで解こうとします。デジタルアンドンでは、未応答の場合に自動でエスカレーションし、対応の記録を残す運用が想定されています。ここまで来ると、もはや呼び出しベルの延長ではなく、業務プロセスの一部です。
学術的な裏づけも出てきています。MDPIの学術誌 *Applied Sciences* 15巻5号 論文番号2806(2025年3月5日公開、DOI: 10.3390/app15052806)に、”Smartwatch-Based Monitoring and Alert System for Factory Operators Using Public Cloud Services” という論文があります。パブリッククラウドを使い、従業員と監督者の間、および同僚間の双方向の通知を実現するスマートウォッチ基盤の枠組みを扱ったもので、リアルタイムの状況把握・タスク管理・労働時間の記録を扱い、報告手続きを簡素化することを狙っています。ここで押さえておきたいのは「片方向のアラートではなく、双方向のやり取りを前提にした枠組みが研究の対象になっている」という点です。なお、この論文の具体的な遅延時間やコストの数値は本記事では扱いません。位置づけとしては「双方向通知の枠組みが研究として提案されている」ところまでにとどめます。
市場の背景にも一言だけ触れておきます。ウェアラブル全体の市場は2025年に835億米ドルと推計され、2026〜2035年の年平均成長率は8%と見込まれています。産業用ウェアラブルに限ると2026〜2035年で年平均成長率12.0%という推計があり、パイロットから本格導入への移行段階にあるとされています。ただしこれらは調査会社ごとに手法の異なる推計であり、単純比較はできません。そして何より、市場規模は自社の導入判断の根拠になりません。以降は自社の数字だけで話を進めます。
チョコ停の定義と、呼び出しが効く範囲
呼び出しシステムの効果を語るときに必ず出てくるのが「チョコ停」です。チョコ停は短時間で復旧する一時的な設備停止のことで、停止時間は一般に数秒〜数分程度とされます。製造工程の7大ロスの1つであり、性能ロスに分類されます。
ここが重要な分岐点です。停止時間が数秒〜数分で済むチョコ停は、そもそも呼び出しが発生しないことが多い。オペレーターが自分で取り除いて終わりだからです。呼び出しシステムが効くのは、その一段上、つまり「オペレーターが自分では復旧できず、保全や品質や運搬の誰かを呼ばなければならない停止」です。
したがって、呼び出しシステムを検討する前に自社で確認すべきことがあります。
- 自社の停止のうち、オペレーターが自己完結できる割合はどれくらいか
- 誰かを呼ぶ必要がある停止は1日に何件あるか
- 呼んでから来るまでの時間は平均何分か。誰も来ないまま放置された件数は何件か
この3点が分からないまま製品比較を始めると、必ず稟議で差し戻されます。理由は後半の試算セクションで数字とともに示します。
呼び出しシステムで解決できる課題、できない課題
期待値の調整を最初にやっておきます。呼び出しシステムが解決するのは「探す」「待つ」「気づかない」であって、「直す」ことではありません。
| 領域 | 呼び出しシステムで解決できること | 呼び出しシステムでは解決できないこと |
|---|---|---|
| 気づき | 表示盤の前にいなくても、担当者の手元に通知が届く | 何が起きているかの原因究明。通知は「呼ばれた」ことしか伝えない |
| 到達 | 誰を呼ぶかが自動で決まり、探し回る時間が消える | 呼ばれた人が別の作業で手が離せない状況そのもの |
| 応答 | いつ呼ばれ、いつ誰が応答したかが記録として残る | 保全スキルの不足。応答が早くても直せなければ停止は続く |
| 放置防止 | 一定時間応答が無ければ上位者へ自動転送できる | 慢性的な人員不足。転送先も手一杯なら鳴り続けるだけ |
| 改善 | 呼び出し件数・応答時間・復旧時間の推移が数値で追える | 呼び出しそのものを減らす活動。それは保全計画側の仕事 |
呼び出しシステムは、呼び出しが発生する頻度を下げるものではありません。呼び出しの頻度を下げたいなら、設備の状態を監視して故障の予兆を捉える方向、つまり予知保全システムや設備の稼働監視の領域に投資すべきです。呼び出しシステムは「起きてしまった呼び出しの処理時間を短くする」道具であって、両者は補完関係にあります。この線引きを曖昧にしたまま「呼び出しシステムを入れれば停止が減ります」と社内説明をすると、導入後に必ず期待外れが起きます。
呼び出しの4類型と、それぞれで変わる設計の分岐
自社の呼び出しを一括りにして製品を選ぶと失敗します。まず自社の呼び出しを4類型に分けてください。この4類型は、必要な通知先も、許される応答時間も、記録すべき項目も、すべて違います。
| 類型 | 典型的な呼び出し | 発信のきっかけ | 求められる応答時間 | 主な通知先 |
|---|---|---|---|---|
| ①設備異常 | 設備停止、アラーム発報、段取り替えの補助要請 | 信号灯の接点を送信機で取り込む/設備の出力信号 | 短い。停止が続く分だけ損失が積み上がる | 保全担当の腕時計型受信機、保全事務所の表示灯 |
| ②材料補給・運搬 | 材料切れ間近、完成品パレットの引き取り、フォークリフトの呼び出し | 押しボタン送信機、在庫棚のセンサー | 中程度。前倒しで呼べば設備は止まらない | 運搬担当のスマートフォン、倉庫の電光表示盤 |
| ③品質判定 | 初品確認、規格外の疑い、測定立ち会い | 押しボタン送信機、検査端末からの発信 | 中程度。ただし待ちの間はライン全体が止まる場合がある | 品質保証担当のスマートフォン |
| ④緊急・安全 | 挟まれ・転倒・火災・化学物質の漏えい | 専用の押しボタン、非常停止との連動 | 最短。秒単位 | 全員一斉。表示灯・電光表示盤・受信機のすべて |
類型ごとの設計上の分岐点
①設備異常は、人がボタンを押す運用にしないことが肝心です。人が押す前提だと「押し忘れ」と「押すのが面倒だから直接呼びに行く」が発生し、記録が残りません。信号灯の接点を送信機で取り込む方式にすれば、設備が黄や赤を出した瞬間に自動で発信されます。この類型は後述する応答ログとの相性がもっとも良く、停止時間の短縮という金額効果に直結します。
②材料補給・運搬は、前倒しで呼べるかどうかが設計の勘所です。材料が切れてから呼ぶと設備が止まりますが、たとえば残り30分の時点で呼ぶ運用にすれば止まりません。したがってこの類型の呼び出しは「異常」ではなく「予告」であり、通知先の緊急度も下げられます。フォークリフトの呼び出しシステムを検討する場合、運転者は移動しているので固定の表示盤では届きません。手元で振動する受信機か、スマートフォンが現実的な選択になります。
③品質判定は、呼び出しと同時に「何を見てほしいか」の情報が要ります。番号メッセージだけを送る腕時計型受信機では情報量が足りない場面が出てきます。品質の判定結果は記録として残す必要があるため、電子帳票システム側で入力を受け止め、呼び出しは「来てください」の合図に徹する、という役割分担が現実的です。
④緊急・安全は、他の3類型とは別系統で設計してください。ここだけは「通知が届かない可能性」を許容できません。既存の非常停止・火災報知の系統を置き換えるものではなく、あくまで補助として位置づけ、法令・社内安全基準に沿った既存設備を残したまま追加するという整理が安全です。この点は自社の安全管理部門と必ず確認してください。
この4類型のうち、費用対効果がもっともはっきり出るのは①設備異常です。後半の試算でも、金額効果の大半は①から出てきます。逆に②③は「現場が楽になる」効果は大きいものの、金額としては小さい。この非対称性を最初に理解しておくと、投資の優先順位を間違えません。
通知先デバイスの選択:3種類の比較
通知先は大きく3種類です。ここでは表示灯・電光表示盤、腕時計型受信機、スマートフォンの3つを比較します。実際の導入では、この3種類を組み合わせることがほとんどです。
| 比較軸 | 表示灯・電光表示盤 | 腕時計型受信機 | スマートフォン |
|---|---|---|---|
| 届く相手 | その場を見ている人全員 | 端末を装着している特定の人 | アプリを入れている特定の人 |
| 気づきやすさ | 見ていなければ気づかない | バイブレーションで身体に伝わる | ポケットの中だと気づかない場合がある |
| 伝えられる情報量 | 少ない〜中(番号・区画名・簡単な文字列) | 少ない(番号メッセージ中心) | 多い(写真・手順書・履歴も表示できる) |
| 応答の記録 | 単体では残らない | 機種により履歴保存件数に制限がある | サーバー側に無制限に近く残せる |
| 通信方式 | 有線または専用無線 | 専用無線が中心 | Wi-Fiまたは携帯回線 |
| タイでの電波認証 | 有線なら不要。専用無線ならNBTC認証の確認が必要 | 専用無線のためNBTC認証の確認が必要 | 認証済みの市販端末とWi-Fi/携帯回線で回避しやすい |
| 騒音・防塵防水環境 | 強い | 機種により差がある。仕様の確認が必要 | 落下・粉じん・薬品に弱い場合がある |
| 手袋・両手作業との相性 | 手を使わずに見られる | 手首で振動を受けられる | 操作に手が要る |
| 台数が増えたときの費用 | 1台あたりが高く、台数は増えにくい | 人数分必要になり、台数に比例する | 既存の私物・社給端末を流用できる場合がある |
インカム(無線機)を全員に持たせる運用との違い
「呼び出しシステムを入れなくても、インカムを配れば済むのでは」という意見は必ず出ます。実際、インカムの代替として工場の呼び出しシステムを検討する場面もあります。両者の違いは3点です。
第一に、インカムは呼んだ相手が聞いていたかどうかが分からない。声は流れて消えるので、記録が残りません。第二に、騒音下では聞き取れない。プレス機や射出成形機の近くでは、音声より振動のほうが確実です。第三に、全員に流れるため注意が散る。関係のない呼び出しを1日中聞き続けると、人は聞き流すようになります。
逆にインカムが優れているのは、双方向の会話ができる点です。「いま行けないから10分待って」を返せるのは音声です。だからこそ、前述の学術研究が双方向の通知枠組みを扱っているのは示唆的です。現実的な設計としては、呼び出しと応答の記録は呼び出しシステムで、細かい調整はインカムや電話でという分担になります。
実在する機器の仕様例(他社製品)
具体的なイメージを持ってもらうために、日本国内向けに販売されている他社製品の仕様を2つ挙げます。いずれもTOMAS TECHの製品ではなく、他社の製品例です。また価格については公開情報として持ち合わせていないため、この記事では扱いません。
イマオコーポレーション「メッセージウォッチ Type-N」(腕時計型受信機の例)
- 送信機から受信機までの通信距離は見通し270m、送信機から中継機までは見通し1,000m
- 押しボタンは3個、外部入力接点は3点
- 呼び出し履歴は最大16件を保存
- 腕時計型の表示部に番号メッセージを表示し、バイブレーションで知らせる
- 送信機が中継機として働くマルチホップ構成に対応し、約1,000m単位で距離を延長できる
- 作業エリアごとにグループ設定ができ、混信を避けられる
ここで注目してほしいのは「呼び出し履歴は最大16件」という仕様です。1日に何十件も呼び出しが発生する工場では、端末側の履歴だけでは改善のためのデータになりません。端末の履歴と、サーバー側に残す応答ログは別物だということです。
ヘルツ電子のワイヤレスコールシステム(押しボタン+表示器の例)
- 特定小電力(429MHz帯)を使用
- 通信可能距離は屋外約120m、屋内約200m程度
- 中継機(TRV426M-A)で通信距離を1.5〜2倍に伸ばせる
- 押しボタン送信機、壁掛け表示器、LED表示灯、管理ソフト、LAN接続型無線受信機などで構成される
こちらで注目すべきは「429MHz帯」という記述です。次のセクションで説明するとおり、この帯域はタイの免許不要帯には該当しません。日本国内での実績が豊富な構成であっても、タイにそのまま持ち込む前提は置けないということが、仕様欄からすでに読み取れるわけです。
タイに日本の呼び出し機器をそのまま持ち込めない理由(電波制度とNBTC認証)
ここがこの記事の核心です。日本国内向けの製品紹介ページにはほとんど書かれていない部分であり、タイ・ASEANで工場を運営する立場だからこそ先に確認しておきたい論点です。
日本側の制度:特定小電力無線局と技適
日本で工場向けの呼び出し機器が手軽に使えるのは、特定小電力無線局という枠組みがあるからです。これは電波法に基づく免許不要局の一類型で、用途・周波数・空中線電力・通信方式などの条件を満たす設備であれば、個別の無線局免許なしで使用できます。工事設計認証(いわゆる技適)を取得済みの機器であれば、無線局免許なしで組み込んで使えます。
代表的な帯域は400MHz帯(テレメータ・テレコントロール用など。429MHz帯を含む)と920MHz帯です。前述のヘルツ電子の製品が429MHz帯を使っているのは、この枠組みに沿ったものです。
そして、日本の制度の解説には必ずこう書かれています。海外への持ち出しは、各国の電波法規制が異なるため個別の確認が必要である、と。ここを読み飛ばしたまま「日本で使えているから大丈夫」と判断してしまうのが、最初の落とし穴です。
タイ側の制度:NBTCが定める免許不要帯
タイでは、NBTCが920〜925MHz帯を免許不要帯として追加しており、IoTやLoRaの用途に使われています。免許不要で使える帯域として挙げられているのは、920〜925MHzと2.4〜2.5GHzです。
この2つの帯域を、日本の代表的な帯域と並べてみてください。
| 項目 | 日本の特定小電力で代表的な帯域 | タイで免許不要とされる帯域 |
|---|---|---|
| 400MHz帯(429MHz帯を含む) | 該当あり | 該当なし |
| 920MHz帯 | 該当あり | 920〜925MHzが該当 |
| 2.4GHz帯 | 該当なし(Wi-Fiなどで使われる帯域) | 2.4〜2.5GHzが該当 |
導き出される事実は3つです。
- 429MHz帯を使う日本国内向けの呼び出し機器は、タイの免許不要帯に該当しません。
- 920MHz帯の機器であっても、帯域の端・出力・デューティ比の条件が国ごとに違うため、日本向けの型番がそのままタイで使えるとは限りません。
- いずれにせよタイではNBTCの認証手続が必要で、その手続にはタイ国内の代理人が要ります。
誤解を避けるために明記しておきます。ここで言えるのは「そのまま使える前提は置けない」「認証手続が要る」までです。個別の機器・個別の運用が違法かどうかを断定できる情報ではありません。実際の判断は、機器メーカーおよび認証機関に自社で確認してください。
NBTCの技術基準:数字で見る条件の違い
タイの920〜925MHz帯に関連する規格は2017年11月24日に発効しています。
| 規格番号 | 対象 |
|---|---|
| NBTC TS 1010-2560 | RFID向け |
| NBTC TS 1033-2560 | 非RFID(IoT・LoRaを含む) |
主な技術条件は次のとおりです。
- 出力上限:RFID・非RFIDとも4W e.i.r.p.
- RFIDの区分変更:50mW EIRP未満の機器は、Class Aの許認可からSDoC(製造・所持・使用・輸入・輸出の許可が免除される区分)へ変更されました。
- 非RFID機器のスペクトラムアクセス:次のどちらかを選びます。
– デューティ比方式:50mW未満は1時間あたり1%、50mW〜4Wは1時間あたり10%
– 周波数ホッピング方式:8秒のうち1チャネルあたり0.4秒の滞留時間で、最大20ホッピングチャネル
- 試験の参照規格:ETSI EN 300 220-1 または FCC 15.247
デューティ比の条件は、実務に直結するので単位を揃えて考えてください。1時間は3,600秒ですから、
1時間あたり1% = 3,600秒 × 1% = 36秒
1時間あたり10% = 3,600秒 × 10% = 360秒(=6分)
送信できるのはこれだけです。呼び出しシステムのように「押した瞬間に短いパケットを飛ばす」用途であれば十分に収まりますが、常時ポーリングして設備の状態を取り続けるような使い方をすると、この枠に収まらなくなる可能性があります。呼び出し機能と状態監視機能を1つの無線に載せようとするときは、必ず送信頻度の設計を先にやってください。
周波数ホッピング方式も同様に確認できます。
1チャネルあたり0.4秒 ÷ 8秒周期 = 1チャネルあたり周期の5%
最大20チャネル × 0.4秒 = 8秒 = 周期の全体
つまり最大20チャネルを使い切ると、8秒周期をちょうど埋め切る設計になっているということです。
認証区分と、タイ国内代理人の要件
IoT機器の認証はClass AまたはClass Bに区分されます。Class A(高出力または高感度の機器)はタイ国内の認定試験所での試験が必要で、その試験所はISO/IEC 17025認定であることが求められます。
そして実務上いちばん効いてくるのがここです。製造者はタイ国内に代理人を立てる必要があります。代理人はタイ国籍者、またはタイで登記された法人です。
これが何を意味するか、購買の現場に翻訳します。
- 日本の商社から機器を輸入して自社工場で使う、という単純な流れにはなりません。誰がタイ国内の代理人になるのかを先に決める必要があります。
- 日本のメーカーがタイ向けの認証をすでに取得しているかどうかで、リードタイムが大きく変わります。取得済みなら購買の話ですが、未取得なら試験と手続の話になります。
- 「試作で1台だけ持ち込んで試す」も、制度上の扱いを確認せずに進めるべきではありません。
ベトナムをはじめとする他のASEAN諸国でも、国ごとに制度が異なるため個別の確認が必要です。この記事で具体的な技術条件を示せるのはタイの制度についてのみですが、「複数国に同じ構成を横展開する」という計画を立てる場合は、各国の認証状況を国ごとに確認する前提でスケジュールを引いてください。
現実的な回避策:Wi-Fiと携帯回線を使う構成
ここまで読んで「専用無線は面倒だ」と感じたなら、その感覚は正しいです。実は回避策があります。
Wi-Fi(2.4GHz帯)やスマートフォンの携帯回線を使う構成なら、この専用無線の認証問題を避けられます。タイで販売されているスマートフォンやWi-Fi機器は、当然ながらタイ市場向けの認証を経て流通しているからです。通知先をスマートフォンにし、発信側は設備の信号を有線または既設ネットワーク経由で拾う構成にすれば、新たに専用無線機器を持ち込む必要がなくなります。
ただし、これは問題の消滅ではなく問題の移動です。工場のWi-Fi設計そのものが別の課題になります。金属設備が密集した工場でのアクセスポイント配置、電波の反射と干渉、生産設備と通知トラフィックのネットワーク分離、停電時の可用性——どれも簡単ではありません。この領域については工場の無線LAN・産業用ネットワークの設計を先に固めてから、通知の話に進むことをおすすめします。
まとめると、通信方式の選択肢は次のように整理できます。
| 構成 | NBTC認証の負担 | 別途必要になる検討 |
|---|---|---|
| 日本向けの専用無線機器をそのまま持ち込む | 該当帯域・認証の確認が必須。429MHz帯は免許不要帯に該当しない | 代理人の設定、Class区分に応じた試験 |
| タイ向け認証取得済みの920〜925MHz帯機器を使う | メーカー側で取得済みなら購買の話に収まる | デューティ比の条件に収まる送信設計 |
| Wi-Fi(2.4GHz帯)+スマートフォンで組む | 市販の認証済み機器を使うため回避しやすい | 工場のWi-Fi設計、端末管理、可用性の確保 |
「鳴らす」だけで終わらせない設計:応答ログ・エスカレーション・未応答の可視化
呼び出しシステム導入でもっともよくある失敗は、機器選定に時間をかけて、運用設計をしないまま稼働させることです。鳴らすところまでは簡単です。難しいのは「誰がいつ応答したか」を残すことです。
呼び出しベルは呼ぶ機能しか持ちません。改善のループに繋がるのは、次の3点が記録として残る場合だけです。
- いつ呼ばれたか
- いつ誰が応答したか
- 復旧までに何分かかったか
この3つが揃って初めて、「呼び出しから応答まで平均何分」「応答から復旧まで平均何分」という2区間の指標が取れます。そして改善の打ち手は、この2区間で完全に別物です。
| 指標 | 長い場合に疑うこと | 打ち手の方向 |
|---|---|---|
| 呼び出しから応答まで | 通知が届いていない/担当者が遠い/担当者が別の呼び出しに対応中 | 通知先の見直し、担当エリアの再分割、エスカレーション設定 |
| 応答から復旧まで | 部品が手元に無い/スキルが足りない/設備そのものの問題 | 部品配置の見直し、教育、予知保全への投資 |
「呼び出しシステムを入れたのに停止時間が減らない」という相談の多くは、この2区間を分けずに議論しているために原因が特定できていないケースです。分けて測れば、投資すべき先が変わります。
エスカレーション:応答が無いときに自動で上げる
応答が無いときに上位者へ自動転送する仕組み(エスカレーション)が無いと、「鳴っているのに誰も行かない」状態が固定化します。デジタルアンドンでは、未応答の場合に自動でエスカレーションし、対応の記録を残す運用が想定されています。
エスカレーションの設計で決めるべきことは4つです。
- 何分応答が無かったら上げるか:類型ごとに変えます。緊急・安全は数十秒、材料補給は数分といった具合です。
- 誰に上げるか:同じ職位の別担当者に横展開するのか、上長に上げるのか。横展開を先にしたほうが現場は動きやすい傾向があります。
- 何段まで上げるか:3段目まで無応答なら工場長、といった終端を決めておかないと、上げ先が無くなって止まります。
- 上げたことを記録するか:エスカレーションが起きた件数そのものが、人員配置の妥当性を示す指標になります。
ここで注意したいのは、エスカレーションは人を責める道具にしてはいけないという点です。「応答が遅い人」を特定して指導する運用に使い始めた瞬間、現場は「応答ボタンだけ先に押して後で行く」という抜け道を作ります。すると記録は綺麗になり、実態は悪化します。エスカレーションの記録は個人評価ではなく、人員配置と担当エリア設計の見直しに使うと社内で宣言してから始めてください。
未応答の可視化とデータの行き先
応答ログが溜まってくると、次のような分析ができるようになります。
- 時間帯別の呼び出し件数(休憩時間の前後、夜勤帯に集中していないか)
- 設備別の呼び出し件数(特定の設備が呼び出しの多くを占めていないか)
- 類型別の応答時間(品質判定の待ち時間だけが突出していないか)
- エスカレーション発生率(人が足りない時間帯はどこか)
この分析結果を活かすには、呼び出しの記録を工場の他のデータと突き合わせられる状態にしておく必要があります。設備の稼働データと突き合わせるなら工場のIoT導入・稼働監視の基盤に、生産計画や工程実績と突き合わせるなら工程管理システム側に、それぞれ渡せるようにしておく。逆に言えば、呼び出しシステム単体で完結させると、データは死蔵されます。
この「連携」の作り込みが、後述する費用の第4層です。ここを削ると導入費は下がりますが、改善のループは回りません。

費用の5層分解:見積書のどこを見るか
呼び出しシステムの見積書は、メーカーによって項目の切り方がバラバラです。比較するには、自分側で共通の枠に落とし込む必要があります。この記事では費用を次の5層に分解します。
| 層 | 名称 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1層 | 発信側デバイス | 押しボタン送信機、信号灯の接点を取り込む送信機、センサー連動の送信機 |
| 第2層 | 受信側デバイス | 腕時計型受信機、スマートフォン、表示灯・電光表示盤 |
| 第3層 | 無線インフラと設置工事 | 中継機、電源工事、取付金具、Wi-Fi構成の場合はAPの増設 |
| 第4層 | ソフトウェアと連携 | 呼び出しルールとエスカレーションの設定、応答ログの記録、既存の生産管理・IoT基盤との連携 |
| 第5層 | 運用(年間費用) | 電池交換、故障端末の入れ替え、呼び出しルールの改訂にかかる社内工数 |
投資額の定義を先に固める(ここを間違えると稟議が崩れる)
稟議書の投資額欄に書くのは、第1層から第4層の合計です。第5層は年間運用費として別枠にします。
理由は二重計上を避けるためです。回収年数の計算では、年間便益から第5層(年間運用費)を引いて年間純便益を出します。もし第5層を投資額にも入れてしまうと、同じ費用を分子(投資額)と分母(年間純便益の控除項目)の両方に載せることになり、回収年数が実態より悪く見えます。
投資額 = 第1層 + 第2層 + 第3層 + 第4層
年間純便益 = 年間便益 − 第5層(年間運用費)
回収年数 = 投資額 ÷ 年間純便益
5年ROI = (年間純便益 × 5 − 投資額) ÷ 投資額
この4本の式を稟議書の脚注に書いておくと、経理や日本本社からの問い合わせを減らせます。
各層で見落とされやすい費用
第1層で見落とされやすいのは、既存の信号灯から接点を取り出す作業です。設備によっては信号灯に空き接点が無く、増設が必要になる場合があります。また設備メーカーの保証条件に触れる改造にならないか、事前に確認が必要です。
第2層で見落とされやすいのは、予備機です。腕時計型受信機は身につけて使うため、落下や水濡れによる故障が起きます。稼働台数ちょうどしか買わないと、故障の都度その担当者が通知を受け取れなくなります。
第3層で見落とされやすいのは、電源です。中継機は電源が要ります。天井近くに設置する場合、コンセントが無ければ電源工事が発生します。この工事費が機器代を上回る場合もあります。Wi-Fi構成にする場合は、アクセスポイントの増設と、それに伴う電源・配線の確認が必要です。
第4層で見落とされやすいのは、ルール設定の工数そのものです。「どの設備のどの色が、どのグループの誰に、何分で、何段まで」を全設備分決める作業は、想像よりも時間がかかります。既存の生産管理システムやIoT基盤と繋ぐなら、さらにインターフェース設計が乗ります。
第5層で見落とされやすいのは、電池です。押しボタン送信機が数十個ある工場では、電池交換だけで定常的な作業が発生します。誰がいつ交換するか、電池切れをどう検知するかを運用に組み込んでおかないと、「押しても鳴らないボタン」が静かに増えていきます。

モデル試算:全社一斉導入(A)とボトルネック先行(B)
ここからは具体的な数字で判断材料を作ります。以下はすべて仮定値によるモデル試算であり、実際の見積金額でも実績値でもありません。自社の数字に置き換えるための「型」として読んでください。
共通の前提
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 対象工場 | タイの日系工場 |
| 設備台数 | 30台 |
| 稼働 | 2直(1日16時間稼働)、月26日 |
| 年間稼働日数 | 312日(26日 × 12カ月) |
| 呼び出し件数 | 1日あたり工場全体で120件 |
| うち設備停止を伴う呼び出し | 48件(40%) |
| うち設備停止を伴わない呼び出し(材料補給・品質判定・運搬依頼など) | 72件(60%) |
| 応答遅れの短縮 | 呼び出し1件あたり5分(導入前は平均8分、導入後は平均3分と仮定) |
| 実現率 | 50% |
| 設備停止1時間あたりの損失 | 800バーツ(限界利益ベースの仮定値) |
| 現場作業者の時間あたり人件費 | 65バーツ/時 |
年間の呼び出し件数を確認しておきます。120件/日 × 312日 = 37,440件/年。内訳は設備停止を伴うものが 48件 × 312日 = 14,976件、伴わないものが 72件 × 312日 = 22,464件です。
実現率50%という係数について説明します。短縮できた時間のうち、実際に増産や残業削減として金額になるのは半分と置いています。設備が空いていても受注が無ければ増産にならないためです。この係数を100%で計算した試算書を見かけますが、それは「削減した時間が全部お金になる」という強い仮定を置いていることになります。稟議での質問に耐えられません。
現場作業者の時間あたり人件費65バーツ/時の根拠も示します。タイの日額最低賃金は337〜400バーツの幅があり、全国平均で約374バーツ/日です。日額400バーツが適用されるのは、バンコク、プーケット、チャチューンサオ、チョンブリー、ラヨーン、およびスラータニー県サムイ島郡です。ここではモデル工場の所在地を日額400バーツが適用される地域と置いて計算します。
400バーツ ÷ 8時間 = 50バーツ/時
50バーツ/時 × 1.3(会社負担分を3割と仮定) = 65バーツ/時
会社負担分を上乗せしているのは、社会保険等の事業主負担があるためです。制度面では、2026年1月から社会保険(SSO)の拠出金算定基礎額の上限が月額15,000バーツから17,500バーツへ引き上げられました(2,500バーツの引き上げで、率にすると約16.7%)。また従業員福祉基金(Employee Welfare Fund, EWF)が2026年10月に開始予定です。人件費の会社負担は上がる方向にあるという点は、投資判断の背景として押さえておいてください。
ただし、あとで見るとおり、人件費側の便益はこの投資の主役ではありません。
シナリオA:全社一斉導入(設備30台)
投資(第1〜4層)
| 層 | 内訳 | 金額(バーツ) |
|---|---|---|
| 第1層 | 信号灯接点入力型 送信機 30台 × 12,000 = 360,000/押しボタン送信機 20個 × 6,000 = 120,000 | 480,000 |
| 第2層 | 腕時計型受信機 25台 × 9,000 = 225,000/表示灯・電光表示盤 3台 × 45,000 = 135,000 | 360,000 |
| 第3層 | 中継機 6台 × 15,000 = 90,000/電源・取付工事 150,000 | 240,000 |
| 第4層 | エスカレーション設定・応答ログ・既存システム連携 | 600,000 |
| 投資額 合計(第1〜4層) | 1,680,000 |
第5層(年間運用費)は 90,000バーツ/年。これは投資額には含めません。投資額に対する比率は 90,000 ÷ 1,680,000 = 約5%です。
投資額の構成比を見ておくと、第1層が約29%、第2層が約21%、第3層が約14%、第4層が約36%です。もっとも大きいのは機器ではなく第4層のソフトウェアと連携であることが分かります。呼び出しシステムを「機器を買う話」と捉えていると、この36%が見積書に現れた時点で驚くことになります。
年間便益
便益1(設備停止時間の短縮)
48件/日 × 5分 × 312日 = 74,880分 = 1,248時間
1,248時間 × 実現率50% = 624時間
624時間 × 800バーツ = 499,200バーツ/年
便益2(探し回る工数の削減)
72件/日 × 5分 × 312日 = 112,320分 = 1,872時間
1,872時間 × 実現率50% = 936時間
936時間 × 65バーツ = 60,840バーツ/年
年間便益 合計 = 499,200 + 60,840 = 560,040バーツ/年
年間純便益 = 560,040 − 90,000 = 470,040バーツ/年
回収年数 = 1,680,000 ÷ 470,040 = 約3.6年
5年ROI = (470,040 × 5 − 1,680,000) ÷ 1,680,000 = +39.9%
ここで便益の内訳比を見てください。便益1が499,200バーツ、便益2が60,840バーツですから、便益1は便益2の約8倍(499,200 ÷ 60,840 = 約8.2)です。年間便益に占める便益2の割合は 60,840 ÷ 560,040 = 約11%にすぎません。
これがこの記事で最初に言っておきたかったことです。労務削減だけでは、この投資は回収しません。タイの日額最低賃金の水準では、人が探し回る工数を削っても金額は小さい。回収を決めるのは設備停止時間の短縮であり、しかもそれは受注が詰まっているときにしか金額になりません。「作業者が探し回る無駄をなくします」という説明だけで稟議を出すと、金額の9割近くを占める設備停止の議論が抜け落ちたまま審査されることになります。
参考までに、呼び出し1件あたりの便益は 560,040 ÷ 37,440件 = 約15バーツ/件です。この単価感を持っておくと、呼び出し件数が想定より少なかった場合の影響をすぐに見積もれます。
シナリオB:ボトルネック工程だけ先行(設備8台)
工場全体ではなく、ボトルネック工程の設備8台に絞って先行導入するケースです。呼び出し件数は、この工程で発生する分として設備停止を伴うもの20件/日、伴わないもの24件/日と置きます。
投資(第1〜4層)
| 層 | 内訳 | 金額(バーツ) |
|---|---|---|
| 第1層 | 送信機 8台 × 12,000 = 96,000/押しボタン送信機 6個 × 6,000 = 36,000 | 132,000 |
| 第2層 | 腕時計型受信機 8台 × 9,000 = 72,000/表示灯 1台 × 45,000 = 45,000 | 117,000 |
| 第3層 | 中継機 2台 × 15,000 = 30,000/電源・取付工事 50,000 | 80,000 |
| 第4層 | パッケージ標準機能のみ(既存システム連携なし) | 150,000 |
| 投資額 合計(第1〜4層) | 479,000 |
第5層(年間運用費)は 30,000バーツ/年。投資額に対する比率は 30,000 ÷ 479,000 = 約6%です。
構成比は第1層が約28%、第2層が約24%、第3層が約17%、第4層が約31%です。シナリオAで36%だった第4層の比率が下がっているのは、既存システムとの連携をやらず、パッケージの標準機能だけで始めるという前提を置いているためです。
年間便益
便益1
20件/日 × 5分 × 312日 = 31,200分 = 520時間
520時間 × 実現率50% = 260時間
260時間 × 800バーツ = 208,000バーツ/年
便益2
24件/日 × 5分 × 312日 = 37,440分 = 624時間
624時間 × 実現率50% = 312時間
312時間 × 65バーツ = 20,280バーツ/年
年間便益 合計 = 208,000 + 20,280 = 228,280バーツ/年
年間純便益 = 228,280 − 30,000 = 198,280バーツ/年
回収年数 = 479,000 ÷ 198,280 = 約2.4年
5年ROI = (198,280 × 5 − 479,000) ÷ 479,000 = +107.0%
シナリオBでも便益の非対称性は同じです。便益1は便益2の約10倍(208,000 ÷ 20,280 = 約10.3)で、年間便益に占める便益2の割合は 20,280 ÷ 228,280 = 約9%です。
AとBの比較:投資は3.5倍でも、便益は2.4倍にしかならない
2つのシナリオを並べます。
| 項目 | シナリオA(全社一斉・設備30台) | シナリオB(ボトルネック先行・設備8台) |
|---|---|---|
| 投資額(第1〜4層) | 1,680,000バーツ | 479,000バーツ |
| 第5層(年間運用費) | 90,000バーツ/年 | 30,000バーツ/年 |
| 年間便益 合計 | 560,040バーツ/年 | 228,280バーツ/年 |
| 年間純便益 | 470,040バーツ/年 | 198,280バーツ/年 |
| 回収年数 | 約3.6年 | 約2.4年 |
| 5年ROI | +39.9% | +107.0% |
比率で見ると構造がはっきりします。
投資額の比:1,680,000 ÷ 479,000 = 約3.5倍
年間純便益の比:470,040 ÷ 198,280 = 約2.4倍
投資は約3.5倍になるのに、年間純便益は約2.4倍にしかなりません。だからボトルネック工程から先行させたほうが回収は速いのです。5年ROIで見れば、Aが+39.9%、Bが+107.0%で、差は歴然としています。
なぜこうなるのか。理由は2つあります。第一に、呼び出しは設備台数に比例して発生するわけではないからです。この試算でも、設備1台あたりの「設備停止を伴う呼び出し」はシナリオAが 48件 ÷ 30台 = 1.6件/日、シナリオBが 20件 ÷ 8台 = 2.5件/日で、ボトルネック工程のほうが密度が高いという前提を置いています。第二に、第4層の連携費用は台数に比例して減らないからです。Aの第4層600,000に対してBは150,000ですが、これはBが既存システム連携を諦めているためであり、もしBでも同じ連携をやるなら第4層はほとんど下がりません。
なお、評価期間は5年としています。端末の耐用年数を考えると5年程度で更新が発生するため、10年での試算は使いません。腕時計型受信機を10年使い続ける前提の試算書は、それだけで信頼性を失います。
感度分析:停止1時間あたりの損失が半分だったら
この試算でもっとも効いているのは、設備停止1時間あたりの損失800バーツという仮定値です。ここを400バーツに置き換えてみます。
便益1:624時間 × 400バーツ = 249,600バーツ/年(800バーツ時の499,200から半減)
年間便益 合計:249,600 + 60,840 = 310,440バーツ/年
年間純便益:310,440 − 90,000 = 220,440バーツ/年
回収年数:1,680,000 ÷ 220,440 = 約7.6年
5年ROI:(220,440 × 5 − 1,680,000) ÷ 1,680,000 = −34.4%
回収年数は約3.6年から約7.6年へ、4年も延びます。年間純便益は470,040バーツから220,440バーツへ、元の約47%まで落ちます。5年ROIはマイナスに転落し、この条件では稟議は通りません。
停止損失を半分にしただけで結論が反転する。この事実から導かれる実務上の結論は明快です。
設備停止1時間あたりの損失を自社で計算できないうちは、この投資の判断はできません。
製品比較より先にやるべきなのは、この1つの数字を作ることです。作り方は、対象ラインの限界利益(売価 − 変動費)を時間あたりに割り戻すのが基本です。受注が詰まっていて残業や休日出勤で埋めている状態なら、停止1時間の損失はそれなりに大きくなります。逆に稼働率に余裕があり、止まっても計画内で挽回できる状態なら、損失は小さく見積もるべきです。同じ工場でも、繁忙期と閑散期で結論が変わるということでもあります。
もう1つ確認しておくべき前提は、応答遅れの短縮5分という仮定です。これは導入前平均8分、導入後平均3分という前提から来ています。導入前の平均が測れていない場合、この5分は根拠のない数字になります。だからこそ、次に説明する90日計画では最初の30日を「現状を測る」ことに充てます。
失敗パターン6つ
タイの工場で呼び出しシステムの導入が止まる、あるいは入れたのに使われなくなるパターンを6つ挙げます。
失敗1:日本の親会社と同じ型番を前提に計画を立てる
相談の入口としてよく見かけるパターンです。日本本社から「うちで使っているこれを入れなさい」と型番指定が来て、そのまま見積を取り、輸入の段階で電波認証の話が出て止まります。429MHz帯の機器はタイの免許不要帯に該当せず、920MHz帯の機器であっても条件が国ごとに違います。回避策は、計画の最初の週に「タイ向けの認証状況」をメーカーに確認すること。「タイで使えますか」ではなく「NBTCの認証を取得済みですか、未取得の場合の代理人と試験はどうなりますか」と具体的に聞いてください。
失敗2:いきなり全社一斉導入から入る
シナリオAとBの比較で見たとおり、投資は約3.5倍になるのに年間純便益は約2.4倍にしかなりません。全社一斉は回収が遅く、しかも全設備で同時に運用ルールを定着させる難易度が高い。回避策は、ボトルネック工程の設備数台に絞って先行させ、応答ログで効果を実測してから広げること。先行導入で得た実測値は、次の稟議で「仮定値」を「実績値」に置き換える材料になります。
失敗3:「鳴らす」までで終わり、応答ログが無い
呼び出しベルは呼ぶ機能しか持ちません。応答ログが無いと、導入後に「何分短縮できたか」を誰も答えられません。すると次の投資の稟議が通らず、その仕組みは1回限りの買い物で終わります。腕時計型受信機の履歴保存件数は機種により制限があり、たとえば前述の他社製品では最大16件です。端末の履歴とサーバー側の応答ログは別物であることを、見積の段階で確認してください。
失敗4:エスカレーションを設定せず、鳴りっぱなしが常態化する
応答が無いときに上位者へ自動転送する仕組みが無いと、「鳴っているのに誰も行かない」状態が固定化します。しかも厄介なのは、この状態が誰にも見えないことです。呼び出しが飛んでいること自体は記録されているのに、それが未応答だという集計が出ていなければ、管理者は問題に気づけません。回避策は、稼働の初月から「未応答件数」を日次のレポート項目に入れること。
失敗5:通知先が飽和する
「せっかく入れたから全部の異常を全員に飛ばそう」という設計をすると、1日に何十回も腕が震えることになります。人は数日で慣れ、確認しなくなります。緊急・安全の呼び出しまで埋もれると、安全上の問題になります。回避策は、4類型ごとに通知先を分けること。全員一斉に飛ばすのは緊急・安全だけに限定し、他は担当グループに絞る。作業エリアごとのグループ設定で混信や誤通知を避けられる機器もあるので、設計段階で確認してください。
失敗6:第5層(運用)を予算化していない
初期費用だけを稟議に載せ、電池交換・故障端末の入れ替え・ルール改訂の工数を予算化していないケースです。押しボタン送信機が数十個ある工場では、電池切れのボタンが徐々に増えます。「押しても鳴らない」経験を数回すると、現場は使うのをやめます。回避策は、第5層を年間運用費として最初から稟議に明記すること。モデル試算ではシナリオAで90,000バーツ/年、Bで30,000バーツ/年としており、投資額に対してそれぞれ約5%、約6%です。この程度の金額を隠すために信頼を失うのは割に合いません。

導入の進め方:90日の3フェーズ
ここまでの内容を、実行可能な手順に落とします。90日を30日ずつ3フェーズに分けます。
| フェーズ | 期間 | 主なタスク | 終了時の成果物 |
|---|---|---|---|
| フェーズ1:測る | 1〜30日目 | 呼び出しの棚卸しと4類型への分類、件数と応答時間の実測、設備停止1時間あたりの損失の算出、タイ向け電波認証の確認 | 現状値シート(件数・平均応答時間・停止損失単価)、認証確認の回答 |
| フェーズ2:試す | 31〜60日目 | ボトルネック工程での先行導入、通知先とエスカレーションの設定、現場への説明と運用開始、応答ログの取得 | 先行導入の実測データ(応答時間・未応答件数・エスカレーション件数) |
| フェーズ3:決める | 61〜90日目 | 実測値で試算をやり直し、5層の費用を確定、展開範囲と優先順位の決定、稟議書の作成 | 5年評価の投資試算書、展開計画、稟議書 |
フェーズ1(1〜30日目):測る
このフェーズでやることは、機器を選ぶことではありません。自社の現状値を数字にすることです。
- 呼び出しの棚卸し:1〜2週間、紙でも表計算ソフトでも構わないので、呼び出しが発生するたびに「何時・どの設備・何のため・誰が対応・何分後に来たか」を記録します。これで4類型それぞれの件数と応答時間が出ます。
- 停止損失単価の算出:対象ラインの限界利益を時間あたりに割り戻します。財務部門との共同作業になります。前述のとおり、この数字が無ければ判断できません。
- 電波認証の確認:候補メーカーに対し、タイ向けの認証取得状況、タイ国内の代理人の有無、未取得の場合のリードタイムを問い合わせます。Class A(高出力または高感度の機器)はタイ国内の認定試験所での試験が必要なので、区分もあわせて確認してください。
- Wi-Fi構成を検討する場合:現状のアクセスポイント配置と、対象エリアの電波状況を確認します。
30日目の時点で、「1日に何件の呼び出しがあり、平均何分かかっていて、1時間止まるといくら失うか」に答えられる状態を作ります。
フェーズ2(31〜60日目):試す
ボトルネック工程に絞って先行導入します。シナリオBの規模感、つまり設備8台前後が現実的な範囲です。
- 通知先とエスカレーションを設定する:4類型のうち、まずは①設備異常と②材料補給・運搬の2つに絞って設定します。品質判定と緊急・安全は、運用が安定してから追加するほうが安全です。
- 現場への説明:「誰が何を押すと、誰の何が鳴るか」を1枚の図にして掲示します。タイ語での説明資料は必須です。エスカレーションの記録を個人評価に使わないことも、この時点で明言してください。
- 応答ログを毎日見る:件数、平均応答時間、未応答件数、エスカレーション件数の4項目を日次で確認します。異常値が出たら、その日のうちに現場に聞きに行くことが定着の鍵になります。
- 運用の微修正:エスカレーションまでの待ち時間、担当グループの分け方、ボタンの設置位置は、必ず初月に修正が入ります。修正できる前提でスケジュールを組んでください。
フェーズ3(61〜90日目):決める
先行導入の実測値で、試算をやり直します。
- 仮定値を実績値に置き換える:応答遅れの短縮5分、実現率50%といった仮定値を、先行導入で得た数字に置き換えます。ここがこの90日計画の最大の価値です。
- 5層の費用を確定する:先行導入で実際にかかった工事費・設定工数を反映し、全社展開時の見積を作り直します。第4層の連携をやるかやらないかで金額が大きく変わるため、連携の要否を先に決めます。
- 展開範囲を決める:全設備に広げるのか、停止損失の大きい工程だけに留めるのか。実測値があれば工程ごとに回収年数を出せます。
- 稟議書を書く:投資額(第1〜4層)、年間運用費(第5層)、年間便益、年間純便益、回収年数、5年ROIを並べ、感度分析(停止損失単価を半分にした場合)を添えます。感度分析を自分から出しておくと、審査での質問が減ります。
FAQ:現場からよく出る6つの質問
Q1. 工場の呼び出しベルとスマートウォッチ、どちらを選ぶべきですか
用途によります。腕時計型受信機(スマートウォッチ型)が有利なのは、担当者が広い範囲を移動する場合と、騒音下でバイブレーションによる通知が必要な場合です。逆に、その場にいる全員に知らせたい場合や、屋外の粉じん・水濡れが激しい場所では、表示灯・電光表示盤のほうが確実です。多くの工場では両方を組み合わせます。目安として、①設備異常は腕時計型、④緊急・安全は表示灯を含む全系統、という組み合わせから検討するとまとまりやすいでしょう。
Q2. アンドンの通知をスマホに飛ばすだけなら、安くできますか
第1層と第2層は安くなりますが、第4層は安くなりません。既存の信号灯から接点を取り出す作業(第1層)と、呼び出しルール・エスカレーション・応答ログの設定(第4層)は、通知先がスマートフォンでも腕時計型受信機でも同じだけ必要です。モデル試算のシナリオAでは第4層が投資額の約36%を占めています。「スマホなら端末代が要らないから安い」という説明には、この点が抜けていることが多いので注意してください。
Q3. 日本で使っている機器を、タイの工場にそのまま持ち込めますか
そのまま使える前提は置けません。日本の特定小電力で代表的な429MHz帯は、タイで免許不要とされる920〜925MHzおよび2.4〜2.5GHzのどちらにも該当しません。920MHz帯の機器であっても、帯域の端・出力・デューティ比の条件が国ごとに違います。またタイではNBTCの認証手続が必要で、製造者はタイ国内に代理人(タイ国籍者またはタイで登記された法人)を立てる必要があります。回避したい場合は、Wi-Fi(2.4GHz帯)やスマートフォンの携帯回線を使う構成を検討してください。ただしその場合は工場のWi-Fi設計が別の課題になります。個別の判断は必ずメーカーおよび認証機関に確認してください。
Q4. フォークリフトの呼び出しにも使えますか
使えます。運搬依頼は4類型のうち「②材料補給・運搬」に当たります。運転者は構内を移動しているため、固定の表示盤では届きません。手元で振動する受信機かスマートフォンが現実的です。設計上の注意点は2つあります。1つは、呼び出しに「どこへ」の情報を含める必要があること。番号メッセージだけの受信機では、区画番号と呼び出し内容の対応表を現場に掲示する運用が要ります。もう1つは、運転中の操作を求めない設計にすること。安全上、応答操作は停車後に行う前提でルールを決めてください。
Q5. インカムの代わりになりますか
完全な代替にはなりません。インカムは双方向の会話ができますが、呼び出しシステムは基本的に「呼ぶ」と「応答した」の記録です。逆に呼び出しシステムが優れているのは、騒音下でも確実に伝わること、関係者だけに絞れること、記録が残ることの3点です。現実的な設計は、呼び出しと応答の記録は呼び出しシステムで、細かい調整はインカムや電話でという分担です。なお、学術研究でも従業員と監督者の間および同僚間での双方向通知の枠組みが提案されており、通知を一方向に閉じない設計は検討する価値があります。
Q6. 何年で回収できますか
自社の「設備停止1時間あたりの損失」次第です。本記事のモデル試算では、停止1時間あたり800バーツと置いた場合、全社一斉導入で約3.6年、ボトルネック工程先行で約2.4年でした。同じ条件で停止損失を400バーツに置き換えると、全社一斉導入の回収年数は約7.6年に延び、5年ROIは−34.4%とマイナスになります。回収年数を先に聞くのではなく、停止損失単価を先に出してください。それが出れば、回収年数はこの記事の式に自社の数字を入れるだけで計算できます。評価期間は端末の更新周期を考えて5年としてください。
まとめ:3つの判断ポイント
最後に、判断に必要な点を3つに整理します。
1. 電波制度を最初に確認する。日本の親会社と同じ型番を前提にした計画は、タイでは成立しない可能性があります。429MHz帯はタイの免許不要帯に該当せず、920MHz帯でも条件は国ごとに違い、いずれにせよNBTCの認証手続とタイ国内の代理人が必要です。この確認は購買の直前ではなく、計画の最初の週にやってください。専用無線を避けたいなら、Wi-Fi(2.4GHz帯)やスマートフォンの携帯回線を使う構成という選択肢があります。
2. 「鳴らす」で終わらせない。呼び出しベルは呼ぶ機能しか持ちません。①いつ呼ばれたか、②いつ誰が応答したか、③復旧までに何分かかったか——この3点が記録に残って初めて改善のループが回ります。未応答時のエスカレーションが無ければ、「鳴っているのに誰も行かない」状態が固定化します。そして応答ログは、次の投資判断のための実測データになります。
3. 停止損失単価を先に出し、ボトルネックから始める。労務削減だけでは回収しません。モデル試算では、年間便益に占める人件費側(便益2)の割合はシナリオAで約11%にすぎず、残りは設備停止時間の短縮でした。そして停止1時間あたりの損失を800バーツから400バーツに変えるだけで、回収年数は約3.6年から約7.6年に延び、5年ROIはマイナスになります。全社一斉導入は投資が約3.5倍になるのに年間純便益は約2.4倍にしかならないため、ボトルネック工程から先行させて実測値を作るほうが、回収も社内合意も速く進みます。
呼び出しシステムは、工場のIoT投資の中では比較的小さな金額から始められる領域です。それでいて、応答ログという形で「現場で実際に何が起きているか」のデータが最初に手に入る領域でもあります。予知保全や稼働監視といった次の投資の入口として位置づけると、投資の順番として無理がありません。
TOMAS TECHは、タイ・バンコクを拠点に日系製造業のIT・OT導入を支援しています。呼び出しシステムについても、電波認証の確認、4類型の棚卸し、5層での費用整理、先行導入の設計といった実務を、現地の事情を踏まえて一緒に進めることができます。製品を決める前の「そもそも自社のどの呼び出しから手を付けるべきか」という段階でのご相談も歓迎します。現状の呼び出し件数が分からない、停止損失単価の出し方が分からない、という状態からで構いません。ご相談はお問い合わせフォームからお願いします。
参考情報
本記事で参照した情報の出典は以下のとおりです。
アンドン・チョコ停
- チョコ停の定義と7大ロス: https://www.keyence.co.jp/ss/general/manufacture-tips/short-stop.jsp
- アンドンの仕組みと表示色: https://evort.jp/article/andon
アンドンの通知先の変化・デジタルアンドン
- https://innovaromorir.com/en/andon-system-manufacturing-guide-visual-efficiency/
- https://oxmaint.com/industries/manufacturing-plant/andon-system-manufacturing-real-time-alert-software
学術文献
- “Smartwatch-Based Monitoring and Alert System for Factory Operators Using Public Cloud Services”, *Applied Sciences*, 15(5), 2806, 2025年3月5日公開, DOI: 10.3390/app15052806: https://www.mdpi.com/2076-3417/15/5/2806
機器の仕様例(他社製品)
- イマオコーポレーション「メッセージウォッチ Type-N」: https://www.imao.co.jp/products/messagewatch-n.html
- ヘルツ電子 ワイヤレスコールシステム: https://www.herutu.co.jp/product/product.php?categid1=2
日本の電波制度
- 特定小電力無線局: https://ja.wikipedia.org/wiki/特定小電力無線局
- 特定小電力無線の解説: https://www.kinryo-electric.co.jp/telecon/support/low-power-radio/
- JEITA 資料: https://home.jeita.or.jp/page_file/20160831112324_IEnda8v21P.pdf
タイの電波制度(NBTC)
- NBTC 920〜925MHz帯の運用(RFID・非RFID): https://360compliance.co/global-market-access/thailand-nbtc-updates-920-925mhz-usage-rfid-non-rfid/
- タイ・ベトナムのIoT機器認証: https://www.iotapproval.com/articles/navigating-iot-regulatory-certification-in-thailand-and-vietnam
ウェアラブル市場
- https://www.gminsights.com/industry-analysis/wearables-market
- https://www.indexbox.io/blog/industrial-wearable-market-driven-by-labor-shortages-and-aging-workforce-to-2035/
タイの人件費・社会保険